テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.62 慈愛か、酷薄か

 

「ライオネルが同行するなら、アイツの体調関連も見とくか。アル、お前もな……で、マルーシャは当然だし、ディアナも色々怖いな。クリフォードのこともちょっと気を付けて見とくとして……あー、そうだ。ポプリも……」

 

「ちょっと、待って。エリック、待って。君は何を目指してるの、カウンセラー?」

 

「やめてくれよ、気が付いたら何かこうなってたんだよ……お前ら責任とってたまには僕を敬ってくれ……っていう冗談は良い。ポプリの件だ」

 

 エリックの発言を聞いて「君も世話係か」と笑い出しながらもちゃっかり空気を読んだのか、流れるように家を出ていったイチハはさておき、アルディスとは合わせておくべき話がある。

 ここ、ルーンラシスに来てから妙に不穏な様子だったポプリの情報を共有しておきたい。そんなエリックの思いを感じ取ったのか、アルディスは小さく頷いた後、口を開いた。

 

「ポプリ姉さんが、孤児院入ったっていうのは……知らなかった。てっきり、ペルストラで生活してるもの、だと……ただ、何となく、ペルストラの住民と、不仲だったのは……気付いてた。領主の娘だから、かと思ってたんだけど……」

 

「今にして考えたら、違ったんだろうって?」

 

 そう問えば、アルディスはこくりと頷いた。喋らなくて良い時は喋らない辺り、何も言わないだけで結構な負担となっているのだろう。それならば、と今度はエリックが口を開いた。

 

「……ポプリが多分そうだって言っていたが、お前、その右目わざと斬らせたのか?」

 

 アルディスが目を見開いた。首を縦にも横にも降らない。返答にかなり悩んでいる様子であったが、やがて彼は、小さく縦に頭を動かした。

 

「気付かれてた、か」

 

「……アル、結構残酷なこと、聞いても良いか?」

 

 覚悟は出来ている、と言わんばかりにアルディスは頷いた。とはいえ、恐らく聞かれる内容を理解しているわけでは無いだろう。それを理解した上で、エリックは思い唇を開いた。

 

 

「お前を裏切ったのは、誰だ?」

 

 

 再び、アルディスの目が大きく見開かれる。そして彼は、軽く小首を傾げ、笑みを浮かべてみせた。

 

「その質問、凄く、嫌だな……分かってて、聞いてるんでしょ? エリック、性格悪いよ。今、何考えてるの……?」

 

「お前ら、やっぱり姉弟だなって思ってる」

 

「ああ、ポプリ姉さんにも、酷い質問したんだ。ポプリ姉さんには、なんて?」

 

「ペルストラのことを、どう考えてるのか……って」

 

 正直にそう言えば、アルディスの表情が僅かに歪む。内容に怒りを覚えたのだろう。しかし、彼は小さく息を吐き、自身の感情を押さえ込んでみせた。

 

「悪いとは思ったさ……だけど、ポプリは絶対に何かを言いたくないんだと思う。少なくとも、その『何か』が、僕にバレるのを恐れている……そう、感じた」

 

「ねえ、エ――」

 

 アルディスの声が掠れた。そのことに、今度は苛立ちを抑えきれなかったらしい彼は、ぱくぱくと口を動かした後に奥歯を強く噛み締める。こんな時に、と思っているのだろう。

 

「どう考えても必死に嘘を絞り出した後、それを指摘したら『絶対に言わない』って睨んできた。あの、ポプリがだ……性格悪いこと一つもしてこない、ポプリが、だぞ」

 

「ッ!」

 

「聞きたかったのは、これであってるか? 悪い、無理させすぎたな……続きは、また」

 

 声が出ないのは一時的なものだろうが、これ以上の会話は無理そうだ。エリックは会話を終わらせようとしたのだが、アルディスにその気は無いらしい。彼は懐からメモ帳を取り出し、まっ白な紙の上でサラサラとペンを走らせている。こうなった時のためにと、マクスウェルのところで貰っていたのかもしれない。

 

「……」

 

 書き終えたそれをひっくり返し、エリックに綴られた文字を見せた。かなりの殴り書きだが、元々アルディスは字が比較的綺麗だ。十分に読める状態だった。

 

『俺に色々気付かれたくないんだろうけれど、君にも真相を知って欲しく無いんだと思う。俺の予想が正しければ、あの人は自分が嫌われることに抵抗が無い。それで俺や他の誰かが無事でいられるなら、それで良いって考えてるんだと思う』

 

「えらい自己犠牲的だな……お前の目には、そう映ってるのか?」

 

 頷き、アルディスは再びペンを走らせ始めた。エリックはただ、それを静かに待つ。

 極力首の動きで返答できる質問をとは思っているのだが、内容が複雑なだけになかなか難しいものがある。間違いなくこの状況を歯痒く感じているであろうアルディスを思えば、エリックにも苦しいものがあった。

 

『どうしようもないくらいに優しいんだよ、あの人。ジェラルディーン兄弟がポプリ姉さんに惹かれてるのは、二人にはそういう彼女の内面が丸見えだからだと思う。多分、君達からしてみたら俺の目を奪った悪い奴なんだろうけど、俺達視点だと全然違うんだ』

 

「言われてみれば、それもそう、なのか……? だけど、お前の目を奪ったのは事実だろ? お前がそうしたかったとはいえ、お前がそれに傷付いたのは変わらない。ずっと、不思議だったんだ……何でお前は、ポプリを恨まないんだ?」

 

 そう問えば、アルディスは少し動きを止めた。そしてエリックの方を見て、口を動かした――“ぜったいにいわないで”、と。

 

『恨む理由は本当に無い。だって、ポプリ姉さんがああしてなきゃ、きっと俺は、殺されてたから。だけど、俺を助けるためにポプリ姉さんは自分ひとりを悪者にして、全てを背負った。俺や、あの人達を救うために。まだ、十二歳だったのに。それを俺は、気付いてないフリしてる。彼女の覚悟を、潰してしまうから』

 

 彼が見せてきたメモ帳には、奇妙なことがいくつも書かれていた。

 

 ポプリがアルディスの目を斬っていなければ、結果的にアルディス“が”殺されていたこと。

 アルディスを助けるために、ポプリが悪者となったこと。

 “あの人達”。つまり、ポプリにはアルディス以外に守りたかった存在がいること。

 これらに気付いているのに、アルディスはポプリにこれを言わずにいること。

 

 これらが意味することは、一体なんなのか……?

 

『少なくとも、俺を死なせたかったわけじゃないのは間違いない。むしろ、俺が死んじゃうとポプリ姉さんもおかしくなるかも。ブリランテで様子が変だったから、見えないところで何か悪化させてるかもしれない』

 

 そもそも、アルディスが人間不信に陥ったきっかけを作ったのはポプリではないのかと、エリックは前提事項を疑い始めた。

 彼が人間不信になったのは、信じていたポプリに目を斬られたからだと、今までずっと、納得がいかない状況ではあったがそう考え続けていたのだ。

 

『だからこそ、言えないんだ。俺が真相を知らずに、笑ってる姿を見てあの人が生きられるなら、俺はそうすることでしか、あの人を守れないから。だから、絶対にポプリ姉さんにはこのこと言わないで。ここだけの秘密にして』

 

 「絶対に言わないで」ということは、エリックを信頼してアルディスはこれを伝えてくれたのだ。

 それだけ自分は彼に信頼されているのだろう。そして、彼自身も未だに苦しんでいるのだろう――ペルストラの、真実に。

 

「分かった。だが、どっちも辛そうなのは分かったから、知らなかったフリはしない。何か、状況を打破する手段を考えたい」

 

「……!」

 

「ポプリが僕にも真相ひた隠しにしたがってる状態だから、どこまでできるか分からないけれどな……協力させて欲しい。ポプリを、助けたいんだろう?」

 

「ッ……、……」

 

 アルディスの瞳から、涙が溢れた。落ちた涙が、白い紙に染みを作っていく。それでも、何が何でも文字を綴るんだと、アルディスは左目を拭いながら必死にペンを走らせた。

 

『確かに俺は、何度も夢で魘される程度には傷付いたよ。素直にポプリ姉さんを恨んだこともあったよ。実は最近まで真相らしきものに気付けなかった。ただ、姉のように慕ったあの人を信じたいって思いだけで、恨みを押し殺してた部分があった。再会して、しばらく一緒に過ごすまで、あの人の辛さに気付けなかった』

 

 泣き声は、でない。それでも、涙は止まらない。それだけポプリのことが気がかりだったのだろう。更には恐らく、今の自分の状態が彼女を追い詰めるのではないかという不安も、彼の中にあったのだろう。自分より、相手を想う――本当に、姉弟だなと思った。

 

 しばらくして、アルディスは涙を拭い、真っ直ぐにエリックを見据えてメモ帳を見せてきた。

 

『ポプリ姉さんの話は、あくまでも俺の仮定。自信がない部分も多いし、ここで俺が君に詳細を語ってしまえば、彼女の決意が無駄になる。だから、今は詳しいことは言いたくない。だけど、そういう視点でポプリ姉さんを見れば、絶対違うものが見えると思う』

 

「……。大好きなんだな、ポプリのこと」

 

 ため息混じりに、エリックは思わずそんな言葉をアルディスに投げかけた。アルディスは顔を真っ赤にし、目を背けてしまったがそれは肯定したも同然である。あまりの分かりやすさにエリックはつい、苦笑してしまった。

 

 ポプリのことは、正直よく分からない。

 ただ、悪いがアルディスに関しては昔の思い出補正でポプリを過度に美化している可能性がある。かつてポプリに命を救われているクリフォードに関してもそうだ。しかし、ダリウスに関しては本当に『ポプリの内面』に惹かれている可能性が高い。

 

(変に、先入観を抱くのは良くないってことは分かった)

 

 先入観の怖さは、アルディスとの一件で痛い程に理解している。だからこそ、自分とは異なった視点を持つアルディスの話を蔑ろにしてはならないのだろう。

 

「とりあえず、皆と合流するか。確か、女子は全員ライオネルの家だったよな? 寄ってから、マクスウェルのところに向かおう」

 

 流石に外で待たせるのは悪い気がする、というライオネルの意見で、今、女性陣は彼の家を借りて休んでいる。恐らくイチハが外で暇を潰している状態だろうし彼に案内を頼めば早いだろう。気を遣わせてしまっているのは確かであるし、さっさと合流した方が良い。イチハが余裕たっぷりなのは、大人の貫禄というものなのだろうか。

 エリックの提案に、アルディスは迷うことなくこくりと頷いた。彼も、もう言いたいことは終わったのだろう。それを確認した上で、エリックはイチハの家を後にした。

 

 

 

 

 イチハと合流し、向かった先はライオネルの家。外観はログハウスで、ここに元々あった建物ではなさそうだった。イチハやクリフォードの家と比較すると建物自体がしっかりしており、どうやら二階建てになっているようである。彼は他の二人と比べると、ここでの生活が長いためだろうか。やたら器用そうな印象であるし、暇を持て余して建築してしまったのかもしれない。

 

「マルーシャ、皆、いるか?」

 

 ドアを開け、中を覗き込む。古い木の香りが鼻腔を仄かに刺激する。センスの良い、藍色に金の刺繍が入ったラグマットが敷かれたその空間に、マルーシャとディアナはいた。

 建物と同じ木で作られたテーブルの上にはクロスがひかれており、アイスボックスクッキーと紅茶の入ったポットが置かれている。そんな可愛らしいことになっているテーブルを挟み、マルーシャとディアナは談笑していた――女子会か。

 

「あ、エリック!」

 

「すごいな、これ……ライオネルが用意してったのか?」

 

「うん。勝手に食べたり飲んだり好きにしろってさ……なんかね、誰かさん家を思い出したよ」

 

 そう言って笑うマルーシャの視線は、アルディスに向けられている。これにはアルディスも苦笑し、口を開いた。ここまでの移動中に喉の調子が少し良くなったのだ。

 

「よく、人来るのかな……?」

 

「ここに、か? あー、でもこのクッキーってあれだよな。アル家の常備お菓子だよな」

 

「うん。見た目も良いし、生地も日持ち、するし」

 

 アイスボックスクッキーは生地を軽く凍らせたものを切って焼いたものだ。凍らせる、という作業を挟むため、冷凍保存による作り置きがしやすいクッキーである。

 急な来客に対応しやすい便利なお菓子なのだそうで、忙しい時のアルディスが出すものが決まってこのクッキーだった。そう考えれば、ライオネルも急な来客に備えてこのクッキーを常備していたのかもしれない。まさかな、とは思うが無いとは言い切れない。

 

 プレーン生地とココア生地のチェック模様が可愛らしいクッキーは小さなかごに入れられて整列していた。マルーシャとディアナが食べたのか、ちょこちょこと列が途切れている。元々どれくらいあったのかは知らないが、列の途切れ方からしてそれなりに減っているようだ。家に入った時にちょうどディアナがクッキーを齧っていたので、なかなか美味しいのだろう。

 

(まあ、僕らが来るのを予期してたわけではないだろうし、本当にここ、よく人来るのかもな。ライオネルの体質を考えたら、外から物資運び込む奴がいないと辛いだろうし……)

 

 会話内容から判断するに、クリフォードとイチハは精霊の使徒(エレミヤ)として旅立ってから一度も戻ってきていないようであった。そう考えてみれば、恐らく他に誰か協力者がいるのだろう。一体誰なのかが気になりはしたが、考えたところで意味が無い。

 

「あれ?」

 

 そこでエリックは、部屋の中にポプリがいないことに気付いた。ここにいるのだろうと思っていたのだが、違ったのだろうか……と考えたところで、上の階に繋がる螺旋階段を見つけた。

 

 勝手に上がって良いものか悩んだが、ここまでオープンにしておいて「上がるな」は無いだろう。階段のところまで行ってもマルーシャ達が何も言わなかったこともあって、エリックはゆっくりと階段を上っていった。

 

 

(……書庫、か?)

 

 ライオネルの家の二階。そこは古い書物が山積みにされた部屋だった。棚が無いわけではないのだが、本が収まりきっていないらしい。乱雑な印象の強い場所である。

 綺麗に整った一階に比べ、妙にカビ臭く薄暗い空間。部屋そのものが汚いのではなく、置かれた本がかなり傷んでしまっているらしい。ここ、ルーンラシスに残っていた本をこの一室に集めたのだろうと推測したところで、エリックは本の山と山の隙間から覗く桜色の頭を見つけた。

 

「ポプリ? 読書中か?」

 

「! あ、ああ……エリック君。ノアやイチハとの話は終わったの?」

 

 手にしていた古い本を閉じ、ポプリは腰掛けていた椅子から立ち上がって微笑む。彼女は本を棚に戻すと、エリックの元へと歩いてきた。

 

「悪い、邪魔したか?」

 

「良いの。汚れてるところばっかりで、あまり読めなかったし……それにね、ここの本って、大体精霊言語……古代語なのよ。エリック君、読めたりする?」

 

 ポプリは積み上げられている本を適当に手に取り、ぱらりとページを捲って比較的綺麗な部分をエリックに見せてきた。確かに、文字はエリック達が用いる公用語によく似てはいるものの、全く違う文法で記されている。フェルリオ旧言語とも違うそれが、古代語と呼ばれるものなのだろう。

 

「いや、全く分からないな……悪い」

 

「ううん、大丈夫よ。ありがとう」

 

 にこり、とポプリは微笑み、一階に降りていった――その隙に、エリックはポプリが本を戻した棚へと向かう。せめて、題名だけでも確認しておきたかった。

 

(……本当、絶望的に嘘が下手だな……)

 

 恐らく、恐らくだが。ポプリは精霊言語もとい古代語が読めるのだろう。何しろクリフォードのカルテを手直しする程度に学はあるのだ。最近は公用語をメインで使うが、かつてカルテには古代語がよく用いられていたことをエリックは知っていた。そしてエリック自身も、全く古代語が読めないわけではない。城にいた頃、暇潰しの一環で軽く勉強したことがあるのだ……あまりの難しさに、全く続かなかったのだが。

 嘘吐きはお互い様だなと苦笑しつつ、エリックは棚にしまわれた本を眺める。

 

(えーと……難しいな……だが、どれを手に取ったかは分かる、か)

 

 本が酷く汚れていることが幸いした。ポプリが読んでいた本には、彼女の指の跡がはっきりと残っている。先程読んでいたのがどの本かまでは分からないが、彼女が触れた本は一目瞭然だった。

 

(『精霊祭祀書』、『ヴァナディースの予言』、『暁の黙示録』……それから、『アウフヘーベン断章』……?)

 

 この四冊には、人が触れた形跡が強く残されている。パラパラと中を確認すると、どれも体内精霊や特殊能力、特に拒絶系能力について書かれていることが分かった。

 キーワードを繋げ、ポプリが自身の体内精霊について調べていたらしいことは分かった……のだが、それが限界である。本が酷く傷んでいたこともあり、詳しいことはよく分からない。もっと読み込みたかったが、あまり長くここに居座ると怪しまれる。

 

 本を戻し、エリックは階段を下っていく。怪しまれていたならば「探検していた」とでも言おう。そう思っていたエリックだったが、その予定は良い意味で覆された。

 

「ライオネル?」

 

「おー、お前もいたのか。そこまで荷物はねぇけどさ、流石に遠出だし、何かは持ってくべきかなーと……悪いけどさ、何持っていけば良いか教えてくれよ」

 

 家主が戻ってきていたのだ。マルーシャ達は、ライオネルの旅立ちの準備を手伝っている最中だった。これなら、しれっとエリックが混ざっても変に思われることは無いだろう。

 

「分かった。まあ、あまり増やすとポプリが大変だから、程々にな」

 

「あたしなら大丈夫よ。この布、どれだけ物しまい込んでも重さ変わらないし。それより足りない方が問題だから、エリック君、お願いね」

 

「助かる……まあ、マクスウェル様がクリフに持たせた魔法道具が女のスカートになってるとは思わなかったけどな……」

 

「……。僕もまさかスカートにされるとは思ってなかったよ」

 

 クリフォードも戻ってきていたようで、彼は鞄に荷物を詰めるライオネルの横を素通りして奥に設置してある棚から何かを取り出した。見ると、それは直径三十センチ程度の大きな水晶玉であった。

 

「忘れられると一番困るから、持ってきましたよ。これをどうにか、持っていかないと」

 

「あ、あー……邪魔だなぁ……」

 

 水晶玉を受け取り、ライオネルはため息を吐きながらもそれを丁寧に布で包み、鞄の中に入れた。その様子を、ディアナは不思議そうに眺めて口を開いた。

 

「な、何だ、それ……?」

 

「これが近くに無いとオレ、死ぬんだわ。マクスウェル様の加護があっても、離れて行動できるのは六時間が限界らしい」

 

「え……?」

 

「そのー、ディアナ。あと皆。一応僕から話しておきます。実は、ですね……」

 

 説明が雑すぎるライオネルを見て、これは駄目だと判断したらしいクリフォードは簡単に事の説明をし始めた。

 

 クリフォード曰く、ライオネルは度重なる実験の副作用によって体内で魔力を操る器官が完全に破壊されてしまっているらしく、そのせいで彼の身体はマクスウェルの加護無しでは失明や全身の激痛、呼吸困難など多くの問題を引き起こしてしまうのだという。そんな彼がある程度普通に生きていけるように作られたのがマクスウェルの魔力を凝縮させた水晶で、水晶を通してマクスウェルはライオネルの体内精霊や魔力を安定させているそうだ。精霊の使徒(エレミヤ)契約によって、少しは融通が効くようにしてもらったとのことだが、それでもやはり、長時間水晶から離れることはできないそうだ。

 

「こんな状況だし、乗り物の操縦とか荷物運びを主に手伝おうかなって。オレ、能力柄操縦とかできると思うんだけど、ラドクリフ王家って専用の船か馬車か持ってないのか?」

 

「……船、な」

 

「……?」

 

 ライオネルの問いに、最近うっかり沈没寸前まで追い込んだ船のことをエリックは思い出した。確かにどうにか買い取るつもりではあったし、専用の船があれば非常に便利だとは思う。しかし、あれは今、どうなっているのだろうか? 沈んでいたらどうしよう。

 

(どうせ次はルネリアルだしな。母上に聞いてみよう……)

 

 クリフォード、ライオネルがいるということは、精霊の使徒(エレミヤ)契約は終わったのだろう。二人に聞いてみれば、問題なく契約は完了したとのことだった。それは良かったのだが、今から出るには少々日が落ち過ぎている。出発は明日の朝になるだろう。

 

「その、出発前にマクスウェル様のところに少し顔を出して行きたいのですが、大丈夫か?」

 

 今回の契約ではライオネル経由でいつでもマクスウェルと話をできるようにしたらしいのだが、やはり出発前に顔を見て話をしておきたい。そんなクリフォードの頼みに、エリックは迷うことなく「分かった」と頷いた。この件に関しては、誰も拒否反応を見せることはなかった。

 

 

 

 

 翌日、日が出てすぐくらいの時間帯。就寝時間は比較的早かったはずだが、ライオネルが若干眠そうにしていた。

 クリフォードが小さな声で謝っていたため、恐らく彼の『手伝い』をしていたのだろう。やはり戦舞(バーサーカー)といえども、ヴァイスハイトとは体質が違うのだ。あまり無理をさせないように、とクリフォードに言っておいた方が良いかもしれない。

 

 

 そんなことを考えているうちに、エリック達はマクスウェルのいる神殿へと辿り着いた。マクスウェルは噴水の広場で一行を待ってくれていた。

 

『ゼノビア女王に会いに行くんだろう? その後に、ちょっとやっといた方が良いことを伝えとく。早いこと動いといた方が良い気がするんだ』

 

 噴水に腰掛けたその姿は、十に満たない程度の幼く愛らしい少年の姿。しかし、彼が放つただならぬ存在感はマクスウェルそのものであった。癖のある金髪を揺らし、マクスウェルはエリック達に微笑みかける。

 

『心配しすぎかもしれないんだけど、一応ね。それに、多分この方法ならイチハを何とかできると思うから。アルディスの件に関しては、あなた達が神殿を巡っている間に何とか調べてみるよ』

 

「な、何の話だ?」

 

『シャドウには話を通してある。最初はあなたが良いと思う』

 

 エリックの問いには直接答えることなく、マクスウェルはポプリへと視線を向けた。

 

 

『――精霊契約を、してきて欲しいんだ』

 

 

「え……」

 

 突然の言葉に、ポプリは小さく声を震わせる。狼狽える彼女をちらりと横目で見て、クリフォードが一歩前に出た。

 

「僕から、では駄目でしょうか? ここからウンディーネの神殿へはかなり距離がありますが、それでも、いきなりポプリに任せるよりは良いのではないでしょうか? 彼女よりは僕の方が、精霊の扱いに長けている筈です」

 

「く、クリフ……」

 

 最近のクリフォードにしては珍しく、堂々とした態度だった。それに対し、マクスウェルは悩み、目を細める。

 

『何か考えがあるみたいだね……分かったよ、元々最初はポプリかクリフって思ってたから、問題ないかな。具体的な場所は知ってる?』

 

「フェルリオ帝国領の、カプリス大陸。これだけしか知りませんが、十分ですよね?」

 

『カプリス大陸は狭いから、大丈夫だと思う。分かった、行っておいで……ただし、ウンディーネの次は、シャドウだよ。分かったね?』

 

「……。はい、ありがとうございます」

 

 カプリス大陸は、フェルリオ帝国の主要都市が揃っているセレナード大陸の左上に位置する大陸である。確かにここからだとかなり距離があるのだが、別に決定を覆すつもりはない。ただ、あのクリフォードが崇拝しているマクスウェルに大して意見したのである。一体、彼はどうしたというのだろうか。

 

 

「なあ……今の、何でああ言ったか、分かるか?」

 

 何となく、エリックはアルディスへと視線を移した。彼ならば何かを察しているかもしれない、そう思ったのだ。その予感は、的中していた。

 

「シャドウは、ちょっとね……クリフォードさんが言い出さなきゃ、俺が言うつもり、だったよ……シャドウの神殿は、オケアノス海底洞窟は……ペルストラの、先にあるから」

 

「! そういう、ことか……!」

 

 ポプリが黙り込んでしまったのは、そのためだったのだ。そしてクリフォードは、ある程度彼女のことを知っていたからこそ、時間を稼ぐために「自分が先に」と言ったのだろう。とはいえ、そこまで大幅な時間稼ぎにはならなかったようだが。

 

(マクスウェル、何か順番を決めているようだった……僕ら全員に、精霊契約をさせるつもりだったりするのか……?)

 

 マクスウェルという存在、ポプリの件、精霊契約の件――色々と気になることは多いが、今はあまり時間がない。もう戻ってこられないわけではないし、移動時間のことを考えればそろそろルーンラシスを出るべきだろう。

 

 

『いってらっしゃい、どうか……気を付けて』

 

 神格精霊に守られし、清浄な空気に包まれた深緑の聖地。

 何となく名残惜しいような気持ちになりながらも、エリック達はマクスウェルに別れを告げ、ルーンラシスを、オブリガード大陸を後にする。

 

 次に目指すのは、風の王都ルネリアル――彼らはまだ、残酷な『宿命』の存在に、気付いていない。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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