テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.77 ーIFー

【 A t t e n t i o n ! 】

 

・当たり前のように現れる、久々の公式If。

・『Tune.77 「叫び」』のポプリ死亡ルート分岐版です。

・ポプリの好感度次第でこうなってしまいます。

・9割くらい正規ルートと全く同じ展開です。

・言うまでもありませんが、死ネタです。

・ジャンクIFに続き恋愛色が強めです。

・相変わらず全力で誰も救われません。

・鬱。

 

 大丈夫な方は、スクロールをお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分下手なことしない方が良いわ! 機械の設計図か何か無いか探してみる! ディアナ君、悪いけど少しだけ我慢しててね……!」

 

 機械を止められれば話は早い。地図同様にその手段が見つかることを祈り、ポプリは先程まで手にしていたレポートの束を置き、紙の山を漁り始める。それを見てマルーシャも彼女の後に続いた。

 

 身動きを取ることができず、酷く怯えた様子で、ディアナは彼女らの姿を見つめている。怖すぎて声が出ないのだろう。今にも泣き出してしまいそうな様子だった。そんな彼女を囲む檻が、青白く発光した――その時、中央にいるディアナ目掛けて電撃が放たれた!

 

「うああああぁあああぁっ!!」

 

「!? ディアナ!」

 

 電撃が止み、ディアナはぐったりと宙に浮かんでいる。外傷は無いが、魔術に耐性のある彼女相手でも相当なダメージを与える電撃だ。あれは特殊なものなのだろう。

 問題はディアナが何もしていなかったにも関わらず電撃が流れたことだ。故障しているのかもしれない。これでは対処法を待っている間にディアナが何度も電撃を喰らうことになってしまう。故障している可能性がある以上、『死なない程度の電撃』というクリフォードの説明も怪しいものとなる。これは一刻も早く、ディアナを救出しなければならないだろう。

 

「ぐ……っ、申し訳ないとは思うのですが、ライを呼びます。不幸中の幸い、マクスウェル様に連絡だけならできそうです。ライなら、透視干渉(クラレンス・ラティマー)で機械の操作ができる筈……!」

 

 突き刺さったメスを抜きながら、クリフォードはマクスウェルと連絡を取り始めた。ライオネルも被験者であるために避けたかった選択肢だが、もはや手段を選んでいる場合ではない。

 

 

「アル! 大丈夫か!?」

 

 ひとまずエリックはアルディスと合流し、彼の傷の状況を確かめることにした。クリフォードのことも気になるが、声が出ない状態のアルディスを一人にしておくのは危険だと判断したのである。

 被弾した左肩を庇うようにしながらアルディスは立ち上がっており、右手には剣が握られていた。ディアナを囲む檻本体ならば、と考えているのかもしれない。

 

「待て。行くなら僕も一緒に行く……間違ってもお前ひとりで行くなよ」

 

 臨戦態勢に入ったアルディスに「行くな」という声掛けは無駄である。それならば同時に飛び出せるように、エリックはレーツェルに触れ、剣を構えた。

 

「……。同時に行くか。何かしら跳ね返ってきても分散できるかもしれない」

 

 下手なことをしない方が良い、とポプリには言われたがあまり待っている時間はない。ライオネルを頼るにしても、トゥリモラが精霊と相性の悪い土地であるためか、クリフォードは連絡にかなり手間取っている様子だ。先程の飛び道具は、ディアナにはこれといって影響が無かったように見えた。ならば、大丈夫だろう。

 隣でアルディスが頷いたのを確認し、エリックは床を蹴り、機械に向かって駆け出す。アルディスもそれに続いた。時間差はあれども、二人の身体能力を考えれば最終的には同じくらいのタイミングになる筈だ。

 

「はあぁっ! ――龍虎(りゅうこ)、|滅牙斬≪めつがざん≫ッ!!」

 

 飛び上がり、空中で身体を翻して刃を叩き込む。アルディスがエリックの攻撃箇所を狙って連撃を放つ頃には、機械の真下に発生した魔法陣がガリガリと金属を削り、嫌な音を立てていた。

 

(流石に一発じゃ厳しい、か……!?)

 

 金属が、青白く瞬く。その刹那、輪から放たれた円状の光線が、空中にいるエリック達を襲った。

 

「がはっ!」

 

「ッ!」

 

 光線は抵抗のしようがないエリックとアルディスの腹部を抉り、そのまま後方の壁へと叩きつける。肺が潰れるような衝撃に息が止まる。そのまま、受身を取ることも出来ずに二人は鉄製の床に叩きつけられてしまった。

 

「ごほっ、ごふ……っ! ひゅ……っ、ぅ……」

 

 あまりの痛みに、息が出来ない。ルネリアルでダリウスに蹴られた位置と同じ場所に光線が当たってしまったせいか、思っていた以上に損傷が激しいらしい。噎せながらも必死に息を吸おうともがくエリックの傍に、クリフォードが駆け付けた。

 

「この真なる祈りに応え、訪れしは刹那の安寧! 我が盟友の痛みを消しされ! ――ヒール!」

 

 暖かな光に包まれ、痛みが少しずつ消えていく。呼吸も何とか出来るようになった。これで、何とか動けそうだ。

 

「すまない、助か……ッ!?」

 

 礼を言おうと顔を上げたエリックの視界に、血を流して仰向けに倒れているアルディスの姿が入った。既にクリフォードが様子を見ているようだが、彼の意識がないことは明白だ。

 

「アル!」

 

「大丈夫です。打ち所が悪かったようですが、命に問題ありません。アルは元々弱っていましたから、仕方ないかと……」

 

 どうやら頭部を強打してしまったらしい。患部に軽く治癒術を掛け、クリフォードはそのままアルディスを寝かせて顔を上げる。

 

「起こそうと思えば起こせるのですが……その、アルはこのままだと弱っているのもお構いなしに特攻しそうなので、このまま寝かせておこうかと思うのですが……どうしましょうか?」

 

「……そうだな、寝かせておこう。絶対特攻するから……」

 

 仮に目を覚ませば、何度でも果敢に機械へと立ち向かっていきかねない。アルディスを守るためにも、今は寝かせておくべきだろう。

 そしてエリックは、服の上から雑に包帯が巻かれたクリフォードの脇腹と左太腿の傷が気になった。

 

「悪い、マルーシャ! 治癒術を頼む!」

 

 クリフォードは自分の傷は治すことができないため、どうしてもマルーシャかディアナの協力が必要だ。今は、マルーシャにしか頼れない。

 

「……ッ」

 

 しかしマルーシャは、エリックの方を一度見た後、悲しげに目を伏せてしまった。

 

「マルーシャ?」

 

「でき、ないの……」

 

 声が震えている。そういえば、アルディスが被弾した時も彼女は治癒術を発動させることなく設計図を探しにいった。そもそもアルディスの家で彼女が首の傷を治療しなかったのは別に魔力の節約だとか、そういう意図ではなかったのかもしれない。

 マルーシャは胸元のリボンを握り締め、今にも泣き出しそうな表情でエリックに訴えかけた。

 

「できなくなっちゃったの……! 治癒術、使えないの……!!」

 

「……ッ!?」

 

 両親の死が、マルーシャを追い詰めてしまったのだろうか――少女の悲痛な叫びが、胸に刺さる。やはり彼女は、明るく振舞っていた“だけ”に過ぎなかったのだ。

 

 

「マルーシャ、僕は大丈夫ですし、治癒術も僕が使えます! 引き続き機械の設計図を探して下さい! お願いします!」

 

 言葉を無くしてしまったエリックに代わり、クリフォードが叫ぶ。間違いなく治癒術が使えなくなってしまったことで更に心を痛めているであろう少女には、今はこう伝えるしかないだろう。彼女には悪いが、ゆっくりと話を聞いてやれる時間は無いのだから。

 そうしている間にも、再び機械が瞬く。ディアナの目が、恐怖で見開かれた。

 

「ああああああぁあぁっ!!!」

 

「ディアナ!」

 

「うぁ、あ……い、いや……いや、ぁ……」

 

 激痛に叫ぶだけでは、無かった。涙に濡れたディアナの瞳は、朧げな様子で“何か”を見ている。痛ましい声を上げた彼女の唇からは、弱々しい言葉が紡がれていた。

 

「お父、さ、ま……お母、様……いや……いやぁ……!!」

 

「ディアナ!? どうした? ディアナ!!」

 

「いや……いやああぁあああああぁっ!!!」

 

 彼女は、両親を呼んだ。その直後、彼女は今までにない勢いで悲痛に泣き叫んだ。錯乱してしまったのか、今までとは打って変わった様子で暴れ始める。

 

「いやぁあああっ!! 捨てないで! 置いていかないで! やだぁあああぁっ!!!」

 

「ディアナ! 落ち着け! 大丈夫、大丈夫だから、すぐに助けてやるから!!」

 

「お父様ぁ、お母様ぁ……!! 私をひとりにしないで!! ここに置いていかないで!! やぁあああぁあ……ッ!!」

 

 最悪なことに、『中に入った者が暴れると雷撃が放たれる』という仕様についてはそのままだったらしい。泣き叫び、ここにはいない両親に「置いていかないで」と訴え続ける彼女を無情にも雷撃が襲う。

 

「きゃああぁああああっ!!! あ、あ、ぁ……うぅ、ああぁああああっ!!!」

 

 雷撃が当たれば、大人しくなるようなことは無かった。むしろ、悪化していく一方である。アルディスがこれを聞いていなくて、見ていなくて良かったと思うと共に、エリックの中に焦りが募っていく――このままでは、ディアナが壊れてしまう!

 

「捨てないで……ッ! 置いていかないで、お願い。私も連れてって……ッ!! うああぁああああぁっ!!」

 

 

(ディアナ……)

 

 ギリ、と奥歯を噛み締め、エリックはアルディスの傍にいるクリフォードへと視線を移した。本来得意ではない無生物を相手にしているとはいえ、そろそろ何か分かったのではないかと判断したのだ。エリックが求めていることが分かったのだろう。クリフォードはおもむろに頷いてみせる。

 

「やたら耐久性が高いです、物理的な攻撃はろくに入らないと思って下さい……弱点属性は、光と火です」

 

「光と火……!?」

 

「よりによって、といった感じですよね」

 

 術による攻撃でないと駄目だというのはまだ良い。エリックの弓はどちらかというと魔術に近いものであるし、術師ならポプリがいる。しかし光属性はアルディスの、火属性はディアナが得意とする属性だ。彼ら以外に、該当属性の攻撃術を使える者はいない。

 アルディスを起こすという選択肢もあるが、今の彼に魔術を使わせるのは死に直結する行為に等しい。仮に彼に意識があったとすれば、光属性の魔術が効くと分かった途端に自身を顧みず大技を発動させたことだろう。気絶させたままにしておいて本当に良かったとエリックは息を吐いた。

 

「とりあえず、弓でやってみる。光属性なら使えるからな……威力は期待するなってところだが、物理よりはマシなんだろう?」

 

「はい……えーと、アレはエリックの弓にも効果があるんでしょうか……? やるだけやってみますね」

 

 エリックは手にする剣を弓に切り替え、クリフォードは傍で詠唱を開始する。残念ながらそこまで多くの技を取得しているわけではなく、光属性のものも一つしか該当しなかったのだが、やらないよりは良いだろう。

 

「――メルジーネ・シュトラール」

 

 クリフォードの詠唱が完了し、エリックの中に光属性の魔力が流れ込んでくる。それをそのまま打ち出さんとエリックは弓を天井に向けて構え、矢を放った。

 

「――|天来白鴉≪てんらいはくあ≫!!」

 

 対象は動かない機械のみ。本来であれば広範囲に降り注ぐ光の矢を出来る限り狭い範囲に絞り、機械への攻撃に集中する。矢はガリガリと機体を削り、火花を散らしていた。だが、それだけである。

 

「クリフォード、風属性や闇属性は太刀打ち出来ないのか?」

 

「この耐久ですと、相性を無視できる程度には強い威力のものでなければ……ッ!? エリック!」

 

 機体が、瞬く。嫌な予感がし、エリックとクリフォードは慌てて後方に飛ぶ。しかし、大型の弓を構えていたエリックは僅かに動作が遅れていた。エリック目掛けて、僅かに大きさが増した光の矢が降り注ぐ!

 

「ぐあぁあっ!!」

 

 光の矢は青白い雷の衣を纏い、エリックの身体を焼いていった。髪や衣服、肌が焦げる嫌な臭いと痛みに顔をしかめつつ、エリックは機械に向き直る。少なからず効いてはいるようだが、その都度こちらに攻撃が跳ね返ってくると考えて良いだろう。

 

「今、治療します!」

 

「いや、良い!」

 

 身体が痺れる。それでも矢は放てそうだ。エリックは再び矢を構えて叫ぶ。

 

「今はお前しか治癒術を扱える人間がいないんだ……僕はまだ耐えれる。アルがあの状態で、ディアナがどんな状態で解放されるか分からない以上、無駄に魔力を消費して欲しくない。ただでさえ、お前結構辛い状態だろ?」

 

「で、ですが……!」

 

「まあ、死にそうになってたら流石に考えてくれよな!」

 

 ディアナの泣き叫ぶ声も、雷撃が放たれる嫌な音も、未だ消えることはない。いつまで彼女が持ちこたえるか分からないのだ。迷うことなく、エリックは天井目掛けて光の矢を放ち続けた。

 

(ッ! せめて飛んでくる方向が読めればな……!)

 

 跳ね返ってくる矢は避けられる範囲で避けたが、段々と足がもつれ、動くことすらままならなくなってくる。次第に、矢を放つことだけで精一杯になり始めた。

 

「ぐ……っ」

 

 矢を放ち、そのまま冷たい床に俯せで崩れ落ちる。息が切れる。ここで避けなければ一本残らず矢を受ける羽目になるだろう。だが、身体が痺れて身動きがとれないのだ。強気な発言をしておきながら、呆気ないなとエリックは苦笑した。

 

 

――その時、視界に影が差した。頭の前に誰かが立ったのだ。

 

「君は多少身体が変化してるだろうけれど、龍王族(ヴィーゲニア)は本来魔術に弱いのよ……どうしてこんな無茶するの」

 

(え……)

 

 顔を上げれば、眼前にこちらを見下ろしてくるポプリの姿があった。何でもないように、にこりと微笑んでみせる彼女の背目掛けて、光の矢が降り注ぐ!

 

「ぐぅ……っ! 痛、ぁああっ!!」

 

「ポプリ!」

 

 ポタポタと、膝を付いた彼女の背から血が流れる。冷や汗を流しながらも、ポプリは両手で抱きかかえていたレポートの束をエリックに手渡した。

 

「これ、こっそり持ち出しといて。何故か本当に大昔の古代語で書かれてるんだけど、ライ君なら、きっと読めるから。あまり読むべきじゃないだろうけど、ディアナ君を助けるヒントになるかなって」

 

 渡されたのは、何かの研究論文のようなものであった。『本当に大昔の古代語』とポプリが言っていた通り、エリックの知る古代語とは若干文法や綴りが異なっている。だが、それが理解できるのならば、ポプリ自身これをも読めるだろうに。

 

 そういえば、ポプリが自分を庇った際にクリフォードが全く動かなかったのが気になった。もしかすると、彼は“動けなくなっていたのかもしれない”――彼女の行動の意図が分かった、その頃には。エリックの身体はろくに動かせなくなっていた。

 

(ポプリ!? 一体、何を……!?)

 

 必死に視界を動かせば、マルーシャが倒れているのが見える。十中八九、これはポプリの仕業だろう。彼女の能力『秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)』は対象の自由を奪う術を得意とするのだから。

 困惑するエリックの眼前で、ポプリは静かにディアナを拘束する機械に近付き、上空で泣き喚く少女を見上げる。その表情は、伺えない。

 

「ディアナ君……いえ、“ダイアナちゃん”。確かに、あなたの両親は君を囮にして逃げようとしたのかもしれない。辛かったと思う。けどね、あなたの居場所はちゃんとあるわ」

 

 “ダイアナ”と呼ばれたのが効いたのだろうか。ディアナは涙を流しながらも、ゆっくりとポプリへ視線を向ける。ポプリは軽く首を傾げ、自身の真下に紫色の魔法陣を展開させた。

 

 

「思い出して? 幼かった頃のあなたを助けてくれた、男の子のことを……あなたはもう、ひとりじゃないわ」

 

 

 涙に濡れたディアナの目が見開かれる。少女が誰かの名を小さく口ずさむと同時――魔法陣が弾け、ポプリの身体が、全身の至る部分が、“裂け”た。

 

「きゃああぁあああっ!!」

 

 血を吹き出し、ポプリが地面に転がる。立ち上がる彼女の手足からは、先程の光の矢とは比べ物にならない程の血が滴り落ちた。

 

「はぁ……っ、はぁ……駄目、ね……そう簡単には、いかない、か……」

 

 緑色の衣服は元の色が分からない程に変色しつつある。早く治療を施さなければ、出血多量で死んでしまうだろう。それでもポプリは、目の前で不安げに身体を震わせる少女に向けて優しく声を掛ける。

 

「心配しないで……あなたのことは、必ず助けるわ」

 

 再び魔法陣を展開する。よく見るとそれは、ポプリ自身に向けて効果を発揮するような形で展開されていた。

 エリックの背後で、術式に抗うべくクリフォードが暴れている。それに気付いたのだろう。ポプリは背後を振り返り、どこか悲しげな笑みを浮かべてみせた。

 

「クリフ、大丈夫。理論上は可能よ。ノアはヴァイスハイトだもの。あの時、きっと闇以外の力もあたしは奪い取っているはずよ……少なくとも、あの子が得意としていた光か火のどちらかくらいは」

 

 クリフォードはポプリの成そうとすることを察したらしく、彼女を止めようともがいている。相当危険なことをしようとしているのだろう。エリックも彼に続こうとしたが、何度も光の矢に焼かれた身体では、ポプリの強力な力には到底抗えない。

 そうこうしている間にも、再び魔法陣が弾けた。ポプリの血が周囲に飛び散る。彼女が手にしている杖が、先端のリボンもろとも粉々に砕け散った。

 

(アイツ、一体何をしようとしているんだ……!? 何度も自分に何かしらの魔術を掛けようとして、失敗して……一体、何を……!?)

 

 ふらり、ゆらりとポプリが立ち上がる。皮膚が裂けるのみならず、体内から何かを発しているのか、身に纏う衣服も裂け始めていた。布の間から除く皮膚は、もう真っ赤に染まっていた。それを見て、エリックは勘付いてしまった。

 

(まさか、体内精霊を操作するつもりなのか!?)

 

 ポプリはライオネルの自宅で複数の本を読んでいた。それはいずれも拒絶系能力や体内精霊に基づく物であり、先程ポプリは『理論上は可能』と口にしていた。その『理論』はライオネルの家の本を読んで立てたものだとすれば、辻褄はあう。

 

(僕らの身体は、精霊の入れ物に過ぎない……内部の精霊に異常が起これば、肉体にまで損傷が及ぶ……そういう、ことなのか?)

 

 

「……」

 

 三度目にして、ポプリはそれに成功したらしい。媒体であるリボンが無くなったためだろう。彼女は酷く震え、血が流れ続ける右手を、ディアナに向けて伸ばした。

 

「――暁光と宵闇の化身……決して交わらぬ、相反する者達よ」

 

 巨大な魔法陣が、機械の真下に現れる。闇属性しか使えないポプリの魔法陣だというのに、その魔法陣の色は漆黒だった――そんな色の魔法陣は、存在しない。

 

「汝らを縛る枷を壊し、我が身を依代に具現せん……」

 

 現れたのは、アメジストを思わせるような淡い紫色の、美しい半透明の巨石。その石の内部では、炎がまるで無数の蝶が空中で舞い踊っているような動きを見せていた。

 それに魅入られているのも束の間。炎が石を粉々に砕き、機械に襲い掛かる。砕かれた岩は空気中に浮かび上がり、独特の輝きを放っている。魔法陣の色が、白に変わった。

 

「恒久の軌跡が紡ぎし輝きを今、ここに解き放て!」

 

 ポプリの声に合わせて、赤色に変わった魔法陣が爆ぜる。炎の蝶が機械を焼き、あれだけ硬かった円形の檻を歪ませる。中央のディアナには何の影響も及ぼしていない様子であったが、代わりにポプリの身体が再び裂け、彼女の、肩に触れていた部分の髪が何故か焼け焦げた。

 

「――アンビバレント・エレスチャル!」

 

 空気中を舞う岩が白と黒の光線を放ち、一斉に爆ぜた。歪んでいた檻は無数の爆発に耐え切れずにあっさりと破壊され、母体である操作用の機械ごとただの鉄屑と化した。

 

 拘束から解放され、ディアナはそのまま鉄屑の上に落ちる。ぐったりとしているが、目は開いている。意識はあるようだ。そして、拘束から解放されたのは、エリック達も同様だった。

 

「ッ、ポプリ!」

 

 酷く震えた声で叫び、クリフォードはポプリに駆け寄った。ディアナのことを心配していない訳ではないのだろうが、今はどう見てもポプリの方が重傷である。そういうエリックも、迷わずポプリの方へと足を運んでいた。

 

「な……っ、ポプ、リ……?」

 

 仰向けで床に転がっているポプリは、顔の右半分を真っ赤に染め、両目を閉ざしていた。微かに動いている肩や両腕は酷い火傷で爛れている。肩に触れていた部分の髪は、無残にも焼け焦げてしまっていた。それだけではない。衣服の上からでは分からないが、きっと全身至る所が裂けてしまっているのだろう。

 

 クリフォードが両手で動かないポプリの右手を取る。その瞬間、肉の焦げる嫌な臭いがした。

 

「!? ポプリの身体が相当な熱を持ってるのか!? おい、火傷するぞ!!」

 

「もう、してますよ……僕は、直接触れずには高位治癒術を使えませんから」

 

 息を吐き、魔法陣を展開する。見覚えのある白い魔法陣だった。

 

「夜明けを告げし暁の煌めきよ! 汝、この切なる祈りに応え、闇に堕ちゆく我が友に希望の導を示さん! 天理に背くことを赦したまえ……ッ!! ――レイズデッド!!」

 

 それは以前、マルーシャがアルディスを救った奇跡の術。魔法陣の上に降り立った天使が、ポプリの身体に触れる。火傷を始め、彼女が負った深い傷を癒していく――しかし、全てを治しきるには到底及ばなかった。

 

 

「ッ、う……」

 

「ポプリ!!」

 

 それでも意識は回復したのだろう。ゆっくりとポプリが左目を開く。大量の血に覆われた右目は、開くことは無かった。

 

「……あたし、ちゃんとできた? ダイアナちゃんは無事?」

 

「ッ! 一体何を言い出すんですか……!」

 

 第一声がこれかと言わんばかりにクリフォードが声を荒げる。しかしポプリは穏やかな笑みを浮かべて、握られた右手に微かに力を込めた。

 

「もしノアが意識を保っていたら、きっと死を覚悟で魔術を使っていたと思うの……あたしはその代わりをしただけ。それに、あのままだとエリック君が死んでいたかもしれない。間に合わなくってダイアナちゃんが死んでいたかもしれない……嫌よ、そんなの。誰かのために本気で頑張れる子が、その誰かのために命を落とすなんて」

 

 少しずつ、ポプリの瞳が閉じていく。彼女の右手を握った震える両手に力を込め、クリフォードは口を開く。

 

「それは……ッ! それは君も同じじゃないですか! 体内精霊を押さえ込んで、自分の身体を変化させて……そんなことをして、自分の命が無事だと本当に思っていたのですか!? 君は……ッ、なんで……」

 

 嗚咽が混じり、語尾が消える。拭う余裕も無いのか、クリフォードの頬を涙が伝っていく。ここまで感情的になっている彼を見たのは、初めてかもしれない。

 泣き出してしまったクリフォードを見て、何故かポプリは安心したような微笑みを浮かべる。そして、開いていた左目を完全に閉ざしてしまった。

 

「あたしね、死んでも良いから最期に、誰かを救いたかったのよ……そうすれば、そうすれば、きっと……あたし、は……」

 

 ポプリの声はかすれ、そして消えていく。クリフォードが彼女の名を叫ぶ。彼女の目は、開かない。何の反応も、帰ってこない。しかしまだ死んではいない。エリックはポプリの傷だらけの手を掴み、絞り出すように声を発した。

 

「そこまでしてお前は、何かを得られたのかよ……?」

 

 その言葉に反応したのか、ポプリが微かに指を動かした。落ちかけていた意識を戻すことに成功したのかもしれない。瞳が開かれることはなかったが、彼女はエリックの問いに答えてみせる。

 

「ええ……少なくとも、あたしが生きてきた意味は、証明できたんじゃないかしら」

 

「生きてきた、意味……?」

 

 相変わらず、酷く弱々しい声だった。クリフォードが必死に治癒術をかけ続けているが、全く追いついていない。ディアナを救うために使った術の代償は、本来ポプリが背負い切れないものだったのだ。発動したこと自体が奇跡だったのかもしれない。

 すっと、ポプリの左目の瞼が上がる。しかし彼女の橙色の目はもう、何も映していない。

 

「最期くらいあたしだって、皆みたいに誰かを救いたかったの……」

 

「ッ、お前は今まで、皆の助けになってきただろう!?」

 

「……本当に、そう思う?」

 

 問われ、エリックは迷わずに頷いてみせた。何かを深く考えたわけではないが、ここは頷くべき場面に違いない。そう、思ったのだ。しかし……。

 

「ふふ、優しいのね……でもね、あたし……そんな君のことが、嫌なのよ……」

 

「え……?」

 

「君は、いつだって正しく生きようとしてる。いつだって、皆のために動こうとする……あたしには、そんな君の姿が、眩しすぎるの。誰もが、いかなる時も正しく在ることが出来るって、思わないで……っ」

 

 ポプリの瞳から、ボロボロと涙が溢れる。どういうことだと話を聞こうとすれば、「ちがう、ちがう」と幼子のように繰り返し、彼女は瞳を閉ざしてしまった。

 

「やだな、あたし、醜い、醜い……あぁ、本当に……」

 

 こちらが何を言おうが、もう届かなかった。ポプリの心は完全に、壊れてしまっていた。

 彼女はきっと、八年前のペルストラ事件を今の今までずっと引きずり続けてきたのだ。義弟アルディスを守れなかった、それどころか傷付けてしまった事実に苛まれ続けてきたのだろう。

 

 

 それゆえ彼女は、いざという時に正しい行動が取れない自分自身が大嫌いだった。

 

――恐らく、いっそ『死んでしまいたい』と、思う程に。

 

 

「そんなこと、言わないで下さい!!」

 

 クリフォードが叫ぶ。エリックが下がれば、彼は血塗れのポプリの身体を愛おしそうに抱きしめた。治癒術はもう、使っていなかった。

 

 すっと、ウンディーネが彼の背後に現れた。彼女はエリックを見て眉尻を下げ、無言で首を横に振るう。これ以上の治癒術は、クリフォードの死に直結する。そのため彼女は、クリフォードの力を制御してしまったのだろう。

 それでも動かずにはいられないと思ったらしい彼は、ポプリを腕に抱いたまま声を震わせる。

 

「僕がここにいられるのは、君が、助けてくれたからなんです……っ、君がいなければ、僕こそ死んでいたかもしれない……それなのに、どうして……っ!」

 

 ポプリは何も答えない。両目も閉ざしたままだ。大きく動いていた肩の動きは、次第に小さくなっていく。

 

「嫌です、ポプリ……君がいなくなるなんて、嫌だ……耐えられない……! 死なないで……死なないで下さい……っ」

 

 だらりと、ポプリの両腕が垂れ下がる。かくんと、首が重力に負けて傾いた。意識など、あるはずが無かった。彼女はもう、息をしていなかった。

 

「ポ、プリ……」

 

 皮肉にも、密かに愛していた男の腕の中で彼女は亡くなった。もう何も望むことはないと、そう言わんばかりの最期だった――ふたりで同じ未来を歩もうなどという夢を彼女が抱くことは、決して無かったのだから。

 

「どうして……っ、どうして、ですか……っ! ポプリ、ポプリ……っ」

 

 ポプリの死に直結したあの行動も、彼女が死ぬ間際に発した言葉も。

 それらは全て、彼女自身の命を非常に軽視したものであった。

 彼女は、もう、生きることに希望を見い出すことができなくなくなっていたのだ。

 

「まだ……まだ、確信が得られなかった……だから、言わなかったんです。だけど、こんなことになるなら、伝えておけば、良かった……」

 

 

――ポプリがディアナを助けたのは、単なる口実だ。

 

 彼女の行動の真意は『自分の命を代償に誰かを救うことで、自分の存在異議を見定めたかった』といったところなのだろう。

 きっと、その“誰か”はディアナでなくとも良かったはず――こんな危険な思想を持っていたというのに、彼女は決してそれを表に出さなかった。

 

「ポプリ……」

 

 だからこそ、彼女の叫びを見落としてしまった。この残酷な結末を防ぐことが出来なかったのだ。

 

 髪は焼け焦げ、衣服は血に汚れ、ボロボロになり、全身の至る所が傷だらけ。顔面にまで大きな傷を負ってしまった。決して、美しい死に様とは言えない。

 むしろ、醜態を晒すだけ晒してしまったと感じながら、彼女は命を落としたに違いない。エリックやクリフォードの想いは、彼女には届かなかった。ただ、彼女自身が持っていた『自分は醜い』という絶望感を、助長させてしまっただけだった。

 

 

「僕はずっと……君のことを、愛していたんですよ……」

 

――最愛の男に抱かれていようとも、その娘の顔は、酷く悲しげに歪んでいた。

 

 

 

Tune.77 ―IF―

  その瞳は、絶望のみを映す

 


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