テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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番外 ーIFルートー
Tune.29 ーIFー


 

【 A t t e n t i o n ! 】

 

・まさかの公式If。29話までのネタバレを含みます。

・『Tune.29 「さよなら」』のアルディス死亡ルート分岐版です。

・アルディスの好感度次第でこうなってしまいます。

・途中までは正規ルートと全く同じ展開です。

・言うまでもありませんが、死ネタです。

・濁してますが(恐らく)フェータリアン史上最悪のグロ描写あり。

・全力で誰も救われません。

・鬱。

 

 大丈夫な方は、スクロールをお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリック君……」

 

 血塗れの親友を前に項垂れるエリックの肩を軽く叩き、ポプリはその横に並ぶように腰を下ろした。マルーシャも、それに続く。

 

「悪い、こんなことになって……」

 

 今となっては聞くまでもない。血の繋がりが無かろうと、ポプリは本気でアルディスのことを思っていた。そしてそれは、自分同様にアルディスを本気で信じていたと思われるマルーシャにも当てはまる話だろう。それを考えると、どうしようもなく今の状況から逃げ出したくなってしまった。

 

 エリックがそれ以上言葉を紡げずにいると、また新たに、背後から誰かがやって来た。足音は二つ。そのうちの一つはフラフラと覚束無い足取りで、もう一つは、人間のものではなかった。振り返ったポプリは、その足音の持ち主達を見て、弱々しく言葉を紡ぐ。

 

「先生、ディアナ君。それに、チャッピー……」

 

「……」

 

 その声には答えず、新たにエリックの傍にしゃがみこんだのはジャンクだった。意識こそ戻ったようだが、傷が痛むらしい。今の彼は、呼吸さえも苦しげだった。

 

「ジャン、背中……大丈夫? 今、治すから……」

 

「僕は大丈夫だ。多少は自力で何とかしたし、ディアナも手伝ってくれたからな……それより、お前らの傷を治した方が良い。酷いですよ、その状態は」

 

「……」

 

 ジャンクの言う通り、アルディスとの戦闘で負った傷はかなりのものだった。今は皆、痩せ我慢をしているような状況だ。早く、どこか休める場所を確保すべきだとは思う。しかし、こうなった原因でもあるアルディスの問題を放置するわけにはいかないだろう。

 

「アルディス……どうして……」

 

 唯一、ディアナだけは無傷だったのだが、彼女は翼を失っている。ろくに身動きが取れない彼女は今、チャッピーの背に乗っているらしかった。

 

「ッ、これは酷いな……」

 

 ジャンクはアルディスの容態を確認し、微かに語尾を震わせた。よく見ると、彼の手には砕けたアルディスのペンダントが握られている。

 

「それ……」

 

「気になるなら、これはお前が持っておけ。それから……」

 

 ペンダントをエリックに手渡し、ジャンクは少しの間黙り込んでしまった。だが、この状況で黙り込んでいても仕方がない。そう思ったのだろう。彼は、どこか言い辛そうに、躊躇いがちに言葉を紡ぎ始めた。

 

「エリック……僕は先程まで完全に意識を手放していました。それにも関わらず、このようなことは言いたくない。いや……根本的にこんなことは、言いたくないんだが」

 

 聞き取るのに苦労するような声量で、彼にしては珍しい、かなり遠まわしな話し方。その声が醸し出す嫌な雰囲気に、エリックは漸く顔を上げ、ジャンクの姿を視界に捉えた。

 

 

「お前は、アルディスを……ノア皇子を、どうするつもりだ?」

 

 

「……!」

 

 傷のせいなのか、自身の発言のせいなのか。ジャンクの顔色はあまりにも悪い。そんな彼の顔を見て、その言葉を聞いて、エリックは言葉を失った。

 

「ジャン! 何言ってるの……!? 何で、そんなこと、エリックに聞くの……!?」

 

 今にも泣き出してしまいそうな声で、マルーシャは弱々しく叫ぶ。ジャンクは一瞬だけ彼女の姿を横目で見た後、エリックへと視線を戻した。

 

「あなただって、本当は分かっているんだろう?」

 

 そして結局、マルーシャの問いに答えたのはジャンクではなく、ディアナだった。

 

「……」

 

 ディアナを背に乗せたまま、チャッピーは静かに成り行きを見守っている。嫌な沈黙が続く。ディアナはため息を付き、青い瞳を伏せつつ話し出した。

 

「あなたの性格なら、この状況で真っ先にアルの傷を癒しているに違いない。それなのに、それをしないのは。彼が再び刃を向けてくることを、恐れているからだろう?」

 

「!? それは……ッ」

 

 ディアナの指摘は、最もだった。早く、傷を治さなければ手遅れになるかもしれない。それは、分かっていた――だが、どうしても親友であった筈の少年が豹変した姿が、脳裏を過ぎる。

 何の言葉も返せずに俯いたマルーシャはスカートの裾を掴み、両手をガタガタと震わせた。

 

「エリック、あなたもだ……あなたの立場を考えれば、彼を今どうするべきか、分かっているだろう?」

 

「――ッ!?」

 

 ディアナから目をそらしたエリックの瞳に、アルディスの首が映る。白銀の髪の間から覗くそれは、アルディスの呼吸に合わせて今も微かに動いており、簡単に斬り落とせそうな程に、細かった。

 

 つまりは、そういうことだ――本気で“それ”をやれというのかと顔を上げたエリックの目の前で、ディアナは悔しそうに顔を歪め、身体を震わせていた。

 

「オレは、それを命懸けで止めなければならない。それなのに、このザマだ……」

 

「あ……」

 

 彼女の背に、翼があったならば。戦いが始まる時点で、彼女が意識を保っていたならば。先程の戦いでの敵は、間違いなくアルディスだけでは済まなかっただろう。主人を護らない従者がいる筈がない。ディアナは、全力で自分達に斬りかかってきたに違いない。

 

「……僕も、ディアナと似たような状況ですよ」

 

 下がり気味になっていた眼鏡のブリッジに触れ、ジャンクはポツリとそう呟いた。痛々しい程に赤く染まった白衣の下は、一体どうなっているのだろうか。想像も付かない。

 

「ジャン……」

 

 そんな彼の姿を見て、そういえば、とエリックは思う。戦いの前に意識を失ったのは、ディアナだけではない。仮にあの時点で彼が意識を失わなかったとしたら、彼は自分の味方になってくれていただろうかと。

 

 

『それでも、アルに会おうと思うのならば……もう、僕は止めない。ただし僕も、自分が考えるように動きたいと思います。良いですね?』

 

 

――恐らく、それは無かっただろうとエリックは考える。

 

 

 彼は、端から自分とアルディスが戦うことを見越していて、それでいて忠告してくれたのだ。アルディスに会い、そのまま戦いになった場合でも、僕はお前の味方にはなりませんよ、と。

 しかし、アルディスが最初に二人を気絶させたことによって、そのような最悪の事態にならずに済んだのだ。

 

(待て! アルはわざわざ、自分の味方を減らす行動起こしたってことか……!?)

 

 ここでエリックは、ある矛盾点に気が付いた――勝利に固着する人間が、自分に貢献してくれたであろう者を拒むような、そのような行為をするだろうか、と。

 

 アルディスの場合、少なくともディアナは確実に味方だと分かっていただろう。それなのに、そのディアナにまで彼は手を下した。これは、明らかにおかしな行為だ。

 

(アル一人の力で、僕に勝ちたかっただけなのか……それとも……ッ!?)

 

 結論を出せずに考え込むエリックの首に、ひやりと冷たい物が当たる。それが何なのかと思考を巡らせるよりも先に、右手首を強引に捻られた。

 

 

「全員動くな! ……動けば、この男の首を、短剣が貫く……!」

 

 

 エリックが手首の痛みを感じるのと同時に響いたのは、酷く息を切らしたアルディスの声。彼の突然の行動とその光景に、仲間達は皆驚き、音にならない声を上げる。

 

(な……っ!?)

 

 エリックは自分に突き付けられた物の正体を知るべく、おもむろに目線を下げた。血に汚れたアルディスの左腕が握りしめていたのは、エリック自身が愛用する短剣。

 アルディスが倒れた後、精神的なショックから地面に投げ捨てたままになっていたそれは今、自分の首を貫かんとばかりに切っ先を皮膚に食い込ませていた。

 

「あ、アル……ッ!」

 

 完全に後ろを取られてしまった。いつの間にか両手は後ろで上手く押さえ込まれ、自由が効かない。それ以前に少しでも暴れれば、本当に首に短剣が刺さってしまいそうだった。

 

「こちらへ……来てください」

 

「ッ……!」

 

 荒い呼吸を繰り返すアルディスの表情さえも確認できないまま、立ち上がることを強制される。どうにかして逃げ出そうとも考えたのだが、体格の差があるにも関わらず、アルディスは一瞬の隙も見せなかった。

 

「アル……! お前……っ」

 

「……。無駄な、抵抗は止めた方が良いかと……まだ、私にはここにいる全員を巻き込み、大爆発を起こすくらい、の……力は、残っています、から……」

 

「――ッ!?」

 

 そんな言葉を掛けられ、抵抗しようというエリックの意欲は完全に削ぎ落とされてしまった。虚勢だろうと思いたかったが、彼の実力を考えれば真実である可能性が高い。肉体的にも精神的にも自由を奪われたまま、エリックは少しずつ、城の方へと誘導されていく。

 

「アルディス、何する気!? エリックを離して!!」

 

 マルーシャが声を震わせて叫ぶが、彼女はその場から一歩も動けなかった。彼女に限らず、他の仲間達もそれは同様で。

 誰もが、この状況を打開しようと思考を巡らせているのは確かだ。しかし、確実に失敗のない方法など、簡単には見つからない。

 失敗すれば、エリックの命は確実に無い。仲間の命がかかってくる以上、慎重になってしまうのが当然の心理だろう。

 

「皆さん、利口ですね……っ、私も、目的を成し遂げやすくて、助かります」

 

 本来なら、もはや動くことさえも辛いのだろう。アルディスの呼吸は、どんどん荒くなっていく。それでも彼が切っ先を動かすことはなく、腕を拘束する力を緩めることも無かった。

 

 

(くそ……っ!)

 

 気がつけば、城の傍にある崖先まで誘導されていた。一旦崖から落ち、そのまま飛んで逃げるつもりなのだろうか、とも考えたが恐らく違う。彼は失翼症だ。そう演じていたなどという器用な芸を見せてくれたのならば話は別だが、流石にそれはないだろう――となると、残された目的は限られてくる。

 

「……ッ」

 

 エリックは横目で崖下を確認した。岸壁から所々飛び出した鋭い岩と、そこに勢いよく打ち付ける荒波。落ちる場所によっては、即死は免れないだろう。本当に、どうしてこんな場所に城を建てたのかとフェルリオ皇帝家に問いたくなる。

 

(……いや、多分、そういう目的で……かつての皇帝は、ここに城を建てたんだ)

 

 

――恐らく、フェルリオ皇帝家は万が一に備え、『自ら命を投げ出すのために』この地に城を建てた。

 

 

 狂っている、と思った。

 

 そして自分は今、そんな狂った事情に巻き込まれようとしている。

 

「アルディス! あなたは一体何を考えているんだ!? 馬鹿なことはよせ!!」

 

「……」

 

 必死に叫ぶディアナの呼びかけに、アルディスは、何も答えない。呼吸こそ荒いが、そこに強い意志が秘められているのは分かる。

 崖に近くなるにつれて、アルディスの身体が微かに震えていることにエリックは気付いていた。水に強い恐怖心を持つ彼が、このような場所で平然としていられる筈がないのだ。それでも逃げ出そうとしないのは、彼の揺るぎない決意の表れに他ならない。

 

「ッ!?」

 

 そんなことを考えていたエリックの目の前で、今まで冷静さを保っていたジャンクが取り乱した。

 

「アルディス! やめなさい! 早まるんじゃない!!」

 

 彼の『早まるな』という言葉に、皆一斉に息を呑む。ジャンクの能力を考えれば、当然のことだ。

 

「え……っ!? ま、まさか……っ! ノア、待って!! お願い!!」

 

 その場から動くこともできず、地面に座り込んだままポプリは叫んだ。エリックがアルディスに拘束されていなければ、アルディスの立っている場所が崖先でなければ。自由の効かない状況に、彼女らは全員、どうしようもない程の無力感を感じていた。

 

 

「……」

 

 そしてエリック自身も、この状況を打破するのに仲間に助けを求める気は無かった。

 それが仲間達を追い詰める行為だということが分からぬ程に、馬鹿ではないつもりだったからだ。

 

「お前……この状況見て、なんとも思わないのか?」

 

 だからこそ、自分が賭けに出るしかない。自分が何とかするしかない――そう思った。腕を拘束されたまま、短剣を突き付けられたまま、エリックはアルディスを諭すべく、なるべく冷静に言葉を紡ぎ始めた。

 

「……」

 

「皆、お前のことを、心配してるんだよ……仲間だって思って、いたから……」

 

 それは紛れもない事実だろう。何より、エリック自身もそう思っていた。第一、自分はフェルリオ帝国を潰しに来た訳ではない。和平の使者として、この地に来たのだ。

 

「それに……ラドクリフは、変わろうとしている。今と昔では、違うんだ」

 

「ッ! あなたは……だから全て水に流せと、そうおっしゃるのですか!?」

 

「ち、違う!!」

 

 短剣の切っ先が首をかすめ、ぷつりと表面の薄皮を割いた。脅しなのか、単純に余計な力が入ってしまっただけなのか、それは分からない。丁寧にしっかりと磨き上げられた短剣の刃なら、それくらいは容易だということだ。

 風に傷口が晒され、ピリピリとした微かな痛みは走る。その痛みに、エリックは僅かに眉を動かした。

 

「違う、分かってくれ。少なくとも、僕はそういうつもりじゃ……」

 

「……本当に、あなたは甘い人間ですね。だからこそ、ラドクリフの民はあなたを慕うのでしょうが」

 

「え……?」

 

 アルディスを怒らせた時点で、終わったと思った。だが、彼の反応は少し異なっていた。彼の口から紡がれたのは、皮肉混じりの言葉。一体どういう意味かと、エリックは眉をひそめる。

 

「ラドクリフが変わろうとしていること……戦を好むのは、一部の人間だけであること。それは……分かっていますよ、私は、あなたの国に十年もいたのですから……」

 

「……」

 

「あなたが王になれば、きっとあの国は変わるのでしょう……」

 

 腕の拘束が解かれ、首に向けられていた短剣が下ろされる。何とかこちらの思いが通じたのかと、エリックは胸をなでおろした――だが、

 

 

「……。ただ、貴国の禊は済んでいない。これくらいの報いは、受けてもらおうか」

 

 

 アルディスの低い声が、耳元で響く。それと同時、腹部に激痛が走った。

 

「が、は……っ」

 

 おもむろに視線を下に移すと、スティレットの刃が腹から突き出ていた。場所が悪かったのか、一気に意識が朦朧としてくる。

 

「や……っ、いやぁあああああああぁあっ!!!」

 

 マルーシャの悲鳴がこだまする。短剣を引き抜かれたことで、辺りに血が飛び散る。全力で蹴り飛ばされ、崖から少しだけ離れた場所にエリックの身体が転がった。

 

「は……っ、くっ、う……っ」

 

 痛い。苦しい。血が、喉を通って逆流してくる。不快な鉄の味が、口の中に広がっていく。自分の血に塗れた短剣が、顔の真横に投げられた。

 

「エリック! エリック――ッ!!」

 

「……動くな」

 

 慌ててここまで走り寄ろうとしたマルーシャの足元に、投げナイフが突き刺さる。怯んだマルーシャを脅すかのように、アルディスは宝剣を手にエリックの傍まで近寄って来た。

 

 

「……君の首を落として、民に見せたら、喜ばれるんだろうけど、な……」

 

 宝剣の刃が、首筋にあてがわれる。今のエリックは、完全に身動きの取れない状態だ。アルディスがこのまま、バッサリと彼の首を斬り落とすのは赤子の手を捻るより簡単なことだろう。

 

「やめてっ! ノア……お願いっ!! お願いだから……っ」

 

 顔面を蒼白にしたポプリが、涙ながらにアルディスに懇願する。先程より、明らかに悪くなった状況に絶望を隠せない様子で、彼女は髪を振り乱して泣き叫んだ。

 

 

「……もう、どれだけ人を殺したのかすら覚えてない。俺は、そんな奴なのに、な」

 

 しかし、アルディスの様子がおかしい。エリックの返り血を浴びたアルディスは、虚ろな瞳で地面に倒れたエリックの姿を見下ろしている――宝剣を握る左手は、酷く震えていた。

 

「何故か……ここまでやっておいて、本当に、何故だろうね。君の首を落すっていう単純な作業が、俺にはできない……」

 

 宝剣が、再びレーツェルに戻る。エリックから離れつつ、アルディスは右足のホルスターに手を伸ばし、拳銃を取り出した。

 

「――ッ、エリック!」

 

「!? マルーシャちゃん!!」

 

 撃たれても、構わないとでも思ったのだろうか。マルーシャはアルディスが離れた隙に、エリックの元へと駆け出した。

 

「……」

 

 アルディスが、それを咎めることは無かった。ただ、彼はマルーシャとエリックの姿を感情のこもっていない翡翠の瞳で見つめ、涙を零した。

 

「……なんで、俺……泣いてるんだろう……」

 

 彼は、それを指で救い、不思議そうに眺めている。そのまま一歩、また一歩と後ろに下がっていき、気が付けば再び、彼は崖先に立っていた。

 

 エリックの周りに、仲間達が集まっている。スティレットが貫通したのだ。あまりの傷の酷さに、冷静さを欠いている者もいる。その様子を遠目に眺め、アルディスは銃口を己に向けた。

 

「流石、真に王に相応しい存在は違うね。俺なんかとは、全然……」

 

 銃口を咥え、翡翠の瞳を閉ざす。ボロボロと、瞳からは止まることを知らないと言わんばかりに涙が流れていく。

 

「あ……っ!」

 

 それに気付いたディアナは即座にチャッピーに指示を促し、アルディスの元へと急いだ。

 

「アル、やめろ……っ!! やめてくださいっ!!」

 

 何とか静止しようと、ディアナが震える声で叫ぶ。だがバランスを崩したのか、途中で彼女の身体は宙に投げ出され、地面に転がった。

 

「……」

 

 目を閉じているアルディスには、その姿は見えていない。ただ、銃口を咥えたまま、彼は後ろに足を踏み出し――そして、銃声が響き渡った。

 

 

(ア、ル……)

 

 仲間達の叫びが聴こえる。一体、何が起こったというのだろうか――。

 

 エリックは何とか身体を動かそうともがいたが、無駄だった。自由が効かない。為す術もなく、エリックの意識はそこでブツリと途切れた。

 

 

 

 

「ッ、う……」

 

 薄目を開けて、辺りを確認する。視界に入ってきた世界は、先程まで自分がいた場所と同じ、スウェーラルのフェルリオ城跡。

 

 

(何が、あったんだっけ……?)

 

 頭が上手く働かない。とりあえず寝ているわけにもいかないだろうと、エリックは気だるさの残る身体をゆっくりと起こした。

 

「! エリック! 目が覚めたんだね……!?」

 

 傍に駆け寄ってきたマルーシャの声は、何故か枯れてしまっていた。泣き腫らした黄緑色の瞳が、エリックの顔を映す。

 

「良かったぁ……」

 

「マ、ルーシャ……?」

 

 自分の姿を映す彼女の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちた。

 

「エリックにまで……っ、何かあったら、わたし……っ、どうしよう、って……!」

 

 嗚咽を上げ、マルーシャは目覚めたばかりのエリックの前で泣き崩れる。元々、マルーシャは良く泣く方であったが、ここまで酷く泣く彼女を見たのは初めてかもしれない。

 

「あ……」

 

 

――漸く、エリックは『ここで何があったのか』を思い出した。

 

 

 慌てて辺りを見渡したエリックの瞳に、ある光景が映る。

 

「え……?」

 

 座り込み、肩を震わせるディアナの前に横たわっているのは、上半身を隠すようにジャンクの白衣が掛けられた、アルディスの身体。

 

「ごめん……マルーシャ、ちょっと、行ってくる……」

 

 泣きじゃくるマルーシャには悪いが、エリックは即座に立ち上がり、フラフラとそこまで歩いて行った。足が重い。何故かは分からないが、「そこへ行ってはいけない」と第六感が警鐘を鳴らしている。それでも、エリックは足を止めなかった。

 

 

「ひ……っ、ぐすっ、うっ……うう……っ」

 

 近付くと、ディアナが嗚咽を上げて泣いているのが良く分かった。それにも関わらず、アルディスの身体はピクリとも動かない。彼女を気にかけ、可愛がっていた彼が一切の反応を示さないとは、到底思えない状況だというのに。

 

「ディア、ナ……?」

 

「!?」

 

 思わずエリックがディアナの名を呼ぶと、ディアナは大袈裟な程に肩を大きく跳ねさせ、警戒心を剥き出しにエリックを睨み付けてきた。

 

「あなた……ッ!」

 

 余程酷く泣いたのだろう。ディアナの目はマルーシャに負けじと腫れ上がり、赤くなってしまっていた。そんな目で睨みつけられたエリックは、無意識のうちに後ずさりしていた。

 

「あなたの、せいだ……! 全部、あなたが、悪いんだ……ッ!!」

 

 憎しみのこもった、ディアナの瞳。震える両手で体重を支え、動かない足を引きずりながらディアナが近付いて来る。

 

「ディ、アナ……?」

 

「あなたが、あんなことを彼に言ったから……! だから……!!」

 

 意味が分からない、とエリックは首を横に振るう。アルディスの身体は相変わらず、微動だにしない。

 

(いや……動かない、とか……そんな、問題じゃ……ないんじゃ……)

 

 身体が、ぶるりと震えた。足さえ動けば掴み掛って来そうなディアナの横を通り、エリックはアルディスの目の前へと移動した。

 

「……」

 

 胸の鼓動が、一気に早くなる。それでも、エリックは一息に、アルディスの身体を覆う白衣を剥ぎ取った。

 

「――ッ!」

 

 

 顕になったのは――後頭部から大量の血を流し、腹部に大きな穴を開けたアルディスの、海水に濡れた亡骸だった。

 

 

「嘘、だ、ろ……?」

 

 自分の顔から、血の気が引いていくのが分かる。身体が、どうしようもない程に震える。何故だか、目をそらしたくなる程に痛々しい姿と化した親友から、エリックは目をそらせずにいた。

 

「良かった、じゃ、ないか……」

 

 ズルズルと、身体を引きずりながらディアナが近付いて来る。動けずにいたエリックの左足を掴み、彼女は大粒の涙をこぼしながら叫んだ。

 

 

「これが、あなたが望んだ通りの結果だ! あなたが望んだ未来だろう!?」

 

 

『はは、確かに、まだ……生きてそうだよな』

 

 

――そうだ……あの時、自分はアルディスに何と言った?

 

 

「う……、あ、ぁ……」

 

 今更、エリックは過ちに気付いてしまった。取り返しの付かない、ことをしてしまった。

 

「あなたの望みが、現実になったんだ! もっと……もっと、喜べば良いだろう!? 何故、あなたはそんな顔をしている!? どうして……どうして……っ!?」

 

 違う――違うんだと、言いたかった。けれど、今のディアナに何を言っても言い訳にしかならないだろう。固く閉ざされたアルディスの瞳は、もう二度と、開かないのだから――。

 

「っ、く……うっ、あぁ……ぁああっ!!」

 

 ディアナの罵りに、エリックには返す言葉がなかった。何も、言えなかったのだ。そのままエリックが何も答えずにいると、ディアナはなりふり構わず泣き崩れてしまった。

 

「……」

 

 慰めの言葉さえも、今のエリックには浮かばない。そっと、エリックは震える指を、親友の顔へと伸ばした。

 

「……ぁ……」

 

 ひやりとした冷たいものを指先に感じ、視界が霞む。まるで、人形のように固く、冷たくなってしまった肌が、そこにあった。

 

「アル……っ、アル……!」

 

 どんなに名前を呼んだとしても、今の彼は何も答えない。答えて、くれないのだ。

 

 

『だから正直……“死んでいれば良いのに”って、そう願わずにはいられないよ……』

 

 

――確かにあの時、自分はノア皇子の死を強く望んでしまった。それは、事実だ。

 

 

 だが、それはこういう意味ではなかった……結局はそれも言い訳なのだ。親友であるアルディスと、ノア皇子は同一人物だった。つまり自分は、親友に向かって「死ね」と言ってしまったも同然なのだ。

 

 そして、その言葉の通り、親友は……アルディスは――。

 

 

「うああああああぁああぁあぁ――ッ!!!」

 

 

 嗚呼、どうして。どうして。

 

 自分は、こんな結末を、望んだわけでは、なかったのに――……。

 

 

 誰か、夢だと言って欲しい。

 

 これは、悪い夢なんだと……笑いかけて、欲しかった。

 

 

 

Tune.29 ーIFー

  覚めることなき永久の悪夢

 


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