テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー 作:逢月
『残ってくれないかなーとは思ったけど、駄目だったか。まあ、無理強いするつもりはないから、たまに帰っておいでよ。たまに、で良いから』
『君がどこに住んでいたのかは知らないけれど、ここは君の故郷同然なんだから。本当に、いつでも帰っておいで』
――羨ましい、と思った。
「……ッ」
駄目だ。このままじゃ、羨みが、妬みに変わってしまいそう。
こういう時、あたしって本当に醜いなって、そう思うの。
帰らなければ、良いだけの話だから。そう、あたしが“あの場所”に戻らなければ、良いだけの話。
頭を振るい、少し遠くでエリック君と話す彼を見る。澄んだ青空のような、さらさらとした綺麗な髪。
あれを伸ばさないのは、定期的に短く切ってしまうのは、ただでさえ母親似な上に、その母親が長い髪をしていたから、らしいのだけれど……もしかしたら、この先、伸ばそうと思うことも、あるのかも……なんて。
「……」
気が付けば、あたしも自分の髪に手を伸ばしていた。
あたしのうねった桜色の髪と、琥珀色の瞳はお母さん譲りだった。
顔立ちもお母さんによく似てるって言われてたから、もしかしたら、今のあたしはお母さんそっくりなのかもしれない――それを考えたら、あたしは尚更、あの場所に“帰れない”。
お父さんは、皆に慕われていた。皆に、大切にされていた。けれど、お母さんは、皆に嫌われてた。
ただ、お父さんがお母さんを愛していたから、だから、あの場所にいられただけ。それだけだった……。
「ポプリ?」
不思議そうに、彼がこちらを見ている。あたしが何を考えているかなんて、分かってなさそうだった。
当たり前よね。あたしだってろくに、自分のことをあなたに教えてないんだから。
「……クリフォード、さん」
彼の名を呼ぶ。あたしのせいで、名乗ることができなかった、その名前。
それなのに、何でもないように「どうした?」と返してくれる彼に、あたしはもっと感謝した方が良いのかもしれない。
「ちょっと、呼んでみたくなっただけよ」
「……。長くないか? 僕の名前は」
意味や、込められた想いを知った上で蔑ろにするのはどうかと思うが……とは言いつつも、素直な感想としてはまず第一にそこに至るらしい。
そんなよく分からない彼の価値観に、思わず笑ってしまった。
「ふふっ、そうね。今までは“先生”って呼んでたから、何だか変な感じね」
「先生も先生でちょっと変な話ですよ。僕は医学の知識があるだけだから」
「呼び名に困ったんだもの。あたしのせいだけれど」
色々と、彼のことを知ってしまった。だから、彼があたしに少しだけ心を開いてくれていることを、本当に申し訳なく思っている。
「はは。何なら……クリフ、でも良いですよ」
「……!」
多分、この人は無意識のうちに、今までまともに得られなかった『愛情』をあたしに対して求めているから。
そんな、純粋過ぎるほどの、幼い子どものような欲求を向けられる対象が、あたしなんかで良いとは到底思えない。
だから、気が抜けきった緩い笑い方をされると、申し訳ないと思う気持ちが尚更強く込み上げてくる。
「……ポプリ?」
流石に反応がおかしいことに気付かれたのか、彼の表情が段々と堅いものに変わっていく。
あたしはゆるゆると頭を振るい、左右非対称の不思議な瞳と目を合わせた。
「何でもないわ。えーと……クリフ?」
この人は、全く愛されてこなかった訳ではない。ただ、今まで与えられてきた愛は、その全てに何かしら違う思念が混じっていたんだと思う。
哀れな彼の境遇に対する同情
彼の持つ才能への嫉妬
彼が便利な存在だからこその下心
そもそも愛とは無関係な嫌悪や憎悪
普通はそれでも大丈夫なんだろうけれど、よりによって彼は、それを察知してしまう能力者だった。だから、これまで植えつけられてきた恐怖心も後押しして、彼は他人に対して心を閉ざした。
これは悲しいことだと思うし、間違いなく彼は能力の強さに苦しんできたんだろうけれど、あの能力に関しては、正直羨ましくもあるの。
そう……今にして思えば、ああなったって、仕方が無かったのかもしれない。あたしに関しては、だけれど。
だけどせめて。せめてあたしが、異変に気付けていれば。異変に気付けるような能力者であったならば。
先生のような優れた
『やっぱりあの女を招き入れるべきでは無かった! 領主様は、甘かったんだ!』
『あの女だけではない! 結局は領主様の決定が我々を不幸にした!!』
忘れられない。
忘れられる筈がない。
『そうだ、お前が償え……全ての罪を被れば良い』
『馬鹿な領主と悪女、その娘。ああ、ああ……貴様らが、いたから。いたから、私達は……!』
やめて。お父さんとお母さんを、けなさないで。優しくて強くてかっこいい、あたしの家族を、侮辱しないで。
『この疫病神! アンタなんかが居たから……アンタさえ、居なければぁああっ!!』
――もう、戻らなければ良い。それだけよ。
「ッ、うふふ、呼び慣れていないから、何だか恥ずかしいわね……クリフ」
「そうこう言いつつ呼ぶんだな」
「良いじゃない。そのうち慣れるわ」
喪失感。嫌悪感――それから、罪悪感。全部全部、慣れたつもりでいた。
それなのに、こんなふとしたきっかけで胸が痛み出す……あたしも、まだまだね。
素の勘が良いんだか悪いんだか分からない彼は、あたしの様子に少し戸惑っている様子だった。けれど、踏み込まないことにしたみたい。
「良いじゃないですかね? 僕も、君にそう呼ばれるのは、嫌じゃない」
「……そう? じゃあ、そう呼ぶわね」
踏み込んできて欲しい気もしたけれど、彼にそれを望むのはとっても酷なことだって、知ってしまったから。
だからせめて、今はあなたの傍にいさせて欲しい。あたしが持っているのは、あなたが求める美しい『愛情』とは違って、酷く淀んだ醜いものだけれど、許して欲しい。
傍にいると、落ち着くの。ずっととは言わないから、だから、ごめんなさい。
今だけで、良いから……あたしを、許して。
―――― To be continued.