テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.51.5

 

『残ってくれないかなーとは思ったけど、駄目だったか。まあ、無理強いするつもりはないから、たまに帰っておいでよ。たまに、で良いから』

 

『君がどこに住んでいたのかは知らないけれど、ここは君の故郷同然なんだから。本当に、いつでも帰っておいで』

 

 

――羨ましい、と思った。

 

 

「……ッ」

 

 駄目だ。このままじゃ、羨みが、妬みに変わってしまいそう。

 こういう時、あたしって本当に醜いなって、そう思うの。

 

 帰らなければ、良いだけの話だから。そう、あたしが“あの場所”に戻らなければ、良いだけの話。

 

 頭を振るい、少し遠くでエリック君と話す彼を見る。澄んだ青空のような、さらさらとした綺麗な髪。

 あれを伸ばさないのは、定期的に短く切ってしまうのは、ただでさえ母親似な上に、その母親が長い髪をしていたから、らしいのだけれど……もしかしたら、この先、伸ばそうと思うことも、あるのかも……なんて。

 

「……」

 

 気が付けば、あたしも自分の髪に手を伸ばしていた。

 

 あたしのうねった桜色の髪と、琥珀色の瞳はお母さん譲りだった。

 顔立ちもお母さんによく似てるって言われてたから、もしかしたら、今のあたしはお母さんそっくりなのかもしれない――それを考えたら、あたしは尚更、あの場所に“帰れない”。

 

 お父さんは、皆に慕われていた。皆に、大切にされていた。けれど、お母さんは、皆に嫌われてた。

 ただ、お父さんがお母さんを愛していたから、だから、あの場所にいられただけ。それだけだった……。

 

 

「ポプリ?」

 

 不思議そうに、彼がこちらを見ている。あたしが何を考えているかなんて、分かってなさそうだった。

 当たり前よね。あたしだってろくに、自分のことをあなたに教えてないんだから。

 

「……クリフォード、さん」

 

 彼の名を呼ぶ。あたしのせいで、名乗ることができなかった、その名前。

 それなのに、何でもないように「どうした?」と返してくれる彼に、あたしはもっと感謝した方が良いのかもしれない。

 

「ちょっと、呼んでみたくなっただけよ」

 

「……。長くないか? 僕の名前は」

 

 意味や、込められた想いを知った上で蔑ろにするのはどうかと思うが……とは言いつつも、素直な感想としてはまず第一にそこに至るらしい。

 そんなよく分からない彼の価値観に、思わず笑ってしまった。

 

「ふふっ、そうね。今までは“先生”って呼んでたから、何だか変な感じね」

 

「先生も先生でちょっと変な話ですよ。僕は医学の知識があるだけだから」

 

「呼び名に困ったんだもの。あたしのせいだけれど」

 

 色々と、彼のことを知ってしまった。だから、彼があたしに少しだけ心を開いてくれていることを、本当に申し訳なく思っている。

 

「はは。何なら……クリフ、でも良いですよ」

 

「……!」

 

 多分、この人は無意識のうちに、今までまともに得られなかった『愛情』をあたしに対して求めているから。

 そんな、純粋過ぎるほどの、幼い子どものような欲求を向けられる対象が、あたしなんかで良いとは到底思えない。

 だから、気が抜けきった緩い笑い方をされると、申し訳ないと思う気持ちが尚更強く込み上げてくる。

 

「……ポプリ?」

 

 流石に反応がおかしいことに気付かれたのか、彼の表情が段々と堅いものに変わっていく。

 あたしはゆるゆると頭を振るい、左右非対称の不思議な瞳と目を合わせた。

 

「何でもないわ。えーと……クリフ?」

 

 この人は、全く愛されてこなかった訳ではない。ただ、今まで与えられてきた愛は、その全てに何かしら違う思念が混じっていたんだと思う。

 

 哀れな彼の境遇に対する同情

 彼の持つ才能への嫉妬

 彼が便利な存在だからこその下心

 そもそも愛とは無関係な嫌悪や憎悪

 

 普通はそれでも大丈夫なんだろうけれど、よりによって彼は、それを察知してしまう能力者だった。だから、これまで植えつけられてきた恐怖心も後押しして、彼は他人に対して心を閉ざした。

 これは悲しいことだと思うし、間違いなく彼は能力の強さに苦しんできたんだろうけれど、あの能力に関しては、正直羨ましくもあるの。

 

 そう……今にして思えば、ああなったって、仕方が無かったのかもしれない。あたしに関しては、だけれど。

 

 だけどせめて。せめてあたしが、異変に気付けていれば。異変に気付けるような能力者であったならば。

 先生のような優れた透視干渉(クラレンス・ラティマー)の能力者であったなら……憎まれるのは、あたしだけで、済んでいたのかな、なんて。

 

 

『やっぱりあの女を招き入れるべきでは無かった! 領主様は、甘かったんだ!』

 

『あの女だけではない! 結局は領主様の決定が我々を不幸にした!!』

 

 忘れられない。

 忘れられる筈がない。

 

『そうだ、お前が償え……全ての罪を被れば良い』

 

『馬鹿な領主と悪女、その娘。ああ、ああ……貴様らが、いたから。いたから、私達は……!』

 

 やめて。お父さんとお母さんを、けなさないで。優しくて強くてかっこいい、あたしの家族を、侮辱しないで。

 

 

『この疫病神! アンタなんかが居たから……アンタさえ、居なければぁああっ!!』

 

 

――もう、戻らなければ良い。それだけよ。

 

 

「ッ、うふふ、呼び慣れていないから、何だか恥ずかしいわね……クリフ」

 

「そうこう言いつつ呼ぶんだな」

 

「良いじゃない。そのうち慣れるわ」

 

 喪失感。嫌悪感――それから、罪悪感。全部全部、慣れたつもりでいた。

 それなのに、こんなふとしたきっかけで胸が痛み出す……あたしも、まだまだね。

 

 素の勘が良いんだか悪いんだか分からない彼は、あたしの様子に少し戸惑っている様子だった。けれど、踏み込まないことにしたみたい。

 

「良いじゃないですかね? 僕も、君にそう呼ばれるのは、嫌じゃない」

 

「……そう? じゃあ、そう呼ぶわね」

 

 踏み込んできて欲しい気もしたけれど、彼にそれを望むのはとっても酷なことだって、知ってしまったから。

 だからせめて、今はあなたの傍にいさせて欲しい。あたしが持っているのは、あなたが求める美しい『愛情』とは違って、酷く淀んだ醜いものだけれど、許して欲しい。

 傍にいると、落ち着くの。ずっととは言わないから、だから、ごめんなさい。

 

 今だけで、良いから……あたしを、許して。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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