ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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11. 「ところできみ、今どこから湧いてきた?」

 雨上がりの滑り台を滑り降りていくような長い長い感覚のあとで、僕の体は急に空中に放り出され、湿った石畳の上で2、3度弾んで転がった。

 僕はそのままの姿勢で、しばらく麻痺呪文の効果が切れるのを待った。ようやく指が少し動かせるようになると、まだびりびりと痺れが走る体を無理矢理起こし、懐をまさぐった。良かった、杖は折れてはいない。

 

 目を凝らすと、僕がいるのは石造りのトンネルの中のように見えた。かなり大きく、大人が立ち上がって歩いても余裕がありそうだ。トンネルの先は、べっとりと塗りつぶしたような闇に覆われていた。

 

 僕は身震いし、急いで杖を振って小さく唱えた。

 

光よ(ルーモス)

 

 ごくごく小さな橙色の光の玉が杖の先に現れたかと思うと、燃え尽きるろうそくのようにちらちらと瞬いて、ふっと消える。僕は呆然として杖を見つめ、次の瞬間、やり場のない怒りに襲われた。

 何で僕が、こんな目に遭わなくちゃならないのか。唯一の頼みの杖まで、こんな時になにをふざけているのか。これでは何も見えないじゃないか!

 

(言うことをきけ!)

 

光よ(ルーモス)!」

 

 僕はほとんど癇癪を起すように、杖を大きく振る。ぐい、と捻じ伏せるような手ごたえがあったかと思うと、トンネルのかなり先の方まで、さっと白い光がほとばしった。僕は杖を高くかざしてあたりを見回し、そして直後に後悔した。トンネルのあちらこちらに小さな骨が散らばっている――鼠かなにかだろうか?

 骨を踏まないようにそっと避けながら角を曲がった先で、巨大な緑色の蛇と正面から出くわして泣きそうになる。がらんどうの中身を見てすぐに、これが脱皮した抜け殻だとは気付いたものの、僕の心はまったく晴れなかった。抜け殻があるということは、中身(・・)もどこかにいるということだ。しかもこの抜け殻ときたら、ざっと僕5人分くらいの長さはありそうだった。

 

 寒さからばかりではない理由で奥歯をがちがち言わせながら、それでも僕はトンネルを進んでいった。さっき滑り落ちてきたのは太い排水パイプのような場所だったが、急な傾斜のうえに水苔でぬるぬる滑って、とうてい這い上がれそうになかったので、どうしても他に出口をみつける必要があった。

 

 何度目かの曲がり角の先は行き止まりだった。つきあたりの壁には絡み合った2匹の蛇が彫られていて、杖を近づけてよくよく見ると、壁の中央には縦に細く割れ目が走っている。きっとこれもホグワーツによくある合言葉で開く扉なんだろう、と思ったが、肝心の合言葉が分からない。

 途方に暮れながら、ふと、さっき放り込まれた時のことを思い出す。僕を放り込んだ人は、「開け」としか言っていなかった。だったらここも、もしかするとそれだけでいいのではないだろうか?

 

 僕はじっと彫刻の蛇をみつめた。はめ込まれた大粒のエメラルドの目が、魔法の明かりを反射して、まるでこちらに目くばせするように動いて見える。

 

開け(・・)

 

 石畳の上で重いものを引きずったような音とともに、壁がぱっくりと二つに裂けた。僕はおそるおそる、なくなった壁の先に杖と頭をさしいれて、あたりを見回した。

 そこには、思いのほか大きな空間がひろがっていた。細長い礼拝堂のような部屋で、左右一対になった柱には、これも絡みつく蛇の彫刻がほどこされており、一番奥には巨大な魔法使いの石像がそびえたっている。

 こわばったような感覚が残る足を引きずりながら、僕は石像のもとへ向かった。年老いた魔法使いの石の顔をじっと眺めると、どことなくまがまがしい表情を浮かべているように見えた。

 

 ふと、台座に何か文字が彫り付けられているのに気づいて、杖の明かりを近づけてみる。ずいぶんと昔のものらしく、黒ずんで文字が読み取りづらい上に、古い英語で書かれていて、ところどころ意味が分からない。

 

『スリザリン、ホグワーツ、4……の中で一番……な者? ……話す、を、願う』

 

 僕は文字盤をたどたどしく読みあげてから、もういちど石像を見上げ――

異変を目の当たりにして、恐怖に顔をひきつらせた。

 

「動いてる!?」

 

 そう、魔法使い――台座に彫られた文章からして、間違いなくスリザリン――の口がだんだん大きく開いていき、中で黒い舌のように何かがうごめいている。僕は声にならない悲鳴を上げ、反射的に後ずさろうとしたが、つまづいて杖を取り落した。途端に部屋の中に、元の通りに暗闇が満ちる。ずるずると何かが這い出てくるような音を背後に聞きながら、僕は必死に床を探った。ない、杖がどこにもない。こんな肝心な時に!

 

 ついに、ズシンと重いものが落ちてきたような振動が部屋中に響き、僕は間近に迫った破滅を見まいとしてぎゅっと目をつぶった。

 

『私を呼んだか?』

 

『しゃ、喋った……?』

 

 僕は思わず振り返ったが、闇にさえぎられて、なにも見えない。その先で、石像から這い出してきた何かが、哂うような気配がした。

 

『もちろん喋るとも。こちらにしてみれば、私の言葉を解する者が実に久しいというだけのことだ、新しき継承者よ。あるいは、継承者に送り込まれた贄かもしれないが』

 

 継承者? 贄?

 何のことか分からないながら、僕は不吉な予感にぐっと唇をかみしめた。声の主は、そんな僕の様子にお構いなしに喋り続ける。

 

『とはいえ、私と語れる者がただの贄とも考えづらい。さればこそ、問答にてこの部屋に入る資格を明らかにすることとしよう。まず、ひとつめ――お前は、ゴーント家の血を継ぐものか否か?』

 

『……家系図に、ゴーントの姓はあったよ』

 

 僕は用心深く、できるだけさりげなく聞こえるように答えた。15世紀頃にゴーント家とロングボトム家の結婚の記録はあるので、家系図に載っているというのは嘘ではない。

 

『よろしい。ふたつめ――純血か?』

『すくなくとも、ここ千年間は』

 

 即座に答えると、心なしか満足げな反応が返ってくる。

 

『素晴らしい。しかし、先刻私を呼び出す合言葉はあまりまともに読めていないようだったが、継承者に相応の学識はあるのか?』

『こ、この間、入学したばかりだから……』

 

 なんでこんな場所で正体不明の恐ろしげな相手に向かって、情けない言い訳をしなきゃならないのか、と思いつつ、僕は少々口ごもった。

 

『……まあ、よい』

 

 あいまいに答える僕に、相手は少し呆れたような気配を見せたが、僕がここにいる資格とやらについてはいちおう納得したようだった。

 

『今のこの事態については、前回の継承者にも、特に何の命令も受けていないからな。今のところは、お前の言葉に従おう。さあ、私になにを望む?』

 

 今すぐ元の場所に帰ってください。

 そう言いかけて、僕はこの部屋に足を踏み入れたそもそもの理由について思い出した。

 

『あの、僕、特に準備もなくここに来てしまったから帰りたいんだけど、道を教えてくれない? それさえ教えてもらえれば、元のところに戻ってもらっていいから――お願いします』

 

 闇の向こうで、相手はまた哂った。

 

『呼びつけておいて、すぐに戻れ、か。まあ良かろう、今はまだ、私を従えるには幼すぎるというものだ。

 帰り道、だったな。我らが最も偉大なる創始者の像の後ろに、地上に戻る道がある。回転する一方通行の扉で、向こうから入ることはできない。レリーフに回れ(・・)と唱えると、扉はあく』

 

『ありがとう――じゃあ、戻ってください、いますぐに!』

 

 僕がほとんど叫ぶように言うと、相手はシュウシュウと鼻で笑うような音を漏らし、ずるずると重い音を立てながら、元の場所に帰って行った。

 這いずるような音が遠くなって消えると、僕は小刻みに震える手でようやく杖をさぐりあて、再びルーモスを唱えた。今度はさほど苦労もせずに明るくなる。

 

 ふたたびスリザリンの石像を見ると、口は元のように閉じていた。さっきの相手はたしかに帰ってくれたらしい。石像の後ろに回ると、言われた通り、エメラルドの瞳をした蛇のレリーフがあった。

 

回れ(・・)

 

 呟いて、僕は回転をはじめた壁の隙間に滑り込んだ。その先にあったのは、崩れかけた長い階段だった。冷え切り、つかれきった体に鞭打つように気分を奮い立たせ、僕は一段一段、ゆっくりと登り始めた。

 

 

 ずいぶんと危なっかしい交渉だった、と階段を踏みしめながら、僕は考える。

 まず、第1の質問。確かに、ロングボトム家の家系図に、ゴーント家に嫁いだ一族の女性の名前は載っている。だがそれはけっして、僕にゴーント家の血が流れているということを意味しない。

 なにしろ彼女は結婚式の日の晩に、夫となったゴーント家の男性にむごたらしく殺されたのだ。それ以来うちの一族では、この事件の顛末とともに、「決してゴーント家と血縁を結んではならない」という厳しい言いつたえが残されている。

(というか、そんな事件でもなければ、僕が500年以上前に一度縁があったきりの一族のことなんか覚えているわけがない)

 

 第2の質問は、まあいい。うちが古い純血の家系なのは間違いない。それで何か得をしたのは、今回が初めてだが。

 だが、僕がさっき会った何者かは、肝心のことを訊き忘れていた。彼、あるいは彼女はただこう質問すれば良かったのだ――『お前はスリザリン生か』、と。僕としてはその質問が出なかったことと、ネクタイの色も見えない暗闇のおかげで助かった。

 

 

 完全に息が上がり、酷使された太ももの軋みがいよいよ無視できなくなったころ、階段の行き止まりの壁につきあたった。正面の壁には、さっきと同じ蛇のレリーフが刻まれている。

 

回れ(・・)

 

 同じように唱えて壁を回転させ、抜け出た先は、T字路の交差点だった。少し行きつ戻りつしてみたところ、道は迷路のように入り組んでいる。すでに気力も体力もつきかけていた僕にとっては、正しい道をみつけることはひどく望み薄に思われた。

 

 しばらく立ち尽くしていると、遠くでかすかに人の声が聞こえたような気がした。僕の願望がもたらした空耳だろうか?――いや、今度はパタパタという軽やかな足音まで聞こえる!

 

「おいおいジョージ、そっちは行き止まりだって言ってるだろ。地図見てるのに迷ってちゃあ、世話ないな!」

「いや、この辺は地図があっても相当わかりにくいぜ。ここを作った奴はきっと、死ぬほど性根が曲がってたんだろうな……お、われ目標発見せり、だ!」

 

 賑やかに騒ぎながら、曲がり角の向こうからウィーズリーの双子が姿を現した。双子の片割れが、羊皮紙の地図をこっちにひらひらと振って見せる。

 

「ところできみ、いまどこから湧いてきた?君がいなくなったって騒ぎになっていたから探してたら」

「隠し通路の中に君の名前が急にあらわれたもんで、僕らも驚いて見に来たってわけさ!」

 

『え、なにそれ。どういう意味?』

 

 僕としては、ごく当たり前に聞き返しただけのつもりだった。

 が、フレッドとジョージはぎょっとしたような顔になって、そろって一歩あとじさった。

 

「ネビル……君、いま、何を喋った?」

 

 羊皮紙を持った腕を静かにおろし、ジョージがこちらを探るようなまなざしで尋ねてくる。僕はそんな反応をされる理由がまったく分からず、困惑しながらもう一度言った。

 

「いや、だから……名前が急にあらわれたって、どういう意味なのかなって。もしかして、その地図が関係あるの?」

「あ、ああ……」

「まあ、そうだな……」

 

 双子は顔を見合わせた後、もう一度僕を見て、腑に落ちないような顔をしたが、僕の酷い恰好に気づいたのか、とりあえず疑問は棚上げしたようだった。

 

「まあ、今度説明するよ。それよりいったい、どこの泥沼に落ちてきたんだい? 家に帰るより先に風呂に入ってくるべきだね、どのみちホグワーツ急行はもう出ちまったし」

「いや、まずは職員室で釈明させられるだろうな。マクゴナガル先生はカンカンだったぜ、こんなことは前代未聞です!ってさ」

 

 一気に気が重くなった僕の肩を軽く叩き、双子は僕を連れて歩き出した。迷路を抜け、ゆるやかな坂をのぼった先の出口は、校庭の隅の人目につかない場所にある壊れた噴水だった。ようやく陽の光が当たる場所に出られて、僕は心底ほっとした。

 

「ふたりともありがとう、僕、もう出られないかと思ったよ」

 

 お礼を言うと、双子はニヤリと笑った。

 

「どういたしまして。お礼なら、ハーマイオニーにも言っておくべきだな」

「そうそう。彼女が騒ぎ立てなきゃ、きみ、クリスマス休暇中ずっと気づかれずにあのままあそこにいたかもしれないんだぜ。ま、もう先に帰らされたから、ふくろう便でも送っておけば?」

「そうするよ」

 

 僕はあらためて、ハーマイオニーに心の中で深く感謝した。もし休暇のあいだじゅう放置なんてされていようものなら、間違いなく凍死していた。

 

 たぶん次に会ったら、ものすごく怒られるだろうが……とりあえず今は、それは考えないことにした。




特に命令もされてないのに、純血パーセルマウスをバジたんが殺すわけなかった。

そしてハリーは「3人兄弟の物語」のペベレル家でヴォルデモートと繋がりがあったので、ネビルには「毛だらけ心臓の魔法戦士」で、こっそりゴーント家との因縁を捏造してみる。

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