テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.76 被験体の記憶

 

「えぇと、確か……こっち、だったかなぁ……」

 

 フェリシティによる黒衣の龍内部情報暴露大会の影響は、非常に大きかった――心底不安げに先頭を歩くマルーシャの後を、申し訳なさを感じながらエリック達が続く。

 

「マルーシャ。間違えても怒ったりしないから、安心してくれよ……ごめんな……」

 

 案の定、といったところか。エリック以外の者もフェリシティの話に夢中になり、道順を全く確認していなかったのだ。そもそも困ったことに皆、フェリシティが帰り道も着いてきてくれると怠惰気味な甘い考えを持っていた。

 唯一の希望は「若干覚えている気がするけど自信は全くない」と皆が頭を抱える中で控えめに手を挙げてくれたマルーシャだ。彼女はフェリシティとの会話に一切参加していなかったため、ここまでの道程に意識が向いていたのだろう。

 

「研究員の人達ってすごいわね……あたし、これ迷う自信しかないわ……」

 

「ああ……ウンディーネの神殿の方がいくらかシンプルな作りだったな」

 

「ウンディーネの神殿は分かんないけど、フロアごとに色でも変えてくれたら分かりやすかったのにね……全部灰色だもん……」

 

 改めて研究所内部を歩くと、かなり入り組んだ構造になっていたことが分かる。階段を下り、長い廊下を歩き、階段を下り、渡り廊下を歩いて別の建物に渡り、今度は昇降機を使って下の階へ向かう。

 かなり歩いたのだが風景がろくに変わらないため、同じところをぐるぐる回っているだけのような気がしてくる。しかも会議中なのか研究員が一切おらず、道を聞くことすら叶わない――聞いて答えてくれるかは別問題だが。

 

 

「ま、マルーシャ……これ、どんどん下に降りてません……?」

 

「大丈夫大丈夫。フェリシティは上に上に向かってたから、帰る時は下に下に向かえば良い……はずだよね?」

 

「え、そんな上に行ってました……? 全然集中していなかったので、気付かなかったです……そうですよね、上に向かっていたなら、帰りは下に降りなければ……」

 

「……。ジャン、大丈夫? そわそわしてる」

 

 下へ下へと向かう、という道程が良くなかったらしい。再びクリフォードが情緒不安定になっている。この様子を見る限り、彼がいた場所は施設の地下深くだったのだろう。フェリシティに案内されている最中もそれらしい設備がなかったような気がするため、人体実験に関連する設備は見えにくい場所にまとめられているに違いない。勿論、既に取り壊されている可能性もあるのだが。

 

「放っていかないで下さいね……置いていかれなければ、きっと、大丈夫です……」

 

 呼吸困難にはなっていないが、毒はもう抜けたというのに彼の顔は真っ青だった。直後、完全に沈黙してしまった彼の様子を見て、エリックはふとディアナへと視線を移す。

 

(そういえば、ディアナもさっきから一言も喋ってない……)

 

 彼女も、医務室を出てからしばらくの間は喋っていたのだが。クリフォード同様にこの「ひたすら降りる」という道程が悪かったのだろうか。

 

「ディアナ?」

 

「……」

 

「ディアナ!」

 

 少し声を上げれば、ディアナはびくりと肩を揺らし、こちらを向いた。少し、怯えたような様子であった。

 

「悪い、驚かせたか?」

 

「い、いや……私も考え込んでしまっていた。すまない……」

 

 心配をかけまいと思っているのか、ディアナは貼り付けたような笑みを浮かべて軽く首を傾げてみせる。感情が表に出やすい子で良かった、とエリックは息を吐く。

 

「何か、思い出した……のか?」

 

 エリックがそう問えばディアナの大きな青い瞳が不安げに揺れる。貼り付けていた笑みは、あっさりと剥がれ落ちてしまった。

 

「……思い出してはない。けれど、身体が覚えているのかもしれない……さっきから、身体が震えるんだ」

 

 それが何を意味しているのかは、ディアナ本人も分かっていることだろう。どこか悲しげに微笑み、彼女は肩を竦めてみせる。

 

「まだ分からないけどな。案外、研究者側だったかもしれないし……なんて、あはは……」

 

 ディアナがかつて研究者側にいた可能性。それは全くないとは言い切れないが、どう考えても彼女は研究を“される側”の人間だったと考えられる。

 ここで彼女が何をされていたのか、どんな思いをしてきたのかは分からないが、記憶を失ってしまう程に辛い経験をしていたことは確かだ。

 

(ディアナが過去を思い出してしまう前に、何とかここを出ないと、な……)

 

 明らかに悲惨なものだと分かっているものを、彼女のささやかな願いすら裏切るような、そんな残酷なものを思い出させたくはなかった。とはいえディアナ本人は何らかの理由で記憶を取り戻す必要性を感じているのだろうから、これはエリックの勝手な庇護欲、エゴであるとも言えるわけだが。

 

「とにかく、早いところここを出ないといけないな。用はもう無いんだ、無理にここに留まる必要は無いはずだぞ、ディアナ」

 

「そう、だな……」

 

 やはり記憶の手がかりを捜したいのか、ディアナは煮え切らない言葉を返す。それでも「ここに残るか?」と言う気にはなれなかった。彼女が絶望すると分かっていながら、その背を押そうとはどうしても思えないのだ。

 

 エリックは視線をディアナからマルーシャへと移す。見れば、マルーシャの足が完全に止まってしまっていた。

 

「ご、ごめんなさい……わたし、どこかで道間違えちゃったみたい……」

 

 厳重そうな鍵が複数付いた両開きの大きな扉の前で、マルーシャは皆を振り返って苦笑いしている。道はもう分かれておらず、このまま進むのであれば目の前の大扉を潜ることになる。あまりにも特徴的な扉である。流石のエリック達も、来る時にはこんな扉を通っていないと確信できた。

 

「仕方ないわよ。ごめんね、マルーシャちゃん……って、これ多分鍵掛かってないわよ」

 

「えっ!?」

 

 扉のどこを見て判断したのかは分からないが、どうやら開いているらしい。ポプリが扉に近付き、片方の扉をそっと押せば、何かに阻まれることなく扉は前後に揺れた。確かに鍵は掛かっていないようだ。

 

「すごい! 何で分かったの!?」

 

「その……あたしのお父さん、考古学者でもあったの。この扉はお父さんの本に載ってた古代の扉に、よく似ていたから……何でかしらね、多分古代技術を使ったわけではないと思うんだけど……偶然被ったか、古代技術を参考にしたかってところかしら」

 

 ポプリはお父さんっ子だったのだろうか。エリックはあまり彼女自身のことを聞いていない為、こんな些細な情報さえも珍しく感じられた。

 

(ああ、それで古代語をあっさりと読めるんだな……父親に教わって勉強していたんだろうか)

 

 何故か本人ははぐらかしていたが、恐らく彼女は“常用語と大差ない程度には”古代語を解読出来るのだろう。そうでなければライオネルの家で複数の本を短期間で流し読みしたり、ウンディーネの神殿に掘られた文字に「読めるけど意味が分からない」という感想を抱いたりすることは無いはずだ。

 

(十二歳で死に別れているとはいえ、親が考古学者と研究者だったのか……あまりそういう話をしたことが無かったが、ポプリって実は相当博識なんじゃ……クリフォードも大概に酷かったが、こっちもこっちで凄まじい秘密主義だよなぁ……)

 

 クリフォードはアルディスに対しては少し自分のことを話していたようであるから、ポプリはむしろ彼の上を行っている気がする。義弟であるアルディスですらも、彼女のことを推測で話すことが多い程だ。当然、エリックに対して自分のことを話す筈もなく……アルディスも言っていたが、それは何故なのだろうか?

 

(僕、ひょっとして嫌われてるのか? アイツに嫌われるようなこと、したか……?)

 

 自分のことを話す、という行為はある程度信頼のおける相手にしかできないことだろう。そういう意味では、少なくともエリックはポプリに信頼されていないということになる――否、誰に対しても何も話さないところを見れば、クリフォード同様に彼女には“心の底から”信用している人物がそもそもいないのではないだろうか?

 

(案外、クリフォードと同じパターンなのか? いや、でもポプリは少し違う気がするんだよなぁ……ちょっと棘があるというか……)

 

 他者との間に壁を作ろうとするのは双方に共通するのだが、ポプリは他者を“恐れている”様子はない。さらに言えば他者と“仲良くなりたい”という意思があまり感じられない。ただ単純に性格の差なのかもしれないが、ここがクリフォードとの違いだろうか。

 そもそも、どちらかというとクリフォードよりも自分達を拒絶していた頃のアルディスに近いような気もする。これは同じ事件を経験したがゆえの共通点だろうか。

 

(そういえば、ペルストラ事件の話ってアルからもポプリからも、まともに聞いたことなかったな……これが分かれば、何か繋がるのかもしれないが……)

 

 ポプリとアルディスは仲睦まじい姉弟のように見えて、実のところかなり歪んだ関係であるとも言える。ポプリは最初こそアルディスを過度に気にする様子を見せていたが、アルディスが歩み寄る姿勢を見せ始めた段階でそれは止んでいた。もし、仮にアルディスがポプリを拒絶し続けていたならばば、彼女は一体どう動いていたのだろうか。

 

「……」

 

 あくまでもこれは仮定だが、もしそうなっていればポプリは素直にアルディスから距離を置き、自分達とここまで共に旅をすることも無かったのではないか、と思う――むしろ、実はそれが本意だったのではないか、とも。

 旅の中で、少しずつ、少しずつポプリはアルディスと距離を置くようになっていった。クリフォードとの関係が微妙に変化したことも理由のひとつかもしれないが、それだけではどうにも納得し難い。何かが、引っかかるのだ。

 

 

「エリック!」

 

「ッ!?」

 

 頭を悩ませるエリックの耳に、マルーシャの声が届いた。ハッとして顔を上げれば、少し拗ねたような様子のマルーシャと、そんな彼女を苦笑しながら見つめるポプリの姿が視界に入った。

 

「もう、何ぼーっとしてるの? 早く行こうよ」

 

「行こうって……まさか、そこ入るのか?」

 

「ここね、どうも大掛かりな研究が行われていた部屋みたいなんだ。中に何か資料がありそうって思わない?」

 

「え……いやいやいや、そんな、好奇心で忍び込むような場所じゃ……」

 

 エリックが思考を脱線させている間、何故か大型研究室に入りたがるマルーシャを止め続けていたのはポプリなのだろう。止められ、納得がいかないとマルーシャは自分に話を降ってきたに違いない。

 

「好奇心じゃないよ! ここの地図とかもありそうじゃん!」

 

「い、言われてみれば」

 

「大体、本当に重要な場所ならちゃんと鍵掛けてるでしょ? 大丈夫だよ!」

 

 そう言われてみれば、とエリックは視線を泳がせる。確かに、地図は欲しい。早くこの研究所から脱出するためにも、早々に地図は欲しい。

 

「……。地図だけ、拝借する……か?」

 

「え、エリック君!?」

 

「大丈夫だってば。もう、ポプリってば心配性だなぁ」

 

 ポプリが心配するのも無理はない。クリフォードはもちろん、洞察力の優れた彼女ならばディアナの様子を見て「被験体であった可能性が高い」と気付いていてもおかしくない。そんな二人を研究室に連れ込むことに抵抗があるのだろう。そもそも、研究室そのものを危惧しているに違いない。

 

 

『俺、ディアナとクリフォードさん連れて、ここに残ってようか?』

 

 アルディスも少し思うところがあったのだろう。メモを差し出し、彼は肩を竦めている。行かなければマルーシャは納得しないと判断したのだろう。

 

「あ、ああ……そうだな。まあ、そこは本人達の意思を聞いておきたいところだが」

 

 研究室に入るのと、この場に留まるのでは、どちらが危険性の高い選択だろうか。どちらも現状目に見えた危険は無いため、何とも言い難いというのが現状である。ちらりと少し離れた場所にいたディアナとクリフォードを見れば、二人とも何かを察してくれたのか黙ってこちらにやってきてくれた。

 

「……どうする?」

 

 アルディスのメモを見て、状況を把握したのだろう。先に口を開いたのはクリフォードだった。

 

「僕は……皆が行くところに、着いて行きます。そこが研究室だろうが、檻の中だろうが……」

 

「おい、馬鹿。相当参ってるだろ。無理するな」

 

「ふふ、僕は大丈夫ですよ」

 

「……」

 

 全くもって大丈夫ではなさそうだ。

 しかし、自ら「着いて行く」というのを置いていくのもどうかと思う。それで何かしらの事件に巻き込まれでもすれば最悪だ。

 

「分かった。じゃあ、無理だと分かったら誰かに声掛けろ……ディアナ、お前はどうする?」

 

「私も行く。フェリシティが言うように、機械類に触れないように気を付けていれば大丈夫なんだろう? 探し物は手が多い方が早く見つかるだろうし」

 

 ディアナもディアナで、気丈に笑ってはいるが少し心配である。相変わらず過保護になっているのは分かるのだが、彼女の場合は仕方がないだろう。困ったことに何が記憶のトリガーになるかがさっぱり分からないのだから。

 

『二人が着いて行くって言うなら、俺も同行する。何かあったら、すぐに動くよ。足は問題なく動くし』

 

「何かあったら僕が動くから心配するな。正直僕は、お前にこそじっとしてて欲しいんだぞ」

 

 そう言えば「嫌です」と言わんばかりにアルディスは笑う。しかし笑い声が出ていないのが、どうにも痛々しい。左腕が満足に動かせない状態であるが故、いつも以上にたどたどしい筆跡もそれを助長した。

 

「……」

 

 何か顔に出ていたのだろうか、アルディスの笑みが引っ込む。彼はメモ帳を壁に押し当て、何かを書いてエリックに突き付けてきた。

 

『君は俺達のことに気を配りすぎ、かな。いざって時は、ちゃんと頼ってよ』

 

「な……」

 

 一体何を言っているのか。そう返したかったが、心底不安げに顔を覗き込んでくるアルディスの姿を見れば適当な返事を投げ掛ける気には到底なれなかった。

 

「これは僕の性分だ。気にするな……大丈夫だから、そんな顔するな。ありがとな」

 

「……」

 

 納得いかない様子ではあったが、この話を続けたところで仕方がないと思ったのだろう。アルディスはどこか悲しげに微笑んだ後、心配をかけまいと思ったのか先に研究室へと向かい始めたディアナとクリフォードを追う。彼の発言に引っかかるところはあったが、エリックも黙って彼らの後を追い、研究室へと入った。

 

 

 

 

 研究室は部屋中央にそびえ立つ巨大な機械とその奥のこれまた巨大なモニターが目立つ、薄暗い灰色の空間であった。機械やモニターには電源が入っていないらしく、何の物音も動作もしていなかった。しかし使われてはいるのか、はたまた手入れが行き届いているのか。埃が積もっている様子はない。どこまでも人工的で、少々薄気味悪い印象のある場所だった。

 

 際立って目立つ巨大機械の中心には黒い金属製の輪が数個重なったような物体が取り付けられており、球体の世界地図を思わせる形状をしている。エリックがそれをぼんやりと眺めていると、きょろきょろと視線を動かし、落ち着かない様子のクリフォードが傍にやってきた。

 

 

「何だ? 心細くなったか?」

 

 無言は肯定と捉えて良いだろう。ふと視線をモニターの前へと移すと、女性陣とアルディスはモニター前の台に山積みになった紙束や書物の中から地図を探している。クリフォード本人からすれば必死なのだから面白がってはいけないのだが、地図探しに夢中で誰にも構ってもらえないのが不安の増長に繋がったに違いない。吹き出しそうになるのを懸命に抑え、エリックはクリフォードに視線を移す。

 

「……。別に、笑って下さっても良いんですよ。自分でも無様だとは思っているので」

 

「そんなこと言うなって!」

 

 だが思っていることが筒抜けだったのか、拗ねたような様子で彼はエリックから視線を逸らしてしまった。相当不安なのか、いつも以上に分かりやすい態度である。

 そしてその不安の理由は、エリックと視線を合わせないまま彼が口にした言葉によって判明した。

 

「……これ、円形の中に人を放り込むんです。隙間だらけですけど、魔力で拘束してしまうので入れられた人は中心から動けなくなります。そして研究者の任意のタイミングや、中に入れられた人間が暴れたりすると電撃が流れます……要は、尋問や拷問なんかに使われる機械です」

 

「え……」

 

「電撃は上手く死なないように調整されているので、何発喰らおうが死ねないし、ついでに気絶もさせてくれないんです……すみません、気になっているようなので説明しました。気にしないで下さいね、僕はそんなに長い時間放り込まれたことはないので……」

 

 肝を冷やすようなクリフォードの説明を聞き、エリックはすぐさま地図を探す四人の方を向いた。思った通り、ここは軽率に入ってはいけない場所だったのだと判断したのだ。

 

「そ、その……大丈夫ですよ。流石に自分が放り込まれていた水槽を見ると狂うかもしれませんけど、この程度なら、まだ……」

 

「お前が大丈夫でも僕が嫌なんだよ! くそ……っ」

 

 どうして道を覚えておかなかったんだ、と数時間前の自分を殴りたくなる。錯乱こそしなかったが、この機械はかつて被験者であったクリフォードに見せて良い物では無かった筈だ。

 そもそもこういったものが未だに残っていることが信じられなかった。フェリシティや他の黒衣の龍構成員はこの施設を大切にしているようであったが、エリックにとってここはラドクリフ王国の負の遺産であるとしか思えなかった。

 今後国を背負うものとして目を逸らす訳にはいかないのは分かっている。だが、今はただこの場を離れたい気持ちで一杯だった。そんな時、マルーシャは一枚の紙を手にこちらを振り返った。

 

 

「お待たせ! 地図、あったよ! 隠し扉になってて入口側からじゃ分からなかったけど、ここからならすぐに出られそう……手間取っちゃって、ごめんね!」

 

 気にするなとは言ったが、エリック達は内心苛立っているに違いないとでも思っていたのか、マルーシャは申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「謝らなくて良い、ありがとな。マルーシャ、出口はどっちだ?」

 

「あっちがそうだよ。でもパッと見だと壁にしか見えないや。すごいね、隠し扉って……ポプリ? 何読んでるの? 帰るよ?」

 

 置かれていたレポートの束に興味を示しているポプリに声を掛けつつ、彼女が指差した先は何の変哲もない鉄製の壁であった。しかし複数回叩くと反応し、壁に擬態した扉が開く仕組みになっているのだという。そのような扉を五回程通れば入口に戻るのだそうだ。入口付近で迷った辺り、マルーシャの道案内はほぼ間違いのないものだったのだろう。

 

(最後の最後で道を間違えたってところだろうな……道を覚えるのは得意だもんな、マルーシャは)

 

 二回目以降の城脱走時、一回目に通った道をしっかり暗記していたマルーシャの得意げな顔が脳裏を過る。幼い頃の記憶を思い出し、荒みかけた思考回路が一気に浄化されたようだ。内心マルーシャに感謝しつつ、エリックは隠し扉へと向かう――その時だった。

 

 

「うわぁっ!」

 

 不意に聞こえてきたのはディアナの叫び声、そして間髪入れずに機械の作動音が響く。慌てて視線を動かすと、エリックの視界は機械から伸びる光る蔦のようなものに拘束され、円形の中へ引きずり込まれようとしているディアナの姿を捉えた。

 

「ッ!? ディアナ!!」

 

 引きずり込まれてしまうと大変なことになる。クリフォードは即座にメスを数本取り出し、光る蔦を狙って投擲した。状況は分からずとも良くないものだと判断したらしいアルディスも蔦に向かって迷わず銃弾を放つ。だが、蔦はびくともしない。

 

「ぐあっ!」

 

「ッ!?」

 

「クリフォード、アル!!」

 

 それどころか、蔦はなんとクリフォードとアルディスが放ったメスと銃弾をそのまま弾き返してきた。流石に予測が出来ずにかわせなかったようで、メスはクリフォードの脇腹と左太腿に突き刺さっていた。機械の向こう側で転がっているアルディスも銃弾を受けてしまったのだろう。

 

「マルーシャ! アルは無事か!?」

 

「い、命は大丈夫! でも、左肩を弾が貫通しちゃったみたい……!」

 

「それなら良かった……だが……」

 

 被弾したクリフォードとアルディスの安否確認をしている間に、ディアナは完全に機械に閉じ込められてしまった。内部では魔力が無効化されるのか、彼女の翼が消えてしまっている。円形の檻の中心で、ディアナは不安げに瞳を潤ませていた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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