テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.49 共に戦う

 

「じゃあ、俺はこれで行かせてもらおうかな……?」

 

 エリックの目の前で、アルディスが薙刀を剣へと変える。その様を、エリックは静かに見つめていた。

 風が吹き、アルディスの白銀の髪が後ろに流される。閉ざされていた彼の左目が、静かに開いた。

 

「いつでも良いよ。かかっておいで、エリック!」

 

 剣を構え、彼は強気な笑みを浮かべた。戦闘に関して言えば、やはりアルディスが誰よりも秀でている。何故なら彼は、戦の秀才フェルリオの第一皇子なのだから。

 思わず、その堂々たる姿に怯みそうになってしまった。エリックは己の頬を軽く叩き、レーツェルを剣に変え、構える。

 

「ああ、よろしく頼む……行くぞ、アル!」

 

 

――きっかけは、エリックがジャンクに対して投げかけた言葉だった。

 

 

「ジャン、精霊の扱い方を教えて欲しいんだが……」

 

 自身の中で、好き勝手に遊び回る下位精霊達。可愛らしいなとは思うのだが、このままでは少々困ってしまう。気が散ってしまうし、何より彼らは、その気になればエリックの身体を乗っ取ることができてしまうのだ。

 エリックは彼らに感謝されているようであるし、悪いことはしないと思うのだがそういう問題ではない。そんなわけで、精霊関連に詳しいジャンクに相談してみたのだ――だが、

 

「その、お前の場合……前例が無いので、ちょっと分かりません……しかも僕は精霊に好かれるだけなので、扱い方なんて知りません……」

 

「……!?」

 

 心底困った様子で、非常に言いづらそうに返された言葉は、どうしようもなく答えとは程遠いものであったのだ。「どうしよう」とでも言いたげなジャンクに返す言葉が見つからず、エリックが頭を悩ませていたそんな時。やってきたのがアルディスだった。

 

「ジャンさんはマクスウェルに力を与えられてただけだから、使役能力は持ってないらしいんだ。絶対才能はあるんだろうけど、そういう訓練はしてないんだって」

 

「……そういうことです」

 

 なるほど、こればかりはどうしようも無いのかもしれないとエリックは苦笑する。しかし、ジャンクはアルディスの登場で思いついたものがあったらしい。彼はおもむろに、エリックの首から下げられたレーツェルを指差した。

 

無限の軌跡(フリュードキャリバー)を、完璧に使いこなせるようになってみてくれませんか?」

 

「え?」

 

「多分、エリックの奴はアルとは少し違うと思うんです。お前達が知って使ってるのかどうかは知りませんが、宝剣は精霊と密接な関係を持つものなんです。だから、あれが使いこなせれば、何かしら対処できるかもしれません」

 

 無限の軌跡(フリュードキャリバー)。そういえばあれ以来、宝剣に触れていなかったなと思いつつエリックは、そのままアルディスへと視線を向ける。

 

「精霊との関係……知ってた? エリック?」

 

「いや、全く……」

 

「うん、俺も教えてもらいたいな。精霊が関係してるなら、俺はこれ以上使いこなせない可能性が高いけれど、君はきっと、さらに力を引き出せると思う」

 

 ジャンクの言う、“精霊との関係”についてはよく分からないが、アルディスは乗り気のようだ。彼が「使いこなせない」というのは恐らく大精霊ノームが言っていた「致命的に才能がない」に近い意味合いだろう。恐らくアルディスは、契約者ではあったものの、本来精霊との相性があまり良くないのだ。

 

「どのみち、アレについては詳しく聞きたかったんだ。よろしく頼む」

 

 

……という流れが、何故か宝剣を用いた実戦訓練になってしまい、今に至る。

 

 

「おい、た、頼むから……無理は、しないでくれよ……!!」

 

 不安げにこちらを見つめるのはディアナだ。フェルリオ城での一件を引きずっているのだろうが、今回はただの訓練である。分かってくれ、と彼女を説得したのはついさっきの話だ――それでも不安で不安で仕方が無かったらしく、彼女はブリランテの村から少し離れた空き地にまでしっかりと着いてきたのだが。

 

「最悪、今回は僕がいます。僕が獣化すれば、何とでもなります」

 

「先生! そういうのは自分の腕治してから言って欲しいんだけど……!」

 

「はは、僕の力の源は“自己犠牲”なんです。昨日も話しましたが、僕自身の傷は自力では治せないのです。ですが、大丈夫ですよ。ちゃんと治りますから」

 

 信用して良いのか悩むジャンクの言葉に、見事に彼に対して過保護になってしまっているポプリは頭を抱えている。だが、どうこう言ったところで彼の反応は変わらないと考えたのだろう。ポプリはディアナを手招きし、小さな声で彼女に問いかけた。

 

 

「ねえ、ディアナ君……マルーシャちゃんは?」

 

 それは、これから刃を交えるエリックとアルディスを思いやってのことなのだろう。ポプリの言葉に、ディアナは大きな青い瞳を微かに細めた。

 

「休ませて欲しいって……その、疲れてるだけだとは思う……だが……」

 

「……。違和感が、あったのね」

 

 ポプリの言葉に、ディアナは静かに頷く。そんな彼女の頭を軽く撫で、ポプリはやんわりと微笑んだ。

 

「あたしは宿屋に戻るわ。ひとりにしといた方が良いとは思うんだけど、近くに一人くらいいた方が良いわ」

 

「そ、それならオレが……!」

 

「あたしが行くわ。救済系能力者はここにいるべきよ。だから、後で色々教えて?」

 

 救済系能力者はここにいるべき。その言葉に、ディアナは頷くことしかできなかった。ポプリは踵を返し、宿屋へと戻っていく。彼女の姿を見たエリックとアルディスは、構えていた剣を下ろし、不思議そうに口を開いた。

 

「マルーシャのこと、か?」

 

「来ないなんて珍しいもんね。大丈夫かな……」

 

 ポプリの気遣いが意味を成していない。そういえば、彼らはマルーシャの幼馴染みなのだ。ディアナが気付ける違和感に、彼らが気付かない筈がないのだ――それでも。

 

「だからポプリが行ったんだ。あなた達は気にせずに訓練してくれ。何かあればポプリが言いに来るだろうし、何よりマルーシャが『自分のせいで訓練ができなかった』などと考えかねん。オレが思うに、彼女はそういうのを誰より気にする人ではないか?」

 

 ディアナは、エリックとアルディスに訓練を行うようにと促した。そうするべきだと、彼女は考えたのだ。

 

「……それもそうだね、マルーシャ、変に気を遣うとこあるから」

 

「僕らの件でも多分気遣ったんだろうなって時が結構あったしな……うーん、たまには、ひとりにしてやった方が良いんだろうなぁ……」

 

 納得はしているようだが、気にはなる、といった様子だろうか。特にエリックは「見に行きたい」という感情が強そうである。しかし、その思いを実現させる気は無かったようだ。

 

「さっさと取得してさっさと帰れば問題ない!」

 

「……簡単に言わないで欲しい」

 

「やってみないと分からないだろ? どっちにしろ、今は僕らがアイツの傍にいかない方がいい気がするんだ」

 

「それに関しては、同感」

 

 じゃあ今度こそやろうか、とアルディスが微笑む。それにエリックが頷いた後、両者ともに力強く地を蹴って駆け出した。

 

 

「エリック! 剣のまま戦うつもりかい? それじゃ意味ないよ!」

 

「そうは言っても……!」

 

 アルディスが一気に間合いを狭めてくる。間合いを狭めた状態での戦闘を得意とするのはエリックも同じだが、彼のそれはエリック以上に狭い。至近距離から攻撃を繰り出すことで、確実に相手に一撃を与えるような戦い方だ。

 近寄られ過ぎてしまえば、反撃の隙も与えられず、一方的に攻撃されてしまう。それは、エリックも何となく理解していた。

 エリックの宝剣が変化した姿は弓だ。変化の仕方はよく分からない上にアルディスの素早さに翻弄され、変化させることに意識が向かない。

 

「……ッ!」

 

 エリックは後ろに飛び、アルディスから距離を取る。この動作を取るのは何度目だろうか。いい加減に仕掛けてみようと思ったのだろう。対するアルディスは両足に力を込め、勢いよく宙に飛び上がった。

 

「――鳳凰天駆(ほうおうてんく)!」

 

 アルディスはその身に赤く燃え上がるような闘気を纏い、こちらに向かって急降下してきた! 今なら、避けることも可能だ。だがエリックはあえてその場に踏みとどまり、剣と短剣を正面に構え、防御体制を取った。

 

「ッ、これくらい……!」

 

 刃そのものはこちらも刃で受けているものの、重力に身を任せ、さらに精霊と関係があるという宝剣の力なのか腕力の増した彼の一撃は、重い。彼が纏う気に触れただけで、ぴりぴりと痺れるような痛みが走る。エリックは奥歯を噛み締めつつ両膝に力を込め、剣を勢いよく縦に凪いだ。

 

「……っ!」

 

 闘気を弾かれ、アルディスが怯む。その隙を見逃すことなくエリックは一度剣を後ろに引き、両手で構えなおすと共に勢いに任せ前に突き出した――その瞬間、エリックの顔から、表情が消えた。

 

蒼咆烈牙(そうほうれつが)

 

「ッ!? ぐ……っ!」

 

 アルディスを貫いたのは剣の切っ先ではなく、青く輝く光の刃。恐ろしい程に静かな声で技の名を口にしたエリックの瞳を見たアルディスの表情は、動揺を隠しきれてなどいなかった。

 

「っ、は……な、何……!?」

 

 思わず、といった様子だった。アルディスはエリックから距離を取り、一旦体制を立て直すつもりのようである。貫かれた場所が痛むようだが、彼は傷を押さえることなくそこに佇んでいる。エリックは、無表情で剣を手に立っていた。

 

 

「瞬きの時を刻みし、恩寵の雫をここに ――リンカーネーション!」

 

 ピリリとした空気が流れる場に、ジャンクの穏やかな声が響く。どこかで、水が跳ねる音がした。その音を聴き、エリックの顔に表情が戻る。

 

「ッ! ……ぼ、僕は……今……!?」

 

「え、まさか君! 今の無意識だったのか!?」

 

 ジャンクの術『リンカーネーション』は複数人に効果をもたらす簡易的な治癒術であったらしい。完全にとは言えないが、アルディスの負った傷が治っている。しかし、正気に戻ったエリックはゆるゆると首を横に振った。

 

「困った、な。こうも乗っ取られるとは、思わなかった……」

 

 怖い、と思った――何とかしてやり返さなければと思った途端に身体を乗っ取られてしまったのだ。エリック自身に危害を加えることはないだろうが、周りに危害を加える可能性は大いにある。エリックは力なく、剣の切っ先を下ろしてしまった。これでは、無限の軌跡(フリュードキャリバー)どころの話ではない。

 

「精霊の防衛本能が過剰に出てしまったようですね……ですがエリック、お前なら大丈夫ですよ」

 

 途方に暮れるエリックの耳に届いたのは、ジャンクの声。彼は軽く首を傾げ、エリックに微笑みかけた。

 

「お前は既に、精霊達と話ができるでしょう? しっかり耳を傾けてみてください」

 

「……分かった」

 

 他の手段は浮かばないし、ここでジャンクのアドバイスを受け入れない理由はない。エリックは頷き、自身の中に宿った精霊達へと意識を向ける。

 

 

『ごめんなさい……ちょっと、出過ぎてしまったようです。僕らは、あなたに恐怖を与えたかったわけでも、ましてやあの子を傷付けたかったわけではないのです。分かってください』

 

『次は、上手くやれるから。なるべく、頑張るから……だから、悪いんだけど、もうちょっと、訓練続けてくれないかな?』

 

 聴こえてきたのは、申し訳なさそうに謝る精霊達の声。彼らも、わざとでは無かったらしい。そしてどうやら、実戦訓練以外に改善策が無さそうだということも理解できた。

 

「練習あるのみってことだな……アル。致命傷は与えないと思うんだが、その……」

 

「分かったよ、俺も危なげなのは避けるように努力する」

 

「助かる。あと、お前も頼むから本気で来い。こっちだけガンガン押すのは、嫌だから」

 

 エリックの出した結論、それは『精霊が出過ぎないように、彼らに感覚を掴ませるためにしばらく実戦訓練を続ける』だった。元々、彼らは地下水脈でふよふよと漂う弱い存在でしかなかったのだ。いきなり戦いの場に放り込まれれば、混乱するのも当たり前なのである。まずは、慣れさせてやらないといけない。

 エリックの事情については、既に全員が理解している。だからこそアルディスは躊躇うことなく、二つ返事で了承してくれたのだ。それをありがたいと感じつつ、エリックは再び剣を構えた。

 

 

 

 

 アルディスはその身に半分流れる暗舞(ピオナージ)の血の影響か、かなり身のこなしが軽やかだ。舞うような、流れるような彼の動きに、エリックは少しずつ付いて行くことができるようになりつつあった。

 

「ふふ、初めてだよ! 訓練がこんなに楽しいと感じるのは!!」

 

 そう言って笑うアルディスの白い頬は切れ、赤い血を流している。それでも彼は、楽しげに笑みを浮かべていた。その瞳は、相変わらず強気だった。

 

「奇遇だな。僕もそう思っているよ」

 

 だが、エリックも負けていない。切れた口から流れる血を拭い、笑い返してみせる彼もアルディス同様に湧き上がるような高揚を感じていた。

 精霊達に乗っ取られ、暴走してしまうことも何度かあった。しかし、もう大丈夫そうだ。エリックの体内に宿った精霊達は、完全にエリックの動きに順応しつつあった。

 

『もう、大丈夫だよ! その剣を媒体に、私達に声をかけて!!』

 

『必要のない時は、あなたに話しかけないようにします。僕らが何も言わなくとも、きっとあなたは理解してくれるから』

 

『だから君は、もう私達のことを気にしなくて良い。その子と共に、戦い抜いて!』

 

 突如、エリックの体内に宿った精霊達。彼らがエリックを選んだのも、エリックが彼らに対し嫌悪感を抱かなかったのも、ちゃんと理由があった。偶然では、なかったのだろう。

 

(何となく、気付いてた……お前達は“フェルリオの英知”になれなかった存在なんだって。それなのに、アルを恨まないって……弟として、愛せるって……素直に凄いと思う)

 

 

――精霊達よ、どうか心配しないで欲しい。

 

 お前達の弟と並んでも恥ずかしくないように、僕は強くなるから。

 無残な実験の果てにあんな気味の悪い場所に棄てられたお前達の代わりに、僕が戦うから。

 もう二度と、戦のために消費される命なんて、生み出さないために――!

 

 

「さて……もう少し、付き合ってもらおうか!」

 

 叫び、エリックは駆ける。その叫びに応えるように、アルディスは強く地を蹴り、空中で身体を捻った。着地点は恐らく、エリックの真後ろ。気付いたエリックは左足に力を込め、勢いよく振り返った。

 

「やるね! ――浄蓮双華(じょうれんそうが)!」

 

 エリックの反応に、アルディスは口元に弧を描く。彼が持つ宝剣の切っ先が赤く瞬き、その刹那、高い場所から振りかぶられる宝剣そのものとは別に衝撃波がエリックに襲い掛かる!

 ただ単に受け止めるだけでは、面白くない。そう思ったエリックは短剣を持つ左手を前に突き出し、一旦右手を後ろに引いた。衝撃波が脇腹を切り裂いた痛みを感じつつ、アルディスの宝剣を短剣で受け止める。交差した刃が、甲高い音を鳴らした。

 

「――剛招来(ごうしょうらい)

 

 気を高め、宝剣そのものに集中する。柄を握り締める右手にぐっと力を込め、エリックはそれを一気に前に突き出した!

 

蒼咆烈牙(そうほうれつが)!」

 

 今度は、正気を失うことは無かった。放たれた光の刃は、アルディスの右足を切り裂き、彼の顔は痛みによって微かに歪められた。とん、と地面に降り立った彼は、そのまま後ろに飛んで距離を取った――かと思いきや、

 

飛燕連斬(ひえんれんざん)!」

 

 足を負傷したとは思えない身のこなしで、彼はエリックに向かって突っ込んできたのだ。刃は、しっかりとエリックの胴を捉え、斬り付けていく。アルディスの連撃は、ここで終わりではない!

 

「――神風閃(じんぷんせん)ッ!!」

 

「ッ、がっ、あ……っ!」

 

 至近距離からの連続斬り。こふ、と口から血が流れるのが分かる。傍に寄られてしまえば、危ないと分かっていたというのに。例え相手が警戒していようと、関係なしに自分の得意とする間合いに入り込んでしまうだけの実力者であるということだ。

 加えて、エリックの反応の良さに文字通り『楽しく』なってしまったのだろう。少しでも手を抜けば、殺されてしまいそうだ。顎を流れる血を拭うエリックの瞳は、爛々と輝いていた――それはお互い様だな、と内心笑みが溢れた。

 

「ははっ! まだまだだ!」

 

 剣も、短剣も。しっかりとエリックの手の内にある。この程度では、落とさない。すぐ傍にいるアルディス目掛け、エリックは身体を捻り、刃を振るった。

 

絶翔斬(ぜっしょうざん)! ――烈砕衝破(れっさいしょうは)ッ!!」

 

「! ぐあっ!!」

 

 飛び上がるとともにアルディスの身を斬りつけ、その勢いのまま彼を地面に叩き付ける。流石に堪えたのか、背を打ち付けた彼は苦痛に顔を歪めていた。それでも、エリックは彼に手を差し伸べない。彼はこの程度では、倒れない!

 

「お、おい……!!」

 

 思わず、といった様子でディアナが声を掛ける。先程から何度かあった出来事だが、その度にエリックもアルディスも「大丈夫だ」と言い、挙句治癒術の使用を拒んだ。ジャンクも、それに従っている。訓練が終わってから、傷を治せば良いと思ったのだ。今回も同様だったらしく、アルディスは大丈夫だと彼女に向かって左手を振った。

 違ったのはその後だ。彼はローブを脱ぎ捨てた。彼の左手の宝剣が、赤く輝いた。

 

「……」

 

 その輝きは、留まるところを知らなかった。そうしている間に、彼の背には深い朱色の左翼が現れる。彼の左腕が、少しずつその様を変えていく!

 

「な……っ!?」

 

「今の君なら、きっとできるよ。さあ、やってみせてよ!」

 

 血を流しながらも、不敵に笑う彼の左腕に、白く光る美しい紋様が浮かびあがっている。その紋章は彼の顔まで続いており、白い肌と髪に映える翡翠の瞳をより一層際立たせていた。

 異形とも言える姿。しかし、不思議と恐怖は感じなかった。そしてアルディスが言うように、自分にも『できる』と思えた。

 

(……いける)

 

 煩いほどに鳴り響く鼓動。それ以上に、こみ上げてくる熱い思い。エリックは青い輝きを放つ宝剣の刃を撫で、赤い瞳を僅かに伏せる。己の姿が、変化していくのが分かった。

 

 

「うん、流石……悔しいけれど、やっぱり俺とは違うなぁ」

 

 その様子を見たアルディスが、悔しげにため息を吐いた。自身で自身の姿を見ることは叶わないが、とりあえず『できた』ということだけは理解できた。

 

「ここまでできるなら、もう大丈夫なんじゃないですかね、ジャンさん?」

 

 アルディスが戦いを眺めていたジャンクに視線を向ける。ジャンクはエリックの変化に驚いていたようであったが、「そうですね」と呟き、笑ってみせた。

 

「エリック。それができるのならばもう大丈夫ですよ。精霊はお前を“器”と認め、力を貸してくれることでしょう」

 

 左手に握られた弓が、青白い輝きを放っている。勝手に形状が変わっていた。どうやら精霊達の力を借りる場合、自分にはこちらの方が合っているらしい。

 服で隠れてしまっているが、アルディスとは異なり、両腕に紋様が浮かびあがっているらしいことを感じる。それに、何となく安心してしまった。恐らく、剣を使っていたとしても精霊達は自分に応えてくれるだろうと思ったのだ。

 身体が熱い。それなのに、軽い。不思議な感覚だった。困惑するエリックに対し、ジャンクは穏やかな笑みを浮かべて語りかけてくる。

 

 

「エリックの場合は厳密には体内精霊ではないので、擬似的なものですが……これが自身の体内精霊と一体化し、“覚醒”した者が扱える能力のひとつ――『精霊同化(オーバーリミッツ)』です」

 

 

「……ッ!」

 

 覚醒。その言葉を聞き、エリックははっとして自身の背を見る。

 そこには、自分には永遠に手に入らないのではないかと思っていた、青白く輝く光の両翼があった。

 その両翼は、自分の意思で動かすことができた。コツがいるのではないかとは思うが、空を飛び回ることもできそうだ。自身の部屋で、いつも見上げていた遥か遠くにあった青空に、近付くことができそうだ。

 

 やっと、それができるようになったのだ。

 

 

「あ、あー……精霊同化(オーバーリミッツ)は長時間やってしまうと精神汚染されてしまうので、早々に解いてくださいね。アルもですよ、お前もできるなんて知りませんでしたよ……ほら、エリック、お前もだ。覚醒と精霊同化を同時に取得するなんて、どんな影響があるか分かりません。だから、早く」

 

 大丈夫、その翼はもういつでも出せますから。だから、大丈夫ですよ――そう言って笑うジャンクの穏やかな視線が何だか恥ずかしくて、エリックは精霊同化(オーバーリミッツ)を解くと同時に彼から顔を背けた。

 

「お前が覚醒できなかったのは、他者の悪意によるものです。本来お前は、間違いなく精霊に通ずる者だったということなのでしょう……そうでなければ、刺激があったとしてもここまではならなかっただろうし、その宝剣を扱うことさえできなかった筈です。誇りに思ってください、それがお前の才能なんです」

 

 ジャンクが言うには、宝剣ヴィーゲンリートとキルヒェンリートは精霊の力を凝縮して作られた、もはや精霊そのものに近い存在なのだという。そのため、宝剣は使い手に干渉し、手にすればその形状にあった形で使い手の体質が変わるのだそうだ。アルディスが剣を握っている時に力が強くなるのはそのためらしい。その代わり、剣を持っている時の彼は一切魔術が使えなくなるということだったが。

 そんな特殊な力を持つ剣であるが故に、宝剣は使い手を選ぶ。誰もがエリックとアルディスのように、この剣を使いこなせるわけではない。

 

「すごいな、オレにもできたら良いのに……」

 

「いや、ちょっと頑張れば君にもできますよ、ディアナ」

 

「え!?」

 

「むしろ、エリックにできたのが不思議なんです」

 

 自身の身体に宿った体内精霊の力を限界まで引き出し、一時的に体質を変えるという精霊同化(オーバーリミッツ)

 覚醒した者全てが使いこなせる能力というわけではないそうだが、ある程度鍛錬を重ね、努力を重ねさえすれば使えるようになるのだという。しかし、エリックの場合は例外だ。何しろ、力の根源は生まれつき存在する体内精霊ではなく、外から取り込んだ精霊なのだから。

 

無限の軌跡(フリュードキャリバー)が使えるようになれば、精霊達を制御できるようになるだろうと、そう思っていたんです。ですが、まさか精霊達と心を通わせ、覚醒、精霊同化(オーバーリミッツ)までしてくるとは思いませんでした……想像以上の結果です。もう何も、問題ありませんよ」

 

 

――嗚呼、話しかけない、と言ったくせに。

 

 

『僕達は、あなたを信じて、あなたと共に戦います。あなたの、本当の体内精霊が帰ってくるまでは、僕達があなたの体内精霊となり、あなたを守ります』

 

 これが最後ですから、と笑う精霊達。そんな精霊達に、仲間達に応えるために、エリックは震える右手を胸に当て、「ありがとう」と呟いた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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