第十八話
相棒。
元々の語源は駕籠担ぎの棒を共に持つ相手のことをさしてたらしい。
仕事仲間であり、いつでもそばにいる存在。
歩幅を共にして同じペースで歩くのが駕籠担ぎの仕事なら、相棒というのはかなり深い関係の存在なのかもしれない。
輝夜姫の家に月の使者が襲撃したあの夜から約十年の雨の日。
都から遠く離れた山奥に住居を構えていた俺はいつぞやのごとく本を読んでいた。
唐突に聞こえるノックの音。
一種のデジャブを感じながら俺は扉を開いた。
そこにいたのは『青』を全身にまとった彼女の姿ではなく。
寧ろ対照的な『赤』を思わせる彼女の姿であった。
「ひ、久しぶり」
彼女――藤原妹紅は乾いた服を身にまとわせてそんなことを言って来た。
まさかの来客であった。
自分が今住んでいる地は都から東に遠く離れた、そのうち静岡と呼ばれるようになる場所。
日本一の山の麓に居を構えていた俺にとって都に住んでいるはずの彼女の来訪は全く予想していないものだった。
お茶を出した俺はそれを飲むよう彼女に促した。
喉が渇いていたのか、彼女はそれをすぐに飲み干した。
一息ついた彼女からこぼれた言葉はある意味では予想通りのものであった。
「何も聞かないのか?」
「何か聞くことでもあるのか?」
本音を言えばなぜ彼女がここにいるのかを聞きたい気分であった。
けど、それを聞いたところで俗世から離れている俺には関係のないことも事実であった。
そんな態度が彼女にはお気に召さなかったようで。
「ほら、『あの後どうなったのか?』とか『なぜおまえがここにいるのか?』とか、聞かないの?」
「そりゃあ、聞きたいのはやまやまだが、俺が聞いてどうするんだ?こんなところに隠居している身が聞いたところでどうしようもないだろ」
「それもそうだけど…やっぱ聞かれないのもそれはそれでへこむなぁ」
そういうと彼女は俯いた。
彼女に聞きたくて、俺にも利がある情報…あ、一つだけあったなぁ。
返答次第では引っ越しすら考える物が。
「…あぁ、一つだけ聞きたいことがあったわ」
「本当か!?」
妹紅がキラキラした表情でこっちを見る。
…そんなに質問をされたかったのかよ。
「いや、ちょっと気になったことだけどさ。『誰にここの情報を聞いた?』」
俺がこんな辺鄙なところにいるという情報はそれこそこの山の麓にいる人ぐらいしか知らない情報のはず。
都の人が知っているならここを離れることを考えるぐらいだ。
そう思いながらした質問の返答は半分予想通り、半分驚きのものであった。
「なんか、青い服を着た人…せいが?さんが『ここにあなたの知り合いがいる』って言ってたからここまで来たの」
「またあいつかよ…どんだけ絡むつもりだよ、まったく」
つーか、どこから情報を仕入れたんだ、あの仙人は。
俺がここにいることはもちろん、俺と妹紅が知り合いだということも。
少なくとも俺があいつと最後に会ったのは輝夜と初めて会った夜だぞ。
…なんか、考えるだけ無駄な気がしてきた。
「それで、ここに来た理由は?」
「ちょっとかくまってほしいなぁ、って」
かくまってほしいって一体全体何をしたんだ?
全く持って俺の周りの女性は面倒事しか運んでこないなぁ。
そんな諦観とともにため息をついた。