テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.79 嘘偽りで造られた物

「クリフォード、入るぞ」

 

 買い出しから戻ってきた途端、エリックはイチハに「ポプリが寝ている部屋でクリフが待ってる」と伝えられた。彼がエリックひとりを指名してきたということは、何か良からぬことがあったのだろう。

 中にいるクリフォードの返事を聞いた後、エリックは静かに扉を開いた。

 

「すみません、少々厄介なことが判明しまして」

 

「……。その前に、お前泣いたろ? 泣いたよな? というより、また泣きそうだろ? 先にそれに関することから話そうか」

 

「いや……あの……」

 

「そっちから話そうか? どうせ無関係な話ではないんだろ? ……な?」

 

 ベッドに横たわるポプリを前に椅子に腰掛けているクリフォードの目が非常に赤い。目覚めないポプリが心配で泣いてしまっただとか、そういうレベルの話では無さそうだ。

 恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らすクリフォードの傍に椅子を持って近づけば、彼は服の袖で目元を拭い、ため息を吐いた。

 

「ええと……その、まずはポプリの惨状を見て頂くとして……」

 

 クリフォードに近付けば、当然ポプリの姿も目の当たりとなる――桜色の髪が顎の辺りまで短くなり、毛布から露出している顔の右半分、そして両腕が包帯で覆われた、顔色の悪い娘の姿が。

 

「こ、これ、さ……傷、残りそうか……?」

 

「残るとか、そういう次元の話ではないよ。顔だけでも何とかしたかったのですが、麻痺が残らないようにするだけで精一杯だったんだ……ただ、ついでに火傷痕その他もろもろは何とか出来たので、それでチャラにしてくれないかな、とは……」

 

 顔の右半分を真っ赤に染めていた彼女の姿を思い出し、エリックは息をのむ。クリフォードの言い方からして、ポプリの顔の右半分には目立つ傷跡が残ってしまったのだろう。

 火傷で爛れた皮膚を酷く気にしていた彼女がそれを受け入れられるかどうか、クリフォードの前ではとても言えないが、気になってしまった。

 

「酷い火傷痕があるのは、僕も知っている。それ以外にも、何かあったのか?」

 

「……」

 

「クリフォード?」

 

 クリフォードが言葉に詰まってしまった。恐らく、彼が泣いてしまったのは火傷痕“以外で”ポプリの身体にあったものに関連するのだろう。

 

「まず火傷痕自体が、おかしかったんです……あれは何度も、何度も同じ場所に熱した金属を押し当てて、さらに治療もろくにせずに殴打された結果、生じるような痕です。場所にもよりますが神経の壊死はさほど酷くはないので、大した温度では無いはずです……燃えた木の下敷きになった、というのは一部本当で一部嘘、かと」

 

「は……? じゃ、じゃあ、ポプリが足引きずるのって、倒壊した建物の下敷きになったことだけが原因じゃないってことか? そもそも、そんな痕があるって……」

 

「ッ、……間違いなく、人為的な物でしょうね。首の裏によく分からない焼印もありましたし、それどころか彼女の身体、普段は見えづらい場所ばかりに……、そういう場所を選んだと思しき傷が……刃物で皮膚切りつけて書いたと思しき文字が記されていたんです……っ、『醜い娘』だの『苦しんで死ね』だの『呪われた子』だの……!」

 

 エリックは言葉を失ってしまった。

 ポプリはクリフォード同様に自分自身のことはろくに話さなかった。話せる筈も無かった、そもそも話したく無かったのだろう。

 

 人に知られたくない、口に出したくない、忘れてしまいたい――彼女の過去に一体何があったのかは分からないが、そんな感情を抱いていたであろうことは、想像に容易い。

 

「幸いにも文字は薄かったので、全部、どうにか消しました……消しました、けれど。彼女が負ったであろう心の傷は消えないんですよ……っ、僕は、全然、気付けなかった……っ」

 

 お互い様な部分も大きいが、相手の内面に踏み込んで手を差し伸べられなかった、という意味合いではクリフォードが受けたショックは計り知れないものがあるのだろう。

 声を震わせ、泣き出してしまった彼にハンカチを渡し、エリックは眠るポプリの顔を眺めた。

 

「……。どう考えても、ペルストラでやられてる、よな……ペルストラに帰りたくない、みたいな感じだったし……向こうの住民の態度も話聞く感じ、妙な感じだったし。こいつ多分、帰れる場所がどこにも無かったんだな……」

 

「……ッ」

 

 故郷が崩壊し、孤児院を追い出され、様子を見ている限りではその後も定住出来ると思わしき場所がどこにも存在しない。それがポプリの不安定さの原因だったのだろうか。

 

(クリフォードも宙ぶらりんと見せかけて、コイツはおもいっきり居場所あるもんな……最近様子がおかしかったのは、そのせいか……)

 

 ブリランテにルーンラシス、そしてエリック達の傍と、少なくとも三箇所、クリフォードには居場所がある。それに対し、ポプリにはどこにも居場所が無かった。

 その結果ポプリは共依存的存在であったクリフォードに嫉妬し、さらには耐え切れない程の孤独感を抱いてしまったのだろう――自分は誰にも受け入れてもらえないのだろうという、絶望と共に。

 

「恐らく、ポプリには『ペルストラを守らないといけない』という思いもあるんだと思います。だから自身の経験を話せなかった……そうじゃないかと、特にエリックに話せなかったのはここが大きいのではないかと、僕は思うのです……彼女、自分に関係すること言われた時は妙にエリックに突っかかっていたでしょう……?」

 

「りょ、領主の娘だからってか……!? こんなことされておきながら!?」

 

 ペルストラ住民がポプリにした行為は、領主への謀反であると言えよう。

 国が領有権を与えていた者から強引に、それも残虐な行為の末にその権利を奪い取り、勝手な自治を行っていた地域。それを上に立つ者が知れば、どうするか――結果は、見えている。

 しばし悩んでから、クリフォードは涙を拭い、口を開いた。

 

「多分、君と一緒にいるのは本当に苦痛だったと思いますよ……彼女、ずっと『密告者』でもあったみたいですし……」

 

「密告者!?」

 

 クリフォードのポプリに関する話はまだ続いた。「最初に言いたかった方の話です」と困ったように微笑み、彼はポプリの右腕を手に取る。巻かれている包帯を解けば、赤いガーゼの隙間から痣のような物が見えた。

 

「これは……」

 

 包帯を巻き直しながら、クリフォードは口を開く。

 

「手首の少し上から肘の下辺りに掛けて、小さいですが魔法陣が刻まれていました。これを通じてポプリの居場所、周囲の音……全部筒抜けです。しかも、向こう優位にはなりますが、会話も出来たようですし。今は術を無理矢理使った影響で皮膚ごとバッサリ裂けてしまって、使い物にはなりませんが」

 

「!? つ、つまり、僕らが行く先々が全部誰かに知られていたってことか!?」

 

「そうなりますね。場合によっては、対処を考えるべきかと……ですが……」

 

 先に魔法陣の件を話そうとしていたクリフォードの意図が漸く理解できたエリックはため息を吐き、ゆるゆると首を横に振るう。

 確かにエリックの、王都が襲撃を受けたばかりのラドクリフ王国を思えば、不安要素は徹底的に排除しておくべきだ。彼女の境遇を知る前であれば、判断は変わっていたかもしれない。しかし、今となっては答えはひとつしか導き出せない。

 

「放っておけないよな。こんな状態で」

 

「……」

 

「全部吐き出させて、落ち着かせて。それから本人の意思を聞く……それで良いか? クリフォード」

 

「……はい」

 

 ポプリは、何かと嘘を吐く――それは、アルディスの件で酷く思い知らされたし、エリック自身、気になっていることでもあった。

 しかし、ポプリが吐く嘘の内容は、全くもってポプリ自身の得になっていない。振り返ってみれば、そもそも彼女が自身の保衛目的で嘘を吐くことは無かったのだ。

 むしろ、彼女を貶めるような、彼女自身が危険な立場に追い込まれるようなものばかりだ……それも全て、不安定過ぎる自身の境遇故だったのだろうとエリックは頭を抱える。

 

(自棄になって自己犠牲的になった奴と能力が突き抜けて自己犠牲的な奴の次は、行動がことごとく自己犠牲的な奴、か……本人に自覚があるのか無いのかは分からないが、一番質が悪い……)

 

 必要とされたいから、頼りにされたいから、例え自分自身が危うくなったとしても誰かを助けようとすることをやめない――今回のポプリはそれが行き過ぎて死にかけたわけだが、これに懲りて少しは自分自身のことを顧みてはくれないだろうかとエリックは奥歯を噛み締める。それに対し、クリフォードは何か思うところがあったらしい。

 

「エリックもあまり人のこと言えないと思います。僕らのことを気にしてくれるのはありがたいです。でも少しは、自分のことも大事にして下さいね」

 

 似たようなことをアルディスにも言われたな、とエリックは思い返す。どうしてこんなことを言われるのかは分からないが、能力が突き抜けて自己犠牲的かつ自分をやたら卑下する癖を持つ彼に返す言葉は一つしか思い浮かばなかった。

 

「お前には言われたくないよ……」

 

「善処します」

 

「だから……!」

 

 

――その時、ポプリの指先がピクリと動いた。

 

 

「え……」

 

 睫毛が揺れ、固く閉ざされていた琥珀色の瞳が少しずつ開かれる。意識がはっきりしていないのか、ポプリは何も言わず、瞬きを繰り返した。

 

「ポプリ……ポプリ!」

 

 クリフォードは勢いよく立ち上がり、椅子を転がしながらもポプリの顔を覗き込む。またしても泣きそうな彼の瞳と、ぼんやりとしていたポプリの瞳が交差した。

 

「ク……リフ……?」

 

「良かった……! 大丈夫ですか? い、いや、大丈夫じゃないよな、多分痛いところだらけだろうし、その……っ!」

 

 これはまた、自分を置き去りにして盛り上がるパターンだろうか、とエリックは苦笑する。今回に関しては一旦二人きりにしておこうかと思ったエリックの耳に、信じられない言葉が届いた。

 

 

「……。そんなに喜ばないで。あなたのそんな顔、あたし、見たくないわ」

 

「え……?」

 

「出てって……いやなのよ、あなたと一緒にいたくないの」

 

 紡がれたのは、どうしてそうなったと、問い質したくなるような言葉。

 驚いたエリックがポプリの顔を覗き込めば、彼女は凍てついた瞳でクリフォードを睨むように見つめていた。

 

「……」

 

「ポプリ! お前、いきなり何を言い出すんだ!?」

 

「あたしは正直になろうって決めたの。だから、正直に言うわ……クリフ、あなたの傍にいることが、とにかく苦痛なの。助けてくれたことにはお礼を言っておくけどね、ありがとう」

 

 淡々と、声に感情が入りやすい彼女らしからぬ抑揚の無い声で告げられるのは、明確な拒絶。

 クリフォードは何も言い返せずに固まってしまっている。それも無理はない。

 

「もうほっといて。あたしはひとりで大丈夫。エリック君も、皆連れてさっさとどっかに行ってちょうだい」

 

「……!」

 

 どういうわけか、その拒絶がこちらにまで及んでいる。錯乱しているのか本気なのかはよく分からないが、早急にフォローしないと大変なことになりそうだ。

 

(何がどうなった!? 記憶の混濁でも起こしてるのか!?)

 

 混乱でどうにかなってしまいそうなエリックの肩をクリフォードが叩いた。いつの間にか、隣にやって来ていたらしい。

 

「あれ? お前、どうして……」

 

「立ち直れなくなっていると思ったか? 僕の能力を忘れていませんか? 潰されてはいますけど、魔力ごく僅かで無抵抗なポプリの嘘くらい、簡単に見抜けるさ」

 

 敬語以外の喋り方も出来ているということは、彼自身に余裕が無いわけではない。

 つまり、見栄を張っているわけでもなく、本当に「ポプリが嘘を吐いた」のだろう――口調で心境が読めるのは非常にありがたいな、とエリックは自分でもよく分からない安堵の息を漏らした。対して、余裕が無くなったのはポプリだ。

 

「……! そ、そんな……、なら、どうしてよ……!」

 

「何を見たんですか?」

 

「……」

 

「こら、ポプリ」

 

 形勢逆転だ。ポプリはいつぞやのアルディスを思わせる勢いで決まりが悪そうにしているが、どうやら身体はほとんど動かせないらしい。

 彼女は眉を潜め、クリフォードからもエリックからも自分の顔が見えないよう、反対側を向いてしまった。

 

「……ッ」

 

「お前な……もう諦めろ。ちょっとヒヤヒヤしたじゃないか……」

 

 笑ってしまいそうだが、これでも精一杯抵抗しているようだ。

 

「今のはクリフォードに嫌われようとしてやった感じか? 残念だったな、クリフォードの能力が無かったとしても、無茶苦茶過ぎて誰かは見抜いたと思うぞ」

 

「わ、悪かったわね……!」

 

 顔は依然として反対側を向いたまま、ポプリは声を震わせる。先程のような強気な様子は全く無い。クリフォードが「何を見たか」と聞いている辺り、恐らく研究所で何か妙な物を目にしてしまったのだろう。

 一体何を見たのか。思考を巡らせるエリックの耳に、ぐすぐすと鼻を啜るような音が聞こえてきた。このどうしようもない状況が辛かったのか、ポプリが泣き出してしまったようだ。

 

「でも、あたしがクリフの顔見たくないのは本当よ……というより、あたしの『顔』を見て欲しくない……っ!」

 

「か、顔?」

 

 傷があるのが嫌だ、というわけでは無さそうだ。エリックとクリフォードが揃って黙り込んでいると、彼女はしゃくり上げながらも言葉を続けてくれた。

 

「あたし、そっくりだもん……! クリフの家族を壊した、あたしのお母さんに、よく似てる、から……!! 知らなかったんでしょうけど、全部、お母さんのせい、だったんだもん……それに、お母さんは、ディアナ君とか、他にも、沢山の人に、手を掛けて、いて……クリフ達だけじゃ、なくて……ッ」

 

「あ……」

 

 そういうことか、とエリックは思わず声を漏らした。

 この一件、クリフォードの方は全く問題無いのだが、ポプリからしてみれば耐え難い絶望を味わう事実であることは間違いない。

 元々彼女は母親を好意的に見ていた様子であったし、その母親がよりによって彼女が好いている男性の抱くトラウマの原因を生み出したとなれば、それどころか大勢の死に関与していたとなれば、もうどうして良いか分からなくなってしまうのも無理はない。

 エリック自身も、仮に自分の母親がルネリアル襲撃の原因であり、マルーシャの両親を殺した等いう事実が判明すれば、正気ではいられなくなってしまう自信がある。

 

(ディアナの資料見つける前に、クリフォードかダリウスの研究資料を見つけてたんだろうな……確かに、それは……)

 

 ポプリが泣いている。彼女の「人助けをして死にたい」という主張から起こされたある種の自殺未遂は、これが原因だったのだろう。

 優しい言葉を掛けてやりたいが、簡単な声掛けではとどめをさしかねない。どうすれば良いのか良いか分からなくなっていると、クリフォードはエリックが先程渡したハンカチを広げながら口を開いた。

 

「知ってますよ、僕は。それくらい知ってます。知っていて、君と行動を共にしていたんです。だから、そんなこと言わないで下さい」

 

「なっ、なん――ッ」

 

 ハンカチを広げてどうするのかと思えば、何を考えているのかそれをポプリの顔に被せてしまった。

 よく見ると、クリフォードは冷静とみせかけ、視線が泳ぎまくっている――混乱のしすぎで暴走したらしい。何とも間抜けな暴走である。

 

「クリフォード!?」

 

「あっ、いや、自力で涙拭けないでしょうから、ハンカチ……」

 

「それは分かるが何で広げて被せるんだよ!? ポプリを殺すな!!」

 

 ベッドで横たわっている人の顔に布という非常に縁起の悪い行為(しかもよりによって生死の境を彷徨っていた人間に)をやらかしてしまったようだが、ポプリの方は別に怒り出すわけでもなく、ぐすぐすと鼻を啜りながらも大人しくしてくれている。

 

「……。意味が分からなさ過ぎて、ちょっと冷静になれたわ……」

 

「うん、止めれば良かったな、ごめんな……と、とにかく、大丈夫だから、さ。落ち着いてクリフォードの話をよく聞いてみろ。な?」

 

 重苦しい空気が無くなったので、結果的には良かったのかもしれない。

 しかし絵面的には物凄く残念だなぁと思いつつ、エリックはクリフォードに視線を移す。「もういいから何か話せ」という遠回しな命令だ。

 クリフォードはたどたどしくも、自分の主張を話し始める。

 

「その……えーと、ですね、知っての通り、僕は家族というものに良い思い出がありません。兄さんのことは好いていますけど……それでも血の繋がりがあるだけの他人、と考えています。お互いの考えなんて分かりませんし、現に立場的には対立してるようなものですし……その、顔が似てようが親子だろうが、別枠で考えてるんですよ。僕は」

 

「あたしとお母さんも別枠だって言いたいのは分かるわ……でも、そんなの綺麗事よ。あたしのお母さんがいなければ、あなたとダリウスは実験体にならずに済んだのよ……?」

 

「それも分からないさ。ヴァロン様直々に来ていたかもしれないしな……そもそも僕に関して言えば、多分、実験体にならなければとっくの昔に死んでいたと思うよ……そっちの方が、良かったかもしれないですけれど」

 

「ッ、ちょっと!」

 

 相変わらずの自分軽視な発言にポプリが怒り、顔をこちらに向ける。それによってハンカチが落ち、涙に濡れた彼女の瞳があらわになった。

 落ち着いているように見えて、内心全力で狼狽えているが故の失言だ。これにはいくら落ち込んでいるとはいえ、ポプリも黙っていられなかったのだろう。

 

「ジェラルディーン家が崩壊したのは、少なくとも君のせいじゃない。さっきも言ったように、僕は君を恨んでいないし、やっぱり感謝する気持ちの方が強いんですよ」

 

 クリフォードの言葉の裏にある『崩壊した原因は自分にある』という思い、「死んでいた方が良かった」発言には、彼の中に未だ残り続けている根強い闇を感じる。

 

「クリフ……! だから、それは……!」

 

 エリックもそこに対しては一言言いたい気分になった。しかし今は、ポプリの心の闇を晴らしてやる方を優先すべきだろう。

 

「あー……ついでに言っておくが、ダリウスも間違いなくお前と母親は別枠で考えてるぞ。だから、そこは置いとけ。置いといて、自分のことだけ考えろ」

 

「エリック君……でも……」

 

「くどい。今は自分のことだけ考えるんだ」

 

 くどい、とまで言って漸くポプリは黙り込んだ。包帯とガーゼで覆われた彼女の顔右半分にそっと触れ、クリフォードは困ったように笑った。

 

「これ以上、自分に直接の責任が無いものを背負うのはやめて下さい……見ていて辛いんです。悲しくなるんです。分かって下さい……」

 

「……。あたしは、大丈夫よ。気にしないで……それよりクリフ、泣いたの? どうしたの……?」

 

「気持ちは分からなくもないが、どうしてそこでクリフォードを心配してしまうんだ……」

 

 今まで気付かなかったのだが、ポプリはどうにもこうにも自分に焦点が行かない性分らしい。自分より他者を、という思いは通常優しさからもたらされるものであるが、彼女のそれは全てが『優しさ』からなされているものではない筈だ。

 今回の件で思い知らされたが、彼女は自分自身に価値を見出せていなさ過ぎる。話題にすらならない存在だと認識しているのかもしれない。多少強引にでも押し切らないと、話が全く進まなさそうだ。

 エリックはため息を吐き、息を吸いこむ。そしてクリフォードをちらりと一瞥した後、ポプリを真っ直ぐに見据えて口を開いた。

 

「ああ、号泣だよ。アルかと思うくらい泣いてたよ、僕の前でも泣いていたが、多分ひとりでずっと泣いてたよコイツ。全部お前のせいだからな。お前が生死彷徨った挙句、悲惨な目にあってたらしいことが今更判明したせいだからな。お前が色んなこと墓場まで持って行く気でいたからこうなったんだからな!」

 

「え……」

 

 クリフォードをネタにまくし立てれば、流石のポプリも思うところがあったようだ。これだけでは物足りなかったエリックは、彼女の反応を待つことなく言葉を続ける。

 

「悪いと思うなら全部話せ。お前がスッキリしたら多分コイツも気が抜けたような笑顔になるから……僕も『王子』としての立場は完全に置いてお前の話聞くから。あくまでも『一般人』の立場で返事するから……聞かせて欲しい。お前のこと、ちゃんと」

 

 ここまで言えば十分だろう、というところまで言い切ったつもりだ。あくまでも本心であり、嘘偽りの無い言葉を吐いたつもりだ。

 だから、ポプリからも嘘偽りの無い話を聞きたいと願っていた。

 

「そう、ね。生きていられたら、話したいなって、思ってたことはあるの……本心を出す、とでも言うのかしら。こういうの、初めてだから、上手く話せるか分からない……」

 

「それで良い。そういうものだから、気にするな」

 

「……分かったわ。その……」

 

 ありがとう、と呟き、ポプリは弱々しく微笑んでみせる。その微笑みはどこか不格好で、いつもの笑顔さえも取り繕われたものであったことを痛感させられた。

 人当たりが良いように微笑むことが、癖になっていたのだろう――ポプリの底知れぬ悲しみに気付き、エリックは静かに奥歯を噛み締めた。


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