比企谷八幡は、果たして本物を見つけられるのか?
追記:改 変 注 意
材木座義輝。
見た目はただのオタクで中二病。実際にそうなのだが、それだけではないということが分かってきた。
文化祭の時、相模を必死の思いで説得し、エンディングセレモニーへ立たせた。
当の相模は何一つとして感謝もせず、キモいことを言われたと皆に言いふらし、呑気に過ごしているが。
つまりあいつは・・・自分を犠牲に何かを、誰かを守ろうとしている。
一体それは、どうしてなんだ?
「―――そういう訳で、戸部と姫菜のことを頼みたいんだ」
本格的な秋に入り、修学旅行だウェーイとリア充が騒ぎ始める頃。またしても、奉仕部に招かれざる客がやって来た。
ペルソナ・ノン・グラータ、外交特権発動ッ!!・・・いかん、カードゲームかよ。てか外交って俺ら国じゃねーだろ。
あ、なら今度から帰るときに塩でも撒くか。
今度の葉山の依頼は、戸部が海老名さんに告白しようとしているが、海老名さんにそれを受け入れる気がない。
もしそうなるとグループの雰囲気が悪くなるのでどうにかしてほしいとのこと。
アホらしい。
なんで色恋沙汰にまで首突っ込まなけりゃいけないのか。
「ほっとけ。別にそんな深刻な事態でもないだろ」
「いや、そういう訳には・・・」
「そうだよ!戸部っちも姫菜も応援しなきゃいけないじゃん!」
それが無理だってんだよ、少しは考えろ。
それに先ほど直接戸部に話を聞いた限り、そこまで真剣に恋しているとも思えなかった。
ずっと近くに居たら、ちょっとカワイイとこあるよなあって気付きました。それでちょっとホレちゃいました。その程度だ。
始終ヘラヘラしていたことからも、どうせ失敗するだろうけど青春に箔がつくしやってみんべと軽く考えている節がある。
まあ確かに、これでは告白される海老名さんが気の毒ではある。ただ本人も話では戸部の気持ちには気付いているらしい。
そして大してそのことを気にしていないということも。仮にフッたからといって戸部のことでうじうじ思い悩むとは思えない。
つまりは杞憂。
というか葉山、むしろお前の中途半端な行動がグループの和を乱しているのだと何故気づかない。
結論、何もできないならさっさと手を引け。
「・・・その。海老名氏と戸部氏の仲が分かれるのを防げばいい、そういうことであるか?」
「うん?」
意外な人物の指摘に、葉山が目を丸くする。お前居たの?と言いたげに。
お前意外と冷たいのな。リア充なら人の存在に敏感でなくてはならないはずだろ?
材木座は再び同じ質問を返すと、葉山は頷く。
すると材木座はふんと鼻を鳴らし、自信ありげに言った。
「そうならば、我が何とかしてみせよう!ここではその秘策は明かせぬがな!」
「ちょっと中二?一体何するつもりだし!」
「だ、だから今は言えぬのだ!ただ今回は我に任せてほしいのだ。
雪ノ下氏、八幡、どうか賛成してくれぬか?」
・・・おい。
もしかして、またお前は・・・。
「・・・何を考えているのか分からないけれど。
いいでしょう、貴方にお任せするわ」
おい、なんで分からないのに認めるんだ。いつもなら色々と勘繰りを掛けるんじゃないのか?
そういえばこいつも葉山が嫌いだったな。だがこっちもそれを必死で押し殺しているのだ。
部長のお前が嫌な奴だからテキトーに扱うなんてことをされては困る。来る者は拒まず、それが建前だろ?
もう、これはダメだ。
「そうか・・・なら、よろしく頼むよ」
結局材木座が解決を請け負うということで、話は終わってしまう。
悪い予感、悪い方向へと、どんどん進んでいく。
2週間後 京都市 ホテル
「それじゃ八幡、先に僕からお風呂使わせてもらっていいかな?」
「ああ、ゆっくり入ってくれ」
てか戸塚、お前を差し置いて俺が入浴とか有り得ませんから。天使>悪魔、当たり前の決断である。
さておき、ついに修学旅行が始まった。いや、始まってしまった。
古都の雅な光景も美しい舞妓さんも、俺にとっては関係ない。戸部は明日の夜、海老名さんに告白する。
もう止められない。本当ならそうできたはずなのに。
「材木座、ちょっといいか」
「む?!すまぬ、もう少し!これさえ倒せば我が聖戦に決着がつくのだ!」
「・・・ソシャゲか。悪いが後にしてくれ」
俺も中学の修学旅行はひたすら部屋でモンハンやってたな~・・・全然懐かしくねーわ。
まあバカ騒ぎしてる奴らよりマシだけど。さっきも隣部屋の連中が注意されてたな、時計見ろよ。
「明日のことなんだが・・・お前、本当に大丈夫なのか」
「うむ!その時になればお主も分かるはずだ、だから安心して―――」
「お前が戸部より先に海老名さんに告白して、場をぶち壊す。
そしてお前はみんなの笑い者にされて一件落着。そういうことか?」
「・・・!」
沈黙。
やはり図星だったか。
「なあ、なんでそこまでして葉山グループのために動く?」
「・・・違う。あやつらのためではない」
「じゃあ何故」
「お主の為だ。・・・八幡よ、お主は中学時代のことを覚えておるか?」
「あん?・・・そりゃまあ、忘れたくても忘れられん思い出ばかりだからな」
好きな女子に告白しました。フラれました。翌日からいじめに遭いました。
最後が何を言ってるか分からねーだろうが、俺だってそうだ。女子グループにまで賠償金よこせなんてカツアゲされるしな、びた一文払わなかったけど。
あれ以来、どこかの歌じゃないがもう恋なんてしないと決めた。そして、恋愛とはリア充の為にあるということも知った。
だから今回の依頼だって、本心は受けたくもない。だが奉仕部皆で決めたことになっている以上、覆せない。
くそ、民主主義は少数意見の尊重の理念だってあるはずだろうが。なのに結局は多数決か。
「そうか・・・そうなのだな。
そのお蔭で、我は救われた。お主が皆から、惨い仕打ちを受けたために」
「・・・は?」
ちょっと待て、なんでお前が知ってる?
「お主は気づかなかったろうが・・・我もお主と同じ中学だった。クラスは遠く離れておったがな。
あの時お主がいじめられていなければ、きっと我がそうなっていたであろう。
我はお主を生贄に、残りの中学校を平穏無事に終えたのだ」
「・・・で?それが何の関係があるんだ」
「それで高校も同じと知って、お主にそのことを謝りたいとずっと思っておった。・・・今の今まで、できなかったのだが・・・。
だから、これは我の償いだ。
海老名氏にすることで我がどんな仕打ちを受けようと構わぬ、もう我はお主や皆が傷つき苦しむのを見たくないのだ」
・・・・。
バカ言うな。
仮にお前が罪の意識を感じていたとして、もうお前は十分償った。
すでにお釣りがくるレベルだ。
だから、もういい。やめるんだ。
「・・・それと八幡よ。もう一つ、言っておきたいことがあってな」
「なんだ」
もう謝罪は十分だぞ。
むしろ柄にもなく、こっちが謝りたいまである。過去のことでこんなにもこいつを苦しめてしまった。
あんな真似までさせてしまった。
俺は、最低の人間だ。
「全てが終わったら・・・また我と、友になってくれるか?」
「・・・今返事をした方がいいのか?」
「いや、後で構わぬ。お主の言う通り、明日が勝負ぞ。
我の勇姿、特と目に焼き付けておくがよい!」
「・・・二人ともー?僕出たから、お風呂使っていいよ?」
戸塚が風呂から出てくる。助かった、どうやら会話を聞かれてはないらしい。
入れ替わりに材木座が風呂へ入る。
「・・・八幡?顔色悪いよ?」
「ああ・・・別に平気だ、ありがとな」
気にする必要はない、戸塚。
俺は最低だ。
そんな奴が、誰かの隣にいる資格なんてないんだ。友達になる資格だって―――
1週間後 総武高
「知ってるー?ほらF組の比企谷って奴!
あいつ、海老名さんに告白したってよ?」
「うっわ!あのキモい目した奴っしょ?やだー!」
おい、当の本人が過ぎ去ったばかりなんですが。陰口は聞こえないようにするもんだぜ?
もっともそんなことは覚悟の上でやった。笑い者の道化になる覚悟は。
だから後悔はしていない。
あの時、俺は先んじて海老名さんの所に向かった。戸部よりも、材木座よりも。
そして俺が代わりに告白した。勿論フラれた。
(ごめんね、ヒキタニくんをこんなことに付き合わせちゃって。・・・戸部っちと私のために、やってくれたんだよね。
別に私、戸部っちとはこれから仲良くやっていくつもりだったし。告白されたからって、そんなこと気にしないのにさ・・・)
そして去り際、海老名さんはぽつりと呟いた。俺にしか聞こえないように。
それは果たして、葉山への皮肉だったのだろうか。おそらくそうなんだろう。
海老名さんが去り、俺も戻ろうとすると背後に笑顔を凍り付かせた戸部、そして葉山がいた。
まあ戸部はお気の毒様だな。だが葉山、テメーは駄目だ。
そもそもここに居る資格すらない。
(これで明日から、お前は安泰だな。戸部と海老名さんを慰めてやって、リーダーの面子を保って。
良かったじゃねえか。・・・文句なんてないよな?)
だんまりを決め込んだリア充様にそう言い放って、その場を去・・・れなかった。
さらにその背後に見物人がいたからだ。
雪ノ下、由比ヶ浜。そして材木座。
皆して茫然とした表情をしている。
無視して通り過ぎようとしたら、いつものように雪ノ下に呼び止められる。由比ヶ浜も俺を睨んでくる。
何を今さら。こっちはやりたくもない仕事を引き受けたんだぞ?滅私奉公、褒められたっていいくらいだ。
大体お前が、こんな茶番劇の始末など引き受けなければこうはならなかった。そうじゃないのか?雪ノ下さんよ。
俺も材木座も、戸部も海老名さんも、皆無事に修学旅行を終えられた。何も気にすることなく。
上司には部下を守る義務だってあるはずだ。それをお前は放置した。材木座が傷つく羽目になるのを、放っておいた。
お前に説教されるいわれはない。お前に人を、世界を救う資格はない。
それに由比ヶ浜。お前、海老名さんとも戸部とも友達なんだろ?
お前がそんなに二人が大切だと言うなら、お前が戸部を説得して告白を諦めさせるとか、他に方法はあったはずだ。
お前はそうしなかったな。所詮他力本願、誰かが何とかしてくれると思っているのだ。
それならそれでいい、だから引っ込んでいてくれ。
(じき消灯だぞ?さっさと部屋に戻ったらどうだ)
俺は二人にそう返し、そして、
(・・・お釣りは返しておく。貸し借りをうやむやにしたままじゃ友人にはなれないからな)
材木座に、静かにそう告げる。
黙って下を向いたままだったが、言葉は聞こえていたと思う。
こっちだって同じなんだ。
お前が傷つくのは見たくないんだ。
―――どうやらその真意は、届かなかったようだが。
「奉仕部を抜けるだと?」
「ええ。あそこにいても俺の性根は変わりません。むしろ逆効果です」
生徒指導室。今日は平塚先生に退部届を持ってきた。
もうあの場所に俺の居場所はない。居る必要もない。
「それが許されると思ってるのか?」
「奉仕活動をやれっていうなら、あそこにいなくてもできますから。
何て言うんですかね、フリーランスになりたいというか、独立心が湧いてきたんですよ」
「要はまた一人で呑気に過ごしたいということだろう?そんな甘えは―――」
ハイ、その幻想ってか根性論をぶち壊す。
「もし認められないというなら、所定の場所以外での―――それも未成年の生徒の前での喫煙行為。
そして意思を無視した部活動への強制入部。その他にも体罰、職務怠慢、色々やってますよね?
そのことを教育委員会に訴えようと思うんですが」
「・・・!」
詰んだな。
特に喫煙なんて、よく今まで学校が見逃していたと思う。下手すりゃ根性焼きでもするつもりだったのかって、体罰を疑われてもおかしくない。
学校全体の責任になる。流石に教育委員会のお偉いさんだって動かざるを得ないだろう。
そしてあんたは、材木座が今まで笑い者にされ・・・つまりいじめられているに等しい状態だったのを放置した。
それが一番の罪だ。今は俺が笑い者にされているせいで隠れているがな。
「ここでクビになったら困りますよね?結婚どころか、明日から食っていけなくなると思うんですが。
たかが部活の退部を許さない程度でこんなことになったら恥ずかしいでしょ?
・・・もし許可して頂けるなら、このことは公にしないでおきますよ」
悪魔の契約。
さあ先生、どうする?
「・・・いいだろう。退部届は受理する」
「賢明な選択ですね。教師としての倫理観には欠けてますが」
「・・・・」
「ああ、それともう一つ。
もし由比ヶ浜や雪ノ下が材木座に辛く当たるようなことがあったら、責任もって止めてください。
いじめはダメ、ゼッタイ。この標語、前に全校集会で校長が言ってましたっけ。・・・頼みますよ」
どう考えても覚せい剤とか薬物乱用のそれのパクリにしか聞こえないし、どうせ本気じゃないんだろうがな。
それでもボスの口にした言葉である以上、下っ端もそれを守る義務というのはあるはずだ。ちゃんと果たしてもらおう。
「・・・分かった」
「それじゃ、俺は失礼させていただきます」
外へ出ると、空気が清々しい。いかに中がタバコ臭かったか分かる。
やっぱり喫煙のことは一度訴えてみるか?
まあ、あの場所から解放されたのだから、今は気にすることもない。
何より材木座の件はこれで解決した・・・もうあいつが誰かからバカにされることは、当分ないんだ。
その代わり俺が笑い者になったが。あいつはそのことを気にしているかもしれない。
だが、これでいい。
材木座、許してくれ。そして、ありがとう。
お前は俺よりもずっと、心の優しい奴なんだ。どうかそのままでいてくれ。くれぐれも自分を傷つける真似はするなよ、俺のように。
そしていつか、お前が"本物"を掴めるよう、ささやかながら祈っておくよ。
そう書き綴った手紙を、そっと材木座の靴箱に入れておく。
俺も、もう一度、"本物"とやらを信じてみることにしよう。