不老不死の氷噺   作:アンフェンス

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第一章 『幼馴染、物部布都』
第一話


俺の朝は日の出とともに始まる。

自室に差し込む朝日の光で目を覚ました俺はいつもの通り井戸で顔を洗っていた。

 

「おはよう、良喜。今日も早いね」

「おはよう、母さん。今日はもう起きて大丈夫なの?」

 

顔を洗う俺に声をかけてきたのは俺の母親。

小さいころに兵役か何かで亡くなった父親の分まで愛情を俺に注ぎこんでくれた大事な人だ。

母は覚束ない足取りで井戸のそばに置いてある椅子にたどり着くとそこに腰かける。

それと俺が桶一杯になるまで水を注いだのはほぼ同時であった。

桶一杯の水に手拭いをくぐらせて母に手渡すと、母は申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ごめんね、ここまでしてもらって」

「いや、いいよ。寧ろ言ってくれれば部屋まで水を運んでやったのに。母さんは体の調子が悪いんだから」

「こうして少しでも歩かないともっと悪くなっちゃうもん」

「歩いてけがするほうが俺には恐ろしいんだけどな」

 

さっきの会話から分かる通り、俺の母は数年前から体の調子が悪く、歩くのもやっとという状態だ。

そのため食事等の普段の行動は侍女などに任せっきりである。

それなのに、毎朝のこの洗顔だけは俺でこの井戸のそばに来て行うのだ。

…まぁ、これが俺の手一つで育て上げた愛息子の姿が見れる唯一のタイミングであるからこそだろう。

それを俺が理解しているのを分かっているのか母は毎朝俺の洗顔に合わせて来るのである。

 

「それで今日は何をするつもりなのかしら?」

「布都の家に呼ばれたからそこに行くつもりだよ」

「久しぶりに布都ちゃんに会いに行くのね」

「そんなんじゃない。ただ単に布都の父親に呼ばれたから行くつもりだ」

「ふふ。今日帰ってきたら布都ちゃんの様子を報告してね」

「ああ、分かった」

「あら、やっぱり会うつもりじゃない。しかも父親に呼ばれたのにね」

「どういう意味だよ、母さん」

「二人の仲はもう公認の仲じゃないのか、という意味よ」

 

母の言った言葉に俺は反論する。

 

「…ただの幼馴染だよ。腐れ縁という仲に過ぎないな」

 

ただその反論も母の前では張子の虎に過ぎないようで。

 

「頬を染めながら目をそらして言っても説得力はないわよ」

「…うるさい」

「精々頑張りなさいよ。応援しているから」

「…ありがとう」

 

 

 

 

 

そうして昼。

呼ばれた時間に呼ばれた場所に行くとそこには一人の男性が立っていた。

 

「来たか、良喜」

「お久しぶりです、おじさん」

 

その男性は今日俺を呼びつけた張本人。

一応この国をまとめる重役についている人である。

そんな人を『おじさん』呼ばわりして問題はないのかって?

寧ろおじさん呼ばわりしないと怒られるからそう俺は呼んでいる。

尤も、小さいころからそう呼んでいたからそうしないと違和感が残るのも事実ではあるが。

 

話は飛んでしまったが、おじさんは俺を家の中へと案内してくれた。

その後をついていくとおじさんが唐突に話しかけてきた。

 

「君の母親の体の具合はどうだ?」

「変わってませんよ、全く」

「そうか。それで君自身はどうなんだ?」

「俺ですか?何も変わらず、平々凡々とした生活を送ってます」

「それは僥倖だな」

「ええ。変わらないことは素晴らしいことですから」

 

そんな話をしていると客間についた。

促されて席に座ると対面に座ったおじさんが口を開いた。

 

「良喜。単刀直入に言おう。自分は君を養子に引き取りたいと思っている」

「それは、随分といきなりな話ですね」

「いや、この話は結構前から君の母親との間で上がっていた話なんだ」

「俺は何も聞いてないですけど」

「言わないよう頼んでいたからな」

 

母よ。こんな大事なことは息子にそれとなくでもいいから言ってくれよ。

頼まれたら断れない性分なんだろうけどさ。

 

「それで、なんで俺なんかが?」

「君には今の人には考えられないような発想を行うことがたびたびある。それを買ってのことだ」

 

そういうおじさんの目はとても鋭い。

まるで、採用試験の面接官が優秀な人材に向ける目のように。

なんとしてでもこの人材を自分のところに引き込もうとする、そんな目だ。

その視線を向けられるに値しない俺はその誘いを断ろうとする。

 

「言うほどできた人間ではありませんよ。失敗ばかりしますし」

「失敗なぞいくらでもする。それを取り戻そうとする気さえあればいいんだ」

 

どうしてもおじさんは俺引き込みたいらしい。

その証拠におじさんはこんなことを言って来た。

 

「それに、お前が養子になることに布都は大賛成みたいだぞ」

 

ああ、外堀は埋まっていたのか。

その名前を出されたからには白旗を上げざるを得ないだろう。

 

「分かりました、おじさん。その話乗りましょう」

「ありがとう。恩に着る」

 

そのあと、おじさんとゆっくり話を詰めた。

話をある程度詰め切った後に屋敷の中を歩く。

その目的地はある幼馴染の部屋。

 

「布都、遊びに来たぞ」

「良喜!父上との話はもう終わったのか!」

 

扉を空けながら話しかけるとその部屋の主は俺に抱き付いてきた。

彼女の名前は物部布都。

俺の数少ない幼馴染の一人である。

 


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