テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.23 幻想の泉

 

「あら、霧が出てきたわね……」

 

 遥か前方ではあるが、セーニョ港が見え始めた頃。目的地はもうすぐだというのに、突然の濃霧に視界を奪われてしまった。

 

「そうですね、これは酷い……」

 

「これではどこから何が飛び出してくるか。困ったな」

 

「きゅー」

 

 アルディスとディアナ、チャッピーの声が、どこかからか聞こえてくる。この二人と、それからチャッピーは間違いなく同じ場所にいる――というのも、案の定ディアナがアルディスから離れなかったのだ――だろうが、仲間の居場所さえも分からないのは厄介だ。

 

「きゃあっ!」

 

「マルーシャちゃん!? ごめんね、大丈夫!?」

 

 そうこうしている間に、どうやらマルーシャとポプリが衝突したらしい。

 

「おい……どうするんだ。これは駄目だろ……」

 

「僕は問題ないのですが、皆は大問題だよな」

 

 透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者のジャンク以外、ろくに動けない状況である。エリックはその場で立ち止まったまま、仲間達の大体の居所を把握しようと耳をすませていた。

 

 

「……ん? 水の音がしたか?」

 

 そんな時、ポチャン、と何かが水に落ちるような音がした。

 

「そうだわ! この近くって、あの泉があったはず……先生、先に行って水音立ててきてくれる?」

 

「そうですね。皆……頑張って来てくれ」

 

「!? ま、まさか、おい……!」

 

 

――音だけを頼りに、僕ら全員その泉まで行けと!?

 

 

 

 

「ファーストエイド! えっと……皆、大丈夫?」

 

 苦笑いしながら、マルーシャはひたすら仲間達の傷を癒していく――エリックの嫌な予感が、当たってしまった。

 

 ここまで来る途中、仲間同士で衝突したり、盛大に地面にダイビングしたりとなかなか悲惨な惨劇が繰り広げられたのだ。

 結果、ほぼ全員が何らかの怪我をした。果てしなく、くだらない理由の怪我である……。

 

「ディアナ、翼治ってて良かったね。君は飛べるもんね……ちょっと高い場所飛べば、人には当たらないもんね……」

 

「ははは……」

 

 ドロドロに汚れてしまった服を見ながら、アルディスはため息を吐く。ディアナは泉の水で濡らしたタオルを手に、乾いた笑い声を上げていた。

 

 

「しっかし、不思議な場所だな。ここだけは霧が出てない」

 

 エリックは辺りを見回し、見慣れない不思議な風景に驚きの声を漏らした。小さな泉の周りには背の低い草が生い茂っており、少し離れた場所に高い木々が立ち並んでいる。そこから先の風景は、霧によって閉ざされていた。

 

「そうなのよ。ここは霧もかからないし、魔物も来ないの。折角だし、霧が晴れるまではここで休んでいきましょう?」

 

「うん、疲れちゃったしちょうど良かったね。これ、飲んでも平気かな?」

 

「綺麗だから大丈夫だけど、生水だからあまり飲んじゃ駄目よ」

 

 ポプリの話によると、アドゥシールとセーニョの間ではよく霧が出るのだという。そして、霧が出る度にこの場所に来て、休むようにしているとのことだった。

 

「まあ、霧が出てなくても良く来るんだけどね?」

 

「そうなの?」

 

 マルーシャの問いに、ポプリは軽くニコリと微笑んでから、口を開いた。

 

 

「六年くらい前かな。あたし、ここで不思議な生物に会ったことがあるのよ……また会えないかなって、そう思って。時々来てるのよね」

 

 へぇ、とマルーシャは目を輝かせる。彼女はこの手の、神秘的な話が大好きなのだ。その反応を見たポプリは、どこか懐かしそうに、そして楽しげに、その生物について語り始めた。

 

 

「淡い青色の、大きな生物だったわ。大きさ的に、最初は馬かなって思ったの。でも、蹄とかなかったし、その代わりにあちこちにヒレが生えてて、長い尻尾の先は尾ヒレになってたわ。海色のたてがみから出る長い角と、長いヒレみたいな耳が凄く綺麗だった」

 

 話を聞いていたらしいジャンクは、小さく溜め息を吐いて肩を竦めてみせる。

 

「またその話か……ポプリ、作り話はやめな。マルーシャを騙さないでください」

 

「だから! 何で先生そんなこと言うのよ! 本当なんだってば!」

 

 確かに、ポプリの話はとんでもなく突拍子も無いおとぎ話のようなものだった。この話を何度も否定しているらしいジャンクの言葉に、彼女は不貞腐れたように眉を潜める。

 

「“ユニセロス”ですか? ポプリさん」

 

「んー、違うのよ。でも、ユニセロスによく似た生物ではあるのよね……」

 

 淡い青色をした馬のような姿に、角があるといった特徴はユニセロスと一致する。だが、似てはいるが違うとの話だった。ここで、軽く唸りながら考え込んでいたマルーシャが手を上げた。

 

「分かった! それ“ケルピウス”だよ! わたし、神話で見たことあるよ!」

 

「神話!? あ……あー! 俺も思い出しました、聖獣ケルピウスに纏わる神話です。しかも、ケルピウスはちゃんと実在してるって話ですよ。多分ポプリさんが正解です」

 

 ケルピウスの話題でやや興奮気味になったマルーシャとアルディスの話に、ポプリは「ほら見なさい」とジャンクに向かって不敵な笑みを浮かべてみせる。これには気まずくなったのか、ジャンクはぷいと顔を逸らしてしまった。

 

「太古より、ケルピウスは清らかな癒しの力を持つと伝えられています。だから、ケルピウスの血は良薬になるとされていて……その結果として乱獲が起きたそうです。もう絶滅してしまったと思っていました。よく会えましたね、ポプリさん」

 

「そんなに、珍しいの……だから、あんなに傷だらけだったのね……」

 

 六年前、たまたまこの泉を訪れたポプリは泉の傍でぐったりと倒れている瀕死のケルピウスに会ったのだという。その身体はよく見ると古傷だらけだったらしく、恐らくそのケルピウスはアルディスの言う『乱獲』の被害に何度もあっていたのだろう。

 

「新しくできた、背中の大きな傷で苦しんでたみたいで。あたし、とりあえず持ってたグミあげたりライフボトルかけたりしたの……今思えば、よく聖獣に人間用の薬使おうと思ったなぁとか思うけれど、ちゃんと元気になってくれたのよね」

 

「助けてあげたの? じゃあ、恩返ししてくれるよきっと!」

 

 若干斜め上の話をし始めたポプリだが、マルーシャは変わらず目を輝かせ続けていた。

 

「ケルピウスは、決して受けた恩を忘れないって、神話の一節があるの。人に助けられたケルピウスが、その人のために命懸けで恩を返そうとするの。最後にそのケルピウス死んじゃうから、凄く切ない話でもあるんだけど……素敵な話でしょ?」

 

「そうね。うふふ、期待して待ってても良いかしら?」

 

 死なれるのは嫌だけれど、とポプリは笑う。そんなポプリを横目で見ながら、ジャンクが今度は盛大にため息を吐いて口を開いた。

 

 

「……ポプリがケルピウスに与えた優しさ。僕にも、少しは分けてくれれば良かったんですけどね」

 

「!?」

 

 ジャンクがこう言った瞬間、ポプリの顔がカーッと真っ赤になる。その姿を見て、ジャンクはクスクス笑いだした――間違いない、確信犯だ。

 

「お、オレには全く話の流れが分からん。ジャン? ポプリと何があったんだ?」

 

「先生! あたし、それに関してはずっと謝ってるじゃない! ひっどい!!」

 

「くく……っ、ふふふ……っ」

 

「だから、何があったんだ!」

 

 叫ぶポプリと、愉快そうに笑い始めるジャンク。なかなか面白い光景だが、何が何だかさっぱり分からない。訳が分からないとディアナは顔を微かに歪ませている。さらにはエリック達による好奇心全開の視線に晒されたポプリは「もう話すしかない」と嫌そうに口を開いた。

 

 

「その、あたしと先生もね、ここで出会ったのよ……あたしが変な集団に追い回されてたとこ、助けて貰ったの。ケルピウスに会った後の話よ」

 

 そこまで話して、ポプリは真っ赤に染まった顔をタオルに埋める。余程の事情が絡むらしい。流石に可哀想に思ったのか、先程まで笑っていたジャンクのフォローが入った。

 

「たまたま通りかかったので、とりあえず水で流しておいたんです。勢い良く流れたな」

 

 ここまでだと、単純にポプリがジャンクに助けられたという話である。「これのどこがおかしな話なんだ?」と聞いている四人は一斉に疑問を感じていた。

 

「……。そこまでは、良かったの」

 

「え……?」

 

 だが、残念ながらこれで終わりではなかったらしい。軽く震えていたポプリは鼻から下をタオルで隠した格好で、消え入りそうな声で語り始めた。

 

「えっと、個人的な話なんだけど、あたし、先生に良く似た外見の人に因縁あってね。先生の姿見た瞬間、出せる限りの総力で魔術発動させちゃって。それ、先生に直撃しちゃって……」

 

「え……」

 

 

――そういうことか。

 

 

 何とも言えない話を聞き、エリック達は一斉にジャンクの顔色を伺った。

 

「あれは凄かった……結果として三週間くらい、寝込みましたね」

 

「だ・か・ら!! 悪かったって言ってるじゃない!!」

 

「いえいえ、感謝してますよ? その三週間、きっちり看病してもらったしな? ……ぶっ、くくく……っ」

 

「何で笑うのよぉ!! 感謝の心なんて一切感じない! 全然感じない!! 馬鹿ぁ!!」

 

 

 まさかとは思うが、ジャンクのケルピウス全否定はこの一件が理由なのではないだろうか……。

 それにしても、いくらジャンクが打たれ弱いからといって、当時十四歳くらいの少女が十七歳くらいの少年を三週間寝込ませた威力の魔術とはいかほどのものなのだろう。

 

(せっかく助けてやったのに、人違いで重傷負わされるとか……)

 

「あははははははっ、本当に面白いな君は……! はははははっ!」

 

「笑わないでよバカ――っ!」

 

 幸いにも怒ってはいないらしく、爆笑するジャンクと顔を真っ赤にして半泣きで叫ぶポプリを横目で見つつ、エリックは思わず苦笑した。

 

 

「……。もう良い。ちょっとほっとこう」

 

「付き合ってはいないって聞いたんだけど……なんだろうね、不思議な関係だよね。ポプリさんとジャンさん」

 

「そ、そうなのか!? なおさら不思議だな……ははは……」

 

 

 

 

 ポプリとジャンクの謎の話が終わり、霧が晴れるまでと各々は好き勝手に時間を潰していた。辺りの様子を見る限り、ここを発てるようになるまでにはもう少し、時間が掛かりそうである。

 

「それにしてもこの泉。随分と深いよな」

 

「聖獣が来るだけあって綺麗な水だよね……うん、綺麗な、水……」

 

 落ちてしまわないように気を付けつつも、エリックが身体を乗り出して泉を覗き込んでいる。その隣に並び、マルーシャは水面に映る自分の顔を眺めた。

 

(試作品……)

 

 

――ヴァルガから言われた言葉が、気になる。

 

 

 何となく不安になって、自分の顔を見てみたくなった。だが、それでも水面に映るのは少しだけ泥に汚れた、いつも通りの自分の姿だった。

 

「どうした? マルーシャ?」

 

「! ううん、なんでもないの!」

 

 後ろからエリックに話しかけられ、マルーシャはハッとして首を横に振るう。今は、余計なことを考えている場合ではない。頭を切り替える時だろう。

 マルーシャは水に手を付け、そのひんやりとした温度を楽しんだ。

 

「ほら、エリック。冷たくて気持ち良いよ?」

 

「お、おい! 散らすな!!」

 

「えへへ、濡れちゃえ!」

 

 最初は軽く散らして遊んでいただけだったが、徐々にマルーシャの水掛けは勢いを増していく。

 濡らされてはたまらない、と慌ててその付近にいたアルディスとジャンクが逃亡した。

 

「どうせ、わたし達二人とも泥だらけなんだもん。良いでしょ?」

 

「良くない!」

 

 そんな二人の様子を、少し離れた場所にいたディアナが眺めていた。

 

「なあ、マルーシャは空を飛べるんじゃないか? 空飛んでここまでくれば良かっただろうに」

 

 それは、冷静に考えてみれば当たり前とも言えること。マルーシャは覚醒済みの純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)だ。純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)という種族を隠しているアルディスや、純血龍王|(クラル・ヴィーゲニア)だが未覚醒のエリックはともかく、マルーシャは本来であればディアナ同様に空を飛び回っていてもおかしくない。

 

 

「あ、あのね……? わたし、翼出せないの」

 

 だが、その問いに対するマルーシャの返答は思いもよらないものであった。

 

「え……!?」

 

 変だよね、とマルーシャはどこか自虐的に笑う。戸惑うディアナをフォローするように、アルディスが口を開いた。

 

「マルーシャは多分、失翼症なんだよ。特に魔術が上手な子に多い症状でね、体内の魔力が多すぎるせいか、上手く調整できなくて翼を出すのに支障が出るんだ。ほら、純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)なのにマルーシャって魔術能力高いでしょ?」

 

「そんなのあるんだ……自分のことなのに、知らなかった」

 

 唖然とするマルーシャの横に、汚れたタオルを持ったポプリが座り込む。

 

「マルーシャちゃんの詠唱、すごく早いもの。あたしは遅くて当然なんだけれど、先生より早いんじゃないかなって思うわ」

 

 アルディスの能力を奪ったとはいえ、ポプリは根本的に龍の血が濃い。元々、彼女の体質では魔術を使うどころか、魔力をコントロールすることすら難しいはずなのだ。もちろん、それは純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)であるマルーシャにも言える話である。

 

「それどころか、オレやアルより早いんじゃないか? 正直羨ましいし、助かるな」

 

「そ、そうなのかな? えへへ……」

 

 翼を出せないのは悲しいが、それで仲間の役に立てるのなら良いかもしれない。ディアナの言葉に、マルーシャはやんわりと笑ってみせた。

 

 

「……」

 

 そんな彼女の様子を、カルテを手にしたジャンクが眺めている。先ほどの大爆笑とはうって変わって、人形のように無表情だった。

 

(なんだ……?)

 

 ジャンクはつい先日倒れている。また体調が悪いのを隠しているではないかと、エリックは彼の肩を軽く叩いてみた。

 

「ジャン?」

 

「――ッ!?」

 

 特に、変わったことをしたつもりはない。だがジャンクは肩をビクリと跳ねさせた上、余計な力が入ってしまったのか持っていたカルテに軽くシワを刻んでしまっていた。

 シワの入ったカルテを懐に隠しつつ、ジャンクはおもむろにエリックの方を振り返る。

 

「! ッ!? あっ……え、エリック……?」

 

「あ、あのなぁ……あからさまに驚くのはやめてくれよ……ああ、でも、そういえば後ろから話しかけないでくれって言ってたなお前……悪い……」

 

 すぐに隠してしまったので内容までは分からなかったのだが、彼が手にしていたのはマルーシャのカルテと、それからほぼ白紙に近いエリックのカルテだった。

 アドゥシールを発つ際、彼が触診や問診といった行動をする様子は見られなかった。

 不思議に思い、エリックは先程マルーシャから聞いたのだが、彼女の分に関しては、出かける前に軽く透視をしただけで終わったらしい。

 マルーシャにはそれが通用するのだ。だが、エリックが相手になると話は別になる――結局の所、エリックの物だけ未完成なのだ。

 

「今さらだが、触診と問診するんじゃなかったか……?」

 

「そ……それなんですが……その、うっかり、していまして……」

 

 どこか言いづらそうに、気まずそうにジャンクはエリックから顔を背ける。この反応を見て、色んな意味で素人のエリックも大体の理由は察してしまった。

 

「僕に関しては、普通にやるしかないんだろ……透視能力を触診と問診の代わりに使えないから」

 

「……」

 

 ジャンクの透視能力は、エリックに対してはほとんど効果が無い。ゆえに、彼が目を閉じた状態ではエリックの容態はおろか、姿さえも見えない。つまり、彼がエリックを相手にする際にはいつもなら閉じている目を開いた状態で、直接エリック本人と対面して通常の診察を行わなければならないのだ。

 だがそれは恐らく、ジャンクが最も拒むこと。彼は目を開くということを酷く嫌がる。恐れている、と言っても過言ではないかもしれない。何しろ、長年の付き合いがあるポプリさえも、彼の素顔を知らないのだから。

 

「ただでさえ、僕は無免許医なんだ。ですからエリック、お前は町医者に診て貰った方が……」

 

「!? ま、まあ、その……それは知らなかったが、僕はお前の能力を買ってるつもりだよ」

 

 余程エリックを診察するのが嫌なのか、ジャンクはとんでもない話題を出してきた。通報されれば捕まるぞ、とエリックは肩を竦める。意地でもこの状況から逃げる気らしい。

 それでも、エリックは彼をそのまま逃がす気は無かった。何故だか、妥協したく無かったのだ。

 

「あれだけの傷負ってたアルが、完全に治ってるんだ。感謝してるし、評価してるつもりだよ」

 

「……」

 

 第一、彼が無免許医であるという事実も、驚きはしたが理由は察しがつく。目を閉じたままで試験を受けることなど、許されるとは思えないからだ。

 しかし、透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者の中でも高度な技術を使いこなす者は医療等の分野で試験を受ける際、いくらか優遇される制度が存在している。医療関係の知識も技術も申し分ない上に、能力も完全に使いこなせるジャンクなら確実に合格出来るだろうにとエリックは思う。思いはするが、現実は難しい。頑なに彼が開眼することを拒んでいる以上、それを実現するのはまず不可能だ。

 

「だから、できれば僕はお前に診て貰いたい。一番、身近にいる医者なわけだしな。勿論、僕もそれなりに協力はする……マルーシャ、ちょっと」

 

 そう言って、エリックは少し離れた場所に居たマルーシャを手招きした。エリック自身も、ジャンクと共に皆から離れた場所へと移動する。

 

「どうしたの?」

 

「髪に付けてるバンダナ、ちょっと貸してくれないか?」

 

「え……? あ、分かった! わたし、やってあげるからちょっとじっとしててね?」

 

 マルーシャはポニーテールのアクセントに使用していたバンダナを外し、それでエリックの目を覆った。要するに目隠しとして利用したのだ。行動の意味を理解したらしいジャンクが、地面に生えた草を揺らした。

 

 

「エリック……」

 

「どうだ? これなら大丈夫だろ? このバンダナ、結構生地厚いから見えないし」

 

「えと、わたし、あっち行っとくね?」

 

 ただ「目を閉じておくから」と言うだけではジャンクが信用しない可能性がある。そう、エリックは考えていた。だからこその行動だった。

 

「……バカバカしいとは、思わないのか? 僕が、目を開ければ良いだけの話ですよ」

 

「正直に言わせてもらえば……全く思わないって言うのは、嘘になるかな。それでも、お前が理由もなくその状態を貫いているとも、僕は思ってない」

 

「……」

 

「ジャン?」

 

 目の前は一切見えない。エリックの視界は、完全に闇に閉ざされている。だから、今現在のジャンクの表情も、全く分からなかった。

 

 

「ッ、すみません……ちょっと、驚いてしまって」

 

「そんな驚くようなことか?」

 

「……悪いな。受け入れられるのには、どうにも慣れていないんです」

 

「え……」

 

 今、ジャンクが目を開けているのか閉じているのか。それすらもエリックには分からない。それでも、彼の言葉に秘められた真意には気付いてしまった。

 

「とにかく、今から診察しておきますね……何か、あれば言ってくれ」

 

 

――彼には恐らく、人から酷く拒絶された経験がある。

 

 

 受け入れて貰えないこと、それがどれだけ辛く悲しいことか、エリックは知っていた。

 

「なあ、ジャン」

 

「はい?」

 

「僕は、お前を拒んだりしないから」

 

 今は、それしか言えなかった。ぴたりと動かなくなったジャンクが、息を呑んだのが分かる。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 帰ってきたのは、どこか空虚な響きを持った、機械的な雰囲気を醸し出す言葉。それでも、微かに喜びに近い思いを感じ取れた。それは、気のせいではないと信じたい。

 

「まあ、良い。診察、頼むな……」

 

 どう接してやれば良いのだろう、とエリックは考える。このような相手と下手な接し方をしてはいけないというのは、十八年間の人生の中で十分に学んできたつもりだ。

 

(信じてもらえるまで……心を開いてもらえるまで、待つしかないってことだよな)

 

 エリックの脳裏に、幼き日のアルディスの姿が浮かぶ。結構待っているつもりなのだが、彼も完全に心を開いてくれたとは言い難い。あの頃の彼に比べればまともに会話が出来るだけマシだが、ジャンクもなかなかの頑固者だ。

 

「……」

 

 姿が見えなくとも分かるほど、本当に慣れた手つきでジャンクは診察を進めていく。彼が無免許医であることを勿体無いと思いながら、エリックは黙って診察を受けていた。

 

 

 

―――― To be continued.


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