テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.75 彼らの目的、彼女の選択

 

「す、すみません……僕のために、君達はここに来ることを決めてくれたというのに……その、フェリシティ様も、申し訳ありません……」

 

 しばらくして、エリック達は呼吸の落ち着いたクリフォードの様子を見つつ再び進み始めた。その間、待っていてくれたフェリシティにクリフォードが頭を下げれば、彼女は驚いて目を丸くし、直後、耐え切れないとでも言いたげに吹き出してしまった。

 

「ちょっ! なんだい、様付って! 殿下の部下だからか? 兄の関係者だからか?」

 

「その辺を踏まえて、その……どう、お呼びすれば良いのかと……」

 

「呼び捨てで良いんだよ、呼び捨てで! むず痒いからやめてくれよ!」

 

 ケラケラと笑いながら、フェリシティはクリフォードの傍へと移動する。目線の高さ自体はクリフォードの方が高いのだが、態度の差故かそれがあまり感じられない。自分より若干背の高い男の背をバシバシ叩きながら、フェリシティは楽しげに笑う。

 

「見た目は結構似てるのに、性格はかなり違うんだなぁ。お前のがちょっと丸いというか、控えめな感じがする。もっと自信持てよ!」

 

「そ、そう言われましても……」

 

 クリフォードが困っている。これは助け舟を出してやるべきだろうかとエリックが悩んでいると、フェリシティは急に「うーん」と小首を傾げてみせた。

 

「古傷抉ったらごめん、アンタはアレだよな。『ゲス眼鏡モード』全開のヴァロンに色々されてたんだよな」

 

 彼女の発言は確かにクリフォードのトラウマを刺激するようなもので、クリフォードは軽く顔を歪めた。しかし、それ以上に気になる単語をフェリシティが発したためか、彼はゆっくりと息を吐き出し、口を開いた。

 

「げ、ゲス眼鏡、モード……?」

 

 錯乱せずに済んだのは、この意味が分からない単語のお陰である。暗に説明を求めているクリフォードに対し、フェリシティは少し悩んでから話し出した。

 

「ただ単純に酷い奴って思えなくなるだろうから、その辺大丈夫か気になるけどさ……ヴァロンって多分、元はアンタらが思ってるような性格じゃないってアタシ達は考えてるんだ。だから、時々は一緒に行動するし、ベティは心配で離れられないって言ってる……殿下は持病持ちっぽくて、昔からヴァロン頼ってるしね」

 

「えっ、持病?」

 

「あ、アンタ、弟の癖に知らなかったのかい……? 多分、胸かどっか悪いよあの人。だから定期的に薬貰ったり治療受けたりしてるね」

 

「そう、なのか……悪い、話をヴァロンに戻してくれ」

 

 持病、それも胸が悪いのかもしれないと言われると、どうしてもルネリアルでの兄の姿が脳裏を過る。だがフェリシティはその辺りの事情に詳しくないようであるし、今は兄よりもヴァロンのことを聞いておくべきだろう。エリックに話の続きをするように促され、フェリシティは困ったような笑みを浮かべて話し始めた。

 

「信じられないかもしれないけど、アイツ、『二重人格』って奴なんだよ。時々、すっごく優しくて穏やかな人格が表に出てくる。まあ、そっちは今にも死にそうなくらい病んでるから『悲しみのパパさんモード』って呼んでるんだけど……どうもこっちが本当の人格っぽいんだよね、ゲス眼鏡モードが後からって考えた方が辻褄合うから」

 

「悲しみのパパさん……って、あの人既婚者なの!? しかも子持ちなの!?」

 

「た、確かに、結婚していてもおかしくは無い年齢の筈ですよ……あの方はずっと見た目が変わらないので、何歳なのかは知らないけどな……き、既婚者か……」

 

「いや、まあ、外見年齢的にも別に不思議じゃないと思うぞ私は……ただ、うん、普段の態度を見ていると、なぁ……嫁と子どもは大丈夫なのか……?」

 

「何でアンタら揃いも揃って『既婚者』の方に引っ張られてるんだい!?」

 

 フェリシティの指摘は最もだが、ポプリ達の反応も分からなくはない。確かに既婚者であり、子どもまでいたという事実はなかなかに衝撃的なものだ。そもそもディアナ、ポプリ、クリフォードの三名は時々着眼点が激しくズレるため、エリックにとっては別に違和感のない状況である。とはいえ、フェリシティからしてみれば衝撃的な反応だったことだろう。肩を竦めつつ、エリックは口を開く。

 

「二重人格、か。えーと、お前が言う『悲しみのパパさんモード』が主人格、『ゲス眼鏡モード』は裏人格的なものだと捉えて良いのか?」

 

「……アンタ、苦労してるんだね」

 

「面白いから良い、気にしてない……」

 

 何故かフェリシティに同情されてしまった。確かに先程の三人の暴走加減は酷かったが。未だに『ヴァロン既婚者』のワードに引っ張られている三人を宥め、エリックはフェリシティに向き直った。

 

「既婚者って言っても、ひとり残されちゃったみたいだから、今はアイツ独り身だよ。妻と娘を失って心が壊れちゃったんじゃないかな。アベル王子の言葉を借りるなら、これが原因で裏人格が誕生したってアタシ達は考えてる。裏人格が残虐な性格してる辺り、アイツ、戦争か何かで家族殺されたんじゃないかな」

 

「あー……なる程。家族が殺された時の恨みや憎しみが凝縮されて出来たから、あんな性格になったんじゃないかってことか」

 

「そういうこと。よっぽど辛かったんだろうね、アイツが起きてる時に主人格はほとんど出てこないんだ。そのせいで年中ほぼ裏人格だから、一緒にいるベティは頻繁に虐められるし、無茶な命令下されるんだよね……離れろっていうのに、離れないんだよあの子」

 

 二重人格であるとはいえ、現状主導権は主人格ではなく裏人格にあるらしい。強い悲しみが良心を凌駕し、温厚な主人格が乗っ取られてしまったと考えるのが妥当だろう。

 エリック達がヴァロンの主人格を知らなかったのは、主人格の時はエリック達の前に姿を現す必要性が無いからだ。クリフォード達を実験していた時もそうなのだろうが、それは残虐な特性を持つ裏人格だからこその行動であって、耐え難い悲しみと戦っている主人格の時は恐らく部屋に引きこもってしまっているのだろう。そうだとすればこれは、黒衣の龍の人間、それもヴァロンの部屋に行くような立場の者でなければ知りえない情報だ。

 

「確かに、ベティーナは常に威圧されていたというか、何というか辛そうな感じがする。だが、主人格とは仲良くできるのか」

 

『俺達の宝剣奪いに来たのも、多分裏人格の命令だよね?』

 

「多分、な。あれもかなり無茶な命令だよな……」

 

 声が出せないために会話には参加していなかったのだが、ここでアルディスがメモ帳を手にエリックの横に並んだ。彼も色々と思うところがあったのだろう。

 

『二重人格の件、信じて良いと俺は思う。多分主人格にとって、ベティーナの存在は救いなんだと思う。それを彼女は理解して、虐められるのも覚悟で一緒にいるのかと。そういう理由なら納得できるし、明らかに守ってくれそうな存在が複数いるのに彼女が逃げ出さない理由の説明にもなる』

 

「……自分が一緒にいないと、主人格が狂うから。だから、離れないってことか」

 

 エリックの問いに、アルディスはコクリと頷いてみせる。確かに純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であるベティーナが研究者のヴァロンに虐げられながらも傍にいるのは妙であるし、逃げ出さない理由も主人格を守るためだというならば納得出来る。

 エリックとアルディスの会話を聞いて、フェリシティは「その通りだよ」と腕を組んで息を吐いた。

 

「ヴァロンの娘、どうも“オフィーリア”っていうみたい。その子がベティに凄く似てるみたいでさ……主人格の時に『オフィーリア、行かないでくれ』、『俺を一人にしないでくれ』とか言いながらベティ抱きしめてることがあるんだ。寝てる時は結構主人格率高いんだけど、その時はその時で魘されて嫁か娘の名前呼んでるし」

 

「お、おいおい……少し怖いな、その状況……」

 

「まあ、怖いね。それでもベティは逃げたりしないよ。それどころか『オフィーリアはここですよ』、『離れませんから、一緒ですよ』とか言いながらヴァロン宥めたりするの。ベティはヴァロンの裏人格には疎まれてるから虐められるのに、主人格が出てきた時に傍にいてあげたいから、ずっと一緒にいるんだって言うんだよ」

 

「……!」

 

 フェリシティの言う光景を想像し、エリック達は息を呑む。育った環境故なのかもしれないが、彼女の優しさはもはや自己犠牲の域に達している。「生きとし生けるもの全てを愛します」と言わんばかりの、少々宗教的なものを感じられるような行動だ。

 何度酷い目に合おうとも、傷付いたヴァロンの主人格を守る為に自分の意志を変えないたった十一歳の、まだまだ幼い少女。彼女の強さに感動するエリック達を見て、フェリシティは口を開く。

 

「ベティ、天使じゃね?」

 

――お前、『天使』って表現好きだろ。

 

 その言葉を発するかどうか、エリックは少し悩んだ。悩んだが、結局発することなく、こう返す。

 

「あ、ああ。天使だな……」

 

 実際に宗教的なものを感じるため、多分『天使』で良いと思う。恐らくハルモニカの件でも似たようなことがあったのだろう……ここでは聞かないが。

 そんなフェリシティは、思わず苦笑するエリックの横にいたアルディスの顔をまじまじと眺めていた。

 

「さっきから大人しいと思ったら、声が出ないのか。大丈夫か?」

 

 問われ、アルディスはニコリと笑って頷く。事情は説明しないらしい。それを少し不満そうにしつつ、フェリシティが続いて視線を向けたのはマルーシャだ。

 

「それ以上にイリス嬢が喋らないな。アタシの中では、アンタ結構騒がしい部類なんだけど?」

 

「えっ!?」

 

「あ、アンタも声が出ないとかじゃないんだね。体調でも悪いのかい?」

 

 フェリシティの指摘でエリックは漸く、『この施設に来てからマルーシャが一言も喋ってない』ということに気付いた――最悪だな、と思いつつ、エリックはマルーシャの傍へと移動する。

 

「マルーシャ、君……無理、してるんじゃないのか?」

 

「ううん、平気だよ。ただ、ちょっと考え事してただけなの……フェリシティも酷いよ! わたしだって喋らない時だってあるもん!」

 

「……喋らないと死んじゃう系の子かと」

 

「いやいや、確かにマルーシャは黙り込む時は結構黙り込むぞ。ただ、今日のはいつもより酷いけどな……」

 

 フェリシティと自分達が長々と話し込んでいたために、言葉を挟みにくくなっていたのだろうか。今の彼女は精神的にかなり弱っているというのに、ひとり会話から置き去りにしてしまった。申し訳ないことをしてしまったな、とエリックはマルーシャの頭を撫でる。

 

「……。ほったらかして、ごめん。でも何かあるなら言ってくれよ。無理しなくて良いし、周りが大変だからとかそういうことは考えないでくれ。話し相手にくらいは、僕もなれるから。僕以外でも良い。君の話は、皆聞いてくれる筈だから」

 

 マルーシャはあまりにも弱音を吐かない。それがどうにも気掛かりだった。突然のエリックの言葉にマルーシャは瞳を丸くした後、ニコリと微笑んでみせた。

 

「ありがとう、エリック」

 

 お礼は言えども、何かを話す気配はない。考え事というのは、別に相談事ではなかったのだろうか?

 

「……」

 

「おーい、アンタら! 置いてくぞ!」

 

 少し離れた場所で、フェリシティが手を振っている。彼女は複数ある扉の中の一つに手を掛けている。今からあの部屋の中に入るのだろう。ここで目を逸らしては、行き先が分からなくなるところであった。

 

「悪い、今行く!」

 

 エリックはマルーシャと共に皆の元へと駆ける。その足の動きに合わせて、床に貼られた金属が鈍い音を立てた。

 

 

 

 

 フェリシティが扉を開ける。その先は飾り気の無いシンプルな部屋ではあるがかなり広く、いくつか医療用の簡易ベッドが置かれている他、無数の棚に小さな瓶やら束ねられたレポート用紙やらが入っている。混沌としているが手入れは行き届いており、埃一つ無い綺麗な部屋だった。

 医療用ベッドの一つにクリフォードを座らせ、フェリシティは近くにあった机の上から様々な器具を取ってくる。

 

「ここは薬品倉庫兼医務室でね。薬品の他に色んな資料が置いてある。解毒は点滴を使うから時間が掛かる。残りの奴らは適当に数時間、この部屋で時間潰してくれ」

 

「点滴……」

 

「あ、アンタさては注射の類が苦手だな? どうする? 先に気絶させてや――」

 

「結構です! ただ、自分で打たせて下さい! そうすれば大丈夫なので……ッ」

 

 何やら物騒なことを言い出したフェリシティの言葉を遮り、置いてあった医療用ベッドに腰掛けたクリフォードは「黙って点滴をよこせ」と言わんばかりに彼女を見上げている。

 

「その人、他の人に注射されるの苦手なのよ。でも一応お医者様やってるから、大丈夫よ。自分でやれるわ」

 

「そうなのか? じゃあ、器具渡すから自分でやってくれ」

 

 強制的に気絶させられやしないかとヒヤヒヤしたのだが、案外フェリシティは素直だった。道具を一式渡され、クリフォードは慣れた手つきで点滴の準備を開始する。その様子を見て安心したのだろう。フェリシティはやれやれと肩を竦め、苦笑してみせた。

 

「中和剤って奴だな。それで体内に入った毒を無害化してやれば大丈夫だ。ただ患部はしばらく痛むだろうから、モニカに貰った薬は飲み続けてくれよ」

 

「分かりました……皆、すみません。しばらく、待っていて下さい」

 

「分かった。お前は丁度良いから少し寝ておけ」

 

 数時間の間何をしようかと思ったが、置かれている資料を見ても構わないだろうか。一応聞こうかと思ったが、早くも資料が並ぶ棚に手を伸ばしたアルディスを見てもフェリシティは何も言わないため、別に問題は無いのだろう。

 

 

「なあ、フェリシティ」

 

 そんな彼女の姿を見て、エリックは資料を読むことよりも、ここに来てからずっと気になっていたことを彼女に聞くことを優先した。

 

「なんだ?」

 

「お前……色々と僕らに話してくれたが、良かったのか? 守秘義務とか……」

 

 もし、万が一彼女が本来課せられていた守秘義務を破り、自分達に情報を提供してくれたのだとすれば、後々彼女にとって良くないことが起きることは明白である。何らかの目的をもって、彼女が自分の所属する組織を裏切った可能性も考えられるのだ。

 

「え? ないない! ヴァロンはそういうのあまり気にしてないし、殿下なんか『好きにしろ』って感じだし」

 

 しかし、フェリシティは「ありえない」とでも言いたげに笑ってみせ、直後どこか悲しげに口元に弧を描いた。

 

「そもそも、ね。黒衣の龍にいる奴らは『ここにしか』居場所がない奴らばかりだから。ここを裏切ったとしてもどこかに居場所があるわけじゃないから、裏切ったりなんかしない。アタシもそう。親にはさっさと見限られちゃったし、ここでしか生きられないのよ」

 

「あ……」

 

「辛気臭い話して悪いね。アタシも吹っ切れてるし、気にしないでよ? ただね……アンタらに話をした理由。それは無いワケじゃない。聞く気があるなら、話させてよ」

 

 聞く気があるなら、ということは強制する意志は無いらしい。「独り言みたいな感じになるんだけど」と苦笑し、フェリシティは語り始める。

 

「殿下はアタシを牢から出してくれた人だし、ヴァロンはアタシの力が暴走しないように手を貸してくれた……結局のところ、アタシはどっちにも感謝してるの。どっちの力にも、なりたいんだ」

 

「どっちの、力にも……か」

 

「そうそう、状況見つつどっちかに着いていくって言ったのはそういう意味。大変そうな方に着いていくようにしてるよ。でも裏人格ヴァロンの機嫌が悪い時にはそっちに行くかな。ベティが虐められるからね……だから、どっち付かずなんだよ、アタシ」

 

 彼女は生まれつき通常の秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)能力者よりも能力が高いらしく――それはポプリも同様らしいのだが――自力では能力を制御しきれないらしい。彼女が『死刑囚』のレッテルを貼られ、でずっと牢に入れられていたのは、彼女の力を暴走させないことに加えて軍事的な利用価値を見出されてのことだったらしい。今ではヴァロンに制御陣を背に刻んで貰い、自力で能力を使いこなせているそうだ。

 

「ていうか、本当に何が目的なのか分かんなくってね。どうして良いか分かんないの」

 

 そんな彼女は先程から再々口にしているが、彼女視点だとゾディート、ヴァロン双方の考えが全く読めないことを本当に悩んでいるらしい。打ち明けてもらえないことが悲しいと言わんばかりに、彼女は肩を竦めてみせる。

 

「殿下はひとりで全部抱え込もうとするせいでよく分かんないんだけど、何か『目的』があって行動してるのは確か。しかも、そのために命を投げ出す覚悟もあるみたいに見える……命懸けで成し遂げたい『目的』って何なんだろね。よく分かんないけどそれ、悪いことじゃない気がするんだよ。そうじゃなきゃダリが着いて行かない気がするし」

 

「ダリウスが着いて行かない? いや、アイツ結構兄上を盲信してる気がするんだが……」

 

「いや、ダリって相当賢いよ? 道を踏み外してるわけでもないし、間違いなくアイツだけは黒衣の龍として生きる以外の道がある。それは殿下も言ってたし、きっと本人も分かってる。それでも殿下に仕え続けるのって、殿下のやろうとしてることに賛同してるからなんじゃないかな? 殿下が馬鹿げたことやろうとしてるなら、アイツはそれこそ命懸けで止めるよ。いくら盲信してたって、一緒に馬鹿なことはやらないと思う」

 

「……」

 

 そういうものなのだろうか――ダリウスはゾディートを盲信しているからこそ彼の行動を止めないのではなく、彼と共に、その『目的』を成し遂げるために戦っているというのだろうか。彼らの目的が歪んでいないとは決して言い切れないが、フェリシティは彼らを信じているらしい。

 

「ヴァロンはさっきも言ったけど、本当は良い父親だったんだと思うんだ。アイツを歪ませてしまった原因が何なのかは知らないけど、多分……主人格と裏人格に共通してる目的って『復讐』なんだよね」

 

「復讐、か……家族を奪った相手に対して、だよな?」

 

「うん。家族愛って、アタシはよく分かんないんだけどさ。復讐を誓う程に、アイツは悲しんだし、悔しかったってことなんだよね……裏人格の性格を見たら、『何が何でも復讐を成し遂げるんだ』みたいな意志を感じるしさ」

 

 ヴァロンほどの能力があれば、簡単に復讐など成し遂げてしまいそうな気がする。しかし、その相手は彼でさえも手こずるような、それほどまでに屈強な存在なのだろうか。

 もしかすると、相手は個人ではないのかもしれない。フェリシティが言うように戦争によって妻子を失ったのだとすれば、下手をすれば相手国――ヴァロンの国籍を考えれば、フェルリオ帝国か――を丸ごと恨んでいる可能性もある。確かにそれならば、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)を対象とした人体実験を行ったことや、戦力の増強を目的とした研究をしていたことにも納得が出来る。

 

(国が相手……か、手段を選んでいられないのも、無理はないってことか……?)

 

 ヴァロンは、フェルリオ帝国を葬る気なのだろうか――?

 頭を悩ませるエリックを見て、フェリシティはほんの少しだけ愉快そうに笑ってみせる。

 

「おいおい、黙り込まないでくれよ……って言っても、アンタらもアタシらの目的とか知りたいのか。悪いね、あんまり情報あげられなくて」

 

「い、いや……」

 

「悩んでくれるのはありがたいんだけどね……考える頭が一つでも多い方が良いと思って、アタシはアンタらに情報を渡したんだから。アンタらはこれを外部に流したりしないと思ってね……今更だけど、流さないって約束してくれるよね?」

 

「ああ、当然だ」

 

 フェリシティの問いに、エリックは即座に頷いてみせる。実際エリックは彼女から聞いた情報を流すつもりはなかった。流すとしても、現在のラドクリフ王国は黒衣の龍に構っている余裕は無いだろう。ゼノビア女王にいつ会えるかすら分からない状況なのだから。

 エリックの反応に満足したのだろう。フェリシティは歯を見せて笑ったかと思うと、すぐにその表情を真剣なものに戻した。

 

「……殿下の『目的』とヴァロンの『目的』が対立してるみたいなんだ。だから、アタシは両方に手を貸すことはできない……アタシの暴走止めてくれた時みたいに、殿下とヴァロンが一緒に何かすることも昔はあったんだけどな」

 

 黒衣の龍内部分裂の話はかなり重大な問題となりつつあるらしい。分裂どころか、双方の派閥が敵同士になっているようだ。あまり情報を得ることもできず、どっち付かずな中立の立場にあるフェリシティはそのことを酷く悩んでいるようだった。

 

「アタシ馬鹿だから、分かんないんだよ。どうして良いか分からないんだ。だから、一緒に考えてくれたら正直嬉しい……とか言いつつ、殿下なりヴァロンなりの邪魔をアンタらがするんだったら、アタシはアンタらと戦うんだけどね。戦うの好きだし」

 

「そ、そうか……」

 

 それは少し困る、と言いたかったが彼女も立場というものがある。こればかりは仕方がないと割り切るしかなさそうだ。別に、彼女は仲間になってくれたわけではないのだから。

 

「何したいのかは分からないんだけど、殿下とヴァロンの間にできた亀裂は修復不可能なんだろうなってのは分かる。だから、どっちかに本格的に肩入れしたら、もう片方を裏切る形になる……それでもね、せめて自分が後悔しない方を選びたいんだ。これくらいの自由は、許して欲しいんだよ」

 

 ただ純粋に彼女は、どっち付かずのまま適当にやり過ごすのではなく、彼女が『正しい』と思う方に着いて行きたいのだろう。そのために、自分達を利用したいのだ。

 

「……。分かった。何か情報を掴んだらお前に教える。ちなみに、逆にどっちも馬鹿なことしようとしてた場合は、どうするつもりなんだ?」

 

「ははっ、その時はアンタらと共闘でもしようかねぇ」

 

「そうかよ、じゃあ、もしそうなったら頼むな」

 

 それならこちらも利用してしまえば良い。対極の立場にある者が共通の利益のために手を取り合うことは決して珍しくはないし、彼女の持つ情報はいずれも有益なものであった。あまり考えたくはないが、これが罠だった場合のことは次に彼女に会った時にでも考えれば良いだろう。

 

 

「フェレニー殿」

 

 コンコン、と医務室の扉がノックされる。フェリシティが返事をすれば、研究員らしき男が部屋の中に入ってきた。

 

「申し訳ありません。ヴァロン様より封書が届きました。それと……」

 

「分かった、今行くよ。ちょっと待っててくれ!」

 

 男はフェリシティの言葉を聞き、扉を閉める。外で待機しているらしい。

 フェリシティは申し訳無さそうに笑い、口を開いた。

 

「悪いんだけど、アタシ行くわ。点滴終わったら勝手に帰ってくれ」

 

「お、おう……色々と感謝する。助かったよ」

 

 手を振り、フェリシティは「じゃーな」と笑って走り去っていく。そういえば彼女、「忙しい」と言っていた。何か仕事が溜まっているのかもしれない。申し訳ないことをしてしまったな、とエリックは苦笑する。そして彼女を見送った後、大切なことに気付いた。

 

(いや、待て。僕は道、覚えてないぞ……!)

 

 フェリシティとの会話に夢中になって、ここまでの道のりを覚えるのを怠ってしまった――他の誰かが覚えていれば良いのだが。

 誰か一人くらいは覚えていてくれと願いながら、エリックは各々適当に分かれて時間潰しをしている仲間達のもとへと向かった。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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