テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

20 / 92
Tune.18 鮮血と刃

 

「今、俺達がいるヘリオスの森がここ。セーニョ港はここね……見てもらったら分かると思うけど、結構遠いんだよね」

 

 ディアナとジャンクに先導してもらう形で、アルディスは歩きながら地図を指差す。それはエリック達に見やすいような形で、かつ最小限の幅で広げられていた。

 

「僕らが数日彷徨ったローティア平原を越えていくことになるんだな」

 

「そうだね。ただ、はっきり言ってローティア平原は大した問題じゃない。問題はフォゼット大森林の方なんだ」

 

 

 ラドクリフ王国の東南に位置する王都ルネリアルは、周囲をローティア平原という広大な草原に囲まれているのだが、この草原をさらに囲うように存在するのが、フォゼット大森林という広大な森林地帯だ。フォゼット大森林はアルディスの住まうヘリオスの森など比べ物にならない規模の、危険な場所である。

 しかし第一の目的地であるセーニョ港はスケルツォ大陸の西側に位置している。つまり、エリック達はスケルツォ大陸を東から西へと横断しなければならず、いかなる経路を通ったとしても、どうしても森を越える必要が生じるのだという。

 

「フォゼット大森林は多くの草木が生息している。魔物も出てくるけど、野盗の巣窟にもなっているんだ……俺が仕事貰ってるギルドの掲示板。そこにたまーに張り出されてるんだよ。行方不明になった商人の捜索依頼が……そういう人は大体、フォゼット大森林で遺体となって発見されるんだ。商人は、野盗の主な獲物だから」

 

「……ッ」

 

「分かった? つまり、そういうこと。だから、本当に注意して行かないといけない場所なんだ。魔物も、ローティア平原に生息している奴よりずっと強いしね」

 

 アルディスは軽く息を吐き、地図を折りたたみ直す。表面に書かれていたのは、『アドゥシール』と『トゥリモラ』という地名だった。どちらもスケルツォ大陸の東寄りに位置する街で、セーニョ港との距離が近い。違いを上げるなら、どちらかというとアドゥシールはやや北寄りで近くに鉱山や湿原があるということ、トゥリモラはアドゥシールの南にあり、若干アドゥシールよりセーニョ港までの距離が近いことだろう。

 

「いきなり直通するのは厳しいと思うし、アドゥシールかトゥリモラ、どちらかを経由して行くべきだ……で、俺個人としてはトゥリモラ経由を推奨するよ。アドゥシールは周りに鉱山やら湿原やらがあるせいで、途中がちょっと危ないし。野盗出やすいのはアドゥシール側だし……って」

 

 話を途中で切り、アルディスは地図を鞄の中にしまった。一体どうしたのかとエリックが問いかける前に、彼は前方に、具体的にはジャンクの元へと駆けていった。

 

「ジャンさん!」

 

「きゅー!」

 

 しかし、アルディスよりも早く飛び出していった存在があった――チャッピーだ。

 彼はアルディスを追い抜くと、ジャンクが着ている白衣の襟元を加えて膝を折り、その場に座り込んだ。その動きに合わせて、ジャンクも地面に座り込む。

 

「……イチ……ハ、兄さ……ッ」

 

「きゅっ! きゅー、きゅー!!」

 

(え……?)

 

 チャッピーの行為にジャンクが全く抵抗しなかったのは、彼の体調が原因であった。そもそもアルディスが駆け出したのは、ジャンクが酷くふらついたことに気付いたからである。結果としては同じようにジャンクの体調不良に気付いたらしいチャッピーに先を越されたわけなのだが、アルディスはそれよりも気になる言葉を耳にすることとなった。

 

(チャッピーじゃなくて、“イチハ兄さん”……? 意識混濁か? それにイチハって、名前の響きからして、恐らく……)

 

「きゅーっ!!」

 

「!」

 

 チャッピーの一際大きな鳴き声で、アルディスはハッとしてジャンクの元へと駆けた。座り込んだ青年はチャッピーの大きな身体に背を預ける体勢で、荒い呼吸を繰り返していた。

 

「ジャンさん!」

 

 アルディスが肩を叩けばジャンクはおもむろに顔を上げ、作り笑いを浮かべてみせる。その間に、皆が周囲に駆け寄ってきていた。

 

「……。すみません、流石に、無理をしすぎました……」

 

 顔面蒼白で、冷や汗を流しながらジャンクは笑う。そうなった理由を察したアルディスは奥歯を噛み締め、こちらを見てくるチャッピーと視線を合わせた。

 

「チャッピー、ジャンさんを背に乗せて運んでもらえるかな? そしてジャンさん、トゥリモラ着いたら起こしますから、今すぐに寝てください!!」

 

「え……」

 

「良いから! 黙って! 寝てください!!」

 

 声を荒げるアルディスを横目でちらりと眺めた後、ポプリは「そういうことね……」とこめかみを押さえて溜め息を吐く。彼女もまた、ジャンクが倒れた理由を察したのだ。

 

「また寝てなかったのね、先生……あたしの薬草採集に付き合ってくれたのはありがたいけど……無理はしないで欲しかったかなぁ……」

 

「ね、寝てない……? ジャン、徹夜なの?」

 

「ええ。あたしもあそこまで酷いのは初めて見たから……二週間は寝てないわね、彼」

 

「二週間!?」

 

 二週間に及ぶ徹夜――それは、常人ならありえない期間である。驚いて声を震わせるマルーシャと、言葉すら出てこなかったエリックとディアナの反応は何も間違っていない。

 チャッピーは任せろと言わんばかりに「きゅ」と小さく鳴き声を上げ、ジャンクを自身の背に乗せた。

 

「あ、あの……」

 

「何ですか寝てください」

 

「ね、寝ますから……! その前に、そ、その……情けない話を、させてくれ。要は、ワガママ、なんだが……すみません。トゥリモラには、行かないで欲しい。アドゥシール経由で、行っていただけないでしょうか……?」

 

「え……」

 

「無理なら無理で、構わないよ……」

 

「……」

 

 一体、どうしたというのだろうか。確かにトゥリモラは観光地でも何でもなく、むしろ鼠色の建物ばかりが立ち並ぶ殺風景な街である。街の地下には罪人を閉じ込めるため地下牢があるという噂もあり、そこは客人どころか、どういうわけか下位精霊すら寄り付かない場所だ。アルディス自身も、あまりトゥリモラという街を好ましくは思っていない。

 下位精霊が寄り付かない理由はよく分からないが、ジャンクは精霊を従える力を持った精霊術士(フェアトラーカー)である。精霊達が嫌がる場所は、彼にとっても苦痛な場所となるのかもしれない。

 

 

「……。そうですね、ポプリさんは一応控えていて下さい。魔物は賢いですし、チャッピーは戦いを好まないようですから。そこを襲撃されると厄介です」

 

「アル君?」

 

 ぐったりとしたジャンクを見つめたまま、アルディスはレーツェルに手をかざした。眩い光とともに、小さな宝石は薙刀へと変わる。

 

「エリック、マルーシャ。君達が人間と戦うのは正直、まだ早いと思ってる。それでも、魔物戦だけは協力して欲しい……今回ばかりは、俺とディアナだけってのは厳しい」

 

「言われずとも、僕はそのつもりだ。だから、あまり気にかけるな」

 

「わたしも大丈夫。これでも風属性の魔術、ちょっとは覚えてきたんだよ?」

 

 任せてと笑うエリックとマルーシャの姿を見てから、アルディスはディアナへと視線を移した。ディアナは眉を潜め、軽く首を傾げてアルディスの翡翠の瞳を見据えた。

 

「危険だと、分かっているのだろう? それでも、アドゥシール経由で行くつもりか。あまり感心する選択肢では無いと思うのだが」

 

 アルディスが突然皆に指示を出し始めたのは、アドゥシール経由でセーニョ港を目指すための準備だった。それを見抜いたらしいディアナは否定的な言葉を投げかけ、アルディスの様子を伺っている。対するアルディスはゆるゆると首を横に振った後、軽く俯いて口を開いた。

 

「君達には悪いと思ってるよ……間違いなく、負担は増えると思うから。だけど……俺は、ジャンさんに命を救われている。借りがあるんだ」

 

 そう言い切り、アルディスは再び顔を上げてディアナを見る。そんな彼の顔を見て、ディアナは少しだけ顔を綻ばせて笑ってみせた。

 

「まあ、分かっていたよ。あなたは優しい人だから。それに、オレでも同じ選択をしたと思う。オレも彼には借りがある」

 

 あのような状況だったにも関わらず、ジャンクはトゥリモラ行きを拒んだ。それだけ、トゥリモラという街に対して何らかの事情があるらしい。当の本人は既に意識を飛ばしてしまっているようで、その事情は聞けずじまいなのだが。

 ディアナはエリックとマルーシャの方へと顔を向け、「良いか?」と問いかける。否の意見が返ってくることは、ない。

 

「オレの見解だが、エリックはそれなりに戦えるようだし、マルーシャもまあ大丈夫だろう。だから、先を急ごう。借りを返さねば……さっさとこの馬鹿男を宿屋に放り込むぞ」

 

「若干目的変わってるけど同意。借り返さなきゃだし、一気に突っ切る」

 

 繰り返し「借りを返す」と言いながら先頭へと飛び出していく二人の表情からは、かなりの焦りが伺える。素直じゃないなぁ、とエリックとマルーシャは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 ヘリオスの森を出発し、日も傾き始めた頃。エリック達はローティア平原を越え、現在はフォゼット大森林を越える為に戦いを繰り広げていた。道中で魔物とはそれなりに遭遇していたものの、比較的順調に進めていると言っても過言ではないだろう。

 

「また来るぞ! あれは、鳥系の魔物……イーグルか!」

 

 木々の隙間を抜け、イーグルが次々と姿を現した。ディアナの声を合図に、マルーシャは意識を高めていく。

 

「えっと……エリック、行くよ!」

 

 細やかな、緑の光が構えた杖の辺りを舞う。前方に居たエリックの名を呼んだ後、マルーシャはそれを高く掲げた。

 

「雷の戯れ! ――ライトニング!」

 

 小さな雷が、上空を飛ぶイーグルの翼を焼く。だが、これだけでは仕留められないということはここまでの戦いで彼女も分かっていた。だからこそ、エリックの名を呼んだのだ。

 

「よし、任せろ!」

 

 バランスを崩して降下してきたイーグルの真下に入り込み、エリックは勢いよく飛び上がった。

 

絶翔斬(ぜっしょうざん)! ――爆砕陣(ばくさいじん)!」

 

 右手に握り締めた剣を振り上げ、イーグルの腹部を切り裂く。返り血が飛び散るよりも前に、エリックはそのまま重力に任せ、イーグルを叩きつけるように剣を振り下ろし、衝撃波を起こした。

 

「続けて仕留める!」

 

 たった今標的となったイーグルは空に還ったが、何しろ相手は大群で押し寄せて来たのだ。イーグルはまだ周囲に残っている。地面に着地した後、エリックはその場で剣を大きく薙いだ。

 

「――真空破斬(しんくうれっぱ)!」

 

 生み出された風の刃が前方のイーグルを深々と切り裂く。事切れたイーグルは魔力に分散され、そのまま空中へと消えた。その様子を、先程目を覚ましたジャンクが興味深そうに眺めている。

 

 

「ちょっと、先生? 起きてないで、寝ててちょうだい。どのみち、後でアル君にお説教される覚悟はしておくことね」

 

「きゅー!!」

 

「はは……すみません」

 

 多分、一番先生を心配してたのはアル君よ、と言って笑うポプリの前を、たった今話題になっていたアルディスが颯爽と駆けていく。

 

「鋭鋒を携えよ! ――シャープネス!」

 

 空中に居るディアナの声と共に、アルディスの周りに赤い光が出現した。光は薙刀の切っ先に吸収され、刃を赤く光らせる。

 

「――大地に眠りし熱きもの。我が声に応え、目覚めよ!」

 

 ディアナが続けて詠唱を開始する。真下に現れた赤い魔法陣の真上で薙刀の柄を握り直し、アルディスは大きく身体を翻した。

 

「――飛燕連斬(ひえんれんざん)!」

 

 背丈と然程変わらない長さの薙刀を豪快に振り回し、周囲のイーグル達を薙ぎ払う。その時、アルディスの下にあった魔法陣の光がより一層強くなった。

 

「イラプション!」

 

 陣を中心に、地面が赤く染まる。そこから吹き出した溶岩流が、イーグル達の翼を焦がした。それらをかわすように、高く飛び上がったアルディスは空中で薙刀を短く持ち直す。

 

「――爪竜連牙斬(そうりゅうれんがざん)ッ!!」

 

 流れるような軌道を描く薙刀の切っ先が、地に落ちていくイーグル達を次々に斬り付けていく。その身を裂かれ、羽根と鮮血を散らしてイーグル達は空気中に分解されていった。

 

 全ての鳥を倒したことを確認した後、アルディスとディアナはそれぞれの武器をレーツェルに変化させる。その様子を見て、マルーシャは軽く息を吐いた。

 

「何というか、やっぱり凄いね、アルディス」

 

「どうも。でも俺はエリック見て落ち込んでるんだけど。力、強いなって」

 

「僕はお前みたいに軽やかに技決めたいよ……」

 

 純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)ではどうしても体質の差が出てしまう。単純な力勝負では、戦い慣れていないはずのエリックの方が強い。

 実際、マルーシャのサポートがあったとはいえ自力で戦闘を行っていたエリックに対し、アルディスは補助魔術であるシャープネスの恩恵を受けた上で技を使っているのだ。

 

「ふふ、何だかんだ言って四人とも頼もしいわね。もうすぐ日が沈むけれど……先に進むかどうかは、あなた達の判断次第ね」

 

「そうですね……野営のことを考えるなら、森の中より外の方が良いとは思うのですが……」

 

 ポプリとアルディスが地図を見ながら話している。あの様子だと、アルディスは普段の仕事でこの道を通る際は森を抜ける選択肢の方を取っているのだろう。要は、エリックとマルーシャを気遣って判断に迷っているのだ。

 

「じゃあ、もう少し進まないか? 僕はまだ行け……ゴホッ」

 

 それならば、とエリックは口を挟んだのだが、それが災いする結果となった。風邪とは明らかに違う、独特の咳が辺りに響く。

 

「エリック、治すからじっとしてて!」

 

「うわ、そうだった。戦闘中に出なくて良かったね……」

 

「ゲホゲホッゴホッ、ゲホッゴホッ……わ、悪、い……ゴホッゴホッ!」

 

 

ーー発作そのものは酷くなる前にマルーシャが止めてくれたのが、逆に気遣わせるような結果となってしまった。

 

 

「えーと、その……説得力無い状態だが、僕は大丈夫だ」

 

「うん、そうだね……」

 

 若干ではあるが、アルディスに呆れられてしまっているのが分かる。とはいえ、ここまでキッパリと言い切られてしまうのも悲しい話だ。

 

「そう言えばそうだったわね。第二王子は身体が弱いって話、聞いたことあるわ。大丈夫なの?」

 

「ああもう……嫌な情報ばっかり流れてるな……大丈夫と言えば、大丈夫だ」

 

 どうやら、自分の病弱体質は庶民階級にまで有名な話らしい。盛大にため息を付きつつ、エリックは頭を掻いた。

 

「だから、先に進もう。どこから何が出てくるやら分からないような場所で野宿なんて嫌だ」

 

「危険なのは確かだけど……じゃあその言葉を信じて、もう少しだけ進もうか」

 

 そう言って、アルディスは再び薙刀を取り出す――その時だった。

 

 

「うわぁっ!?」

 

「! ディアナ!?」

 

 ディアナの、短い悲鳴が響いた。慌てて振り返って見てみると、彼の背中の翼が無残に切り落とされ、周囲に羽が舞っている。

 

「う……っ」

 

「へへっ、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)じゃねぇか……しかも両目揃ってやがる」

 

 ガサガサと辺り一面に生い茂った長い草を掻き分けながら、数十人の男達が姿を現した。そのうち、先頭に居た男の手に、巨大なブーメランが戻ってくる。

 

「野盗か!? エリック、マルーシャ! 下がれ!!」

 

 アルディスは拳銃を取り出し、威嚇射撃を行う。盗賊達が怯んだ隙に、彼は地面に踞るディアナの元へと駆けた。

 そんな彼の姿を見たジャンクは慌ててチャッピーから飛び降り、覚束無い足取りでトンファーを構える。

 

「先生! 駄目、危険だわ!!」

 

「いえ……ポプリ、僕達も加勢するぞ。“アル一人で”あの人数は無謀過ぎます!!」

 

「え……?」

 

 それはどういうことなの、とポプリが言いかけたその時。盗賊達の悲鳴が上がった。アルディスがディアナと盗賊達の間に入り込み、そのまま数人を斬ったのだ。

 

「ディアナ! 今のうちだ! 後ろに下がれ!!」

 

「……ッ」

 

 

――しかし、ディアナは動かない。

 

 

「どうし……!?」

 

 声を荒らげ続けるアルディスの目に映ったのは、酷く震える両手を支えに身体を起こしたディアナの、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情だった――こんな状況にも関わらず、微動だにしないディアナの下半身。それを見たアルディスの頭に、ある疑惑が浮んだ。

 

「ディアナ!? お前、まさか……!?」

 

「アルディス!!」

 

 ディアナが、弱々しく声を震わせて叫ぶ。酷く困惑するアルディスの頭上目掛けて、棍棒が振り下ろされようとしていたのだ。すぐに反応することができなかったアルディスを庇うために、トンファーを盾にするような体勢でジャンクが間に滑り込んだ。

 

「! じゃ、ジャンさん……ッ」

 

「アル、話は後です! 今は、この状況を突破するぞ!!」

 

 トンファーで棍棒を受け止めるジャンクの顔色は、薄暗い中でも良く分かるほどに、真っ青だった。ただでさえ体調を崩していた彼が慌てて飛び出してきたのだ。アルディスの頭に浮かんだ疑惑は恐らく、間違いでは……ない。

 

(ディアナ……ッ)

 

 アルディスはゆるゆると首を横に振るい、奥歯を噛み締める。そしてディアナに近寄る野盗に向かって再び威嚇射撃を行った。

 

 

「何だァお前ら! 邪魔をするな!!」

 

「不協の幹線、徒党を組みて和を乱す! ――イービルノイズ!」

 

「ぎゃっ!!」

 

 悪しき音の波が、戦場を駆け巡る。そこに野盗達の注意が向いた隙に、アルディスはディアナを抱きかかえる――その際、アルディスはディアナの身体に違和感を覚えた。

 

(!? ……いや、今はそれどころじゃない!!)

 

 考え込んでしまいそうになったが、そうすべき時では無いことは分かっている。彼は一旦思考回路をリセットし、ディアナを抱えたまま野盗達から距離を置こうと立ち上がった。

 

 

「がっ!」

 

「ジャンさん!?」

 

 しかしそう上手く、事は進まなかった。ジャンクの呻き声に驚いたアルディスが振り返ると目の前には棍棒を振り上げる野盗の姿があった。視界の端に、頭から血を流して倒れているジャンクの姿が映る。

 

 

「良いじゃんかよぉ、片目えぐるだけで勘弁してやんよぉ……っ」

 

「ッ、くそ……っ」

 

 ディアナを抱えているせいで、アルディスの両手は塞がっている。ジャンクは動けない。ポプリの詠唱も、間に合いそうにない!

 

(駄目だ……!!)

 

 咄嗟にアルディスはディアナを抱え込み、その場にしゃがみこんだ。後ろで、野盗が棍棒を振り上げているのが分かる。アルディスは来るであろう衝撃に備え、目を固く閉ざした。

 

 

「ぎゃああああああぁああっ!!!!」

 

 

(え……)

 

――何かが、おかしい。

 

「ネガティブゲイト!」

 

 ポプリの魔術発動が悲鳴の理由ではない。その証拠に、遅れて聴こえてきた術名と野盗達の悲鳴。そして、“誰か”に謝るポプリの声が、辺りに響いた。嫌な予感が、する。

 

(まさか、まさかまさかまさか……っ)

 

 その予感の正体を、このおかしな状況が起こった原因を確かめるべく、アルディスはそのままの体勢で後ろを振り返る。

 

 そして、彼は絶句した――草の上に転がる棍棒。辺り一面に飛び散った、おびただしい量の鮮血。

 その鮮血の持ち主である男は、マルーシャが手にした短剣で胸を貫かれ、首から大量に血を吹き出して事切れていた。

 

 

「……大丈夫か? 二人とも……」

 

 話しかけてきたのは、エリックだった。右手に握られた宝剣には、今しがた付いたばかりであろう血が、べったりと付着していた。

 

「エ、リック……」

 

 

――声が、震える。

 

 

「……」

 

 短剣で男を刺したらしいマルーシャは、酷く手を震わせ、その瞳を涙で濡らし……それでも、無理矢理に笑顔を作ってこちらを見ていた。

 

「良かった。大丈夫、みたい、だね……?」

 

「ッ! マルーシャ……!!」

 

 

――取り返しの、付かないことをしてしまった。

 

 

「二人とも、ごめん……、ごめん……っ!!」

 

 涙混じりになった、アルディスの悲痛な叫びが森の中で響く。覚悟をしていたかどうか。そんなことはどうでも良い。本当なら、こんなことをさせたくなかった。

 それは、甘い考えなのかもしれない。どちらにせよ、この二人にはまだ早かっただろう。二人は城や屋敷の中で暮らし、外の世界も満足に知らなかったのだから。

 

「大丈夫だって。泣くなよ……」

 

「うん、平気だよ! 二人が無事で、本当に良かった」

 

 決して浴びたくなどなかったであろう返り血を浴びた友人達は、それでも自分を心配させないように、必死に笑みを浮かべ続けてくれていた。

 しかしその優しさは、今のアルディスにとってはあまりにも残酷なものであった……。

 

 

 

―――― To be continued.

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。