テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.47 不器用な慕情

「すみません、突然呼んでしまって」

 

「良いのよ、気にしないで。あたしは頼ってもらえた方が、嬉しいもの」

 

 だから何かあればどんどん頼ってね、と先程この部屋に入ってきたポプリは微笑む。それに対し、ジャンクはどこか複雑そうな様子で苦笑してみせた。

 

「うーん……今にして思うと、僕は本当に君に何も話していなかったんだな、と思うんです。申し訳ありません」

 

 

 これまでポプリは「悩んでるなら話して、力になるから、助けるから」と、再々ジャンクに言っていたのだという。それをジャンクは全て「すみません」の一言で誤魔化していたのだという。

 そんなジャンクから、話を聞く機会を得た。それどころか、本人の意思で「話したい」という申し出があった。それをエリックから聞いたポプリは驚いてこそいたが、何の迷いも無くこの部屋にやってきていた。

 

「不思議な人、とは思ってた……けれど、それと同時に絶対に何か酷い物を抱え込んでることも気付いてたから。ヴァイスハイトなのにも薄々気付いてたけど……先生は字の読み書きが苦手でしょう? それだけで、何となく昔何があったのかって、絞られちゃうものよ。しかも先生、多分暗い所と狭い所が苦手よね? 強がってるから黙ってたけど……」

 

「!? えっ、ちょっ……ポプリ……?」

 

「うふふ、意外と見てるのよ、あたし」

 

 図星だったのか、若干顔を赤らめてあたふたするジャンクを横目で見つつ、エリックは「またか」とため息を吐きたくなるのを必死にこらえていた。

 ジャンクの方は間違いなく無自覚だが、どう考えても“両片想い”だと想定される二人と一緒の空間に置かれているこの状況はもはや一種の拷問である。しかしいくつか不穏な話も聞こえてきている。逃げ出すわけにはいかないだろう。

 ポプリの言葉に対して返事をするより先に、ジャンクは動く左腕を覆う袖を噛み、そのまま上にめくり上げた。

 

「……皆、触れないですよね、これに」

 

 彼が見せてきたのは、赤黒い痣の残された左手首。普段は袖の長い白衣で隠れているが、包帯を巻く、手袋を付けるといった隠され方はしていないために不意に見えることがある。だからこそエリックとポプリは、彼が両手首に全く同じ痣を持つことにも気付いていた。

 

「隠すと、ふと見えた時に必要以上に気になるでしょうから。だから、隠さないようにしていたんです。どうせ、普段から僕は長袖ですしね。傷だらけ……ですし」

 

「……」

 

「まあ、想像が付くとは思いますが……これは、拘束痕なんです。ただの枷ではなく、魔力を吸収する枷でした……そしてその技術を応用して作られたのが、虚無の呪縛(ヴォイドスペル)ですね」

 

 まさか、完成品を身に受けた人間と会うとは思いませんでした、とジャンクはどこか悲しげに笑う。

 

「研究施設では何らかの実験を行うなどの理由が無い限りは、常に牢に入れられていました……だから、駄目なんですよ。暗い場所と、狭い場所が。それと、色々あってまともに文字を勉強し始めた時期があまりにも遅かったから。特に文字を書くことには強い苦手意識がありますね」

 

 あまり多くを語らなかったとはいえ、ジャンクがポプリと共にいた期間は決して短いものではない。だからこそ、ポプリは様々なことに気付くことができたのだ。

 それでも、その“気付いてしまったこと”に触れなかったのは、本人の口から真実を聞きたかったのと、ポプリ自身が抱える罪によるものだろう。

 

 

「そんな状態で……よく、あたしと一緒にいようって、あたしを守ろうって、思ってくれた、わよね……だって、先生気付いてるでしょう? 精霊関係の話に、詳しい先生だもの……」

 

 先程、エリックの体質及びこの世界の人々と精霊の関係についてはポプリにも伝えられていた。この件については全員に伝える予定であったが、わざわざ来てもらったのだからとポプリには先に話しておいたのだ。

 その際、ポプリの顔色が悪くなったのは、話の内容が原因ではない。だからこそ、ここでこのような質問が出たのだ。

 

「君の、秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)の能力は拒絶系能力の中でも強い能力で……戦いの道具としても優れているから、悪い意味で需要の高い能力です。そして、僕達透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者とは非常に相性が悪い。実際僕は、君の姿や身体から放出される魔力の質を感じ取ることはできても、君の身体の中にいる体内精霊の姿までは確認できていません。“入れ物”が僕の力を弾いてしまう、と言えば分かりますかね?」

 

「……」

 

「多分、体内精霊を視ること“だけ”に、集中して本気を出せば覗けるのでしょうが、それをしようとは思いませんでした。一応、内面まではなるべく視ないのが僕の中でのルールです。ただ……やっぱり、分かりますね。君が、おかしいのは。最初から、気付いていましたよ」

 

 開かれたジャンクの両目が、ぐっと両目を閉ざして震えるポプリの姿を写している。少なくともジャンクは、ポプリの能力は彼女が最初から持っていたものではないことを気付いていたようだし、頻繁に共解現象(レゾナンストローク)を暴走させていたことを考えれば、アルディスと出会ったことによって“奪われた側”のことも認識していたことだろう。

 そしてポプリが問いたいのは、それなのにどうして自分が受け入れられているのか、ということだ。

 

「そうですね。きっと、何の事前情報も無しに僕が君と出会っていれば、僕は君を“敵”と認識していたことでしょう……他にも理由はありますが、間違いなく僕は君を恐れた。君の命を奪っていた可能性もあります」

 

 ですが、とジャンクは首を傾げてみせる。その声の穏やかさに何かを感じ取ったのか、ポプリはおもむろに瞳を開き、目の前の青年が紡ぐ言葉の続きを待った。

 

「六年前のあの日。僕の顔を知っている研究員に、出会ってしまったんです。逃げ切るために獣化したのは良いのですが、上手くいかなかったんですよね。何とか逃げ切ることはできたのですが、人の身に戻れない程の深手を負ってしまって……そんな時に、君がやってきた。今度こそ殺されると、思いました……けれど、君は臆することなく、僕を助けてくれたでしょう?」

 

「……っ」

 

 根本的に自己犠牲の性質を持つのか、ケルピウスは他者を癒すことはできても、自分自身を癒すことはできないのだという。そして傷を負った状態で人の身に戻れば、その傷はそのまま人の身に反映される。獣の身と人の身では、根本的に耐えられる傷に大きな差があるため、あまりにも酷い傷を負ってしまった場合は人型に戻ること自体が不可能となってしまうそうだ。

 

 血が良薬になるというケルピウス。それを知る者がケルピウスを見たならば、問答無用で傷付けにくるだろう。しかも、獲物が身動きの取れない状態だとすれば好都合だ。

 だからこそ六年前、ジャンクは突然現れたポプリに対し酷く怯えると共に、絶望したのだという。どう足掻いても自分は助からないのだと、救われないのだと――だが、悲観的な感情を抱いていた彼に与えられたのは、暖かな優しさだった。

 

「もう、変な先入観は抱かないようにしようと誓いました。君という人間を見て、何かあればその時に考えよう……と。そのためにも、絶対に君を守り抜くと決めたんです。恐らく僕のケルピウスとしての本能による力でしょうが、君の危機は、離れていても感じ取れたんです。だから、何度だって駆け付けることができたんです」

 

「ッ、先生……っ」

 

 ポプリの橙色の瞳が潤む。それを見たジャンクは、くすくすと悪戯めいた笑い声を上げ始めた。

 

 

「まあ、最初の一回はまさかの君にボロボロにされるという結果が待ち受けていましたが?」

 

「~~ッ! い、いつまでもその話引きずらないでよ……っ!!」

 

「……」

 

 

――この辺りでエリックは、「コイツらいい加減にしろよ」と心の中で呟き、考えることをやめた。

 

 

 

 

「気は済んだか馬鹿野郎」

 

「す、すみませんでした……」

 

 しばらく話し続け(もちろんエリック抜きで)、ポプリが部屋から出た後、「あれ別に自分いなくて良かったじゃないか」とエリックはジャンクに対して不満を爆発させた。

 自覚はあったのか、ジャンクは目を泳がせながら顔を引きつらせて謝罪の言葉を口にする。

 

 

「でも、ポプリはお前がヴァイスハイトなの、気付いてたんだな」

 

「ですね。まあ、ポプリはヴァイスハイトの義弟を持つわけですし、気付かれていてもおかしくは無いと思っていたんです……ところでエリック、僕の兄さんはポプリを見て、何か変な反応はしていませんでしたか?」

 

 しかし、どうやら完全に自分の存在が不必要なわけではなかったらしい。自分を見つめるジャンクの眼差しが、真剣なものへと変わった。

 

「……。それは、勿論“悪い意味で”だよな。恋愛感情だとか、そういうものではなく」

 

「はい……って、え? まさか、兄さん……」

 

「あ……」

 

 

 すまん、ダリウス。弟に余計なことをバラしてしまった――今度はエリックが目を泳がせる番だった。しかし、ジャンクはエリックの失言に対し、予想外の反応を見せてきた。

 

「兄さんこそ、ポプリに対して憎悪の感情を抱くと思っていたのですが……まあ、ポプリに罪は無いですから、そこを理解しているのかもしれません」

 

「……どういう、ことだ?」

 

 どうやら、穏やかではない事象が絡んできているらしい。エリックの目を見つめ、ジャンクは躊躇いがちに、口を開いた。

 

 

「ポプリの、母親……メリッサ=クロードは、トゥリモラの研究者でした。僕とはあまり接点がありませんが、彼女はヴァロン様の右腕だったそうです……父に、僕を売るように言った人物、でもありますし……兄さんを……“兄の第二の人生さえも奪い、化物にした”人物でもあるんです……」

 

「ッ!?」

 

 

 ジェラルディーン家当主、ディビッド=ジェラルディーンが自害するきっかけとなってしまったのは、唯一残された長男であるダリウスの家出。

 そのダリウスの家出の原因は、ディビッドが次男クリフォードを実験施設に売り渡したこと。

 そして、その取引を持ちかけたのはポプリの母親、メリッサ=クロードだった。

 

「……それ、ポプリには?」

 

「話して、ません。話せません……っ」

 

 自分の母親が、ジェラルディーン家を完全に崩壊させた。

 そんなことを知れば、ポプリはどのような反応を見せるだろうか。

 

(……ダリウスの目的は、仇討ちだったのか)

 

 ジャンクもだが、ダリウスもポプリを傷付けたくないと考えたのだろう。

 好かれなくても構わない、それどころか恨まれても良い、同情の余地もない悪役で良い。人殺しと、母親の仇だと、罵られても良い――それが、ダリウスの選んだ、答え。

 そしてそれは、ジェラルディーン家の没落を悔み続け、兄を想うジャンクにも当てはまる話。彼にとってもメリッサは憎い存在の筈。それでも彼は、その娘に真実を話さない。

 

「どうする、つもりなんだ?」

 

「伝わらずに済むのなら、それで良いと思っています。僕が、抱え続ければ良いだけの話です」

 

「ッ、お前もお前だ……! ポプリを傷付けないために、自分達が代わりに苦しめば良いって問題じゃないだろう……?」

 

 

――何と、愚かで歪な、悲しい愛情表現だろう。

 

 

 これが、彼らの選択が正しいのかどうかは、もはやエリックには分からない。

 仮に自分が、彼らと同じような状況に陥ったとすれば、どのような選択をしただろう。

 

「ふふ……気にしないでください。確かに、辛くないわけではないのです。どうすれば良いのか、悩んでもいました。だから、お前に打ち明けたのです……そして、話してみて確信しました。やはり、話すべきではないのだと」

 

「……」

 

「何だかよく分からないのですが、僕は、ポプリを守りたいんです。それだけ、なんです」

 

 

 それでもこれは、エリックが口出しして良い問題ではない。彼らの問題でしか、ない。

 

 

(いざという時、動けるように。この件は単なる“情報”として、考えておこう……僕が、迷ってしまわないように)

 

 直に、アルディスがここにやってくる。時間差でポプリとアルディスが順にここに来るように、調整したのだ。

 気持ちを切り替えるべきだ、とエリックは軽く息を吐き、悩みはしたがこの件に関しては「無理だけはするなよ」と軽い忠告をするに留めた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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