気が付いた時には手遅れだった。
明け方、もともとは家が建っていたと思われる焼け野原で一人たたずんでいた。
自分の周りには沢山の人の死体があった。
その死体の殆どがまた次の日の朝が来ることを疑っていないような、そんな寝顔をしていた。
例外と言えば家の前や周囲で護衛をしていた人ぐらいか。
家の中に会ったものは皆焼けていて、修復はおろか元々なんだったのかすらわからないレベルであった。
勿論それは自分自身にも言えることで。
自分の肉体こそ傷ついてはいないものの、それを守っていた衣服はもう焼けてしまっていた。
だからこそ今は箪笥の奥深くに埋まっていた仕え人用の服を身にまとっている。
さて、これからどうしようか。
この家が燃えてしまったことは事実だし、それはもう近所中に広がっているだろう。
いくら主が少し前に亡くなったからと言って大きな屋敷が一晩で燃えるのにはとても大きな火が必要なのだから。
それを目撃した人がいてもおかしくはない。
むしろいないほうがおかしいのである。
だからそこでたった一人取り残された自分が存在することが目撃されるのはまずい。
いくらこの家の跡取り候補とはいえ、たった一人の生還者なのだから。
でもこれからのことを考えてないのは事実であって。
ここで死ぬ予定が狂ってしまったのだからしょうがない。
恐らく今の自分は死ねない体になっているのだろう。
だったらあの道士に頼むのも一つの手かもしれないし、そうするのが一番だと自分でも理解している。
だがここで自分がそこに向かったら彼女の決意を踏みにじったと誤解されるかもしれない。
それだけは何とも避けたい。
だからこそ自分はここを離れよう。
少なくともここに住んでいる人たちの目に触れないような距離まで。
そうして老衰でも何でもいいから死ねる時が来るまでゆっくりと過ごそう。
そう決めたなら話は早い。
確か少し北の方にここと似た盆地があるという話だし。
そこまで移動してから過ごすところも考えよう。
決意した自分は軽く地面を蹴る。
たったそれだけの事なのに自分の体は宙に浮いていた。
宙に浮いた体は自分の願った通りに動いていた。
成程。
やっぱり自分はもうただの人間ではないのか。
それならば。
ついでで長く共に過ごして馴染んだこの苗字にも別れを告げよう。
この姓を持つ『人』はここにはもう存在しないのだから。
さようなら、『物部』の姓を持つ人々。
自分を育て、自分が壊した大切な人々。
よくよく考えれば、この時の自分は逃げたかっただけかもしれない。
幼馴染と昔交わした約束から。