テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.70 崩れゆくもの

 

「瓦礫が多いな。飛び越えられそうなら、飛び越えてもらえるか?」

 

 ケルピウスに乗り、エリックはルネリアルの街を駆けた。途中、遭遇する兵に剣を振るい、時には矢を放ち、止まることなく進んでいく。

 兵に対してエリックは刃を向けたが、それは決して執拗なものではなく、気を失わせるのみで相手の命までは恐らく奪っていない。人間相手に戦うのは未だに慣れないが、今はそんな甘えたことを言っている場合ではない。

 

「クー!」

 

 軽く腰を落とし、後ろ足に力を込めてケルピウスは大きく飛躍する。振り落とされないように気を付けつつ、エリックは弓を構えた。

 

「――蒼燕(そうえん)!」

 

 瓦礫の影に隠れていた兵に向かって矢を放つ。ケルピウスによる移動は流石に目立つのか、少しずつ兵の数が増えてきている。

 矢は兵の肩を貫き、そのまま地面に縫い付ける。エリックはそれを見届けた後、即座に弓を剣へと変形させた。

 

「邪魔だ! ――真空破斬(しんくうはざん)ッ!」

 

 剣を横に薙ぎ、迫り来る複数の兵士達を真空波で撒き散らす。エリックにも、ケルピウスにも怪我はない。無事に瓦礫の山を飛び越え、彼らはそのまま先を急いだ。

 

 

 住宅街の立ち並ぶ石造りの坂を駆け上がっていけば、炎の海と化した貴族街が目の前に見えてきた。少しずつ、気温が上がっていくのを感じる。

 一部が崩れ、所々が瓦礫の山と化してしまっているものの、住宅街の被害は比較的少ない。「良かった」とエリックは安堵する。

 

 だが、それも束の間。崩れずに残った住宅の窓やドアから住民がこっそりと顔を覗かせていることに気付いてしまった。逃げ遅れてしまったのかもしれない。しかも、一人や二人では無さそうだ。

 

「……悪い、ちょっと止まってくれ」

 

 手綱を引き、エリックは深く息を吐いてから口を開いた。

 

「ここもいつ火の海になるか分かりません! どうか、速やかに避難を! 恐らく敵の狙いは皆さんではありません! 道中の兵は気絶させてきました! 今ならば安全に門へと向かえる筈です!」

 

 住宅に残る人々に向かって、エリックは声を張り上げる。その声に応え、何人かの人々が家を飛び出していく。恐怖で動けなくなっていたのだろう。

 

 

「アンタはどうするんだい!? その生き物に乗ったまま、どこへ向かうんだい!?」

 

 重そうな荷を背負って出てきた雑貨屋の女店主がエリックに話し掛ける。口振りからして、エリックが『アベル王子』であると気付いていない様子であった。大方、たまたま運悪く街にやってきた旅人か何かだと思われているのだろう。相変わらずだな、と苦笑したくなるのを堪え、エリックは店主に向かって微笑む。

 

「私は貴族街へ向かいます。恐らく、兵の大半は上に集まっているでしょうから」

 

 素直にそういえば、店主は目を丸くして雑貨屋へと走る。帰ってきた彼女は、小さな袋をエリックに差し出してきた。

 

「アンタ自身は危険なことくらい分かってるだろうし、止めないけどさ……せめて、売り物の薬でも持って行っておくれよ。本当はモニカ嬢の薬を渡したかったんだけど、生憎切らしちまってるから」

 

「……よろしいのですか?」

 

「ああ、これくらいは協力させてくれよ」

 

 袋の中身はアップルグミやオレンジグミにパナシーアボトルといった、ごく一般的に売られている薬品だった。店主が渡したがっていた“モニカ嬢の薬”とやらはよく分からないが、事実上単独戦闘中のエリックにとっては大変ありがたい差し入れである。

 

「ありがとうございます、大切に使わせて頂きますね。あなたもどうか、お気を付けて」

 

「こっちこそ。この街のために、ありがとうよ……どこの親切な騎士様か知らないけれど、無茶するんじゃないよ!」

 

「ははは……」

 

 私は騎士ではなく、この国の王子です――そう言いたくてたまらなかったが、それどころではないし、変な混乱を生みたくない。

 

「クゥーン……」

 

「うん、お前今話せなくて良かったよ。本当に」

 

「クーッ!?」

 

 エリックはやや強めに手綱を引き、何か言いたそうにこちらを伺ってくるケルピウスを走らせた。

 

 

 

 

 住宅街を抜け、全く機能していなかった警備用の門を潜る。門を潜れば、これまでいた場所とは明らかに雰囲気の違う、煌びやかな空間が広がっている――筈だった。

 

(中央商店街はたまたま巻き込まれただけだったんだろうな……狙いはやっぱり貴族街だったか)

 

 住宅街との被害の差が大きすぎる。門付近の屋敷は比較的無事だったのだが、先に進めば進む程に被害は拡大していった。富の象徴として建ち並んでいたであろう屋敷の大半は瓦礫の山や炭と化し、無残に崩れ落ちてしまっている。

 

「クォン!」

 

「またか……! やたら数が多いな!!」

 

 現れる兵の数も、その強さもさらに増してくる。だが、簡単にやられるほどエリックは弱くない。何より、特に剣を扱う兵に関してはある程度出方が読めるのだ――何故か大半の相手はエリックと同じ、ラドクリフ王国騎士団に伝わるエルマ流剣術の使い手の者ばかりであったから。

 

「……ッ」

 

 気味の悪さを感じながらも襲いかかる兵を全て斬り伏せ、エリックは頭を振るう。そんな中、彼は砂埃のせいでやや悪い視界の先に不思議な建物を発見した。

 

 それは使われている素材こそ良いものの、貴族街の中では小さな建物であった。屋敷ではなく何かの店のようだが、品の良い外観故に浮いた存在ではない。そのためにエリックは今まで建物の存在に気付かなかったのだろう。

 だが現在、その建物は飛んでくる瓦礫や勢いを増す炎から守られるように、氷に覆われていた。

 

「な、なんだ……これ……」

 

 まるで、巨大な箱のようである。透き通った氷の美しい箱によって、建物は襲撃前と同様であろう姿を保っていた。魔術に通じていないエリックでも分かる。これは、並大抵の技術で成せる代物ではない、と。

 

(こんなの、初めて見た……家主の技、なのか……?)

 

 一体誰がこんなことを、とエリックは店を呆然と眺めていた――その時だった。

 

 

「クーッ!!」

 

「ッ!?」

 

 足元で甲高い悲鳴が上がり、身体がぐらりと大きく揺れる。何とか地面に落下する前に大勢を立て直したエリックはケルピウスから飛び降り、矢を放った。

 

「くそ……っ! 悪い、クリフォード!!」

 

 元凶を生み出した兵は倒した。しかし、エリックの視線の先でケルピウスは苦しげに身体を震わせている。彼は何とか立ち上がろうと、必死にもがいていた。

 

「クゥ……ッ、クォ……ン」

 

 右の後ろ足付近の毛が赤く染まっていく。今にも倒れそうな大きな身体を支え、エリックは右手をケルピウスの右足を貫く矢へと伸ばす。

 

「痛むだろうが、ちょっと我慢してくれ」

 

 矢を掴む右腕に力を込めれば、手のひらに焼けるような痛みが走った。気にせず、奥歯を噛み締めて一息に矢を引き抜く。血まみれになったそれを投げ捨て、右手を見れば手袋が溶けていた。矢に毒が塗られていたのだ。

 

「クー……」

 

「もう良い、もう走らなくて良い……ごめんな……」

 

 毒を受けてまで走ろうとする彼の背を撫で、その場に伏せさせる。周囲に敵兵を含む人間がいないことを確認し、エリックは彼に人の姿に戻るように促した。処置のしやすさを優先しての判断だ。

 

「……ッ、すみません……」

 

「それはこっちの台詞だ……!」

 

 早くも毒が回りつつあるのか、クリフォードは両目を固く閉ざし、ぐったりと身体を震わせている。患部は右の脹脛だ。傷付近の布地が溶けていたため、この上から処置をしても問題ないだろう。

 患部の少し上をハンカチで縛った後、パナシーアボトルの栓を抜き、中の液体を傷口にかける。だが、パナシーアボトルは効果を見せなかった。少しずつ患部が腫れ、青黒い色に変色していく。まだ毒が残っている証拠である。

 

(ッ、もう一本かければ効くか……!? いや、そもそもパナシーアボトルじゃ駄目な可能性も……)

 

 どうしたものかと狼狽えるエリックの頭に、クリフォードの手が乗せられた。

 

「エリック……すみませんが、僕を目立たない場所に運んでもらえませんか……?」

 

「え……」

 

「これでは、役に立てそうもない。僕を置いて行って、下さい」

 

 一体何を言い出すんだと叫びかけたエリックに、クリフォードは力無く、へらりと笑ってみせる。頭の上に乗せられた彼の左手は汗ばみ、酷く震えていた。

 

「ご安心を。僕は、そう簡単には死にませんから」

 

「そういう問題じゃ……!」

 

「毒には……痛みには、慣れてます……だから、平気です」

 

 その言葉にエリックは思わず目を見開き、奥歯を噛み締める。決して強がりなどではなく、彼は本当に「平気」なのだということも、彼を連れて動き回る余裕など無い以上、ここに置いて行くのが最善なのだということも、分かっている。それでも、決断を躊躇ってしまう。

 どちらにせよ、このままここにいるわけにはいかない。エリックはクリフォードを抱え、氷の箱に守られた建物の裏へと移動する。建物と瓦礫で身を隠すことができるし、この建物の傍ならば炎に飲まれることもないだろう。

 

「本当に置いて行って、大丈夫なのか?」

 

 クリフォードはその場にしゃがみこんだまま、未だ悩むエリックの頬を撫でた。

 

「お前が今、成すべきことは何ですか?」

 

「……!」

 

 身体に猛毒が回り、苦しいだろうに。彼は真剣な眼差しをエリックに向けている。

 

「行って下さい」

 

 それだけを口にして、彼は両目も口も閉ざしてしまった。

 エリックが立ち去るまでは一言も発さないという、強い意志が感じられる姿だった。

 

――その意志を、無碍には出来ない。

 

「……すまない」

 

 両拳を強く握り締め、エリックは踵を返して走り出した。

 

 

 

 

 刃を振るい、矢を放ち、エリックは立ち止まることなく走り続ける。本当にたったひとりでの戦いになってしまったが、雑貨屋店主に貰った薬が役に立った。

 

「……」

 

 とはいえ、今口に含んだアップルグミが最後の一つである。嫌いではないが少し薬品臭い、独特な風味を感じながらエリックは息を吐く。目の前には、息絶えた兵の亡骸があった。

 

「金髪の純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)……ってことは貴族か? 黒衣の龍には珍しいな……」

 

 生きた兵士とも当然出くわしたが、彼のような亡骸と遭遇することも増えてきた。黒衣の龍の紋章が刻まれた衣服を纏った金髪の兵士に外傷はほとんどない。ただ唯一、胸元を貫く小さな傷から血を流していた。なるべく苦痛を与えないように、一撃で仕留められたのだろう。

 顔をしかめつつ、エリックは男の亡骸に触れた。脈は無いが、まだ生きているのではないのかと感じるほどに暖かい。近くに、男を殺した者がいるのかもしれない。

 

(アル、か……? いや、でもアルはマルーシャを追ってるからな……じゃあ、誰だ……?)

 

 間違いなく、自分達とは違う者が動いている。目的は分からないが、利害は一致するだろう。その人物と合流できればもっと上手く立ち回れるかもしれない。エリックの足取りが軽くなる。

 

(王国騎士団の人間か? それなら話は早いんだが……)

 

 向かう先は、貴族街の中でも特に地位の高い者達が住まうエリアだ。かなり城に近付いているが、まだ少し距離がある。王国騎士団の宿舎を通り過ぎ、辿り着いたのはシャーベルグの貴族街、上層エリアとよく似たデザインの庭園だ。

 手入れの行き届いた芝やカラフルな花々が美しい場所だったのだが、今や花壇の花々は踏み荒らされ、無残に散ってしまっていた。庭園のシンボルである巨大噴水のオブジェも根元から折れてしまっている。もはやガラクタのような存在と化してしまっていた。

 

「酷い、な……」

 

 城で時々開かれるパーティから抜け出し、マルーシャと共に噴水の縁に腰掛けて時間を潰したことを思い出す。当然母や大臣達にはこっ酷く叱られたのだが、そういう場では決まって良家の女に口説かれるエリックもその女に虐められるマルーシャも、その苦痛よりはまだ叱られる方がマシだと考えていた。結果、パーティ脱走は平時の脱走に次いで常習化していた問題行動である。そういう意味では、ここの庭園はエリックにとって思い出の場所であった。ちくり、と微かに胸が痛むのを感じる。

 

「……」

 

 だが、感傷に浸っている場合ではない。頭を振るい、エリックは壊れた噴水の傍を通り過ぎようとする。人の気配を感じたのは、その時だった。

 

「誰か、いるのか?」

 

 近付くまで、全く気付かなかった。気配を殺すのが得意な人物なのだろう。剣を握り、エリックは死角となっている倒れたオブジェの裏を覗き込んだ。

 

「!?」

 

 汚れた白い衣服。目深に被ったフードの下から、長い黒髪が覗いている。死体かと思ったが、肩が動いているため生きているのだろう。しかしその人物はエリックが近付いても反応を見せない。正面に移動すれば、見慣れた顔を伺うことができた。

 

「兄、上……?」

 

 剣を手にした右手も、何も持たぬ左手もだらりと地面に投げ出されている。襲われれば、ひとたまりもないだろう。そんな状況と化した兄は、倒れたオブジェで身を隠すようにぐったりと座り込んでいた。冷や汗を流し、乱れた荒い呼吸を繰り返している。どこか苦しげな様子だ。銀色の瞳は、長い睫毛で覆い隠されている……眠っているのだろうか?

 

 エリックは一度ゾディートから離れ、周囲の様子を伺う。しかし、人の気配は全く感じられなかった。自分が来るまでの間、兄はひとりでここにいたのだろう。見張りも付けずに、眠りこけるなど兄らしくないとエリックは眉を潜める。

 

(ダリウスは一緒じゃない、のか……?)

 

 ゾディートの傍には大体ダリウスがいる。エリックが城で変わらぬ日々を過ごしていた頃から、それは変わらない。彼らの関係性は、上下関係を超えた唯一無二の相棒同士といった印象だ。特にダリウスは傍目から見てもゾディートに非常に可愛がられていることが伺えたため、幼い頃は少々羨ましく感じられたのをよく覚えている。

 そんな彼らはエリックとマルーシャが出会うより前、十年以上前から一緒にいるものだから、片方を見ると反射的にもう片方を探したくなる。だが、この旅が始まってからは単独で動くダリウスの姿も何度か見ていた。

 

「……」

 

 普段、彼らが何をしているのかは分からない。エリックが「大体一緒にいる」と思っていただけで、実際のところは別行動も多いのかもしれない。目の前で無防備な姿を晒している兄を見つめながら、エリックは奥歯を噛み締める。

 

 

『恐らく、次に会う時は敵同士。その時は、私を殺すつもりで……来い』

 

 

 脳裏を過るのは、シャーベルグでの兄の言葉。

 おもむろに、エリックは剣の切っ先をゾディートへと向けた。一歩、また一歩と、そのまま距離を縮めていく。剣を握り締めた右手が、震えていた。

 今、王都を襲っているのは黒衣の龍である。その黒衣の龍のトップは、兄であるゾディートだ。ここで自分がゾディートを殺せば、状況は大きく変わるだろう――それでも。

 

(……無抵抗の兄上を、殺すなんて)

 

 頭を振るい、剣をレーツェルに戻す。エリックはその場にしゃがみ込み、兄の顔を覗き込んだ。ここまでまじまじとゾディートの顔を見るのは初めてのことだった。

 全く血が繋がっていない兄弟故に当然と言えば当然なのだが、やはりエリックとは全く似ていない。容姿的特徴を考えれば、恐らくジェラルディーン兄弟と同じ混血の鳳凰族(キルヒェニア)なのだろう。暗舞を思わせる艷のある黒髪もそうだが、兄は肌も白い。肌の白さは鳳凰族の特徴である。とはいえ、今の兄は血の気の引いた、病的に真っ青な顔色をしていた。

 

(外傷は無いな。じゃあ、一体何故……)

 

 そんな時、兄の銀色の瞳がゆっくりと開いた。

 

「……何を、している」

 

「!?」

 

 突然話し掛けられ、驚くエリックの前でゾディートはゆっくりと立ち上がった。フードを下ろし、長い黒髪が顕になる。相変わらず顔色は悪いが、別に動けなくなっていたわけではなかったのだろう。

 

「あ、兄上こそ……! 一体、何が目的でこんなことを!?」

 

「……」

 

 エリックの問いに、ゾディートは黙って視線を逸らした。どうやら城を見ているようである。

 

「兄上!」

 

「答える義理は無いな」

 

 冷たい銀の眼差しが、エリックに刺さる。ひやりとした感覚がした――それは精神由来のものでは、なかった。バキバキ、とゾディートの足元が凍っていく。

 

「な……っ!?」

 

「――万物を白く染め上げる、麗しき氷の化身よ……契約者の名において命じる」

 

 突然の出来事に驚くエリックであったが、何より、ゾディートが口ずさむ詠唱には聞き覚えがあった。以前、アルディスが似たような文言を唱えていた記憶がある。

 

 

「汝、その大いなる力を持って、我が呼びかけに応えよ! ――セルシウス!」

 

 

 ゾディートの持つ刃が、彼の腕が氷に包まれる。冷気は庭園全体を包み込み、周囲に巨大な柵を生み出した。エリックを逃がすまいとしているのだろう。一層冷たさの増した兄の瞳に、困惑するエリックの表情が映り込む。

 

「お前の為すべきことは何だ? 悩む暇があるなら剣を取れ!」

 

「兄上……!」

 

 嗚呼、どうしても、自分は兄と戦わなくてはならないのか――行き場の無い悲しみが、胸にこみ上げてくる。エリックは奥歯を噛み締め、首元のレーツェルに触れた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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