テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.60 背中を預けあう存在

 

 不幸中の幸い、マルーシャとディアナはそれほど遠くには行っていなかった。

 神殿から少し離れた、崩れかけた家らしきものの傍。そこで並んで話す二人の姿をすぐに見つけることができた。

 何かしらあったのだということ、そして血で汚れたクリフォードの白衣を見て事情を察したらしいディアナが即座に動けば、マルーシャはエリックの傍に駆け寄った。治療はディアナに任せようと判断したのだろう。

 

「エリック! その……」

 

「もう、大丈夫か?」

 

「ッ……ごめんなさい……」

 

 落ち着いたようだが、表情は未だ暗いままだ。一体どうしたのか気にはなったものの、まだ触れるべきでは無いだろう……少なくとも、自分が触れるわけにはいかない、そう思った。

 

「気にするな、たまにはそういうことだってあるさ」

 

「ありがと、ごめんね……?」

 

「良いよ、本当に大丈夫だって。ただ……こんな時に、悪い。マルーシャ、緊急事態だ」

 

 

 せっかく立ち直ったマルーシャには酷だとは思ったが、アルディスに起きた異常は決して隠せるものではない。今言うべきだと判断し、エリックは事の詳細をマルーシャに語った。同様に、ディアナにもクリフォードが説明してくれているらしい――ただし、双方『生命の天秤』の件については伏せた状態だ。

 

――アルディスの代わりとなれるのは、恐らくマルーシャかディアナのどちらかだ。二人が持つ能力からして、間違いない。

 

 しかし、エリック達はこれを彼女らには告げずにいようという結論に至った。

 現在のマルーシャは精神的に非常に危うい状態であるし、ディアナは元々アルディスのためなら手段を選ばない。こんな状況で告げるべき話ではないと考えたのだ。だが、それでは「アルディスを救う手段が一切無い」と言っているも同然で。

 

「そ、そんな……! あ、アルディス、今どこにいるの!?」

 

「マクスウェルの神殿よ。今、マクスウェルが――」

 

「急いで戻るぞ! 私もマクスウェル本人から話を聞きたい!!」

 

「え、あの、ふたりとも!?」

 

 当然ながら話を聞くなりマルーシャもディアナも、顔面を蒼白にしてマクスウェルの神殿へと向かおうとする。感情のままに動く二人を見かねたのか、ライオネルとイチハが彼女らの肩を叩いた。

 

「ちょっと待て、落ち着いてくれよ。そんな勢いで突入したら、マクスウェル様驚くからな。今、処置中だから。邪魔になるから」

 

「俺様達も君らの気持ちは分かるけどね。でも、さっさと行ったからって何かが変わるわけじゃない。うん、一旦深呼吸しとこうか?」

 

 落ち着いた様子の二人になだめられ、マルーシャはちらりとエリックの顔色を伺ってきた。行ってはいけないのか、と思ったのだろう。

 

「焦るなってだけだよ。そんなに時間は経ってない。本当についさっきのことだから」

 

 確かに弾丸のように突撃されるのは困るが、どうせ彼女らの行き先もエリック達同様にマクスウェルのところだ。慌てず皆で一緒に行こうと持ちかければ、二人ともこくりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 マクスウェルの神殿に戻る。今度は噴水の傍ではなく、最奥まで向かうこととなった。静かに蔦に覆われた重い扉を開けば、青々と苔生した広い空間に出た。

 最初に来た時はあまり内部の様子を見ることができなかったのだが、今回は違う。アルディスの姿を確認するためにも、エリックは周囲を見渡した。

 

(神格精霊の……住処、か)

 

 湿気がある。しかし、割れた天井と神殿の中だというのに生い茂っている木々の間から差し込む木漏れ日のせいだろうか。不思議と嫌な感じはしない。所々に花も咲いており、中心には泉まであるのだから、驚きだ。

 

 遥か昔に作られた古の建築物を、年月が変化させたというのだろうか。

 箱庭のような狭い空間ではあるものの、眼前に広がる自然豊かで不思議で、幻想的な光景は見る者の心を和ませる。こんな時でなければ、おもいきり羽を伸ばしてリラックスできそうな空間だった。

 

 探し人は――アルディスは、苔に覆われた岩の台座の上に、寝かされていた。彼の傍に立つマクスウェルは、訪れたエリック達をじっと見ていた。

 拒まれてはいないと判断して近付けば、マクスウェルは晴れやかとは決して言えないような表情で、どこか悲しげな表情で微笑んでみせる。

 

『お帰り。処置は終わったよ』

 

 声と、気配に反応したのだろうか。台座に寝かされたアルディスが薄らと目を開けておもむろに首を動かした。視線の先は、エリックの姿をしっかりと捉えている。

 

「アル、その……視力、は」

 

「……。今は、見えてる」

 

「! 声も、出るのか?」

 

「い……」

 

 ここで「良かったな」と言わなかったことを、エリックは心の底から安堵した。マクスウェルの表情から、何となく嫌な予感がしたのだ。だから、前向きな言葉を吐かなかった……そんな、残酷な判断が正しかったなどとは、思いたくなかった。

 

「アル、もしかして、あなた……っ」

 

 弱々しく、掠れた声。その声は、最後には音にならなかった。

 それが意味することに気付き、ディアナは手袋とアームカバーで隠されず、空気に晒されたアルディスの右手を掴む。その手は、右腕はもう、人の手の色を、していなかった。

 

「……声は、出る時と出ない時がある、かな……目も、そうなんだ。ふいに、何も見えなくなる……ことがあってね……」

 

 会話が辛そうだ、というのは誰の目にも明らかで。何より、ディアナが青い瞳を潤ませてしまっている時点で、右手ももはや色だけの問題ではないのだろう。

 

『視力と声に関しては、そんな感じ。視力は結構安定してるんだけど、喋るのは制限かかるかな。無理させると呼吸困難になりかねないから、あまり無理させないでね』

 

 マクスウェルの話によると、侵食した呪いの痣は、定期的にアルディスの首にダメージを与えているような状態なのだという。

 彼の中にいる体内精霊が何とか呼吸にだけは影響を与えないように抗っているようなのだが、流石に声帯を完全に維持するのは厳しい状態らしい。そのため長い会話は当然のことながら、短い会話でも不意に声が出難くなることがあるそうだ。

 ふっと、アルディスが笑った。「ごめん」と弱々しい謝罪の言葉を呟く。そして彼は一呼吸置いた後、左手で変色した右腕を撫でた。

 

「右腕、ほとんど感覚が無いんだ」

 

「え……」

 

「ああ、でも平気。全く動かないわけじゃないし、右だったのが不幸中の幸いかな……利き腕は左だし、今はまだ、大丈夫」

 

 何が平気なんだと言ってやりたかったが、それを言う前にアルディスは身体を起こし、地面に足を付いた。右腕を庇っているようではあったが、立ち上がるその様子からはそこまでの異変は感じられない。マクスウェルの処置が、効果的なものであったということか。

 

「……君達、多分あまり聞きたくない話題だとは思うんだけど……俺ね、腕、どっちか無くなっても良いように……片腕で活動する訓練ってのも、昔やってたんだ……だから、本当に大丈夫」

 

「あ……ああ、なるほど……」

 

 その理由は非常に嫌なものだったが、アルディスは片腕がこの状態でもそこまで困ることはないらしい。少々反応には困ったが、本人が絶望していないことが何よりの救いだとエリックは思った。アルディスは前向きに呪いと戦う気力が、まだまだ残っているということだ。

 

『……とは言うんだけどね、この子は状況からして唐突に失明したり、唐突に呼吸困難になったり、唐突に体調不良的なものが襲ってきたりすることだってあるんだから、無理させないでね。何かあなた達が置いて行くって決めても勝手に着いて行きそうだから、先に言っとくよ?』

 

「そこは同意、かな。こいつは勝手に着いてくる。間違いない」

 

「うん、着いて行くよ。迷惑だとは思うけど、それでも、置いて行かれるのは、やだよ」

 

 エリックに置いていく気はないことを知ったためか、アルディスは嬉しそうにニコニコ笑っている。つい先程までガタガタ震えていたのが嘘のようだ――否、不安がゼロではないからこそ、着いてきたがっているだけなのかもしれない。

 そう思ったのはエリックだけでは無かったらしく、クリフォードが「一応聞きますが」とアルディスの右腕に視線を落としながら口を開いた。

 

「右腕、その状態でも痛くはないんですね? 実質不便なのは発声だけだな? 他は何もおかしくないんですね? 嘘は吐くなよ、お願いですから」

 

 置いて行く気はないが、アルディスの自覚症状を完全に把握しておきたいのだろう。クリフォードの問いかけに、アルディスはこくりと静かに頷いた。

 

「……信じますよ、何かおかしかったら、言って下さい。ただ、その……」

 

 ちらり、とクリフォードはマクスウェルの顔色を伺った。何かを訴えたいようだが、それを言葉にする勇気が出ないといったところだろうか。ただ、マクスウェルの方は言葉にされずともクリフォードの訴えを察したらしい。

 

『今まで通りにはしないけれど、それでも良い? クリフ』

 

「! は、はい……! ありがとうございます、マクスウェル様」

 

『うん、じゃあ……再契約といこうか。ただし、条件があるよ』

 

 クリフォードは、虚無の呪縛(ヴォイドスペル)に蝕まれているアルディスへの応急処置ができた唯一の存在だった。しかし、それは彼が精霊の使徒(エレミヤ)であった時の話である。今後、処置をするためには、マクスウェルの協力が絶対に必要となるのだ。

 幸い、マクスウェルはクリフォードの訴えを拒まなかった。しかし、これまで同様のものではないらしい。彼は、それは一体何かと首を傾げるクリフォードの後ろに立つ青年――ライオネルに向かって、微笑んだ。

 

 

『ライオネル=エルヴァータ。精霊の使徒(エレミヤ)クリフォード=ジェラルディーンの補佐として同行し、使徒としての能力の一部を引き受けなさい』

 

「!? え……っ!?」

 

 慌てて、クリフォードはライオネルの方へと視線を動かす。ライオネルは、真剣な眼差しをマクスウェルへと向けていた。

 

『ライ、あなたの役割は連絡と監視だ。今までクリフに任せていた二つの役目を、あなたに任せる。良いかな?』

 

「一応聞きますけど、オレ……その状態なら、見えるんっすよね?」

 

『うん。ただ、そういう事情で監視の能力を付けるつもりだから、あなたの場合はあなたの意思関係なく常に視界が私と繋がることになってしまうけれど……ああ、都合が悪い時は私の方から接続を切るから、言ってね……あー、でも、その時はあなたも不便なことになっちゃうけど、それでも良いかなぁ……?』

 

「はは、そんなの、良いっすよ。気にしないで下さい」

 

 ライオネルはマクスウェルの命を、拒まなかった。覚悟していたという可能性も考えられたが、彼がクリフォードに向ける複雑そうな視線を見れば、それは違うのだろう。

 

「……。また、反対する気か? クリフ」

 

 両の拳を強く握り締め、黙り込んでいるクリフォード。そんな彼を見つめるライオネルの表情は、どこか悲しげだった。

 

「確かに、今にして思えばあの時点のオレは――」

 

「ライ」

 

 拒まれる、そう思って言葉を発するライオネルを遮り、振り返りながら静かに彼の名を呼んだクリフォードの声は、力強くはっきりしたものだった。

 

「契約の後、ライの時間を下さい。僕はあまりにも、実戦から離れ過ぎてしまった……だから、手伝って欲しいんだ。ライが一緒に来てくれるとしても、今のままでは僕が足でまといになってしまうから」

 

「! クリフ、お前……!」

 

「これもきっと、起こるべくして起きたこと……だから、あの時僕が言えなかった言葉を、言わせて下さい」

 

 

『彼は非力な僕に戦う術を教えてくれて、彼の方が年下にも関わらず、ずっと気にかけてくれていた。ですが、僕があまりにも壁を作り過ぎたせいで、旅立つ前に言われてしまったんです……『お前に信じて欲しいのに。お前に信じてもらおうと、どれだけ頑張ったって、お前には届かないんだな』と……』

 

 ブリランテでクリフォードが言ったこの言葉。

 

 ここでいう『彼』がライオネルであることは既に分かっていたが、どのような経緯があって彼らが仲違いしてしまったのかは知らないままだった。だが、ライオネルがマクスウェルの言葉に驚かなかったこと、真っ先にクリフォードの様子を伺ったことからして、その真意は一つしかない――マクスウェルによるライオネル同行の令は、今回が初めてではなく、前回の令が下された時、クリフォードがそれを拒んでしまったが故に、二人は仲違いしてしまったのだろう。

 

 ライオネルの赤紫の瞳が、クリフォードを捉えている。発する言葉を考えていたのか、つかの間の沈黙が流れる。やがて、クリフォードは微笑みを浮かべるとともに、口を開いた。

 

「ライ、お前には、互いの背中を預けあえる存在であって欲しいんだ……協力、してくれますか? 僕も、お前を助けられるように努力するから」

 

「……!」

 

 八年前、彼が言えなかった言葉。

 漸くそれを聞くことができたライオネルは、顔をぱっと輝かせた。そんな非常に分かりやすい彼の姿を見て、マルーシャがくすくすと笑い始める。

 

「良かったね、ライ。わたし達、そんな言葉聞いたことないよ」

 

「ちょ……っ!」

 

「おー、それは嬉しいな……ちょっと気にしてたんだぜ? オレなんかよりも、コイツらの方が仲良さげにしてたから」

 

 余計なことを、と言いたげにクリフォードがマルーシャを見れば、彼女はぺろりと舌を出して誤魔化し笑いをしてみせる。だが、彼女が言わなければ他の誰かが言っていただろう。それくらい、ライオネルの反応は分かりやすかったのだ。

 彼がどんなことを積み重ねてきたかは知らないが、それだけの価値はあったのだということ。伝えてやりたいと思うのは、何も彼女だけではあるまい。

 

「クリフ」

 

 恥ずかしそうに視線を逸らすクリフォードの名を呼び、ライオネルは目を細めて笑った。

 

「任せろ。オレ、少しは身体も強くなったんだぜ! 今なら、お前に心配も不安も抱かせねぇよ!」

 

「……とは言っても、話を聞いた感じではお前が一番重症なのはあの時から変わっていない。無理はしないで下さいね。その……頼りには、してますけど」

 

「へへっ、そりゃ事実だけど、大丈夫だよ。大事にされてんだなーって思っとくよ!」

 

 二人の様子を黙って見守っていたマクスウェルは、彼らが無事に『仲直り』ができたようだと安堵し、再び語りかけてきた。

 

『今回は交渉決裂しなかったね、良かった。状況が状況だから、あまりここに長居はしたくないだろうし、クリフとライだけ残ってもらって……あなた達は、外に出ておく? 色々と準備することもあるだろうしね』

 

「あー……そう、だな」

 

 ちらり、とエリックはアルディスの方を見た。彼とは、色々と話し合っておきたいことがある。できれば、なるべく人数が少ない状態で。しかし、あまり表立って彼を誘ってしまうと怪しまれてしまうかもしれない。

 

「エリック、アルディス」

 

 どうしたものか、と考えていたエリックの肩……と、アルディスの肩を、いつの間にか背後にやってきていたらしいイチハが叩いた。

 

「!?」

 

「俺様の家に来てよ。若い男子の恋バナ聞きたいなーって」

 

「はっ!?」

 

 いきなり何を言い出すんだ、と返しかけたエリックに向けて、彼はウインクを飛ばしてくる。こんな気障な行為まで様になるのが、無性に腹が立つ。腹は立つ、が――ここは彼の好意に甘えるとしよう。

 

「……恋バナとやらは知らないが、アルとイチハの恋バナは気になるから行こうかな」

 

「何それ……エリックの恋バナ絶対聞き出すから……」

 

 

 とりあえず便乗してみた結果、女性陣が物凄い目で見ていた気がする。気にしないことにした。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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