テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.73 灰色の地へ

 

『治癒術って救済系能力者以外には普通、使えないんだけどなぁ』

 

 場所を移動し、ヘリオスの森のアルディスの家へと一行は訪れていた。いつまでもエリックの部屋にいると厄介なことに巻き込まれかねない、と判断したためである。ここに来る途中でルネリアル前に転送された船にも寄ったが、ライオネルとイチハはすることがあるとその場に留まった。船の移動手段でも考えているのかもしれない。

 

「……」

 

 思わず、エリックがベッドの上で目覚めないマルーシャに目を向けていると、アルディスはメモでテーブルを複数回軽く叩いた。

 

「わ、悪い……」

 

『大丈夫?』

 

「大丈夫だ。話に戻ろうか」

 

 かなり喉の調子が悪いらしく、今日の彼はずっと筆談を続けている。何とか短い返事で済むようにしたいのだが、話の内容からしてそれはなかなか難しいものだった。

 

「精霊術ではなかったし、兄上の目は両方銀色だから、ケルピウスって可能性もないだろうし……そもそも、現ケルピウスはクリフォードな訳だしな」

 

『俺と同能力だとしても、近くにいた君もダリウスも救済系能力者じゃないから能力コピーってのも不可だね』

 

「セルシウス契約の影響なのか……?」

 

『よく分からないけれど、とりあえずゾディート殿下が使った術教えてよ』

 

 椅子に腰掛け、エリックとアルディスはマグカップの中の飲料を飲みつつ、ゾディートの使った治癒術について考察していた。彼に関しては後々のことを考えれば早めに話し合っておきたかったことに加え、マルーシャが目を覚めるのを待つのに丁度良かったのだ。

 

「シャーベルグで使っていたのがピクシーサークル、ルネリアルで使っていたのがフォークロア・ブリスだったな。ピクシーサークルはそこまで負担が無いようだったんだが、フォークロア・ブリスは気絶に追い込まれていた。直前の戦闘のせいかもしれないんだが」

 

「……」

 

「アル?」

 

 アルディスは頭を振るい、目を伏せて何かを考え始めた。一体どうしたのかと問えば、彼は静かに、台所の調理器具を興味深そうに見ているディアナを指差した。

 

「ディアナ……? まさか、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)……?」

 

 今は治癒術の話をしている。彼女を指差すということは、そういうことなのだろう。エリックの言葉に、アルディスはおもむろに頷く。

 

『どちらも聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者が使う術だよ。しかもフォークロア・ブリスは聖歌詩篇集の第六楽章。使った術だけ見れば、聖歌祈祷能力者だと断定して良い……でも、あの人って黒髪なんだよなぁ』

 

「ん? ああ、黒髪は逆空色髪なんだっけか」

 

聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者なら、銀髪になる筈。目の色はともかく、ここは覆らないと思うんだ』

 

 聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力は聖者一族――白銀の髪に青い瞳を持つ一族に通じる能力だ。仮にゾディートが聖者一族の血を引いた聖歌祈祷能力者であるとするならば、黒髪であるが故に違和感が生じる。アルディスを見ても分かるように、黒髪は非常に遺伝しにくい髪色なのだ。

 

(だけど、兄上はこんなことを言っていたっけ……)

 

 

『だが、正直なところ詳しいことは全く分からん。黒髪だから暗舞(ピオナージ)の子かと思えば、目覚めた能力はそうとは思えない妙な物だった。だから、私は案外まともな生まれ方をしていないのかもしれない。人の子では無い、と言われても驚かない自信がある』

 

 

 エリックの脳裏を過るのは、シャーベルグで彼が口にしていた言葉。彼自身も出生に関しては理解していないようで、自身の身体に対してどこか自虐的な感情を抱いているかのように感じられた。それほどまでに、“妙”な能力なのだろう――案外、それだけではないのかもしれないが。

 

 

『ふふ、知っているに決まっている。お前の身体がそうなった原因は……お前がこれまでに味わってきた苦しみの元凶は全て、この私にあるのだからな!』

 

 

(兄上……)

 

 実の兄弟ではなかった上に、兄は大抵城を留守にしていたから、交流も少なかった……とはいえども、あまりにも自分は、兄のことを知らなさすぎる。城で暮らしていた時よりも、旅立ってから得た知識の方が多いというのはどうにも複雑なものであった。

 エリックは頭を振るい、心配そうにこちらを見つめてくるアルディスに笑いかける。「大丈夫だ」と口にすれば、アルディスは納得がいかない様子ではあったものの、そのまま台所へ移動した。台所では、ディアナとクリフォードを交えてポプリの料理教室が始まっていた。

 

(料理……ポプリとアルと、多分ライオネルはできるんだよな? けど、ディアナとクリフォードとイチハはどうなんだ……?)

 

 クリフォードはともかく、ディアナは料理が苦手そうだ。アルディスが台所に向かったのは、彼女が塩と砂糖の区別ができていなかったためである。城暮らしで料理に慣れしていないエリックにもその気持ちはよく分かる。そしてそれは、今もなお眠り続けているマルーシャも同様だ。

 彼女の料理は、それはそれは悲惨な物だ。およそ『料理』とは言えないような謎の物質を生み出すことも多い。それでも、彼女が何かしら生み出す度に何とか食べきろうとしてしまうのは、エリック自身が胸に秘めた彼女への想い故なのだろう。

 

 静かに、エリックはマルーシャの傍へと移動する。早く目覚めて、愛らしい笑顔を振り撒いて欲しいと強く願った。

 エリックは現場を見ていないが、悲惨な状況であったことは間違いない。炎の中で息絶えた両親を目の当たりにしたショックは、到底想像できるものではない。しかもマルーシャは両親、特に父親との関係がとても良好であったと記憶している。心優しい、純粋な少女の心を砕くには十分過ぎる出来事だ。

 

「マルーシャ……」

 

 思わず、エリックは掛布団の上に投げ出されたマルーシャの左手の甲をそっと撫でていた。その時、手首で存在を主張する銀のバングルがきらりと瞬き――粉々に砕けた。

 

「な……ッ!?」

 

 音は意外にも大きく、台所にいた者達の耳にも届いていたらしい。彼らは料理をする手を止め、慌ててベッドの傍に駆け寄ってきた。

 

「急に、シルフのバングルが……!」

 

「装飾具の破損は、契約破棄の証です……マルーシャの身に、何かが……!?」

 

 クリフォードはエリックを退け、マルーシャの脈を測る。様子からして、異常は無いらしい。それならば、一体何故――?

 

「マルーシャ!」

 

 シルフの加護を失い、マルーシャはより一層危ない状況に陥ったかもしれない。そんな嫌な予感がエリックの脳裏を駆ける。冷静さを欠いて声を荒げれば、綺麗な黄緑色の瞳が睫毛の下からゆっくりと現れた。

 

「……あ、れ……わた、し……」

 

「マルーシャ! 良かった、目が覚めたんだな……良かった……!!」

 

 意識がハッキリしていないのか、マルーシャはパチパチとしきりに瞬きを繰り返す。もしかすると、シルフのバングルが壊れたのは彼女を今まで守ってくれていたからなのかもしれない。アルディスが着けていたレムのバングルも、彼を限界まで守っていたが故に壊れたのだ。きっとそうに違いないと安堵するエリックの胸に、マルーシャが飛び込んできた。強く、布地を掴まれている。それを拒むことなく、そっと頭を撫でていると、やがて小さな嗚咽が聞こえてきた。何が起こったのか、思い出したのだろう。やがて、彼女は身体を震わせ、より一層大きな声で泣き叫んだ。

 

「う、ぅう……うあぁああああぁあぁん!!!」

 

 それはあまりにも、悲痛な哀哭だった。両親を一度に失ったマルーシャのこらえようのない滂沱の涙がエリックの胸を打つ。細い少女の身体を優しく抱き、頭を撫でてもそれは止まることを知らない。けれど、それで良いとエリックは思った。彼女は普段から周囲のことを考え、自分のことを後回しにしてしまう。だからせめて、こんな時くらいは思いきり泣いて欲しかった。

 

「マルーシャ……辛かったな、悲しかったよな……」

 

――嗚呼、もっと彼女に寄り添うような、的確な言葉をかけてやりたいのに。

 

 そうは思えど、エリックの口から出るのは当たり障りのない、簡単な言葉ばかりで。エリックは上手く言葉を紡げない歯がゆい気持ちを置き換えるかのように腕に力を込め、震える少女の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

「早く毒、抜かないと大変なんでしょう? 早く行こうよ!」

 

 落ち着きをみせたマルーシャに次の行先がトゥリモラで、その目的がクリフォードの解毒であることを告げると、彼女はしきりに「早く行こう」と主張し始めた。とはいえ、先程まで酷く泣きじゃくっていた彼女を思えば、その言葉には皆素直に頷けなかった。

 

「僕はこれくらい平気だ。毒には慣れています。確かに、僕以外が受けていたら急がなければならない状況だっただろうが」

 

 エリック達は勿論、当事者のクリフォードですらマルーシャの精神状態の方を気にしていた。彼も変に我慢してしまう癖があるが、顔色を見る限り本当に問題ないのだろう。ハルモニカの薬が効いているらしい。それならここは甘えて、もう少しのんびりしてから出発しても良いとは思うのだが……。

 

「泣いたらすっきりしたから、平気平気。気にしなくて良いよ」

 

「マルーシャちゃん、クリフもこう言ってるし、ちょっとお茶にしましょうよ……あたし達も少しのんびりしたいの。だから、ね?」

 

「もーっ! 大丈夫だってば! ポプリは心配じゃないの!?」

 

「……。そ、それを言われると……」

 

 あまりにも「もう少しここにいよう」と返されるせいか、マルーシャの声に苛立ちの色が滲み始めた。ポプリはマルーシャからエリックへと視線を移した。「どうする?」と聞きたいのだろうが、口に出さなかったのはマルーシャをこれ以上苛立たせないために違いない。

 

「マルーシャが大丈夫なら、行く……か? だが、その前にマルーシャは首の火傷を完治させた方が良いと思うぞ」

 

 エリック自身、ここは非常に判断に悩む場面だったが、マルーシャもマルーシャで、じっとしていると嫌な記憶が蘇ってきて辛いのかもしれない。それは活発な彼女だからこそ、十分考えられることである。そうだとすれば、彼女の言う通りにしてやるべきなのだろう。そもそも彼女の主張は何も間違ってはいないのだから。

 

「火傷……?」

 

「気付いてなかったのか? 君は首に火傷をしているんだ。処置はしてあるが、痕になったら嫌だろう?」

 

「すまない、ある程度は治したんだが……まだ完治とまではいっていないんだ。内部に到達していた部分は治っていると思うんだが、表面の傷がまだ少し残っている」

 

 エリックの言葉に、マルーシャは包帯の巻かれた首へと指を這わせた。この様子だと、火傷の存在に気付いていなかったのだろう。それほどまでに彼女の精神が追い込まれているのか、単純にディアナの治療で痛みが感じられなかったのかは分からないが、このまま進むのはあまり良くないように思えた。

 

「……え、ええと、大丈夫!」

 

「大丈夫って、あのな……!」

 

「トゥリモラで万が一戦うことになったらって考えたら、今は変に体力消耗したくないよ。だから、良いの。首なら痕になっても大丈夫だから!」

 

「嫌なことを想定しないでくれよ……」

 

 とにかく早く行きたいのだろうか。ニコニコと笑うマルーシャに対し、エリックはもはや諦めるしかないのだろうかとため息を吐いた。そんなエリックの肩を、後ろからクリフォードが叩く。

 

「クリフォード?」

 

「……退いて下さい」

 

 エリックが指示に従えば、彼はマルーシャの前に屈み、包帯の巻かれた細い首にそっと触れる。クリフォードの目的は、彼らの真下に浮かび上がった魔法陣の存在が教えてくれた。

 

「紡ぎしは泡沫の祈り。癒しの光、此処に来たれ――ファーストエイド」

 

 詠唱は長いが、それはマルーシャが使う物と同じ治癒術。魔法陣が弾け、放たれた光はタートルネックと包帯の下の傷へと吸い込まれていく。

 

「あ……ありがと?」

 

「良くないですよ、そういうのは」

 

「はーい……」

 

 マルーシャが包帯を解けば、その下にあった火傷は綺麗に完治していた。「これで何も問題ないよね」とでも言いたげに、彼女はエリックを見上げている。明るく振舞ってはいるが、かなり余裕が無いのかもしれない。今の彼女は、少々周りが見えていない様子だった。

 

「クリフォード、今の……魔力は大丈夫か?」

 

 マルーシャの頭を撫で、エリックは背後を振り返る。先程治癒術を使ったクリフォードの魔力が気がかりだったのだ。

 

「平気だ……と言いたいですが、秘奥義と獣化の影響でちょっと辛いですね。魔術はあまり使えないものだと思ってくれ」

 

「トゥリモラに着く頃には私の魔力が回復していると思うから、ジャンは休んでてくれ。そもそも、治癒術は私とマルーシャの仕事みたいなものだ。問題ない」

 

 マルーシャの首の火傷が完治していなかったのは、彼女以外で治癒術を使うクリフォードとディアナの魔力切れが原因である。相当無理をしていたのか、この両名に関しては一晩経っても魔力が回復しきらなかったのだ。

 

「トゥリモラで何事も起こらなければ良いんだけど、マルーシャちゃんの言うように戦闘になってもおかしくないものね……うーん、せめて薬を補充したかったかな……言っても仕方のないことだけど……」

 

「だよな……こればかりは運任せになるが、とにかく行ってみなければ始まらない。ライオネル達を待たすのも悪いし、船に戻ろうか」

 

 

 

 

「は……?」

 

 ヘリオスの森を出た先にあったのは船――という名の飛行する謎の物体であった。形状は全く変わっていないのだが、船が地面から浮いているのだ。

 

「おお、丁度良かった! 今、改造が終わったとこだ!」

 

「一体何が起こったんだこれは!?」

 

「マクスウェル様は凄ぇんだ!!」

 

「お前ら『マクスウェル様凄い』で不可思議現象の説明片付ける癖あるよな!?」

 

 操舵室の窓から顔を出したライオネルは楽しげに笑いながら何やら説明してくれたが、とりあえず『風の下位精霊を筆頭に精霊達の力をマクスウェル権限で集約させてどうにかこうにかした』ということだけは理解出来た。詳しく全てを知ろうと考えるのは止めた方が良さそうだった。もはや常人が理解出来る範囲を超えてしまっている。

 着陸した船に乗り込めば、ライオネルは再び船を浮かせて様子を窺っている。心配ではあったのだが、この船は人が数人増えたところで何とも無いらしい。

 

「……で、どこに行くんだ? 場所によっては船に待機させてもらうぞ」

 

「トゥリモラだ。お前とイチハは辛いだろう? 船で待機しててくれ」

 

 操舵室まで向かい、目的地を告げればライオネルは苦笑して舵輪へと向き直った。近くにいたイチハも反応としては同様である。実験体であった彼らをトゥリモラへ連れて行くのは、あまりにも酷だ。

 だが、イチハは少し思うところがあったらしい。少し悩んだ後、彼は肩を竦めてエリックに問いかけた。

 

「でもクリフは連れて行くんだね。あの子こそ辛いと思うんだけど」

 

「とは思うんだが、解毒の手段が分からない以上、場合によってはアイツが行かなきゃ行く意味がないからなぁ……解毒が必要なのがクリフォードじゃなければ置いていったよ」

 

「なるほど……ノア皇子とディアナちゃんは? 純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)連れてくのも、俺様は心配だなぁ。特にディアナちゃんは俺様いないと動けないだろ?」

 

「それが行くって言うんだよ、二人とも。アルはトゥリモラの研究資料を見る気満々だし、ディアナも消えた記憶に引っかかるというか、何か気になることがあるらしく。仕方ないからディアナは僕が背負うしアルはポプリに見ててもらう」

 

 ハルモニカが何かしら話は通してくれているそうなのだが、一体どんな形になっているのだろうか。場所が場所である以上、最悪『侵入を妨げるために襲いかかってくる研究員を薙ぎ倒しながら解毒剤を確保しに向かう』なんてことになりかねない。少しは事を進めやすい状況になっていれば幸いなのだが。

 

「ちょっと無茶なんじゃないかな……と言いたいけど、あの二人の境遇を思えば仕方ないか。俺も着いて行けたら良かったんだけど、うっかり正気無くしたら大惨事だから、悪いね」

 

「正気、なぁ……純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)二人の面倒見ながら大変だとは思うが、時々クリフが正気無くさないように見守っといてくれ……」

 

「了解。いっそ、僕ひとりで行けたら楽だったんだがなぁ……」

 

 困ったことに同行者五人には精神的、もしくは種族的な理由で不安要素が存在している。不安要素が少ないのは(過去にここで体内精霊を抜かれた可能性があるとはいえ)エリックと(母親の件で何か起こりかねないとはいえ)ポプリだけである。どうしてこんなことになっているんだとエリックは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 

 

「……ところで、この船早くないか?」

 

「ん? ああ、あと二、三時間もすればトゥリモラだ」

 

「早いな!?」

 

 徒歩で向かうよりも圧倒的に到着が早いのはありがたいが、ディアナの魔力回復が間に合う気がしない。こうなったらやはり、有事の際にはマルーシャに頼るしかなさそうだ。それを少し申し訳なく思いつつ、エリックは窓から流れていく景色を眺めていた。

 

 トゥリモラは旅立った直後のエリック達がもしかしたら立ち寄っていたかもしれない街である。結果的にエリック達が向かったのはアドゥシールであったが、ローティア平原とフォゼット大森林を越えるという道程は同じだ。森を越えた後、北西に向かった先にあるのがアドゥシール、南西に行った先にあるのがトゥリモラだ。

 

 船――飛んでいるので『飛行船』と言い表すべきだろうか――は現在、フォゼット大森林の上を進んでいる。手入れの施されていない木々は鬱陶しいほどに生い茂っているのだが、ここからある程度先にある木々は全て灰色に変色し、葉も落ちた生の感じられない姿と化している。少し知識を得た今ならば、研究所から流れ出た化学薬品のせいで木々や草花が枯れ、大地が死んでしまったのだろうと想像するのは簡単なことであった。

 

 

「ライオネル、あまり近付かなくて良いぞ。ここまでで十分だ」

 

「そうか? でもまあ、もう少し近付ける。あまり気にすんな……で、お前ら降ろしたら空飛んでるか森の中隠れてるかするから、クリフ経由でマクスウェル様に連絡くれ。降ろした場所まで向かう」

 

「ありがたいが……その、まあ良いか……」

 

 ライオネル達がマクスウェルを尊敬しているのか崇拝しているのか便利グッズとして見ているのか分からなくなってきた。しかし、こんなことを口にすれば間違いなく怒られるだろうと思い、エリックは口を閉ざす。

 

 

「じゃあ、頑張れよー!」

 

 無理をして近付かなくても良い、とは言ったのだが、ライオネルは街がしっかりと目視出来る場所に船を降ろしてくれた。六人が灰色の地面に降りれば、船はすぐに上昇し、小さくなっていく。しばしの間、その様子を見守った後、エリック達はトゥリモラへと向かっていった。

 

 これまで訪れた街の大半は街道が石畳で舗装された街であったが、トゥリモラも例に漏れずそのような場所であった。だが、それらの街とは異なり、この地には『とりあえず歩きやすいように舗装した』とでも言いたげな物寂しさが漂っている。建物も奥に研究所らしき巨大な建造物があるだけで、他はコンテナのような四角い箱状のものが建ち並んでいる。『科学の拠点』と称されるこの地はどこまでも灰色で、空気も酷く汚れた人工的な場所であった。

 

「……ッ」

 

「エリック君、大丈夫? 呼吸が……」

 

「平気だと、言いきれたら良いんだが……はは……」

 

 喉が鳴り、一気に息苦しさがこみ上げてくる。だが、そこまで症状は重くない。発作が出る前に薬を服用しておけば、少々無理をしても大丈夫だろう。現時点ではマルーシャ達の治癒術の力を借りる必要性は無さそうだ。

 

「……それにしても、暗い場所だな」

 

『店が無くなってる。商売にならなくて撤退したんだろうな、売り上げ悲惨そうだったし』

 

「うーん、道具屋があれば、と思ったんだが。あの時もアドゥシール行っといて正解だったかもな」

 

 エリックの言葉に、アルディスは苦笑して頷いた。彼が仕事で訪れた時にはあったという武器屋、道具屋といった店はいずれも閉店しており、今は空き店舗のみが残されていた。他にそのような建物はなく、強いて言えば簡易宿泊所があるくらいだ。

 

『商売って難しいね』

 

「何だか切なくなるな」

 

 彼が最後にここに来たのは一年近く前に王都からセーニョ港までの護衛任務を請け負った時なのだそうだ。その時点でかなり閑古鳥が鳴いている状態だったらしく、こうなるのも無理はないと彼は肩を竦める。

 だが、確かにこの街で商売をするのは厳しいものがあるだろう。こうも寂しく、暗い雰囲気の漂う街に用のある人間はなかなかいないだろうし、あっても通過地点として利用されるだけなのだろう。簡易宿泊所が生き残っているのはそれ故だ。

 

(これ以上どうにもならないのか? これは……)

 

 ぼんやりと、今考えてもどうしようもないことを考えつつ、エリック達は研究所へと足を運ぶ。途中で誰かとすれ違うこともなく、更なる寂しさを感じながら進んだ先で、鮮やかな赤髪の女と出会った。

 

 

「お、早いじゃねぇか。入れ違いにならなくて良かったよ」

 

「は……?」

 

 その赤髪の女――黒衣の龍幹部のフェリシティは、エリック達の姿を見て笑みを浮かべてみせる。彼女からは全く敵意を感じられず、それこそ「ようこそ」とでも言いたげな雰囲気すら感じられた。

 

「あ、あの子、アタシの名前出さなかったんだね? まあ、あの子は無関係者だしねぇ……どこまで話して良いやら分からなかったんだね。ホント、可愛い奴だねぇ」

 

 一体何が起こっているのかと問いかけるよりも先に、彼女は腕を組み、勝気な笑みを浮かべて言葉を投げかけてきた。

 

「モニカの頼みだし、しかも、よりによってダリウスの弟がやられたんだろ? アタシの天使が悲しむのは見たくないし、ダリウスが荒れると正直面倒臭い。仕方ないから、アタシが解毒してやるよ。施設の連中に話はしてあるから大丈夫だ。着いて来な!」

 

「は……?」

 

「ほら、来いって! アタシも暇じゃないんだよ! モニカの頼みじゃなかったら絶対請け負ってなかったし、ダリウスの弟じゃなかったらここまでサービスしてないんだよ! 分かったら、早く!!」

 

 意味が分からないが、とりあえずここは素直に着いていった方が良さそうだ――少なくとも、フェリシティが友好的なのはハルモニカとダリウスの弟効果だろうから現状変に疑う要素はないし、最悪の場合でも彼女ひとりだけなら何とかなるだろう……多分。

 

「い、行くぞ……? 行っていい、よな……?」

 

「罠だとしたら露骨すぎるから、多分大丈夫よ……多分……」

 

「おいこら! 早く来いっての!!」

 

 研究所の固く閉ざされたドアを開け、フェリシティが叫んでいる。彼女を普通に信じてしまっていいのかは悩みどころだったが、どちらにせよ研究所には入らなくてはならない。エリック達は困惑を隠せぬまま、彼女の後を追って研究所のドアを潜った。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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