テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.1 いつもの朝

 

「今日も……よく晴れてるな」

 

 ベッドに寝転び、開かれた窓から外を見上げる少年がぼんやりと呟いた。一番長い部分は胸上まで届きそうな、彼の癖のある淡い金の髪が、首元の上質な紺のスカーフが、風で流れる。

 ガーネットのような深い赤色をした切れ長の瞳を細め、少年――エリックは小さく息をついた。

 

 

 ここは龍王の国と呼ばれるラドクリフ王国。

 その本土、スケルツォ大陸の南に位置する王都、ルネリアルの高台に作られた城の自室でくつろいでいる少年エリックこと、エリック=アベル=ラドクリフは、この国の王子だ。

 彼の暮らす地、ルネリアルは別名『風の王都』と呼ばれる場所。常に爽やかな風が吹いているという不思議な気候が特徴的な地である。

 風によって街のいたるところに植えられた大きな木々が揺れ、人工的な川は涼しげな音を生み出している。本当に自然が豊かな街だ。自室の窓からは、遠くの海や森の様子を見ることも出来た。

 

 

 そんな王都ルネリアルは、ラドクリフ王国の中でも比較的都会の部類に位置している。

王都だけあって国中の進んだ技術がこの地に集まり、集大成として街を進化させているためだ。

 ラドクリフ城と貴族街、それからその周辺城下街によってルネリアルは構成されている。城や貴族街は美しく磨き上げられた白い石造りの建物の並ぶ、統一された雰囲気が特徴的であり、城下町の方は塗り壁の家や、レンガ造りの家、木製の家――立ち並ぶ家々は多種多様で個性的だ。

 

 

 自然と発展的文化が共存するこの街だが、その空気は本当に良く清んでいる。自然を大切にしていることも無関係ではないのだろうが、近くに『聖域』と呼ばれる地があることが大きな理由だ。

 聖域がどういったものなのか。それは大多数の人々は知らないし、エリック自身も理解出来ていない。ただ、聖域が周辺地帯を清らかに保ってくれる働きをしてくれるのは確かだった。

 そのため、健康を考えた暮らしを追い求め、好んでこの街に住まう者も少なくはない。行き交う人々が多いのは、ここが王都であるということだけが理由ではないのだ。

 

「ん……」

 

 今、ベッドの上で気持ちよさそうに風に当たっているエリックもその一人である。彼の程良く筋肉の付いた体格や少し日焼けした健康的な肌からは想像し難い話だが、実のところエリックは生まれ持っての病弱体質であり、酷い持病も持っている。

 ベッドからほとんど動くことができなかった昔よりは良くなったとはいえ、薬に頼らざるを得ないのは相変わらずである。当然、城の者達は彼のこの体質を憂いだ。

 この体質を理由に、彼は城からほんの少しだけ離れた位置にある高い塔に作られた自室にこもっていることが多い。高いところの方が空気はより清んでいるために、エリックは幼い頃よりこれを強制されているのだ。

 しかも、病弱体質や持病の原因は不明なのである。「いつ何が起こるか分からない」などと非常に怖いことを言われてしまった経験もある……とはいえ、隔離生活にも近いこの生活に、彼自身はかなり嫌気が差してきている。十八歳という複雑な年齢にもなれば仕方ないのかもしれない。

 

 

 今日は特に、貴族絡みの交流会などは無く、特に部屋を出る理由はなかった。要するに、どうしようもないほどに暇な日であり、時間潰しに困るという典型的な日である。

 エリックは机の上に無造作に置かれた厚手のスケッチブックを見て、ようやくベッドから身体を起こした。

 

「あ……」

 

 風景画は、彼の複数ある趣味のひとつだった。窓から見える海でも描こうかな、と考えていたのだが、どうやら今日“も”無理に暇を潰す必要はなさそうだ。

 いきなり窓の下が騒がしくなったのだ。聴き覚えがあり過ぎる、鈴の転がるような可愛らしい声も聴こえてくる。これは確実だろう。

 

「準備、しとくかな……」

 

 紺色のスカーフを外しながら、エリックはのんびりとクローゼットの前へと移動した。

 

 

 

 

 ラドクリフ王国には二人の王子が存在する。エリックは王子でこそあるが、第一ではなく第二王子。つまり、彼には兄がいる。

 兄の名はゾディート=カイン=ラドクリフ。エリックとの歳の差は十二歳。彼は今年で三十歳になる。

 ゾディートとは全く話が合わないうえ、さらに彼がエリックを酷く避けているせいで兄弟仲は悪く、最近ではろくに言葉を交わすこともなかった。今、彼がどこで何をしているのかさえも、エリックは把握出来ていない。

 

「相変わらず似てないよな……」

 

 兄のことをぼんやりと思い浮かべながら、エリックは鏡の前で困ったように呟いた。

 どういうわけか、ゾディート、エリック兄弟は驚くほどに外見が似ていない。それも、百人に聞けば百人が「似ていない」と即答するだろうと確信できてしまうほどに。

 兄はさらさらとした長い漆黒の髪と、涼しげな銀の瞳を持つ。しかも比較的色白で、中性的な印象を与える容姿の持ち主だ。癖のある金髪に赤い瞳、凛々しく整った顔立ちをしたエリックとは、何もかもが異なっている――あまりにも違う、二人の外見。城内城外関係なく、人々からは『本当に兄弟なのか』と囁かれていることをエリックは知っている。

 

「……」

 

 少し複雑な心境で、エリックは肌触りの良い黒のドレスシャツを脱ぎ捨てる。一応、その場に放置しておけば使用人が片付けてはくれるのだが、申し訳なく思うのか、エリックはそれを畳んでベッドの下に押し込んだ。

 

 

「さて、と」

 

 彼がクローゼットから取り出した服は、どれも安っぽい生地の物であった。黒い立襟のシャツの上に青味の強い灰色の長袖を着て、さらに肩部分が切り抜かれた白藍の上着を羽織る。二重構造になった黒とスチールグレイのズボンも含めて全体的に暗い色合いの服装であるため、エリックの綺麗な金髪がよく映えていた。

 年相応の服装と言えばそうなのだが、つい先程まで高貴な服を身にまとっていたエリックの場合はかなり印象が変わって見えた。

 その後、何故かエリックの方だけにある王位後継者の証、右手の甲に刻まれた王家の紋章を白い手袋で隠し、黒い紐で軽く後ろ髪を縛ると、机の上に置いたスティレット、と呼ばれる形状の短剣を上着の下に隠すように、腹部のベルトに挿した。

 

 

「エリック! 来たよ~!」

 

 

 ちょうど着替えが終わった時、エリックの後方から可愛らしい少女の声がした。振り向くと、太腿まで届く長いブロンドの髪を高い場所で一本に纏めた少女が窓枠に立っている。彼女のたれ目がちで大きな黄緑色の丸い瞳は、楽しげに細められていた。

 

「やっぱり来たか、ちょうど準備終わった所だよ」

 

「うん、来たよ」

 

 まさしく美少女と呼ぶに相応しい彼女は燕尾服によく似た、鳥の翼を思わせる独特の構造をした海色の上着を着ている。胸元の白地に淡い空色のラインが入ったリボンと、リボンと同じ色をしたスカートがよく似合っていた。

 濃紺のニーハイブーツを履いているために足自体の露出は少ないとはいえ、それでも際立つ短いスカート丈や大胆に肩周りを露出したデザインの服を着ている反面、彼女は胸元を見せることを酷く嫌がる。そのためブーツと同じ色のハイネックのインナーで隠してしまっているのだが、鎖骨の中心付近にはエリックの右手にある物と同じ、王家の紋章が刻まれているらしい。

 胸元の紋章は、ラドクリフ王国の王妃である証であるーー未来の国王であり、少女の婚約者であるエリックが「成人までは」と渋っているために、彼女の場合はまだ王妃“予定”ではあるのだが。

 

「……マルーシャ、スパッツ履き忘れてないだろうな?」

 

「兵士の反応的に大丈夫だと思うよ?」

 

 彼女の名はマルーシャ=イリス=ウィルナビス。エリックの一つ下、つまり十七歳という歳の割にはやや幼い行動をするため、危なっかしくて常に目が離せない。エリックは密かに、彼女のお転婆さに頭を悩ませていた。

 

「マルーシャお嬢様! 窓枠に立ってないで降りてきてください!!」

 

「ああ、毎度ながらどうしましょう……」

 

「危険ですよ! お願いですからお帰りください!」

 

 

――その代表が、今この瞬間に起きているこれである。

 

 

 実は彼女、エリックの部屋に来る時は必ずと言っていいほどにこの高い塔をミニスカートで、しかも器用にもヒール付きのブーツを履いて当たり前のように登ってくるのだ。

 兵士やメイドが慌てて彼女を止めに来るのだが、聞く耳を持たない……ちなみにエリックが聞いた話では彼らはマルーシャが脱走すると給料を豪快に減らされるらしい。恐らく、本人はこの事実を知らないのだろう。そう考えると、兵士達が非常に可哀想だ。

 

「行くか?」

 

「行こ行こ!」

 

 窓の下にはもう、兵士達はいない。どうやら諦めて帰ってしまったらしい。また給料減るな、とエリックは苦笑いする。

 それを確認した後、彼は反対側の中庭に繋がる窓からロープを垂らし、二人は塔を降りて行った。要するに、二人仲良く脱走だ。こうなるとエリックも完全に共犯である。

 

 二人とも人間性は良いのだが……大臣や騎士団長など、国の重鎮達を始めとした人々は、ラドクリフの安否を割と本気で気にしている。

 

 

 

 

 城や屋敷周辺を徘徊する使用人達、貴族街に住む貴族達から身を隠しつつ、二人はルネリアルの城下町の外れまで出てきていた。もはや、慣れたものだ。

 

「最近天気良いな。暖かくて過ごしやすい」

 

「えへへ、そうだね。髪がまとまってくれるから助かるよ」

 

 流石に使用人や貴族に発見されると正体に気付かれてしまうのだが、一般人相手なら大した問題はない。こっそりと調達した庶民的な服装のお陰で周りに騒がれることはないのだ。

 きらびやかな服装は城や屋敷の中だけで十分だ。むしろ、あんな格好で外は歩けない。極力、流行などにも乗ってみたりしながら、二人は一般人に混ざっていた。ある意味、変装とも言えるだろう。

 そんな問題児二人が脱走し続け、早くも八年。兵士もメイドも対処が全く追いついていない。エリック達の変装技術は、どんどん上がっていく。多分、もう彼らが使用人達に捕まることは無いだろう……。

 

「はい、付いた。今日も見た感じ静かそうだが……魔物が出たら全力で走り抜けるぞ」

 

「う、うん。出なきゃ良いけど」

 

 そしてこの日も無事、二人は城に連れ戻される事なく、とある場所に辿り着いていた。

 二人の目の前には元気に生い茂る木々の立ち並ぶ森が広がっており、チュンチュンと鳥のさえずりが聴こえて来る。

 

 彼らの脱走の目的の大半は、この森の中心部に住む友人に会いに行くことだった。

 何故か街から少し離れた森、通称“ヘリオスの森”に住んでいる少年、アルディス=クロード。立場上、友好関係の無い二人にとっての唯一の友人である。

 

 しかし、アルディスにとってもそれは同じである。そもそも、彼はかなりの人間不信なのだ。わざわざ街ではなく、魔物が出るような森に住むという生活態度からもそれは明らかだろう。

 そういった事情はある程度分かってはいるものの、魔物と遭遇するかもしれないというリスク、無駄に時間の掛かってしまう目的地までの距離を思うと、エリックは苦笑せざるを得なかった。

 

「いい加減、街に住んでくれれば良いのにな……」

 

「あ、あはは……そうだね……」

 

 言ってみたものの、無理だというのは流石に分かっていた。魔物に警戒しつつ、森の中をしばらく歩いていくと一軒の家が見えてきた。外見は至って普通の古びたログハウスなのだが、森の中に建つ一軒家ということもあって、なかなか絵になる光景だ。

 

「アル、来たぞ。いるか?」

 

 エリックがコンコンとドアを軽く叩くと、数分と待たずにドアが開かれた。

 

「いらっしゃい、今日も暇だったの?」

 

「来ていきなりそれはないよ、アルディス……まあ、暇だったんだけどさ」

 

 

 家の中から現れたのは、独特の雰囲気を持つ色の白い小柄な少年だった。

 彼は幻想的な印象を与える白銀の髪を、側面が少し長くなるように斜めに切りそろえ、それを覆い隠すように赤みの強い濃紫のフードを深く被っている。翡翠の右目は長く伸ばされた前髪と大きな眼帯によって隠されていた。髪の色も目の色も、滅多に見られないと思われる珍しいものだ。

 

 あまりにも目立つ要素が揃ってしまっているためにフードを被っているそうなのだが、彼がそのフードを下ろすことはエリック達の前ですら無かった。

 気にはなったが、何かしらの事情があるのだろうとあまり追求はしていない。

 彼は丈の長い、コートのようにも見える前開きのローブを着ており、そのローブとその下に着ている黒のハイネックのインナーはどちらも袖の無いデザインである。

 ローブは魔術師がよく着ているものであるため、彼は一見すると魔術師のように見えるのだが、左脚だけに着けたレッグカバーの下に投げナイフを隠していたり、右脚には拳銃とそのホルスターを身に付けていたりと、装備だけなら魔術師というよりは戦士である。本人曰く「どちらとも言えない」とのことであったが。

 

 そんなアルディスはエリックと同い年で十八歳……なのだが、彼は歳の割には小柄で童顔であるため、年相応に見られた経験はほとんど無いらしい。少なくとも、エリックと同い年には見えない。

 それどころか、中性的な顔立ち及び華奢な体格、さらには本来は女性名である“アルディス”という名前を災いに、性別すら間違えられることもあるのだ。男らしく、整った顔立ちであるエリックがうらやましいと以前は酷く愚痴をこぼしていた。

 とはいえ、彼は外見のみならず性格もやや中性的で、どこか幼さを感じさせるところがある。年齢や性別を間違えられてしまう件に関しては、彼の自業自得な部分も無いことは無い。

 そんな彼の、年齢の割にはどうにも幼い瞳が不安げに揺らいだ。

 

 

「二人とも、怪我はしてない?」

 

「ん? ああ、大丈夫だよ。心配するな」

 

 エリックの返事を聞き、アルディスは「良かった」と安堵の声を漏らす。

 その声はとても嬉しそうなものだったのだが、彼の翡翠のように美しい緑の左目や口元が“その感情”を示すことは一切ない――彼は今、まるで人形のような無機質な表情をしていた。

 

(こんなとこに住んどきながら、本当に心配性だよな……)

 

 ただ、それでも彼は、自分達の無事を心から喜んでくれているのだろうとエリックとマルーシャは感じていた。それを感じられるからこそ、あえて話題にはしなかった。

 彼と過ごした年月の長さによって、この話題がアルディスを傷付けるものであることにも、二人は薄々勘付いていたから。

 

――エリックにマルーシャ、そしてアルディス。

 

 彼らは八年前、エリック達が初めて脱走をした日に偶然出会い、それ以降、共に多くの時間を過ごしてきた。

 本当に何があったのか、昔は今よりもさらに酷い人間不信だったアルディスと打ち解けるまでに色々あったりもした。しかし、それはそれで良い思い出だとエリックは思っている。

 

 

「とりあえず入りなよ。今日も美味しそうにできたから」

 

 今となっては、アルディスはエリック達が来ると思われる時間帯に合わせてお菓子を作り始めるほどに、自分たちを受け入れてくれるようになっていた。それは今日この日も例外ではなく、家の中からはふんわりとした甘い匂いが漂ってくる。

 今日は一体、何を作ってくれたのだろう? そんな期待から、エリックは一瞬だけマルーシャと顔を見合わせ、アルディスの家へと足を踏み入れた。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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