テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.41 清浄の碧き村

「なるほど、無免許医で妙な口調のジャンク=エルヴァータ、ね。ジャンク、は自虐だろうな」

 

「何というか、正直呼びにくいものだから、オレ達はジャンって呼んでいる」

 

「そりゃ呼びにくいわな。医者ってのも若干引っかかるが……まあ良いか」

 

 ブリランテに向かう途中、突然ダリウスに現在のジャンクの状況について尋ねられた。

 兄として弟の状況が気になるのは理解できるが、ダリウスはゾディート側にいる人間である。警戒なくあれこれ話していいものかどうか悩みはしたものの、そもそもジャンクはエリック達に対し、ろくに自分のことを語っていないのだ。

 か必然的にエリック達がダリウスに語ることができるのは、ジャンクが表面的に見せていた、当たり障りの無い話題だけでしかなかった。

 それでも良いと思ったのか否か。ダリウスは少し悩んだ後、質問を投げかけてきた。

 

「変な口調っていうのは?」

 

「それを聞くってことは、あなたと別れてからなのね。あの口調になったの……敬語六割、タメ口四割みたいな感じの変に混ざったような喋り方よ。癖だって言ってたわ」

 

 気になって聞いたことでもあるのか、ポプリはそう言って首を傾げてみせる。

 

「でも、追い込まれると敬語が多くなっちゃうのよね。酷い時には敬語しか喋らなくなっちゃうし」

 

「それなら、むしろ敬語が癖なんだろうな。実は、俺はまともにアイツと会話したことがないんだ。悲鳴なら何度か聞いたことがあるが、最終的には一言も発さなくなっていた」

 

「……」

 

「まあ、ちゃんと喋るって聞いて安心した。話せるのは、これくらいか?」

 

 ダリウスが弟のことを大切に思っているのは、よく分かった。その感情に嘘は無いと信じたいし、昨夜ダリウスと色々話していたというポプリの様子を見る限り、これに関しては信じて良いだろう。

 

「だな。悪い、これ以上は何も浮かばないんだ」

 

 それだけに、エリックは不安だった。大切な弟が、ろくに信じることのできない人間達と一緒にいるということを、ダリウスはどう感じているのだろうかと。

 

 ダリウスはしばらく、何か考え込んでいる様子だった。だが彼は静かに頭を振ると、今までの話題とは全く異なることを話しだした。

 

 

「エルヴァータ姓を名乗っているということは、弟には戦舞(バーサーカー)の知人がいるのでしょう。もしかして、弟は足技を主体とした格闘技に二刀流を合わせたような、独特の戦い方をしていますか?」

 

「え……? あ、いや……足技主体の格闘技は確かに使うんだが、二刀流じゃないな。ジャンはトンファー使ってる。トンファーで殴るというよりは盾にするような、そんな戦い方が主流だな」

 

「ああ……種族的にも、もしかしたら精神的な意味でも、弟に二刀流は無理な気がしますからそういった戦い方になったのでしょう。精霊に力を借りた状態なら、細身の体格でも肉弾戦は可能ですから」

 

 戦舞(バーサーカー)、という聞き慣れない単語の登場に困惑するエリックを放置し、ダリウスは自分の傍に寄ってきた下位精霊に微笑みかける。

 

 

「なるほど……この辺りは、精霊にとって住みやすい環境らしい。やたら元気が良い」

 

「ぜ、全然分かんないよ……」

 

 精霊術師(フェアトラーカー)は、下位精霊と会話ができるらしい。次々と寄ってくる下位精霊は皆、ダリウスに“何か”を訴えかけている――そして、エリックは気付いた。

 

「え……な、何か、喋ってる……のか?」

 

 下位精霊が何かを言っている。そのことに今までは全く気付くことなく過ごしてきた。下位精霊が言語を発すること自体、エリックは知らずにいたのだ。

 ダリウスは黒の左目を見開き、信じられないものを見るかのようにエリックをまじまじと眺めた。

 

「……アベル王子、もしかして、あなた……」

 

「もしかしなくても、あれって『精霊術師(フェアトラーカー)の才能がある』ってことだよな……ああ、うん。集中すれば、コイツらが何言ってるか分かる……」

 

 精霊達の発する言葉に注意を向ければ、大体彼らが言いたいことを理解できてしまった――彼らは「君は誰」だの「どこから来たの」だのとエリックに質問ばかりを投げかけていた――エリックは、嘘だろうと顔を引きつらせる。そんなエリックの顔を覗き込み「どういうこと?」とマルーシャは声を震わせた。

 

「大丈夫なの? 何か、おかしなことに……」

 

「た、多分大丈夫だ……気にはなるから、ジャンが目覚めたら色々聞こうと思う」

 

 ほぼ確実に、ノームか地下水脈で会った下位精霊の仕業なのだろうが、詳細はよく分からないままだ。心配そうに眉尻を下げるマルーシャの頭をポンポンと叩き、エリックは彼女を安心させるためにやんわりと微笑んでみせた。

 

 

 

 

 それから小一時間程歩き続けたエリック達の前に、人が住んでいそうな小さな集落が現れた。

 

「あれが、ブリランテ……か?」

 

 眼前に広がるのは、質素だが、優しい温かみのある風景。漸く辿り着いたその場所は、アルディス曰く『清浄の碧き村』と呼ばれている集落だという。

 小さな木造の家々と、ほとんど壊されることなく残っている自然。ブリランテの地は、ラドクリフ王国の王都であるルネリアルは勿論、これまで訪れてきたアドゥシールやディミヌエンドのような街や港町セーニョやヴィーデとは全く違う雰囲気を醸し出していた。

 

 村の周りには塀や柵の代わりに大きな青々とした木々が立ち並んでおり、発展や自衛よりも自然との共存を選んだことが見て取れる。

 人口はさほど多くないようだが、その村人を遠くから見る限り明らかにジャンクやダリウスと同じ澄んだ空色の髪の人間がやたら目立つ――否、むしろここには空色の髪の人間しかいないのではないだろうか?

 

 

「ははっ、なるほど」

 

 不思議そうに村人達の様子を見ていたエリック達の傍で、ダリウスは呆れたような、それでもどこか嬉しそうにクスクスと笑った。

 

「ガキの頃は、父親の綺麗な金髪に憧れていたんだがな。そりゃ俺にもクリフォードにも、金髪が遺伝するわけないわな」

 

「つまり、あなた達のような空色髪の遺伝子は強烈に強いということね」

 

 確か金髪はかなり遺伝しやすい筈なのに、とポプリも苦笑する。そうしているうちに、村の入口に立つエリック達の存在に村人達が気付いたようだ。

 家の中にいた住民含め、来客の姿を確認しようと人々が入口の見える位置に集まり始めた。皆、独特の文様が入ったカラフルな衣服を纏っている。形状はワンピースに近いだろうか。ブリランテの民族衣装とでも言えそうなそれは、シルフが身に着けていた物によく似ていた。

 

「そうだな、見事に同じ色の髪した人間しかいないぞ。あぁ、ラドクリフだろうがフェルリオだろうが、空色の髪が対して珍しくないのは強すぎる遺伝子のせいだったのか……」

 

 人が増えども増えども、とにかく空色の髪をした人間しか見当たらない。これはすごいな、と自身の髪色に酷いコンプレックスを持つディアナは渇いた笑い声をあげ始めた。いっそ自分も空色髪になれば良かったのに、等と考えてしまっているのかもしれない。

 とはいえ、ここで働きすぎる遺伝子に驚いていては何も始まらない。村人に安心してもらうために何か言わなければとエリックが頭を悩ませ始めた時のことだった。

 

 

「! しぇ、シェリル!?」

 

 別にエリック達の誰かがこちらに来るようにと促したわけではない。それにも関わらず、一人の純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)の中年男性が聞き覚えのない女性の名を叫び、自発的にこちらに駆け寄ってきた。

 

「……ッ」

 

 しかし、その男性はチャッピーの背に乗せられたジャンクを見るなり静かに頭を振るい、その顔に咄嗟に取り繕ったような笑みを浮かべてみせる。

 

「す、すいません……人違い、でして……」

 

 どこか悲しそうに「ブリランテにようこそ」と微笑む男性の顔をまじまじと眺めたダリウスは少し考えた後、チャッピーからジャンクを下ろして抱え、そのまま男性に弟の顔が見えやすい位置へと移動した。

 

「いや、完全な人違いというわけでもないと思うぞ」

 

「え……?」

 

「念の為、確認する。その女の姓はローエンフェルドじゃないか?」

 

 ローエンフェルド。その姓を聞いた途端に男性は目を丸くし、ジャンクの顔を覗き込んだ。そして、酷く震えた声で「まさか」と呟く。

 

「そのまさか、だな。この男の母親の名はシェリル=ローエンフェルド……アンタは何となくシェリルの面影があるなと思ったんだが、もしかしてシェリルの兄さんか?」

 

 本当にその通りだったのか、絶句して肩を震わせている男性を見たエリック達も聞いてないと言わんばかりにダリウスを見つめている。

 その視線に気付き、ダリウスは「余計なことは言うなよ」と小声で言った後、完全に狼狽えてしまっている男性へと視線を移した。

 

「突然押しかけてきておきながら悪いんだが……見ての通り、アンタの“甥っ子”は道中で負った傷のせいで弱っていてな。体質が少々特殊だから死にはしないだろうが、やはり早いとこ安静にしてやりたいんだ。宿があるなら、そこに案内してもらえないか?」

 

「は、はい! こちらです、他の皆さんも、どうぞご一緒に!」

 

 若干強引な気もした上にダリウスは透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者である。まさかシェリルのフルネームを透視することで男性を騙したのではないかと、エリック達(特にポプリは)は怪訝そうな顔をしてダリウスに説明を求める。しかし、彼はそれに答えようとしない。

 

「ほら、待たせるのも良くないだろう? とっとと行くぞ!」

 

 そして返ってきたのは、一応は理にかなっている意見。何を思ったのか男性がかなり急ぎ足になっているだけに、雑談をしている場合ではなさそうなことは確かだ。

 納得が行かない状況ではあったが、ここはダリウスに従うのが最も的確な判断だろう。エリック達は顔を一度だけ見合わせた後、ダリウスと共に男性の後を追って駆け出した。

 

 

 

 

 宿屋に着き、チャッピーを木に繋ぎ――真実を知ってしまった以上かなり躊躇われたが、宿屋の大きさから考えてどうしようもなかったのだ――エリック達は中へと入っていった。

 用意して貰ったベッドにジャンクを寝かせた後、近くに男性がいないのを見計らってマルーシャはダリウスに質問を投げかけた。

 

「何てことを疑ってんだ! そんな残酷な嘘、命令されても吐きたくねぇよ!!」

 

 その結果、ダリウスの苛立ちの隠せない罵声が部屋の中に響いた。人が来そうな程の声量であったが、幸いにも誰も来なかった。

 

「え、えと……ご、ごめんなさい……わたし……」

 

 問題の質問というのが『男性を騙していないか?』というものだったのだが、よく考えてみれば彼は家族絡みで壮絶な体験をした青年である。いくらなんでも、流石に失礼な疑い方をしてしまったかもしれない。

 

「……。もう良いですよ。疑われる要素は、確かに多いですからね」

 

 マルーシャが質問したからか、本当に良いと思っているのか。ダリウスは深くため息を吐いた後、黒い瞳を伏せて話し始めた。

 

「上手いこと話が進んだもんだから俺も驚いてんだが、嘘じゃない。シェリルは俺とクリフォードの母親の名だ。んで、どうやらここの出身だったらしいな」

 

「あなたも、それは知らなかったのですね……まあ、シェリルさんもわざわざ異国のことを話したりはしませんか。あなたも幼子でしたしね」

 

「そういうことだ。俺はただ、殿下に言われたんだ。せっかくフェルリオで単独行動をするならブリランテに行けと。寄れそうなら寄ってこいってな……あの人、これ知ってたんだな……」

 

 知っているのなら先に言って欲しかった、それなら無駄に驚かずに済んだのに(エリック達には全くそのようには見えなかったが)とダリウスはため息を吐いた。

 

「ところでダリウス。要はさっきの人……ロジャーズ、だったか? あの人はお前の叔父にもなるんじゃないのか? 何で名乗らなかったんだよ」

 

 先程の男性はロジャーズ=ローエンフェルドと名乗っていた。つまり、ダリウスの母親シェリルである以上は彼の甥っ子はジャンクだけではない。甥っ子の存在に良い意味で驚きを隠せていなかったロジャーズの反応を見る限り、ダリウスが血縁者として名乗り出ても同じ反応を見せただろうにとエリックは思ったのだ。

 しかし、ダリウスは一瞬悲しげに目を伏せた後、これまで見たこともないような、それでいて自嘲的な笑みを浮かべてみせた。

 

 

「私のようなものが、犯罪者でしかないようなこの私が……急に『あなたの親族です』と名乗り出たとします……あなたは、それをどう感じられますか?」

 

 

「!?」

 

 その問いに、エリックはすぐに言葉を返すことができなかった。ダリウスが笑ったのも理由の一つだが、まさかこのようなことを口走るとは思わなかったのだ。

 

「それが、答えですよ。クリフォードと、私は違う……少なくともクリフォードは、自衛のためならともかく、“私欲”のために殺人をした経験はないでしょうから」

 

 彼の言葉が意味するのは、彼が過去に私欲のために誰かを殺めた経験があるということ。その相手は恐らく、ほぼ間違いなくポプリの母親のことだ。

 

「……」

 

 そうだということを察し、困惑してしまったらしいポプリは一人、部屋を出て行こうとする。その腕を、ダリウスが掴んだ。

 

「なっ、何よ……?」

 

「ちょっと疲れてるみたいだ……席を外す。お前はここにいろ。心配すんな、勝手に帰ったりはしねぇよ」

 

 眉をひそめるポプリの頭を軽く叩き、ダリウスは有無を言わせず部屋を出て行った。相変わらず強引だなという印象はあったが、ポプリに気を遣っているのかもしれない。

 

 

「失言だったと感じたのかもしれませんね。確かに、俺ならまだしも、ポプリ姉さんを前に言う言葉じゃなかったとは思います」

 

「もう、何が何だか分からないわ……そういえばあたし、結局あの男からお母さんのこと聞き出せてないのよ。全く……本当に調子が狂うわ……」

 

 そう言って、ポプリはベッドに寝かされていたジャンクの傍へ椅子を持って移動した。いつの間にか耳のヒレは消え、少し顔色も良くなってはいるものの、まだ目覚める気配はない。

 

「先生……起きないわね」

 

「大丈夫、傷の具合からして、明後日には目覚めると思いますよ。これ、基準が俺なので彼ならもう少し早いかもしれませんが……明日って可能性もあります」

 

 どういう意味? と首を傾げたポプリに軽く微笑んだ後、アルディスは眼帯の上から自身の左目を抑えた。

 

「俺、なかなか死なないでしょう? その理由、なんですけど……ヴァイスハイトは基本的に、首を落とされるか両目抉られるか心臓を止められるかしない限りは大体何とかなってしまうんです。昏睡状態にはなりますし、個体差はありますが」

 

「……」

 

「せっかくですし、俺達の体質についてでも話します。後々の対処にも繋がるだろうから……この人に、ヴァイスハイト関連の話は、あまり振るべきじゃない。俺が、答えられる範囲で全て答えます」

 

 そう言ってアルディスは悲しげな笑みを浮かべ、一息吐いてから再び口を開いた。

 

「説明するよ。まずね、ジャンさんが俺基準より回復早そうってのは、体質自体が俺に比べてかなり精霊寄りの体質っぽいから。そういうヴァイスハイトは回復早いんだ。言い方悪いけど、水に濡れただけでああなるんだ。それは間違いないと思う」

 

「ああ、耳が完全にヒレになってたな……そのときは全く気にしてなかったんだが、一緒に温泉に入った時もアイツ、頭にタオル乗せて左右に垂らしてたから、ヒレ出てたんだろうな」

 

「そうだろうね。温泉なら当然身体が濡れてただろうし、彼も焦っただろうなぁ」

 

 盛大に湯をかけられたと正直に言ってしまいたかったが、その直前に妙な事件があっただけに、余計なことは言わない方が良いだろう……少なくとも、今は。

 エリックは喉まで出かかった言葉を飲み込み、アルディスの話の続きを待った。

 

「能力の高いヴァイスハイトには“獣化”っていう、自分の身体をより魔力を扱いやすいように変化させる力があるんだ。ジャンさんのあの姿は半獣化の状態だね。本当なら、人というより魔物、文字通り獣のような姿になるのが獣化能力なんだけど」

 

「獣化はお前も使えるんだよな?」

 

 エリックがそう尋ねると、アルディスは決まりが悪そうに視線を泳がせる。

 

「え、えーと……その、俺のはもはや、獣化とは言えないよ……ただの“弱体化”だ……」

 

「は!?」

 

 予想外の言葉に、エリックは間抜けな声を上げてしまった。そのせいか、アルディスの方はますます決まりが悪そうだ。

 

「君も聞いたことあったんだね……別名“月神の銀狼”だったかな? 泣きたい……」

 

「……」

 

「周りが騒ぎ立てて、何か勝手に変な二つ名まで付けてくれたけどさぁ……違うんだよ、本当にあれは違うんだよ……まあ、とりあえず俺よりジャンさんの方が能力の高いヴァイスハイトだってことは理解してもらえたかな……」

 

 そう言って、アルディスは「恥ずかしい」、「これ以上聞かないで」と両手で顔を覆う。事情はよく分からないが、可哀想なことをしてしまったのかもしれない。エリックはディアナとポプリを交互に見たが、彼女らも何も分からないと首を横に振る。

 

「あ、アル……」

 

「……。大丈夫、気にしないで。説明に戻るよ、聞かれそうなこと、先に答えとく」

 

 かなりのコンプレックスだと思われる部分を刺激してしまったようだが、エリック達が何を求めているのかを理解していたアルディスはすぐに顔を上げてくれた。

 

「そもそもね、ヴァイスハイト自体が『精霊に近い人間』みたいなものなんだ。実は俺も詳しいことは知らないんだけど……何か、体内に全属性の精霊を宿していると身体が精霊向きの身体に作り替えられて、ヴァイスハイトっていう一種の別種族みたいな存在になるらしいんだ」

 

 話が難しすぎるせいか、マルーシャが少し眉をひそめ、小さく唸った。

 

「うーん、目の色が変わるのはそれが原因ってことかなぁ……? ジャンなら分かったりするかな、精霊に詳しそうだしね」

 

「確かに、ジャンさんなら分かるかもね……マルーシャが言ってるように、ヴァイスハイトの右目が金色になるのはこういう事情らしいよ。でも、うん……やっぱりこの辺は俺に聞かないで、ごめん、全然理解できてないから……」

 

 アルディスは博学、特に魔術関連の話にはかなり通じているために、この手の話で戸惑ってしまうことにはかなり意外な印象を受けた。体内の精霊などという少々おぞましさを感じられるような分野の話だ。表に出回っている情報量が少ないのかもしれない。

 

「ちょっとダリウスさんの話にも出てたから補足しとくと、その体内精霊が影響してるのが、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)でいう暗舞(ピオナージ)純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)でいう戦舞(バーサーカー)。どちらも体内精霊にほぼ影響されない体質だから、魔術能力はさほど高くない。でも体内精霊に頼らない分、腕力だとか脚力だとかが強い。体質上、魔力にあまり頼れないのを補う進化の仕方をしたって言ったら、分かる?」

 

 アルディス曰く、ヴァイスハイトがなかなか死なないのは、失ったものを豊富な魔力で補おうとする働きが強いからなのだという。

 腕が一本無くなろうが、少々深い傷を負おうが、昏睡状態にはなってしまうが、最低限の治療さえしておけば目覚めた頃には命に別状がない状態になっているのだとか。

 それに対し、暗舞(ピオナージ)戦舞(バーサーカー)の場合は肉体そのものの強さで立ち続けるような力が強いのだという。僅かな魔力に働きかけ、若干であれば一時的に能力を向上させることができる者もいるそうだ。

 

 この話を聞いて、ディアナはかなり困惑したような顔をしてアルディスを見た。

 

「あなたにこんなことを言うのは失礼かもしれないが……暗舞(ピオナージ)と聖者一族の混血に加え、ヴァイスハイトとして生み出してみようという意見が出てしまうのも……」

 

「無理は無かったろうね。ただ、俺の場合は暗舞(ピオナージ)と混血にするか“精霊の民”と混血にするか、で結構意見が割れてたらしいけど。ジャンさんやダリウスさんみたいな力が使えるのも良いよねってことで」

 

 兵器として生み出された過去を持つアルディスだが、例の騒動で過去を吹っ切ることができたのだろう。

 少し前に自棄を起こして暴走した彼の姿を知っているだけに、エリックは密かに心配になっていたのだが、今のアルディスはかなり客観的に自分を語ることができていた。

 

 

「ここ、ブリランテの住民は精霊と心を通わせて、彼らの力を借りて術式を展開する精霊術の使い手ばかりだから、「精霊の民」とも呼ばれるんだ。ジャンさんが妙に精霊に懐かれたるのは、精霊の民の血を半分引いてるせいだと思う。まあ、精霊術に関してはどうもマクスウェルに助けてもらえないと使えないみたいだけど」

 

「そういえば、ジャンは精霊の使徒(エレミヤ)の契約が切れた途端に能力無くしてたな」

 

「だね。しかも多分、精霊の使徒だった間は、ヴァロンから身を隠す術も与えられてたんじゃないかな……」

 

 精霊の使徒(エレミヤ)としての契約が切れてしまったことにより、ジャンクはヴァロンに見つかってしまったのだろうとアルディスは目を細める。ヴァロンが「急に探知ができるようになった」と言っていた以上、この推測は誤りではないのだろう。

 そこまで言い切った後、アルディスは両手を強く握り締め、微かに目を伏せてしまった。

 

「今にして思うと、彼にとって、精霊の使徒(エレミヤ)であることは命綱みたいなものだったんだと思う……本当に、申し訳ないことをしてしまったなって……」

 

 恐らくジャンク本人や、彼が呼び出したウンディーネとシルフは、こうなることを分かっていた。分かっていながら、自分自身に危険が及ぶと分かっていながら、精霊の使徒としての禁忌を犯したのだ。

 

「悔やんだって仕方ないことだって分かってるさ……だけど、俺は……っ」

 

「……」

 

 自身の出生のことは吹っ切れていても、やはりアルディスはエリック達との一戦及びその後の騒動について酷く気にしていた。しかも今回のジャンクの件と例の騒動はかなり密接に関わっている以上、当然彼にとっては精神的に非常に辛い状況だろう。

 

 誰も、アルディスを責めてはいない。

 だが、彼自身が自分を許せないという感情は、彼自身が乗り越えない限りはどうにもできない。

 

「お前がそう思うなら、ジャンが目覚めてからちゃんと謝れば良いさ。明日明後日には目覚めるんだろ? 永遠の別れってわけじゃない。大丈夫だ」

 

 どこか弱々しく、震えた声でアルディスは「そうだね」と言って微笑み、静かに俯いてしまった。また泣き出してしまうのではないかと思ったが、彼は涙が出そうになるのを必死に耐えているようだ。こういう時は、下手に話しかけない方が良いだろう。一応、彼にもプライドというものがある。

 

「……」

 

 アルディスから目を逸らし、窓の外を見据えるエリックの右手が無意識に首へと伸びる。その様子を、マルーシャがどこか不安げな面持ちで静かに眺めていた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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