ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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1.「ええもちろん、あなたのことは知っています」

 ホグワーツ特急がゆっくりと動きはじめ、九と四分の三番線のホームに立っているばあちゃんの帽子にくっついているハゲタカの剥製がずっと後ろに見えなくなると、僕はだれもいないコンパートメントの座席に座り直し、これからの生活を思いやって憂鬱な溜息をついた。

 ばあちゃんの家を離れ、新しい場所で暮らし始めることに、まったくなにも期待していないわけでは、もちろんない。ばあちゃんは、何をやっても失敗ばかりの僕にはいつも厳しかったし、先祖代々のロングボトム家の屋敷は、重いゴブラン織のカバーがあらゆる家具にきっちりかけられた薄暗い居間といい、玄関ホールにある振り子時計――決まった時間に魔法人形の小人が飛び出して踊る仕組みになっているんだけど、躍った後ぜいぜい言いながらぱったり倒れ伏すので、見るたびにハラハラする――といい、ばあちゃんの帽子に負けず劣らず、すべてが退屈で古めかしかった。楽しみはといえば、時々アンジー大おじさんがロンドンへの買い物に連れていってくれるぐらいだ。つきあいのある親戚には齢の近い子もいなかったので、はじめて友達ができるかもしれないこの機会は、僕を少なからずウキウキさせてくれた。

 

(だけど)

 

 僕は、額の稲妻型の傷跡を指でなぞりながらぼんやりと考える。

 

(こいつのおかげで、僕にはきっとふつうの男の子の生活はできないだろう)

 

 それはこれまでの10年間の人生でも、うんざりするくらい繰り返されてきたことだった。

僕を知っている、というよりも、一緒にいるばあちゃんを知っている誰もが、僕を見るときまって目を輝かせ、ひそひそ声でこう噂する。

 

 

――ほらごらん、あれが生き残った男の子だよ!

 

 

 正直なところ、ぜんぜんおぼえてもいない赤ん坊の頃のことを言われたって、僕は困惑するしかなかった。『例のあの人』に狙われて、どうして生き残れたのかなんて、まったく僕の方が知りたいぐらいだ。何しろ8歳まで魔力が発現しなかった僕が、1歳にもならないころに『例のあの人』をどうにかできた筈がない、というのが、ばあちゃんと僕の一致した意見だった。

 

 かといって、じゃあ『例のあの人』が何故いなくなったか、となるとばあちゃんにも説明できなかったので、僕が何かすごいことをしたに違いない、という人たちに、僕がただの出来の悪い孫だということを納得させることはできなかった。ばあちゃんの家にいるだけならそれでもよかったかもしれないが、ホグワーツに入ってしまえば、成績表という形で、僕の実力が誰の目にも明らかになってしまうわけだ。

 

 

――生き残った男の子なのに、何にも出来ないんだね。

 

 

 そう言われることは、ただの劣等生だと馬鹿にされるよりずっと、僕をみじめな気分にさせるに違いなかった。

 

今日だけで何度目になるかもわからない溜息がこぼれたとき、コンパートメントの戸が勢いよく開いた。

 

「ああ、ごめんなさい! 誰もいないんだと思ったの」

 

 ビックリして見つめる僕に、入口に立った赤毛の女の子が綺麗な緑の目を丸くして、すまなさそうに謝った。その後ろから、ふさふさした栗色の髪の女の子が、ひょいと顔をのぞかせる。

 

「どうしたの、アリー? あら、もう人がいたのね。ねえあなた、ここ空いてる? もしそうなら、一緒に座ってもいいかしら。早めに出かけたつもりだったけれど、九と四分の三番線への入り方が分からなくて手間取ってたから、他はどこもいっぱいなの」

 

 僕が頷くと、ふたりは僕の向かい側の席に並んですわった。僕はちょっとそわそわして、かごの中にちゃんとトレバーが逃げ出さずにいるのを確かめた(なにしろすでに一度、ホームで逃げ出している)。そして、トレバーがヒキガエルではなくて、白くてふわふわの子ネコかなんかだったらいいのに、とちらりと思い、いや、せっかくアンジー大おじさんが買ってくれたペットに不満があるわけではない、と慌てて自分に言い聞かせた。

しかし、なんといってもやはり、ヒキガエルは子ネコに比べて女の子向けというわけではない。

 

「教科書は全部暗記したし、ホグワーツの入学案内も何度も確かめたけど、ホームヘの入り方はどこにも書いてなかったから、きっと魔法族にとっては常識なのね。私は、家族に魔法族は誰もいないから、アリーがふくろうの籠を積んだトランクを引いているのを見つけて、これはと思って聞いてみてやっと入れたの。私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたは?」

 

 栗色の髪の子の方は、ほとんど一息でそこまで喋り、首をかしげて僕の顔を眺めた。

 

「ぼ、僕、ネビル・ロングボトム」

 

「私、アリー・ポッターよ」

 

赤毛の子も素敵な笑顔で名前を教えてくれたが、僕の心臓がどきりとしたのは、決してその笑顔にみとれたからではなかった。

 

 

 

 もちろん、僕は、彼女の名前を知っている。

 

 

 

「驚いた。ほんとに、あなたがネビル・ロングボトム?」

 

ハーマイオニーにまじまじと見つめられて、僕は少し居心地が悪くなった。

「あなたのこと、本で読んだわ。『近代魔法史』『黒魔術の栄枯盛衰』『20世紀の魔法大事件』、ほかにもいろいろ。でも、ちょっとよくわからないことがあったから、よかったら――」

 

「ハーマイオニー」

 

 言いかけたハーマイオニーを、アリーがやんわりとさえぎった。

 

「10年前のことを聞きたいなら、相手が誰にしても、もう少し仲良くなってからにしたほうがいいわ。そんなことよりふたりとも、寮はどこになると思う?」

 

「僕は……そうだな、ハッフルパフがいいや。というより、グリフィンドールやレイブンクローには多分選ばれないだろうし、スリザリンだともし選ばれたとしても、ばあちゃんに何言われるかわかんないし」

 

 僕はいくらかほっとして、アリーに調子を合わせた。ハーマイオニーも特に気を悪くした様子もなく、話を続ける。

 

「そう?私は断然、グリフィンドールだわ。レイブンクローも悪くないけれど、誰に聞いてみても、みんなそこが一番だっていうもの。アリーは?」

 

「そうね、入りたい寮はあるけど、自分の希望がどこまで通るかわからないから」

 

 自分から言い出した割に、アリーは自信がなさそうに言った。

 

「ただ両親はグリフィンドールだったから、たぶん私もグリフィンドールになるだろうって言われたわ」

 

 

 

 それからしばらく、僕らはこれまでの暮らしやなんかについてお喋りをして過ごした。ハーマイオニーの両親はマグルの歯科医師で、娘に魔女の素質があるだなんて全く知らなかったものの、ホグワーツ入学許可証を受け取ったとき、とても喜んでくれたらしい。

 アリーは、両親は自分が赤ん坊の頃からずっと病院にいて、7歳まではマグルの親戚の家で暮らしていた、と説明した。

 

「でも、ちょっとした事件のせいで、あの人たちとは上手くいかなくなってしまったの――まあ、それまでだって、とっても仲が良いというわけではなかったんだけど」

 

 アリーは苦笑いしながら肩をすくめた。

 

「ちょっとした事件って?」

 

「親戚のおばさんが泊まりに来たんだけど、その人はもともと私と、私の両親についてあんまり良く思っていなかったみたいで、結構ひどいことを言われたのよね。しゃくにさわったけど、口答えしてもいいことがあったためしがないから黙ってたら、態度が反抗的だとかいってぶたれそうになって――気づいたら、おばさんが風船みたいに膨らんでて、開いてた窓から空へ飛んで行ったわ」

 

 僕の質問にアリーはこともなげに答えたが、それは果たしてちょっとした事件、で済ませられることだろうか。きっと魔法省は大騒動だったに違いない。

 

「それで……そのあと、どうなったの?」

 

ハーマイオニーがおそるおそる、といったふうに尋ねる。

 

「両親の主治癒者(しゅじい)が、ホグワーツに入るまでの魔力制御の訓練のために、私を引き取ってくれたわ。おじさんとおばさんは私が『おかしな連中の仲間になる』ことについて散々文句を言ってたけれど、結局お互いの為にそのほうがよかったのよね、きっと」

 

 そして僕については、ある意味、ハーマイオニーの方が僕自身よりも詳しかった。なのでふたりを退屈させないためにはどうしたらいいかと頭をひねり、今度は僕の、はじめて魔力が発現した時のことを話してみることにした。アリーは2階からうっかり落っことされた僕が、ゴムまりのように弾んで道路まで飛んで行ったくだりをおもしろがったが、ハーマイオニーはいくら魔力をひきだすための試みとはいえ、桟橋から突き落としたり、足首をつかんで窓から放り出すのはやりすぎだと考えたらしかった。

 

「いや、わざとじゃないんだよ。しいていうなら、エニド大おばさんがメレンゲ菓子を持ってきたタイミングが悪かっただけで」

 

 僕はアルジー大おじさんの名誉のために弁護を試みた。

 

「首の骨を折らなかったからそんなのんきなことを言えるけど、あなたはもうちょっと自分の扱われように怒ってもいいと思うわ」

 

 ハーマイオニーは自分のことのように悔しそうにそう言ってくれたが、実際のところは僕自身、あのときは嬉しさでいっぱいで、腹を立てることを綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。けれど、それをどう説明したものか悩んでいるうちに、車内販売がやってきた。

 僕らは通路に出ると、思い思いに品物を選んだ。ハーマイオニーはカートいっぱいに積まれた食べ物をしばらく珍しそうに眺めていたが、結局サンドイッチと百味ビーンズに決めた。僕がかぼちゃパイと蛙チョコレートを買うと、アリーと目があった。

 

「ああ、ネビルもそれにしたんだ。もしいらないやつだったら、あとで交換してね」

 

「交換って、なにを?」

 

 興味しんしんで覗き込んでくるハーマイオニーに、僕は説明した。

 

「マグル界にも似たようなものがあるんじゃないかな、おまけつきのお菓子だよ。蛙型のチョコレートに、有名な魔法使いのカードがついてるんだ。ほら、こんなふうに」

 

 僕は蛙チョコレートの封を開けて(うっかり逃がしかけたチョコレート本体はアリーがつかまえてくれた)、ハーマイオニーにカードを見せた。

カードの人物は、アルバス・ダンブルドア――僕らがこれから行く、ホグワーツの校長先生だ。

 

「僕、これはもう持ってるんだけど……アリー、いる?」

 

「ありがとう、でも私も3枚あるわ」

 

 カードを見せると、アリーは残念そうに首を振った。そこで僕はちょっと考えて、ハーマイオニーにあげることにした。ハーマイオニーは喜んで、しおりがわりに分厚い本に挟み込んでいた。

 

 

 

 怪しい色の百味ビーンズを除いて、僕らが買ったものをあらかた食べつくした頃、彼らはコンパートメントにやってきた。

 

「ネビル・ロングボトムがここにいるって聞いてきたんだけど……おや、ひさしぶりだね、アリー・ポッター」

 

「ごきげんよう、ドラコ・マルフォイ」

 

 アリーはにっこり笑い、でもどこかよそよそしい声で、金髪を後ろになでつけた、僕らと同じくらいの年齢の男の子に挨拶を返した。ドラコ・マルフォイと呼ばれた彼の背後には体格のいい男の子ふたりが立っていて、クラッブとゴイルだと紹介された。

僕らも自己紹介をすますと、マルフォイは僕をじろじろと眺めた。

 

「へえ、君がそうなのかい。なんだか、思っていたより……いや、失礼。しかし、噂というのはあてにならないものだね」

 

 無遠慮な言い方に、しかし僕はうつむくしかなかった。ぷっくりした丸顔と、気の弱そうな眉毛。鏡の中の僕はいつもたよりなげな表情を浮かべていて、例のあの人を倒した英雄なんてものとは、自分で見ても程遠かった。

 

「それに、マグルの新入生とはね」

 

 マルフォイはハーマイオニーを横目で見ながら、鼻先で笑った。

 

「アリー、君はどうもよく分かってないようだから忠告させてもらうが、付き合う相手というのは君の品位と将来を左右するものだ。君が望むなら僕が、そのあたりをしっかり教えてあげよう」

 

 むっとしたハーマイオニーが口を開くより早く、アリーが微笑んだまま、けれど有無を言わせない口調できっぱりと言った。

 

「どうも御親切さま、ドラコ。でも、女同士の付き合いって、けっこう複雑なの。男の子がよかれと思って口を出したら、余計こじれちゃったり――ね、ドラコにそんな面倒かけたくないもの、分かるでしょ?」

 

 首をかしげてみせるアリーに、マルフォイはちょっとだけうろたえたような顔をした。

それでもまだ何か言いたそうにしているマルフォイを、アリーは「そろそろ着替えたいから、ごめんね」と、余った百味ビーンズを袋ごと押し付けて、体よく追い出していた。

 

 

 

 当然、僕も巻き添えで追い出された。

 




「もし選ばれたのがネビルでも、ヴォルデモートに勝っていた」らしいのでネビルルートを妄想してみました。

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