テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.48.5

 

「……」

 

 重い足取りで宿屋まで帰り、ドアノブに手を掛ける。

 

 

ーーあれから、どれくらいの時間が経ったんだろう?

 

 

『ふーん、結構図太いのねぇ……まあ良いわ、これからはいつも“一緒”だものねぇ……?』

 

 アルカ姫こと、シンシアの嘲笑は未だに続いている。

 不幸中の幸いだったのは、彼女の声は自分にしか聴こえないことと、自分の方は口に出さずとも、強く思いさえすればシンシアに言葉が伝わるということだ。

 

(でも、イチハのことを考えたら、アルディスとジャンには……)

 

 シンシアと同じ状態となっているイチハの声は、精霊契約者や精霊の使徒(エレミヤ)には届いていた。

 それを考えると、シンシアが喋るたびに彼らには聞こえてしまうのでは?

 

「……ッ」

 

 ふたりの、反応が怖いーーシンシアは、怯えるわたしに腹が立ったんだと思う。彼女は苛立ちを隠せないようすで、早口でまくし立てた。

 

『大丈夫よ、私、外部から分からないようになっているもの。だからあの医者は私の存在に気付かない。これから先も気付けないと思うわ。その方が、面白いからってヴァロンの奴……悪趣味よねぇ、それさえなければ、お兄様にはさっさと気付いてもらえたのに!』

 

(ジャン、アルディス……)

 

『お兄様は私をいつも守ってくれたのに! なのにお兄様は私を助けてくれない! あんたが邪魔だから!! あんたのせいで、お兄様は私に気付いてくれないの!!』

 

 激情するシンシアの声を聞きながら、マルーシャはドアを開けた。部屋の中には、不思議そうにこちらを見つめるディアナの姿があった。

 

「どうした? マルーシャ。部屋の外でじっとしたりなんかして……それにあなた、今まで一体どこに……?」

 

 嗚呼、良かった。

 泣いたことには、気付かれなかったみたい。目の腫れが引くまで帰らなくて、良かった。

 

「えへへ、ちょっと疲れちゃったのかな? 立ちくらみが……」

 

「なっ!? 笑ってる場合か!? 早く寝ろ!!」

 

 同室になった相手が、ディアナで良かった。

 ディアナなら、きっとシンシアも大丈夫ーーそう思っていた。

 

 

『あんたも腹立つけど、私はそいつも嫌い。私のお兄様に、手を出すなんて……』

 

 

「え……?」

 

 シンシアがディアナに向ける感情は、憎悪。

 

「マルーシャ?」

 

 思わず、声を出してしまったから。ディアナは、私の顔を覗き込んでくる。心の底から私のことを心配してくれている。

 

 

ーーそうだ、皆に心配を掛けるわけにはいかないんだ。

 

 

『ふうん、あんた、私がいても気にしないことにするワケね。本当、図太い女……まあ良いわ、いつまでその痩せ我慢が続くか、見ててあげる』

 

(わたしは皆を心配させたくないの。ただ、それだけで……)

 

『知らないわよ、そんなこと。私は諦めないわ。絶対に、取り返してやるんだから……』

 

 シンシアの言うことは、正しい。わたしが、彼女の身体を奪っている事実は変わらない。返すべきなんだとは思う。けれどそれは、つまり……。

 

 

ーーどうするべきなのか、まるで分からなかった。

 

 

「マルーシャ? おい! マルーシャ!!」

 

 そうしている間にも、ディアナがわたしを心配して声を荒げている。

 

 駄目だ、“わたしらしく”しなきゃ。そうだ、悩んでちゃ駄目なんだ。わたしは、わたしでいなきゃ……。

 

 

「ご、ごめんね? ちょっと考えごとしてたんだぁ……」

 

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

 

 大丈夫。わたしが黙っとけば、誰も気付かないんだ。

 皆大変なんだから。自分のことは、自分で解決すべきなんだ。

 

「疲れてるだけ。大丈夫だよ」

 

「それなら、良いんだが……」

 

 大丈夫、大丈夫。

 

 言い聞かせるように、わたしはその言葉を心の中で響かせ続けた。シンシアの嘲笑が、止まらなかった……それでも、

 

 

「だから、エリックには……皆には、言わないでね。大丈夫。明日には、元気になってるから!」

 

 

ーー大丈夫(たすけて)

 


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