僕は今、好奇の目に晒されながら、半泣きでまたトレバーを探している。
そう、また、だ!さっきまでは、ちゃんとおとなしく籠の中にいたのに!
さっきマルフォイがコンパートメントを出て行こうとしたとき、クラッブがトレバーの籠に引っかかって床に落としてしまい(僕以外にそんなそそっかしい人間がいるとは思わなかった)、開いた蓋の隙間から飛び出したトレバーが、捕まえようとした僕の手をぴょんとすり抜けてどこかへ行ってしまったのだ。
マルフォイは少しだけバツの悪そうな顔をしたが、結局何も言わずにローブの裾をひるがえしてすたすたと立ち去り、あーとかうーとか口の中で唸っていたクラッブも、慌ててその後を追って行った。
「なんて態度なのかしら!一緒に探すとか、せめて一言謝るくらいはすべきじゃない?」
ハーマイオニーはその前のやりとりのせいもあってか、彼らが出ていくなりカンカンになって言った。アリーは鞄からローブを取り出しながら、溜息をついた。
「まあ、仕方ないわよ。落としたのもドラコじゃなかったし、あれで謝られたらむしろ驚いてたわ。それより早く着替えて、私たちが一緒に探しましょう」
それまでにネビルが見つけられなければだけど、と付け加えてアリーがこちらをちらりと見たので、僕は慌てて通路に滑り出した。
さて、どちらから探そうかと左右を見渡して、僕はまず進行方向へ行くことにした。これは、先頭の方の車両なら引率の先生もいるだろうから、いよいよ見つからないとなれば彼らにも頼めばいい、と考えたからであって、別にマルフォイたちの後ろ姿が後方車両に消えていくのをみつけたせいではない、と言っておく。
それからというもの、かたっぱしからコンパートメントのドアを叩いて回っているが、さっぱり成果はあがっていない。みんな怪訝そうに、あるいは面倒そうに、もしくは僕の額の傷をじろじろ見ながら「多分見なかったと思う」という返事しかくれなかった。
――やっぱり額に絆創膏でも貼ってくるべきだった。ばあちゃんには「こそこそ隠すなんて!いったい何を恥じることがあるというのです?」なんて、凄い剣幕で剥がされてしまったけど、無遠慮に見られるのは僕であって、ばあちゃんじゃない。
「君、どうしたんだ? 気分でも悪いのか」
うんざりした気分で壁にもたれかかっていると、通りすがりの赤毛の上級生に顔を覗き込まれ、僕は焦ってまっすぐ背筋を伸ばした。
「そ、そんなんじゃないです。ただ、ペットのカエルが逃げだしちゃって、探しに」
「ふむ」
僕に話しかけてきた上級生はちょっと考えて、杖を取り出した。
「『アクシオ』――カエルの名前は?」
杖を構えたまま、こちらを振り返る上級生に、僕はごくりと唾を飲み込んで答えた。
「トレバー、ですけど」
「『アクシオ、トレバー』」
上級生が杖を振ると、連結部の扉が勢いよく開き、何か茶色いものが飛んできた。
ポテトチップスの袋から顔をだしたトレバーが、彼の両手にすっぽりとおさまる。
ポテトチップス?
僕と上級生は顔を見合わせた後、揃ってトレバーを二度見した。
そこへ、開いたままの連結部の扉から、ばたばたと誰か走り寄ってきた。
「ああ、いたいた!君、さっきカエル探してた人ですよね?」
息せき切ってやってきた、くるくるした髪の男の子が、僕を見つけてぱっと顔を明るくした。
「よく見たら僕らのコンパートメントに迷い込んでたので渡そうと思ってきたんですけど、急に飛んでいくから驚きましたよ」
「ほんと、びっくりしたわ。いきなりびょーん、って飛んでいくんだもの!」
あとから追いついてきた、金髪をおさげにした女の子が、手を大きく上下にぱたぱたさせて(驚きを強調しようとしたのか、トレバーが飛んで行った様子を表現しようとしたのかはわからない)訴えると、上級生が生真面目そうに頷いた。
「悪かったな、届けてくれている途中だとは思わなかったんだ」
「かまいませんよ。ところで、さっきのは何ですか? あれも魔法なんですよね?」
男の子が目を輝かせながら上級生に尋ね、呼び寄せ呪文について説明を受けている。たぶん、マグル出身の新入生なんだろう、と僕は思った。
「ふたりとも、届けてくれてありがとう。ところで……この袋、なに?」
上級生から受け取ったトレバーを、ポテトチップスの袋ごと持ち上げてみせると、二人はちょっと気まずい顔になった。
「すみません、他に適当な袋がとっさに見当たらなくて。ヒキガエルって、確か毒があるんですよね?」
「直に触ったらかぶれるかもと思って。ごめんね」
かまわない、と僕は答えて、トレバーからポテトチップスの袋をとってやった。
トレバーは特に気を悪くしたふうもなく、のそのそと足を動かしている。
「とにかく、見つかってよかったな。じゃあ、僕はこれで」
上級生は角縁めがねのふちをくいと指で押し上げ、慌ててお礼を言う僕に軽く頷いてからきびすを返した。僕は後から来たふたりにももう一度お礼を言い、さてコンパートメントに戻ろうと思ったのだが、彼らはまだ何かいいたそうにもじもじしている。
「ええと、貴方って、有名人なんですか?」
「あの、貴方、ネビル・ロングボトムよね?」
ふたりは目くばせしあったあと、結局同時に喋りだし、あたふたして「ごめんなさい」「こちらこそ」と互いに謝りあっている。
「う、うん……有名かはわかんないけど、僕はネビル・ロングボトムだよ」
なぜかちょっとやるせない気分になりながら答えると、おさげの子が「やっぱり!」と嬉しそうに声を上げた。
「私、ハンナ・アボットよ、よろしく!」
「僕は、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーといいます。あの、僕はマグル……っていうんでしたっけ? 魔法使いじゃない家の出なもので、
「史上最悪の闇の魔法使いよ」
ハンナは声をひそめ、ジャスティンの袖をひっぱって首を振ってみせた。
「いまだに、魔法界には彼の配下がおおぜい、そのことを隠して暮らしていると言われているわ。だから、あの人の名前を呼んではいけないし、大きな声であの人の話をしてもいけないの。あの人が」
そこでちらりと僕を見て、付け加える。
「ネビル・ロングボトムに倒された今でもね」
「実際のところは、僕が倒したわけじゃないと思うんだけどね」
気持ちが沈み込んでいくのを感じながら、僕は小さな声で訂正した。
「正直、赤ん坊のときのことだし、僕は何もおぼえてさえいないんだよ。きっと、僕の両親と相討ちになったか、さもなければ例のあの人がなにか魔法を失敗したんだろう、と思ってる」
言いながらも、自分でもこれはあまり説得力のある意見ではないな、と思った。ハンナもそう考えたらしく、明らかに「そうかしら」という顔をしている。だいいち、これでは額の傷の説明がつかないのだ。この傷は、強い呪いの痕跡らしい――言い換えるなら、僕には最凶の闇の魔法使いの呪いを受けながらも、生き延びることのできた
でも、
「なるほど」
ジャスティンは僕の表情から何か察したらしく、これまで魔法族から向けられてきたのとは違うタイプの同情の目で僕を見た。
「ずけずけと訊いてしまって、すみませんでした。それでは、僕らはこれで戻ります」
一緒の寮になれるといいですね、と付け加えて、ジャスティンはにっこりした。
とても気持ちのいい笑顔だった。
僕が用心深く、トレバーをしっかり摑みながら自分のコンパートメントまで戻ってくると、アリーとハーマイオニーが2つ先のコンパートメントから出てくるのに出くわした。
「あら、おかえりなさい。カエルは見つかったみたいね?」
めざとくトレバーを見つけてそう言ったハーマイオニーに僕は頷いて、ふたりにありがとうと言った。ふたりともとうに着替え終わって、トレバーを探すのを手伝ってくれていたらしい。
「どういたしまして。それよりネビル、早く着替えないと。もうすぐ着くんじゃないかしら」
「そうだった!」
アリーに注意されて、僕は慌ててコンパートメントに駆け込み、トレバーをかごに押し込んでローブを頭からかぶった。これで大丈夫だろう、とドアから頭を出してふたりを呼ぶと、溜息をついたハーマイオニーに衿元を直され、アリーにローブの裾をズボンから引っ張り出される。
「ほら、靴のかかとは踏まないで、ちゃんと履いて!
……これでよし、と。男の子って、みんなこんな無頓着なのかしら?」
まっすぐに立たせた僕をじろじろ見ながら、ハーマイオニーが少し呆れたように言うが、多分みんなはそうでもないと思う。
「そこはさすがに人によると思うわ。例えばさっきの鼠の子はあんまり身なりを構わないタイプみたいだったけど、ドラコはきっちりと着こなしてたでしょ?」
「マルフォイと知り合いなの、アリー?」
「うちの保護者が、ちょっとね」
アリーは「自分としては不本意だが」というのをにじませたような声で答えた。
さっきの鼠の子は、別に身なりを構わないタイプというわけではないのです。
丈が合わなくても、おさがりだから仕方ないだけなのです……。