不老不死の氷噺   作:アンフェンス

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第十話

 

「キョンシー…?俺はそんなものになったつもりはないぞ?」

 

目の前の相手が言ったことが信じられず、俺は彼女に問う。

目の前の相手、つまり霍青娥はなんでもないように俺の疑問に返した。

 

「キョンシーというとすこーし語弊があるわねぇ…。あなた、『魂魄』ってご存知?」

 

『こんぱく』…コンパクトの新しい言い方なんだろうか…?

まぁ、戯言は置いておくとして。

 

「こんぱく…?いや、知らないな」

「魂魄というのは私の子今日では広く知られる理論よ。

 魂というのは主に魂という部分と魄という部分に分けられるという考え方よ。

 そしてそのうち魂の方が精神に結びついて、魄の方が肉体に結びつくというのが主な考え方ね。

 で、人は死ぬと魂が天に、魄が地に帰るという考えがあるわ。

 その死んだときに魂魄が帰らなかったのがキョンシーになるわ。

 帰らない、と言っても実際に残っているのは魄の方だけだから不完全な動きしかしないけど。

 ここまでは大丈夫かしら?」

「大丈夫だ。それでそのキョンシーと俺が一緒というのはどういうことだ?言っちゃあなんだが、俺は五体満足で関節もまともに動くぞ」

「結論を急いでもいいことはないわよ。

 ここで重要なのが『キョンシーは魂魄を不完全ではあるものの、その肉体に固定したものである』ということよ。

 肉体に固定されているからその体が滅びようとも魄の力によって再生されるわ。

 もちろん、肉体的な成長も起きないわ。

 魂がないからその行動に自我はないけど」

 

ここまで話して彼女は汁物をすする。

それにつられて俺も料理に手を付けるが、それらはもう冷めてしまっていた。

冷めてしまった料理に思わず顔を顰めるが、彼女は別の理由で顰めたと勘違いしていた。

 

「あら、理解できなかったかしら?」

「いや、問題ない。お前の話から察するに俺の体にも俺の『こんぱく』とやらが固定されているということか?」

「ご名答。

 あなたの体にはあなた自身の魂魄が固定された状態で宿っているわ。

 そういった術式を使っていないにも関わらずね。

 まるでその魂魄が肉体に()()()()()()()かのように」

「どうしてそんなことが分かった?」

「それはもう、私キョンシーを自作できる程度には魂魄理論は収めましたから。

 そして私は考えました。『どうしてこんな奇妙な人間がいるのか』と。

 そして聞いてみたら凍結系の術式が得意というんじゃないですか。

 もし、その凍結系が得意というのがよくある術式の得意不得意ではなく、もっと根本的なところに理由があるというのならどうだろうか?

 

 例えば、そうですね、『凍結させる程度の能力』とかいった能力持ちだとすれば。

 

 だとすれば簡単な話です。

 どこかのタイミングでその能力を使って魂魄を自らの肉体に凍結させた。

 その結果、不老不死になったとすれば、一気に二つの疑問が解消されるわ。

 『あなたが不老不死である理由』と『凍結系の術式が得意な理由』が」

 

でも、と彼女はこちらを見る。

その目に宿るのは好奇と疑問と恐怖の感情。

今までで初めて見た眼であった。

 

「例えそうだったとしてもそれをするのはとても困難な話です。

 私だってキョンシーを作るのにどれほど苦労したのやら。

 それを成し遂げるにはかなりの強い意志か鍛錬があったと思います。

 でもあなたはそういった鍛錬を全くしてこなかった。

 つまりあなたは何かをなしたくて長生き、というには語弊がありますね。

 不老不死という人を外れた化け物になったということです。

 

 一体、どんな望みがあったんですか?」

 

その時俺の脳裏に浮かんだのは一人の少女の笑顔。

再会を約束した彼女の笑顔であった。

 

「……」

 

答えない俺に目の前の仙人は小さく息を吐く。

 

「ま、答えられることを期待してした質問ではありませんし。答えにくいのなら答えなくていいですよ」

 

そういった彼女は冷え切った料理をに意識を戻した。

 

 

 

翌朝。

起きると隣に彼女の気配はなく、それどころか家やその周りにも彼女の姿はなかった。

そのかわり、机の上には一枚の紙があった。

拾い上げるとそこには彼女が書いたのであろう、一通の書置きがあった。

 

『良喜へ

 長らくお世話になりました。

 この度私は用事ができたので家から出ていくことにします。

 あなたの望みは分かりませんがそれが達成されることを祈っています。

 それでは。

 霍青娥より

 

 追伸

  あなたが山に引きこもってからかなりの時間がたったと思います。

  たまにはふもとに降りてみてはいかがでしょうか。』

 

 

「…余計なお世話だ」

 

その紙を捨てることはなかった。

 

 

 

 

 

――――第二章、完

 





主人公の能力、『凍結させる程度の能力』についての補足をば。

水分はもちろん、液体であるならばそれを固体にすることが可能である。
そうして固体にしたものは操ることができる。
またそうやって固体にしたものはその融点以下の温度をある程度の時間保っている。
この能力で凍結できるものは実在しているものに限らず、概念的なものを凍結させることが可能。
使い道が豊富な能力である。

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