テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.69 燃え盛る王都

 

 不幸中の幸い、レイバースを出るのにはそれほど時間をかけずに済んだ。アルディス達も無事に解放され、エリック達は駆け込むように船に乗り込み、ルネリアルへと向かう。

 

 本来であれば一週間程かかってしまう道のりだが、マクスウェルのお蔭で移動は一瞬で完了する。しかしながら、その“一瞬”さえもエリックにとっては気が気でない時間だった。そしてそれはエリックだけの話ではなく、彼の横で顔を真っ青にして震えるマルーシャにも共通することであった。

 

 船に全員が乗った直後、視界が暗転する。刹那、船は見慣れた森の傍へと移動していた。いつもと変わらぬヘリオスの森の木々は風に煽られ、ざわざわと騒がしく揺れている。

 

 

「!? う、そ……」

 

 風上へと視線を動かしたマルーシャが声を震わせた。釣られてエリックも同じ方向を見る。そして、目の当たりにした光景に絶句した――ルネリアルの街が、燃えていた。

 

「わ、私の聞き違いか!? マクスウェルは『武装した黒衣の龍が王都に向かった』と言ったんだよな!?」

 

「間違ってねぇよ……黒衣の龍到着はオレ達より速かったろうが、こんなに被害が拡大するほど、オレ達は出遅れてない……!」

 

 風に乗り、ものが焼ける臭いが漂ってくる。並大抵の火災ではない。ライオネルの言うように自分達は出遅れてしまったのだろうが、ここを守っている王国騎士団は一体何をやっているというのか。

 ギリ、と奥歯を鳴らし、エリックはルネリアルへと駆け出した。そんな彼に、皆が続く。

 

「……ッ! 狙いは貴族街か!?」

 

 見たところ、被害は城をぐるりと囲うように建っている貴族達の住居が特に深刻だった。貴族街の中心にあるというのに、堀に囲まれているせいか城が無事であったのは救いか。しかしながら、被害は貴族街だけではない。火が燃え移ってしまったのか襲撃を受けたのかは分からないが、貴族街に近い中央商店街も真っ赤に染まってしまっている。住宅街も無事とは言い難い。

 

 

「ポプリ、顔真っ青だけど行ける? 大丈夫かい?」

 

 低い、穏やかな声が響く。クリフォードのものではない。ローブを被った青年は軽くかがみ、アイオライト色の瞳をポプリへと向けた。

 

「正直、平気じゃない、けれど……そんなこと言ってる場合じゃないわ……」

 

 燃え上がる街並みを、ポプリは恐怖に怯える橙色の瞳で見上げている。そんな彼女の頭をぽんぽんと軽く叩き、青年――イチハはニコリと笑ってみせた。

 

「俺様はディアナちゃんに着いて動く。この子は俺無しじゃ動けないからね……君と、あとライは街をすぐに出られる位置にいた方が良いと思う。ライに何かあったら、頼むよ」

 

 クリフォードが精霊ウンディーネと契約した直後、イチハは人間の姿を保てるようになった。クリフォードが精霊の力を得たことで、人の身を保てないほどに狂ってしまった魔力を安定させることができるようになったためだ。しかし、彼らがある程度離れてしまうとそれは無効化されてしまう。やはり上位精霊のみの力では厳しいものがあるらしい。

 非常事態とはいえ、ディアナが街中で普通に翼を出すわけにはいかない。彼女の移動にはチャッピーの姿を取ったイチハの全面的な協力が必要となる。そして今回の場合、能力のことを考えれば、イチハが動けることよりもディアナが動ける方がメリットが大きい。

 

「怖いとか言ってる場合じゃないわよ」

 

 こんな状況にも関わらず気を使われていると察したポプリは頭を振るい、「一緒に行く」と主張する。だが、そんな彼女に自分が着ていた白衣を差し出しつつ、クリフォードは首を傾げた。

 

「……。そうですね、ポプリは門の付近に残った方が良い。薬品のストックはあるか?」

 

「あ、あるけれど……」

 

「門の奥から、異様に濃い血の臭いと薬品の臭いが漂っている。怪我人が大量に出ているようです。門を潜ってすぐの広間が簡易的な治療場になっているんだろう」

 

「え……?」

 

「僕は鼻が効くんですよ。ただ、思っていたよりも状況が酷いな。医療関係者は皆無と考えて良さそうだ」

 

 エリック達は門を潜り、広間を目の当たりにする。そこには、痛みに苦しみ、喘ぐ数多の人々が“転がって”いた。焼け残った物であろう、質素な布が地面に敷かれているものの、あまりにも不衛生な状況だ。

 

「それはちょっと弄ってますけれど、白衣さえ着ていれば怪しまれることはないからな。重傷者のために“応急処置”はしていきますが、恐らくまだまだ怪我人が出る。君の知識が役立つ場面だと思います……ライ、ポプリを頼めますか?」

 

「任せろ。オレも多少は医療の知識があるからな……とりあえず、この不衛生な状況から何とかしねぇとな……」

 

 クリフォードの白衣を纏い、ポプリはライオネルと共に人々の集まる場所へと向かっていく。クリフォードはそれを見届け、今度はディアナに話し掛ける。

 

「ディアナ、手綱の予備はありますか?」

 

「ん? ああ、あるぞ」

 

「良かった。悪いが、ちょっと貸して下さ――」

 

 

――刹那、鼓膜を破るかのような、猛烈な爆発音が辺りに響き渡った。

 

 

「!? な、なんだ!?」

 

 衝撃で地面が轟くのを感じながらも、エリックは辺りを見回す。

 

 

「……っ、や……!」

 

 だが、爆心地を見付けるよりも先、マルーシャの悲痛な声に意識が行った。振り返れば、大きな瞳に涙を浮かべ、力無く頭を振るう彼女の姿がそこにあった。

 

「いやぁあああぁっ!!」

 

「ッ! マルーシャ!!」

 

 突然泣き叫び、全速力で駆け出したマルーシャの腕に手を伸ばす。しかし手は空を切り、足の速いマルーシャはあっという間に遠くに行ってしまう。そしてエリックは、彼女が我を失って走り出した理由に気付いてしまった。

 

(い、今の爆発……! ウィルナビス邸だったのか……!!)

 

 両親の暮らす、実家が爆発した――こんな状況で冷静になれる筈がないだろう。彼女の気持ちは分かる。だが、危険だと分かっている貴族街に彼女ひとりで行かせるわけにはいかない。

 

「待て! マルーシャ!!」

 

 エリックは慌ててマルーシャを追うが、先程の振動のせいだろう。非情にもたった今、この状況を読んだかのようなタイミングで崩れ落ちた家がエリックの行く手を阻んだ。

 

 

「……ッ!」

 

「エリック!」

 

 崩れ落ちた家の向こう側から、ディアナの声がする。彼女は俊敏なチャッピーに乗っていた。家が崩れる前に、何とか滑り込んだのだろう。辺りを見回したところ、アルディスも向こう側にいるらしい。

 

「私と、イチハとアルディスでこのままマルーシャを追う! エリックは城に向かえ!」

 

「! だ、だが……」

 

「マルーシャが心配なのは分かっている。だが城とマルーシャの家は近い。すぐに合流すれば良い!」

 

 ディアナの言うことは何ひとつ間違っていない。そもそも道が閉ざされてしまった時点で、エリックにマルーシャを追う手段はない。加えて、閉ざされてしまった道は一直線に城へと行ける道であったから、こうなってしまった以上大きく回り道をして城に向かうしかない。王国騎士団がちゃんと機能していない可能性が高い以上、城の守り手がいないことも考えられる。悩んでいる時間はないのだ。

 

 

「……。分かった、任せるぞ!」

 

「承知した!」

 

 道を阻む瓦礫と化した住居に背を向け、エリックはクリフォードのもとに向かう。彼はディアナから受け取ったチャッピーの手綱を調整していた。

 

「エリック、これ持っててくれ」

 

「!? お、おう……?」

 

 一体何をしているのかを問う前に、彼はそれをエリックに投げ渡してきた。見れば、チャッピーに着ける状態から少し持ち手部分の長さが伸ばされている。

 

「申し訳ありませんが、そこで少し待っていて下さい。あと、今日以降僕はルネリアルでまともに動けなくなるかもしれない。悪いな」

 

「は……?」

 

「俗に言う『秘奥義』って奴です。使いどころに若干困る上に厄介な性質があるので使いたくなかったんだが……お前のためになら、使おうと思えたのです」

 

 へらり、と笑った彼はアシンメトリーの両目を隠すことなく、こちらに向けている。加えて、彼は大勢の人がいるにも関わらず半獣化の姿を晒していた。涼しい風が、困惑するエリックの頬を撫でた。

 

 

「――荘厳なる大地にもたらされしは天の雫。万物を育みし、穢れなき慈愛の御業よ」

 

 

 天に向かって左手を伸ばしたクリフォードの足元に、水など無いはずのその場所に透き通った水が湧き、美しい円形の波紋を描く。青く輝く複雑な魔法陣が、広場全体に展開される。どこからともなく、水の跳ねる音がした。

 

 

「汝、我が真なる祈りに応え、再生の奇跡を降らし給え」

 

 

 水の跳ねる音は、次第に増えていく。それが雨であるとエリックが気付く頃には、決して身を濡らすことはない不思議な光の雨がルネリアルに降り注いでいた。

 

 

「尊き生命の輝きに、汝の恩寵を ――ベネディクションレイン」

 

 

 街は火に包まれ、火の粉が飛び交っている。だが、この空間は涼しい空気に満たされていた。光の雨はじんわりと身体の中に染み込んでくる。エリックは特に傷を負っていなかったために分からなかったのだが、先程まで地面に転がされていた人々が立ち上がり、歓喜の声を上げている。彼らの、血で染まった衣服の下に確かに刻まれていたであろう傷は、跡形もなく消え失せている。クリフォードが降らせたのは、強い癒しの力を持った雨なのだとエリックは察した。

 

 

「……! す、すごいな……って、ケルピウス……!?」

 

 こちらにゆっくりと歩み寄ってくるのは、人型ではなく完全に獣の姿と化したクリフォードだった。その姿を見て、エリックは彼の発言に納得させられた。

 

「クー」

 

 ぱたぱたと尾を降るケルピウスに手綱を着け、エリックはその背を撫でる。

 

「なるほど、さっきの秘奥義を使うと、強制的にケルピウスになるんだな……使ってくれて助かったが、悪いことしたな……」

 

 クリフォードの秘奥義『ベネディクションレイン』は治癒術としては極めて有能だが攻撃性能は皆無な上、強制的に術者を獣化させてしまう性質を持つらしい。治癒の力を解放したことにより、人型を保てなくなるのだろうか。

 いずれにせよ、確かに使いどころに困る(しかもクリフォードの治癒術の傾向を考えれば、恐らく本人には何の恩恵もないと思われる)上に、使う場所によっては後々大変なことになってしまうだろう。遠くで様子を伺っていたポプリとライオネルは唖然としているし、傷の癒えた人々もケルピウス(に化ける青年)の登場に驚愕の表情を隠せていない。

 

「クー、クォン」

 

 だが、張本人は「どうでも良い」と言わんばかりにその場に伏せ、エリックに「早く乗れ」と目で訴える。このまま馬代わりにルネリアルを駆けてくれるようだ。クリフォードは最初からこうするつもりだったのだろう。

 

 

「一応、乗馬経験はあるが、お前は馬じゃないからな……変なことやらかしたら、ごめんな」

 

「クォン」

 

 エリックは犬と馬を足して二で割ったような不思議な生物に跨り、手綱を握る。感覚的にはやはり馬によく似ているが、肌触りの良い毛に覆われているため何となく違和感がある。意外にも安定感があるため、鞍は無いが気をつけていれば振い落されることはないだろう。

 

「クーッ」

 

 パタパタと両耳のヒレを動かし、ケルピウスは地を蹴った。馬に近い姿をしているだけあって、走ることに長けているらしい。元が人とは思えない程に、速い。

 エリックは軽く広間を周り、しばらくやっていなかった乗馬の感覚を取り戻す。手綱を通して指示を出せば、ケルピウスはその通りに走ってくれた。エリックはレーツェルに触れ、剣を具現させた。

 

「よし……行ける。多分無理させるだろうが、頼むぞ、クリフォード!」

 

「クー!」

 

 エリックが左手で手綱を引けばケルピウスは返事代わりに大きな鳴き声を上げ、火の粉の舞うルネリアルの住宅街に向かって力強く駆け出した。

 

 

 

―――― To be continued.

 




(おまけ:ライオネルとイチハの設定)
※画像は長次郎様に頂いたものです。

ライオネル=エルヴァータ

「オレは、オレにできることをするまでだ。できないことを数えてたんじゃ、気が滅入るからな」


【挿絵表示】


年  齢:22歳
身  長:173cm
体  重:76kg
武  器:両刃剣
固有武器:レガース

 ルーンラシスでマクスウェルと共に暮らしていた青年。戦舞(バーサーカー)と呼ばれる、力強い肉体を持った純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)の変異種である。天性属性は水で、魔術は得意ではないものの、覚醒済みのため飛行能力を持つ。
 特殊能力はクリフォードと同じ透視干渉(クラレンス・ラティマー)。ライオネルは物質透視を得意とし、機械操作等に秀でている。本編では船の操縦を担当する。
 かつて悲惨な実験を身に受け続けていた過去を持つ。そのため陽気で明るい性格に反して身体は限界を迎えており、マクスウェルの加護がなければ生きていくことさえ難しい状況にある。
 しかし本人は自分のそんな境遇をかなり前向きに捉え、その前向きさが時に仲間達を勇気付けている。また意外にも勤勉家で、知識量では僅かにクリフォードを上回っている。
 余談だが、イチハのことは『イチハ兄』と呼ぶのに対し、クリフォードのことは『クリフ』と呼び捨てなのは、クリフォードの発育があまりにも悪過ぎて自分が年下であったことにしばらく気が付かなかったためである。





霧生イチハ

「……すごいな。時々、君達が輝いて見えるよ……眩しさを、感じる程に」


【挿絵表示】


年  齢:28歳
身  長:184cm
体  重:68kg
武  器:刀
固有武器:棒手裏剣+クナイ

 ディアナが連れている鳥『チャッピー』の本当の姿。あらゆる面で自信過剰な性格をしている。しかし、実際に極めて美しい容姿をしている上にかなり有能なため、全く憎めない。
 しなやかな身のこなしが特徴的な暗舞(ピオナージ)という純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の変異種の青年。一定の居住地を持たない戦舞(バーサーカー)とはことなり、暗舞は独自の文化を持つことで知られているのだが、イチハはラドクリフでの暮らしが長かったこともあって中途半端な状態と化している。
 天性属性は火で、魔術の腕はそれなり。ただし魔力異常による後天的な失翼症のため翼を出すことはできない。特殊能力は移動速度を一時的に上昇させる瞬光疾風(カールヒェン・ヨシュカ)
 クリフォードやライオネルと比較すると単純な知識量では劣るが、頭の回転は非常に早い。
 ルーンラシスを出て鳥の姿で過ごしていた期間はほとんど歳を取ることが無かったようで、外見と実年齢に少々ズレが生じている。また、青紫色の瞳をしているが、元は黒い瞳をしていたようだ。

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