テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.17 疑惑

 

 

「……まさか、女王陛下公認で君達が城を出てくるとはね」

 

「僕も正直混乱してる……まあ、でもさ。とりあえず、お前が無事だったから安心した」

 

「うん、そうだね……そのー、色々とよく分かんないことになってるみたいだけど……怖いから聞かないでおくね?」

 

「そ、そうして……?」

 

 数日来なかっただけだというのに、何故だかここに来るのは久々であるかのように感じる。アルディスの家独特の落ち着いた暖かな雰囲気は、人が多いためかいつも以上に暖かみを帯びて感じられた。

 出迎えてくれたアルディスに「外出許可が出た」という話をすれば、彼は何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。だが、彼が複雑な表情を浮かべている理由は、何もこれだけでは無いだろう。

 

 

「あ、“アル君”……コーヒー、入ったわよ」

 

「! は、はい! ありがとうございます……“ポプリさん”」

 

 ジャンクから微妙に話を聞いていたとはいえ、やはり衝撃的だった――マルーシャの言う“よく分かんないこと”というのは今、エリック達の目の前で繰り広げられているやり取りのことである。様子を見る限り、アルディスとポプリはどこかぎこちないとはいえ、普通に会話ができているのである。

 

「えっと、ディアナ君。コーヒー飲む?」

 

「……」

 

 しかし、そのアルディスの後ろで椅子に腰掛けているディアナが、ポプリの行動ひとつひとつを無言で、殺気に近い感情の込められた瞳で追っているのである――少なくとも、エリック達と別れるまでの二人は親しげに会話をする仲だったというのに。一体、何があったのだろうか。

 彼らの事情を知っていると思われるジャンクは体調が悪いのか、テーブルに肘を付いてぼんやりとしていた。目を閉じているせいで、寝ているように見えなくもない。その様子からして話しかけにくいのもあるが、どちらにせよ、彼は聞いてもはぐらかしてきそうだ。無駄だろうとエリックは考える。

 

(気には、なるんだが……な)

 

 この状況であれこれ追求しても仕方が無いだろう。エリックはひとまず自分達の話をしようと、皆の意識をこちらに集中させることにした。

 

「とりあえず……さ。聞いて欲しい話がある」

 

 

 

 

「!? 女王様も、思い切ったことをしたわね……!」

 

 エリックとマルーシャが語ったのは、黒衣の龍全所属兵指名手配の話。それを聞いて、真っ先に反応したのはポプリだった。紅茶の入ったカップを手に、彼女は目を丸くしている。

 

「……」

 

 ただ、他の三人も反応がないわけではない。アルディスやディアナ、ジャンクはその話を聞いて、ただ黙っていた。

 

「母上が兄上の活動をよく思っていなかったのは事実だし、黒衣の龍も……言ってみれば、色々と怪しげな奴らが多くて」

 

「ここだけの話。黒衣の龍は訳あって正規の騎士団に入れなかった兵士とか、投獄されてた人間だとか、そんな感じの人の集まりなんだよね。実力主義、みたいな」

 

「一般兵だけならともかく、確か副団長のダークネスも牢屋出身だったよな……それだけで充分、黒衣の龍の異様さは分かるよな?」

 

 それは、一般人である者が本来知るはずもない、国家機密に等しい事実である。だが彼ら全員が指名手配された以上、これが公になるのは時間の問題だろう。ゾディートや黒衣の龍の存在を良く思っていなかったのは、ゼノビアだけではない。

 

(八年前のペルストラ事件……この件だけ考えても、相当な問題だからな……)

 

 エリックもマルーシャも黒衣の龍について詳しくはないのだが、流石にペルストラでの一件については知っていた。とにかく目的のためなら手段は問わない、そんな騎士団であることは理解している。しかし彼らの実力は確かであり、まともにやりあえば正規騎士団の方が負けてしまうのは目に見えている。

 前王ヴィンセントが生きていれば話は違ったのかもしれないが、これまで黒衣の龍が起こす行動は目を瞑られてきたところがある。つまり、今回の指名手配の件は本当に異常事態なのだと言えるだろう。

 

「でも黒衣の龍って、前王の時代は無かったわよね……?」

 

「いや、それに近い物はあった。まあ……奴隷軍みたいな、そんな感じだったんだけどさ」

 

「黒衣の龍って形になったのは、お義兄様が主導権を握ってからなんだよね」

 

「……そういえば前王の死について、少々謎めいた噂もあるよな」

 

 黒衣の龍の誕生には前王の死が大きく関係している。それも、彼の死には不可解な出来事があったのだ――この話を知っていたらしいジャンクの発言に対し、エリックは少しだけ顔色を曇らせる。彼は赤い瞳を細め、重い口を開いた。

 

「母上達や国民は半信半疑なところがあるが……僕は信じていない。兄上は確かに厳しい人だ……けれど、平然と家族を殺せるような……それも、兄上を可愛がっていた父上を手にかけられるような、そんな人じゃない……」

 

 

――前王ヴィンセント=サミエル=ラドクリフ。彼は十年前のシックザール大戦中に剣で胸を貫かれ、殺害されていた。ラドクリフ王国領であるセーニョ港。そこに到着する直前の話。そこは自国領に当たる海域であった。

 

 

「確かに、僕はあれだったけどさ……僕はともかく、父上を殺す理由なんて、兄上には無かったはずなんだ……」

 

 遺体の第一発見者がゾディートであったことが、全ての始まりだった。彼はヴィンセントにもゼノビアにも似ていない異様な容姿の持ち主であり、王位継承権も認められていない。加えて剣の達人として知られていた――当然の様に彼は、ゼノビアを含む多くの人々に疑われることとなった。

 ゾディート本人でさえすぐに何も言わなくなってしまったため、未だに「違う」と言い続けているのは弟であるエリックくらいなのだ。ただ彼は数日前、その兄に剣を向けられている。しかし、そのことを知っているのはマルーシャとアルディスのみである。

 

「そう、か……王族であるあなた達がローティア平原にいたのは、カイン王子が……」

 

「……」

 

「す、すまない……その……」

 

 自身の発言が失言であったことに気付き、ディアナは酷く狼狽える。そんな彼を気遣うように、アルディスは「そういえば」と口を挟んだ。

 

「ふと、思い出したんだ。カイン殿下って、どう見てもエリックの兄って感じじゃないよね? あの人はあの人ですごく綺麗だけど……エリックとは系統が違う。全然似てないなって、思う」

 

「よく言われるよ……顔もそうだが、そもそも兄上は黒髪に銀色の目だからな」

 

「ちょっと待て。黒髪なのか? それだと、純血かどうかって所から怪しいですよ、エリック……しかも黒髪って……」

 

 通常、純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)は金髪や茶髪といった暖かな髪色を持つと言われる。事実、エリックやマルーシャは金髪であるし、混血とはいえ龍王族(ヴィーゲニア)であるポプリも桜色の髪の持ち主だ。ジャンクの問いに、エリックはどうしたものかと苦笑いしつつ、口を開いた。

 

「あ、あはは……それが、そのー。よく、分かってないんだ……」

 

「え……?」

 

「多分、あまり公にしてはいけないような話が関わるんだ。推測、だが」

 

 弟であるエリックにさえも事実が告げられていない辺り、大方そのような事情だろう。

そうだね、とマルーシャが若干言い辛そうに口を開く。

 

「一番有力な説はお義父様と、お義母様以外の女の人との間に生まれたんじゃないかって説。その人が黒髪なら話は通るでしょ? 嫌な話だけどね……」

 

「! す、すみません……他言は、しない」

 

「そうしてくれ、頼むよ」

 

 要は、腹違いの兄弟だという事だ。残念ながら、突然変異などの極めて稀な可能性を考えるよりは、現実的な説である。しかも、ゾディートには王位継承権が無いのだ。

 

純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)みたいに分かりやすいところに特徴出ないからな。仮に混血だったとしても、なかなか判別出来ないんだ」

 

 純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)は揃って牙を持つのだが、それは彼らが大きく口を開けなければ分からないものだ。確かに軽く見ただけでは分からなかったな、と今まで黙っていたアルディスが口を開く。

 

 

「個人的には、黒衣の龍指名手配の理由の方が気になるかな……」

 

「本題はそれだ。厳密には理由なんてない」

 

「……どういうこと?」

 

「母上曰く、黒衣の龍全体の行動が妙だからってのが理由らしい。行動制限を狙ってるみたいだ。実際に今、黒衣の龍所属兵全員が王都を離れている、とかいう話だ」

 

 エリックの話を聞いたアルディスは一瞬だけ目を見開いた後、ポプリから受け取ったコーヒーカップに口を付けた。

 

「……目的は、不明なのかい?」

 

「ああ。ただ、推測だけど兄上はノア皇子を探し回ってるらしいんだ」

 

「……」

 

 コトン、とテーブルの上にコーヒーカップと両手を置き、アルディスは机に手を付いた体勢のまま俯き、考え込んでしまった。軽く伏せた瞳を覆う睫毛が、微かに震えている。

 

「アル?」

 

「! あ、ごめん……ねえ、エリック。カイン殿下なら、セーニョ港の閉鎖状態も関係なしだよね?」

 

 現在、この国唯一の港であるセーニョ港は十年に渡る閉鎖状態にある。その目的は、ラドクリフ王国内の純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)を逃がさないこと。また、前王の時代は軍事資金として巻き上げられた高い税率と、国内整備不良による悪い治安状態が続いていたこともあり、フェルリオ帝国への移住を望む者が多かったためだ。

 現在では流石に税率は下げられたとはいえ、国内の混乱は収まることを知らず、下手に港の閉鎖を解くことは国民の国外流出に繋がりかねない。それでなくとも、両国間の関係はお世辞にも良いとは言えないのだ。仕方がないとはいえ、女王ゼノビアの代となった現在でも港は閉ざされたままであった。

 

「そうだな……兄上なら、問題なくセーニョ港を突破できると思う」

 

「……」

 

「ねえ、アルディス」

 

 俯いたままではあったが、明らかにアルディスの表情が曇ったのを、マルーシャは見逃さなかった。

 

「ん……?」

 

「何か、良くないこと考えたでしょ。例えば、黒衣の龍が……フェルリオを襲うんじゃないか、とか」

 

(マルーシャ!?)

 

 彼女の発言は、明らかにアルディスを試すものである。一体何を考えているのかと問い詰めたくはなったが、エリック自身もアルディスの返答が気になったために何も言わず様子を伺うことにした。アルディスは驚きを隠せない顔をしていたが、それでも落ち着いた様子でマルーシャの黄緑色の瞳を真っ直ぐに見据えていた。

 

「……どうしたの? ゼノビア陛下の入れ知恵?」

 

「まあ、そうといえばそうだけど……うん。隠してもアレだから言うね? そうなるんじゃないかって、お義母様は言ってるの」

 

 どうしてだと思う? とマルーシャがアルディスに問えば、アルディスはそこで漸く顔を上げた。

 

「えっと……今度こそ、フェルリオを滅ぼすため、なんじゃないかな?」

 

「お義母様含め、わたし達はそうじゃないって思ってる。ノア皇子への、罠なんじゃないかって」

 

「!?」

 

 エリックもそうだが、マルーシャは目の前のアルディスの正体を知らない。だが、アルディス本人を含む他の四人は違う。

 

「おい! それは一体どういうことだ!?」

 

 椅子に座ったまま、ディアナが声を荒げる。それに対し、マルーシャは静かに首を横に振った。

 

「分かんないよ。本当にそうかどうかも怪しいし……」

 

「ただ、母上はあまり憶測で話をしない。僕らは詳しい話を聞いてはいないけれど、兄上達が隣国に渡るっていうのは確実なんじゃないかと思ってる……」

 

 マルーシャとエリックの返事は煮え切らない、曖昧なもの。しかし、アルディスはそれでも事の深刻さを重く考えていたようだ。彼は眉間に軽くシワを寄せたまま、腕を組んだ。

 

「もしかして、君達が城を出てきたのは、カイン殿下を追いかけてフェルリオに行くため? まさか、この状況で『遊びにきた』は無いでしょ?」

 

 アルディスの指摘は最もだった。確かに、ここまでの話の流れで『遊びにきた』という理由はないだろう。エリックは余計なことを言ってしまわないようにと少し頭を整理してから、口を開く。

 

「……。そう、だな……セーニョ港から、フェルリオ帝国領の港、ヴィーデへ。そして、帝都スウェーラルへ……それが、僕達の目的だ」

 

「あなた達、フェルリオに渡るように命じられたのか!?」

 

 この話の流れである。ディアナはエリックとマルーシャのフェルリオ行きを良くない意味合いで捉えたのだろう。だが、それは違うとエリックは口を開いた。

 

「僕らは兄上に力を添えに行くわけじゃない。むしろ、僕は兄上の行動を止めたいと思っている。恐らく、母上はそれを望んで僕らを城から出したんだ……母上は言っていたが、本当に兄上達がフェルリオを襲うなら、再建中の帝都スウェーラルを狙うと。だから僕は、スウェーラルを目指す」

 

「……」

 

「そうだよ……わたしもエリックも、もう戦争なんて嫌だもん」

 

 しばらくの間、ディアナはエリックとマルーシャの顔を交互に見ていた。ラドクリフ王家である二人の言葉を、すぐには信用出来なかったのだろう。

 

「……分かった。オレはあなた達を信用する。特にエリック、オレはあなたの話を聞いているからな」

 

 だが、彼の顔はすぐに穏やかな物へと変わった。それを横目で見つつ、ポプリは自身の胸に手を当てて口を開く。

 

「あたし、二人の力になるわ。あたしも一緒にフェルリオ帝国に連れてって。ううん……それは建前ね。正直ね、あたし、フェルリオ帝国が気になるの」

 

「ッ!? ほ、本当か! ポプリ!」

 

 何しろ、二人だけで外に放り出されて困っていたのだ。ポプリの申し出に、エリックは思わずテーブルに手を置いて叫んでいた。そんな二人の様子を見ていたジャンクは額に手を当て、溜め息を吐いている。それはエリックが、というよりはポプリの発言に対してだろう。

 

「ポプリ……まあ良いか、フェルリオ帝国が気になる気持ちは分かる。というわけで、僕も同行希望だ。支援くらいはできるんじゃないかと思う……構わない、か?」

 

「当然だよ! わたし達、着いてきてってお願いしたいくらいだったんだよ? まあ、今のジャン、顔色真っ青だから、ちょっと心配なんだけどね……」

 

「ふふ、大丈夫ですよ……多分」

 

「本当かな……」

 

 若干の不安要素こそあるものの、本当にありがたいとエリックとマルーシャは揃って笑みを浮かべる。ポプリもジャンクも一般人ではあるが、王子であるエリックの権力があれば、二人を国外へと連れ出すことも容易いだろう。

 

 

「……俺も行く」

 

 エリックとマルーシャが喜び、それをポプリとジャンクが微笑ましげに見ている中、アルディスが小さな――それでもハッキリとした声で、言葉を紡いだ。

 

「えっ!? アル君!?」

 

 罠である可能性が高いと知っていながら、アルディスは「行く」と言ったのだ。ポプリを含め、彼の素性を知る三人は驚きを隠せなかった。

 

「アルも来てくれるのか!?」

 

「ああ、うん。フェルリオ気になるし。状況が状況だから、もう行くんだよね? ちょっと待ってね。準備するから」

 

 ベッドの下から大きめの鞄を引っ張り出し、アルディスは旅に必要な物をそれに詰めていく。傭兵業をしているだけあって、旅慣れしているのだろう。その動作に無駄はない。

 

「その、ちゃんと聞いたことは無かったけどさ……やっぱり、アルはフェルリオ出身なのか?」

 

「……。まあ、セーニョ港閉鎖されちゃったからずっと帰ってないけどね。俺の場合、ラドクリフで暮らしてる期間の方が長いよ」

 

 ノア皇子のファーストネームと同じ“アルディス”という名前と、あまりにも特徴的な容姿。これでアルディスがラドクリフ王国出身だと言い張るには少々無理がある。今更隠すつもりもなかったようで、アルディスはエリックの問いを素直に肯定した。

 

(アルディス……)

 

「……」

 

 準備を進めるアルディスの姿を、マルーシャがじっと見つめている。それに気付き、ディアナは咄嗟に手を挙げた。

 

「じゃあ、オレも同行させてもらう。オレは純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だが、ここに来た時と同じように、船に乗らずとも飛べば何とかなる」

 

「おー、助かるよ……って、お前、不法入国だったのかよ」

 

「オレが律儀に船に乗ってラドクリフに来れるわけないだろ。上陸と同時に捕獲されるのがオチだ」

 

「ま……まあ、今度はそうしなくて良いように何か考えような?」

 

 そこまでして、彼はどうしてこの国にやって来たのだろうか。気にはなったがそこまでさせてしまった申し訳なさの方が勝ち、エリックはそれ以上何も言えなかった。

 

 

「お待たせ。準備できたよ」

 

「おー、流石。じゃあ、もう出発するか?」

 

「それが良いと思う。ここからセーニョ港って結構距離あるし……うん、どの道通っても野営挟まなきゃ駄目だな……」

 

 どうやらアルディスの中にはいくつかのルート案があるらしい。傭兵業を八年間やってきただけのことはあるようだ。

 

「とにかく、行きながら詳しいことを話そうと思う。それで良い?」

 

「おう。助かるよ……じゃあ、行こうか?」

 

 どちらにせよ、行くなら早い方が良い。エリックの言葉を合図に、次々と家を出て行く。そしてエリックが家を出た後には、最後に戸締りを確認しているアルディスと、何故か家から出ていこうとしないマルーシャがその場に残った。

 

 

「アルディス、ちょっと良い?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 カーテンを閉め終えたアルディスを手招きし、マルーシャはどこか、怯えるような表情で、彼の顔を真っ直ぐに見つめている。

 

「その……アルディス」

 

「うん?」

 

 膝上丈のスカートの裾をギュッと掴み、マルーシャは意を決したように口を開いた。

 

「アルディス! 右の手袋、ちょっと外してみせて!」

 

「えっ!?」

 

 これには、流石のアルディスも動揺を隠しきれていなかった。

 

「……。ちょっと待ってね……」

 

 間違いない。マルーシャは自分を疑っている。気付かれぬように奥歯を噛み締め、アルディスは右の手袋を外した――ただ、右手には何もない。見られて困るのは、左だ。

 

「これで、良いのかい……?」

 

「! あ、えっと、うん! ありがとっ! ちょっと、その、どんな手してるのか、気になっちゃって?」

 

「……」

 

 気まずそうに「あはは」と笑うマルーシャに対し、アルディスは密かに、どうしようもない罪悪感を覚えていた。

 マルーシャは幼馴染みであると同時、妹のような存在だ。本当なら、嘘など吐きたくはないというのに……。

 

「……とにかく、行こっか?」

 

「うん、ごめんね?」

 

 彼女は日頃、エリックと共にいることが多いために勘違いしたのだろう。紋章は“利き手”に掘られるため、必ずしも右手にあるわけではないという事実を。

 

(謝るのは、こっちの方だよ……)

 

 アルディスは手袋をどこかぎこちない動作で付け直し、マルーシャと共に家を後にした。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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