テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.25 荒廃の帝都

 

 元々、アイツらと俺が、共にいること自体が間違っていたんだ。

 そんなこと、分かっていた。ちゃんと、分かっていた……のに。

 

 本当に俺が、フェルリオの皇子じゃなかったら良かったのにな。

 わざわざ街から離れた森の中に住む、風変わりな一般人だったら……なんて、こんなこと、考えてちゃ駄目だよね。馬鹿、みたいだ……。

 

 いい加減、ちゃんとしなくちゃ駄目だよな。俺はフェルリオの皇子だ。本来なら、何もかもが許されない。

 だからこそ俺は、帝都の無事を確認次第、全てに決着を付けようと思う。

 

 大丈夫。今度こそ、ちゃんと全部、終わらせるからーー己の行為に、犯した罪に、けじめを。

 

 

―――――――――――

 

―――――――

 

―――

 

 

「ここが、フェルリオ帝国……」

 

 あの出来事から、三日。ようやく、船がフェルリオ側の港、ヴィーデに着いた。

 

 通称“さえずりの港”と呼ばれるこの港は、その名の通り普段は鳥達のさえずりの響く、和やかな地だという。

 しかし今は、鳥の声が、聞こえない。かき消されていると言っても良いだろう。

 

 港で動き回っている人々の様子がおかしい。船の甲板から様子を見ていたエリックと彼の隣で同じ方向を見ているマルーシャは何事だろうと目を凝らす。

 慌ただしく走り回る者、何かを告げられてその場に崩れ落ち、泣き喚く者。人々の様子は、様々だった。

 

 

「お、おい、アル! ディアナ!!」

 

 ジャンクの声に、エリックもマルーシャもそれが聴こえた方向へと視線を動かした。アルディスとディアナが、船を降りる人々を押しのける勢いで地に降りていく。遠くからその表情を見ただけで、彼らの慌てぶりはよく理解できた。

 

「ゆっくりなんてしていられません! そんな暇は無いんです!!」

 

「既に襲撃を受けているらしい……一刻も早く、帝都に向かわなければ!!」

 

「何だって!?」

 

「オレ達は先に行く! 後から来てくれ!!」

 

 アルディスとディアナは、酷く焦っていた。冷静さは失われている。それを見たジャンクは首を横に振るい、奥歯を噛み締める。

 

「二人だけで行かせる訳にはいきません! ちょっと待ってろ!! ……と、思いましたが待っているのも面倒です! これくらいの距離なら……っ!」

 

 結論が出たらしい。ジャンクは眼鏡を一旦鞄にしまい、助走を付けて船から飛び降りた。十数メートルもの高さからの飛び降り。無謀な行為であるように思えたが、風の下位精霊に力を借りながら綺麗に受身を取ったために完全に無傷だ――が、いくらなんでも目立ち過ぎた。

 

 

「えぇぇえええ!? 先生何やってるのよ!!」

 

 眼鏡をかけ直すジャンクを見た人々が騒ぐ。ちゃんと人の流れに乗って降りようとしていたポプリの叫びがその中から響いた。

 

「急いだ方が良いと思っているのは、この二人だけではありません。三人とも急ぎな、事態は深刻だ。だから、頼みますよ……チャッピー」

 

「きゅ!」

 

 ジャンクがチャッピーの背をぽんぽんと撫でるのを見た後、アルディスは船を一度だけ軽く振り返り、駆け出した。ディアナとジャンクもそれに続く。

 

 

「!? お、おい!」

 

 これには、未だ船から降りられずにいたエリックが叫んだ。いくらなんでも、置いていくことはないだろうと。

 困惑するエリックの横で、マルーシャは複雑そうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「……あ、エリック。チャッピー残ってるよ」

 

 マルーシャが指差す方向を見ると、確かに港の人ごみの中でも映える、オレンジ色の姿が確認できる。

 純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)が討伐される危険性の無いフェルリオ帝国内なら、ディアナも彼の世話にならずに移動できるのだ。

 小さくなっていく三人の背中を眺めていたエリックだが、マルーシャの言葉でようやく彼らの行動を理解した。

 

「なるほど。チャッピーの力借りて、後から追いついてこいってことか」

 

 これまでにも何度か世話になった、チャッピーの能力、瞬光疾風(カールヒェン・ヨシュカ)

 これは、あまり素早く動けないエリック、そして彼の大きな背は動きに制限のあるポプリにとってはかなりありがたいものだった。

 

 

「とにかく、早く降りましょう。チャッピーがいれば、すぐに追いつけるしね」

 

 あの後、アルディスとディアナとは言葉を一切交わしていない――心なしか、以前にも増してジャンクまでもが自分を避けている気がする。

 

(アイツら……状況が状況だとはいえ、これは無いだろ……)

 

 彼らに置き去りにされたのは自分とマルーシャだけならまだしも、ポプリもだ。それなのに、ポプリには彼らを腹立たしく思っている素振りは一切ない。置いていかれることに慣れているのか、こうなるのが分かっていたのか。それは分からないが、彼女の余裕すら今のエリックにはあまり好ましいものではなかった。

 

「エリック君?」

 

「! あ、ああ……行こう」

 

 不思議そうに微笑みかけてくるポプリに対し、エリックは煮え切らない言葉を返す。その心境は、どうにもすっきりしないものであった……。

 

 

 

 

「あれが……帝都……」

 

 先を走っていたアルディス達に追い付いたエリックの目に映ったのは、かつては賑わっていたであろう、廃れ切った街並み。

 想像していたものとは明らかに異なる、その光景にエリックは思わず眉をひそめた。

 

「……」

 

(え……)

 

 何故か、アルディスがこちらを見ている。声を掛けるべきかどうかで悩んだが、彼はすぐに視線を帝都へと戻した。一体、何だというのだろうか。

 

 

「! これ……悲鳴、か?」

 

 アルディスの行為について思いを巡らせる暇は無いようだ。純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)特有の優れた聴力を持つディアナが、帝都の異変に気付いたらしい。

 エリックにはまだ悲鳴が聞こえないものの、炎上する街の様子はハッキリと見えてきた。聴力では彼女らに叶わないが、視力では純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)の方が上だ。

 

「チャッピー! もう少し全員の速度上げられないか!?」

 

「きゅ……きゅー!」

 

 足が、さらに軽くなる。ディアナの頼みを受け入れたチャッピーが能力の効果をさらに高めたらしい。それは、元々走るのが早いアルディスやマルーシャ、空中のディアナにも影響を出していた。

 

「きゅ、きゅー……っ」

 

「すまない、辛いのか……スウェーラルに着いたら、物陰に隠れていろ」

 

「きゅ……」

 

 鳥であるチャッピーを見ても、顔色等は分からない。しかし、細められた青紫の瞳を見れば、彼が辛いのは明らかである。

 

「特殊能力の乱用、と言っても過言じゃないもの……ごめんね……」

 

 チャッピーの背に乗ったポプリは、そう言って目を伏せた。一番彼に負担を強いているのは、誰がどう考えてもポプリなのだ。彼女自身もそれを分かっており、責任を感じているのだろう。

 

「もう少しです、もう少しだ……チャッピー!」

 

 ジャンクは頭のレーツェルに触れ、トンファーを取り出した。エリック達もそれに続く。スウェーラルは、もう目の前だった。いつ、何が起こるか分からない。

 地を強く蹴り、僅かに雪の積もった粗末な道を駆ける。チャッピーの能力の効果なのか、息を切らすことも、速度が落ちることもない――ただ、その分だけチャッピーの体力が削れていく。

 

 

(従順、だよな……鳥には、何の関係もないのに)

 

 それだけディアナを好いているのだろうかと、エリックはこの場に合わないことを考え始めた。

 少なくともチャッピーは、エリックが知る鳥の中では最高の知能を持つ。未だに種類は分からないし、同じ種類の鳥を見たこともない。本当に不思議な鳥だった。

 

 

「きゅ……きゅ――ッ!!」

 

 チャッピーが鳴いた。直後、エリックの足がもつれ、バランス感覚が消滅する。急に、瞬光疾風(カールヒェン・ヨシュカ)の効果が切れたのだ。チャッピーの体力が尽きたのだろう。

 

「う、うわっ!?」

 

 地面が近付く。咄嗟の判断でエリックは剣をレーツェルに戻し、左肩を下にして横向きに受身を取った。服が汚れはしたが、怪我はない。

 

「いたた……」

 

 どうやら転んでしまったのは自分だけでは無いらしく、上手く受身を取れなかったらしいマルーシャは汚れてしまった服を叩いている。

 

「エリック、器用だね」

 

「まぁ、前衛やってたらこれくらいは」

 

 えへへ、と笑ってこちらを見るマルーシャの顔は軽く擦り切れていた。

 痕が残らないか気にはなったものの、天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)能力を持つ彼女ならあれくらいの傷は簡単に治せるだろう。そう思い、エリックは仲間達を見回した。

 

「チャッピー……」

 

 急停止したチャッピーに投げ出され、ポプリは全身傷だらけだった。マルーシャより酷い状態かもしれない。それでも、彼女は自分には気にもとめず、地面にぐったりと横たわるチャッピーの背に手を伸ばしていた。

 

「きゅ……、きゅー……っ、きゅー……」

 

 遠くから軽く見ただけだが、これはもう限界だなとエリックは悟った。閉ざされた瞳と荒い呼吸を見る限り、しばらくは彼に頼れないだろう。

 そんなチャッピーの傍に、エリック同様に上手く受身を取ったらしいアルディスが歩み寄っていく。彼はチャッピーの前で跪き、そっと手を差し伸べた。

 

「チャッピー、少し動けるか? あっちに路地裏があるから、休んでると良いよ。ほら、俺が支えていくから」

 

 アルディスの言葉で、エリックはようやく気付いた――もはや廃墟を思わせる勢いで廃れてはいたが、ここは街の中であった。疑う必要もない。ここが、帝都スウェーラルだ。

 

「何とか、街まで能力持たせてくれたのか」

 

「そうみたいね」

 

 ポプリとエリックの視線の先で、チャッピーはアルディスに支えられて路地裏へと移動していく。ここを発つまで、彼は休ませておこうという暗黙の了解が皆の間で交わされた。

 

「……って、うわ、ポプリ。それ大丈夫!?」

 

「うふふ、ちょっと盛大に転んじゃったから。平気よ」

 

「ダメだよ! ちゃんと治さなきゃ!!」

 

 相変わらず本人は一切気にしていない様子であったが、ポプリの傷はかなり痛々しいものであった。顔や腕、右足の皮膚が裂け、赤い血が滲んでいる。

 マルーシャは慌ててポプリの元に駆け寄り、彼女の傷を癒すべく意識を高めた。

 

 

――だが、

 

 

「……あれ?」

 

 様子がおかしい。今では簡単な治癒術であれば瞬時に発動出来るはずのマルーシャが、上手くいかないと首を傾げている。

 それを見たポプリは「まさか」と呟いて杖を握り締め、意識を高め始めた。

 

「だ、駄目! どうして……っ、魔術が、使えない!」

 

「!?」

 

 ポプリはふるふると頭を振るい、杖を握り締めたまま両目を固く閉ざしてしまった。マルーシャもそうだが、彼女の戦闘は完全に魔術頼りのものである。魔術が使えない状況下では、彼女は身を守る術を失ったと言っても過言ではない。

 一体何が、と声を上げかけたエリックの耳に、微かに震えたジャンクの声が入った。

 

「チャッピーが急に瞬光疾風(カールヒェン・ヨシュカ)を解除したのは、彼自身の限界だけが原因ではなかったようです……僕も、完全にやられました……」

 

 聞こえてきた声の方を向くと、受身すら取れなかったらしく、傷を負った上に起き上がることもできないジャンクの姿がそこにあった。

 

「! そうか、お前……」

 

「……」

 

 ジャンクも、視覚面に関しては透視干渉(クラレンス・ラティマー)に頼りきっている。今の彼は暗闇に放り出され、完全に視覚を封じられたような状態なのだ。

 横向きに地面に倒れた身体を起こし、その場に座り込んだ彼は誰からも顔を背けるように俯いてしまった。

 

「オレも駄目だ。翼が出せない……」

 

 被害は、さらに連鎖した。ジャンクの横には、翼を失って地面に転がっているディアナがいた。チャッピーが再起不能である以上、今の彼の場合はもう本当に絶望的な状況だ。

 どうしたものか、とエリックはため息を吐きたくなったのを懸命にこらえた。困っているのは自分だけではない、彼らの方なのだから。

 

 しばしの間悩んでいると、どうやら先に結論を出したらしいポプリがエリックの前に移動してきた。

 

「エリック君、マルーシャちゃん。君達は、動けるわよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「大丈夫、わたしもポプリと同じで、満足に戦えないけど」

 

 一応は肯定の言葉を返したエリックとマルーシャに微笑みかけた後、ポプリはチャッピーを運び終わったアルディスに手を振った。

 

 

「アル君……二人を、任せて良いかしら? あたし達で、先に進むわ」

 

 この状況では、これが最も妥当な選択だろう。アルディスは分かっていたと言わんばかりに頷き、空を仰いだ。彼の動作でエリックは異変に気付いた――街に入ってからというもの、今まで雪と共に飛び回っていた下位精霊達の姿が無いのだ。

 

「これ……恐らく、恐らくですが、拒絶系能力による結界が貼られているのだと思います。術者さえ、見つけて叩ければ……そうですね、俺達も、できる範囲で探します」

 

「分かったわ、あたし達も探してみる。行きましょう、エリック君、マルーシャちゃん」

 

 下位精霊が居ないのも、結界による効果なのかもしれない。アルディスの言葉に頷き、ポプリは強く打ち付けたらしい左肩を押さえながら立ち上がった。

 

 

「一応、聞かせてくれ……ジャン」

 

 後々のことを考え、エリックは躊躇いがちに口を開いた。エリックの声に、俯いていたジャンクが顔を上げる。その瞳は、相変わらず閉ざされたままだ。

 

「目、開けてくれって言っても、無理だよな……?」

 

 アルディス、ディアナがいないこと自体、エリックとしてはかなり辛い状況である。それに加えてマルーシャとポプリはほぼ戦力外状態だ。せめて、ジャンクが着いてきてくれれば、と思わずにはいられなかったのだ。

 魔術は使えない状態とはいえ、彼は前衛としても戦える。目さえ、目さえ開けてくれれば、彼の場合は何も問題がないのだ。

 そんなことはエリックだけではなく、皆、ジャンク本人も理解していた。だからこそ、彼は酷く悩んでいた。右の二の腕を押さえるその身体は、微かに震えていた――しかし、

 

「……。すみ、ません……」

 

 俯きながら、絞り出すように彼はエリックの問いに答えた。目を開けるのは不可能だという、否の答えを。

 

 

「分かった。無理言って、悪かった」

 

 そう言われるだろうと、返されるだろうと、分かっていた。それでもエリックの中には嫌悪感に近い、醜い感情が残ってしまった。どうしようもないと、分かっているはずなのに。

 

「行こう。マルーシャ、ポプリ」

 

 こうなってしまった以上、まともな戦闘が出来るのはエリックだけである。余計な考えを振り払うようにエリックは軽く自分の頬を叩き、再びレーツェルを剣に変えた。

 

 

「……」

 

 エリック、マルーシャ、ポプリが先へと進み、後に残された者達の間に沈黙が漂う。

 

「すみません、本当に……無理な物は、無理なんだ」

 

「仕方ないですって。俺達は俺達で動きましょう」

 

 ディアナを抱き上げ、アルディスはそのまま座り込んだジャンクの前へと移動した。事情を知るだけに、アルディスの行動はスムーズだった。彼は片手でディアナを抱え直すとジャンクの左手を掴み、首を軽く傾げてみせる。

 

「俺が手を引きます。ですから……」

 

「いえ、これ以上迷惑はかけられない……アル、この場に残っているのはお前とディアナだけか?」

 

「? え、ええ……」

 

 アルディスに抱えられたディアナが「ジャン?」と不思議そうに声を上げる。ジャンクの言葉の真意は、すぐに分かった。

 

 

「……。ディアナには、近いうちに明かしても良いかな、とは思っていたんだ」

 

「!?」

 

 立ち上がったジャンクの金と銀の瞳が、ディアナの驚愕の表情を映している。大きな瞳を丸くするディアナに、ジャンクは困ったように笑いかけた。

 

「良かったのですか……?」

 

「ええ。ディアナなら、僕がずっと目を閉じていた理由も分かってくれるでしょうし」

 

 アルディスの問いに、ジャンクはトンファーを手に頷いた。アルディスはディアナを抱えているため、彼が前衛に立つつもりなのだろう。

 

「ヴァイスハイト、だったのか。オレは……純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)は魔力の流れが分かるってのに、全然、分からなかった……」

 

「そうなんだよね、俺も見抜けなかった。しかも片目無いとはいえ、同種だってのに」

 

「理由は言えないが、諸事情で僕にその類の力は効かない……ディアナ、黙っていてすみませんでした」

 

 諸事情、というのは彼が精霊の使徒(エレミヤ)であることが関係しているのだろう。本当に申し訳なさそうに目を細めるジャンクに、ディアナは特に咎めることなく笑いかけた。

 

「いや、むしろオレに教えてくれて嬉しかった……ありがとう」

 

「……こちらこそ」

 

 

 照れくさそうにジャンクは眼鏡のブリッジに触れていたが、照れている場合では無さそうだ。彼は瞬きをした後、おもむろに顔を上げた。

 

「これは……」

 

「……ええ」

 

 アルディスやディアナは勿論、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)では無いジャンクにも、流石に現地に来れば聞こえたくもない音が耳に入ってきていた。

 スウェーラルに着いたばかりの頃は少し収まっていたのだが、再び、爆発音や悲鳴が響き始めたのだ。襲撃が始まったのだろう。

 

「狙ったかのような襲撃……オレも、戦えれば……」

 

 これは、本格的に“罠”かもしれない。それなのに何も出来ないとディアナは奥歯を噛み締める。

 

「気にしなくて良いよ。とにかく、行きましょう」

 

「はい。この状況下でも、あの方の力が僕を助けてくれているようです。これなら、戦える……僕は大丈夫です。任せてください」

 

 そんなディアナの頭を軽く撫で、アルディスはジャンクと顔を見合わせ、共に走り出した。

 

 

 

 

 やはり、スウェーラルの街の中には黒衣の龍所属兵達の姿があった。上手く戦闘を避けながら、エリック達は見慣れぬ街を歩き回る。

 

「! う……っ」

 

「マルーシャ!?」

 

 突然のことだった。しばらく進んだ所で、マルーシャが突然蹲ったのだ。

 

「え、エリック……ポプリ……何か、おかしいの……」

 

「どうしたの!?」

 

 顔色は青くは無いが、少々息が荒い。熱がある、というわけでもなさそうだ。一体どうしたのかと、エリックとポプリはマルーシャの顔を覗き込む。自分自身を抱きしめるように腕を回し、マルーシャは身体を震わせて固く目を閉ざしていた。

 

「大丈夫か? 一体、何が……」

 

 躊躇いがちに、エリックはマルーシャへと手を伸ばす。その瞬間、マルーシャはビクリと身体を震わせ、叫んだ。

 

「!? あ……いや……っ、やぁあああああぁっ!!」

 

 

――異変、などという言葉で表せるような状況ではなかった。

 

 

 叫ぶと同時、マルーシャの身体は眩い光に包まれ、輝き始めたのである。

 

「お、おい……マルーシャ!?」

 

「一体どうしちゃったの!? これは……」

 

 光が収束していく。マルーシャは荒い呼吸を抑えるように胸を押さえていた――その姿を見て、エリックもポプリも絶句してしまった。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、な、何……? 何が、起きた、の……?」

 

 高級な銀糸や、雪を思わせる白銀の髪。髪留めのゴムが切れたらしく、飾りのバンダナだけではポニーテールの形状が保てなくなったそれは、重力に従って地面まで流れていた。

 その髪は、ふんわりとウェーブしている。そして、彼女は元々純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)の割には色白であったが、今では鳳凰族(キルヒェニア)のように肌が色白くなっている。むしろ、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)並みの色の白さである。

 

「……」

 

 今のマルーシャの容姿は、どこか中性的な容姿をした“あの少年”を思い出させた。仮に彼が――彼が本当に少女だったなら、今の彼女のような容姿だっただろう。

 

「ア、ル……?」

 

「え……?」

 

 エリックの言葉に、マルーシャは不思議そうに顔を上げた。さらりと髪が流れ、“青の瞳”と“尖った耳”が空気中に晒される。

 

「マルーシャ……君は、一体……」

 

 ポプリは相変わらず言葉を失っていた。エリックの頬を、冷や汗が伝っていく。そんな彼らの反応にマルーシャはようやく自らの異変に気付き、声を震わせた。

 

「うそ……なんで……? なん、で……?」

 

 

『おや? 起きたようだな。目覚めの気分はどうだ? “試作品”よ?』

 

 

 マルーシャの脳裏を、どこか現実味を帯びたヴァルガの言葉が過ぎっていった。

 

 

 

―――― To be continued.


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