テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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第2部
Tune.27 鳳凰の後継者


 

――身体が、重い。痛みはほとんど無かったが、関節のいたる所が軋む。

 

(僕……は……)

 

 まだぼんやりとした意識の中、エリックはゆっくりと身体を起こした。

 荒廃しきったスウェーラルの街並み。風に乗り、微かに漂ってくる鉄の臭い。そして、酷く傷んだ自らの服を見て、エリックは紅い瞳を細め、右手を握り締める。

 

(ッ……本当に、僕は生かされた、のか……)

 

 あれだけの圧倒的な差を見せ付けられてから、自分達は負けた。

 殺されていたとしても、おかしくはなかった――つまり今、こうして意識を保っていられるのは、もはや疑いようもなく兄達の情けがあったからこその話。

 

「! そうだ! マルーシャ! ポプリ!!」

 

 だが今は、「悔しい」と嘆いている場合ではない。戦いを共にし、自分と同じように兄達に傷を負わされたマルーシャとポプリは今も、目覚めることなく地面に転がっていた。

 エリックは慌てて彼女らの元へと駆け寄り、呼吸をしているかどうか、脈はちゃんとあるかを確認する。どちらも、正常だった。

 

(……良かった。大丈夫そうだ……)

 

 最悪の事態は回避できたと、エリックは胸を撫で下ろす。しかし、彼自身もそうではあったが、マルーシャにもポプリにも目立った外傷は見られなかった。

 マルーシャが先に目覚めて傷を癒してくれたのかもしれないが、それは少し不自然だ。ゾディートもダークネスも救済系能力者では無いし、そもそも彼らが傷を治して去っていくとは思えない。ディアナが傷だけ治して立ち去ったとも考えられない。それならば、第三者がここに来て、傷だけを治して去っていったということになる。

 一体誰が助けてくれたのだろうとエリックは思考を巡らせ――そして、すぐにある結論へと行き着いた。

 

「ケルピウス……」

 

 

『太古より、ケルピウスは清らかな癒しの力を持つと伝えられています。だから、ケルピウスの血は良薬になるとされていて……』

 

 

「……ッ」

 

 博学な親友の言葉が、脳裏を過ぎっていく。その親友の顔を、声を思い出し、エリックは固く目を閉ざした。

 

「エ、リッ、ク……?」

 

 下からマルーシャの声がした。閉ざしていた目を開くと、決して良いとは言えない顔色をしたマルーシャが、自分の顔を覗き込んでいた。

 

「……。大丈夫、か?」

 

「うん……」

 

「エリック君、マルーシャちゃん……」

 

 身体を起こしたマルーシャと、彼女の前に座り込むエリックの姿を、今にも泣き出しそうな表情をしたポプリが見つめてくる。彼女も、目を覚ましたらしい。

 

「お前にも、色々聞きたいとは思っている」

 

「!」

 

 自分でも驚く程に、感情のこもっていない冷たい声であった。マルーシャの黄緑色の瞳が、不安げに揺らぐ。

 本当はここで、ポプリを問いただしたい気分であった。しかし彼女が息を飲み、肩を震わせたとマルーシャの表情を見て、エリックは静かに頭を振るい、軽く深呼吸してから口を開いた。

 

「だけど、話は後だ。とにかく……皆と合流しよう」

 

「そう、だね……」

 

「……分かったわ」

 

 エリックの選択は、間違ってなどいないだろう。それでも、心のどこかで二人は――特にポプリは、このまま彼らが、アルディスがこの地を去ってくれることを願わずにはいられなかった……。

 

 

 

 

 

 

「! ジャン……」

 

 しばらく街を歩いていると、大きく開けた、広場のような場所で白衣の裾を靡かせているジャンクの姿を見つけた。

 彼がいつも腰に身に着けている黒い布が無くなっていることと、かなり顔色が悪いことを除けば目立った問題はなさそうである。

 ジャンクはエリック達の存在に気付くと、ゆっくりと首をこちらに向けて無理矢理貼り付けたような、歪な笑みを浮かべてみせた。

 

「無事でしたか、皆……いや、無事とも言えなさそう、だな」

 

 どうして彼が、そのような笑みを浮かべたのか。その理由は、彼に近付いていくうちに分かった。ジャンクの周りに、血で汚れたガーゼや包帯、刃こぼれして駄目になったメスが大量に転がっている。

 

「ここの住民を、助けていたのね」

 

「……」

 

 ポプリの言うように、彼は怪我をした住民の治療を行っていたのだろう。だが、肝心の患者の姿はどこにもない。血や土で汚れ、擦り切れた手を握り締め、ジャンクはゆるゆると首を振って俯いてしまった。

 

「……ほとんど、助けられなかった。僕がここに来た時には、大半が手遅れでした……」

 

 ジャンクの弱々しい声を耳にすると同時、エリックは広場の至る所の土が不自然に盛り上がっていることに気付いた。それが墓であることと察した途端、胸に暗く、重々しい感情が込み上げてくる。

 あまりにも膨大な数。申し訳程度に立てられた細い木の板。そこに直接刻まれた名前――信じたくは無かった。だがそれらは全て、黒衣の龍が、自国の兵士達によって残虐にも殺された人々の、あまりにも簡易で、粗末過ぎる墓。

 

「……報われませんよね、こんなのじゃ」

 

 その見栄えを気にしているのだろう。ジャンクは悲しみを隠しきれない笑みを浮かべてみせた。

 

「この状況では、これが精一杯だった……だから、せめて名前だけでも、とは思った。幸いにも、僕は透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者でしたし……名前を透視くらいのことなら、と」

 

「先生……」

 

 ジャンクが目の当たりにした光景を想像したらしく、ポプリは絞り出すようにして出した声を震わせる。それに対し、ジャンクは眼鏡のフレームを軽く抑えた後、曇ったフェルリオの空を仰いだ。

 

「勝手に、こういったことをするのはどうかと思っている。だが僕は、彼らを……そのままの姿で、野晒しには、できなかった……」

 

 ガラクタのような墓標に名前こそ刻んではいるが、それだけだ。恐らく、その下の亡骸は棺に収められることなく、そのまま埋められているに違いない。

 アルディスやディアナの姿はここには無い。途中ではぐれてしまったのかもしれない。つまりジャンクは、たった一人で数多の亡骸を形だけとはいえ埋葬したということになる。

 廃墟のような今のスウェーラルの状態を考えても、亡骸全てを綺麗に埋葬することは不可能だ。これが、限界だったのだ。

 しかし、そんなことをするくらいならば、直接埋めるくらいならば、何もしない方が良かったかもしれない。そう言ってジャンクは俯き、酷く汚れ、傷ついた手のひらを強く、握り締めた。

 

「見て見ぬふりだなんて、そんなこと、僕にはとても、できなかったんです……」

 

 無免許医といえども、ジャンクは医者だ。やはり一人でも多くの生命を救いたいという思いが、彼にはあったのだろう。救えなかった生命を前にした彼は、酷く傷付いていた。

 

「ジャン……」

 

 そんな彼に「早く先に行こう」などと言える者は、先を急ぎたいエリックを含めて誰一人としていなかった。

 だが、能力柄何か感じ取ることがあったのだろう。ジャンクは踵を返し、数多の墓に背を向けた。

 

 

「……行きましょう」

 

「え……」

 

「急ぐのだろう? 僕としては……エリック、お前をアルディスに会わせたくは無いのですがね」

 

「――ッ!」

 

 透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者であり、アルディスを気にかけていたジャンクのことだ。彼もポプリ同様、自分達が知らずにいた事実を知っていたのだろう。

 ハッキリと「アルディスに会わせたくない」と言い切ったジャンクに対し、エリックは割れてしまいそうなほどに奥歯を強く噛み締めた。

 

「それでも、お前が彼に会おうと思うのならば……もう、僕は止めない。ただし僕も、自分が考えるように動きたいと思います。良いですね?」

 

「……」

 

 その言葉が意味することが何なのか。具体的には分からないが、大体の察しは付いた。だからこそ、何も言えなくなってしまった。彼の思いを拒否する権利はエリックには無い。警告してくれただけ、良いと思うべきだろう。

 気分が悪くなるような思いを胸に、エリックは前を見据える。視界に入ってきたのは、見覚えのある藍色の髪をした少女であった。

 

 

「アルディス――ッ!! アル――ッ!!」

 

 

 少女は――ディアナは、必死にアルディスの名を叫んでいる。

 

「え……? アイツ、アルとはぐれたのか?」

 

 名を呼ぶということは、恐らくそういうことだろう。声の主の元へと駆けるジャンクの後を、エリック達も追う。

 

「ディアナ!」

 

「ジャン! その……アルディスを見なかったか? 目が覚めたら、どこにも居なくて……!」

 

 手に持っていた黒い布をジャンクに返しながら、ディアナは酷く狼狽えた様子で辺りを見回している。

 

「僕は見ていませんね……」

 

「そうか……」

 

 残念そうに眉尻を下げるディアナの目が、その場に立ち尽くしているエリックとマルーシャを捉える。だが、彼はぷいと二人から目を逸らし、どこかへ飛び立とうと翼を動かした。

 

「こらこら待て待て……もう、単独行動はしない方が良いと思いますよ」

 

「だが……!」

 

「ディアナ君……その、気付いちゃったのよ……彼ら……」

 

 ポプリの言葉に、ディアナは青い瞳を大きく見開き、エリックとマルーシャの姿をもう一度見た。

 

「……ッ」

 

 ディアナは、何も言わなかった。ただ、彼女は下がっていた眉尻を上げ、忌々しそうにエリックとマルーシャを睨み付けた。まるで、「もうあなた達は敵だ」と訴えるかのように。

 

 アルディスがノアだと知ってしまった時、エリックはディアナが必死に遂行しようとしていた使命が何なのかも同時に悟っていた。

 彼女の使命、それは恐らくフェルリオ皇子であるノアの護衛――つまり主人であるアルディスの行動によっては、彼女も無条件で敵となる。

 

(どうして、こんなことになったんだよ……)

 

 今思えば、自分もマルーシャもとんでもない者達と行動を共にしていたということだ。不安そうに自分を見上げてくるマルーシャと顔を見合わせ、エリックはおもむろに頷いた。

 

「……」

 

 

――会話が、言葉が、何も浮かばない。

 

 

 それは何もエリックに限らない話らしく、マルーシャもディアナも、ポプリとジャンクですら無言だった。ただ、皆揃いも揃って黙り続けているわけにもいかないだろう。

 

(僕が、ノア皇子と同じ立場なら……どこに、行くだろうか……)

 

 この状況だ。逃げ出した、と言われても納得できなくは無い。だが、自分もノア皇子もそこまで無責任では無いと思う。

 

「……。スウェーラルも、やっぱり城、になるのか……?」

 

「え……?」

 

「僕なら、街全体を見渡せる場所に行く……そこが城なら、尚更だ」

 

 エリックの言葉に、ディアナは一瞬だけ目を丸くして視線を泳がせた。先程までの彼女は随分と狼狽えていたし、そのような発想には至らなかったのだろう。

 

「城は……フェルリオ城は、ここから少し離れた、崖の近くにある……」

 

 そう言って、ディアナはある一点を指差した。その指が示す先には、確かに大きな建物があった。それは、かつては城であったと分からない程に崩れてしまっていた。

 

「……とにかく、あの場所に行こう。話は、それからだ」

 

 もう、現実から逃げ出すつもりは無い。エリックは迷わず、フェルリオ城に行くことを選んだ。そこにノア皇子が居ようが居まいが、とにかくフェルリオの城は見ておこうと思ったのだ。

 

「あ、待って。エリック」

 

 歩き出したエリックの後をマルーシャが、他の仲間達が追う。

 当然のことではあるが、彼らの表情はいずれも重く、本当に暗い物であった……。

 

 

 

 

「ここが、フェルリオ城……」

 

 エリック達の前に現れたのは、朽ち果てた城の壁。辺りには無造作に草が伸び、廃墟としか言えない空間がそこには広がっていた。フェルリオ城跡、という言葉の方が合うような気すらしてくる。

 

 十年前のシックザール大戦で崩されたまま、誰にも手を付けられずに時だけが経過してきたのだろう。先の戦争でここに住まう筈の皇帝家が堕ち、フェルリオという国自体も大きな被害を受けたのだから、再建されていないという事実にも納得はできる。

 それでも、国のシンボルとも言える城の惨状を目の当たりにしたエリックは、違う国の王族であるとはいえ喪失感によく似た複雑な思いを抱かずにはいられなかった。

 

「え、えっと……変わった場所にあるんだね。フェルリオ城って」

 

 何とも言えない空気の中、マルーシャは何とか話題を作ろうと口を開く。彼女が言うように、フェルリオ城は城に居ながら街を見渡せるような、高い地に作られている。

 そのような所は、ラドクリフと同じだった。ただ、ここの城は丘というよりは崖の上にあったのだ。城の後ろには、濁りのない藍色が美しい大海原が広がっている。

 

「確かに……これじゃ、攻め込まれても逃げられないじゃないか。危険だろうに……」

 

 ここで、しっかりとその存在を訴えていた頃のフェルリオ城の姿をエリックは知らない。それはあくまでも想像上の話だ。だが崩れずに残った壁を見れば、城が崖先ギリギリの場所に建てられていたことは明らかである。逃げるための裏道も、この城には存在しなかったことだろう。

 

 

「――民を守るべき皇帝家に、逃げ道など必要ない。当たり前でしょう?」

 

 

 そんなエリック達の耳に、“本当に”聞き慣れた声が届いた。

 

「ア、ル……?」

 

 聞き間違える筈が無かった。それは、エリックがこの街の中を歩き回り、探していたアルディス張本人の声だったからだ。

 だが、比較的高めの印象を与える彼の声はどこかいつもより低く、こちらを威嚇してくるかのような、軽蔑しているかのような鋭い印象を受けた。

 

「下賎なラドクリフ王家に、私達の信念は伝わらないということでしょうか?」

 

「なっ!?」

 

 崩れ落ちた城の中にいたらしいアルディスは、冷たくそう言い放ち、姿を表す。彼は、何も変わらなかった――首に赤い宝石の付いたネックレスを下げていたことと、今まで決して取らなかった、フードを被っていなかったことを除けば。

 前髪の両サイドだけ伸ばされてはいるものの、短い白銀の髪では隠せない長い耳。否、そもそも今となってはその耳を隠す気などないのだろう。

 

「アルディス!!」

 

 エリック達の姿を一度も振り返ることなく、ディアナは翼を大きく動かして彼の元へと飛び出していった。その表情には、確かな焦りの色が見える。

 

「どうして……どうしてですか!? 何故、自ら正体を明かすようなことを!?」

 

「……」

 

 ディアナの主張は最もである。事実、彼の行動はエリック達も驚かされた。彼はまだ、エリックとマルーシャが正体に気付いたということを知らない筈なのだから。要するに彼は、最初からここで正体を明かすつもりだったのかもしれない。

 

「大体、勝手にオレを置いて城に来るなんて! そんなの、自殺行為です!」

 

「ディアナ……」

 

「オレもジャンも、危険だと申し上げた筈です!! なのに、どうして……!!」

 

「……。ごめん」

 

 アルディスの顔も見ず、一方的に叫び続けたディアナは“それ”に気付くことができなかった。結果、完全に反応が遅れてしまった。

 

 

「か、は……っ!?」

 

 ディアナの腹に、鈍い痛みが走る。一体何が起きたのかと思考を巡らせる彼女を襲うのは、強い嘔吐感と、それ以上に辛い圧迫感。アルディスに殴られたのだと気付くと同時、彼女の意識は薄れていった。

 

「……」

 

 何も言えずに意識を失った彼女の身体を支えながら、アルディスはディアナの両翼を掴む。その手には、薙刀が握られていた。何をする気なのか察したエリックは、声が震えそうになるのも気にせず声を張り上げる。

 

「アル!」

 

 その呼びかけに彼は、答えない。アルディスはディアナの翼を掴んだまま、迷うことなくそれを根元から斬り落としてしまった。

 

「――ッ!」

 

 切れた羽根は彼らの周りで力なく地面に落ちていき、魔力の粒子となって消えていく。チャッピーがいない今、それはディアナの移動手段を断つ行為に他ならない。信じられない、行為だった。

 

「アルディス……何でそんなことするの……!?」

 

「そうよ! 彼は……っ」

 

 マルーシャとポプリに、仲間達に困惑の表情を向けられようと、アルディスの表情は動かず、変わらない。まるで、人形のように。

 

「……目的を達するためなら、私はどこまでも非道になれる。それだけです」

 

「アル……ッ」

 

 優しいアルディスの、親友の姿はそこには無い――ここまで来て、エリックは未だに自分が彼とノア皇子を結び付けたくない、判明した事実を認めたく無いのだと思っていることに気付いてしまった。一体いつまで逃げ続けるやら、と自嘲的な笑みさえ、浮かべてしまいそうになる。

 

(どうして……)

 

 上手く、言葉が出ない。事実を確認するために、真実を知るためにここまで来た筈なのに、身体が動かない。

 

 

「――天光、来れ」

 

 そんなエリックの様子には目もくれず、アルディスは薙刀を手に詠唱を開始する。彼の真下に浮かんだ魔法陣が、首に下げられたネックレスの赤い宝石が、まばゆい光を放った。

 

「!? みんな、逃げて!!」

 

「レイ!!」

 

 エリック達の真下にも、光の魔法陣が浮かんでいた。やはり、正真正銘の純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だけあってアルディスの詠唱速度は早い。マルーシャの叫びと、術の発動。それは、ほぼ同時に起きたことだった。

 

「くっ!?」

 

 頭上から、無数の光線が豪雨の如く降り注ぐ。エリックは咄嗟に身体をひねり、何とか直撃だけは免れる事が出来た。しかし、それでも光線のうちの何本かは身体をかすめていったらしく、皮膚や髪、衣服の焦げた臭いが鼻に付いた。

 

「皆……! 無事、か……!?」

 

 身体を起こし、エリックは同じように魔法陣の中にいた仲間達に目を向ける。全員、上手く光線をかわすことができただろうか、と。

 

「わたしは平気……」

 

「あたしも、なんとか」

 

 元々、命中率の低い術であったことが幸いした。若干服や肌を焦がしてはいるが、マルーシャもポプリも動きに支障は無さそうだ。

 

「……ッ、う……っ」

 

「!? ジャン!!」

 

 

――だが、それでも全員が無事に避け切れたとは言えなかったようだ。

 

 

 焼け焦げた白衣の背に血を滲ませ、奥歯を噛み締めて倒れているジャンクの姿が、先程まで魔法陣が浮かび上がっていた場所にあった。

 

「酷い出血だよ……! ジャン、しっかりして……っ!」

 

 地面に生えた草を握り締め、ジャンクは微かに身体を痙攣させている。出血が多いのだろう。だが、あの術でこのようなことになるとは思えなかった。

 第一、確かに直撃を受けたようではあったが、出血場所と光線に焦がされた場所が一致していない。この場合、むしろ術を受ける以前に負っていた傷が、衝撃で開いてしまったと考える方が自然だろう。

 そもそもジャンクは、どういうわけか魔術に対する抗体が恐ろしい程に無い。直撃を受けた上に、この傷だ。彼が意識を失うのも、時間の問題だろう。

 

「な……んで、だよ……どうして……!」

 

「……」

 

 エリックは思わず、アルディスを睨み付けていた。今は完全に、彼が憎いと思ってしまっていた。それに応えるかのように左手に付けた手袋を投げ捨て、アルディスはゆっくりと、こちらに近付いてくる。

 

 

「……名乗るのを、忘れていましたね」

 

 しきりに「どうして」と繰り返す、かつての仲間達の呼びかけには答えない。素手で握られた薙刀の切っ先は、鈍い輝きを放つ銀の刀身が、エリック達の複雑な表情を映している。

 彼の白い左手の甲に刻まれた濃紺の印は紛れもなく、フェルリオ帝国の紋章で。月を象ったそれはエリックに、彼が今まで散々逃げ続けていた現実を突きつけてきた。

 

 

「改めまして――私はフェルリオ帝国第三十九代皇帝候補、アルディス=ノア=フェルリオと申します」

 

 

 

―――― To be continued.

 


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