不老不死の氷噺   作:アンフェンス

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第二十話

「旅?」

「そそ、旅」

 

ある冬の日。

雪が降ってきたせいで何もすることがなく、家の中でぐうたらと過ごしていると妹紅からこんな提案をされた。

 

「旅って、今雪が降っているが?」

「冬が明けてからだよ。ほらここも大層な田舎だけどここより東にも土地があったり、京より西にも土地があったりするじゃん」

「せやな」

「どうせ何もかも捨てて自由な身になったし、そう言ったところを見て回りたいなぁって」

「成程」

「だからこの冬が明けて、春になったら旅に出たいなぁって」

「あ?それって俺もついていかなきゃダメな奴?」

「え?行かないの?」

「いやぁ、正直旅に出るよりかはこの家で晴耕雨読な生活の方が気に入ってるから…あ、指先から火を出さないでください」

「まぁ、良喜が行きたくないならそれでいいよ。その時は火をつけてから出ていくだけだし」

 

彼女がどこまで本気かは分からないが、ついてきてほしいというのは本気なのだろう。

そうじゃなければあんな脅し文句は出てこないと思う。

まぁ、それを抜きにしても彼女の提案は正直な話、渡りに船なところがある。

如何せん、不老不死の自分たちが一か所に長い間いることはあまり好ましいことではないから。

 

「はぁ、分かったよ。そこまで言うならついていってやるよ」

 

白旗を上げたように言うと、彼女はとても素晴らしい笑顔でこう言って来た。

 

「ありがとうな」

 

 

そんな話をしたのが二カ月ほど前。

筍の新芽が出てくるころ、荷物を小さくまとめた俺たちはそれなりの期間過ごした我が家を後にした。

 

「まずはどこの方向に行こうか?」

「東かな。そこに人の集落があるなら一回見てみたいものだと思うし」

「了解。じゃ、東に向けてしゅっぱーつ!」

「おー!」

 

東に向けて進みだした俺たちが出会ったのは人の集落…ではなく、真っ黒な塊だった。

 

「何だあれ?」

「何だろう?」

「妖怪かな?」

「十中八九そうじゃない?真っ黒な塊って人間に作り出せるものじゃないでしょ」

「それもそうだな」

 

そんな気の抜けるような会話をしていると、その闇の中から一人の幼女が現れた。

この時代では珍しい金色の紙に赤いリボンをつけたその幼女は捕食者がするような目でこちらを見据えた。

 

「ねぇ、あなたたちは食べてもいい人間?」

「食べてもいいかはともかく、少なくとも人間ではないな」

「右に同じく」

「そーなのかー。折角の久々のご飯だと思ったのに」

「なんだ、腹が減ってるのか?」

「もうペコペコでおなかと背中がくっつきそうなのだー」

「ちなみに最後に食べたのは?」

「一週間ほど前に近くの村で食べたのが最後なのだー。今思えばあの時いくらか残しておけばよかったのだー」

「(妹紅、準備は出来ているよな)」

「(あぁ。こいつはかなりやばい奴だ)」

「あの時封印してきたアイツさえいなければこんなことにならなかったのにー。で、『あなた達は食べてもいい生物(モノ)?』」

 

瞬間、彼女から膨れ上がる妖気。

今まで生きてきた中で最大級の妖気を受けた俺たちがしたのはたった一つの行動。

 

「逃げるぞ!」

「応!」

 

反転してからの前進だった。

 

「あ!…にげられたのか―」

 

 

 

妖怪から逃げた俺たちがたどり着いたのは一面の菜の花畑だった。

 

「はあ、はあ、振り切った…よな?」

「みたいだな。あんな妖怪がいるなんて思いもしなかったよ」

「あれはとびっきりの例外だ。あんなクラスの奴がポンポンいたら人間なんてすぐに消えてしまうぞ」

 

俺が今まであった妖怪でさっきの奴クラスなのはほとんどいない。

かろうじて上げるとしたら京で会った鵺ぐらいだろう。

菜の花畑のそばで荒くなった息を整えていると唐突に後ろから声をかけられた。

 

「あら、お二人とも。私の菜の花畑に何か用かしら?」

 

振り向くと、綺麗な笑顔を浮かべた緑髪の女性が立っていた。

…熊を片手に返り血まみれの風体で。

 

「なぁ、妹紅」

「良喜。お前の言いたいことは痛いほどわかる」

「じゃあ一緒に言ってみるか?」

「そうしようか。せーの、」

「「今日って厄日?」」

「人を見て厄日だなんだって随分と失礼な人たちね」

 

熊を片手に女性は呆れかえった。

 


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