「布都、ちょっと落ち着けって」
抱き付いてきた布都をなだめながら俺の体から引きはがす。
少し不満そうにした彼女であったが、おとなしく離れてくれた。
「それで、父上との話はもう終わったのか?」
「ああ。無事終わったからここに来たところだ」
「どんな話をしていたのだ?」
口ではそんな風に聞いては来るが、体はそわそわとせわしなく動いている。
おそらく彼女は今日何を話すのかおじさんにでも聞いたのだろう。
そうだとしても彼女は俺自身から聞かなければ気が済まない性分である。
長年の付き合いだ、それぐらいわかる。
「ここの養子にならないかという話だ」
「それで、良喜はどう答えたんだ?」
ここにいることが何よりの答えだと知ってるくせに。
それに付き合う俺も俺だが。
「養子になることで同意したよ。一週間もしないうちにこの家に来ることになるな」
「ほんとか!?これで良喜といつも一緒にいれるな!」
「…またお前は気恥ずかしいことを堂々と言う…」
俺がつぶやいた言葉はおそらく布都には聞こえてないだろう。
聞こえてないことを前提として布都に答えた。
「ああ。昔の約束をこれで守ることができるな」
「いや、むしろこれからだぞ。なんせ、『ずっと一緒に』いるからな」
「バカ言え。お前が嫁がない限りそれは可能な話だ」
「へ?我は良喜以外には嫁ぐつもりなどないぞ?」
「そいつは…無理な話じゃないのか?俺、ここの養子だし」
俺の言葉にしばし考え込む布都。
いきなり黙った彼女に怪訝そうな顔を向けるといきなり彼女は声を出した。
「なら一時的にそれをやめればいいじゃないか!そうすれば解決だな」
彼女の発言にただただ俺は唖然としていた。
彼女の奇想天外な発想にもだが、そんな発想をしてでも俺と添い遂げたいという思いに驚いていた。
そんな思いに答える言葉が思いつかなかった俺は思わずある行動をとっていた。
気付けば布都の肩に手を置き俺の方に引き寄せた後、その手を彼女の後ろに回していた。
「ふぇ!?いきなりどうしたんだ、良喜!?」
布都が慌てたように俺に聞いてくる。
大丈夫だ、俺自身よくわかってない。
というか、さっき自分から抱き付いてきたくせになにを動揺しているんだか。
「なんとなく。布都に抱き付きたかったからじゃないかな?」
「あ、うー、えへへ…」
彼女の幸せそうな声に理性が壊れそうになる。
これ以上こうするのはまずいと判断した俺は彼女を抱く腕を緩めた。
彼女は不服そうにこちらを見ながら言った。
「いきなり抱き着いたと思ったらいきなり放して。何がしたいんだ」
「そんなことをさせるような布都が悪い」
「わ、我のせいなのか?」
「そうだ。あんなことを言われたら誰だって皆あーする。俺だってそーする」
「あんなこととは何だ?我はなんか変なことを言ったのか?」
「言った言った。超言った。普通の人では考えつかないようなことをな」
「ならそのことを言えばまた抱き付いてくるのか?」
彼女の問いの意味が分からなかった俺は迂闊にもそれを聞いてしまった。
「どういうことだ?」
「良喜に抱き付かれるのは悪いことではないからな。むしろうれしいことだ」
笑顔でそんなことを言って来た布都に思わずデコピンをした俺は悪くないと信じている。
もう一回抱き付かなかっただけましとしよう。
「もう夕方か。最近は日が暮れるのが早いな」
布都と話していると気が付けば空が赤く染まっていた。
「今日は泊まっていかないのか?」
「母さんに今日は帰ると言っているし、もう帰るよ」
「そうか。それならば仕方ないな」
「それじゃ、また今度な」
そう言って立ち上がった俺を布都が呼び止めた。
「あ、良喜ちょっと待っててくれ」
「どうした?」
振り向いた俺に布都が抱き付いてきた。
これだけなら今までも何度かあったことだが、今日の布都は一段と違っていた。
なんと、自分の唇を俺の唇に押し当ててきた。
所謂キスをしてきた彼女は真っ赤に染まった頬を隠すことなく言って来た。
「それじゃ、またな」
「あ、ああ。またな」
あまりの恥ずかしさに逃げるようにして俺は家へと帰った。
「それで逃げてきたの?」
「…はい」
「意気地ないわねぇ。そこはもう一回抱いてし返すところじゃない」
「いや、それは恥ずかしさでこっちが死ねるから」
「やっぱり、意気地なし」
「はい、おっしゃる通りです」