テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.20 空白

 

「ふぁ……流石に、眠いな……」

 

「そうだね……わたしも眠いや……」

 

 昨夜の状況が状況だ。全員ろくに寝ていなかったが、のんびりしてはいられない。

 早くアドゥシールに向かおうということで、エリック達はまだ陽が昇りきっていない時間帯から動き始めていた。

 

「この時間帯なら、魔物もあまり出ない。運が良ければ戦闘はほぼ回避できると思うよ」

 

「アルは元気だな……」

 

「まあ、慣れてるからね?」

 

 地図をしまいながら、アルディスは念のためと拳銃を手に取る。彼曰く、急な襲撃には一番対応しやすい武器であるらしい。

 毎度毎度思うが、彼はやたらと守備範囲が広い。魔術を使った場面は一度も見ていないが、種族のことを考えればそれなりに使いこなせるのではないかとエリックは思う。そんなことを考えていると、躊躇いがちにアルディスが口を開いた。

 

「念のため聞くけどさ。エリック、マルーシャ……戦えるかい?」

 

「昨日のことまだ気にしてるのか? 僕ならもう大丈夫だ」

 

「わたしも平気。昨日、ジャンに治癒術教わったし、もっと役に立てると思うよ」

 

 マルーシャの練習台になっていたのか、ジャンクの顔色はある程度回復していた。野盗に殴られたせいで出血の止まらなかった頭部の傷も、今ではすっかり塞がっているらしい。「もう大丈夫だ」と言ってジャンクも笑みを浮かべる。

 

「マルーシャのおかげで見ての通り、僕も復活だ。出ようと思えば出られるぞ」

 

「先生はまだダーメ。あたしが出るわ……あたし後衛だし、エリック君とアル君に負担かかりそうだけど」

 

 エリック達の話を、チャッピーの上に座ったディアナが暗い表情を浮かべて聞いている――今の彼は、戦いたくても戦うことができない状態だった。

 

「……すまない」

 

「お前もかよ。大丈夫だって……それより、翼は大丈夫なのか?」

 

「ああ、あれは魔力の塊みたいな物だからな。何度でも元に戻せはするよ、一応は」

 

 話によると翼は魔力だけで形成されているらしく、体内の魔力が尽きない限りは無限に再生することができるのだという。しかし、元々体内に保有する魔力が決して多くはないディアナが翼を再生するのには、まだ少し時間が掛かるらしい。

 

「……。その、皆。行きながらで良いから、オレの話を聞いてもらえないだろうか……」

 

「僕は構わないが、どうした?」

 

「皆、気付いたとは思うし……これはもう、言わざるを得ないというか」

 

 仕方ないだろ、とディアナは頭をガシガシと掻き、困ったように笑ってみせた。

 

 

「オレは、歩くことができないんだ……」

 

「……やっぱりか」

 

 エリックが重々しく呟いた言葉に、ディアナはおもむろに頷いた。

 

「ごめん、俺……あの瞬間まで、全然気付いてやれなかった……」

 

「隠していたのだから当然だろう? むしろ、隠さない方が良かった、よな……すまなかった」

 

 皆、薄々分かってはいたし、反応を見る限りではジャンクは知っていたらしい。それでも実際に本人の口から聞いてみると、それなりにショッキングな話だった。

 

「わたしじゃ、治せないの……?」

 

「別に、足が悪いだとか、脳に障害があるとか。そういう理由ではないみたいなんだ」

 

 ディアナの喋り方には、明らかに違和感がある。まるで誰かに聞いた言葉をそのまま繰り返しているような、そのような様子だった。

 

「えっと、じゃあ原因不明ってこと……?」

 

「歩く、走る以外のことはある程度できるよ。翼がある状態ならバランス取って何とか直立できるし、空中で軽く動かす程度なら、何とか」

 

「そんな! それじゃ、ほとんど何もできないのと一緒じゃない……!」

 

「……。ああ。残念ながらそういうことだ。翼が無ければ、オレはろくに行動できないよ」

 

 色々と諦めてしまっているのか、ディアナはそう言って自嘲的に笑った。

 

「で、でも……そうなったのって、何か理由があるんだよね? 良かったら、何があったのか教えて……?」

 

 何とか力になりたい。そんな思いから、マルーシャは突破口を探ろうとディアナに問いかける。しかし、ディアナはただ、首を横に振ってこう答えただけだった。

 

「それは……オレが、知りたい」

 

「え……」

 

 まさか、とジャンクを除く四人は息を呑み、場の空気が凍りつく。仮にそうならば、あまりにも残酷な話ではないかと。空気の変化を感じ取ったのか、ディアナは軽く首を傾げ、やんわりと笑みを浮かべてみせた。

 

 

「それだけじゃない。オレは自分が生まれた故郷も、家族の顔も、自分の本当の名前さえも知らない……ここ一年半くらいの記憶しか、ないんだ」

 

 

――事態は、予想を遥かに上回る勢いで、残酷だった。

 

 

 呆然とするマルーシャの横を通り、アルディスはディアナを見上げて躊躇いがちに口を開いた。

 

「ずっと引っかかってはいたんだ……でも、やっと分かったよ。俺に『名前は適当に呼んで下さい』って言った理由は、これだったんだね」

 

「……悪い」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 この話題になると、当然ながらエリック辺りの者は疑問を抱く。ディアナは今更隠すことでも無いだろうと、ため息混じりに話し始めた。

 

「ディアナってのは、出会った時にアルに頼んで付けてもらった名前なんだ。リヴァースは……その、あれだ。な、何となく、そう名乗ってる……」

 

「何となくって……あー、だから髪の色違ったんだな……」

 

 聖者一族であるリヴァース姓を名乗っておきながら、髪の色が白銀ではない理由。微妙にしっくりこないが、謎は解けたとエリックはアルディスを見る。

 アルディスは少しだけ考え込んでいたようだったが、エリックの視線に気付くなり、彼は「ごめんごめん」と肩を竦めた。

 

「いやー、君達に話して良いのか分からなかったし、話すタイミング分からなかったし」

 

「おいおい……」

 

 この状況下、アルディスは恐ろしいほどに適当なことを言ってきた。もしかすると、記憶喪失の方は薄々勘付いていたのかもしれない。アルディスとディアナを交互に見た後、ジャンクは少し躊躇いがちに口を開いた。

 

「えっと、そうですね。僕は一応両方とも知っていたよ。言わなかっただけで」

 

「ちょっと先生! そういうことはちゃんと……!」

 

「オレが口止めしていたんだ! だから……だから、ジャンを責めたりしないでくれ」

 

 責められかけたジャンクを庇うように、ディアナは力無く首を横に振った。精一杯強がっていたようだがそろそろ、限界のようだった。

 

 

「騙すような形になったことは謝るし、間違いなく、迷惑を掛けるとは思う……」

 

 彼の言葉は、語尾に行くにつれて少しずつ小さくなっていった。本人に自覚があるのかは分からないが、服の裾をギュッと強く握り締めている。その手は、酷く震えていた。

 

「それでも、その……皆の旅に、同行しても良いだろうか……」

 

 言い終わるなり、「返事を聞くのが怖い」と言わんばかりにディアナは両目を固く閉ざした。どういうわけか、彼はこの旅から離脱させられることを恐れているらしい。エリックは慎重に言葉を選び、口を開いた。

 

「お前は頼りになると思っているし、僕個人としてはいてくれた方が助かるな……ただ、その身体じゃ何かと危ないんじゃないか、とは言わせてくれ」

 

「分かってる……だが、オレは……オレには……これしかないんだ……」

 

 ディアナは心の強い人間だと、エリックは思っていた。どう考えても自分よりも幼い彼の戦いへの覚悟や考え方は本当に立派なものであり、尊敬する面も多々あったからだ。

 しかし――実際は違うのではないかと、本来の彼は今見せている姿昨日今日で疑惑を抱くこととなった。

 

「使命を果たすことが、それだけが、オレの唯一の存在意義なんだよ……」

 

「ディアナ……」

 

 何があったのかは分からないし、それは本人さえも知らない。それゆえ、彼は酷く不安定な存在であると、ここに来てエリックは思い知らされた。

 記憶喪失であり、歩行能力を失ったディアナにとって、その使命というものは“果たさなければならないこと”というよりは“自分の存在を見失わないため”に必要なものなのだろう――逆を言えば、その使命が無くなってしまった時、彼は完全に“己”という物を失ってしまう可能性もあるのだが。

 

「……。存在意義を示す。それが難しいことだっていうのは俺もよく分かっているつもりだ。だから、俺はディアナの同行にはおおむね賛成だよ。理由は聞かないけどね。どちらにしても、ラドクリフにディアナを置いておくわけにはいかないと思うから」

 

「あたしもそれは賛成。とにかく今は先に進んで、同行だとか離脱だとか。そういうのは、向こうに言ってから決めましょ……ね?」

 

 アルディスとポプリの主張は最もである。実際、ディアナが野盗に襲われたのは昨晩の話。あまりにも説得力のある主張だった。

 それに、アルディスの言う“存在意義を示す”ということも含め、ここでむやみやたらに彼を離脱させるのはかえって危険だろう。

 

「ディアナに限った話じゃないだろうけどさ……良いか? そういう大事なことは、今後はすぐに話すこと。無理しないこと。守れないならフェルリオ着くなり、すぐにお前を離脱させる。分かったか?」

 

 この二つがディアナに限った話ではない、というのも困った話なのだが。

 エリックはこめかみを押さえつつ、チャッピーの上に座っているディアナを見上げた。それに対し、ディアナは一瞬だけ驚いて目を見開いたが、やがて「ありがとう」と呟き、はにかむように笑ってみせた。

 

 

「え、ええと……大事な話、終わったかな? じゃあ、今度はわたし。ディアナ、ちょっとこっち来て?」

 

 話の区切りが付くのを待っていたらしい。マルーシャは少し離れた位置まで走り、そこからちょいちょいとディアナを手招きした。

 

「あ、エリックとアルディスは来ないでよ!」

 

「……」

 

 

――何故だ。

 

 

 まだ動いてもいないのに、一方的に来ないでとバッサリ切られたエリックとアルディスは、不満だと言わんばかりに顔を見合わせている。それを横目で見ながら、ディアナはチャッピーに乗ったままマルーシャのところに移動した。

 

「どうした……?」

 

「ディアナの気持ち、ちょっとだけ分かるかな。わたしも、七歳より前のことは覚えてないから」

 

「え……?」

 

 皆には秘密だよ、とマルーシャは「しーっ」と人差し指を立てる。かなりの事情にも関わらず、どうやらアルディスはおろかエリックすら知らない話らしい。

 

「元々、ウィルナビスのお屋敷ってルネリアルじゃなくてシャーベルグにあったんだけど、そこで事故があってね。わたし、それに巻き込まれちゃったんだって」

 

「覚醒前の話、か……ついでに、エリックの許嫁になる前、か?」

 

 ディアナがそう問えば、マルーシャはそれに頷いてから話を続けた。

 

「ついでに、写真とかそういうのも無くなっちゃったみたい。だからね、何も分からないんだよね……で、ポヤポヤしてる間にルネリアルにお屋敷移動で、何でかなって思ってたら、わたしがエリックの許嫁に決まったからって」

 

「うわ、えらく唐突に物事が進んだんだな」

 

 そうなんだよね、とマルーシャはぺろりと舌を出す。元々、許嫁というのは親に勝手に将来の旦那を決められるというものだ。本人にとっては唐突なのが普通だとはいえ、彼女の受け入れ方もなかなか素晴らしい物がある。

 

「今じゃそんなこと思ってないけど……わたしもね、エリックのお嫁さんになることが自分の存在意義だって思ってた時期あったから。だから、気持ちが分かるって、そう言ったの」

 

「……!」

 

 無邪気な彼女が、このような闇を抱えているとは思わなかった。それでも、今でも記憶に『空白』を抱えているというのに、彼女は本当に明るく振舞っている――それだけ、マルーシャという少女が強いということだ。

 

「それに……ね、エリックって小さい頃から……」

 

「え? え? 何だ何だ?」

 

 暗い話はおしまいだと言わんばかりに、マルーシャは何やら面白そうな話題を出してきた。ディアナも身体を前のめりにして興味を示している……だが、

 

 

「マルーシャ! 再々僕の名前が聞こえてきて、何かもう気になりすぎるからやめてくれ! せめて僕のいない所で話せ!!」

 

 

 珍しく顔を微かに赤く染め、目を泳がせて狼狽えるエリックの声が響いた。

 

「うわ! エリック地獄耳!」

 

「自分の名前って何となく聞き取れるもんだろ!? 良いから今はやめろ!!」

 

 叫ぶだけ叫ぶと、エリックは口元を押さえて足早に歩き始めてしまった。怒っているわけではない、というのは彼の表情を見れば明らかだろう。

 

「なーに、エリックったら。何かやだなー」

 

 若干ふてくされたマルーシャだが、先に行ってしまったエリックに追いつこうと走っていく姿が何とも面白い。ディアナは……否、残された全員が呆然とその様子を見ていた。

 

「何となく、そうじゃないかなって思ってたけど……多分そうよ、ね」

 

「……。僕は何も言わないぞ」

 

「あんなのを八年間、傍でやられてる俺の気持ちを誰か分かってください……」

 

「あ、あぁ……」

 

 

――とりあえず、魔物が出るまでは放置で良いか。

 

 

 何とも言えない気分になってしまった四人だが、今は放心している場合ではない。空気が無駄に重苦しくならなかっただけ良かったと強引に納得し、彼らはアドゥシールへと急ぐことにした……。

 

 

 

 

「ここがアドゥシールか……随分と活気のある町なんだな」

 

 初めて見るルネリアル以外の町並みに、エリックは思わず驚きの声を漏らした。

 

「アドゥシールはスカーラ鉱山の最寄りの町だし、セーニョ港からも近いからね。鉱石の加工業だとか、アクセサリーとかの販売も盛んなんだ。あまり多くはないけど、セーニョ港から流れてくるフェルリオの輸入品なんかも、ここで売られてる」

 

「へぇ……」

 

 アドゥシールは通称『交易の砦』とも呼ばれ、規模はそれほど大きくは無いものの、多くの人々で賑わう楽しげな町だった。

 几帳面に高さの揃えられた木々が並ぶ、数色のレンガが敷き詰められた街路や小さいがどことなく洒落た雰囲気を醸し出す商店。このような光景を見ていると、町の周辺が危険だという事実さえも忘れてしまいそうだ。

 

「さてと……宿屋に着いたわ。先生、あたし達は買い出しに行ってくるから、ちゃんと寝ててちょうだいね」

 

「はいはい。ディアナ、行くか」

 

「ああ……しかし、これが宿屋か。泊まる日が来るとは思わなかった」

 

 純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であることがバレないよう、ディアナは町に入る前に全身をすっぽりと覆う漆黒のフード付きローブをまとっていた。普通ならこれで何とか突破できるのだろうが、歩くことのできないディアナの場合は一つの問題が生じる。町の中で翼は出せない、ということだ。

 

「いくらなんでも、チャッピーに乗ったまま入れてくれる宿屋なんて無いからな」

 

「それもそうだよね……まあ、あれだ。おいで、部屋まで運ぶから」

 

「!?」

 

 チャッピーの横で、アルディスが両手を広げている。それを見たディアナは色々と思い出してしまったのか、一瞬のうちに顔を真っ赤に染め上げてしまった。

 

「そう言えばディアナ君、昨晩はずっとアル君に抱っこされてたものね」

 

「い、言うな!! そういうこと言うな馬鹿!! ~~ッ、ええい! 頼むから迅速に運んでくれお願いします!」

 

 顔を両手で覆い隠し、ディアナはアルディスに身体を任せた――が、もはや羞恥心で死にそうな域だ。

 

「弄ろうと思ったんだけどな……可哀想だから、迅速に運ぼう。ジャンさん、後はお任せしますね」

 

「ええ、こちらこそ、よろしく頼む」

 

 

 

 

「……さてと。一通りいる物は買ったし、早く宿屋に戻りましょう?」

 

「ポプリどうした? 何か顔が怖いぞ」

 

「きゅー?」

 

「別に。美男美女連れ歩くと惨めになるってことを学んだだけよ……」

 

 道中でエリックが見知らぬ女性に貢がれたり、マルーシャが見知らぬ男性に貢がれたり、アルディスが男女問わずに口説かれた末、若い青年相手に殺傷事件を起こしかけたりとあまりにも謎過ぎるハプニングは多数あったが、何とか買い出しは終わった。

 ディアナから借りてきたチャッピーの背に食材などの傷みやすい物を乗せ、残りの物はポプリの腰布の中にしまい込む。構造は結局よく分からないままだが、便利だなとは思う。そんな布の中に荷物をしまい終えると同時、一気に疲労感が爆発したらしいポプリは頭を押さえてため息を吐いた。だが、そうは言っても仕方のないことである。

 

「あ、そうだわ。セーニョって結構空気汚れてるし、エリック君にちょっと強めの薬、出しとこうかしら。ちょっと、そこの薬屋さんに寄るわね?」

 

 ポプリが指差したのは、どうやらよく通っているらしい薬屋。チャッピーを適当な塀に繋いでから彼女に続いて店内に入ると、何とも言えない独特の香りが鼻についた。

 

「薬屋……? でも、アップルグミとか買ったよな?」

 

「ここで専門にしてるのはそういうのじゃないの。ほら、こんな感じ?」

 

 籠の中に入っていた草の束を取り出し、ポプリはニコリと笑った。恐らく薬草なのだろうが、見ている側からしてみればただの草にしか見えない。

 

「えっと……今回は行き帰り分用意しとこうかしら。これと……あれと、それ。それから……そうね。あの棚の上の奴と、そこの小瓶に入った木の実を下さい」

 

「はい、どうぞ。いつも悪いわね、ポプリちゃん」

 

「こちらこそ、いつもお世話になってます。あ、これガルドです」

 

 慣れた様子で得体の知れない草やら木の実やらを買い、本格的に顔見知りらしい店主と簡単な会話を交わす。どうやらここは薬そのものではなく、薬の材料の専門店らしかった。

 

「ということは、ポプリさん自ら調合するんですか、これ……」

 

「そういえばジャンがポプリの作る薬品がどうこう言ってたっけ……ポプリ、薬剤師なの?」

 

「うふふ、正解。さあ……エリック君に苦い薬飲ませるわよー」

 

「!? お……お手柔らかに頼む」

 

 四人揃って店を出て、今度こそ宿屋に帰ろうと歩みを進める。今後のこともそれなりに話し合っておく必要もある上に、ディアナやジャンクをあまり長時間待たせるのも考えものだ。

 

「一応、エリック君は先生の診察受けといてね? 変なアレルギー反応起こされたらたまらないもの……」

 

「お、おう。分かった……ただアイツ、確か僕の姿はほとんど見えな――」

 

 

「きゃあああぁあああっ!!」

 

 

「!?」

 

 それは、マルーシャの悲鳴だった――話し込んでいたために、気付くのが遅れてしまったのだ。

 

「! アルもいない!!」

 

「本当だわ……!」

 

 二人はどこに行ってしまったというのだろうか。ざわざわと辺りが騒がしくなる中、エリックとポプリは悲鳴に集まってきた人ごみをかき分けて広い場所に出ようとする。

 

「駄目! 全然わからないわ……」

 

「完全に見失ったか……!」

 

「マルーシャちゃん! アル君!!」

 

 一体誰が、何の為に二人を。

 エリックは奥歯を噛み締め、無駄だと分かっていながらも周囲を見回した。ポプリも、声を張り上げて二人の名を呼ぶ。

 

 

『二人とも聞こえるか!?』

 

 

――そんな時、エリックとポプリの頭に“直接”アルディスの声が響いた。

 

 

「アル!? お前、どこに居るんだよ!」

 

『落ち着いて聞いてくれ! 俺は無事だ! けれど、マルーシャが得体の知れない三人に捕まってる!』

 

「え……!?」

 

 要は、アルディスはその得体の知れない三人を追っている最中なのだろう。何とか会話ができることを幸いに思いつつ、エリックはポプリの方を見た。

 

「大丈夫、あたしにも聴こえてるわ……これはアル君の能力、意志支配(アーノルド・カミーユ)の“念送り”よ」

 

『そういうこと。今、俺は彼らを追いながら二人に念を送ってる。町の中じゃ戦えないし、ある程度町から離れた時点で俺は奇襲をかけるつもりだ。今から二人には、場所のイメージを送る。だから、なるべく早く合流して欲しい!』

 

「分かったわ! 気を付けてね……アル君」

 

 ぶつり、とアルディスとの会話が切れたのを感じる。同時に頭に流れ込んできたのは、湿原地帯らしき光景だった。

 

「これは……ラファリナ湿原ね。うん、大丈夫。行き方も分かるわ」

 

「助かる。行くぞ、ポプリ!」

 

「ええ!」

 

 相手は三人だけだが、ほぼ完璧にマルーシャを拐った集団である。その実力は高いと考えて良いだろう。

 

「きゅ! きゅー!!」

 

「あらら、ごめんなさい、チャッピー。一緒に行きま……きゃあっ!?」

 

 ポプリがチャッピーを自由にしてやると、彼はさっとポプリをくわえて自らの背に乗せた。

 

「チャッピー、僕もお願い出来るか?」

 

「きゅーっ!」

 

 何しろ、エリックは決して足の速い方ではない。仕方なく頼んでみたのだが、チャッピーはただ鳴いただけだった。

 

「……って、僕は嫌なのか」

 

「きゅ」

 

 それでも、以前掛けてもらった足の早くなる魔術らしきものは掛けてくれたらしい。足が軽くなったのが分かる。

 

「まあ良い! 今度こそ行くぞ!」

 

 エリックはチャッピーに乗ったポプリと共に路地裏へと入り込み、そこから一目散にラファリナ湿原へと駆けていった。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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