オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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8話

「くっ!おのれクーゲルシュライバー!至高の41人の総括である私に、よくもこんなっ!」

「ふっ。気の強いことだなモモンガよ。だが魔法詠唱者であるお前がこの距離で俺に敵うとでも?」

「くそっ……なぜこんな事をするんだ。私とお前は親友だろう?」

「なぜ、か。フフフッ散々胸元を肌蹴させておいて……誘っていたのはお前だろう?」

「ち、違う!これはただのファッションでっ……」

「まぁどっちでもいい。私のする事は変わらん」

「くあ!糸が……キツいっ」

「これからお前は私の子をその身に宿すんだ」

「なぁ!?馬鹿なことを言うな!私は骨だぞ!」

「だが穴はある。中身がなくなって寂しそうにしている穴がなぁ?」

「ま、まさか!おい、バカやめろ!の、乗りかかってくるなぁ!」

「さぁ何処から注ぎ込んでやろうかな?口?眼窩?外耳孔?」

「や、やめろおおおおお!」

「はははは!いいぞ!いいぞ!お前の抵抗など愛撫にしかならぬわ!もっと私の下で足掻くがいいさ!」

「あああああああ!」

「決めたぞ。冠状縫合をこじ開けて其処から卵を流し込んでやる。最初はキツいかもしれんが、なぁに直に何も考えられなくなる。私の卵を頭蓋内に感じながら果てるがいい!」

「やめろぉ!そこは広がらなっ……!ひ、ひぎいいいいいいいい!?」

 

 

 

 

「く、くふふふぅーーーーーー!!そんないけませんわクーゲルシュライバー様!モモンガ様の冠状縫合が軋んでっ……あぁそんな!頭頂骨が捲れてあんなに広がって……くくくふぅ!くひひーー!!後生です!私も混ぜてくださいませぇーーー!」

 

ナザリック地下大墳墓第九階層。

神々の居城の如き偉容の只中で、守護者統括であるアルベドが目を見開き黄金の瞳をギラギラと発光させながら狂乱していた。

髪を振り乱しながら何かを堪えるように両肩を抱きしめ震えるアルベドの恐るべき姿を、シクスス、エントマ、ナーベラルの三人のメイドは極力無視して己の仕える主人から声がかかるのを辛抱強く待っていた。

 

「やっぱりぃ、クーゲルシュライバー様が両性だってアルベド様には教えないほうがよかったかもぉ」

「私も……あのメモの事、黙っていたほうがよかったんでしょうか?」

「シクスス。あなたは意図せず知ってしまった機密情報をどうするべきか相談しただけ。間違ったことはしていないわ。ただちょっと、伝えた内容がアルベド様にとって重要すぎただけで」

 

もう2時間以上前からアルベドはあんな感じだ。

防衛体制の変更案をモモンガに伝える為に此処で待つとの事だったが、彼女は余りにも騒々しい。

第九階層こそがホームのメイド達からしてみれば眉を顰めざるを得ない。

 

「クーゲルシュライバー様が両性だからって、アルベド様が危惧するみたいにモモンガ様に卵を産み付けるなんて思えないんですけど」

 

シクススはアルベドの妄言を聞き流しつつ、2時間前の、クーゲルシュライバーに寝室へ本を持ちに行くように命じられた時の事を思い出す。

 

何の問題もなく目的の本――原色・蜘蛛類大図鑑という本だった――を見つける事ができたのだが、その横にメモが放置されており、そこにはでかでかと

「卵を産みつける モモンガさんに頼む」と書いてあるのをシクススは見てしまった。

思いがけずクーゲルシュライバーの書いたと推定されるメモを見てしまったシクススはその事を告げようかと主人に本を渡すギリギリまで悩んでいた。

だが先刻体と心に刻まれた恐怖が蘇えり、また怒られるのではないかと、あろうことか口を噤んでしまったのだ。

それにあの場にはモモンガも居た。もしかしたらモモンガにも叱責されるかもしれない。

そうして、本来ならばメモを見てしまったことを謝罪しなければならないのに、自分が叱責されるのが恐ろしくて黙秘する事を選んだシクススの心中では罪悪感が嵐のように唸りを上げる事になる。

モモンガの隣を通り過ぎる時に、見透かされて叱責されるのではないかという不安と心配から、ついついその骸骨の顔を見てしまいその罪悪感はさらに巨大なものとなってしまった。

黙したまま退室し、成長した罪悪感に押しつぶされそうになった時に現れたアルベドに、懺悔するように事を打ち明けたのが思えばこの狂乱の始まりだった。

 

「そうそうぅ。いくらなんでもぉ、それはない……はずぅ」

 

シクススに同意する言葉をエントマは途中で曖昧な形へと変えた。

 彼女の脳裏に先ほどまでクーゲルシュライバーやらされていた行為が鮮やかに蘇ってきたからだ。

脳を焼くような羞恥が再燃し、エントマは興奮にまかせて被っている蟲の腹を顔についている小さな肢で猛烈に打ち叩いた。

仮面の蟲が迷惑そうにキューキューと鳴き声を上げる。

 

そんな顔面だけが超高速振動しているエントマに対してナーベラルが眉を顰めた。

 

「エントマ。その言い方は不敬にあたるわよ。なにを根拠にそう言うの?」

「えっ?え、えぇぇっとぉ、ほら、至高の御方々の深淵なお心を全て見通すことなんて私達に出来るわけないじゃないぃ?」

 

怪しい。何か隠しているような気がする。

そう思うもののエントマがいう事ももっともだとナーベラルは思った。

自分達如きの存在では至高の御方々の深遠なお考えを理解するなど到底不可能――

ナーベラルは日頃から心底そう思っていた。

なにせナザリック一の知恵者であるデミウルゴスでさえ全てを察することは出来ないというのだから。

 

「確かに……私達には理解不能な事でも、至高の御方々のなされる事には何時も深遠な意味がある……アルベド様が仰るような事があってもそれは何か意味のあることなのでしょう」

「そうだよそうだよぉ!……あ、ナーベラル髪が少しもつれてるよぉ?」

「え?そんなはずは……」

 

そんなはずはない。と言い切る前にエントマが素早く手櫛でナーベラルのポニーテールを梳いた。

 

「はい。これでもう大丈夫ぅ」

「……えぇ。ありがとう」

 

――今日のエントマは、変だ。

明らかに話をずらそうという意思が見て取れる。だが、多少気になる部分もあるがそれは別にいい。

ナーベラルはエントマを見つめる。

右手を和風メイド服の帯のあたりに沿えて、何時も通りの感情の分かりにくい表情で持ち場に立っている。

見た目だけなら別におかしい事はないだろう。

しかし行動がおかしい。

ナーベラルの知るエントマは他人の身だしなみを注意することはあっても、自ら手を出してそれを直してやったりはしない。

 

「エントマ……あなた今日ちょっと変じゃない?」

「……そうかなぁ?そう思うんだったらぁ、きっとクーゲルシュライバー様のおかげじゃないかなぁ」

「……なるほど」

 

エントマの答えは戦闘メイドというメイドの一種であるプレアデスの一員、ナーベラルにとって尤もなものだった。

至高の御方の部屋で、その傍近くに侍る事が出来るというのはナザリック全メイドにとって最高の名誉であり喜びだ。

何時もは食べ物の事しか興味がないようなエントマであっても、喜びのあまり浮かれてしまうのも当然だろう。

 自身も既に至高の41人の総括だったモモンガに仕えている身。浮かれたくなる気持ちはよくわかっていた。

 

ナーベラルがそう納得した時、アルベドが首をガクガク揺らしながら耳まで裂けるような笑みを浮かべて接近してきた。

 

「ねぇあなた達!クーゲルシュライバー様が上でモモンガ様が下というのもいいけれど、その逆も素敵じゃないかしら!?微かな隙を突いて攻守逆転するモモンガ様!今度は私の番だと幾多の魔法を操り攻めるモモンガ様の勇姿!あぁ……なんて素敵なのかしら!言うなれば……そう、魔法性交者(マジックファッカー)!?魔法性交者(マジックファッカー)とでも言えばいいのかしら!?その身に刻め!これが真のスカルファックだ!なんちゃってなんちゃってえええええー!きゃあああああああー!」

 

どうやらアルベドの妄想は新たなステージに到達したらしい。

メイド三人は荒ぶる守護者統括を醒めた目で見ながら無言で頷き、彼女に同意しておいた。

決して、本心ではなかったが。

 

 

 

 

「うん。とりあえずこんなものか?」

「そうですねー。それで、今すぐ検証が必要なのは私の<恐怖を喰らうもの>ですね。これが上手く機能しないと私役立たずですよ」

 

モモンガとクーゲルシュライバーの話し合いは大詰めを迎えていた。

2時間以上の話し合いで当初予定していた議題の殆どが消化されている。

 今は最後の議題として、重要度が高くすぐにでも検証を行うべきスキルと魔法を決めているところだった。

 

「役立たずとは思いませんけど……それじゃあ検証の為にレベルがわかってるシモベを闘技場に呼んでおきましょう。どのぐらいのレベルがいいですか?」

「計算しやすいように10の倍数でお願いします。耐性があると面倒なんで、できるだけ耐性持ちはなしでお願いします」

「わかりました。デミウルゴスに用意させておきます」

 

クーゲルシュライバーは所謂「古典型コズミックホラー」と呼ばれているガチビルドのキャラクターだ。

仲間との連携を前提に、軸となるたった一つの常時発動型特殊技術(パッシブスキル)<恐怖を喰らうもの>を最大限に活用するための構成をしているのでそれを封じられると極端に脆い性質を持っている。

逆に言えば、それさえ機能すればユグドラシルにおいて「自走する超位魔法」「別ゲーの始まり」「封印が解けられた!これで死ぬる!」などの別称と迷セリフを生んだ古典型コズミックホラーの全力を発揮することができる。

たとえこの世界の存在が100レベルだろうが200レベルだろうが、理論的には対応することが可能なクーゲルシュライバーの常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の確認はモモンガにとっても非常に重要度が高い。

 

 

「モモンガさんは<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>でしたっけ?」

「いえ、やっぱりそれは止そうかと」

「やはり経験値の消費が?」

「ええ。この世界に経験値という概念が在るかどうかも不明ですから。補給の目途が立っていないのにリソースを使うのは流石に」

 

モモンガが使える超位魔法の一つに<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>というものがある。

ユグドラシルでは経験値を消費して発動するタイプの超位魔法で術者の願いを叶えるという効果があった。

願いを叶える、といっても使用すると複数の選択肢がランダムで出現し、その中から好きな願いを選ぶというなんとも博打めいたネタ魔法だった。

しかしこの世界へと来てからというもの、コンソールを始めユグドラシルでは当然のようにあった各種表示が全くと言っていいほど消えてなくなってしまっている。

このような状態で星に願いを使った場合、選択肢はどうなるのだろうか?

そういった疑問と、もしかすると魔法のランプよろしく何でも願いの叶う魔法になっている可能性もあるのではないかという希望から検証の必要性が高いとピックアップされていた。

しかし、モモンガの言うとおり経験値という概念があるかどうかわからない現状では使用のリスクが高い魔法でもある。

 

「じゃあ経験値があるかどうか調べましょうよ」

「ですがどうやって?ステータス画面が開かない以上、経験値が入っているかどうか確かめる方法はないですよ」

「いやいやモモンガさん。無欲と強欲ですよ。フレンドリィファイアが解禁されてるんですから経験値の元は自給自足できちゃいますし、あれ使って適当なシモベを狩りましょう」

「それで回収できれば経験値の存在を確認できるという事ですか。なるほど!上手くいけば1週間に1回くらいは<星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)>を使えるようになるかもしれませんね!」

 

フレンドリィファイアが解禁されているという事のメリットを生かそうというクーゲルシュライバーの提案にモモンガが喝采する。

モモンガにとって大切なのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーによって作り出された存在だけだ。

定期的にPOPする有象無象のモンスターなどにかける慈悲はない。そしてそれはクーゲルシュライバーも同じだった。

 

「それじゃあ一応運営資金節約の為に実験台になるシモベは召喚系スキル持ちが呼び出したやつで行いましょう」

「じゃあ私の特殊技術(スキル)の検証で戦慄状態にして身動き取れなくなった連中をそのまま実験台にしちゃいましょう。私じゃ無欲と強欲は装備できないんで、モモンガさんお願いします」

「わかりました。それじゃあ移動しましょうか」

 

話し合いが終了し、あとは行動する時間だ。

モモンガは部屋にかけられた魔法を解除するとソファから立ち上がる。

まず向かうべきは、気が進まない事この上ないが宝物殿だ。

転移する必要があるのだが、その前に退出させたメイド達に今後の行動について一言伝えておかなければならない。

でなければ彼女達と儀仗兵達はいつまでもクーゲルシュライバーの部屋の前で待ちぼうけする事になる。

 

「お互い、ロールプレイ頑張りましょうねモモンガさん」

「えぇ、ボロが出ないよう頑張りましょう」

 

クーゲルシュライバーとモモンガの二人はそういうと軽く笑いあう。

その笑いは乾燥したものであり、既に彼らがロールプレイする事に疲れてきている証左でもあった。

しかしどれだけ疲れていようともこれだけはこなさなければならない。

ナザリックに君臨する絶対者である至高の41人。

その存在に向けられる尊敬と忠誠を裏切るような真似は自らの命を縮める行為なのだから。

それだけではなく、ナザリックを円滑に運営するにも必要だし、個人的にもNPCに失望されるのが命の危険とは別の意味で怖い。

まだ2日しか経ってはいないが、健気なNPC達から向けられる想いに出来るだけ応えてやりたいという気持ちも少なからずあるのだ。

 

子供の前で見栄を張ってしまう父親の気持ちとはこんなものなのだろうか?

モモンガはギルドメンバーの1人たっち・みーの事を想う。

子持ちである彼も、もしかしたらこんな気持ちを味わっているのだろうか?

そうだとしたら、少しだけ彼に近づけたような気がする。

それを嬉しく感じながら、モモンガはナーベラル達が待つ廊下への扉を開けた。

 

「あぁモモンガ様!クーゲルシュライバー様!お待ちしておりました!どちらが上でどちらが下だったんですか!?さぁさぁ私も含めて内密で濃密な話し合いを致しましょう!さぁさぁさぁ!」

 

開けた先にスタンバイしていた情欲に蕩けた異様な雰囲気を纏う興奮しきったアルベドの姿を確認すると、モモンガは無言で扉を閉めようとした。

借りてきたAVを鑑賞していたら自分のかわいい娘が出演していて見知らぬ男に媚を売ってる姿を交通事故的に目撃してしまった父親のような気分を噛み締めながら。

だが、それよりも先に背後にいたクーゲルシュライバーが余計な事を言った。

 

(上だの下だのと、アルベドはなにを言ってるんだ?ギルド長であるモモンガさんが上に決まってるじゃないか。いくら本来は同格っていってもさぁ)

「アルベドよ。私が下でモモンガが上だとも。なにを当然の事を言っているんだ?」

「く、クーゲルシュライバー様が下!?それが当然!?く、くふー!モモンガ様マジマジックファッカーくふふー!」

 

モモンガは扉を閉めた。そして頭を抱えて蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

「おお。これは壮観」

 

闘技場の貴賓席からクーゲルシュライバーは眼下にひしめく悪魔の軍勢を見下ろしていた。

デミウルゴス配下の魔将が召喚した100を越える悪魔の軍勢だ。

 

「低レベルの悪魔を用意致しました。モモンガ様が仰るにはこれで丁度合計レベルは2500となるそうでございます」

「2500レベルか。上手くいけば250ポイントだが、さてどうなることか……下れ、デミウルゴス」

「はっ」

 

傍らに立って報告を行っていたデミウルゴスを下らせると、クーゲルシュライバーは各種常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を起動させていく。

<畏怖すべき存在>や<恐怖を齎すもの>に代表される恐怖効果のある魔法や特殊スキルの抵抗難易度を上昇させる常時発動型特殊技術(パッシブスキル)が次々に起動していく中、クーゲルシュライバーは闘技場の観客席にいる者達を注視していた。

ゴーレムの集団に紛れていてもまるで輝くような存在感を放つ女性達。

アルベド、エントマ、ナーベラルの三名が期待の眼差しをクーゲルシュライバーに向けていた。

 

(隣のデミウルゴスもそうだけど、そんな目で見られるとやりにくいって言うか、参ったなぁ)

 

恐怖のオーラを使えば相手に恐怖効果を付与することが出来るのはシクススの件で検証済み。

眼下の雑魚悪魔達のレベルから考えれば十分に通用するので、恐怖効果を付与するのは問題なく完遂できるだろう。

だが、もしこれで<恐怖を喰らうもの>が発動しなかったらどうすればいいのだろうか。

わざわざ雑魚を召喚して、恐怖させてはい終了……という事になると弱いものを怖がらせて粋がっているようないじめっ子のようで非常に情けない。

 

(言い訳は考えておくとして……頼む!お願いだから発動してくれよぉ)

 

クーゲルシュライバーは心の中で誰に対するでもない祈りを捧げると、擬腕を広げ巨大な鋏角を軋ませながら特大の恐怖をぶちまけた。

 

「我が供物となるがいい。<恐怖のオーラⅣ>」

 

かつて守護者達に対して放たれた緑のオーラが、同じ場所で再びその猛威を振るう。

 クーゲルシュライバーから発せられるオーロラの如き緑色の光は、瞬時に生贄として捧げられた悪魔達をその効果範囲に捉えた。

 そして、100を超える悪魔の軍勢がその構成員の1人も例外なく、魂を鷲掴みされたかのように硬直した。

 

「!!!」

 

目を持つものはそれを血走らせ。

口を持つものはそこから声にならない悲鳴を上げる。

様々な姿をした悪魔達は皆例外なく恐怖という一つの感情に支配されていた。

最大級の恐怖により一切の身動きが取れなくなった悪魔達は、古の彫刻家が作り上げた邪悪な石像の如く闘技場の土の上に立ち尽くす事しか出来ない。

 

 悪魔達の身を縛り付けるのは恐怖効果が齎す四段階ある状態の内、第四段階目の症状である「戦慄状態」だ。

本来であれば一段階前の「恐慌状態」にした敵を追い詰め逃亡不能にした時に陥る状態なのだが、ⅠからⅤまでのレベルが存在する<恐怖のオーラ>の内、恐怖効果を与えるだけのレベルとしては最高位の<恐怖のオーラⅣ>はその前提条件を無視してレジストに失敗した対象を「戦慄状態」にする事が可能である。

下手に恐怖状態や恐慌状態にすると付与された対象は力の限り逃亡しようとするため、面倒が生じるとの判断でクーゲルシュライバーはこれを使用したのだった。

 

「フ、フフフフフ・・・・・・!」

 

声が変わった。

クーゲルシュライバーの隣に控えていたデミウルゴスは主人の笑い声を聞いて、そう確信していた。

声が女性のものに変わったとか、そういう変化ではない。

劇的に変化したもの、それは声に含まれる「力」だった。

言葉を武器にするデミウルゴスをして驚愕させるに足る、自信に満ちた力強い声。

精神作用に対する強力な耐性を持って居なければそれだけで心を酷くかき乱されるだろうその声に、デミウルゴスは無言で跪き頭を垂れる。

 

「素晴らしい。とても素晴らしいぞ。案ずるより産むが易しというが、まさにそれだな」

「おめでとうございますクーゲルシュライバー様」

 

デミウルゴスは主人の喜びこそ我が喜び、そう言いたげな笑みを浮かべながらクーゲルシュライバーに賛辞を送った。

クーゲルシュライバーはそれを当然のように無言で受け取ると、自信の内側に湧き上がった名状しがたいなにかの総量を掴もうと精神を集中させる。

シクススに恐怖を与えた時に発生したそれとは10倍も違うだろう濃度の「なにか」の大群。

その数はクーゲルシュライバーの想像通り250単位あると感じられた。

その確信にクーゲルシュライバーは今にも踊り出したい気分だった。

 

――クーゲルシュライバーが感じている名状しがたいなにかの正体。

それは<恐怖を喰らうもの>の効果で発生した各種バフに使用される専用ポイント「神話パワー」だ。

 

副種別「旧支配者」を持つ種族は通常の手段によるバフ、デバフ効果を一切受け付けない。

宇宙的恐怖の権化であり神そのものである種族であるため、通常の魔法では影響を与える事は出来ないというのがユグドラシルでの設定だ。

自己強化魔法だけではなく、「旧支配者」には非常に大きなデメリットがある。

自分の力を高めるために通常ならば装備できて当たり前な武器、防具が完全に装備不能なのだ。

そうなれば如何にレベルアップによるステータス上昇が優秀といえども、同じレベル帯のキャラクターと比べれば一歩どころか二歩も劣る性能になってしまうのは避けようが無い。

「邪神は武装なんかしない」という運営の無体の結果である。

だがそれでも、「旧支配者」の種族は人気があった。

それは旧支配者の姿になりたい原作ファンが沢山いたからという理由ではない。

単純に、強かったからである。

 

「デミウルゴスよ。ナザリック一の知恵者であるお前に問う。私が許すので素直に答えるがよい」

「はっ!承知いたしました」

「お前の目から見て、私の強さというのはどの程度のものだ?戦術などを考慮に入れず、ステータス……いや、肉体のスペック的に比較しての強さでだ。誰と同等、誰に劣っているという答え方でよい」

 

尊敬する主からの念の入れられた質問だったが、それでもデミウルゴスは一瞬答えるのを躊躇った。

クーゲルシュライバーの言う肉体的なスペック。

それはお世辞にも100レベルの前衛職として、決して高いとは言えないものだったからだ。

 

「はっ。僭越ながら申し上げますが、体力はアウラと同等、魔力と物理攻撃力ではアルベドと同等、物理防御力は……」

 

なるべく劣るという言葉を使わないように評価していくデミウルゴスにクーゲルシュライバーは概ねその通りだろうと納得していた。

自分のステータスなど見なくなって久しいがそう大きく間違ってはいまい。

 

HP  :80

MP  :40

物理攻撃:80

物理防御:50

素早さ :100

魔法攻撃:30

魔法防御:90

総合耐性:80

特殊  :100

 

ステータス上限を100とした場合、ステータスはこんなものだろうという認識があった。

確実に総合力ではシャルティア、マーレ、アルベド、コキュートス、果てはモモンガにまでに劣っている。

コキュートスは当然として、下手をするとシャルティアとアルベドには力でねじ伏せられかねない。

 

「……というのが私の意見でございます」

 

評価を言い終わったデミウルゴスにクーゲルシュライバーは大きく頷く。

そして、覚悟を決めて演技(ロール)する。

 

「なるほど。やはり流石はデミウルゴス。実に正確な分析だ。よくぞこの私の……封印された状態(・・・・・・・)での力を見抜いた」

「封印ですとっ!?」

(あぁ~……リアル中二病の時と同じ事を口にしてるぞ俺。なんかもう痛気持ちよくなってきたぁ)

 

驚愕を顕にする部下の姿を見て、美女に耳を甘噛みされるような微かな快感を伴った痛みに悶えながらクーゲルシュライバーはユグドラシルの設定を心の中で反芻する。

 

(旧支配者は異なる次元からユグドラシルの世界に顕現する際に大きな制限を受ける。その為本来の絶大な力を振るうことが出来ない。旧支配者にとってレベルアップというのは世界から受ける制限を解除し本来の力を取り戻していく作業の事を言うのである。だ、だから封印って設定でもおかしくないよな!?公式!公式だから!俺は悪くない!中二病なのは公式だから!)

 

「クーゲルシュライバー様を縛る封印が未だにそのような力を残していようとは・・・・・・くっ!なぜ見抜けなかったのだ私はっ!」

(あれ?なんかこの間の設定と混同してる?ま、まぁいいか。説明するのも恥ずかしい)

「そう自分を責めるなデミウルゴス。この私をも封ずる窮極の呪法(公式設定)だ。お前が見抜く事が出来なくともそれは仕方がない事なのだ。それに……」

 

未だに主人の身を苛む恐るべき封印に気付くことの出来なかった己の愚かさを悔いながらもデミウルゴスは続くクーゲルシュライバーの言葉を待った。

自らの感情に任せて謝罪を行ってもそれはかえって無礼になる事を熟知しているからだ。

ただでさえ大失態を演じている身。

己では想像することも出来ない苦難を乗り越えついにナザリックへ帰還を果たした至高の御方を前に、これ以上の醜態は決して許されるものではない。

もしかしたら部下の愚かさに愛想を尽かして再びナザリックを離れてしまうかもしれない。

クーゲルシュライバーの帰還と共にデミウルゴスの心中に巣食い始めたその恐怖が今まさに浮上し、彼の背筋を凍りつかせていた。

 

(ん?なんか神話パワーが10ポイント増えたぞ。なんで?新たに恐怖効果を与えたりしてないのに)

 

突如自分の中に増えた出所不明の神話パワーに疑問を抱くも、クーゲルシュライバーは即座にそれを思考の端へと追いやり言葉を続けた。

 

「それに心配には及ばぬ……この封印を一時的に解除する術を私は既に体得しているのだ」

 

――その言葉を言い終わると同時に<恐怖を喰らうもの>の真価が発揮された。

 

「……っ!な、なんという……!!」

 

戦慄し、驚愕の表情を浮かべるデミウルゴスにクーゲルシュライバーの自尊心が酷く満たされる。

悪魔達から搾り取った250ポイントに加え先ほど取得した10ポイントの神話パワーをも注ぎ込んだ自己強化の成果としては十分なリアクションだろう。

 

(全部で260ポイントの神話パワー。全部ステータスの補完にぶち込んだから今の俺は全ステータスの値が100に到達、もしくは一部突破しているはずだ)

 

<恐怖を喰らうもの>の真価。

それは自分が恐怖効果を付与した相手のレベル/10だけ得られる神話パワーを使ってのステータス強化にある。

コズミックホラーの必殺技とも言えるこの常時発動型特殊技術(パッシブスキル)によるバフ効果は神話パワー1ポイントにつき、対象のステータスを1レベルアップ分強化する事が出来る。

一度バフを始めると5分間のカウントダウンが始まり、それが0になると全てのバフ効果が消失し25分間のクールタイムに入るという弱点はあるものの非常に強力な能力だ。

なにせこのパッシブスキルによるステータス上昇には限界が存在しない。

つまり神話パワーさえあれば理論的には200レベル相当のステータスにも到達する事が可能なのだ。

邪神には技や魔法などの小細工は必要ない。

力こそパワー!レベルを上げて物理で殴る!ステータスという地力の差で圧殺する!

旧支配者が強い理由は旧支配者だからという理不尽を再現したものがこのパッシブスキルなのである。

 

当然こんなものがPKに使われたらまずいので救済処置はあった。

街で購入可能な所持上限数10個のアイテム「エルダーサイン」を装着している装備に使用すると30秒間だけ<恐怖を喰らうもの>の効果を発動させているプレイヤーからの攻撃をノーダメージにすることができた。

<恐怖を喰らうもの>が正常に機能することを確かめたクーゲルシュライバーにとって、残る不安の種はその手のアイテムだけだがそれでも対応のしようはある。

 

 

「どうだデミウルゴス。今の私は、お前から見てどのような強さだ?」

 

湧き上がる力に裏付けされた自信に満ち満ちたクーゲルシュライバーの声に、デミウルゴスは恭しく跪き頭を大きく下げて答えた。

 

「守護者各員を凌駕する強さ。まさに、至高の御方と呼ぶに相応しい圧倒的な強さでございます」

 

デミウルゴスの言葉に、クーゲルシュライバーは大きな牙を打ち鳴らし高らかに笑い声を上げた。

それはこの名前も知れない世界に誕生した、大いなる邪神の産声そのものだった。




ボクの考えたオリキャラTUEEEEEEEEEEの回。
フレンドリィファイアが解禁されたことによって神話パワーの補充は非常に容易になりました。
もし解禁されてなかったら現地民のレベル的に纏まった量の神話パワーを手に入れることは難しかったでしょう。24時間ごとに神話パワーはリセットされてしまうので。

たっぷり神話パワーを貯めたボールペンに勝てるのはエクリプスの最終奥義を発動させたモモンガ様だけなんじゃないかな。
それか自己強化する前にぶち殺すとか。やりようは色々あるでしょう。
とりあえず、クトゥルフ神話の神格をどうにかするには寝ている間か封印されている内に限るってこったです。

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