テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.46 人間

 

(どうしたものかなぁ……)

 

 皆がいなくなった後、その部屋の中は何とも言い難い気まずい雰囲気で満たされていた。エリックはこちらに背を向けて反対側のベッドに横になっているジャンクを横目で眺めつつ、苦笑する。今晩は、彼が同室になる部屋割となっていた。

 

(何か、声掛けた方が良いのか?)

 

 部屋割は不可抗力でも何でもない。エリック自身もかなり驚いているのだが、こうなったのは今まで散々自分を避けていたジャンクの希望によるものであった。

 つまり、十中八九彼はエリックに用事があったのだろう。それにも関わらず、彼はこちらに背を向けてしまっている。勇気を出して「同室が良い」と言ったところまでは良かったが、それ以上何もできなくなってしまった、ということだろうか?

 

『困りましたね、何か、声を掛けた方が良いのでは?』

 

『いやいやいや、ここは彼の成長のためにも余計な手を出さずに……!』

 

『だけど、あんまりウジウジしてると彼、また落ち込んじゃうんじゃない?』

 

『そんなこと言っても、ねぇ……困ったわ……』

 

 エリックの“中”で、“彼ら”が騒ぎ始める。ノームによると、彼らはエリックの中に入り込んでいるという話だったが、一体何がどうなっているのだろうと頭を抱えたくなる。

 しかも、ひとり増えていることに気付いた時にはもう、別の奴らが喋り始めていた。

 

『どっちが良いかな、ねえ、黙ってないで何か言ってよ』

 

『喋ったら彼にバレてしまうよ!』

 

『じゃあ七人で多数決しよう!』

 

 

「七人もいるのかよお前ら!?」

 

 

――思わず、叫んでしまった。

 

 

「!? え、エリック!?」

 

「……あ」

 

 驚き、目を見開いたジャンクがこちらを見ている。エリックの中では、七人がけらけらと笑っていた――どうやって誤魔化そう、とエリックが頭を回転させ始めたその瞬間、ジャンクはベッドから立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 

「何となく……おかしいとは、思っていたんです。いつからお前は、“下位精霊のシェアハウス”になったんですか?」

 

「わ、分かるの、か……?」

 

 下位精霊のシェアハウス。つまり、今自分の中に入り込んでいるのは全て下位精霊だというのか。目眩を起こしそうになるのをこらえ、エリックはベッドに腰掛ける自分の前にしゃがみこんだジャンクの目を真っ直ぐに見据えた。

 

「僕は一応、精霊に通ずる者、ですから……なるほど、表面によく出てくるのは三体ですね。水、闇、地属性の下位精霊です。この三体は特に力が強いから、他の四体を押さえて表に出てくるのでしょう」

 

「……う、んっ?」

 

「ああ、説明が必要そうですね……下位精霊達の独特の気配からして多分、ディミヌエンドの地下水脈だと思うのですが。エリック、お前はそこで下位精霊に接触されていないか?」

 

 ジャンクの問いに、エリックは地下水脈でのことを思い返す。

 

 

『君、空っぽ』

 

 

『何で? 何で?』

 

 

『不思議。変なの』

 

 

 そうだ、あの場所で自分は謎の存在に話しかけられ、不思議な力を使っていた――エリックが何かを思い出したことに気付いたのだろう。ジャンクはアシンメトリーの瞳を細め、笑ってみせる。

 

「しかも下位精霊と接触した後にノーム様の加護を受けていますね。それによって、身体に入り込んでいる下位精霊との意思疎通ができるようになったのでしょう……ですが、今のお前は自分の身体に住む“住民”を上手く押さえ込むことができないようですね」

 

「あー、だからこんなにうるさいのか……つまり、僕は今、精霊達の家になっている、という解釈で良いのか?」

 

「はい、それで大丈夫です。ただ……その、お前の、身体ですが……」

 

 言いにくいのか、躊躇いがちにジャンクは目を泳がせる。あまり、良い話題では無さそうだ。

 

「僕は、構わない。言ってくれ」

 

 むしろ何も知らない状態の方が怖い。そう言ってやると、ジャンクは視線をエリックに向け直し、口を開いた。

 

「おかしいんです。普通、下位精霊が身体に入り込むなんて、そんなことは起こらないのです。それをすれば、既にいる体内精霊及び彼らが作り出す体内魔力の暴走によって身体が拒絶反応を起こし、変異してしまいます……最悪、死に至る程に」

 

 体内精霊とは、アルディスが上手く説明できなかった存在のことであるが、ジャンクの口振りからして『最初から人間の体内に入り込んでいる精霊』だと考えて良さそうである。しかし、この体内精霊や体内魔力は排他的な性質でも持つのか、後から来たものに対して良くない反応を示すらしい。

 事実、魔鉱石を額に埋め込まれた結果、鳥へと変異したイチハやマッセルのあの状況についてダリウスは『体内魔力の暴走が原因』だと言っていた。ただの魔力ですらここまでの拒絶反応を示すのだ。そこに、意思を持つ精霊が入り込んだとすればどのような反応を示すのか――血の気が引いていくのを、エリックは感じていた。

 そんなエリックの表情の変化を感じ取りながら、ジャンクはおもむろにエリックの右目へと左手を伸ばす。彼の指が、エリックの右目の下をそっとなぞる。その指は、微かに震えていた。

 

 

「僕の持てる知識が導き出した答えは“そもそも最初から、お前の身体には精霊が宿っていなかった”という事象……これなら、未だに覚醒をしていないエリック自身の体質にも、説明がつく……正直、これしか考えられないのです」

 

「ッ!?」

 

 これはこれで、ありえない現象なのだということをエリックが理解するのは、そう難しいことではなかった。

 エリックが体内精霊について詳しくないことに気付いていたのだろう。ジャンクは左手を自身の右目へと伸ばし、静かに息を吐いた。

 

「兄さんもですが、ミカエラさんやロジャースさんは、黒い目をしていましたね。ですが、僕はこの通り、銀と金の目を持ちます。父は、お前と同じ赤い目をしていたんだ……つまり、この銀の目はどちらにも似ていない。そしてアルは暗舞(ピオナージ)の血を引いていますが、恐らく彼も本来ならばディアナのような碧眼になる筈でした」

 

「そうならなかったのは、体内精霊の影響……って話は、聞いた。ここまで、だが」

 

「……。なるほど、では……お前にとっては少し、気味の悪い話をしなければならないのですが……大丈夫、ですか?」

 

 そこまで聞いているのなら、先を聞かなくても良い気がするのですが、とジャンクは首を傾げてみせる。しかしエリックは頭を振るい、彼に話の続きをするようにと促した。するとジャンクはひと呼吸おいた後に、今度は自身の胸元に手を当て、話を再開する。

 

 

「僕らの身体は、いわば“入れ物”なんです」

 

「……え?」

 

「体内に宿った、精霊……下位精霊が少し、強くなったようなものを思い浮かべてください。彼らは脆く、何の盾も無く生きられる程強くはありませんが、能力だけをみれば非常に優れた存在なのです。数々の特殊能力を持ち、魔術を発動できる……そして、肉体を持った“入れ物”を改造することができる。それだけの力を持っています」

 

 ジャンクは自身の胸元を押さえたまま、エリックの顔色を伺いつつ言葉を紡ぎ続ける。

 

「“入れ物”は、大きく分けて二通りあります。一つは、あまり改造を行うのに適さず、能力の発動にも苦労する代わりに頑丈な入れ物。もう一つは、改造を行い易く、能力の発動にも適しているが非常に脆い入れ物……僕らは、それらの入れ物を“龍王族(ヴィーゲニア)”と“鳳凰族(キルヒェニア)”と呼びます。後者の場合、複数の精霊が入り込んでいる場合も多いです」

 

「……っ!?」

 

「例外が全属性の精霊が身体に入り込んだヴァイスハイトですね。僕らは、そもそも最初から入れ物の宿主である体内精霊好みに造られた状態で生まれますから。魔力を宿すという性質上、特に体内精霊の影響を受けやすい場所と言われる目が変異するのは当然のことなのです……僕なんて特にそうだ。きっと、精霊にほとんど持っていかれてしまっているのですよ。彼らにとって、“人間らしさ”なんてものは、邪魔にしかならないから」

 

 つまり人間は入れ物でしかなく、精霊に寄生されることによって、生きている存在なのだ。それも、圧倒的に精霊に優位な関係となっている。ヴァイスハイトに至っては、もしかするとそこに“人間”としての特徴は対して残されていないのかもしれない。明らかにおかしなジャンクの体質を考えれば、恐ろしい程にそれを感じられる。

 龍王族(ヴィーゲニア)鳳凰族(キルヒェニア)の見た目や能力の違いも、恐らく体内精霊の働きによるもの。気味の悪い話、とジャンクは最初に言っていたが、呼吸をするのも忘れていまいそうなおぞましさが感じられる話だった。

 

純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の目や、ヴァイスハイトの右目を潰すと、能力を得られるという話は聞いたことがあるでしょう? あれは、壊れた“入れ物”から体内精霊が飛び出し、一時的に“入れ物”を壊した側に入り込んだ上で体内精霊同士で話し合い、“入れ物”を共用するようになって漸く、俗に言う『能力を奪い取った』状態が発生します。話し合いが決裂すれば入り込んだ体内精霊は死に、能力は消えてしまいますし、意思を持たない物質、魔力のみの取り込みでは話し合いができませんので通常通り体内魔力の暴走が発生します」

 

「……」

 

「ほら、言ったでしょう? 気味の悪い話だって……僕だって、最初は信じたくなかったんです。何だか『その身体はお前のものなんかじゃない』と言われているような気がして……」

 

 この事実を知った時、ジャンク自身も酷く困惑し、苦しんだということは想像に容易い。

 それでも、今はこの話をしているべきではないと考えたのだろう。何も言えなくなってしまったエリックの前で、彼はゆるゆると頭を振った。

 

「覚醒、とは体内精霊と入れ物である僕らが、完全に一体化することによって起こります。その関係上、ヴァイスハイトは生まれつき覚醒状態ですし、鳳凰族(キルヒェニア)の覚醒は比較的早いです……それでも、前にも言いましたが龍王族(ヴィーゲニア)の覚醒も十歳前後には発生します」

 

「そう、か……元々、僕の身体には体内精霊がいないのだとすれば……」

 

「はい。覚醒が起こる筈がありません……そしてエリック、もうひとつだけ、補足させて頂きたいのですが……」

 

 話が長くなってしまって申し訳ありません、とジャンクは目を細める。「気にするな」とエリックが言えば、彼はまたしても躊躇いがちに話し始めた。

 

 

「その、体内精霊がいない状態で人間という命は誕生しません。そして今では、入れ物だけで普通に生きることができない程、人間と精霊は切り離せない存在と化しています……ですから間違いなく『お前が生まれた後、その身体の中から体内精霊を奪った存在』がいるということになります。恐らくお前が虚弱体質なのも、体内精霊がいないために身体が不安定になっていることが原因だと考えられます」

 

「!? い、一体、僕は……!」

 

 動かない右腕を抑え、ジャンクは困惑するエリックから目を逸らす。その動作によってエリックは悟った――ヴァロンならば、それができてもおかしくはないのだ、と。

 

 このまま放っておけば、彼はヴァロンの研究内容や、その手段について語ってくれるに違いない。しかし、今ここでこれ以上語らせてしまうのはジャンクにとって負担にしかならない上、エリック自身も少々混乱しつつあった。あまりにも、衝撃的なことを聞きすぎてしまった。そして何より、“あること”が気になった。

 

 

「ジャン、お前……一体、どれだけ僕らについて抱え込んでるんだ? 絶対、僕だけじゃないよな? 他の奴らのことも、何かしら勘付いてる……よな?」

 

 エリックだけで、これだけ筋の通った仮説を立てることができているのだ。彼の知識ならば、恐らくエリックだけではない。他の者達についても、何かしら考えがあってもおかしくはない。

 

「……。……ですよ、ね?」

 

「え?」

 

 そんなエリックの問いかけに対し、ジャンクはか細い声を震わせ、そらしていた瞳を再びエリックへと向けた。

 

 

「僕は、エリックを……お前を信じても、良いんですよね?」

 

「!」

 

――何の因果関係かは知らないが、エリックの元に集った仲間達は全員、どこか危うい部分を抱えてしまっている。

 

 それこそ、いつ崩れても、おかしくなってしまっても不思議ではない程の危うさである。

 もし仮にジャンクが、その危うい仲間達について何かしらの仮説を立てていたのだとすれば、何かしらの事実に気付いていたのだとすれば。

 その場合彼は、上手く動かなければ崩壊するかもしれない者達を支える立場に、その者達が崩壊する度に責任を感じるような立場に常に回らざるを得なくなってしまう――その辛さは、計り知れないものがあるだろう。

 

「当たり前だ……できる限り、僕も協力する。お前ひとりで悩んで、考えて動き回ってたのはよく分かった……全部、話してくれ。多分、お前は僕に色々話したかったんだな? だから、僕との同室を希望したんだな?」

 

 図星だったのだろう。ジャンクは両目を見開き、今にも泣き出しそうな、そんな笑みを浮かべてみせる。その話し相手に自分を選んでくれたことは、素直に嬉しいと思えた。

 

「ありがとうございます……その、正直……辛かったんです。怖かったんです、ひとりで、何もかもを握り続けるのが……このままでは、何もかも手遅れになってしまうのではないかと……」

 

「……」

 

「僕は……皆のことは、助けたいんです。僕のように、なって欲しくない……」

 

 事態の深刻さは、嫌という程に理解できた。恐らくジャンクは、とんでもない事実に気付いてしまっている。それも、彼の話しぶりからして一人や二人では無さそうだ。

 

 

「エリック……お前は僕らの中で最も冷静に物事を考えることができる存在だと思っています。自身の感情に囚われすぎず、かといって冷酷ではない……だからこそ、僕が今考えていることを、お前に全て打ち明けたいと思ったのです」

 

 そのまま泣き出すのではないかとも思えた、ジャンクの表情が引き締まった。これは相当な覚悟を持って聞いた方が良さそうだ、とエリックは両の拳を強く握り締める。

 

「とは言っても、エリックと僕だけが情報を握るのはどうかと思います。だからアルと、それから……ポプリにも、一部分だけはそれぞれ聞いて貰いたいと考えています」

 

「アルとポプリには、全部は話さない……それはつまり、このふたりに関係する話もあるってことだな」

 

「二人に関係する話をする時は、本人達はいない方がいいかと考えました」

 

 エリックの問いに、ジャンクは静かに頷いた……かと思えば、彼はいつの間にやらエリックから距離を置いて自分のベッドに戻ってしまった上に、酷く困ったような表情で、慎重に言葉を選びながらこのようなことを言いだしたのである。

 

 

「まあ、僕よりはマシだと思いますが……あの二人はお前程精神的に強くない、と僕は感じていますので。マルーシャとディアナを除外したのは、そういう理由もあります。その、第一、あの二人には、申し訳ないのですが、“客観的に”物事を見る能力は正直言ってほとんど期待できませんし……ほら、二人共感情論でぶつかっていくでしょう? しかもあの二人と比べれば理性的ですが、アルとポプリも大概に酷いですし……あ、いや、感情論が悪いとは言いませんが……そ、そのー……」

 

 

――成程、これは自分が選ばれる筈だとエリックは額を押さえた。

 

 

 これは酷い。あまりにも酷いが、正論過ぎて何も返す気になれなかった。

 感情に身を任せ、叫びまくる四人の姿が脳裏を過ぎっていく。あれを悪いとは言わないが、確かにジャンクの性格を考えれば、非常に話しづらかったことだろう。

 

「あ、その、わ……悪口を、言いたいわけでは……」

 

「大丈夫だ、分かってる、分かってるから……よし、作戦を練ろう。どういう順番でアルとポプリ呼ぶか、どういう順番で追い出すか考えよう。余計なことを考えるのはやめよう」

 

 むしろ自分が例外枠に入れて良かった、そうでなければ彼は結局抱え続けたに違いにない。それでは意味が無くなってしまう。

 強引に話の内容を切り替えつつ、エリックはもうため息すら出ないと苦笑した。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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