テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.59 生命の天秤

 

 神殿に駆け込んできたエリック達の存在に気付いたのか、マクスウェルは奥の間ではなく、噴水がある開けた場所まで出てきてくれていた。こうなった経緯は分からずとも、緊急事態が発生したのだと、察してくれたのだろう。

 

『ど、どうしたんだ……そんなに、慌てて……?』

 

 あまりにも唐突過ぎたためか、マクスウェルは青年の姿のまま、エリックの傍にすっと寄ってくる。

 そして、抱えられた少年の姿を見て、事情を理解したのだろう。マクスウェルはアルディスへと微かに震える指先を伸ばす。神格精霊である彼でも、これには少なからず動揺してしまったらしい。

 

『これは、酷い、ね……』

 

 言葉に反応し、アルディスが弱々しく顔を上げてマクスウェルの方を向いた。意識を手放すことはなかったようだが、ギリギリの状態なのは間違いない。

 遮断されてしまった視界に、全く動かない右腕。一向に止まらない酷い震えと、荒い呼吸。徐々に高くなっていく体温――そして恐らく、アルディスは発声ができなくなっている。

 

 先程、彼が着ている黒のハイネックを下に動かしてみたのだが、呪いの痣がアルディスの首を這うようにまとわりついていた。右腕が動かないことも含めて考えれば、これが原因で声が出せないことは安易に想像できる。

 

『クリフが着けられてた枷の完成版、か……』

 

 虚無の呪縛(ヴォイドスペル)の存在に気付いたらしいマクスウェルを見据え、エリックはおもむろに口を開いた。

 

「頼む、マクスウェル……助けてくれ」

 

 そうエリックが言えば、マクスウェルは顔を上げ、どこか辛そうに目を細めてみせる。

 

『私にも限界がある。やれるだけのことは、するけれど……ごめん』

 

「ッ、マクスウェル様でも厳しい、と……?」

 

『クリフ、言っておくけれど、私は万能じゃない。少なくとも解呪に関しては、私の力では厳しいね……』

 

 アルディスに手をかざしたまま、マクスウェルは奥歯を噛み締める。彼は「追いつかないな」と一言呟いた後、エリックの顔へと視線を移した。

 

『しばらくこの子、借りて良い? 奥の間でやれるだけ、やってみるから』

 

「あ、ああ……勿論」

 

 相手は神格精霊だ。信用しても大丈夫だろうと、エリックはマクスウェルにアルディスを託す。そもそも、この状況で悩んでいる余裕は無い。アルディスも特に抵抗することはなかった――否、いつの間にか彼は意識を手放してしまっていた。限界を迎えてしまったのだろう。

 

(アル……)

 

 不安が、顔に出ていたのだろうか。アルディスを抱えたマクスウェルは少し考え込んだ後、口を開いた。

 

『……。一応、解呪の手段が無いわけじゃない。しかも、あなた達なら割とすぐに、解呪できる状況だったりする。ただ……』

 

 解呪が間に合わずに死なせてしまうことはないだろう。

 そう言ってマクスウェルはアルディスを見下ろして口を閉ざす。エリック達が話の続きを待っていると、彼は「全部は言わない」と言って顔を上げた。

 

『あなた達は……特にこの子は、間違いなくその手段を選びたがらないだろうなって』

 

「それは、どういう……」

 

『できることなら、違う方法を捜してあげて欲しいから、言わない。まあ、どうしようもならなくなったら、強行させてもらうけれど』

 

 変なこと言ってごめんね、と困ったように笑い、マクスウェルは奥の間に向かっていった。それを追う気にはなれず、エリックは黙って状況を見守っていた仲間達を振り返った。

 

「今の……どういうことか、分かったか?」

 

 エリックの問いに、ライオネルとイチハが迷いながらも言葉を紡ぐ。

 

「うん……何となく、察した。まあ……“どっちか”、だろうなぁ、とは……」

 

「可能性があるとすれば“あの子の方”だね。嫌な話、あの子は絶対迷わないだろうなぁ……俺達がどう思うかなんて、絶対に考えないよ」

 

 だが彼らもやはり、具体的な話をしようとはしない。余程、良くない手段なのだろう。できることならば選んで欲しくない手段なのだろう。

 マクスウェルが提示した方法を察したのはクリフォードも同様だったようで、彼もやはり浮かない表情をしている。エリックの視線に気付いたのか、彼は目を伏せて話しだした。

 

「恐らくあの子は“鍵の子”だから、大丈夫だとは思うのですが……万が一、そうでなければ、間違いなく……」

 

 聞きなれない単語が出てきたが、それを説明する気はないらしい。ちらりとエリックを見たアシンメトリーな瞳は、隠しきれない戸惑いを写していた。

 

「まさに『生命の天秤』、です……エリック、お前はそういうの。嫌いでしょう?」

 

「生命の、天秤……」

 

「イチハ兄さんの言うように、本人は迷わないでしょうね。恐らくアルを救う条件を満たした時点で、死にたくなるほどの絶望を同時に味わっている筈だから……尚更」

 

 

 アルディスか、他の“誰か”、か。

 

 最悪の場合、エリック達は“どちらか”を選ばなければならない――それが、クリフォードの言う『生命の天秤』。

 

 

「マクスウェル、どうしようもなくなったら、強行するって言ってた、わよね……?」

 

「そりゃそうだろ。アルディスはフェルリオの皇子様だぜ? 死なせて良い理由なんて存在しねぇよ。まあ、それを免罪の理由にして良いとは、オレも思いたくないけどさ……」

 

 フェルリオの皇子であり、現時点で最後の正統な後継者であるアルディスの死は、間違いなく世界に大きな影響を与えるものだ。少なくとも、フェルリオ帝国にとっては致命的な問題となる。それを、忘れてはならない。

 しかしながら、代わりに彼以外を死なせても良いのかと問われれば、それはまた別の問題である。そして、マクスウェルやライオネル達の言い方から推測するに、アルディスの“代わり”となれるのは仲間達の誰かだ。

 

「アルだけは死なない……か」

 

 エリックはチョーカーで覆われた首を指でなぞり、ため息を吐く。あの日、何の考えも無しにディミヌエンドで口走った言葉が、脳裏を過る。

 

 

『彼が命を落とした時……その時は私も、この場で自ら首を切り落としましょう』

 

 

 勿論、場を宥めるためのハッタリではなかった。その思いは、今も変わらない。それだけの覚悟を持ったまま、エリックは今この場にいる。

 だからこそ、どうしようもなく複雑だった。救わなければならない命を救う術が見つかったというのに、その術は決して喜べるものではなかった。何とも言えない思いが込み上げてくる。決してあの時、自分以外の命を賭けたつもりはなかったのに、と。

 

 

「それはきっと、あたしではないのよ、ね」

 

 悩むエリックの耳に、悲しげな呟きが届いた。その声は、酷く震えていた。

 

「あたしが、あの子を助けられるなら。喜んで身を差し出すわ……あたしはあの子がいなければ、死んでいた身だもの。当然よ……」

 

 声の主――ポプリは、橙色の瞳を潤ませながら言葉を紡ぐ。その姿を、エリックは何も言わずに眺めていた。

 

「あの子が怒ろうが悲しもうが、そんなの関係ない。けれど……あの子を救えるのは、きっとあたしなんかじゃない。あたしの、歪な力なんかじゃないわ……」

 

 ぎゅっとスカーフを握り締め、ポプリは頭を振るう。そんな彼女の姿を見て、ふとエリックは先程ポプリが口にしていた話を思い出した。

 

 

秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)の突然変異で、上位能力!? そんなの、純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)のエリック君に、制御できるわけ……』

 

『特殊能力、秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)はすごく強力な能力だから。そして、鳳凰狩りを隠れ蓑に、あたし達も狩られる側になった……フェリシティは、その最初の被害者よ』

 

『彼女の能力を見て、研究者達は秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)能力者に目を付けたんだと思う。だけど、国民を普通に捕らえるわけにはいかない。だから、フェリシティみたいに暴走しちゃった子どもは真っ先に被害にあったの』

 

 ポプリは恐らく、かなり龍の血が濃い龍王族(ヴィーゲニア)だ。しかし、魔術が苦手な種族で秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)能力者であるにも関わらず、フェリシティのように力を暴走させていない。

 

 それは、彼女がかつてアルディスの右目を斬り付け、力を奪ったことの恩恵であると考えて良いだろう。

 

「……。ノアは、昔から運動神経が良かったの」

 

 エリックの視線に気が付いたのだろう。ポプリは貼り付けたような笑みを浮かべて、涙をこらえながらゆっくりと語り始めた。

 

「多分、暗舞(ピオナージ)の血が入ってるからなんでしょうね。気配に凄く敏感で、ペルストラ周囲の魔物狩りなんかもやってくれたのよ」

 

 それはエリックもよく知っている。魔物や敵意ある存在の接近にいち早く気付き、即座に対応する瞬発的な能力の高さでアルディスの右に出る者はいないだろう。

 昔から、そして今も。アルディスは肉体的な強さでどうしても劣ってしまう部分を、感覚的な部分で補っていた。きっとこの点においては、自分は一生敵わないだろうとエリックは思う。

 

「……すごいよな、アルは」

 

「だって、あの子は戦場を知ってる子だもの……だからこそ、鍛えられた能力なんだと思う。常に命の危険に晒されてきた子だから……そう考えれば考えるほど、おかしいのよ」

 

 再会して、一緒に旅をして。尚更「おかしい」と思ったことがある、とポプリは握り締めたスカーフのシワをより一層深くした。貼り付けたような笑みは、消えてしまった。

 

「そんな子、どう考えたってあたしなんかが傷付けられるわけないのよ……」

 

「……!」

 

 そう言われ、エリックはハッとした。

 アルディスの傷は、明らかに正面から斬り付けられたものだ。しかも、原因となった刃物は剣でも槍でもなく、ただの果物ナイフだという。そして刃物を向けたのは屈強な戦士などではない。大して年の変わらない少女だ――あのアルディスが、それを避けられない筈がない。

 

「あたしが、馬鹿だった……怯えて、傷付いて、あたしから、あの街から“逃げてくれる”って、そう、思ったのに……避けてくれるって、思ってたのに……」

 

 ポプリの頬を、涙が伝った。

 

「後になって、知ったの。龍王族(ヴィーゲニア)秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)能力者は、自力では能力を制御できずに死んでしまうことが圧倒的に多いんだって。だから、延命目的で純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)を求める人間も多いんだって……特殊能力に詳しいあの子が、それを知らないわけがない。それくらい、あたしのお母さんから聞いてたって、おかしくない……あたし、覚醒直後に身体、少しおかしくしてたしね……あの頃は考えもしなかったけれど、多分、長くは持たなかったんじゃないかな」

 

 アルディスは、あえて避けなかった。それどころか、黒衣の龍の襲撃事件が起こらなかったとしても彼は、いずれポプリに自身の右目を抉らせたのではないだろうか。

 

 異常な出生故に自身の生命を軽視しているアルディスなら、ポプリを生かすために右目を犠牲にすることくらい、安易に予想できる。

 

「あの日、ね……あたし、あの子に『疫病神』って言ったの。だから、尚更避けなかったんだと思う。尚更、「死んだって良い」って、思わせちゃったんだと思う……だから、ナイフも言葉も全部、真面目に受け止めて、心を、閉ざして……ッ」

 

 人を思いやる気持ちを持った、優しい子だって知ってたのに、と泣きじゃくるポプリを見て、この姉にしてあの弟だとエリックは幼き日を思い返していた。

 

『“普通に愛される”君には……ッ、君には絶対に俺の気持ちなんて分からないよ! 君は、俺なんかとは絶対に違う! 俺は……ッ、どんなに頑張っても君のような存在にはなれないというのに……ッ!!』

 

 かつて、アルディスは戦場を生きる存在だった。間違いなく、好き好んでそうなったわけではない。そうでなければ、生きられなかったから……愛されなかったから。

 エリック自身も“普通に愛された”かといえば違うのだが、アルディスはそんなエリックの事情など知らないだろう。エリックも当時アルディスの事情など知らなかったのだから、当然だ。

 

『もう懲りただろう!? 分かったら二度と、俺に干渉しないで……俺はもう、誰のことも信じたくない……もう誰とも関わりたくない……ッ!!』

 

 “誰のことも信じたくない”、“誰とも関わりたくない”――それはかつて、心を閉ざしていたアルディスが、エリックとマルーシャに吐いた言葉。

 

(あ、あれ……?)

 

 ペルストラ事件の際、ポプリに右目を斬り付けられた彼は酷く傷付き、人間不信となったのだろう……と、今までエリックは考えていた。間違いなくポプリもそう考えていたに違いない。しかし、アルディスのポプリへの対応を見ていると、どうにもおかしいのだ。そう仮定するには、何か重大な事実を見落としているような気がする。

 

「……ポプリ」

 

 静かに、まだ何かを隠しているであろう人物の名を呼ぶ。その人物が……ポプリが顔を上げるのを見て、エリックは「悪い」と呟いた。

 

「僕の予想が正しければ、今から僕は、お前に残酷な言葉をかけると思う」

 

「……」

 

 きっと、ポプリは見当違いなことを思い浮かべている。アルディスの件で責められるのだと、そう思っているに違いない。

 一度は踏み込むまいと決めたが、今後のことを考えればやはり聞いておくべきだろう。黙り込んでしまった彼女の琥珀色の目を見据え、エリックは口を開いた。

 

 

「ペルストラのことを、お前はどう考えているんだ?」

 

「ッ!?」

 

 

 生まれ育った街。故郷――ポプリにとって、ペルストラがそれに該当する。

 

 それなのに、何故かポプリはペルストラを気にかけるような言葉を一切口にしなかった。それどころか彼女は、何故か自分自身の過去を語らなかった。

 聞かれていないのだから当然かもしれないが、アルディスに関係する最低限のことしか、彼女は語らなかった。

 強いて言えば自分が領主の娘ということを喋ってくれたことくらいだろうが、その時の彼女はアルディスの素性を誤魔化すための嘘を交えた話をしていたため、どこからどこまでが真実なのかいまいち分からない状態だ。

 

「そ……そんなの、当然、早く、復興したら良いな……って……」

 

「それなら、何故帰らない? 領主の娘なら、率先して動くべきなんじゃないのか?」

 

「……ッ、でも、あたしは……!」

 

「お前の年齢なら、孤児院を出ていても不思議じゃない。『孤児院から出てきて復興を手伝います!』っていう流れにはならないのか?」

 

 我ながら最低だな、とは思う。ちらりと視線を動かせば、クリフォードがこちらを黙って見つめていた。彼も、完全に事情を知っているわけではないのだろう――ポプリはクリフォードに対し「何も話してくれない」に近い言葉を発していたが、それはお互い様だろうと言ってやりたい。

 ライオネルとイチハはともかく、クリフォードが心配そうな様子を見せつつも一切助け舟を出さないのは、恐らくそれが理由だ。成り行きを見守っていれば、多かれ少なかれポプリの事情は見えてくるからだ。だから彼は、何も言わないのだ。

 

「……」

 

 不思議と、エリックの周りにはエリック自身も含め、対人関係がやけに壊滅的な者ばかりが集まっていた。

 

 エリックは王子であるが故に、例外はあれども誰も不必要には寄ってこなくなった。

 マルーシャは王子の許婚として疎まれ、貴族社会の中で蔑まれて生きてきた。

 アルディスはそもそも他者を寄せ付けてこなかったし、事情が事情である。

 ディアナは種族柄、この国ではどうしようもない……向こうの国でも最悪だが。

 クリフォードはライオネルとイチハを含め、基本的に『関係者』止まりだ。

 

 皆、何かしらの理由で対人関係を上手く築けない状態にあった。事情を知ってしまえば、当然そうなるだろうと言いたくなるような状況である。

 

 未だいまいち事情を理解できていないが、ポプリの場合は能力柄そうなってしまったのだろう。だが、やはり妙なのだ。

 辿っていけば、どこからおかしくなっているのかは一目瞭然だ――彼女の故郷、ペルストラには、何かが、ある。

 

 だからこそ、エリックは彼女が抱えているものを探るために先程の質問を投げかけたのだ。何もなければ普通に答えられる、簡単な質問である。そんな質問だからこそ、彼女が答えられなかった時点でペルストラは悲劇の地ではなく、一気に訝しい場所と化す。

 

 エリックの質問に黙り込んでしまったポプリだったが、それではいけないと思ったのだろう。彼女は作り笑いを浮かべ、軽く首を傾げてみせた。

 

「……意地悪ね。あたしがそれ聞かれるの嫌なんだって、分かってて聞いてるんでしょう?」

 

「そりゃ、な」

 

 そうはっきりと肯定してやれば、ポプリの笑みが微かに歪む。泣かせてしまうことを覚悟していたエリックだったが、意外にも彼女はもう、涙を流すことはなかった。

 

「あたしが後悔してるのは、ノアのことだけ。様々な形であの子を傷付けてしまった、そのことだけ……あの街のことは、何とも思ってないわ。どうなったって良い。知らないわよ、あんな街!」

 

 アルディスの件を後悔しているのは、間違いない。しかし、ペルストラがどうなっても良いというのは嘘だろう。明らかに本心とは異なることを口にしている。追い込まれた時の彼女は、致命的に嘘が下手だ。

 

「ポプリ、お前なぁ……」

 

 アルディスの正体のことを問いかけた際に彼女が何も言えず黙り込んでしまったことを、エリックは昨日のことのように覚えている。結果的に良い方向に転んだとはいえ、あの時の凄まじい絶望感は、忘れもしない。

 嘘がバレバレだとまでは言わなかったが、エリックの口振りからそれを察したのだろう。ポプリは奥歯を噛み締め、軽くエリックを睨みつけた。初めて見る、表情だった。

 

 

「……言わないわよ、何も」

 

「もしかして……アルに知られるのが、嫌なのか?」

 

「……」

 

「分かった。もう聞かない……悪かった、許してくれ」

 

 最後の問いは博打だったが、本当に何も言わなくなってしまったために結果は分からずじまいだ。これは怒らせたな、とエリックは今度こそ会話に入ってきてもらうためにクリフォードへと視線を移した。自分よりも彼の方が、ポプリを宥める術を知っているだろうと思ったのだ。

 

「えーと……その、もし良かったら……マルーシャかディアナを探しに行きません、か? 正直辛いし、ついでに痛いんですよね……」

 

「……あ」

 

 ははは、と笑うクリフォードの右肩。右肩付近の、真っ赤に染まった白衣。それを見て、ポプリは琥珀色の瞳を丸くし、何とも間抜けな声を上げた。

 

「ああっ!? ご、ごめんなさい!! そうよね、怪我してたのよね!?」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。緊急事態でしたし、この程度の痛みなら全然平気だ……ただ、そろそろ辛くなってくるかなーと……僕の治癒術は僕自身を対象にはできませんし……」

 

「忘れていた僕らも悪かったが、そういうことは早く言ってくれ! 多分両方一緒にいるから、さっさと探しに行くぞ!!」

 

 そしてエリックもエリックですっかり忘れていた。彼が平然としていたせいで、てっきり自分で治療したのかとまで考えてしまっていた。

 マクスウェル達が何も言わなかったこともあって完全に頭から抜け落ちてしまっていた。何故何も言わないのかとイチハとライオネルを見れば、揃って「何か口出せる雰囲気じゃなかった」などと言い出す始末だ。

 

「本当に大丈夫ですよ。スウェーラルで背中ばっさり斬られてもしばらくは動き回っていたでしょう? ライやイチハ兄さん、それからマクスウェル様は、そういう僕の体質を知ってるんだ……つまり、お前達を待ってても良いかな、と」

 

「まあ、持ってあと数十分だったと思うけどな。それ過ぎそうならクリフ担いであの二人探しに行ってた」

 

「……俺がやっといてアレだけど、クリフって痛みに強いから、どこまで辛いかぱっと見じゃ分からないんだよね」

 

「あのなぁ……」

 

 話題を変える、という意味では極めて有効な助け舟だった。しかし、色々と指摘したいことがあり過ぎてため息さえ出ない。

 とりあえずマルーシャとディアナの二人と合流して、それからここに戻ってこよう。そう決心し、エリック達は神殿を後にした。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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