テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.67 精霊の宿主

 

「お、おい、そのまま、行くのか? 血、流れっぱなしだぞ……?」

 

「そうするしかないでしょう? ケルピウスは自分の傷は治せませんし。牢の中の女子二人は救済系能力者ですが、貴方が彼女達を外に出してくれないので、治せないんです」

 

「ああぁあ! 分かった分かった! 俺は歌えないが聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者だ!! それくらい治してやるから、とっとと行って帰ってこい!!」

 

「あ、本当ですか? ありがとうございます」

 

 ケルピウスという種を利用した脅しの追加効果だ。不幸中の幸い、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者であった男が生み出した癒しの円輪『フェアリーサークル』によって傷を回復したエリック達は、男の根回しもあってか難なく――というよりは、追い出されるように――レイバースを後にする。そうして、三十分程歩いていくと件の建造物が見えてきた。

 

(……ああ、うん。間違いなくここだ)

 

 街を出た直後、クリフォードが精神的なスタミナ切れを起こして蹲ってしまったり、一体どこにいたのか突然イチハ(チャッピー)が現れたりと道中で妙なことはあったものの、意外な程あっさりとウンディーネの神殿へと辿り着いた。というより、レイバースと神殿が離れていなさ過ぎたのだ。

 

(神殿の近くって、大丈夫なのか? 街に魔物がやってきたりしないんだろうか……恐らく、結界で何とかしてるんだろうが……)

 

 ヘリオスの森が良い例だが、神殿の周囲には比較的魔物が多く現れやすい。だが、大陸そのものに何かしらの結界が張り巡らされているのか、神殿に辿り着くまでの間、エリック達が魔物と遭遇することは無かった。あっさりと神殿に辿り着いたのはそういった事情もある。しかしながら、流石に神殿内部に何もいないとは思えない。

 

 

「それにしても……神殿って凄いのね。一体いつ作られたのか分からないけれど、明らかに高度な技術が使われている感じがするわ……」

 

 目の前の古めかしい神殿を見上げ、ポプリは大きく息を吐いた。

 

 大きく成長した木々に周囲を囲まれ、苔に覆われた石造りの建造物。使われている石はどこか青い色を帯びていて、よく見ると何か文字が刻まれている。それは当然ながらエリック達が使用する公用語ではなく、古代語だった。どうやら何かの術式らしい。

 

「ポプリ、これ読めるか?」

 

「読めはするんだけど、理解が追いつかないわ……」

 

「古代アレストアの技術は現在より進んでいるからな。理解しようとしない方が良いぞ、特に建築は本当に意味が分からないから。岩が浮くとか、壁が動くとか、普通だから……こんなの、オレも意味分かんねぇよ……」

 

「は、はぁ……」

 

 地表に出ている範囲を見た限り、神殿は少し大きめの小屋程度の広さしか無い。しかしまさか『神殿』と呼ばれる建築物がこの程度ということはないだろう。間違いなく、下へ下へと続いているに違いない。

 

「準備は良いですか? 扉を開きますよ」

 

「ああ。だけどこれ、本当に開くのか?」

 

 扉らしき場所は蔦や太い木の根でびっしりと覆われ、何百年という時をそのままの状態で過ごしてきたらしいことが伺える。エリックの問いに答える代わりに、クリフォードは扉に刻まれた文様の、その中心と思わしき円の陣形に触れる。すると刻まれた文様が青白く光輝き始め、重々しい音を立てながら扉が横に動き始めた。

 

「動いた……!? 精霊の使徒(エレミヤ)の力、か?」

 

「違います。ケルピウスの血に反応したんだ。ウンディーネの神殿は特殊で、ケルピウスか、ウンディーネに認められた者にしか開けられないのです。ちなみに神殿荒らしのつもりでこの扉に触れた人間は、どうにかなって死ぬらしいぞ」

 

「お、おう……」

 

 本当に、とんでもない技術を持って作られた神殿だった。クリフォードは「行けますよ」とエリック達を手招きする。

 正直、色々とおぞましすぎて入りたくない。入りたくないが、入らなければ何も始まらない。

 

(よし……行くぞ)

 

 信じて待ってくれているマルーシャ達のためにも、早く神殿を突破して戻らなければ。エリックは両頬を軽く叩いて気合を入れ、先に入ったクリフォード達の後を追った。

 

 

 

 

 扉を潜った瞬間、視界が白く閉ざされた。目が慣れぬその状態で、ひやりとした空気が頬を撫でる。

 外からは全く分からなかったのだが、神殿内ではいたるところから水が湧き出ており、湿度がかなり高くなっていようだ。しかし、冷気のせいか神殿という特殊な場所であるためかは分からないが、ラファリナ大湿原と違って不快な気分にならない。

 

「! ……こ、こは……」

 

 漸く目が慣れたエリックの視界に飛び込んできたのは、地面から浮かび上がる小さな文字が刻まれた青白い光を微かに放つ数多の水晶が円を描くように、螺旋階段状に上空に登っていく謎めいた光景であった。

 

「……」

 

 何故水晶が浮いているのか、何故水晶が光るのか、そもそも外から見た段階ではこの建物こんなに大きく無かった……等々、この時点で意味不明な状況であり、ライオネルの言う通り『理解しようとしない方が良い』らしいことだけは分かった。

 

 神殿そのものは外観同様に青みがかった岩で作られており、水の波紋を思わせる繊細な装飾が壁一面に施されている。空間は薄暗いものの、光る水晶のお蔭で視界を閉ざされる程ではない。床は所々をほのかに発光する小型の噴水のような、柱のようなもの――天井に向かって噴水のように水が吹き出しているものの、水が一切地面に落ちてこない不思議な“何か”――で彩られている。

 ウンディーネの神殿。ここはシンプルな造りでありがらも古代文明の壮大さを感じさせる、不思議な空間であった。

 

 

『……クリフォードちゃん』

 

 穏やかな、女性の声が響いた。

 辺りを見回していたエリック達が神殿の中心部へと視線を向ける。いつの間にかその場所に移動していたらしいクリフォードと、神殿の主ウンディーネがそこに立っていた。

 

「ウンディーネ。マクスウェル様から、話は聞いていますね?」

 

『ええ、良かったわ。あなたが無事で……本当に』

 

 ウンディーネの姿は、以前目にしたことがある。しかし状況が状況であったため、エリックは彼女の姿をしっかりと見ていたかと言えば微妙なところだ。そのこともあり、エリックは改めて、大精霊ウンディーネの姿をまじまじと見つめた。

 

(こうしてみると、普通の人間とそう変わらない見た目、だけどな……)

 

 外見年齢は二十代半ばから三十代前半くらいで、兄と同じくらいだろうか。肌は青白く、耳がある場所からはヒレが覗いており、宙に浮いているために長い衣服で足が隠れていた。しかしながら、違いはそこだけで見た目はごく普通の、優しげな女性そのものだ。

 もみあげだけを伸ばしたような、不思議な空色の髪を揺らし、彼女は心配そうにクリフォードを見つめている。その姿には、どこか母性が感じられた。

 

『分かっているとは思うけれど……あなたはケルピウスだから、試練は免除。ただ、最上階までは上がってきてね』

 

「はい、問題ありません。むしろ、彼らに『精霊の神殿』というものを知って頂く良い機会です。申し訳ありませんが、待っていて下さい」

 

 ケルピウスだから、試練は免除。それは一体どういう意味なのかと問い掛けたかったが、今はやめておいた方が良いだろう。真面目な話だ、邪魔をするべきではない……と、エリックが口を閉ざした、その直後のことだった。

 

 

『分かりました。気を付けてね、クリフォードちゃ――』

 

「ま、前々から思っていたのですけれど、その“クリフォードちゃん”っていうの、何とかなりませんかね!?」

 

 

 真面目な話ではなくなった。

 

 クリフォードはエリック達に背を向けているが、彼が顔を赤くしているらしいことはよく分かった。それも無理はない。流石に彼の年齢で“ちゃん”付けは恥ずかしいのだろう。

 

『えぇっ!? でも、私からしたらあなたは息子みたいなものだし……』

 

「僕もあなたを母のように思っていますが、息子にいつまでも“ちゃん”付けする母親はいないと思いますよ!?」

 

 そんなクリフォードの発言に、エリックは母、ゼノビアに『エリックちゃん』と呼ばれる自分を想像して――後悔した。これは辛い。

 頼むからやめてやってくれ。思わず感情移入して会話の行く末を見守っていると、意外にもウンディーネは口元に手を当て、くすくすと笑ってみせた。

 

『……。分かったわ、最上階で待ってる。あなたがちゃんとそこまで来たら、呼び名を変えます』

 

「絶対に行きますから。待っていて下さい」

 

 その言葉に頷いてから、ウンディーネはすっと姿を消した。待ってる、ということは最上階まで転移したのだろう。

 クリフォードは無言で終わりの見えない水晶の階段を見上げた後、くるりとエリック達の方を振り返って照れ臭そうに笑ってみせた。

 

「……と、いうわけで。僕の“ちゃん”呼び撤回のために、手を貸して下さい」

 

 それは勿論だ。だが、それより先に優先して欲しいことがある。

 どうやらポプリも同様だったようで、彼女はすっと手を挙げ、切実に訴えた。

 

「お願い、話に着いていけないの。先に色々質問させて……」

 

 彼女の発した言葉に、エリックは「その通り」と口にする代わりに深く頷いた。

 

 

 

 

 ウンディーネを待たせてしまうが、少々の遅刻は許してもらえるだろう……ということでクリフォードにいくつか質問に答えてもらうことにした。感じていた疑問点を一気に吐き出すエリック達に対し、クリフォードは少し困惑した様子を見せる。

 

「話すのは、構わないのですが……あまり、気分の良い話ではないと思います」

 

「また体内精霊とか、そういう話か?」

 

「……はい」

 

 知らない方が良いこともあると、クリフォードは言いたいのだろう。確かに、体内精霊関連の話は気味の悪い話であった。しかし、ここまで踏み込んでおいて引き下がることはもうできなかった。

 それはクリフォードも分かっているのだろう。「大丈夫だから話して欲しい」とエリックとポプリが主張すると、彼はあっさりと引き下がり、近くにあった段差に腰を掛けた。その行為を見て長い話になることを察したエリック達は彼に続く形で近場に腰を下ろす。

 

「人間の体の中には体内精霊が入り込んでいる、と前に説明したよな? 彼らは弱い存在です。だが、まれに……およそ数百年に一度、単独で独立できるような、強い体内精霊を宿した人間が数人単位で生まれることがあるんだ――便宜上、そういった人間を『精霊の宿主』とでも呼ぼうか」

 

「な、何か……強い精霊を体内で培養してるみたいな言い方ね……」

 

「……。その解釈で間違いないよ」

 

 以前、クリフォードから体内精霊の話を聞いた時、『寄生虫』という生き物のことをエリックは思い出した。寄生虫はその名の通り、『宿主』に寄生して生きている存在だ。体内精霊はまるで、人間を『宿主』として生きているようだと――実際その通りなのだが――感じて、気味が悪かったのだ。不幸中の幸いなのは、体内精霊が一部の寄生虫のように宿主を食い破って出てきたりすることは無さそうなことだろうか。

 しかし、クリフォードの口振りからして、恐らく「そうとは言い切れない」のだろう。彼はどこか切ない笑みを浮かべ、ポプリへと視線を移した。

 

「『精霊の宿主』が死亡すると、宿していた体内精霊と全てが混じり合い、俗に言う『大精霊』へと転生します……ただし、普通の死に方では駄目なんだそうだ。どのような経緯を得てそうなるのかは、僕も知らない。マクスウェル様に聞いたけれど、教えて貰えなかった……まあ、自殺では駄目だということは教えて貰えたんですけれど。それで良いなら、僕は、とっくに……」

 

「! まさか、クリフ……!」

 

 ポプリが察した。それはエリックも同様だった。

 クリフォードは軽く首を傾げ、自身の胸元に手を当てる。

 

 

「はい、僕は『ウンディーネの宿主』です。だから多分、長生きはできないんじゃないか? 精霊の容姿は、生前の姿をほぼそのまま写すんだが……多分、ウンディーネが一番歳上だ。その時点で、分かるだろう?」

 

「……!」

 

 一番歳上だというウンディーネの見た目は、まだまだ若い女性だった。そもそもエリックが出会ったノームに至っては十数歳程度の幼子。そんなにも早く、彼らは命を落としたというのか――。

 

「ウンディーネは、大精霊の中で最もと言っても過言ではないくらいに力の強い存在です。なので、生前の段階で肉体はかなり体内精霊によって作り替えられています……見る人間によっては、『ウンディーネの宿主である』と分かるくらいに」

 

「生前のウンディーネの宿主は、ケルピウス……なんだな」

 

 はい、と微笑むクリフォードからは殆ど悲壮感といったものが感じられない。そもそも彼は生に対する執着心があまりにも希薄だ。彼だからこそ、受け入れられた宿命なのかもしれない。これが、もし自分だったならと考えかけて……やめた。考えたくもなかった。

 

「つまり、ウンディーネはケルピウスとして生きる術を知っています。だから、マクスウェル様は彼女を僕の教育係として付けたのです。ケルピウスは彼女が死んで僕が生まれるまでの間、数百程誕生していないからな。ケルピウス伝説だと、“乱獲によって減少した”なんて記述があるんだが、あれが本当ならば、一体いつの話なんでしょうね?」

 

「……何だか、そういう話を聞いていたら、おとぎ話って胡散臭いなぁ、なんて思っちゃうわね……」

 

 そもそも、ケルピウスが複数体同時に存在することはありえるのだろうか? クリフォードの話を聞いていると、そんな疑問が浮かび上がってくる。思わず「おとぎ話は胡散臭い」と口にしたポプリの気持ちがよく分かった。

 そういった話を一切否定することなく、クリフォードはくすくすと笑っている。そんな姿を見て、もう少し詳しい話を聞いてみたくなった……だが、

 

 

「聞きたい話は全部終わったか? 悪いんだが……そろそろ、行かないか?」

 

 ライオネルに静止されてしまった。うっかり忘れていたが、彼には“時間制限”がある。そういえば、船の外に出てどれほどの時間が経過しているのかが分からないのだ――緊急事態が発生することを防ぐためにも、なるべく早く神殿を突破すべきだろう。

 

「そうだな。急ごうか……話は別に、ここじゃなくてもできる」

 

 頷き、エリックは浮遊する水晶の上に足を乗せた。割れる気配はない。見た目通りこれは『階段』であると考えて良さそうだ。

 一応飛行能力を持つこともあり、エリックが率先して数段上がると他の四人も着いてきた。しかし、イチハは階段を登ろうとしない。

 

『俺様、ここまで来てはみたけど……この姿じゃ、足でまといだね。ここで待ってるから、行ってきて。ウンディーネ様が俺に危害を加えることはないだろうし、大丈夫だよ』

 

「イチハ、兄……」

 

 神殿に入れば、人間の姿に戻れる可能性があった。だがそれが叶わなかった以上、彼がエリック達に着いてくるメリットは無いに等しい。

 

「……。そう、か。分かった、なるべく早く戻る」

 

『うん、行ってらっしゃい』

 

 悲しくも、合理的なイチハの意見を否定する者は誰もいなかった。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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