テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.52 強さの形

 

 ブリランテでしっかりと準備を整え、数日掛けて険しいカルチェ山脈を越えた。その後はディミヌエンドに寄って置き去りになったままだった荷物を回収し、街の人々に回収されそうになっていたアルディスを確保してディミヌエンドを出る――この騒動の際、アルディスってそういえば皇子だったな、と思ったのは秘密だ。

 それも、アルディスは国民に心から愛されている皇子だ。本人も漸く自覚したようだが、彼は本当に国民から大切にされている。ひとまず皇位継承の件は後回しにして来たが、絶対に彼を呪いから救い、この国に返さなければならない。頑張らなければ、とエリックは照れる親友の横顔を見ながら決意した。

 

 

――それにしても、だ。

 

 

 エリック達は今、ラドクリフ行きの船の上にいる。何となく一人で甲板に出て潮風に当たっていたところ、チャッピーがやってきた。周りに人もおらず、ちょうど良いので彼に話しかけようとエリックは自分より大きな鳥を見上げる。

 

「助かった。そして、悪かった」

 

『何がだい?』

 

「フェルリオじゃ、お前に頼りっぱなしだったってことがよく分かったから……」

 

『ああ……』

 

 ブリランテを出てから船に乗るまで、一週間以上掛かるとは思わなかった。

 

 何で帰りはこんなに時間が掛かるのかと驚いたエリック達だが、よくよく考えてみれば、行きはほぼチャッピーに頼りっぱなしだったのだ。それで半分以上移動時間が削れたのだ。必死だったとはいえ、いくらなんでもチャッピーを酷使し過ぎである。

 ノームとの接触が原因なのか、精霊同化(オーバーリミッツ)を得たことが原因なのかはよく分からないが、エリックもチャッピー――イチハの声を聴くことができるようになっていた。だが、まだまともに会話をしたことがなかった。恐らく、イチハがエリックの下にやってきたのはそのせいなのだろう。

 

『しかし、まあ……君が一番重かった。正直置き去りにしたかった。次は置いていって良いかな?』

 

「わ、悪かったな! でも脂肪じゃないぞ、筋肉だ!」

 

『分かってるよ。あーあ、俺様もそれくらい筋肉付けば良かったのになぁ……』

 

 どうやら、からかわれているらしい。何となくそんな気はしていたが、イチハは比較的陽気な性格のようだ。境遇を考えればもう少し陰気な性格になってもおかしくないと思うが、そうならなかったのはただ単に、彼が強いだけなのかもしれない。

 

「筋肉、ないのか?」

 

『アルディス皇子を見てみなよ。あの子、筋肉が無いわけじゃないけれど、結構細身だろう? あれでも、あの子の体質を考えたらほぼ限界まで筋肉付いてるんだからな……でもまあ、もう少し、行けるとは思うけれど』

 

「! そ、そうなのか……」

 

『俺は純粋な暗舞(ピオナージ)だから、あの子よりは筋肉質だけどさ。君に比べたらまだまだだ。そしてこれ以上は筋肉付かないし。だから、あんまりムキムキなの想像しないでくれ。俺様そんな醜いマッチョマンじゃないから』

 

 イチハは穏やかで落ち着いた大人の男、という印象だった……が、時々絶妙に残念な言葉を発するのは何故なのだろうか。「ははは」と笑って流そうとするエリックに若干苛立ったのか、イチハはムッとした様子で再び語りだす。

 

『言っておくけれど、俺様結構な美丈夫だから。身長も君より高いし、何より君より美しいから。俺様の魅力凄いから』

 

「いきなり何を言い出すんだ」

 

 何だこの自信過剰は。どれだけ自分の容姿に自信があるんだコイツは。陰気にならなかったのは自信過剰だからなのだろうか……などということをエリックがぼんやりと考えていると、ふいにイチハに頭をつつかれた。

 

「ッ! な、なんだよ」

 

『じゃなきゃ、クリフあそこまで気に病まなかったと思うんだよ。あの子はまだ、俺様の今の姿に責任感じてるから』

 

「……!」

 

 思わず黙り込んでしまったエリックに対し、イチハは一方的に、静かに自分達のことを語り始めた。

 

 イチハは元々実験体ではなく、幼い頃にフェルリオ帝国のリッカという村から拉致され、ヴァロンの奴隷として飼われていた存在だったらしい。暗舞(ピオナージ)は普通の純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)ほど魔力を豊富に持っておらず、実験体として使うには不十分な存在だった、そんな理由で彼は奴隷に身を落としたそうだ。

 

『実験体の世話、してたんだけどさ。一人、妙に情が湧いちゃったのがいてね。可哀想で、隠れて構ってたら少しだけ懐いてくれて……でもある時、何か“イヤなモノ”でも見せられたんだと思う。その子、駄目になる寸前で。もう見てられなくなって、こっそり逃がそうとして……失敗した。結果が、この姿』

 

 笑えるだろう? とイチハは自嘲的に呟いた。イチハ本人はそこまで気にしていない(ように見せているだけかもしれないが)これは残された方はたまったものではない。なるほど、トラウマになるわけだ、人と距離を置いてしまうわけだ……と、声には出さなかったがエリックは思っていた。

 だが、イチハの方も思うところがあったらしい。彼は再びエリックの頭をつつき、首を傾げてみせる。

 

『だから、君達は自分を大切にしてくれよ。腹立つくらい懐かれてるから、君達が壊れたら、流石にもう駄目だと思う』

 

 その言葉にはどこか「自分はもう良い」というニュアンスが含まれているような気がして。エリックは何も考えず、イチハの左翼部分に軽く肘打ちした。

 

「その言葉、そっくりそのままお前に返す」

 

『ッ、ははっ! 優しいよな、本当に。今回の王子は……君に関しては、まだ許せる気がするよ』

 

「……」

 

 イチハは、ラドクリフ王家が憎いのだろう――不幸中の幸い、その憎しみがエリックに向けられることは無いらしい。クリフォードの一件があったからこその態度なのだろう。あの件が無ければ、恐らくエリックも一族同様に憎悪を向けられていたに違いない。

 その後の言葉を発するのを、イチハは少し躊躇っているようであった。だが、大丈夫だと判断したのだろう。彼はエリックの頭をつつき、話を続けた。

 

『でも、多分ライは君のこと、無理だから。あの子は、性格も格好良い俺様とは違ってお子ちゃまだから……覚悟しといた方が良いんじゃないかな』

 

「ライ?」

 

 聞きなれない名前に反応し、エリックはイチハに説明を求めた。不必要に場が暗くなるのが嫌なのか、単純にそういう性格なのかは知らないが、どうしても入ってきてしまうらしい奇妙な発言は気にしないことにした。

 

『ライオネル=エルヴァータ。戦舞(バーサーカー)の子だよ。俺とクリフの友達というか、弟分で……あれだ、クリフと最後に揉めちゃってるから、色々大変かもしれない』

 

「! 分かった、大体察した……なるほど、エルヴァータ姓はそっからきたんだな」

 

 そういえば、クリフォードは「壁を作ったせいで悲しまれた友人がいる」と言っていた。その友人というのがライオネルなのだろう。

 イチハによると、ライオネル、イチハ、クリフォードの三名はラドクリフ王国の未開の地、オブリガート大陸にあるという『ルーンラシス』という場所で生まれ育ったのだという。ルーンラシスは神格精霊マクスウェルの加護を直接受けている場所であり、ライオネルだけは今もそこに残っているそうだ。

 

『ライには気を付けときな、あの子、間違いなく君より強いし』

 

「ッ、そんなの分かるのかよ」

 

『分かるさ。だって俺様の弟分な上に戦舞(バーサーカー)だし。ああ、戦闘になっても俺様は手伝わないからな。傍観者でいさせてもらうから』

 

「……そうか、助かる」

 

 何故ライオネルだけがルーンラシスに残ったのかは分からないが、エリック達の次の目的地に彼がいることは間違いなさそうだ。

 ライオネル側に加担されても仕方がないと思われたこの場面で、「傍観者でいる」と言ってくれたイチハに感謝しつつ、エリックは深い青色の水面を眺めていた。

 

(マクスウェルが、話の分かる奴だと良いんだけど、なぁ……)

 

 エリック達の次の目的地はルーンラシスだ。クリフォードの話によると、ラドクリフでエリック達が一度立ち寄った泉はなんとオブリガート大陸と繋がっているらしい。つまり、泉経由でルーンラシスに行けるのだそうだ。ただし、それは彼が精霊の使徒(エレミヤ)であった時の話であり、今も通れるのかは微妙だという話だが。

 

 問題はその“精霊の使徒”の件だ。どうにか交渉して能力を再度受け取っておかなければクリフォードの旅は極めて危険なものとなってしまうし、何よりこれは一番本人が気にしていたが、このままでは見事にお荷物状態なのである。この先何が起こるか分からないが、彼を守るのにも限度がある。ある程度は、自衛能力を身につけておいて貰いたかった。

 

「……」

 

 イチハは考え込んでしまったエリックをしばらく眺めていたが、飽きてしまったのだろう。彼はコンコンとエリックの頭をつつき、部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

「エリック、風邪引くよ? そろそろ戻った方が良いんじゃないかな?」

 

 再びひとりで潮風に吹かれていたエリックの下に、誰かがやってきた。聴こえてきた声は、アルディスのものであった。彼は海を怖がる。珍しいこともあるものだとエリックはすぐに後ろを向いた。

 

「お前、怖くないのか?」

 

「ん……そうだね、近付くのは、もう大丈夫みたい」

 

 多分浸かるのはまだ無理だけど、とアルディスは困ったように笑う。その言葉は嘘ではなかったようで、彼はエリックの左隣、落下防止の手すりの傍までやってきた。

 ふと、思い立って試しに来た、という感じだった。潮風を浴びながら、彼は被っていたフードを下に落とした。

 

「お、おい!」

 

「大丈夫だよ。俺が“フェルリオの英知”って知ったら、多分みんな引っ込むから」

 

「……お前、それ」

 

「事実だよ。特に力のない民間人なら、尚更。軍人だったとしても複数人まとまってじゃなきゃまず来ない。君のお兄さんくらいじゃないかな? 一騎打ちで勝負仕掛けてきたのは」

 

 アルディスは海をぼんやりと眺めながら、何でもないようにそんなことを言ってみせる。妙に幼いその横顔は、細められた翡翠の瞳は、妙に幼く思えた。

 

「こんな見た目だからね。知らなきゃ当然、舐められるよ。だけど、知ってたらまず普通には襲いかかってこない。君は普通にしてくれるけど、フェルリオの英知ってそんな存在」

 

「……」

 

「クリフさんの言うことが本当なら、あと数年もすれば多分、ますます距離置かれるような状況になるだろうね。まあ、この見た目どうにかなる方が俺は嬉しいから、それはそれで嬉しいんだけど」

 

 彼の見た目が幼いのは、ヴァイスハイトであることが関係しているらしい。ヴァイスハイトは体内魔力の増幅と成長期が直結しているために、普通の人間にとっての成長期がどうしても数年遅れてしまうのだそうだ。アルディスの場合、虚無の呪縛(ヴォイドスペル)の影響も受けてしまっているために尚更成長に遅れが出ているらしい。だが、成長期がもう来ないというわけではないらしく、数年後には年相応の見た目になれるだろう、という話だった。

 もうこれ以上成長しないだろうと諦めていたアルディスにとっては朗報だったようだが、彼の場合、身体が成長することで良くない影響も生じてしまうようだ。

 

「俺には君達がいるから、もう良いんだ。だけど、誰にも受け入れてもらえないのは、拒絶されるのは、結構堪えるよ。俺はクリフさんみたく、表面だけ繕って立ち回るのは無理だから、ああやって森に引きこもることしかできなかった……だからきっと、君達が現れなければ俺は狂っていたんじゃないかって、思う」

 

「アル……」

 

「楽しかったんだよ、本当に。嘘じゃない……憧れていたんだ、友達っていうものに」

 

 そう言って、アルディスはエリックへと視線を移す。少し涙で潤んだ翡翠の瞳は、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

「君にだったら、殺されても良いって思ってたんだよ。そうじゃなきゃ、君達の傍に居続けようなんて、思わなかったと思う。だけど、それ以上に俺は、生きたかった。エリックやマルーシャと過ごしたあの日々を、偽りのまま終わらせたくなかった……本当は、未練しかなかった」

 

 それでもあの行動に移したのは、もう気付かれているだろうと思っていたこと、何よりスウェーラルの惨状を見たことによって平常心を欠いてしまったことが理由なのだという。元々「エリックに殺されても良い」と覚悟を決めていた彼の行動は、ほとんど迷いがなかった。

 

「君が、俺を信じてくれたこと、感謝してるんだよ……だから、海が怖くなくなったんだと思う。俺はもう見捨てられないんだって、知ることができたから」

 

 自惚れかもしれないけどね、とアルディスは笑う。彼が、水に恐怖心を抱いた根本的な原因は、誰も彼を助けなかったことにあったのだろう。母国のために必死に戦ってきたのに、最後の最後に裏切られた、と幼心に感じてしまったのかもしれない。

 

「任せろ。何度溺れても、助けてやる。お前だって僕らのこと何度も助けてくれているし、これからも助けてくれるんだろう?」

 

「当たり前だよ」

 

 また泣くのではないかと心配していたが、今回は踏みとどまったらしい。アルディスの憂いのない力強さを感じられる笑みに、エリックは内心安堵していた――が、

 

 

「お、おい! アイツ、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)じゃねぇか!?」

 

「いつぞやの金髪赤目も一緒かよ!」

 

 

 廊下と甲板を繋ぐ扉が開き、傭兵と思わしき男達が現れ、自分達を凝視していた。エリックは彼らに見覚えがあった。フェルリオ行きの船で、とんでもない爆弾を落としていった男達だ。

 だが、彼らに出会ってしまったことを嘆くよりも、明らかに苛立った下品な舌打ちがアルディスの方から聴こえてきたことを気のせいだと信じたかった。

 

 

「不敬な者共だ。我々を誰と、心得ている?」

 

「!?」

 

 

 何か始まったが、これは止めた方が良いのだろうか。そんなことをエリックが思うよりも早く、男達が喋り出す――嗚呼、分かってはいたが、こいつら馬鹿なんだ。

 

「なんだ? フェルリオの貴族様か?」

 

「俺達はなぁ、貴族の坊ちゃんに脅されるほど、弱くは」

 

 ドスッ、と変な音がした。男達がゆっくりと首を動かすと、それぞれの顔の傍に、ナイフが突き刺さっていた。

 

「口を慎め、無礼者が」

 

「あ、アル……」

 

 船に傷を付けるんじゃない、だとか、何でそんな傲慢なお姫様みたいな喋り方してるんだ、だとか、もはやどこから話を切り出せば良いのやら分からなかったが、とりあえず彼がとても怒っているらしいことはよく分かった。ついでにとても面白いのでまあ良いか、とエリックは思っていた。

 男達は流石にアルディスという少年の異様さに気付いたのか、固まってしまっている。そんな彼らに、アルディスはゴミを見下すような冷めた眼差しをぶつけていた。

 

 

「――無様な奴らよ。貴様らにアベル殿を侮辱する資格など無いわ」

 

「んな……!?」

 

 唐突にアルディスが爆弾を落としてきた。それに、変な反応をしてしまった時点で馬鹿な男達も気付いてしまったようだ――エリックが、“アベル王子”であるということに。

 

「……は?」

 

「貴様らはアベル殿を随分と馬鹿にしておるようだが……貴様らごときに、我と互角に戦うアベル殿が負けるわけが無いわ。身を慎むがいい、愚者共が」

 

 アルディスは男達を見下したまま、左の手袋を取ってみせた。流石に止めるべきかと思ったが、もうどうしようもなく面白かったので放置しておくことにする。

 第一、声にならない悲鳴を上げ、震えながら背を向けて逃げるように去っていった男達からは小物臭しかしなかったので、きっと大丈夫だろう。

 

 

「ね? 普通は怯えて逃げるんだって」

 

「違う、そうじゃない……」

 

「傲慢な皇子ごっこ楽しかったよ」

 

「アレは皇子というか姫だ……だけどまあ、僕も楽しかったし、スカッとした」

 

 アルディス渾身の『傲慢な皇子(姫)ごっこ』が炸裂した男達が戻ってくる気配はない。どうやら本気で怯えてしまったらしい。アルディスではないが、本当に無様な奴らだと思わずにはいられなかった。

 

「でしょ? 俺もあのオッサン達には仕返ししたかったから、本当スカッとした。エリックも次は一緒に傲慢な皇子ごっこしようよ」

 

「嫌だ……」

 

 仕返しの方向性がおかしい。だが、彼が物理的な仕返しをするとあっさり人命が飛んで行きそうなので、これはこれで良かったのかもしれない。自分には絶対にできないだろうな、と思いつつ、エリックは苦笑しながら手すりにもたれかかった。

 

「でも、エリックちょっとは自信付いたんだね。強くなったんだね。正直、安心したよ」

 

「え?」

 

「表情も態度も、前と全然違ったから。これは、本当にいつか俺負けるかもしれないなぁ」

 

 自信が付いた、強くなった、と言われて思い返すのは、フェルリオでの出来事ばかりだった。だが、決定打となったのはやはり、アルディスの一件だろう。

 ノア皇子が人の子であるということを知り、自分と同じ人間である彼と対等な立場になりたいと思えたことが、エリックを強くしたのかもしれない。

 首元のレーツェルに触れ、アルディスを見据える。きっと自分は今、笑っているだろう。

 

「ああ……いつか、勝ってみせるさ。絶対に」

 

「ふふ、負けないよ。生半可な覚悟で来ないでよね」

 

「分かってる」

 

 今のアルディスは親友であると共に、同じ志を持ち、共に戦うライバルだ。フェルリオ云々の前に、エリックはどうしても彼を救いたかった。それは間違いなく、共に旅をする仲間達も同じ意見だ。エリック達がマクスウェルのもとに行こうと決めたのは、彼を救う手段を探すという目的もあってのことだ。

 虚無の呪縛(ヴォイドスペル)についての資料は、恐らくルネリアルには無いだろうとクリフォードは言っていた。あるならばトゥリモラだろうと。それも、表向きには公開されていないような、それこそ研究施設の中にあるに違いない、と。

 それならばいっそ、マクスウェルに聞いてみた方が早い気がするという彼の言葉に、彼の能力の件もあってルーンラシス行きが決定したのだ。一刻も早くルネリアルに行ってゼノビアとアルディスを面会させた方が良いような気もするが、もはや少々の寄り道は今となっては大した問題ではないだろう。

 

「まあ、それは一旦置いといて、だ……セーニョ港に着いたら、真っ直ぐ泉に行ったんで良いんだよな? あの場所なら、途中どっか寄らなくて大丈夫だよな?」

 

「だね。泉が使えなかった場合のことは、その時考えたんで良いと思う」

 

 何はともあれ、船がセーニョ港に着くまではまだ三日ほどかかる。今は焦らず、のんびりと船旅を楽しむべきだろう。そんなことを、エリック達が考えていた時のことだった。

 

 

「――地中に身を潜めし魔獣よ。汝、我が呼び掛けに応え、その姿を現せ!」

 

 

「!?」

 

 突如聴こえてきた、幼い少女の声。少女が紡ぐ詠唱に反応し、甲板に巨大な橙色の魔法陣が浮かび上がる。アルディスが咄嗟に拳銃を取り出したのを見て、エリックも弓を構えた。だが、彼らが対象を見つけ出すよりも、術の完成が早かったらしい。

 

「ライオットホーン!」

 

「ッ! イチかバチかだ!」

 

 複数の巨大な岩が、甲板を突き抜けエリック達に襲い掛かる。エリックは咄嗟に傍にいたアルディスの腕を掴み、背に翼を出現させると共に地面を強く蹴って飛び上がった。

 精霊同化(オーバーリミッツ)を取得したことにより、翼を出せるようになったエリックだが、まだ満足に飛ぶことはできない。せいぜい数十秒、数メーターの高さで滞空していられるだけだ。だが、襲いかかる岩が身に直撃することを防ぐことはできた。剥がれた甲板の破片に多少身を切られてしまったが、これくらいは許容範囲であろう。

 

 

「……避けられる、なんて」

 

 不意打ちが通用しなかったことを残念がるように、術者――ベリアルが、ボロボロになってしまった甲板の上に降り立つ。紫の髪を揺らし、彼女は大きな丸い瞳でこちらを不安げに見つめていた。

 

「やっぱりお前か……いや、お前だけ、なのか?」

 

「……」

 

 ベリアルは、何も言わない。だが、彼女以外の気配は今のところ感じられなかった。また不意打ちが来ると困るが、今は目の前の彼女に集中した方が良いだろう。

 少女は、震えを抑えるように自分の身体を抱き、両目を閉ざした。それは決して怯えているのではなく、覚悟を決めていたのだということは、再び開かれた彼女の菫色の瞳に灯された強さが、教えてくれた。

 少女は首元の橙色のレーツェルに触れ、武器を取り出す。その武器は、以前見た巨大なハンマーではなく、赤黒い不気味な色をした、大鎌であった。

 

 

「――あなた達が、あなた達の持つ剣が、必要なんです! だから、あなた達を倒して、その剣を、奪います……!!」

 

 

 

―――― To be continued.

 


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