テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.4 手加減

 

「……で、ディアナとか言ってたな。お前、アルを拐った目的は?」

 

「拐いたくて拐ったわけじゃない。そういうあなたは、何故アルディスと一緒に?」

 

「ちょ、ちょっと……二人とも……」

 

「落ち着いて、ね? ちゃんと話し合おうよ……!」

 

 エリックとディアナ。二人の間でいきなり殴り合いの大喧嘩が始まるようなことは無かったものの、あまりにも不穏な状態が続いている。

 彼らの身長差はかなりのものだったが、ディアナが常に空を飛んでいるために彼らの視線はぴったりと交わっていた。二人は真っ直ぐに目を合わしたまま、逸らそうともしない。睨み合いに近い状態だ。

 何とかしなければ、しかし良い案が浮かばないとアルディスとマルーシャはおろおろと狼狽えていた。

 

「きゅー……」

 

 アルディスを拐った、という意味においては十分当事者であるチャッピーはそんな四人を見て何か言いたげに力なく鳴いた。人間で言えば、溜め息を吐いているようにも見えた。

 

 

「僕がアルと一緒にいようが、お前には関係ないだろう? むしろ、お前みたいな突然現れた素性は不明、名前以外何もかも不明な妙な奴が一緒にいる方が、状況としてはおかしいんじゃないか?」

 

「――ッ!!」

 

 言い方は冷たいが、一般的に考えればエリックの言い分は的確なものだった。だが、ディアナにとっては全く別問題、というより彼は、その言葉をエリックが考えていたこととは違う意味で受け取ったのだろう。

 彼は今にも泣き出しそうに大きな青い瞳を潤ませ、それを隠すように俯いてしまった。

 

 

「どいつも、こいつも……そんなに、オレが嫌なのか……? オレが、何をしたって言うんだよ……ッ」

 

 

「え……?」

 

 これには彼を敵視していたエリックのみならず、その場にいた全員が狼狽えてしまった。マルーシャはディアナの顔を覗き込もうとしたが、ぷいとそらされてしまった。

 

「ディアナ? どうしたの……?」

 

「あ……いや、別に……何でも、ない……ッ」

 

 ディアナは俯いたまま首を力なく横に振るい、両手を強く握りしめていた。その様子は明らかに強がりだと感じ取れ、酷く弱々しい。

 しかし、心配してくれるマルーシャに何も話さないのは失礼だと感じたのかもしれない。ディアナは自身の顔をパンパンと軽く叩き、顔を上げてマルーシャに話し掛けた。

 

 

「……。あなたは……オレが、不快ではないのか?」

 

 そう問いかけるディアナの青い瞳は、不安げに揺れていた。

 

「え……」

 

 答えを聞きたそうにしているが、どこか、怯えているようにも見える。そんなディアナの姿に、マルーシャはハッとして彼の翼に目を向けた。

 

(そ、そうか……この子、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だから……)

 

 あまりにもあっさりと姿を晒しているため、逆に分かりにくい。だが、ディアナも種族を理由に酷い目にあってきた人間なのだろうと、マルーシャは瞬時に察した。

 

「全然? でも、不思議。すごく、堂々としてるよね? ……何か、理由あるの?」

 

「……」

 

 無言であったが、それは肯定といっても良い行為。訳があると考えて良いだろう。

 しかも今現在、他人に怯え、不必要に関わりを持つことを拒むアルディスが何も言わない、それどころか比較的ディアナを受け入れてしまっているという得体のしれない現象が同時に起きているのだ。マルーシャは二人の関連性を疑わずには居られなかった。

 

 アルディスが他人を平気になったとは到底思えない。ならば、理由は多く考えても二つ。

一つは、初対面を装っているアルディスとディアナが、本当は関係者であること。もう一つは、ディアナが、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)という種族であること。

 

(混血、とは聞いてるけど……実際はそれ、ちょっと怪しいもんね……)

 

 エリックと言葉を交わしているアルディスの姿をちらりと見て、マルーシャはすぐに目をそらした。

 混血を自称しているとはいえ、アルディスはあまりにも奇抜な容姿の持ち主。少なくとも、鳳凰の血より龍の血が濃ければ、この国に多い龍王族(ヴィーゲニア)であれば、まずありえない容姿だった。

 

 マルーシャは密かに、このような思いを巡らせることがある。しかし、それをエリックに告げたことは一度も無かった。少し、厄介なことになるような気がするからだ。

 

(今回も、黙っとくべきだよね……)

 

 エリック――ラドクリフ次期国王である、彼の立場を考えるのならば。そもそも、マルーシャの考えが合っているという証拠は一つも無い。考え過ぎだろうと自分に言い聞かせ、マルーシャは困ったように笑った。

 

「大丈夫だよ。少なくとも、わたしは何もしないよ?」

 

「……!」

 

「ほんとほんと。わたし、嘘下手だから。信じて良いよ?」

 

 一瞬、ディアナが本当に嬉しそうな顔をしたのを、マルーシャは見逃さなかった。そして、そんなディアナの表情の変化をエリックも目撃していたらしい。赤い瞳を細め、エリックはおもむろに口を開いた。

 

 

「お前、そういう顔も出来るのか」

 

「はぁ!?」

 

 どういう顔だよ、とディアナは自身の顔をぺちぺちと叩く。ディアナから少しだけ視線をそらし、エリックは、どこかきまりが悪そうに話を続けた。

 

「……。純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だか何だか知らないが、その辺に関して言えば、僕は別に何とも思わない。ただ、お前がろくに話をしないから、つい警戒していただけだ……とはいえ、悪かった。いくらなんでも、言い方が悪かったよな」

 

「え……?」

 

「僕も色々あったからな。急に目の前に現れた奴に対しては、あまり良い思い出が無いんだよ」

 

 どこか高飛車な、上から目線の言い回しではあるが、それは遠回しに彼も「大丈夫」だと言ったようなもの。ディアナは青い瞳を細め、クスクスと笑ってみせる。

 

「なるほど、食事に毒を盛られた経験でもあるのか。そうだな、あなたの立場を考えれば、オレみたいな急に現れた人間に対しての警戒は大切だ。オレも変に考えすぎてしまったようだ」

 

「んな!? いきなり何を言い出すんだお前は!! 大体僕はまだ何も……っ」

 

「信じてもらえないかもしれないが、毒を盛るつもりはない。そんな境遇なら毒に慣らされていそうだし、オレならそんな面倒なことせずにさっさと首を落とす」

 

「頼むから笑えないことを言うな!」

 

 二人は再び、よく分からない言い争いを始める。だが、二人の表情は先ほどとは異なり、どこか柔らかなものとなっていた。

 これなら、もう大丈夫だろう――アルディスとマルーシャは、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

「何か、妙だな……」

 

 エリックとディアナの謎の争いもひと段落したところで、アルディスが立ち止まった。

 

「どうした?」

 

「おかしいんだ。この辺りは魔物が多い……筈なんだけど……」

 

 そういえば、とエリックは思った。以前、アルディスが話していたが、ヘリオスの森は比較的魔物が出難い地帯らしい。

 つまり、あの場所から離れたこの地は、間違いなく例外なのだ。普通に、魔物が出る“はず”の地帯なのだ。

 それにも関わらず、ここまで進んできて一体の魔物にも遭遇しないとはどういうことだろうか。

 

 絶対におかしいと呟き、アルディスは腰に巻いた飾りの先で揺れる、淡い黄色の宝石に触れる。すると、彼の左手にいつもの薙刀が出現した。

 

「ああ、その薙刀ってそういう仕組みだったわけか」

 

「わたしも初めて見た……そっか、普段は宝石になってるんだ」

 

 王族であるエリックやマルーシャからしてみれば、見慣れないものである。彼らにとって、武器など必要ではない。むしろ、余計なものだ。

 ただ、出難いとはいえ魔物が出る森に住んでいる上に、傭兵を職業とするアルディスにとっては違う。

 

「武器は普段から持ち歩く人は持ち歩くが……大抵の奴はこうしているな」

 

 ディアナもそうだったらしく、服のブローチに付いた宝石に触れ、十字架を思わせる形状をした、細身の片刃剣を取り出した。そしてすぐに、それを宝石へと戻す。

 宝石はアルディスのものは淡い黄色だったが、こちらは深い赤色である。どうやら、使う者によって色は異なっているらしい。

 

「そうだね……邪魔にならないし、俺の薙刀みたいに、大型の武器ならこの方が素早く出せるから」

 

「それ、マルーシャはともかく……僕でもできるのか?」

 

「“レーツェル”にか? 出来ない人間を、見たことがないが……」

 

「悪かったな、僕は未覚醒だ」

 

 自虐的に呟くエリックに、流石のディアナも失言だったと口をつぐむ。そこで、フォローのために口を開いたのはアルディスだった。

 

「両目、見えてるでしょ? だったら大丈夫。微弱な魔力さえあったら、出来るよ」

 

 アルディスの話によると、魔力は人々が生まれながらにして持ち、種族によって差はあれど、体内に流れる魔力の大半は目に宿るのだという。

 

「宝石……というか、これ。レーツェルっていうんだけど。これはね、物に軽く魔力を注ぎ込んで形を変化させてるだけなんだ。ちなみに、色は天性属性……生まれ持った属性に対応した色になるよ。注ぎ込んだ魔力の色が出るから」

 

「アルは光属性だから黄色か……じゃあ、ディアナは火属性なの? わたしだったら、緑なのかな?」

 

「正解だ。マルーシャは風属性か? ちなみにエリックは……多分、透明になるかと」

 

 自信が無さそうに呟くディアナの言葉を、アルディスが肯定する。

 

「そうだね。エリックは透明になるはず。まあ、まずはレーツェル化してない奴が必要だけど。今度、何か買っとくと良いよ」

 

 要するに、市販の武器を買うか何かして手に入れる必要があるのだ。一度レーツェル化された武器は破棄されない限り、元の所持者以外には使えないのである。

 

 

「しかし……こうして話してる間にも、襲いかかってきそうだが……」

 

 妙だ、と感じたのはアルディスだけではないようだ。ディアナもきょろきょろと辺りを見渡しつつ、首を傾げている。彼の少し癖のある、藍色の髪がさらさらと揺れた瞬間――アルディスが叫んだ!

 

 

「みんな、上だ! 避けろ!!」

 

 

 突如として上空から降りてきた黒い影。それを薙刀の柄で受け止め、アルディスは後ろに飛躍した。強い衝撃を受けたためだろう。塞がりきっていない横腹の傷が開き、青々と生い茂る草に赤い血が飛び散る。苦痛に顔を歪め、アルディスは襲撃者の姿を確認した。

 

「ッ! あなた、は……!」

 

 目元を黒い布で覆い隠した襲撃者は、口元に弧を描いてみせる。いつの間にか、周囲を漂っていた下位精霊達は彼――ダークネスの傍に集まっていた。

 

「一発で気絶させてやろうと思ったのに、しぶといな」

 

「なるほど……あなたの気配があったから、魔物が一切出てこなかったのですね。あなたの独特の気は恐らく、この辺の弱い魔物には毒にしかならないから……!」

 

 独特の気、とアルディスは言ったが、エリックにそれは感じられなかった。それは恐らくアルディスと、様子を見る限りディアナにしか感じられない“何か”なのだろう。

 

 

「あなたの、主人はどちらへ?」

 

「ん? ああ、殿下か? ――じゃあ質問だ。俺がそれを、お前に答えるメリットはあるか?」

 

 強がってはいるが、アルディスの傷は深い。相当な痛みがあるのだろう、彼は顔を真っ青にし、息を切らしてダークネスを見据えていた。

 ダークネスは目の前に集まってきた下位精霊達を軽く手で払いのけ、アルディスとの距離を詰めるために地を蹴って駆け出した。それを見たアルディスは薙刀ごと身体を捻り、空を斬る。

 

風神衝(ふうじんしょう)!」

 

「ちっ!」

 

 空振りしたと思われた一閃。しかし、そこには見えない風の刃があった。刃は飛び込んできたダークネスの身体を裂くが、それでもダークネスの動きは止まらない!

 

「甘い! ――舞槍脚(ぶそうきゃく)!」

 

 ダークネスは軽い身のこなしで一気にアルディスの懐に入り込み、姿勢を低くして地面に手を付いた。次の瞬間、彼は右足でアルディスの腹を抉るように蹴りつけ、勢いをそのままに回した左足でアルディスを遠くに飛ばした。

 

「ぐっ!? ごほっ、がは……っ!!」

 

「アルディス!」

 

 数メートル先まで飛ばされ、地面を転がったアルディスはごほごほと血を吐き出し、痛みに悶えている。ここまでの間、様子を見ていることだけしか出来なかったマルーシャが思わずアルディスの方へと駆け出していった。

 

「ま、マルーシャ……! 駄目だ、逃げろ!」

 

「馬鹿言わないでよ! でも、偉そうに出てきたけど、わたし……!」

 

 しかし、元々アルディスが負った怪我ひとつ満足に治せなかった彼女に、この場で出来ることはなかったと言えよう。慌てて天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)の能力を発動させるマルーシャだが、アルディスの顔色は悪いままで、ダークネスに蹴られたせいで傷が広がってしまったのか、出血が止まる気配もない。その様子を見ていたエリックは、奥歯を割れそうなほどに強く噛み締めた。

 

(なんだよ、これ……僕は、何をやって……!?)

 

 無駄だと分かっていようと、マルーシャは必死に力を使い続ける。どんなに血を流そうとも、アルディスは戦おうと前を見据え続けている。そしてディアナはいつの間にか片刃剣を構え、飛び出すタイミングを伺っていた――そんな中、エリックは何も出来ず、その場に立ち尽くしているだけであった。

 

 

「協力、してくれるか……そうか、助かる」

 

 ダークネスの周りにいた下位精霊達が一斉にまたたく。それに気付いたアルディスは慌てて自身の傷口にかざされたマルーシャの手を払いのけ、ふらりと立ち上がった。

 

「あの人、精霊術師(フェアトラーカー)だったのか!? マルーシャ! 下がれ!!」

 

「えっ!?」

 

「良いから早く!!」

 

 邪魔にしかならないと考えたのだろう。マルーシャは渋々といった様子でアルディスから距離を置く――その判断を、彼女はすぐに後悔することとなった。

 

「壮麗たる激流よ、刃となりて我が僕となれ!」

 

「……ッ!?」

 

 下位精霊達が、再びまたたく。ダークネスの詠唱に合わせ、大きな魔方陣がダークネスとアルディス、二人の真下に浮かび上がる。その魔法陣の色を見て、アルディスは目を見開き、大きく肩を震わせた。

 

「!? み、水属性……!? アルディス、逃げて!!」

 

 マルーシャが「逃げて」と必死に声を上げる。だが、アルディスはその場に足を縫い付けられたかのように動かない。魔法陣から視線を動かすことが出来ず、ただ震えている。

 それを見たディアナはアルディスの真正面に飛び出し両手を組むと、即座に詠唱を開始した。

 

「刹那の時、絶対なる護りを! ――トランジェントバリアー!」

 

「――ブラウ・シュピース!」

 

 魔法陣から出現したのは、透き通るように美しくも禍々しい激しさを持った水の刃。それはアルディスと、近くにいたディアナに向かって襲いかかった。

 しかし、辛うじてディアナの方が術の完成が早かった。発動した透明な防御壁が、アルディスに襲い掛かる水の刃を相殺する。

 

「……さて、どんなものかな」

 

 しかし、この術は一人にしか発動しないらしく、ディアナ自身にはその効果は無い。そして彼は軽く防御体制を取っただけの状態で、激流をその小さな身体に受けた。

 

「!? ディアナ!!」

 

 そのことに気付いたアルディスは、慌てて目の前の少年の名を叫んだ。だが――彼は明らかな余裕を見せていた。濡れた髪をかきあげ、アルディスに笑いかける。

 

「アル、大丈夫だ。オレに、魔術の類は効かん。今回のこれも例外ではないようだ」

 

「え……?」

 

 まるで、急な通り雨に身体を濡らされたかのような、そんな様子だった。痩せ我慢をしているような様子は一切ない。これにはアルディスも目を丸くしていた。どうやら、ディアナは魔術に対して圧倒的な耐久力を持っているようだった。

 

 

「まれにそんな体質の人間がいるとは聞いていたが、お前がそれか……面白い。しかも、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)じゃないか。連れて帰れば、殿下はお喜びになるだろうか?」

 

「はっ、馬鹿なことを。生憎オレには、あなたの手土産になる気は無いのでな!」

 

 流石にダークネスも驚いた様子であったが、彼はすぐに平常心を取り戻す。へぇ、と感心したように呟き、彼はディアナの元へと駆けた。

 逃げることなく翼を動かし、ディアナも真っ直ぐにダークネスの元へと突っ込んでいく。彼は両手で握られた剣を振り上げ、勢いよく振り下ろした。

 

虎牙破斬(こがはざん)!」

 

 振り下ろした一閃は避けられてしまったが、そこで終わりではない。ディアナは再び剣を振り上げ、若干逃げ遅れたダークネスの服を裂いた。そして、間髪入れずに左手を柄から離すと同時に剣を持つ右腕を後ろに引き、勢いよく前に突き出す!

 

散沙雨(ちりさざめ)!」

 

 それは、複数回に渡る連続突き。避けられなかった切っ先がダークネスの身を貫き、鮮血が周囲を舞った。

 

 

「ッ! こ、の……!」

 

「――ノクターナルライトッ!!」

 

 反撃しようとしたらしいダークネスが何らかの動きをしたその時。アルディスの声と共に三本の投げナイフがダークネスに降りかかった。

 

「アル!」

 

「さっきはごめんね。今の俺じゃ、迷惑かけると思うけど……一緒に戦わせて欲しい」

 

 薙刀を両手で握り締め、アルディスはディアナの方を向くことなく言葉を紡ぐ。悔しかったのだろう、その声は、微かに震えていた。

 

「……無理は、しないでくださいよ」

 

「それはこっちの台詞だ。さあ、来るよ!」

 

 特に何かの打ち合わせをしたわけではない。だが、元々波長が合うのだろう。アルディスとディアナは同時に左右に分かれ、襲いかかってきたダークネスの攻撃を避けると同時に彼を挟み込むような状態でそれぞれの武器を構えた。

 

「――蒼破刃(そうはじん)!」

 

「――魔神剣(まじんけん)!」

 

 鈍い輝きを放つ刃から放たれた青と赤の衝撃波が一直線に地面を抉り、そのままダークネスに襲い掛かる!

 

「くそっ、鬱陶しいな!! まとめて失せろ! ――爆楼波(ばくろうは)ッ!」

 

 しかし、ダークネスは特に狼狽えることなく地面を力強く蹴り付け、周囲に円形の衝撃波を放ち、大きく飛躍してみせた。円形の衝撃波はアルディスとディアナが放った衝撃波を相殺するどころか完全に打ち消し、二人の元へ向かっていく。

 ディアナは空を飛んでいるためにそもそも当たらないだろうが、アルディスは別だ。ダークネスは衝撃波を避けるために飛び上がったアルディスに狙いを絞り、その身に闘気をまとって勢いよく舞い降りた!

 

飛天翔駆(ひてんしょうく)!」

 

 その姿は、鳥が小さな獲物を狙って急降下していくようなもので。空中にいた、一瞬の隙を付かれたアルディスは薙刀を構え直すことも叶わず、再びダークネスの蹴りを真正面から受けてしまった。

 

「ごほっ! く……ッ、くそ……!」

 

「アル!!」

 

 叫び、ディアナが吐血するアルディスの元へと全速力で飛んでいく。ダークネスはディアナがそうすることを分かっていたと言わんばかりに踵を返し、右足を大きく振り上げてディアナの胴体を捉えた。

 

三散華(さざんか)! ――輪舞旋風(ろんどせんぷう)ッ!!」

 

 ディアナは、ダークネスの動きを全く追えていなかった。時間にすれば、それはほんの一瞬のことだったのかもしれない。だが、ダークネスはその一瞬さえ見逃してはくれなかったのだ。

 元々空中にいたディアナの小さな身体はダークネスの三連続の蹴りによってさらに上へと飛ばされ、すぐさま飛躍したダークネスの回し蹴りを受けることとなった。地面に転がり、全身に走る激痛にディアナは小さくうめき声を上げる。

 

「っ、う……ぁ……」

 

 だが、まだ意識はある。それは近くに横たわっていたアルディスも同様で、二人は僅かな気力に頼り、戦い続けるために自身の獲物を手に取った。その様子を見たダークネスは、やれやれと肩を竦めてみせる。

 

「はー……せっかくこっちが手加減して、楽に終わらせてやろうとしてるってのに……アレやるしか、ねぇみたいだな」

 

「え……」

 

 手加減。その言葉に、アルディスとディアナの表情に絶望の色が浮かぶ。だが、ダークネスはもう、手加減などしてはくれない様子であった。

 

「俺は殿下の右腕、黒衣の龍副団長ダークネスだ。副団長って肩書きはダテじゃない。この俺に、ここまでさせたんだ……後でどうなっても、知らないからな!?」

 

 そう言って、ダークネスが駆け出す。彼からは、今までとは比にならない、比べ物にならないほどの殺意が感じられた。

 

「あ、アル……! ディアナ!!」

 

 見ているだけしか出来なかったエリックが思わず声を荒げる。だが、もう遅い!

 

 

「誘うは永劫の絶望。嘆きの記憶を胸に、いざ参らん! ――幻影、翔龍破(げんえい、しょうりゅうは)! ……憂刻(ゆうこく)!!」

 

 

 黒紫色の闘気をまとい、ダークネスはアルディスとディアナに襲い掛かった。それは、目で追うことさえ許されないような速度で繰り出される連撃。先ほどまでの戦いで出していた技とは、明らかにレベルが違う物。

 ダークネスは今まで手加減をしていたと言う。彼がそうしていた理由は分からないが、それでもアルディスとディアナが二人束になっても勝てなかった相手。彼が手加減をしようがしまいが圧倒的な、越えられないような実力の差があったということだ。

 

 

「っ、かはっ……!」

 

「ぐぅ……っ、ああぁあっ!!」

 

 エリックの目の前で、アルディスとディアナはたったの一撃すら避けられず、その華奢な身体に鋭い蹴りを受け続けている。

 そして、二人は最後の一撃を喰らって宙を舞い――そのまま、勢いよく地面に叩きつけられた。

 

 

「……ッ!」

 

――ダークネスはゾディートが率いる騎士団、黒衣の龍で“唯一”とされる鳳凰族(キルヒェニア)の青年である。

 

 この国において、鳳凰族(キルヒェニア)という種族は「敵国フェルリオのスパイだ」などと言い掛かりを付けられ、何かと悪い待遇をされてしまいがちな種族である。事実、王国騎士団には現在、鳳凰族(キルヒェニア)はいない。

 過去には鳳凰族(キルヒェニア)の騎士も少人数ではあるものの存在したらしいのだが、差別を受けながらも出世を重ねていた一人の鳳凰族(キルヒェニア)はが行方不明になった事件をきっかけに、鳳凰族(キルヒェニア)は一人残らず辞めていってしまったのだという。同じような事件に巻き込まれるのを、恐れたのだろう。

 

 ただ、黒衣の龍は国の正規の騎士団ではないし、大多数が富裕層の子弟で構成されている王国騎士団とは異なり、身元がはっきりしていない者も多い。

 それでも、見たところまだ二十代であろう年若い青年が、騎士団長に次ぐ副団長という立場に上り詰めるのには間違いなく理由がある。

 それを冷静に判断出来るだけの余裕がエリック達にあれば、彼に応戦しようなどという馬鹿げたことはしなかったことだろう。

 地面に転がり、全く動かないアルディスとディアナの姿を見ながら、エリックは奥歯を割るほど強く噛み締めた。

 

「アルディス! ディアナ!!」

 

 マルーシャの、ほとんど悲鳴と言っても良いような叫びが草原にこだまする。どちらのものか分からない返り血を拭いながら、ダークネスは意識の無いアルディスへと近付いていく。

 

「正直疲れるので、ここまでするつもりは無かったのですが。少々厄介な相手だと判断致しましたので、本気を出させて頂きました。さて……」

 

 このままではアルディスが、恐らくディアナも連れて行かれてしまう! それに気付いたエリックが、慌てて二人の元へ駆け寄ろうとしたその瞬間。チャッピーが物凄い勢いでエリックの横を飛び出していった。

 

「きゅーっ!!」

 

「!?」

 

 鳴き声と共に、チャッピーは勢いを付けてダークネスに突っ込んでいった。主人とアルディスを守るための、捨て身の体当たりだった。

 流石にこれには不意を付かれたのだろう、元々細身のダークネスは勢いよく飛ばされ、地面を転がった。だが、気絶させるようなものではなかったらしい。

 苛立ちを隠せない様子で、ふらりとダークネスが立ち上がる。しかし、彼は気付いていなかった。否、エリックも直前まで気付かなかった――マルーシャが、魔術の詠唱をしていたことに。

 

「こ、この鳥……!!」

 

「っ、お願い! ――ピコハン!」

 

「!?」

 

 ピコンッ、という場に合わない間抜けな音と共に、可愛らしい小さなハンマーがダークネスの頭に落ちる。「良かった、できた」とマルーシャが安堵の言葉を呟いていた。初めて魔術を使ったのだろう。

 彼女の咄嗟の判断力と行動力、そして何より、それを実現させてしまう実力があったことに、エリックは心にドシンと重たいものが被さったような、そんな重苦しい気分になってしまった。

 

「きゅ、きゅー! きゅー!!」

 

 術の効果で彼が怯んだ隙に、チャッピーは意識の無い二人を背に乗せて逃げ出そうとしていた。彼がすぐに駆け出さなかったのは、エリック達の方を向いて、必死に鳴き声を上げていたからだ。

 

「つ、着いて来いって、言ってるのか?」

 

「きゅー! きゅー!!」

 

 何かを訴えたいようだが、十中八九エリックの想像通りのことだろう。どちらにせよ、今は彼に従う以外の方法が思い浮かばない。エリックとマルーシャは顔を見合わせ、チャッピーの元へと駆ける。その様子を見たチャッピーは額の青い宝石を光らせた後、遠くに見える森の方向へと踵を返して走り出した。

 

(身体が、軽くなった……? チャッピーの魔術、なのか?)

 

 どうやら、チャッピーは支援系の魔術が使えるらしい。不思議な鳥だ。一体、何という種類なのだろう――だが、それを詳しく考えている余裕は、今のエリックには無かった。

 アルディスとディアナのことが気になるし、何より彼は、自分が何も出来なかったことがどうしても頭から離れないほどに……悔しかった。

 

 

 

 

「……ッ」

 

 全身が、酷く痛む――うっすらと目を開き、ディアナは深く息を吐いた。

 ダークネスの攻撃を受けた直後の記憶が一切無い。そのまま意識を失ってしまったことに気付いたディアナは、自分の不甲斐なさを力無く嘲笑った。

 

「はは……そうか、オ、レは、負け、た……か……」

 

「ディアナ!!」

 

「エリック、か……?」

 

 声がかすれる。赤い瞳で、心配そうにこちらを見ているエリックに「大丈夫だ」と言いたかったが、どうにも無理そうだった。あの後はどうやら、洞窟かどこかに逃げ込んだらしい。ひんやりとした石の感触が、背中から伝わって来る。首だけ動かして横を見ると、自分より重傷で意識は無いものの、しっかりと規則正しい呼吸を繰り返すアルディスの姿があった。

 全員、命までは取られなかったらしい。エリックとマルーシャに至っては無傷だ。良かった、とディアナは素直にそう思った。

 

「無理しないで! まだ、寝てて良いから……!」

 

「……」

 

 心配して顔を覗き込んでくるマルーシャの顔色が、若干悪い。何事だとディアナは一瞬考えたが、その理由はすぐに分かった。

 

「……。無理をしな、い方が良いのは、あなたの、方だ……そ、のまま、続けていては、命に、関わ……る。加減が、できないうちは……無茶を、しない方が……良い。力を使うのは、もう、止めておけ……」

 

 アルディスの傷は酷いものの、微妙に塞がりかけている傷も多い。恐らく、マルーシャはほとんど効果が無いことを知りながらも、必死に天恵治癒を使い続けていたのだ。

 

「でも……」

 

「もう少し、休ませてくれ……天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)の使い手、ではない……が、オレも、あなたと同じ、救済系能力者だ……だから少し、は、手伝え、る……」

 

 一言一言を懸命に吐き出すように、ディアナは言葉を紡いだ。どう見ても、アルディスの状態が悪い。すぐにでも自分の能力を発動させたいとディアナは思った。それでも彼は、今は自分だけで精一杯だった。

 

「悪い……お前まで、僕の事情に巻き込んだ……」

 

「ごめんね……ディアナは、全然関係なかったのに……」

 

 赤い目を細め、エリックは悔しそうに声を震わせる。マルーシャも、悲しげに黄緑色の瞳を潤ませていた。

 確かにこの一連の流れは全て、ラドクリフ王家絡みのものであった。目を付けられていたアルディスはともかく、ディアナは本当に無関係だったのだ。マルーシャがディアナの手を握り締める。お互いの、あまりにも低い体温が感じ取れた。

 

「……違う。あなた達は、悪くない……」

 

 薄れ始めた意識の中で、ディアナははっきりと言葉を紡ぐ。これだけは、これだけは言っておかなければと、彼は二人の方へと視線を移した。

 

「オレが……弱すぎた、だけ……だから……」

 

 何とか二人を安心させようと、ディアナは目を細め、笑ってみせた。

 

「……ッ」

 

 エリックとマルーシャは、もう、何も言わなかった……言えなかった。ああ、これではダメだ、まだ何か、何か言わなければ。この二人を、安心させてやらなければ――。

 だが、そんな彼の想いが叶うことはなかった。二人を想うディアナの意識は、無情にも再び、闇へと引きずり戻されていった。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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