テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.55 神格精霊マクスウェル

 

「オレはこの地の番人、ライオネル=エルヴァータだ! お前らをマクスウェル様の元には行かせねぇからな!」

 

 

 やる気に満ち溢れた青年――ライオネルを見て、「やっぱりお前か」と思ってしまったのは秘密だ。とりあえず、今はそんなことを考えている場合では無さそうなので、エリック達もレーツェルから武器を取り出し、ライオネルの襲撃に備える。

 

「んあ? お前ら来ねぇのか? じゃあ、オレから行かせてもらうぜ!!」

 

 とん、と軽く地を蹴り、ライオネルが大きく飛躍する。妙に滞空時間が長い。その理由は、彼の背にある青の翼で間違いないだろう。

 

「おらぁ! ――爆砕陣(ばくさいじん)ッ!!」

 

 上空で左の剣を消し、右の剣のみに体重を掛け、エリックに向かって振り下ろす。出方を見極めるためにもエリックはそれを避けることなく、真上に剣を水平に構え、防御の姿勢を取った。

 

「ッ、そりゃ番人なら覚醒くらいできてるか……! イチハの忠告は信じた方が良さそうだな!」

 

「イチハ兄も知ってるんだな。へへっ、オレはそこまで弱くねぇよ、安心しな!」

 

 ライオネルはエリックより小柄な青年だったが、戦舞(バーサーカー)故か強い腕力に重力を乗せた彼の一撃は非常に強烈なものだった。エリックは何とか耐えたものの、彼の両足は柔らかな地面に少し埋まってしまっている。水平にした剣を薙ぎ、ライオネルを弾く。彼はひらりと空中で体勢を立て直し、再び双剣を構え直した。

 

 

「助太刀する!」

 

 そう言ってローブを脱ぎ捨て、前に飛び出してきたのはディアナだった。そして彼女の声はしっかりとライオネルに届いていたようだ。

 

「お、良いなそういうの! しかも、お前なら空中戦もできそうだな!!」

 

 ライオネルがディアナに標的を変えた。ディアナもそれに気付き、レイピアを両手で構え直す。ライオネルはディアナに向かって駆け出し、剣を手にしたままその場に両手を付いた。

 

天龍舞(てんりゅうぶ)ッ!」

 

 ライオネルはそのままぐるりと一回転し、謎の行動に驚いたディアナの懐に入り込んだかと思うと彼女のレイピアを蹴り飛ばしてしまった。

 

「あ……ッ」

 

「今だ! オラァ!!」

 

 ライオネルが姿勢を立て直すと共に振り上げた剣の切っ先。それは、攻撃を避けきれなかったディアナの胸元の布地に引っかかり――その布地を、豪快に大きく裂いてしまった。

 

 

「っ! きゃあああぁああ!!!」

 

「うぇ!?」

 

 叫び、胸元の布地を押さえてディアナはその場に座り込んでしまった。ああうん、やっぱり女の子だなあとエリックはこめかみを押さえる。

 

「ああ……ごめん! えーと、そのー……」

 

 ライオネルが狼狽えている。立ち位置から考えて結構しっかり見てしまったのだろう。彼は顔を真っ赤にし、なるべくディアナを見ないようにしながら、口をもごもごさせている。何かを言わなければ、と。

 

「えーと、えーと……そうだ」

 

 焦り、彼は漸く口を開く。

 

 

「着痩せするタイプなんだな……」

 

「そうじゃないだろう!!??」

 

 

 思わず指摘してしまった自分は悪くないと信じたい。

 頭痛に耐えながら、エリックはちらりと仲間達の方を伺う。マルーシャとポプリが固まっているのはまだ良い、当然の反応だ。問題はアルディスだ。お前まで固まるんじゃない、とエリックは上着を脱ぎながら彼の元へと走った。もう、戦闘どころじゃなかった。

 

「アル! 何やってんだお前は……ッ!! 形状的にお前の服よりは僕の服のが良いだろうから、これ持ってさっさと行ってやれ!!」

 

「えっ!? あ……え?」

 

「こういう時に僕らがしてやれることはもう一択しかないだろう……ッ!?」

 

 遠く離れていたというのに、アルディスまで顔を真っ赤にしてディアナから目をそらしている。どうしようもないなとため息を吐きながらも、エリックは自分の上着を彼に渡してその背を力強く押した。とりあえず動いてくれたので後は彼本人に任せるとして――問題はマルーシャとポプリだ。

 

「え、エリック……?」

 

「ああ、その……つまり、そういうことなんだが……僕の口から話さない方が良いと思う。今は、待っていてくれないか?」

 

 こういうことを、自分の口から話すのはどうかと思う。そう、エリックは考えていた。意図を察してくれたらしく、マルーシャとポプリは頷き……エリックと共に、チャッピー(中身は間違いなくイチハだ)に襲われるライオネルへと視線を向けた。

 

 

「きゅううううぅうう!!!」

 

「痛い!! イチハ兄!! 痛いッ!! やめ……っ!!」

 

「きゅーっ!! きゅうううぅうう!!!!」

 

「ぎゃあぁああああぁあぁ!!!!」

 

 

――エリックは、考えることをやめた。

 

 

 

 

 イチハに襲われ、雑巾のようになったライオネルを放置してエリック達は先に進んだ。放置して良いのか悩んだのだが、イチハに「先行っといてよ」と言われたので考えることをやめてしまっていたエリックは先に進むことを選んでしまったのだ。

 

 しばらく進んだ先に見えない障壁のものがあった。通ることはできるようだったので、気にせずに通過すると、開けた居住区のような空間へと辿りついた。

 

(ここが……ルーンラシスか……)

 

 もしかすると、かつて人の住む集落であったのかもしれないそこは、今となっては緑の蔦や苔に覆われた場所であった。しかし、ラドクリフ王国内であるにも関わらず周囲を飛び交っている下位精霊の存在もあってか、廃墟とは思えないほどの幻想的な美しさを保っている。

 ところどころに流れる湧水の音や小鳥のさえずり、穏やかな深緑や花々の香り。それらはエリック達に十分な安らぎを与えてくれていた。

 

 

「……あの」

 

 口を開いたのは、まだ目に涙の残るディアナだった。羽織ったエリックの上着をぎゅっと握り締め、彼女は声を震わせる。

 

「ごめん、なさい……っ、ごめんなさい……!!」

 

 少し落ち着いていたのだが、喋ったことによって再び涙が溢れてしまったのだろう。彼女が嗚咽を漏らしながら紡ぐ言葉に、エリック達は静かに耳を傾けていた。

 

「わ、私なんかが男だって言い張るの、無理があるって分かってたよ……!! 強くならなきゃ、馬鹿にされると……そう、思ってたの……っ、それに、私……こんな、短い髪になっちゃったから……っ、どうせ馬鹿にされるんだったら、男のフリをしようって……ちょっとでも、強くなろうって……っ」

 

 ボロボロと涙を流しながら、ディアナは顔を上げる。本来の彼女は、こんなにも可愛らしい喋り方をするのだなと感じながら、エリックはその小さな頭に手を伸ばそうとした――が、そこには先客がいた。

 

 

「君が頑張っているのは、俺が誰よりもよく分かってる。ずっと、傍にいたんだから。よく頑張ったね」

 

 白い陶器のような肌に、喋り方。アルディスかと思った……が、違う。そもそも声が違う。ハッとして顔を上げたエリックの目に、漆黒の艶やかな髪をした青年が映った。

 

「ッ、だ、だれ……?」

 

「俺は霧生イチハ。今の俺が、君達がチャッピーって呼んでたあの鳥の、本当の姿……どうだ? 結構、良い感じだろう?」

 

 青紫の目を細めて青年は微笑む。低い位置で束ねられた黒髪が風に流れた。その青年の姿に、エリック達は絶句してしまった――こんな人間が、この世に存在するのかと。

 

 ディアナの藍色の髪同様に、彼の黒髪は純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の特徴である白い肌を際立たせるものであった。だが、彼の場合はそれだけでは終わらない。ぞっとするほどに、恐ろしいほどに、その姿は端正で美しいものであった。ここまで来ると、「美しい」という言葉さえも過小に感じられる。

 

「……ん、何? 見とれちゃってんの? ほら、俺様の話は嘘じゃなかっただろ? 本当に美丈夫だったろ?」

 

「ああ……黙っときゃ良いのにって思うくらいには」

 

 全体的にどことなく中性的な風貌だからこそ、性別の概念を超越した美麗さの持ち主である。何よりも特徴的なのは、中でも惹かれるのは少し垂れ気味の、切れ長なアイオライトの瞳だろう。麗しいその瞳は、高価な宝石を思わせる。微かに前髪の掛かったその瞳は柔和な雰囲気を纏いつつも、どこか妖艶な色っぽさをその奥に潜ませていた。

 

「ははは、さらっと酷いこと言うなぁ」

 

「……ッ、鳥にしとくには勿体無いな、本当に……!」

 

 微笑みを向けられたことにより、隠れていた色気が前に押し出されてきた。年齢も二十代半ばから後半ぐらいだろうし、大人の色気とはこのことだろうかとエリックは息を呑む。エリックだけではない、揃いも揃って、同じ反応をしたことだろう。

 この男を前にしっかり言葉を発することができただけ、エリックはまだ、イチハの美貌に飲まれていない。自分よりも、さらにはクリフォードよりも微かに高い身長で見下ろされても威圧感を感じないのは、彼の性格がもたらす効果だろうか。

 ほどよく筋肉の付いた彼が纏うのは、見たことのない形状をした黒の衣服。否、レムが似たような形状の衣服を来ていただろうか。ただ、右足のレッグカバーはアルディスが身に付けているものと共通している。恐らく、同じ流派なのだ。

 

 

「ああもう、困った子達だなぁ。そろそろ慣れてくれよ、気持ちは分かるけどさ」

 

 イチハがそう言えば、マルーシャがはっとした様子でエリックを見た。

 

「え、エリックも格好良いよ!! 格好良いからね!!」

 

「良い! マルーシャ、それは良い!! 別に張り合うつもりないから!!」

 

「くそ……っ!!」

 

「アル! お前も張り合うんじゃない! せめて今はやめろ!!」

 

 何だこの空気は。揃いも揃っておかしくなっているのか。エリックは縋るような思いで、ポプリへと視線を移す。

 

 

「く、クリフだって……あなたに、負けないくらい……っ」

 

「いくらなんでも美貌お化けと並べるのはやめてやれ!!」

 

 

 美貌お化け。顔といいスタイルといい、欠点が性格以外に見当たらないイチハの容姿を一言で言い表すならば、もうこれしか無いだろう。この場にいないクリフォードが色んな意味で死にたくなりそうな言葉を吐きかけたポプリを静止しつつ、エリックは己の髪をがしがしと掻いた。この状況をもたらしたイチハは、どこか嬉しそうに笑っている。

 

「ほら、ディアナちゃん。君が性別を隠してたことが分かったところで、俺様で全部流れちゃうんだよ。言い方悪いけど、その程度なんだよ、君の隠しごとって」

 

「……」

 

 イチハの発言に落ち込んだのか、ディアナは固まってしまった。そんな彼女の視線と高さを合わせるように、イチハは服が汚れるのも構わずその場に片膝を付く。彼は震えるディアナの頭に手を乗せ、綺麗な笑みを浮かべてみせた。

 

「皆、君の本質を見てた。だから性別なんて、隠しごとなんて、どーでも良かったんだよ」

 

 だからもう泣かないの、というイチハの言葉に、ディアナは怯えながらもエリック達を見回した。誰も、イチハの言葉を否定しなかった。その事実に、ディアナは青い大きな瞳からボロボロと涙を流し始める。

 

「くっそ、イチハさん格好良いな……」

 

 再び悔しげな声を発したのは、アルディスだった。

 

「まあ、つまりそういうこと。お前がいてくれさえすれば、俺はどっちだって良いよ。だから、もう気にしないでよ。何も、変わらないから。だから、俺と一緒にいてよ」

 

 是非ともイチハよりも先にこれを言って欲しかったのだが、もう過ぎた話である。言葉選びでイチハに対抗しようとしているのか、捉えようによってはプロポーズのようにも思える言い回しで、アルディスはディアナに語りかける。

 

「ッ、……うぅ……っ、アル……!」

 

 彼を真っ直ぐに見つめていたディアナが、涙を零しながらアルディスの傍へと寄って行く。それを迷わず抱き寄せるだけの度胸がアルディスにあったのだから、今までの駄目っぷりはギリギリ帳消しになったことだろう。何とか、及第点だ。

 

「……。ディアナちゃん、恥ずかしがり屋の強がりさんだから、後で絶対反動出るだろうな……アルディス皇子が変に落ち込まなきゃ良いけど」

 

 その様子を、イチハが笑いながら眺めている。多分その心配は的中するんだろうな、とエリックは案外策士らしいイチハから目を逸らして苦笑した。

 

 

 

 

 数分後、イチハの予感は見事に的中したが、そんなことはもう良いとエリック達は先へと進み始めた。ここで暮らしていた時期があったのだから当然だが、イチハは主――マクスウェルを知っており、彼の元へとエリック達を案内してくれた。

 

 

「ここから先は足を滑らせないように気をつけな。この辺の苔は、よく滑るから」

 

 奥へ向かうと、石造りの神殿が現れた。他の場所同様に苔や蔦で覆われた上、ここは小動物の巣にまでなってしまっているようであった。しかし、それでも尚残っている神々しさは、神殿に住まう者がマクスウェルだからこそなのだろう。

 

 神殿に、足を踏み入れる。通路に設置されてはいるものの、灯りの点っていなかった松明にはイチハが簡易的な魔術で火を付けてくれた。恐れることなく、先に進んでいく彼の後を、エリック達は何も言わずに着いて行く。

 ぴちゃり、と水が跳ねた。水溜りがあったらしい。よく見ると、通路の側面から水が流れている。湧水は、ここにも流れているということらしい。それでも気持ち悪さを感じないのは、その水が濁ることのない聖水であるからだ。

 

(そういえば、ケルピウスが生み出す水も聖水だったよな……)

 

 そんなことを考えつつも、エリック達は進んでいく。途中で二手に分かれる道があったり、いきなり開けた場所に出てきたかと思えば古びた噴水があったり、中庭のようなものが登場したりと、なかなかに道のりは長い。それでもイチハは迷わない。これは、外部の者を簡単に侵入させないための仕掛けなのだろうとエリックは思った。

 

 そうして進んだ先で、石造りの巨大な扉がエリック達の道を阻んだ。

 経年劣化した扉は苔がまとわりつき、元の色が分からない状態と化していた。それでも、この向こう側にいる存在がいかに偉大なものであるかは、こんな扉越しだというのにはっきりと伝わってくる。

 

「……」

 

 イチハは一歩前に踏み出し、扉に手を這わせて口を開いた。

 

「マクスウェル様、イチハです。ただ今、戻りました……客人と、共に。どうか、ここを開けて頂けないでしょうか」

 

 緊張しているようであったが、怯えてはいないようだ。自信過剰らしい彼らしくない態度だな、とエリックは感じる。

 

「!」

 

 だが、よく考えてみれば、イチハはマクスウェルにとっては部外者である自分達をここに招き入れた存在。罰せられる可能性もある。緊張して当たり前なのだ。

 どうしてそれに早く気付かなかったのかと、エリックは焦りを覚えた。

 

「お、おい、イチハ! お前、大丈夫なのか?」

 

「何がだい?」

 

「その、僕らを、こんなところに連れてきて……お前は、大丈夫なのか?」

 

 ギギギ、と音を立てながら、扉が勝手に開いていく。扉の向こうから、光が漏れてくる。その光に照らされながら、イチハは柔和な笑みを浮かべてみせた。

 

「君達はクリフが選んだ子達だから、きっと大丈夫。それに……」

 

 ふっと息を吐き、イチハは扉の向こうにいた者へと視線を向ける。

 

 

「マクスウェル様は、この程度のことで俺達を罰したりしないよ」

 

 

 微かに、風を感じた。扉の向こうから、誰かがやってくる。今までいた場所が薄暗かったこともあり、扉の向こうが眩しすぎて、よく見えない。

 

『多分、クリフのことを心配してるだろうから、先に言っておこうかな。別に何もしてないよ、本人は、八つ裂きにされるくらいの覚悟でここにきたみたいだったけどね……あ、あの子ひっくり返っちゃったから、家に送っといた。後で会いに行ってあげてよ』

 

 少しずつ、目が慣れ始めた頃に聴こえてきたのは、穏やかな青年の声。その声は脳に、直接語りかけてくるような形でエリック達に届く。だが、不思議と怖くはなかった。相手が悪いものではないと、感じ取れたからかもしれない。

 

「な……っ!?」

 

 だが、エリックはその声の主を見て、強い衝撃を受けることとなる。

 

『この容姿、クリフは怖がるから、あの子の前ではもう少し小さい姿でいるんだけど……あなた達なら、良いかなって。それに、絶対に面白い反応してくれるって思ったから――特にエリック=アベル=ラドクリフ。あなたに関しては』

 

「……」

 

『何のイタズラだか知らないけど、偶然だよ。私とあなたの場合はこうなる可能性が無かったわけじゃないけど、実現するとは思わなかった、驚くよね。精霊の使徒(エレミヤ)達を通して見た時は私も驚いたよ』

 

 癖のある金糸のような髪に、切れ長の瞳。肌は白く、瞳の色は海のような深い青色であったが、イチハとは違う意味で驚かされる風貌の持ち主。それが、今エリックの目の前に立っている存在であった。

 エリックだけではない、イチハ以外の仲間達は、声の主の姿に動揺を隠せない様子であった。ふふ、と“彼”は楽しげに笑った。

 

 

『――私はマクスウェル。待っていたんだよ、あなた達が、来てくれる日を』

 

 

 神格精霊マクスウェル。その容姿は、“彼”の目の前に立つエリックに、酷似していた。

 

 

 

―――― To be continued.




 
APP18のイチハ兄さん

【挿絵表示】


マクスウェル様

【挿絵表示】


(絵:長次郎様)

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