不老不死の氷噺   作:アンフェンス

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第五章 『恩人、上白沢慧音』
第二十七話


 

海外旅行。

現代では特に珍しくもないものではあるが、この時代のそれは金持ちの道楽ですらないもの。

今この時代の日本人にとって海を渡るということは命を懸けた仕事でしかなかった。

それでも二人は海を渡ろうとする。

もちろんそれには困難しかついてこなかったのだが。

 

 

 

「大宰府についたぞ!」

「思ったよりも早く行けたな」

 

春に京を出発してから数カ月ほど経過した。

梅雨が間もなく始まるこの時期に俺と妹紅は大宰府に到着した。

 

「さて、どうやって海を渡ろうか」

「今って遣唐使やってるのかなぁ」

 

ここに来た理由はただ一つ。

遣唐使などの舟に同乗する形で唐に行くためだ。

しかし、俺が知っている歴史では途中で遣唐使は廃止されている。

そのため下手したら無駄足だった可能性すらあるのだ。

しかし、長らく京から離れていた自分にとって今が西暦何年か知るすべはない。

遣唐使が出ているかどうかなんてもってのほかだ。

 

「まぁ、ここで話していてもしょうがない話だし、人に聞きに行くか」

「それもそうね」

 

そうして俺らは聞き込みを始めた。

 

 

結論から言うと、遣唐使は廃止されていた。

しかし、俺らが唐に行く道は残されていた。

 

「交易船、ねぇ…」

「政府は必要ないと判断しても民間人はそうじゃなかったと言う訳ね」

「で、それに護衛という形で乗ることはできると」

「そんなところだね」

 

妹紅曰く、ここから唐に交易に向かう船が出てて、それに護衛としての人員を募集中だということらしい。

いればいるだけ困らないから出発する日まで募集するとか。

それに乗れば唐に行けるかもしれないのだ。

 

「で、妹紅はなんて答えたんだ?」

「勿論、その船に乗るって答えたよ」

「即答か…まぁ背に腹は代えられないし、しょうがない話だな」

 

本音を言えばいくつかの選択肢を吟味したかったところではある。

だから妹紅の即答は本当は望んでなかったところだ。

けど、他に選択肢がないと分かった以上、彼女の選択は結局間違ってなかったから言及しないことにした。

 

「で、船が出るのはいつなんだ?」

「明々後日らしいよ」

「おい、そこになおれ」

 

訂正。

やっぱり妹紅には一言言っておく必要があるらしい。

 

 

 

三日後。

無事舟に乗れた俺らの航海が始まった。

最初の方は順風満帆に進んでいて、俺らも他の護衛の人や船の乗組員と交流をとっていた。

 

しかし、出発から一週間後。

唐突に訪れた嵐が船を強く打った。

その結果舟は難破した。

放り出されながら考えたことは、ただ一つ。

『あぁ、またか』

その一言だった。

 

 

次に意識を取り戻したのは浜の上だった。

俺が目を覚ましたのに気付いたのか、誰かが近寄ってくる。

うすぼやけた視界でもなぜか彼女が誰かは分かった。

 

「良喜!おい!しっかりしろ!良喜!」

「妹紅か…うん、大丈夫だ」

 

彼女に対して大丈夫だということを示すために立ち上がろうとする。

が、体がふらつきすぐに座ってしまった。

 

「あぁ、無理に立とうとするな!私よりも三日は長く眠っていたんだから!」

「そうか…ところでここはどこだ?」

「ここはどうやら唐の端っこらしい。一応目的は達成されたのかな」

「他の人は?」

「…」

 

彼女は首を横に振った。

そういうことなのだろう。

 

「むしろ、俺らが異常なだけか…」

 

俺のつぶやきに彼女は答えなかった。

そうして口をふさいだ俺らに声がかけられる。

 

「おや、君も目覚めたのか?」

 

回復してきた視界に映るその姿は妹紅とは対照的な青。

しかし、あの仙人とは違い、深い青に包まれた姿だった。

 

「どちら様ですか?」

「私、私は上白沢慧音だ。君たちがそこで転がっていたから様子を見に来たところだ」

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 


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