テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.5 特殊能力

 

「……ッ」

 

 誰かの、声がする。否、歌声と言った方が正しいだろうか。

 暖かな何かに包まれているような心地良さを感じ、アルディスは徐々に意識を取り戻していった。

 

「黎明の時が 訪れし大地に 芽吹く命の 儚い息吹よ――……」

 

 透き通ったソプラノの、聴く者を魅了する美しい歌声だった。だが、上手いだけではない。その歌は明らかに、普通の歌とは違っていた。

 それは多くの魔力が込められた、どちらかというと魔術の詠唱に近い歌声。祈るように紡がれる旋律には、天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)に次ぐ癒しの力がある。

 

 この歌は、この聖なる旋律は、神に愛されたと比喩される“あの”能力者達だけが歌うことができるもの。彼らにしか、扱えぬ特殊なもの。

 もう二度と、聴くことは叶わないと思っていたのに――嗚呼、自分は夢でも見ているのだろうか?

 

 

「……ッ、この、歌、は……まさか、“聖歌(イグナティア)”なの、か……?」

 

「! アル!!」

 

 重いまぶたを開き、アルディスは数回瞬きを繰り返す。そんな彼の視界が捉えたのは、心配そうに顔を覗き込んでくるディアナの姿と、洞窟内の殺風景な風景だった。

 

「夢、じゃ、なかった……? い、今の……今の、歌声、は……痛っ!」

 

「まだ動くな! 傷が開いてしまう……もうしばらく、安静にしていろ!」

 

 慌てて身体を起こし、痛みに呻いたアルディスの傷だらけの身体を支えたのは、彼同様に傷だらけになり、身体の至るところに包帯を巻いたディアナだった。

 

 彼の傍で丸くなってすやすやと小さな寝息を立てて眠っているチャッピーの姿はあったものの、エリックとマルーシャの姿は無い。どこに行ってしまったのだろうと、アルディスは首を傾げる。

 

「ごめん……ここ、は……エリックとマルーシャは……?」

 

「洞窟だ。エリック達が言うには、オレ達を背に乗せたチャッピーの後を追っているうちに、ここまでたどり着いたそうだ……二人は今、暖を取るための薪を拾いに行ってくれている」

 

「そう、だったんだ……」

 

 ディアナの言い回しから、アルディスは自分のみならずディアナも気を失ってしまっていたということを理解した。

 それと同時に、彼はダークネスとの戦いに敗れたという屈辱を思い出したのだろう。アルディスはディアナから目をそらし、両手の拳を強く握り締めた。

 

 

「アル……?」

 

「ごめんな。結局、俺は……ディアナ、お前の、足手まといにしか、ならなかった……」

 

 悔しそうに声を震わせ、アルディスは翡翠色の左目を細める。「そんなことはない」と言いかけたディアナの言葉を遮り、アルディスはおもむろに首を横に振ってみせた。

 

「最後まで助けられっぱなしだったし……何より、流石に気付いたろ? というより、気付いて庇ってくれたんだろ?」

 

「……。水、か」

 

 ディアナの言葉にアルディスは「正解」と弱々しく返し、目の前の藍色の髪へと震える左手の指を伸ばした。

 

 あの時。青い、水属性の魔法陣を見て、アルディスは恐怖のあまり硬直してしまった。それに気付いたディアナが助けに入らなければ、間違いなくあの術はアルディスに直撃していたことだろう。

 しかし、いくらディアナに魔術への強い耐性があるとはいえ、結果的に彼を盾にしてしまったという事実は変わらない。それが、アルディスの心を酷く抉っていた。

 

「昔、さ……嵐の日に、海に落ちたんだ。しかも、怪我してたせいで満足に泳げなくてさ……自分でも、情けないとは思ってる。でも、どうしても水を見ると、あの日の記憶が脳裏を駆け巡って……気が、狂いそうになるんだ……」

 

「……」

 

 アルディスの表情は変わらない。相変わらず、彼は無表情のままだ。

 だが、ディアナには今の彼が、情けない、くだらないと自分自身を嘲笑っているように思えた――それは、あまりにも痛々しいものであるように、感じられた。

 余程追い込まれているのか、アルディスの無表情の『嘲笑』が消えることは無い。彼は溜め息を吐き、ディアナの頭を撫でた。

 

「俺は色んな訓練受けてきたし……泳げないわけじゃ、無かった。だからなのかもしれないけれど……あの時、俺はひとりじゃ無かった。味方の兵士が、大勢いたんだ。なのに、助けてもらえなかった……」

 

「……ッ」

 

「甘ったれてるんだろうけど、その時、思ったんだ。俺なんか、死んだって良いんだろうなって。やっぱり、俺は“使い捨ての道具”に過ぎないんだろうなって……」

 

「あ、アルディス!?」

 

 『嘲笑』と共に紡がれたのは、アルディス自身の存在意義を否定する言葉。傷付いた少年の言葉に同調してしまったのか、ディアナは自分の身が裂かれるような精神的苦痛を感じた。

 苦痛に耐え切れず、咄嗟にディアナは自分の頭を撫でてくるアルディスの左手を掴むと、異様に冷たいそれを両手で覆うように握り締め、叫んだ。

 

「そんなことありません! “アルディス様”! あなたは、立派なお方です!」

 

「ディ、アナ……」

 

「ですから……! お願いですから! そんな、悲しいことを言わないでください!」

 

 アルディスは、思わず奥歯をきつく噛み締めた――必死さの伺えるディアナの大きな青い瞳に映る、自分自身の姿があまりにも酷く、無様であるように思えたのだ。

 

「ありがとう……ごめん、ディアナ……」

 

 それでも、これ以上ディアナを心配させてはならないと思ったのだろう。やはりアルディスの『嘲笑』が消えることは無かったが、彼は静かに頭を振るい、小首を傾げてみせた。

 

「ただ、ね。その呼び名は駄目だよ。敬語も、やめて欲しい」

 

「あ……わ、悪い……」

 

「俺はアルディス=クロード。ただの、傭兵だよ」

 

 軽く息を吐き出し、アルディスは視線を上に向け、ディアナから顔をそらす。自分が傭兵だと言い切った瞬間の彼の顔を、どうしても見たくなかったのだ。

 視界に映るのは、薄汚れた灰色の、感情の無い冷たい岩ばかり。きっと今の自分は、ディアナにはこの岩のように見えているのだろうと思い、アルディスは再び自分自身を『嘲笑』した。

 

 

 

 

「! アル! 目が覚めたのか!?」

 

 エリックとマルーシャが薪を拾い終えて洞窟に戻ってくると、そこには身体を起こし、適当な岩にもたれかかっている親友の姿があった。

 顔色は真っ青で、呼吸も荒い。身動きが取れない状況のようだが、それでも意識を取り戻してくれたのだ。エリックの隣で、マルーシャは「良かった」と声を震わせていた。

 

「魔物が住み着いている形跡もないし、ここで休んでいこう。しかも、たった今雨が降り出した。雨宿りも兼ねて、今は休んでくれ……頼むから」

 

 しかし、アルディスのことだ。自分の身体のことを気にせず、エリック達のために動こうとしかねない。そう思ったエリックはアルディスが妙なことを言い出す前に休憩を促したのだ。

 

「……気、遣わせちゃったかな。ごめんね」

 

 そして、エリックの考えはどうやら当たっていたようだ。明らかに落ち込んだ様子のアルディスに対し、マルーシャは薪を置きながら首を横に振るう。

 

「気にしないでよ。助けてもらったのは、こっちの方だもん……大体、アルディスの傷を治してくれたのはディアナだし。わたしじゃ、力不足だった」

 

「とはいえ、深い傷までは治せなかったんだが……ああ、そうだ。アル、さっきはオレの歌がどうとか言っていたな?」

 

 能力の話題が出たことで、ディアナは曖昧にしてしまっていたアルディスの疑問を思い出した。落ち込んでいるアルディスの意識を別の方向へと向ける目的も兼ねて、彼はアルディスに問いかける。だが、それに対して先に反応を見せたのはマルーシャとエリックだった。

 

「アルディスは聴いた? ディアナ、すごく歌が上手いの。しかも、歌に癒しの力があるんだ! すごいよね?」

 

「そういえば、救済系能力だとは聞いていたが、具体的な能力は聞いていなかったな。アルは見当が付いているのか?」

 

「ん? ああ、ちょっと待ってね……」

 

 ディアナにマルーシャ、そしてエリックの問いに応えるべく、アルディスは思いを巡らせる。そして彼は、答えを導き出した。

 

 

「俺の、知識と記憶に間違いがないのなら……ディアナが歌う歌は、紛れもなく聖歌(イグナティア)だ。これをちゃんと発動出来る能力は、“聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)”だけ……そうだね、俺の能力を除けば、この能力だけだ」

 

聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)!?」

 

 エリックは思わず、マルーシャの方を見た。マルーシャも頭を緩く振るい、突然のことに驚いている様子だった。

 未覚醒であるがゆえに特殊能力関連の話に疎いエリックも、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)の能力は耳にしたことがある。言い伝えだとか、伝説だとか、おとぎ話だとか。その辺のことに強い興味を示すマルーシャに散々聞かされていたのだ。そんな彼女も、どうやら実際に聖歌(イグナティア)を聴くのは初めてだったようだが。

 

「滅多にいないからね、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)って。俺だって子どもの頃に聴いて以来だから」

 

「しかも確か……聖歌(イグナティア)をちゃんと聖歌(イグナティア)として発動出来る人間はさらに限られていて、それこそ百年だか千年だかに一人とか言われる確率……なんだったか? 合ってるか?」

 

 マルーシャに聞かされた内容を思い出しながら、エリックは情報をくれたマルーシャとさらなる情報をくれそうなアルディスの両方に確認する。二人は「間違ってないよ」とエリックの言葉を肯定してみせる。

 

「だから、まさかね、聖歌(イグナティア)を聴けるなんて思ってなかった……なんだか、感動しちゃった。すぐにはそうだって分からなかったけど、嬉しい……」

 

「俺だって、夢だと思ったし……」

 

 聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)は、その名の通り『聖なる歌を歌う』能力。神に祈るように旋律を刻むことで一種の魔術を発動するといったものだ。しかしエリックの言うように、この力をあるべき正しい形で使える人間は本当に少ない。

 それどころか、今まで聖歌(イグナティア)を耳にしたことが無かったエリックやマルーシャは、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者自体がおとぎ話の中にしかいないとさえ思い込んでいた。聴いたことがあったというアルディスですら、いまだに信じられないといった様子だった――それだけ、ディアナの能力は希少なものなのだ。

 

「……ただ、その。オレは……思い浮かぶままに、歌っているだけ、なんだが……歌詞なんて、本当に適当で……」

 

 存在をやけに持ち上げられてしまったせいで、怖気付いてしまっただろうか。ディアナは右手を胸に軽く当て、どこか不安そうに目を伏せた。

 そんなディアナに対し、アルディスは彼が名前を名乗らなかった時同様の違和感を覚えた。だからこそ、アルディスはあえてそこには触れず、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)の能力の話をすることだけに留めることにした。

 

「……。それで良いんだよ、お前が思い浮かんだっていう旋律が大事なんだ……聖者一族の儀式をするわけじゃないんだ。旋律さえあっていれば、問題ないんだよ」

 

「そう、なのか?」

 

「うん。大体ディアナが紡いだ歌詞は、多分……いや、これは流石に自信ないや。忘れて?」

 

 そう言って話を反らした後、アルディスは聖者一族について語り始めた。

 

 聖者一族はこの世界に存在する精霊達、特に精霊王オリジンを神と敬い、年に一度各地の聖域に赴き、歌を用いた儀式を行うことでその恩恵を授かり続けているとされている純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の一族である。

 だが、今となっては「一族が代々やってきたから」という形ばかりの儀式を行っているのが現状であるし、彼らの大半は十年前、ラドクリフ王国とフェルリオ帝国の間で起こった未曾有の戦争“シックザール大戦”が発生した際に、儀式のためにラドクリフ王国に訪れていた。鳳凰狩りが発令されたのも、その時期のことだった――つまり、この地にやってきた聖者一族の人々が生き残っていることは、到底考えられない状況なのである。むしろ、全滅してしまったと考える方が妥当かも知れない。

 そもそも、聖者一族の信仰心が薄れてきてしまった段階で、精霊を敬うという一族は滅びてしまったと言っても差し支えないだろう。

 

 ただ、ディアナの能力、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)は聖者一族の者に受け継がれている特有の能力である。

 隣国フェルリオ帝国では、聖者一族の儀式が政治などのあらゆる分野に影響しているという。そのため、正しく力を使えるかどうか、信仰心の有無はさておき、一族に代々伝わっている歌詞を紡ぎ、儀式を行うのが彼らの生き様であり、大切な仕事なのだ。

 

 

 そのようなことをアルディスが語り終えた後、ディアナが驚きを隠せないといった様子で声を漏らした。

 

「それにしても、詳しいな……」

 

 聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)能力者であるディアナは、間違いなくどこかの一族の血を引いている。しかも彼は名乗りに不自然さこそあったものの、聖者一族の名門リヴァースを名乗っており、年齢的にも先の大戦での生き残りであることも考えられる。

 だが、特に彼は何も語ることなく、アルディスの知識量に感動している様子だった。

 もしかすると、彼は自分の能力に対する知識がほとんど無かったのかもしれない。勿体無いな、と思いつつ、アルディスは口を開いた。

 

「俺の能力が能力だからね。他の能力の知識は嫌でも入ってくるんだ」

 

 アルディスは、自身の能力を一切使わない。まさかエリック同様に覚醒していないということはないだろうし、日常では全く使えない能力というわけでも無さそうだ。

 ここまでくると、話を聞いてみたい。マルーシャはおずおずと、上目遣いでアルディスを見上げた。

 

「え、えーと……聞かない方が良いかなって思ってたんだけど……聞いても良い? その……アルディスの、能力」

 

 エリックとマルーシャがアルディスの能力を知らなかった理由。

 それはアルディスが能力を使わないことも理由の一つだが、一番は彼の隠された右目を気遣ってのことであった。

 

「聞かれないなって思ってたら……気、遣ってくれてたんだね。でもね、使えなくなったわけじゃないんだ。使わないだけ」

 

「そう、なんだ……良かった……」

 

「確かに、出来なくなったことも多いけどね……この目のこと、気を遣ってくれてたのは、申し訳なくも思うけれど、嬉しい。ありがとう……」

 

 アルディスは本来ならば体術よりも圧倒的に魔術に特化している鳳凰族(キルヒェニア)であるにも関わらず、アルディスは一切魔術を使わない。何かしらの理由があると考えるのが妥当だろう。

 そして立場上、王国騎士団との接点も多いエリックとマルーシャは、目を負傷した兵士が魔術を一切使えなくなったという話を聞いたことがあった。それを知っていたからこそ、二人はアルディスもそうなのではないかと心配していたのだ――彼の右目が、光を失っていることも知っていたから。

 

「俺の能力は“意志支配(アーノルド・カミーユ)”。相手の脳神経辺りに作用して発動する、精神系能力だよ」

 

意志支配(アーノルド・カミーユ)……? それ、実際には何が出来るんだ……?」

 

「例えば、念を送ったりとか出来るね。喋らずに、自分の考えを相手に伝えるって奴。あとは、誰かの能力を一時的に借りることが出来る。勿論、力は劣化するし、反動もあるけどね」

 

 別に使う機会が無かったから使わなかったんだ、とアルディスは肩を竦める。ただ、それならばマルーシャかディアナの能力を借りて、自力で傷を治すことは出来ないのだろうかとエリックは思った。口に出さなかったのは、アルディスが無理をしてでも能力を発動させそうだと思ったからだ。

 だが、彼はエリックが考えていることを察したのか、自分からマルーシャやディアナから救済系能力を借りる話をし始めた。

 

「怪我した時、マルーシャから能力借りるのも考えたんだけどね。でも、それをやれる体力が無かった……救済系能力ってただでさえ負担が大きいのに、今の俺が使ったりしたら多分、発動もできずにひっくり返る。だから、諦めたんだ」

 

 何の問題も無く、自力で治癒系の術を発動できれば早いのにね、とアルディスは軽く首を傾げてみせる。

 

「これね、便利だけど欠点も多いんだ。能力借りるにしても近くに能力者がいなきゃ駄目だし、俺が借りる能力について詳しくないと暴走させてしまうし」

 

「うーん、色んな特殊能力に詳しくなるの、当然ってことだったんだね……最初は便利そうだなって思ったけど、かえって不便な気もしてきたよ」

 

「そういうこと。だから、俺は使うにしても念送りくらいしか使ってない。意志支配(アーノルド・カミーユ)は軽く人を操ったりもできるけど、俺自身がこれ苦手だし……うん、根本的に使う機会が無いかな」

 

 能力者は、決して万能ではない。この世界では、最終的には全ての人間か何らかの能力に目覚めるのだが、聖歌祈祷(イグナーツ・エリス)に限らず、その力をあるべき形で使用できる人間の方が少ない。

 そのため、生まれてから一度も自分の能力を使用できず、亡くなっていく者も存在するのだ。

 

 

「ちなみにダークネスは“透視干渉(クラレンス・ラティマー)”の使い手だったね。調整難しいから、使いこなせる人少ない割に能力者が多い奴……多分、手加減して使ってこなかったんだろうけど、使われてたら傷一つ付けられなかっただろうな……」

 

透視干渉(クラレンス・ラティマー)、か……」

 

 透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力についてはエリックも知っていた。何しろ、この能力は全人類の七割が該当すると言われているような有名な能力だ。マルーシャの父、クレールも透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者らしい――が、アルディスが言うように、この能力は調整が非常に難しいことで知られている。

 全人類の七割が持つ能力であるにも関わらず、その過半数以上が一度も能力を発動することさえできないという。マルーシャの父も、例にもれずその過半数以上の中の一人だった。

 透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者が出来ることは『あらゆるものの隠された構造を視ることができ、生体であれば思考も覗ける』こと、ただそれだけだ。

 

 しかし、透視干渉(クラレンス・ラティマー)はシンプルだからこそ特化しやすい、強力な能力だともいえる。

 仮にダークネスがこの能力を使いこなしていたとすれば、非常に厄介なことが起こってしまう。彼に限らず、敵として立ちはだかってきた相手がこの能力者であれば、誰もが間違いなく頭を抱えてしまうことだろう。

 それを理解したエリックは、ダークネスが透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者の過半数以上の中の一人であることを祈らずにはいられなかった。

 

「思考を読まれるわけだから……あらゆる攻撃が、見切られるってわけだな」

 

「そういうこと。まあ、戦闘中ずっと能力発動させっぱなしにできる人なんて、それこそごく少数なんだけど……多分、あの人ならできるんじゃないかと思うんだ。鳳凰族(キルヒェニア)な上にどう見たって若いのに、副団長だなんて……精霊術師(フェアトラーカー)っていうのだけが、理由じゃないと思うんだ。相当有能なんだと思う……」

 

 余程ダークネスの存在を驚異に感じたのか、アルディスはそう言ってから、頭痛に耐えるように自身の額に左手を当てた。

 

「聞かれそうだから話すね。精霊術師(フェアトラーカー)っていうのは、精霊達と心を通わせ、彼らを使役する能力を持った術者のことだよ。聖者一族と似たようなところがあるけど、聖者一族は『一族の繁栄を神たる精霊に約束してもらう』、精霊術師(フェアトラーカー)は『その場で実践的な力を得る』みたいな違いがあると思っといて」

 

 精霊は人に懐きにくいし、精霊術師(フェアトラーカー)になるためには素質の問題もあるし、当然ながらそんなに使える人はいないよ、とアルディスは頭を振るい、額に左手を当てたまま、深く溜め息を吐いた。

 

 

「……アル?」

 

「ごめん……もしかしたら、ね……ダークネスは、俺のことを知ってるかも、しれないんだ。わざわざ水属性の術使ってきたし、俺も、精霊術師(フェアトラーカー)でちょうどあの人くらいの年齢の人に……知ってる奴が、いるんだ」

 

「え……?」

 

 アルディスの口から紡がれたのは、予想外の話であった。一連の事件は、元々彼が純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の疑惑をかけられたことがきっかけではあったが、それはあくまで種族の話であり、逆を言えば純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であれば別に彼でなくとも構わなかったに違いない。

 しかし、そうではないかもしれないとアルディスは言うのだ。そもそも、ダークネスとは最初から接点があったかもしれない、と。

 

「ただ、ね……ディアナも感じたんじゃないかと思うんだけど、あの人の気配……魔力の質はすごく独特だった。魔物の気配に、よく似ていたんだ……俺が知ってる精霊術師(フェアトラーカー)は、ちゃんと人の気配をしていたから……正直、判断に悩むんだ」

 

「確かに、魔物のような禍々しさがあった……しかし、アルディス。魔力の質が後天的に変わるなんて、“あなたのような状況”にでもならない限り、普通はありえないのではないか……?」

 

 二人の話は気になったが、今はそれを追求すべきではないだろうとエリックは思った。傷が痛むということもあるだろうが、アルディスの顔色があまりにも悪かったからだ。

 アルディスは言うのを躊躇っているのか、視線をきょろきょろと泳がせている。そして彼はゾディートに斬られ、今は包帯が巻かれた自身の腹部へと手を伸ばし、再び溜め息を吐いた。

 

「第一、仮に知り合いだったとしたら、俺は間違いなく、殺されていた……あれだけの実力差があったなら、俺を殺すことなんて、他愛の無いことだったはずだよ」

 

「! あ、アル……!」

 

 ダークネスと知り合い、というのは決して良い意味ではなかったらしい。あまりにも物騒なアルディスの発言に、エリックは思わず大きな声を出してしまった。エリックの声が、洞窟内で反響する。

 良くないことをしてしまった、と彼は思った――そして、彼は気付いた。どうして、ダークネスは自分達を追ってこなかったのだろう、と。

 

(見失った? いや……でも、ここはそんなに離れていない。見つかったとしても、おかしくはない……運が良かっただけ、なのか?)

 

 そんな疑問を抱いだのは、エリックだけでは無かったようだ。マルーシャも、不安げに眉尻を下げている。

 

「考えてみたら、おかしいよ。どうしてかな……どうして、ダークネスは手加減なんかしたんだろう? どうして、お義兄様は、一緒に追ってこなかったんだろうね……?」

 

「……言われて、みれば……ッ、う……」

 

「あ、アルディス!?」

 

 何故だろう、どうしてだろう――そんなエリック達の疑問は、目の前で腹部を強く押さえ込んだアルディスの姿によって解決されることなく投げ出されてしまった。

 

 

「……ごめんね、傷が、開いたみたい、で……」

 

「お、起き上がって話したりするから……! 悪い、僕が質問攻めにしてしまったばかりに……!」

 

「大丈夫。大丈夫、だよ……」

 

 アルディスの「大丈夫」は大体当てにならない。今回もその展開だろうなと、エリックはマルーシャと顔を見合わせる。

 

「ディアナも……お前だって、怪我してるんだ。まだ、寝ていた方が……」

 

 無理をしているのではないか、とエリックが問えば、ディアナは「問題ない」と軽く笑ってみせた。だが、彼もかなりの重傷を負っているであろうことは確かなのだ。

 二人が心配だった。できることなら、二人を今すぐにでも医者に見せたい。それなのに今この現状では、それは叶わない。

 エリックが狼狽えてしまったせいか、アルディスは血の滲む包帯を隠すように腹部に左手を当てたまま、どこか苦しげに言葉を紡いだ。

 

「お願い、強がらせてよ……エリックといいマルーシャといい、俺がいなければ、こうはならなかったんだ。本来なら、俺がもっとしっかりすべきだったのに……」

 

 確かに、エリック達が追われるきっかけを作ったのはアルディスだった。

 しかし、それでも親友がここまで苦しんでいるのにも関わらず、何の手助けもしてやれていないのは、一体誰だろうか――エリックは奥歯を噛み締め、声を震わせた。

 

「アル、ディアナ……辛いだろ? なのに、何もしてやれなくて……できなくて……本当に、ごめんな……」

 

 そんなエリックの言葉に真っ先に反応を見せたのは、アルディスでもディアナでもなく、マルーシャだった。

 

「エリック……わたしだってそれは同じだよ。わたしだって……」

 

 マルーシャの発言は、半分はエリックを気遣ってのことだろうが、半分は本心から出ているものだ。彼女も、自分が役に立っているとは考えられずにいる。

 

「……そんなわけ、ないだろ?」

 

「え、エリック……?」

 

 しかしながら、マルーシャは何一つとして行動が出来ていないわけではない。エリックとは、根本的に違うのだ――結局、彼女の言葉は、エリックの感情を逆撫でするようなものにしかならなかった。

 

「僕は、役立つ能力を持つわけでも、アルやディアナのように戦えるわけでもない……! 何もできない、自分が悔しい……こんな感情、初めてだ!」

 

 彼は衝動のままに右手で横にあった岩を殴り付け、正面にいたマルーシャに背を向けるように立ち上がった。

 

「エリック!」

 

「ッ、駄目だ、君に当たってしまいそうだ……外に、出てくる。一人させてくれ……」

 

 雨が降っていようがいまいが、今の彼にとっては関係無い。そのまま洞窟に残って、無様な姿を晒すくらいならば、びしょ濡れになろうが風邪を引こうが、一人になりたかった。

 悔しさのあまり奥歯を噛み締めたまま、エリックは振り返ることなく洞窟の外へ出て行ってしまった。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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