テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.64 王子の権力

 

(まあ、ウィルナビス夫妻としばらく顔合わせてなかったから、丁度良かったといえば丁度良いんだが……)

 

 一体何故、と思いつつも、エリックは城を後にする。早々にゼノビアと別れた彼の行き先はウィルナビス邸だ。理由は全く分からないが、クリフォードが城ではなくウィルナビス邸へと運ばれたらしいのだ。それに続く形で、皆同じ場所に揃っているらしい。

 いくらなんでも部外者であるポプリが「城以外にして欲しい」等とごねたとは思えないし、マルーシャがそのように指示したのかもしれない。その指示の理由は、やはり分からないのだが。

 

 銀装飾の施された門を潜り、風を受けてゆっくりと回る真っ白な風車とカラフルな花々、しっかりと手入れの施された緑の芝生と植木が心落ち着かせてくれる広い庭を歩く。途中の柱にチャッピーと彼を繋ぐ手綱が結ばれていたから、本当に皆ここにいるらしいことが分かった。

 

「いつ来ても、本当にすごい庭だな……」

 

 豪邸と同じくらいの広さはあるだろう立派な庭は当主の趣味なのだとか。ラドクリフの国家、マーシャルリリーに因んだ名前を娘に付ける辺り、本当に花が好きなのだろう。

 

「ああ、アベル殿下! わざわざ来てくださったのですね。ありがとうございます」

 

「! い、いえ……私の連れがご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」

 

 突然エリックの前に現れたのは、小太り気味の中年男性だった。どうやら花壇の手入れ中だったらしく、手が少々土にまみれている。だが、男は決して庭師ではない。彼こそがウィルナビス男爵家当主、クレール=ウィルナビスだ。

 

「こちらこそ、お連れ様に大変な失礼なことを……そのこともあって、こちらにお招きしたのです……が、アベル殿下、いくつかお伺いしたいことがあるのですが……」

 

「なんでしょうか? 私が分かることならば、何なりとお答えしますよ」

 

「ありがとうございます……こんな場所で話すのも変な話ですね。中にお入りください」

 

 エリックを見上げる程に小柄な体格のクレールは、庭造りが趣味なこともあってオーバーオールを身につけている。癖のある金髪に、適度に日焼けした肌。その頬にはそばかすもあり、彼が放つどこか和やかな雰囲気はもはや貴族というよりは牧場主である。

 妻のビアンカは茶髪に赤の瞳であるのに対し、クレールの瞳は黄緑であるため、マルーシャは父親似なのだろうと――つい、最近までは思っていた。

 

(色々知った上で見ると……本当に、髪と目の色だけ、なんだよなぁ……)

 

 白基調のラドクリフ城とは異なり、赤茶色のレンガが暖かな雰囲気を醸し出している屋敷へ誘導されながら、エリックはクレールの姿をまじまじと眺めていた。自身の兄が何一つ両親の特徴を引き継いでいないこともあって気にしていなかったのだが、実際マルーシャはどんな奇跡が起こったのかと言いたくなる程に両親に似ていなかった。

 

 クレールもビアンカも、見る者を和ませる小柄でぽっちゃりとした体格の持ち主であり、双方顔立ちも決して美しく整っているわけではなく、平凡な容姿をしている。

 しかし、随分遅くに授かったらしい彼らの娘、マルーシャは女性としては比較的長身でモデルのような体型であり、しかも極めて綺麗な顔立ちの娘である。本当に、髪と目の色だけなのだ。

 

「……」

 

 今になって思えば、マルーシャは完全にフェルリオ皇帝家の血を引く風貌だった。何だかんだでアルディス本人に渡せぬままになっているロケットペンダントに入っていた家族写真。そこに写っていたセレネ女帝は、マルーシャと非常によく似ていた。

 

(何でこの人達が、マルーシャを育てていたんだろうか……)

 

 他人の子であるということを、知らなかったとは言わせない――複雑な心境のまま、エリックはクレールの後を歩く。そして、ある一室に通された。

 

「え?」

 

 考え込んでいたために気付くのが遅れたのだが、案内された部屋は、ポプリ達のいる場所ではなかった。部屋の片隅に農具が置かれている辺り、恐らくクレールの自室だ。不思議そうに小さく声を漏らすエリックに、クレールは「申し訳ありません」と困ったような笑みを浮かべてみせた。

 

 

「……。単刀直入にお聞きします。あの桜色の髪をした娘は、バロック=クロードの長女、ポプリお嬢様でしょう? そしてこちらは少々自信が無いのですが……空色の髪の男はジェラルディーンの子、ですよね? 恐らく、ジェラルディーンの次男坊かと思われますが」

 

「ッ!? どうして、そのようなことを?」

 

 何故か、ポプリとクリフォードのことを見抜いている。あえて肯定せずにクレールの出方を伺っていると、彼は特に臆することなく、不思議そうに首を傾げて笑ってみせた。

 

「私どもは、元々シャーベルグに住んでいたことをお忘れですか?」

 

「! あ、あー……そうか、そう、だよな……」

 

 これは隠せない。恐らく、クレールは双方と面識があったのだ。クリフォードの方は若干自信無さげな様子なのは、きっと本人を見たことがないためだろう……ということは。

 

「その……黒衣の龍のダークネスの正体は知っていますか?」

 

「ええ。ジェラルディーン家嫡男のダリウス様、でしょう? 私どもと面識がありましたし。こんな小さな頃から知っていたのですよ? すぐに気付きましたとも。まあ、色々あったのだろうな、とは……」

 

「……ですよね」

 

 こんな小さな、という動作からして本当に昔からダリウスと面識があったらしい。クリフォードに関しては、兄の面影を感じて気付いてしまったのだろう。

 クリフォードだけでも伏せようかと思ったが、無理だ。むしろせっかく安定してきた彼の地雷を踏み抜かれるよりは、協力者になってもらった方が良い。

 彼らの素性を隠すことを諦めたエリックは、素直に質問に答えることにした。

 

「桃色髪の方が、ポプリ=クロード……おっしゃる通り、ペルストラ領主クロード家の一人娘だそうです。空色髪の方はダリウスの弟、クリフォード=ジェラルディーンですね……こっちも色々あったみたいなので、あまり刺激しないでやっていただけたら……」

 

「ああ、いやいや! 別にどうこうしようというわけではないのですよ。ただ、クロードもジェラルディーンも、あまり現在の環境が良くないので……気にしていたのです」

 

「現在の環境?」

 

「特にクロード……というより、ペルストラが置かれている環境が良くないですね。このままだと、ジェラルディーン領の二の舞となってしまう。可哀想に、ポプリお嬢様も戻りたくても戻れない状況なのでしょう」

 

 ちらり、とクレールはエリックの顔色を伺った。エリックが事情を知らないことを見抜いたのだろう。彼は人差し指を口元に当てた後、「口外禁止でお願い致します」と呟いた。エリックがそれに頷けば、クレールは静かに、詳細を話し出す。

 

 

「元々、チェンバレン家はジェラルディーン家を敵視しておりまして。ジェラルディーン家は私どももそうですが、シャーベルグ貴族達と仲が良かったのでチェンバレン家からすれば邪魔で邪魔で仕方がなかったのですね。対抗手段として、チェンバレン家は各地の領主と手を結ぼうとしました。そのうちのひとつが、クロード家だったのです。元々クロード家は廃村立て直しによる国への貢献で爵位を得た貴族であってそこまで力が強いわけではなかったので、丸め込んでクロードの領地、すなわちペルストラを得ようとしたようなのです」

 

「そうか、ジェラルディーンは騎士系だから、直にやりあっても勝てない上にあっちの方が爵位は上……せめて領土の広さで上回って威圧しようってことか」

 

「作用でございます。ところが、クロードは早々にチェンバレンの策略に気付いたのでしょう……執拗に迫ってくるチェンバレンに困り果てた若き当主バロック様は、ジェラルディーン家当主ディヴィッド様に助けを求めました。大体二十五年前の話です。その際にクロード夫妻が頻繁にシャーベルグへ来られましたので、ご夫婦の容姿を覚えていたのです。ポプリお嬢様はメリッサ婦人によく似てらっしゃる。お名前のこともあって、そうだろうと確信したのです」

 

 なるほど、とエリックはこめかみを抑えた。要は、クロードはチェンバレンの恨みを買ってしまったのだ。確かに状況を思えば、チェンバレンを抑制できるジェラルディーンを頼りにするのは理に適ったものだ……しかし、

 

「ですがその数年後にジェラルディーン家が崩壊し、さらに八年前の事件でペルストラは壊滅してしまいました。ペルストラに関してはひとまず、表向きは生き残りのポプリお嬢様が成人されるまでの代理という形で住民達が自治を行う形となりました」

 

「ポプリが成人するまで? いや、でも、ポプリは……」

 

 唐突に矛盾点が出てきた。ポプリの話を聞いている限りだと、彼女はペルストラ崩壊からそう日が経っていないうちに孤児院送りにされている。まさか、成人するまで孤児院に預けるというわけではないだろう。そうでなければ彼女が今、定住地もなく旅を続けている筈がない。

 案の定、といったところか。クレールはこくりと頷き、再び語り始めた。

 

「そう、ポプリお嬢様がペルストラにいないことが判明してしまいまして。幸いにもペルストラは辺境の街。崩壊してしまったこと、その時期が戦後間もない頃だったこともあり、対して見向きもされていなかったので、これまでは嘘を貫き通すことができていたようなのです。結果、現在のペルストラは宙に浮いた状態となっております……女王陛下は何か、おっしゃっていませんでしたか?」

 

「い、いえ……」

 

 エリックが首を横に振るえば、クレールは「ここだけの話ですが」と前置きし、ゼノビアが主体となって行っているという会議の内容を教えてくれた。

 

「ペルストラの統治権を、チェンバレンに移すという話が出ております。『ポプリお嬢様は修行の旅に出ているだけ、旅に出ている間は我々に統治を任せて行かれた』と住民は主張しておりますが……果たして、嘘か真なのか……」

 

「……え、そ、それ、は……」

 

「ペルストラには、ポプリお嬢様直筆の手紙があるのだとか。そして実際にポプリお嬢様は旅をされているようですね……ですから、私は真なのだと見ています。しかし、戻るに戻れない状況でしょう。最悪、ポプリお嬢様が戻られた途端、ペルストラとチェンバレン間で紛争が発生しかねません」

 

 なるほど、とエリックは思った。だからポプリはペルストラから離れ、旅を続けているのだろうと――否、本当にそうなのだろうか?

 

(そういう話、なら……普通、孤児院送りになったりするか? 本人が話してくれれば、早いんだが……)

 

 ポプリはきっと、何も語りたがらない。少なくとも、ゼノビアの息子である自分には。

 アルディスが「君にも真相を知って欲しくないんだと思う」と言っていたのは、ペルストラの件に母が関わっていることが理由なのだろう。まさかペルストラを放置しているとは思っていなかったが、結果として新たな火種が出来かけていたとは――相変わらずの、自らの無知をエリックは恥じた。

 

 

「ところで、クレール殿。失礼ながら、お聞きしたいことがあります……あなたが教えてくださったのは、どう考えても内部機密。一体、クレール殿はこれを、どこでお知りになったのでしょうか?」

 

 しかし、いくら無知だとはいえ、エリックが知らない話を妙にクレールは把握している。アルディスに関しては仕事の一環で情報収集を行っていることが多いため、まだ納得できる。だがクレールはあくまでも、言い方は悪いがゼノビアに囲われている弱小貴族の当主にすぎないのだ。このような情報を一体どこで得たというのか。

 そんなエリックの問いに、クレールはマルーシャと同じ黄緑色の瞳をきょろきょろと動かし始めた。

 

「申し訳ありませんが、言えません。私も『何も言わないこと』を条件に、交流を続けて頂いているので……“あの子”はやっと少し、私に懐いてくれたところなのです。内部機密についても、色々と疎い私を守るために教えてくれているのです。ですから……」

 

 言いたくない、言えない。お願いだから、追求しないで欲しい――そんな、悲痛とも取れる思いが、クレールから感じ取れた。

 立場上彼は、エリックには逆らえない。恐怖に近い感情を抱きながらも、エリックの問いに答えることを拒んだのだ。それを理解していながら、追求するような残酷なことはしたくなかった。

 

 

「分かりました。どうかお気になさらないでください……ところで」

 

 せめて、別件で探りをいれさせてもらおう。そう思ったエリックは、少し顔が上気するのを感じながらもやんわりと笑みを浮かべてみせた。

 

「ずっと、共に旅をしていて感じたのですが……イリスお嬢様は本当にお綺麗ですよね。私には勿体無い方です……改めて、思うのです。私が相手で、良いのかと」

 

 それは、クレールが真の意味では最も触れて欲しくないであろう、マルーシャの件だ。

 

「幸いにも、私どもには全く似なかった自慢の娘です。お転婆が過ぎますが、もう少しすれば、きっと落ち着きますので……どうか、そのようなことをおっしゃらないでください」

 

「ああ、いえ! 決して彼女を拒んでいるわけではなく……ただ、本当に美しい方だと、そう思っているので……恥ずかしい話、ふいに見とれてしまうこともあるのです」

 

 このままではマルーシャの美貌を褒め称えるだけのよく分からない会話になってしまう。どこで踏み込むかエリックが悩んでいると、クレールはニコニコと笑いながらこんなことを語り始めた。

 

「実は、マルーシャが生まれてすぐに、私は任務でアドゥシールに長期滞在となりましてね。十年前にシャーベルグで事故があって、ルネリアルに移り住むまでの間は娘の顔を見ていなかったのです……いやぁ、勿体無いことをしてしまったと思っていますよ」

 

「……え」

 

「ああ、ご存知無かったですか? 事故のショックでマルーシャも記憶を失っているようですし、私は正直、違う子と入れ替わってしまったのではないかと思ったのですが……そう聞けば妻に怒られてしまいまして……いやはや、情けない。ははは」

 

 笑い事ではないな、とエリックは顔が引き攣りそうになるのを懸命にこらえた。恐らく、クレールの最初の予想が正解だ。マルーシャは差し替えられたのだ――恐らく、本当の彼らの娘が、事故によって死んだ際に。

 

(ていうか記憶喪失ってどういうことだ……? マルーシャは七歳以前の記憶を持っていないってことか? それ多分、記憶喪失じゃなくて記憶そのものがないんだよな? それ以前の記憶は、マルーシャじゃなくシンシアのものだから……!)

 

 クレールは恐らく、真相を知らない。いくら七年離れていたとはいえ、本当に色々と疎いようだ。主犯もしくはそれに近い立場にあるのは彼の妻、ビアンカの方だろう。

 

「あの、ビアンカ殿の特殊能力って何でしたっけ?」

 

秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)ですね。そのせいか病弱で病弱で……今も寝込んでおりますし、最近は癇癪を起こすようになってしまって……とてもではありませんが、表には……」

 

「……」

 

 完全に黒だ、とエリックはこめかみを押さえた。しかも、特殊能力が突然変異したり、隔世遺伝であった可能性を考えない限り、マルーシャは彼らの娘であった“マルーシャ”ですらない。元々マルーシャは人工的に生み出された可能性が高かったとはいえ、クレールの知らない場所で、彼の本当の娘は消されている――あまりにも惨たらしい、残酷な話だ。

 真相を探るなら、クレールではなくビアンカの方に聞かなければならないようだ。しかし、これでは会うことは叶わないだろう。変にこの一家と亀裂を作ることも避けたい。

 

「どうされましたか?」

 

「いや、天啓治癒(エルフリーデ・イヴ)は希少な能力でしょう? 旅に出てからイリスお嬢様の才能はどんどん輝きを増しておりますので、ご両親の能力がふと、気になってしまったのです。一体、どんな才能を引き継がれたのだろうと」

 

「とんでもない! 妻はともかく、私は何の効果も出せないというのに……! ですが、お褒めいただけたこと、光栄に存じます。ありがとうございます」

 

 これが演技だとは、到底思えなかった。クレールは何も気付いてないし、何も知らないのだ。

 せめてクレールは永遠に知らぬままでいて欲しい。マルーシャを娘として愛し続けて欲しいと、エリックは柔和な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「こちらこそ、本当に助けられております。ありがとうございます……あの、そろそろ……」

 

「あ! そうですね、ご案内します!」

 

 これ以上は、何を聞いても無駄だろう。エリックはクレールに頼み、仲間達の待つ部屋へと案内して貰うことにした。

 

 

 

 

「クリフォードは大丈夫そう、か……? ああ、うん……アル、大丈夫か?」

 

 案内された部屋。そこは客室となっており、淡い紅色の壁紙が暖かな印象を与えてくれる小さめの部屋だった。隅に置かれたベッドの傍に、五人の仲間達が集っていた。ベッドから身体を起こした状態のクリフォードはもう大丈夫そうなのだが、アルディスの顔が真っ青だ――その理由は、言うまでもない。

 

「アル、その……」

 

「知ってたよ、俺。知ってて、行ったんだ……親書には、本当にそういうこと、書いてあったから……君は、悪くない。だから、何も言わないで」

 

 エリックが彼の立場であったなら、どうしただろうか。親書を受け取った時点で、これを耐えきった自信がない。それなのに彼はエリックのことを思い、このことをずっと黙っていてくれたのだ。そう思うと、色々と込み上げてくるものがある。

 

「エリック、俺は大丈夫だから……謝らないで」

 

「……」

 

 アルディスはこんな状況にも関わらず自分を気にかけてくれるようだが、あまりにも申し訳無さ過ぎて、かえって辛い。

 そんなエリックの心境を察したのだろう、アルディスは困ったような笑みを浮かべ、静かに語り始めた。

 

「その、これを言うと、君は嫌な気持ちになるかも、しれないけれど……受け取った時は、俺の境遇を同情して、こんなこと書いてくださったのかなって……そう、思ったんだ。俺は、純粋な聖者一族じゃない、人工的に生み出された存在、だから……君みたいな子を育てる母親、だから。そういう意図だと、思ってた。でも、違ったんだね……」

 

「アル……」

 

 ゼノビアの行為に、傷付いたということなのだろうか。尚更、謝らずにはいられない。そう思ったエリックであったが、アルディスはエリックを静止し、少し悩んだ後に翡翠の瞳を真っ直ぐにこちらに向けてきた。

 

 

「……。父上は……イツキ前皇帝は、自害したんだ」

 

 

 一体、何を。

 そう問いかけるエリックの声は、音にならなかった。代わりに口を開いたのは、意外にもポプリだった。アルディスかディアナに、事情を聞いていたのだろう。

 

「どういうこと? ノア」

 

「どうやら、ゼノビア女王より父上に関しては生け捕りにする指令が、出ていたらしいのです……当時は、ラドクリフに連れ帰り、晒し者にするつもりなのだろうと……そう、思っていました」

 

「そう、よね……普通は、そう思――ッ」

 

 ポプリが何かに気付いたらしく、顔を真っ青にしている。エリックも彼女らが考えていることに追い付くべく、思考を巡らせ始めた。

 

 皇帝、即ち敵将を生け捕りにする等という話は聞いたことがない。

 一体何のつもりで、ゼノビアは皇帝イツキを生け捕りにせよと命じたのか――。

 

 頭を悩ませるエリックの脳裏に、ある会話が浮かんだ。

 

 

『本当だ、ルネリアルはゼノビアお義母様の若い頃に良く似てる! それに、スウェーラルも大きくなったアルディスだね』

 

『大きくなった俺って表現やめてよマルーシャ……だけど、変だな。俺、髪色以外は完全に父上似なんだけど……』

 

 

「あ……」

 

 気付いてしまったことを、思わず後悔してしまった。

 

「い……イツキ皇帝陛下って……アル以上に、スウェーラル似、だったんじゃ……」

 

 どうか否定して欲しい。そんな思いを胸に、エリックはアルディスへと視線を移す。だが、残酷にも彼は、おもむろに首を縦に振った。

 

「どういう遺伝子の悪戯か知らないけど、父上は髪色と目の色が違うだけ。顔立ちや体格は、スウェーラルそのものだった……多分、父上を生け捕りにできなかったから、俺なんだと思うよ」

 

 酷すぎる。アルディスは何ともないように振る舞ってくれているが、一歩間違えば国際問題である――フェルリオ帝国の、足元を見ているとでも言うのだろうか。

 

 否、そもそもきっとゼノビアは『スウェーラルのこと』以外何も考えていないのではないだろうか?

 

 

「と、とにかく、ルネリアルから早く出よう? アルディスも、その、辛いだろうし……」

 

 流石にマルーシャも黙っていられなかったらしく、エリックに出発を促してくる。久しぶりの故郷を楽しむ気分ではなくなってしまったのだろう。それは、エリックも同意見であったが。

 

「そうだな。私も、そうした方が良いと思う。ジャンの件もあるしな」

 

 当然ではあったが、ディアナも出発に同意した。しかし、彼女の場合はひとつ、妙な言葉が引っ付いていた。

 

「ん……? クリフォードの件?」

 

 そうエリックが問えば、「何も疑っていないのか」とでも言いたげな、怪訝そうな眼差しを向けられる。あまり、良い気のしないものであった。

 

「謁見の間に入ってすぐ、ジャンが倒れただろう? あなたの母を疑いたくはないが……」

 

「母上が、何かしたって言いたいのか?」

 

 つい、強気な態度で返してしまった。怖がらせてしまったのか、ディアナが微かに肩を震わせる。言い負かそうと思えば、言い負かすことはできそうだ。しかし、そんなことがしたいわけではない。どう返すべきかと悩むエリックの横から、ポプリとクリフォードが話しかけてきた。

 

「……。まあ、普通はそう考えるわよね。クリフの身体、軽く痙攣起こしてたし」

 

「すみません、エリック……その、謁見の間に入った途端、急に意識が……」

 

 彼女らも、少なからずゼノビアを疑っているらしい――ポプリに関しては、謁見の間でクリフォードが倒れた瞬間から疑い始めたと考えて良いだろう。

 

「い、いや、あれは……」

 

 確かに、状況を思えば疑うのも無理はない。それでもエリックはクリフォードが倒れた理由を知っている。だが、それを口にするのは少々憚られた。

 

「その、突然だが……クリフォード。精霊の使徒(エレミヤ)って、お前以外に誰かいるのか?」

 

 ゼノビアはエリックと二人きりになって初めて、自分が精霊の使徒(エレミヤ)であると告げてきた。つまり彼女が精霊の使徒であるということはあまり公表してはならないものなのだろう。そう思ったエリックは、違う視点からクリフォードに質問を投げかけた。

 

「ああ、いますよ。ただ、それが誰かという話はマクスウェル様に教わったわけではないので、『恐らくあの人だろう』という推測になりますが……その、悪いな。聞かれる前に言いますが、これを喋るわけにはいかないんだ」

 

「! そ、そうか……それだけで十分だ、ありがとう」

 

 精霊の使徒(エレミヤ)は、クリフォードだけではない。ならば、ゼノビアの話に矛盾点が生じることはない。

 

「……」

 

「ポプリ?」

 

 内心胸を撫で下ろすエリックを見つめ、ポプリがどこか不安そうに琥珀色の瞳を細めている。どうしたのかと問えば、ポプリは躊躇いがちに口を開いた。

 

「ひょっとして女王陛下って、クリフが精霊の使徒(エレミヤ)だって見抜いてる?」

 

「え……」

 

精霊の使徒(エレミヤ)だって見抜いたから、理由は分からないけれど、精霊の使徒がいると都合が悪いから。だから、クリフを気絶させたんじゃないの?」

 

 ゼノビアは、拒絶反応によってクリフォードは気絶してしまったのだと言っていた。自分が、精霊の使徒(エレミヤ)であるからそうなったのだと。今のところ、彼女の主張に矛盾は発生していない。それなのに、ポプリは一体何を言っているのだろうか?

 

 

「いくらなんでも、失礼じゃないか?」

 

「ッ!?」

 

 思わず、エリックは凍りつくような冷たい言葉と視線をポプリに投げかけていた。

 ポプリの発言はこの国の女王に対する最悪の発言であるし、それに対し苦言を漏らしたのは王子であるエリックだ。流石にこれにはポプリも怯えてしまったらしい。彼女は小さく「ごめんなさい」と呟き、縮こまってしまった。

 

「ああ、いや……分かれば良い。僕も言いすぎた、気にするな」

 

 場の空気が必要以上に重くなってしまったのを感じ、エリックは凍りついていた顔に笑みを貼り付ける。そんな時、マルーシャが「あっ!」と声を上げて両手を叩いた。

 

 

「出発するのは良いんだけど、大事なこと忘れてた。エリック、次はどこに行くの?」

 

 話題を変えて空気を変えようとしてくれているらしい。しかも、この状況からかけ離れていないちゃんとした話題だ。彼女の機転の良さに感謝しつつ、エリックは苦笑しつつ口を開いた。その手には、大きな鍵が握られている。

 

「僕らが壊した船を回収しに行く。行き先はシャーベルグだ」

 

「あ……」

 

 破壊した船。その存在が頭から抜け落ちていたのだろう。仲間達は何とも言えない表情を浮かべて、エリックの持つ鍵を見つめていた。

 

「別に損害賠償とか、そういう話にはなっていない。修復して使えるようにしてくれてるらしいから、それに乗ってカプリス大陸に行こう」

 

 シャーベルグ、と言えばクリフォードが嫌がるのではないかと不安だったのだが、意外にも彼は何の反応も見せなかった。その代わりに、ディアナとポプリが自身の髪を触りながらぼやいている。

 

「じゃあ、ラファリナ湿原を通っていくわけか。髪がうねる……」

 

「分かる、分かるわ、ディアナ君……」

 

「はは……癖毛って、こういう時に嫌だよな……」

 

「ええ……」

 

 ディアナもポプリも、比較的癖のある髪質をしている。それを言われればエリックも癖毛気味なのだが、やはりそこは男女差なのだろう。相当嫌そうだ……彼女らが嫌がろうとも、その程度の理由なら強行する気なのだが。

 

「僕もお前らと一緒にうねるから我慢しろ。行くぞ」

 

「うぅ……」

 

 行くぞと言えば、ディアナが呻く。呻きながら髪を押さえるその仕草は妙に小動物めいていて、愛らしかった。そんな彼女の姿を見て、マルーシャが吹き出す。

 

「でぃ、ディアナ……! 可愛いなぁ……!」

 

「あ、あなたは良いよな!? そんな、真っ直ぐストレートの綺麗な髪で……! 私なんて、今は分かりにくいと思うが何とも言えない髪質してるんだぞ!?」

 

「いや、俺は癖毛も可愛いと思うけどな……」

 

「あ、アル!? あなた、いきなり何を言い出すんだ!?」

 

 突然漫才のような空気へと変化し、ギスギスした状況になることは幸いにも防ぐことができた。あの、フェルリオ行きの船での大喧嘩はもう懲り懲りだとエリックは安堵する。この調子なら、問題なくシャーベルグに行けるだろうと。

 

 ウィルナビス邸の人々に礼を言い、エリック達はルネリアルを後にする。

 アルディスの家で待機していたライオネルと合流し、彼らが向かう先はラドクリフが誇る大都市、シャーベルグだ。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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