テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー 作:逢月
「……」
重い足取りで宿屋まで帰り、ドアノブに手を掛ける。
ーーあれから、どれくらいの時間が経ったんだろう?
『ふーん、結構図太いのねぇ……まあ良いわ、これからはいつも“一緒”だものねぇ……?』
アルカ姫こと、シンシアの嘲笑は未だに続いている。
不幸中の幸いだったのは、彼女の声は自分にしか聴こえないことと、自分の方は口に出さずとも、強く思いさえすればシンシアに言葉が伝わるということだ。
(でも、イチハのことを考えたら、アルディスとジャンには……)
シンシアと同じ状態となっているイチハの声は、精霊契約者や
それを考えると、シンシアが喋るたびに彼らには聞こえてしまうのでは?
「……ッ」
ふたりの、反応が怖いーーシンシアは、怯えるわたしに腹が立ったんだと思う。彼女は苛立ちを隠せないようすで、早口でまくし立てた。
『大丈夫よ、私、外部から分からないようになっているもの。だからあの医者は私の存在に気付かない。これから先も気付けないと思うわ。その方が、面白いからってヴァロンの奴……悪趣味よねぇ、それさえなければ、お兄様にはさっさと気付いてもらえたのに!』
(ジャン、アルディス……)
『お兄様は私をいつも守ってくれたのに! なのにお兄様は私を助けてくれない! あんたが邪魔だから!! あんたのせいで、お兄様は私に気付いてくれないの!!』
激情するシンシアの声を聞きながら、マルーシャはドアを開けた。部屋の中には、不思議そうにこちらを見つめるディアナの姿があった。
「どうした? マルーシャ。部屋の外でじっとしたりなんかして……それにあなた、今まで一体どこに……?」
嗚呼、良かった。
泣いたことには、気付かれなかったみたい。目の腫れが引くまで帰らなくて、良かった。
「えへへ、ちょっと疲れちゃったのかな? 立ちくらみが……」
「なっ!? 笑ってる場合か!? 早く寝ろ!!」
同室になった相手が、ディアナで良かった。
ディアナなら、きっとシンシアも大丈夫ーーそう思っていた。
『あんたも腹立つけど、私はそいつも嫌い。私のお兄様に、手を出すなんて……』
「え……?」
シンシアがディアナに向ける感情は、憎悪。
「マルーシャ?」
思わず、声を出してしまったから。ディアナは、私の顔を覗き込んでくる。心の底から私のことを心配してくれている。
ーーそうだ、皆に心配を掛けるわけにはいかないんだ。
『ふうん、あんた、私がいても気にしないことにするワケね。本当、図太い女……まあ良いわ、いつまでその痩せ我慢が続くか、見ててあげる』
(わたしは皆を心配させたくないの。ただ、それだけで……)
『知らないわよ、そんなこと。私は諦めないわ。絶対に、取り返してやるんだから……』
シンシアの言うことは、正しい。わたしが、彼女の身体を奪っている事実は変わらない。返すべきなんだとは思う。けれどそれは、つまり……。
ーーどうするべきなのか、まるで分からなかった。
「マルーシャ? おい! マルーシャ!!」
そうしている間にも、ディアナがわたしを心配して声を荒げている。
駄目だ、“わたしらしく”しなきゃ。そうだ、悩んでちゃ駄目なんだ。わたしは、わたしでいなきゃ……。
「ご、ごめんね? ちょっと考えごとしてたんだぁ……」
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
大丈夫。わたしが黙っとけば、誰も気付かないんだ。
皆大変なんだから。自分のことは、自分で解決すべきなんだ。
「疲れてるだけ。大丈夫だよ」
「それなら、良いんだが……」
大丈夫、大丈夫。
言い聞かせるように、わたしはその言葉を心の中で響かせ続けた。シンシアの嘲笑が、止まらなかった……それでも、
「だから、エリックには……皆には、言わないでね。大丈夫。明日には、元気になってるから!」
ーー