テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.80 生贄の町

「先に言っておくが、無理に話して傷口を広げるようなことはするなよ」

 

 内に秘めた思いを暴露させる、というのは相手の精神に寄り添う方法としては大変効果的だが、結果的に状態を悪化させる場合もある。

 経緯はどうあれこれをさせた結果、アルディスは泣きじゃくって自棄になってしまったし、クリフォードは多弁に拍車が掛かってしまった。同じことを三度繰り返すのは防ぎたい。

 ましてやポプリは瀕死の重傷患者であり、肉体的苦痛を与えるものではないとはいえ余計な負荷を与えたくなかった。

 エリックの心境を察してか否か、ポプリはくすりと笑い、口元に弧を描いてみせる。短くなってしまった桜色の髪がさらりと流れ、彼女の目元を隠した。

 

「大丈夫。酷い目っていっても、大したことないから」

 

「大したことあるんだよなぁ……」

 

 またか、とエリックは深く溜め息を吐いた――何も彼女に関することだけではない。目元を隠した髪をそっと指で払ってやれば、どこか居心地が悪そうなポプリの橙色の瞳と視線が交差した。

 

「僕は『大丈夫』とか『平気』とか、その辺の言葉は一切信用しないことに決めているんだ。悪気が無いことは分かっているが、どいつもこいつもそれが口癖になっているから」

 

 この癖を持つのはアルディスだけだと思っていた頃が懐かしい。

 もはや誰かがこの類の言葉を発した時には、何かしら異常が発生していることを疑った方が良いのが現状である。

 ライオネルとイチハが比較的はっきり物を言いそうなタイプで良かったとエリックはこめかみを抑えた。

 

「ええと……」

 

 ポプリは何か言い返したそうにしているが、何も思い浮かばないらしい。そのまま沈黙してしまった。

 黙り込まれては困るのだが、彼女自身どう話を切り出せば良いやら悩んでいるのかもしれない。少し待ってみるかと考えたエリックの傍で、クリフォードが動いた。

 

「ポプリ、左腕、触りますよ。痛いと思うが、手の甲にするからな」

 

 どうやら、話が途切れるのを待っていたようだ。クリフォードはポプリの左腕を手に取り、軽く包帯を解いてから血管を探し始める。いつの間にか、彼は点滴の準備を終えていた。

 通常ならば痛みの少ない肘付近の血管を選ぶのだろうが、彼女の左腕は右腕同様全体が包帯で覆われてしまっている。肘付近はガーゼ塗れなのだろう。

 腕が持ち上げられる様子、手の甲に針を入れられる様子をまじまじと見た後、ポプリは安堵の息を漏らした。

 

「指、全部揃ってるのね……ねえ、右も全部揃ってる? そもそも腕ある?」

 

「いきなり怖いこと言うのはやめて下さい……少なくとも四肢は揃ってるよ、安心してくれ」

 

「なあ、そう言うってことはポプリ、両腕の感覚が無いんじゃ……」

 

「うーん……無いわけじゃないけど、無事じゃないことは分かってる。そんな感じ」

 

 持ち上げられた左腕、管が取り付けられた左手の甲。その先端に確かに存在していた五本の指を見つめ、ポプリは瞳を潤ませて微笑む。

 

「二回目は両腕を依代に術式展開したし、三回目で成功したとはいえ結構無茶したから、肩から先が吹っ飛ぶくらいは覚悟してたんだけど……やっぱり、怖かったのね、あたし。今、すごく、安心してるの」

 

「……それが怖くないわけあるか」

 

 これまでの様子で察してはいたが、ポプリは非常に博識だ。もしかすると博識だからこそ、心理的な部分、つまり『理論』で説明出来ない部分に疎いのかもしれない――特に、『我慢していれば丸く収まる』という理由で、自分自身のことには。

 今更、腕を失うかも知れない、さらに言えば死んでしまうかもしれないという恐怖に襲われているのか、ポプリは身体を震わせ、再び涙を流し始めた。

 

「勝手なことをするなと言われるかもしれませんが、あまりにも痛々しかったので右足その他諸々にも手を加えたよ。右足に関しては今までろくに動かしていなかったから少しリハビリが必要だろうが、もう普通に歩けると思います」

 

「! ほん、と……? 嬉しい……勝手なことするな、なんて言わないわ……ただ、その……ごめんなさい」

 

 ポプリは潤んだ瞳で数回瞬きを繰り返した後、困ったように眉尻を下げ、目を伏せてみせる。

 

「……。見ていて良いものでは、なかったでしょう?」

 

「ッ!」

 

 クリフォードの報告が、エリックの脳裏を過る。

 手当されずに放置された火傷、明らかに人為的に付けられた傷、物理的に刻まれた罵詈雑言――ポプリはそれらを、『見ていて良いものではなかった』で片付けようとしている。

 

「そういうところ、ですよ……っ! 君の、そういうところが、見ていて辛いんですよ……どうしてそこで、僕のことを気にしてしまうのですか……!」

 

「……。慣れてるから、かな」

 

 思わず声を荒らげたクリフォードに対し、ポプリは驚く程落ち着いた様子で、しかし酷く悲しげな様子で、言葉を紡ぐ。

 

「何から、なのかは察して欲しいけれど……こんな状態だからこそ、助かったこともあるの……助かったのは良かった。けれど、それはそれで、正直、辛かった」

 

 ほろほろと、橙色の瞳から涙が零れ落ちる。

 

「あたしだって、髪をアップにしてみたり、短いスカートやズボン履いて着飾ってみたり、あとは、恋愛とかも、入るのかな……とにかく、何も気にせず、普通に女の子らしいことをしてみたいなって、思うこともあるの」

 

 あの左足の露出がやたらと多い服装は、彼女が秘めていた思いの反動だったのだろうかとエリックは思う。

 とはいえ、ポプリは女性らしいか否かと問われれば、明らかに女性らしい存在である。一体何を気にしているのかと思えば、どうやらそこにも事情があったらしい。

 

「何より、あたしに関してはそう生きることを“あの人”に望まれたから……“あの人”には、それさえ叶わない、から……」

 

(“あの人”……?)

 

 予期せぬ第三者の登場に、エリックは微かに眉を潜めた。ここで追求するのはあまり良いこととは思えないため推測になってしまうが、ポプリの普段の振る舞いは誰かの影響を受けている可能性が高い。

 

「はぁ……気にしてないように見せてただけって感じ、だな。傷のせいで上手に歩けないって話すのも、僕に火傷痕見せるのも、かなり抵抗があったんじゃないか?」

 

「そうね。出来ることなら、あたし自身も忘れていたいこと、だもの」

 

「だけど、忘れられる筈がないわけだな」

 

 これは、ペルストラ住民がポプリに掛けた、一種の『呪い』だ。

 

 彼女の心身に、常に何かしらの形で見えてしまうような傷を残し、自分達の存在を片時も忘れさせないような、そんな呪い――一体何故、ペルストラ住民達は彼女にそんな傷を付けたのか。

 

「一応言っとくけど、あたしは完全な被害者ってわけじゃないのよ? ノアの目を斬り付けたのは、確かにあたしだし……忘れたいけど、忘れちゃダメだって、分かってるから」

 

 エリックの中でペルストラ住民達に対する不信感が募っていることを察したのか、今更隠せないと判断したのか。ポプリはエリックが一番気になっている事情に触れてきた。

 

「アルの目……斬り付けた事情について、話してくれるのか?」

 

「今となっては、ただの言い訳よ。傷付けるのは心だけにしたかった、なんてね」

 

 自嘲的な笑みを無理矢理に浮かべ、彼女はおもむろに天井を見上げる。

 

「事件の後ね、あたしはノアを、早急にペルストラから引き離したかったの……その方法が、悪すぎたのよ」

 

 事件、というのは黒衣の龍のペルストラ襲撃事件のことで間違いなさそうだ。黒衣の龍が去ってそう時間が経たない、まだ町中が悲しみに満ちている、そんな状況の中でポプリはアルディスの目を斬り付けたのだろう。

 

「出来れば、あたし『だけ』を憎む形にしたかった。ただでさえ、自分自身を出来損ないの兵器だと思い込んで、存在意義を見失ってる子だったんだもの。せめてペルストラの住民達からは『愛されていた』、『必要とされていた』と思って欲しかった……」

 

「! その言い方からして、アルはペルストラ住民から嫌われていた、のか?」

 

「嫌われていた、というか……基本的には、フェルリオと一緒」

 

「……。道具扱い、か……」

 

「そういうこと……ペルストラに、ノアを滞在させるべきじゃなかったの。もっと早く気付けていたら、あたしが透視干渉能力者で、人々の思考を読むことが出来たらって、どうしようも無いことだけど……もう、そんなことばかり考えちゃうの……」

 

 エリックの方を向いたポプリの瞳からボロボロと涙が溢れ、白い枕にシミを作っていく。次第にひっくひっくと、嗚咽が混ざり始めた。話すのをやめさせるべきかと思ったが、彼女はゆるゆると首を横に振ってみせた。

 

「ここまで来たら、逆に全部話しちゃいたい、かな……」

 

「大丈夫か? ……ああ、どうせ大丈夫って答えるか」

 

 大丈夫じゃない、という答えが返ってくることはまず無い。もうこの件に関しては諦めることにしたエリックはポプリの頬を濡らす涙にそっとハンカチを当てた。

 

「あ……まず、ペルストラの地域信仰について話さなきゃいけない、のかな」

 

「そうだな、うん……宗教関係の話が絡む時点で嫌な予感しかしないな……」

 

 聖者一族のせいで、宗教とかその類の話が嫌いになりそうだ――微かに顔を歪めるエリックを見て、ポプリは微かに口元に弧を描く。よく見ると目が笑っていない。作り笑いだ。

 

(嫌な予感的中かよ……)

 

 一体何が飛び出してくるのか。

 ポプリの、闇しか感じられない表情を見てエリックはため息を吐きたくなるのを懸命に耐えた。クリフォードが何か知っていないかと彼に視線を向けると、どうやら何か心当たりがあるらしい。眉間にシワを寄せて何か考え込んでいる。

 

「クリフォード?」

 

「ん? ああ……その、まさかなぁ、とは思うのですが……しゃ、シャドウが……」

 

「シャドウ?」

 

 そういえば、とエリックはペルストラ近くに神殿があるという精霊『シャドウ』のことを思い出した。何だかんだあって六体の大精霊の姿を目の当たりにすることとなったエリックだが、唯一シャドウだけはまだ確認出来ていない。シャドウはどんな精霊なのだろうか。

 

「マクスウェル様曰く、大人しくて幼い少女らしいのですが……外部の影響およびシャドウが精神的にかなり参っているとかで神殿自体が堕ちかけているらしく、神殿の浄化を依頼されたんだ。僕ではなく、イチハ兄さんが、ですけどね」

 

「クリフォードもシャドウに会った事がないだと……しかも、異常事態かよ……」

 

「とてもじゃないですが、外に出られる状況ではないそうなんです。ポプリが最初に指名されていたのはこれが理由らしいんだ。神殿内の中位精霊が堕ち始めたそうで、そろそろシャドウの身が危ない、と」

 

「ああ、そうか。契約すれば大精霊を神殿から出せるもんな……精霊が堕ちるってことは、魔物化か。それも下位じゃなくて中位の精霊が堕ちて魔物に……これは骨が折れそうだ……」

 

 魔物は下位精霊が身を堕とした成れの果てだとディアナが言っていた。無言で頷くクリフォードを見る限り、中位精霊が身を堕としても魔物化するらしい。その魔物は当然ながら、下位精霊が元となった魔物よりも強力なものとなるのだろう。

 

「う……やっぱり邪教よね、あれ……お爺ちゃん間違ってなかったんだわ……」

 

 シャドウの神殿が堕ちそうだという話を聞いて、ポプリは深くため息を吐く。やはりこの件はペルストラにあるという地域信仰絡みの出来事だったようだ。

 

「ポプリのお爺さんってペルストラを立て直した人、だよな?」

 

「そう。あと、ついでに明らかに邪教だからって『贄制度』を止めさせた人、なんだけど……」

 

「に、贄制度……」

 

 贄制度――恐らく比喩でも何でもなく、その通りの意味なのだろう。

 

 エリックとクリフォードは当事者ではない。

 だからこそ『理解出来ないものを教えてもらっている』ような状況で冷静に話を聞くことが出来ていた。しかしポプリは当事者だ。

 淡々と落ち着いた様子で話してくれてはいるものの、彼女の涙は止まることを知らなかった。

 

「ものすごく簡単に言うと、ペルストラには精霊シャドウを『土地神』として崇めて、魔力の高い子どもを選んで、贄として捧げることで自分達の身を守って貰おうっていう信仰があるの」

 

(やっぱり、言葉通りの意味か……!)

 

 なんとなく、状況が見え始めた。ポプリが慌ててアルディスを逃がさなければ、と考えた理由も理解出来た。

 ポプリの祖父は、住民がシャドウの神殿に贄を捧げることを止めさせた。しかしその数十年後にペルストラ事件が発生し、町に重大な被害が出てしまった――町民達が何を考えたか、その場合の“適役”は誰なのかは、もはや聞くまでも無かった。

 

「シャドウのことも気になるし……今後、何かしら役立つ情報になりそうなことは、全部話しておくわね」

 

 エリック達が完全にはペルストラの事情を理解していないことに気付いたポプリは、変わらず淡々と言葉を紡ぎ始めた。

 

「元々ペルストラは鳳凰族(キルヒェニア)の隠れ家みたいな場所だったの。クリフやダリウスレベルの、本当に鳳凰寄りの混血もそうだけど、あの町では純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)ってのも珍しくなくって。外部交流が必要な時は龍王系の人間が前に出ていたし、お爺ちゃんが立て直すまでは表立って存在していた場所じゃないから、多分……一部の人しか、知らないと思う」

 

「あー、だからディアナ見ても普通の反応してたんだな、お前……だが、純血鳳凰ならフェルリオの宗教があるんじゃないのか?」

 

「うふふ、ディアナ君の容姿は珍しいから、少しは驚いたけどね。そのディアナ君が信仰してるのは、家系的に正教派だと思う……ペルストラのは、信仰の解釈を歪めて誕生した過激派宗教ね。精霊を崇めるとこまでは一緒なんだけど、捧げるのは歌に込められた魔力じゃなくて、人命そのもの」

 

 王国から阻害され、時に命までも脅かされた過去を持つペルストラの一部住民は、精霊王オリジンではなく、住民にとって比較的身近な存在となった精霊シャドウを強く崇拝するようになったのだという。

 加えてペルストラに住む者達は皆、フェルリオ帝国からも切り捨てられた、いわば爪弾き者だったそうだ。聖歌祈祷能力者もおらず、誰も聖歌を歌うことが出来ない上、母国に対しあまり良い感情を持っていなかったことは想像に容易い。歌を捧げることが出来ない以上、母国の宗教をそのまま信仰することは出来なかったのだろう。

 

 シャドウ――司る闇属性の術は、禍々しいものが大半だ。歌よりも人命を、という発想に至るのは無理もないのかもしれない。

 

「正教派からしてみれば当然、ペルストラの宗教は邪教になるわ。あまりにも野蛮だってことで、お爺ちゃんは資金の援助をする代わりに贄制度の廃止を求めたの……お爺ちゃんとお婆ちゃん、それからお父さんは結構皆に好かれてたから、贄制度とかそういうのなくっても、表向きは何とかなってたみたい」

 

 ポプリの祖母は純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)だった上、比較的社交界と繋がりの強い人物だったそうだ。彼女のアシストで権力を握ることに成功したのが前ペルストラ領主、バロック=クロード――ポプリの父だ。

 彼は騎士として名を馳せることは出来なかったものの、考古学をはじめとする様々な分野で才能を開花させた。そして居場所の無い人々の集落に過ぎなかったペルストラを正式に『町』として国に認めさせ、彼自身も子爵の地位を得たそうだ。

 エリックはバロックと全く面識が無いわけではなく、医学にも通じていた彼の診察を受けたこともある。その為、ポプリの父親がバロックであることは知っていたが、彼が俗に言う『万能人』であったなどとは思ってもいなかった。

 

「……。問題は、お父さんが王国の研究者だったお母さんを連れてきた辺りで起こり始めたわ。今なら、理由がはっきりと分かるけど……お母さんって、純血鳳凰からはかなり恨まれてたの。さらにその流れで、鳳凰系種族の間でもかなり悪評が広がってたみたい……お父さんは、自分がさらに成り上がるために国お抱えの研究者を娶って、王家に媚を売ったんじゃないかって、そんな話が出始めた」

 

「そんな……」

 

 所詮は親の七光りって奴だったのよ、とポプリは悲しげに笑ってみせた。

 

「お父さんは町を復興させたお爺ちゃんの子で、実際に権力もあって、だから、受け入れられてたんだと思う。ただ、それだけで、町の人達から信頼されていたわけではなかった……それでもやっぱり位が高い人だったから、お父さんはそこそこ大事にされてたわ。お母さんと、お母さんそっくりに生まれちゃったあたしは、迫害こそされなかったけど、かなり疎まれてた」

 

「……なあ、妙に親世代の事情に詳しいのが気になるんだが……」

 

 まるで見てきたかのようにポプリは語ってくれるが、半分以上の話は彼女が生まれていない頃の話だ。彼女が追い出されるその日まで居心地の悪さは続いていたのだろうが、本来なら彼女が母親の評判やら父親が媚を売っただとかの話をすることは出来ない筈だ。

 出来るということは、そういうことなのだろう。くすりと微笑む彼女の顔には、僅かな嘆きが滲んでいた。

 

「勿論、吹き込まれて育ったのよ。町の人達に」

 

「ッ、やっぱり、そうか……」

 

「……だから、ノアの気持ちがよく分かるの。兵器だ、失敗作だ、なんて言われて育ったあの子の気持ち」

 

 散々親の悪口を聞かされて、自身も疎まれながら育って、彼女の心が歪まない筈が無かった。エリックの視界の片隅で、クリフォードがポプリの手を握り締めている。

 

「あ、全く話し相手がいなかったわけじゃないのよ? 時々“あの人”が会いに来てくれてたし、ノアが流れ着いてからはノアと一緒にいたから。だから、寂しくなかったのよ」

 

(“あの人”って、誰だ……多分、女性だよな? 名前、言えないのか……?)

 

 またしても“あの人”が話に登場した。間違いなくポプリの人格形成において重要な役割を果たしているらしいその人物は一体誰なのだろうか。聞けば、答えてくれるだろうか。

 気にはなったが、今はポプリが深く考えずに吐き出してくれる情報の方が大事だ。そこには触れず、エリックは再び話に登場したアルディスに焦点を当てることにした。

 

「ラドクリフ王家はあまり良く思われていないのは分かった。だが、フェルリオは大丈夫だったのか? 経緯を知ると、どっちもどっちだと扱われてそうなんだが……よく、アルを拾えたよな」

 

「実を言うとね、ノアが皇子だっていうことは、事件が起こるまではあたしの家族しか知らなかったの。知ってたら多分、町の人達は猛反対してたんじゃないかな……」

 

「ああ……」

 

 つまり町民の同意なしの、領主単独判断での保護であったということだ――アルディスも馬鹿ではないだろうし、身分を隠し、さらには能力も隠した上で町に滞在していたのだろう。特徴的な容姿に関してはただ聖者一族の血を引いているだけだと言い切ることも可能だっただろう。

 彼が「自分が町にいたせいだ」とペルストラ襲撃に対してやけに責任を感じていたのは、結果的に町民を騙す形になってしまったことも理由のひとつかもしれない。

 

「これ……ノアに伝えるかどうか、悩んでるん、だけど……ッ、う……」

 

 ポプリが声を震わせる。ぼろぼろと涙が零れ、奥歯を噛み締めた。

 

「おいおい、どうした。無理するんじゃない」

 

 ゆるゆると頭を振るい、ポプリは嗚咽を漏らす。話す、ということなのだろう。

 

「ペルストラ事件の元は、実験体達の、あたし達一家を狙った復讐だったの。そこにノアを含む純血鳳凰達がいたから、手柄を立てようとした兵士達が暴れて、襲撃が大規模になってしまっただけ……ノアは本当に、たまたま巻き込まれた、だけだったの……ッ」

 

「え……」

 

――フェルリオ皇子、アルディスが流れ着いた場所が、仮にペルストラではなかったなら。

 

 その場合、アルディス本人は『ペルストラ事件は無かった』と考えるだろう。しかし、実際は違ったのだ。仮にアルディスがラドクリフ王国に流れ着いていなかったとしても、ペルストラ事件は避けられない出来事だったのだとポプリは必死に言葉を紡いだ。

 

「……。黒衣の龍の元実験体のメンバーが残した計画書が、実行前に王国騎士団に見つかったそうなの。計画では、あくまでもあたし達一家を暗殺するだけの予定だった……だけど、お父さんもお母さんも国にとって有益な存在。だから、それをされるわけにはいかないし、元々ペルストラはあまり王国の手が入ってない場所だから、王国騎士団は直前で取り押さえれば良いと彼らの後を追った。そこで見たのは、『宝の山』だった……ってところ、かな」

 

「!」

 

 ペルストラには多くの純血鳳凰がいたという事実は、明るみにはなっていない。だからこそ、傍から見れば「王国騎士団が何の罪も無い町を滅ぼした」という出来事になってしまう。

 しかし、国を守るべき立場にある王国騎士団からしてみれば、それでは困るのだ――ならばどうすれば良いのか。つい最近、似たような事件が起こっていた。

 

「それで、町を潰した後、王国騎士団は今回の王都襲撃事件同様に黒衣の龍に全ての罪を擦り付けた、か……」

 

「そういうことになるわね。その辺りはヴァロンの手記を見て知ったことだから、どこまで本当か分からないけれど」

 

 いつの間に目を通したのか、ポプリは研究所でヴァロンの手記を発見し、さらに言えばそれを「重要事項書いてそうだから」という理由でこっそりと手記を持ち出しているらしい。ディアナの研究資料の件といい、なかなか恐ろしいことをしてくれている。

 

 あまりにも気になってしまったために一体どうやって短期間で大量の資料を頭に叩き込んだのかと問えば、『能力の応用で何とでもなる』と返って来た。だからこそ大量の情報を得てしまい、彼女はここまで落ち込む羽目になってしまったわけである。

 

 

「ただ、ペルストラ事件の元となった、あたし達一家への復讐の件に関しては間違ってない。だって、これは町の人が言っていたことだから。それに、その方が辻褄、合うでしょう?」

 

「町の人が、言ってた……って……」

 

「ペルストラの人達にとって『疫病神』って言ったら、ノアじゃなくてあたしのことよ。せめて死んでたら良かったんだろうけど、生き残っちゃったから……なんで死ねなかったんだろうって思った。けれど、その後、ノアを生贄にするって話が出て……ああ、あたしはこのために生き残ったんだなって、そう思ったの」

 

 精神的に負荷が掛かり過ぎているのだろう。ポプリの様子が、少し怪しくなってきた。少し早口で、まくし立てるように喋る彼女の身体が、酷く震え始めた。

 

「生贄になれって言われたら、ノアは間違いなく生贄になってしまうから……じゃあその前に、完全にノアが被害者になる形で、町を出て行かせなきゃって思ったの。そのためにあたしが選んだのが、あたしが一番傷付いた言葉。そして、言葉だけじゃ駄目だって思って、ナイフ持って、ノアに襲い掛かったの。あの子なら、簡単にかわせると思った……間違いだったことに気付いたのは、全てが終わってからだった」

 

 この辺りの話は、間違いなくポプリにとっては最大の闇だ。彼女という人格を歪めた決定打となる部分だ――もう、何と声を掛けるのが正解なのか、分からなかった。

 

「それ……その後、は……ポプリ、お前、が……」

 

「うん、そうね。その後は……仕方がないから、次に保有魔力量が多かったあたしを贄にしようって話になって。でも、あたしがいないとチェンバレン絡みで面倒だからって、一次的権限譲渡の書類だけ書かされて……それで、逃げないように足を潰されて、儀式をするまでの間は、町の人達も暇、だったの、かな……地獄があるなら、こんな感じなのかなって、そんな……感じ、で……」

 

「――ッ!!」

 

 たった十二歳の少女に、畳み掛けるように襲いかかった悲劇。

 きっとそれは、彼女が年の割に博識であったことも原因なのだろう。賢くなければ、彼女は真相にたどり着かなかった。残酷な現実と、向き合わずに済んだ。しかしそれは、決してポプリが悪いわけではない。

 

「足を潰されたけど……それでも、何とか逃げて。孤児院に保護されて……でも、こんな身体だし、能力が能力だから、馴染めなくって……後は、君達が知ってる通りよ」

 

「……ポプリ」

 

 やっとの思いで声を絞り出し名を呼べば、ポプリはどうにか笑みを浮かべてみせる。気にするなと言いたいのだろうが、それは無理な相談だった。

 確かに、結果だけ見れば『ポプリはアルディスの右目を抉った悪人』ということになる。そうなるように、ポプリが動いたのだ――アルディスが傷付くことを、最小限に留めるために。そのために、彼女は自らを『悪人』に堕とした。

 

「この辺の話、ノアに話すかどうか、悩んでるの。だけど、贄の話とか、余計なことは、知らなくて良いと思ってるの……でも、流石にもう、苦しいなぁって……」

 

 ペルストラ事件の真相をアルディスに語れば、確かに彼は救われるだろう。だが、そうなると彼視点でのポプリは「何の関係も無かったアルディスを疫病神呼ばわりした挙句、攻撃した悪人」としてさらに身を堕とすことになる。流石にそれは辛いとポプリは困ったように笑ってみせた。

 

「……どうしたら、良いのかな?」

 

 片っ端から全て話せば良いだろう、という簡単な問題ではない。

 実のところ、アルディスは真相に気付きかけている。少なくとも『ポプリが全て自分で背負う気だ』という部分に関しては理解していると言っても過言ではない。

 しかしながら、事の全てを完全に理解してしまった時、彼が負うであろう精神的負担は計り知れないものがある――どうしたものか、とエリックも頭を悩ませ始めた、その瞬間。勢いよく(鍵を掛けていた筈の)ドアが蹴り破られた。

 

 

「どいつもこいつも……本当、何なんですか!? いい加減にして下さいよぉ!!」

 

 

「あ……」

 

 現れたのは、絶賛大号泣中の件の人物――アルディスであった。

 

 

 

―――― To be continued.


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