テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.39 疑惑の青年

 

「……」

 

 ダークネスは何も言わず、目の前のヴァロンに対し威圧的な姿勢を取り続けている。無言の圧力をかけている、と言えるような状況だった。

 対するヴァロンも「そこをどけ」と言いたげな様子だったのだが、諦めたのだろう。彼はため息を吐き、「やれやれ」と口を開いた。

 

「権力には抗わない方が賢明だ。上司が『邪魔な欠陥品(ジャンク)』だと考えると虫唾が走るが……仕方あるまい、ここは退いてやろう」

 

 邪魔な欠陥品。エリック達には言葉の真意こそ分からないが、その言葉がわざわざ目の前のダークネスを侮辱するような言葉であることは分かる。クスクスと目の前の青年を嘲笑しつつ、ヴァロンは剣をレーツェルへと戻した。

 

「ッ! 俺のことは、何とでも言えば良い!! ただ、殿下の意向に背くことは許さん!!」

 

(兄上の意向?)

 

 ダークネスの言う『殿下』は、エリックのことではない。エリックの兄であるゾディートを指す言葉だ。だが、それではヴァロンが自分達を、ジャンクを襲撃することがゾディートの意向に背く行為であるということになる。

 その真意は分からないが、ただ一つだけ確信できることがあった――それは、少なくとも兄とジャンクは何かしら関係があるということだ。そうでなければ見ず知らずの男を、それも憎んでいると思われる弟の仲間を守るようなことはしないだろう。

 

 エリックが悩んでいる間に、いつの間にかヴァロンの姿は消えていた。地点遷翔(ヴァーチェル・ハロ)の能力で移動したのだろうが、本当に厄介な能力だと感じずにはいられない。ダークネスはしばらく警戒して辺りを見回した後、エリック達の方に向き直った。

 

「はぁ……やっと帰ったか……まあ、抵抗されなかっただけ良いと思うか……」

 

 彼は決して、そのまま立ち去ろうとしなかった。帰ろうという意志もなさそうだ。とてもではないが彼と乱闘できる程の体力も気力も今のエリック達にはない。この状況だ。ダークネスもヴァロンと共に帰ってくれればと思わずにはいられなかった。

 

「……」

 

 何を考えているのか、ダークネスはまじまじとエリック達の姿を見回した後、口元に軽く握り締めた手を当てた。悩んでいるように見えなくもないポーズだ。

 

(一体、何が来る……!?)

 

 エリックが剣を握る手に力がこもる。ダークネスが口を開いたのは、そんな時だった。

 

 

「しかしお前ら、盛大に痛め付けられたな。あの馬鹿、ちょっとは手加減しろっての……で、ここ山頂だぞ。大丈夫か?」

 

 

(……は?)

 

 彼が発したのは、あまりにも予想外な言葉。その言葉にわざとらしさは感じられない。変に衝撃を受けてしまったのは、エリックだけではなかった。皆、唖然としている。

 それでも衝撃を受けている場合ではないと気付いたらしいディアナは軽く自分の顔を叩き、タロットカードを手に声を張り上げた。

 

「一体何が目的だ!! オレは騙されないからな!!」

 

 そんなディアナに、ダークネスは肩を竦めてみせる。

 

「目的も何も……ここ、山頂だ。ディミヌエンドに行くにしろブリランテに行くにしろ、その身体で突破できるのかって話だ」

 

「い、いや! そうじゃなくて!」

 

 相手の言い分も最もだったが、そうじゃないとディアナは更に動揺を顕にする。その様子に、ダークネスもようやく彼女の主張を理解したらしい。

 

「んあ? ああ、そういうことか。心配するな。俺は別に、ヴァロンの手伝いをしにきたわけじゃない……こいつらがやけに騒ぐから、案内頼んで来てみたんだ」

 

 こいつら、というのは彼の周りを飛び回っている下位精霊達のこと。武器を構えるエリック達の目の前で、彼は精霊達と戯れている。

 かなり盛大に馬鹿にされているのかもしれないが、どちらにせよ彼からは戦意といったものが一切感じられなかった。

 

 

「まあ、この有様じゃこいつらが騒ぎたくなる気持ちは理解できたが……って、おい! クリフォード!!」

 

「えっ!?」

 

 話を途中でやめ、ダークネスは一変して酷く慌てた様子で走り出した。彼が向かう先にいたのは、完全に意識を失ってしまっているらしいジャンクだった。

 ヴァロンから庇うためにエリック達が彼に背を向けていたのに対し、ダークネスだけは彼と向かい合う立ち位置にいたためにいち早く異変に気付くことができたのだろう。エリック達がダークネスを止める間もなく、彼はジャンクの傍に駆け寄っていた。

 

 

「先生!」

 

 ポプリが近くに寄ろうとするのを制止し、ダークネスはぐったりと目を閉ざして動かないジャンクの呼吸と脈を確認する。

 

「傷のせいで少々危ない状態ではあるが……まあ、こいつの体質なら問題ないだろう。単純に気を失ってるだけだ。あの馬鹿がいなくなって気が抜けたんだろ」

 

 そう言ってダークネスは若干強ばっていた表情筋を微かに緩めた。とはいえ、相変わらず彼は目元を布で隠しているために、その表情の変化は非常に分かりにくいのだが。

 ジャンクの身体を抱えた状態で、ごそごそと服の間から何かを取り出そうとしているダークネスに、ディアナは躊躇いがちに話しかけた。

 

「ダークネス……敵意が無い、というのは何となく分かるんだが。ああ、そうだ。それより今、あなたは彼をクリフォードと、本名で呼んだよな? 何より先程、あの男は……ヴァロンは、あなたに対し『弟の仇討ち』と……」

 

「……ごめんな」

 

 ダークネスは、ディアナの話を一切聞いていない。それだけではなかった。彼は自身のスリット状に開いたローブの間からナイフを取り出し――ジャンクの腕を、服の上から豪快に切り裂いた。

 

「じゃ、ジャン!?」

 

「……」

 

 ジャンクは気絶している為に悲鳴をあげたり、腕を切り裂かれた痛みにもがき苦しんだりすることはなかった。だが、その場所からは大量の血が流れている。

 

「先生に何するのよ! ――切り裂け、漆黒の刃! アーチシェイド!!」

 

 今まで敵意を見せてこなかったとはいえ、流石にこれを見て黙っていることはできなかったポプリは即座に詠唱し、ダークネスの傍に弧を描く闇を発生させた。

 

「ぐあっ!?」

 

 闇はダークネスの左顔面を切り裂き、空気中に消える。血と共に彼の顔を覆っていた黒い布が宙を舞い、地面に落ちた。

 

「~~ッ! いってぇな! いきなり何しやがる!! 両目見えなくなったらどうしてくれんだ、このピンク頭!!」

 

 ただ、それは当然ながら致命傷には至らなかった。ダークネスはジャンクを地面に下ろし、出血の止まらない左のこめかみを片手で押さえてポプリを睨み付ける。

 

「え……?」

 

 いきなり攻撃を仕掛けたのは良いが、あまりにも予想外の光景を見ることとなってしまったポプリはリボンを握りしめて目を丸くしていた。その反応を見たダークネスは深いため息を吐き、どこか自嘲的に目を細めた。

 

「何だ? やるだけやって怯んだか? まあ良いさ……大体、反応も想像していた」

 

 布が落ち、顕になった長い睫毛の下から現れたつり目がちな瞳の色は、左が黒、右が金。つまり彼は、アルディスやジャンクと同じヴァイスハイトだったのだ。

 しかし、彼は明らかに通常のヴァイスハイトとは異なっていた。金色の右目はやや濁っており、目の周りは赤黒く変色している。ケロイドのようにも見えるそれは火傷の痕のようにも思えたが、恐らく全く違う何かなのだろう。

 

 

「左目に当たらなかったから、まあ……許してやる。それより、お前ら誰か包帯持ってないか? こいつの右腕、止血してやらないと」

 

「それなら最初から切らなきゃ良いじゃない! それに、今更善人ぶったって無駄よ!! あたしはあなたがやったことを、絶対に忘れたりしないんだから!!」

 

 今回、エリック達は特に襲ってくる気配のないダークネスの様子を単純に伺っているだけだったのだが、ポプリだけは違う。彼女は、最初から明らかな殺意をダークネスへと向けていた。

 

(ポプリ……)

 

 そういえば、とエリックは思う。彼女は、スウェーラルでダークネスと遭遇した際も、何故か怒りを顕にしていたな、と。

 ポプリがこの状態では、ダークネスから情報を聞き出すに聞き出せない。加えて、下手に刺激させてこれ以上ジャンクに危害を加えられるわけにはいかない。何とか落ち着かせようと、アルディスはどこか覚束無い足取りでポプリの傍へと歩み寄っていく。

 

「ポプリ姉さん、気持ちは分かりますが……今は、感情的になる場面では……」

 

 だが、ポプリは義弟の言葉を一切聞き入れなかった。

 

 

「ノアだって覚えてるでしょ!? アイツはあたしのお母さんを殺した男じゃない!!」

 

 

 目に涙を浮かべたポプリの口から語られたのは、誰も予想していなかった事実だった。

 だが、アルディスだけは違った。彼は、この事実を何となく予想していたのだろう――何故か彼は、確信を持てずにいたようだが。

 

 

『ごめん……もしかしたら、ね……ダークネスは、俺のことを知ってるかも、しれないんだ。わざわざ水属性の術使ってきたし、俺も、精霊術師(フェアトラーカー)でちょうどあの人くらいの年齢の人に……知ってる奴が、いるんだ』

 

『ただ、ね……ディアナも感じたんじゃないかと思うんだけど、あの人の気配……魔力の質はすごく独特だった。魔物の気配に、よく似ていたんだ……俺が知ってる精霊術師(フェアトラーカー)は、ちゃんと人の気配をしていたから……正直、判断に悩むんだ』

 

 

 ダークネスに襲われ、傷を負ったアルディスの言葉が脳裏を過る。そういえば彼は、外見的特徴や能力だけを見れば『昔会ったことのある人物』だと判断できていたが、魔力の質という純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だからこそ感じ取れる異変によって自分の判断を揺らがせていた。

 しかし、実母を殺されたというポプリの言い分が間違っているとは思えなかったエリックは躊躇いがちにダークネスに視線を投げかけた。

 

「否定はしません。事情はどうあれ、それが真実ですから」

 

「……」

 

 エリックの無言の問いに気付いたのだろう。酷く淡々としたダークネスの言葉が返ってきた。彼はまるで「何とも思っていない」とでも言いたげな様子でエリックから目をそらし、今度はアルディスの方を見て口を開く。

 

「フェルリオ皇子の疑問に答えてやるよ。俺はあの事件の後、後天的にヴァイスハイト化……いや、魔物化とでも言おうか? つまりはそんな状況に陥ったわけだ。当然ながら、体内魔力の質は大きく変化している。人の体内魔力を感じ取れる純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)のお前なら、混乱して当然なんだよな」

 

「! 一体、何が……」

 

「……。お前、妙に俺に対してたどたどしくなったな。何かあったか? ……まあ良い。とりあえず、包帯をくれないか?」

 

 意外にもダークネスはエリック達の質問に素直に答えてくれた。普通に会話をするという、彼を警戒し続けているポプリには申し訳ないことになってしまっているが、あまりにも彼に対する謎が多すぎる状態だ。少しでも情報を得ておきたかったのだ。

 

「包帯、渡しとく。投げるからちゃんと受け取れよ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 エリックはダークネスに包帯を投げてから、彼の反応を伺い始めた。今は下手に質問をするより、相手の行動を待った方が良いだろうと判断したのである。

 包帯を受け取ったダークネスは軽く頭を下げた後、渡された包帯でジャンクの右腕の傷を止血し、彼を抱えたままゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。

 

 

「――我願うは救済、汝らの歌声。傷付きし者に、活力与えよ」

 

 その状態のまま、ダークネスは謎の詠唱を口ずさむ。今にも彼に殴りかかっていきそうなポプリを除くと誰も何の抵抗も示さなかったのは、彼が口ずさんでいる詠唱の言葉が明らかに治癒術のものだったからだ。

 

「……」

 

「えっ!? ちょ……っ」

 

 術の発動に邪魔だったのか、ダークネスはジャンクをエリックに押し付けてきた。自由になった左手を開き、そこに右手の拳を打ち付けた瞬間、真下に魔法陣が浮かび上がる。空色に輝く魔法陣の光に引き寄せられるかのように、下位精霊達が集まり始めた。

 

「――クライスガイスト」

 

 魔法陣の輝きが一層強くなるのと共に聴こえてきたのは、小さな鈴のような高い音色。それは美しい和音を生み、魔法陣の光が弾けた後に消え去った。

 

「傷が、癒えたわ……」

 

「大した効果はないけどな。無茶させたら下位精霊が死ぬ。この程度で我慢してくれ」

 

 詠唱の言葉からして明らかだったが、やはり、クライスガイストは治癒術だった。それもマルーシャやディアナが扱うものとは異なり、精霊の力を借りることで発動する精霊術である。

 

「何で……何でよ……あなたは、黒衣の龍の幹部であって……あたし達の敵じゃない……!」

 

 これには、流石のポプリも『ただ単純に敵と認識して良い存在ではない』と思ったらしい。混乱して酷く声を震わせるポプリの頭の上に、ダークネスの右手がぽんと乗せられた。

 

「とりあえず、お前ら全員ブリランテまで送らせろ。残念だが拒否権はない。放置すれば、勝手に変な所で野垂れ死にそうだからな。それは困るんだ」

 

「何を言い出すかと思えば……ッ! 調子に乗らないで! そう言っておきながら、寝込みを襲ってあたし達全員殺す気なんでしょう!?」

 

 頭の上の右手を叩き落として睨みつけてくるポプリに対し、ダークネスは「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐く。彼はしばらく悩んだ後、左襟に付けられた薄い水色のレーツェルに触れた。

 

 

「仕方ないな。だったらこれ、お前が持ってろよ」

 

 取り出され、ポプリに押し付けるように渡されたのは、控えめな装飾が美しい細身の長剣。レーツェル化していた物にも関わらず、それは鞘に入ったままの状態だった。

 

「あら、これ……ラドクリフの紋章が入ってるわね」

 

「殿下から頂いた大切な物だ。その……俺はお前らに対して何の危害も加えないから、だから、頼むから、それに変なことするんじゃないぞ……」

 

 本当に大切な物なのだろう。できれば返して欲しいとでも言いたげな、あからさまに困った様子のダークネスの姿に嘘偽りは感じられない。どちらにせよ、その剣は『家宝』として祀られていても良い程に上質な物であることは確かだ。

 

「ポプリ。一応言っておくがそれは僕の目から見ても高価な剣だ……それから、残念だが僕らだけで山を降りるのはまず無理だ」

 

 自分達だけでの山降りは不可能――ジャンクを押し付けられたことで、エリックはそれを痛感していた。先程まで意識を保ち続けていたのは、本当に気が張り詰めていたことだけが要因だったのだろう。ジャンクは既に、かなり衰弱した状態であった。どうりで腕を切り裂かれても目を覚まさない筈だとエリックはため息を吐く。

 身長の割にはやたらと軽いジャンクの身体を落とさないように抱え直し、エリックはアルディスへと視線を動かす。あちらも何とか意識を保って立ってはいるのだが、元々の体調不良と呪いの反動に加えて共解現象(レゾナンストローク)の暴走のせいで精神的なダメージまで負っており、とてもではないが戦えそうもない。

 

 

「それは分かってるわ。だけど、この男は……」

 

「心配なのは僕も同じだ。ただ恐らく、ダークネスはジャンの兄だ。それだけで、今回は信用して良いんじゃないかって、そう思うんだ」

 

 先程、ヴァロンはダークネスに対し『弟の仇討ちをしに来たのか』と言っていた。ここで言う“弟”が誰なのか。それは、種族や容姿を見る限り疑いようがない。

 

「恐らく、というかその通りなわけだが……まあ、あれだな。弟を助けてもらった恩返しだとでも思えば良い。実際、あながち間違ってない」

 

 そしてそれは、ダークネス自身によって肯定された。確かに、ダークネスはジャンクの右腕を斬り裂いたことを除けば、エリック達に対して何の危害も加えていない。ポプリが突然攻撃した時も、彼は反撃してこなかった。何より、この状況ではどうあがいても彼に頼るしかない。ポプリは悔しそうに両目を固く閉ざし、渡された剣を強く握り締めた。

 

 

「分かったわ……分かったわよ! だけどね、あたしはあなたのこと信じないから! だから、ブリランテに着くまではこの剣、絶対に返さない!!」

 

「……」

 

「それでもね、約束は守るから。あなたがあたし達に何の危害も加えてこなければ、この剣には傷一つ付けない……ただ、ひとつだけ条件を付けさせて?」

 

 ポプリはダークネスを、自分の母を殺した男の顔を下から覗き込み、怪訝そうな表情をしたまま口を開いた。

 

「ダークネス、じゃなくって。あなたの本当の名前、ちゃんと教えて。もう、大体想像は付くけれど、それでも、あなたの口から聞かせて欲しいの」

 

 本当の名前を教えて欲しい。それは、ダークネスにとってはあまりにも予想外過ぎる問いだったらしい。彼は一瞬目を丸くしたかと思うと、こらえきれないと言わんばかりに笑い出してしまった。

 

「お前、へんな奴だな……! 一体、何を言い出すかと思えば。俺はてっきり一発殴らせろだとか蹴らせろだとか言われるんだと思ったんだが……ふふふっ」

 

「わ、笑わないでよ!」

 

「悪い悪い。分かったよ、黙っててもどうせクリフォードにバラされるのがオチだからな」

 

 顔を真っ赤にして怒るポプリの頭を軽く叩いた後、ダークネスは笑うのをやめて彼女の琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

「ダリウスだ。ダリウス=ジェラルディーン」

 

「ダリウス……」

 

「まあ、ダリウスでもダリでも、お前らの好きに呼べば良いさ。好きにしろ」

 

 やはり、ダークネス――ダリウスの姓もジェラルディーンだった。彼が嘘を付いていない限り、これでジャンクとの血縁関係が証明されたも同然である。

 

「とにかく、だ。お前ら歩けるか? ある程度進んで、後は野宿だ。散々無茶させたらしいそこの鳥の力に頼るのもどうかと思うしな」

 

 ダリウスの言い分も最もだったが、負傷者の多さを考えるとチャッピー頼りの時間短縮には無理があるのは明らかだ。チャッピーは一度にせいぜい二人しか運べないため、残りの人間は自分の足で走らなければならない。今の状況では、それすら厳しい状態なのだ。

 

(かといって、最低一泊分こいつと一緒ってのもきついよなぁ……)

 

 背に腹は代えられない。彼に頼らなければ、間違いなく無事に山を降りることは叶わないだろう。それでも、今まで敵と認識していた相手との行動を強いられるというのは何とも言えない心境だった。

 

 

「……。お悩みのところ申し訳ないのですが、もう先に進んでも良いですか? それから、事後報告になりますが、余った分の包帯は頂きますね」

 

 ジャンクの止血に使わなかった分の包帯を顔の右上部分を覆うように巻きながら、ダリウスはエリック達を見回すようにして語りかける。包帯は切られた布の代用品なのだろうが、今度は目を完全に隠す気はないらしい。元々、あれは顔の右上部分を隠す為に巻いていた物なのだろう。早く進もうと言わんばかりに、ダリウスはエリックの顔色を伺ってくる。何故自分に聞くのか気になりはしたが、そんな細かいことを聞いている場合ではないだろう。

 

「……分かった。良いよな、皆?」

 

 エリックの問い掛けに、反論する者はいなかった。ポプリもその顔に笑みこそ無かったが、長剣を握り締めて頷いてみせる。

 

「……」

 

 ダリウスは全員の反応を確認した後、エリック達の少し前を歩き始めた。

 

 

 

―――― To be continued.

 




 
ダークネスこと、ダリウスの素顔

【挿絵表示】


(絵:長次郎様)

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