テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー 作:逢月
「ちょ、ちょっと! いきなりなんだよ! 止まれ! 止ーまーれ!!」
エリックとマルーシャを置き去りにしたまま、アルディスは結局、種類も何も分からない謎の鳥に得体の知れない場所へと連行されていた。
職業柄アルディスには土地勘があり、この辺りがローティア平原と呼ばれる大草原であることは知っている……のだが、それとこれとは話が別だ。流石に鳥の行き先までは分からないからだ。
何より、この広い草原には他に誰の姿も見付けられない。誰かに助けてもらえる可能性は少ないだろう。このまま変な場所に連れて行かれてしまうと非常に困ったことになる。
「ッ、くそ……っ」
いつまでもくわえられたままというのも辛い。身体が大きく揺れるせいで、できたばかりの傷にも響く。アルディスは身体を大きく動かし、勢いを付けてから身体を捻って鳥の首にしがみついた。
「きゅっ!?」
驚いて鳥がクチバシを開いた隙に、さっとふかふかしたオレンジ色の羽毛に覆われた背に乗り移る。少しは、体勢が安定した。だが、それでも鳥が止まる気配はない。たくましい焦げ茶色の足は、高速で動き続けている。
いくらなんでも、この速度で走っている鳥の上から飛び降りるのは無茶な話だ。どうにしかして、この鳥を止めるしかない!
「ああもう! 止まってよ!!」
「きゅー!!」
どうやら誰かに飼われているらしく、鳥には口輪と、そこから繋がる手綱が付いていた。なかなか丈夫な革紐である。アルディスはそれを両手で掴み、落ちないように上手くバランスを取りながら後ろに引いた……が、
「きゅーっ!!」
「あ、ごめん……」
痛がっているようだが、よほど走りたいのか鳥は止まらない。構造を考えれば、手綱を強く引きすぎると痛がるのも分かる。流石に可哀想だ。
それでもこのまま暴走させ続けるわけにもいかず、頭に深く被ったフードを押さえながら、アルディスは手綱を掴み続ける。どうしたものかとため息を吐きかけた――その時だった!
「チャッピー!」
「!?」
困り果てていたアルディスの耳に、落ち着いた雰囲気を漂わせながらも、少女らしい可愛らしさが感じられる声が入ってきた。
その声はどういうわけか、頭上から聴こえてきた。聞き間違いではなさそうだ。空を見上げると、逆光でよく見えないが翼を広げた小柄な者がそこに居た。声から判断するに、恐らくは自分よりいくつか年下の少女だろう。
「なっ、何で人を拐って来てるんだ!?」
「きゅ!」
チャッピー、と鳥の名を呼んだのだ。彼女が飼い主と考えて間違いない。
そうして、鳥の飼い主と思われる少女は逆光に容姿判別を邪魔されない程度の高さまで降りてきた。
「チャッピー! 言うことをききなさい!!」
夜空のような深い藍色の短い髪に、大きなサファイアブルーの瞳をした聖職者だった。見た目からして、歳は恐らく十五歳前後である。
黒を基調とした布地に黄色のラインが入った、ケープが一体化したような構造の上着に、丈が長くワンピースのように見える茶系統配色のインナーと誰がどう見ても微妙にサイズのあっていない大きめの神衣が何だか可愛らしく思えた。額に巻かれているのは、リボンのようにも見えるヘアバンド。これも彼女にはとてもよく似合っている。
「と、止まれ! 止まりなさいっ!!」
彼女は爆走チャッピーの前に飛び出し、両手を前に出してその進行を阻もうとしていた。何の躊躇いもなく行われた行為だった。だが、チャッピーは止まる気配を一切見せない!
「!? あ、危ないっ!! 良いから、止まれ!!!」
これは流石に「鳥が可哀想」等と言っている場合ではなかった。アルディスも全力で手綱を引く。それでも、チャッピーは止まらない!
「きゅーっ!!!!」
「わあああぁっ!?」
「!?」
――そのまま、少女は鳥に撥ねられた。
「……え?」
「……」
遥か前方まで吹き飛ばされた上に気絶しているのか、少女は微動だにしない。ここまで暴走して、ようやく止まった鳥から飛び降り、アルディスは走った。
「ちょ、ちょっと君!? 大丈夫!?」
「……」
ぐったりと手足を投げ出した小さな身体を抱き起こしてみる。随分と軽い。彼女の雪のように真っ白な特徴的な肌は、藍色の髪と黒の神官服によってかなり強調されていた。
しかしどちらかと言うと、少女の特徴は短い髪から覗く尖った長い耳と、やや小さめの橙色の翼の方だろう。
紛れもなく、少女はこの国の『鳳凰狩り』という、生死を問わず捕まえたものに多額の報奨金が払われる制度の対象。捕獲隊が血眼になって探し回っている希少な存在――
「うわ……」
……とは言っても、アルディス的にその辺は全力でどうでも良い。
少女に目立った外傷が無いことを確認してから、彼は盛大に目を逸らして呟いた。
「か、可愛い……」
思わず漏れた本音。彼の視線の先には、堂々と座り込んでいるチャッピーの姿。アルディスとチャッピー。出会ったばかりの両者の目線が、しばしの間交わり続ける。
「きゅ?」
「……。こっち見るな」
相手が鳥とはいえ、これはいくらなんでも恥ずかしかったのだろう。アルディスは頬を誰が見ても分かるほどに赤くしつつ、再び少女へと視線を移した。
「ん……」
そのまましばらく覗き込んでいると、少女の身体がピクリと動いた。気がついたのか、ゆっくりと目を開けた彼女と目が合う。
「大丈夫?」
少女はしばらく放心していたが、やがて、意識がはっきりしてきたのだろう。
「!? ひああっ!?」
細い腕で目の前のアルディスの胸を突き飛ばすように押し、そのままゴロゴロと地面を転がっていった。どうやら、驚いてしまったようだ。
とはいっても、助けて貰った相手に対してなかなかに失礼な行為である。それを理解したのか、少女は明らかにオロオロと狼狽え、挙動不審になっていた。
「はぁ……駄目だ、これは……うん……」
だが、少女とは全く別の意味で、アルディスも挙動不審に陥っていた。
「可愛い……」
ろくにこちらの姿も見ずに困惑する少女の手前、アルディスは再び顔を赤くして目をそらす。怒鳴りつけられるよりは少女も気は楽だろう――これはこれで、どうかと思うのだが。
「え、えと……」
意味が分からないと首を傾げる少女を前に我に返ったのかアルディスは軽く咳払いしつつ、未だに狼狽える少女へと視線を戻した。
「大丈夫そうだね」
「あ、そうだ……! ご、ごごご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「良いよ、気にしないで。怪我してない?」
どうやら旅の途中らしく、彼女が持っていた鞄はかなりの大きさだった。それを拾い上げ、アルディスは少女の元へと近付いて行く。
「きゅ」
「コイツの飼い主?
「!」
“
これこそがこの国における
間違っても彼女は、真昼間に堂々とその辺を徘徊出来るような容姿の持ち主ではない。それだけに少女が身を一切隠さず草原を飛び回っていたことが、アルディスには不思議に思えた。
何か、事情があるのだろうか――アルディスはあえて何も聞かず、少女の頭に手を乗せる。
「怯えなくて良いよ。俺、君達を追い回すような悪趣味ないから」
「え……?」
アルディスの表情は相変わらず一切の変化を見せなかったが、その声は優しく穏やかなもので。安心したのか、ようやく顔を上げた少女はアルディスの姿を見て何かに気付いたらしい。
一瞬、目を丸くした後――彼女は、かなり意味深な笑みを浮かべてみせた。
「……だろうな」
「!?」
突然、様子が一変した少女の反応に、今度はアルディスが顔色を変える。それに対し、少女は少し辺りを見渡して何も問題がない事を確認した後、話を続けた。
「あなたはむしろ、オレ達と同じ“追われる側”だからな……」
「! ……君は、一体……」
“オレ”という一人称が少し気になったが、今はそれどころではない。あどけない印象を与えるサファイアブルーの大きな瞳に、彼女の言葉に、一寸の迷いも感じられなかった。
「あなたを探していました。“アルディス”さん」
「な……っ!?」
まだ、彼女に名前を名乗った覚えはない。本名どころか、『アル』という愛称すらも告げていない。嬉しそうな少女に見えないように、アルディスは右足のホルスターに手を伸ばした。
「やっと会えた……」
恐らく、先程一瞬見せた笑みはこの意味を持っていたのだろう。この少女は、自分を探すために旅をしていたのだ。それも、かなり長い間。
(俺は……こんな子にまで手を下さなきゃならないのか……?)
アルディスは“こういった行為”そのものに慣れていないわけではない。むしろ、手馴れている方だろう。しかし、元々非道な性格というわけでもないのだ。相手が幼い少女である以上、どうしても、罪悪感めいたものが出てきてしまう。
「……動くな」
「!」
――それでも、罪悪感だけで危険人物を逃がしてしまうほど、アルディスは甘くない。
彼はホルスターから拳銃を取り出し、銃口を少女の額に突き付けた。どうやら完全に油断しきっていたらしい少女は、アルディスの行動に目を丸くする。
「君が……お前が知っていることを……その目的を、全て話してもらおうか」
「……。言われなくとも、いずれは話しますよ。ご安心ください」
驚きはしたようだが、特に怯えるような素振りを少女が見せることはなかった。これは本当に引き金を引かなければいけないパターンかと、アルディスの身体が強ばる。
「敬語、か。俺が知られて困ることは確実に知っていると、そう判断して良いみたいだね」
「そこまで警戒しなくても……まあ、警戒するに越したことはないですが」
余程、撃たれないことに自信があるのか、そこまでは良く分からない。少女は頭を押さえ、そして、口を開く。勘弁してくれ、とでも言いたげである。
「冷静に考えて下さい。オレは純血です。どう考えても、あなたの味方でしょう……?」
「――ッ!」
彼女はしっかりとアルディスの目を見て、言葉を紡ぐ。嘘では、なさそうだ。
それ以前に、彼女の発言は明らかに正論だった。そう思うと、一気に罪悪感が押し寄せてくる。きまりが悪そうにアルディスは拳銃をホルスターに戻し、少女の頭を撫でながら目を伏せた。
「……ごめん」
「お気になさらず。あなたの行動の理由は、想像に容易いですから」
罪悪感こそあったものの、実際の所、アルディスは内心ではかなり安堵していた。目の前の少女の命を奪わずに済んだこと。これだけで、かなり救われたように思える。
だが、そのような安堵の感情と共に抱いた思いは、決して平穏なものではない。
(俺は……一体、いつまで怯えながら過ごせば良いんだよ……)
冷静に、なれなかった――それはどれだけ、惨めな事か。
少女から顔を背け、アルディスは奥歯を強く噛み締める。それに気付き、少女は軽くアルディスのローブを引っ張ってみせた。
「気にしないで下さい。仕方ないですよ」
「ありがと……でも、ごめん、敬語やめて。俺に敬語は使わないで」
自分に敬語を使いたくなる気持ちも、分からなくも無いのだが。とにかく、少女は確かに「いずれは話す」と言った。今は、彼女を信用しても良いだろう。
軽くひと呼吸してから、アルディスは腰を落とし、少女に視線を合わせた。
「ねえ、名前を聞いても良いかな?」
「!」
突然、少女の肩がびくりと跳ねた。一体どうしたのかと、アルディスは首を傾げる。
ただ、名前を聞いただけだというのに。アルディスの問いに対し、彼女は酷く戸惑ってしまっていた。
「どうしたの?」
「その……ファミリーネームは“リヴァース”だと思う。名前は、適当に呼んで欲しい」
ハッキリ言って、訳が分からない。
だが、少女が浮かべた笑みは事実を追求することを許してはくれなかった。
それは、本当に悲しげなものであったから。無理に浮かべていることが良く分かる、痛々しい作り笑顔であったから。
(え……っ!?)
その表情が、何故か知り合いの顔と重なって見える。
否、よく考えてみれば――少女はあまりにも、“彼女”に似過ぎていた。
「ダ、イアナ……?」
無意識的に、アルディスの口からある少女の名が零れ落ちた。その名を聞いた少女は、怪訝そうに軽く首を傾げる。
「ダイアナ?」
「! あ、その……ごめん。君ね、俺の知り合いに似てて、さ……」
一度意識してしまえば、動揺を誘うのは簡単なことである。いくらなんでも似過ぎている。記憶の中の少女はもっと幼く、長い髪の持ち主であったが。
これは初対面でいきなり好感を抱いてしまったのも、当然のことなのかもしれない。
「……。ダイアナって、名乗ろうか?」
少女はしばらく悩んだ末に、おずおずとこのようなことを申し出てきた。だが、それは良くないだろうとアルディスは首を横に振るう。
「いや、“ディアナ”にしとこう。読み方変えただけだけど……あんまり、良くないからね」
何故ならそれは、『死者』と同じ名前だから――生きているはずのない少女に心の中で謝りながら、アルディスは再びディアナの頭を撫でた。
「……。分かった」
(あ……ディアナって女性名なんだけど……この子、女の子だよね……?)
――今更ながら、この子は本当に“少女”なのだろうか?
口調のせいで分からなくなってきた。もはや今更過ぎる。聞ける筈がない。
そんなアルディスの悩みには気付かないほどにディアナは何かを考え込んでいたが、目の前のアルディスの存在を思い出したのだろう。話を変えようと、彼女は重い口を開いた。
「……で、あなた、連れはいるのか?」
「それなんだけど、
恐らく彼女にとって、
「嫌でも行く必要がある。オレの使命だからな」
「……そっか」
ディアナの言い回しが、気になる。彼女から話を聞こうとしたが、それは阻まれてしまった。遠くでエリックが、アルディスの名を呼んでいる声が聞こえてきたからだ。
どうやら、マルーシャも一緒にいるらしい。名を呼ぶ声は、二人分重なって聴こえてくる。
「あれか?」
「うん、あれ」
声はエリックのものであったが、先にやって来たのはマルーシャだった。脱走癖が重症な彼女の方が運動神経に恵まれているということだ。エリックも遅いわけではないのだが、勝てないのも無理はない。マルーシャが、あまりにも早すぎるのだから。
アルディスの無事を確認するなり、マルーシャは軽く頬を膨らませてみせた。
「もー! ビックリしたじゃない!」
「ごめんごめん」
「すまない……こいつが拐ってきた、みたいで」
チャッピーの頭を撫でつつ、ディアナがマルーシャに頭を下げる。少し怯えているようにも見えるが、それは気のせいではないだろう。
彼女が怯えていることに気付いたらしいマルーシャは穏やかな笑みを浮かべ、ディアナに視線を合わせてみせた。
「大丈夫だよ。えと……あなたは?」
「オレは……ディアナ。ディアナ=リヴァースだ」
「そっか、ええと、わたし、マルーシャ。よろしくね、ディアナ?」
この場面でディアナが
その反応に、ディアナは口に出すことはなかったものの、明らかに驚いていた。
(……。流石、マルーシャ)
揉めた際には割って入ろうとは思っていたが、その心配はなかったようだ。安心したらしいディアナが微笑むのを見て、アルディスは若干遅れて到着した親友へと視線を移す。
「はー、早い早い……」
「お疲れ様、ごめんね……エリック」
「お前が無事ならそれで良いよ……」
微かに息を切らしたエリックは、マルーシャ同様にアルディスの無事を確認する。
現れた彼の、汗で貼り付いた金色の髪を、切れ長の赤い瞳を、半開きになった口から覗く長い牙。それらを見て、ディアナは顔面を蒼白にして声を震わせた。
「ま、まさか、この男……!!」
「!?」
まさか、外見的特徴だけでエリックの正体に気付いたとでもいうのだろうか。
そういえば、ディアナの予想出来る目的の中身からして『ラドクリフの王位継承者、エリック=アベル=ラドクリフの容姿』くらい知っていてもおかしくは無い。
アルディスの嫌な予想は当たっていたようで、ディアナは先程から信じられないものを見るような目でこちらをじっと見つめている。
「な……なんだよ、いきなり……」
「……」
自分を見て明らかに態度を変えたディアナのことが気になるのだろう。しかも、彼女は王子を見て驚いた、というよりは宿敵を見た、とでも言いたげな反応をしていた。
エリックは「僕がどうかしたか?」と、警戒させないようにディアナにゆっくりと近付いていく。それに気付いたディアナは、翼を動かして少しだけ高いところへと飛び上がった。
「オレの勘違いで、無いのなら……ッ」
そう言ってディアナが首元に付いた十字架のブローチ、その中心にある赤い宝石に触れるのを見たアルディスは慌てて声を張り上げた。
「待て! ディアナ!! エリックは敵じゃない! いきなり襲おうとするな!!」
あまりにも不穏なアルディスの叫び。これにはエリックも流石に眉をひそめ、「どういうことだよ」と不機嫌そうに声を震わせる。
かなり珍しい状況だが、よく考えてみれば彼はほんの一時間前に実の兄に殺されそうになったばかりなのだ。再び命を、それもどこの誰かも分からない得体の知れない人間に狙われたとなれば、そのあまりの理不尽さに苛立ってしまうのは当然のことだろう。
「ッ、俺の言い方が悪かったな……とにかくディアナは降りてきて! 大体、お前みたいな女の子が、そんな物騒な……ッ」
「……は?」
とにかくディアナをなだめなければと焦り始めていたアルディスだったが、罵声が飛んでくることも覚悟していた相手から返ってきたのは、あまりにも間の抜けた声だった――そんな声が返ってきてしまった理由は、彼女が顔を真っ赤にして叫んだ言葉によって即座に判明することとなる。
「~~っ! あ、あなた、オレの性別を間違えたな!? オレは! 男だから!!」
嘘だろ、とアルディスは盛大にディアナから目を反らした。
不幸中の幸いだったのは、この壮絶なまでに間抜けなやりとりによって、急降下していたエリックの機嫌がある程度まともな状態にまで戻ったことだろうか……。
「ほら、オレ……自分のこと“オレ”って言ってるだろ? 一人称からして男だろ?」
「き、気にはなったけど……そういう子かなって……」
「目を合わせて喋ってくれないか!?」
ディアナは――“彼”は、色々と文句を言いたそうだ。ただ、今一番彼が文句を言いたいであろうことは言われなくとも分かる。
(ディアナって、明らかに女性名、なんだよなぁ……)
どうして名付けたその瞬間に指摘してくれなかったのだろう。名付け親である自分の名前も女性名だからだろうか?
仮にそうだとしたら、変な遠慮は欲しくなかった。そういう大切なことはちゃんと言って欲しかった。
しかもアルディスを上回る勢いで、ディアナは見た目が女性的である。むしろ、誰がどう見てもボーイッシュな女の子にしか見えないだろう。
(この子、マルーシャに名前、名乗っちゃったしなぁ……今になって変えるなんて言えないよね、完全に失敗した……)
間違っても、名前と容姿が一致しない訳ではない。不釣合いな名前という訳でもない。小動物のような愛らしさをした彼に似合う、可愛らしい名前だろうと自分でも思う……が、そういう問題ではない。むしろ、だからこそ付けてはいけない名前だった。
――そして何より、アルディスは自分自身がとんでもない問題に直面したことに気付いてしまっていた。
(だ、駄目だ、怒ってても可愛いとか思った時点で……この感情、否定出来そうもない。こ、困ったな……)
一度『可愛い』と思ってしまったせいか、どうにもその感情が抜けきらなくて困る――つまり、そういうことだ。しかも相手が男だと分かったにも関わらずこれだ!
一触即発の事態は免れたにしろ、どうにも険悪なムードが漂ってしまうエリックとディアナの間を取り持つことも忘れ、アルディスは無言で空を仰いだ。
―――― To be continued.