テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.12 また会おう

 

 朝――寝起きが良いエリックはもそもそとテントの中から顔を出し、真っ先に外に出ていたらしいポプリとジャンクのふたりと顔を合わせた。

 

「おはよう。早いな、二人とも」

 

「エリック君こそ……おはよう、良い朝ね。この空模様なら天気が崩れることもないだろうし、問題なくルネリアルまで行けそうだわ」

 

「……。問題なく?」

 

 ポプリの言い方が、妙に引っかかる。思わず即座に言葉を反復して問い掛けたエリックに対し、彼女は少し困ったように笑みを浮かべてみせた。

 

「ああ……先生、雨が大嫌いなんですって。雨の日は、絶対にテントから出てこないの。濡れたくないんですって」

 

「へ、へえ……でもジャ……お、お前、風呂には入るんだよな? しかも割と長湯するし」

 

 絶対にテントから出てこない、と言うくらいだ。本当に嫌なのだろう。

 しかし、昨日の温泉には普通に入っていたことから、水が溜まった場所を苦手とするアルディスとは状況が違うような気がする。そう感じたエリックが今度はジャンクを見ながら問いかけると、彼は「ははは」と適当に笑い、女性陣の眠るテントへと歩いて行った。

 

「ディアナ、マルーシャ。そろそろ起きなさい。朝食はできたぞ」

 

 彼はテントの出入り口の前に座り込み、中に向かって声をかける。エリックは「はぐらかされたな」と感じつつ、中からの反応を待っている彼に声をかけた。

 

「おい、ジャ……いや、その……そういう起こし方はやめろ。マルーシャを起こすな」

 

「え?」

 

「マルーシャは寝起きが悪いんだ。自然に起きるのを待った方が――」

 

「エリックひっどい!!」

 

 エリックの言葉を遮り、テントの中から飛び出してきたのは問題の人物ことマルーシャだった。どうやら、起きていたらしい。

 動きを読んでいたのか、横に飛んで間一髪マルーシャとの正面衝突を避けたジャンクに感動していたエリックの前に、マルーシャはずかずかと歩み寄ってきた。

 

「ひどいよ! 人を問題児みたいに……!」

 

「わ、悪い! 本当、悪かったよ、ごめんな?」

 

「エリックのばか」

 

「悪かったって……!」

 

 羞恥心からか顔を真っ赤にしているうえに、半泣きである。これは流石に悪いことをしたなとエリックはマルーシャに平謝りし、話題を変えるためにジャンクの方へと視線を移す。

 

「いやー、ジャ……い、医者! 今の動き凄いな!」

 

「!?」

 

「ぶっ!」

 

 そこで発されたエリックの言葉を聞いたマルーシャは盛大に吹き出し、腹を抱えて震えだした。エリック本人には間違いなくそんな気は無かっただろうが、結果としてマルーシャの機嫌急降下は静止してくれたようである。

 

「ッ、ちょっとエリック……っ! 抵抗するなら、もうちょっと頑張ろうよ……っ!」

 

「ふふふ、エリック君ったら……」

 

「~~ッ、う、うるさいぞ……!」

 

 今度は、エリックが『顔を真っ赤にする』番だった。そして、何故彼が変な発言をしてしまったかは誰が聞いても分かる。

 彼が恥をかく原因でもあるジャンクは「あー」と決まりが悪そうに声を漏らし、ぽりぽりと頬を掻きながら口を開いた。

 

「触れずにいようと思っていたのに……いくらなんでも、今のはちょっと酷いぞ。そんなに僕の名前は呼びにくいですかね?」

 

「はは……ま、まあ……」

 

「マルーシャも、だったりしますか?」

 

「うん……でも、それ多分本名じゃないでしょ!? なんで“ジャンク”なんて名乗っちゃうかな!」

 

 ジャンクという言葉は、不良品やゴミ、必要とされない物……など決して良い意味を持たないもので、間違っても人の名前にはされない言葉である。それを、ジャンクはわざわざ名乗ってみせたのだ。ここまで来ると、ファミリーネームの『エルヴァータ』の方も大概に怪しくなってくる。

 仮にこれが本名であればとんでもないことであるが、流石にそれは無かったようだ。ジャンクは「そうですね」と笑ってみせる。

 

「確かに本名では無いですよ。ただ今となっては、この名も大切なんですよ。ちゃんと、“僕”という固有の存在を認め、示してくれている名だから」

 

「えっ? そ、それって……」

 

「気にしないでください」

 

 紡がれたのは、かなり不穏な雰囲気を持つ言葉。目を丸くしたマルーシャにやんわりと笑いかけ、ジャンクは左手を口元に持っていった。

 

「その、悪い」

 

「いやいやいや! わ、わたしが変な話題降っちゃったから……」

 

 何となく、空気が重くなる。すっかり目が覚めたらしいマルーシャは頭を振るい、ジャンクを真っ直ぐに見据える。

 左手を口に持っていく、何かに悩んでいるようなポーズは彼の癖らしかったが、今回は本当に悩んでしまっているらしい。この状況を何とかすべく、マルーシャも少しだけ悩み――そして、結論を出した。

 

 

「そうだ! “ジャン”って呼んでも良い?」

 

 

 その結論とは、ジャンクを愛称呼びするというもの。このような意見が出るとは思っていなかったのか、ジャンクは返事をする代わりに「え?」と間抜けな声を出していた。

 

「要するに、『ちゃんと自身を示す名前』なら良いんだよね? 綴りとかは変わっちゃうけど、その辺りは気にせずに、ね?」

 

「そうだな、ジャンだったらかなり呼びやすい。折角だから、僕も便乗させてもらいたいんだが……構わないか?」

 

 困惑し、何も言えなくなってしまったジャンクに、ポプリも声をかける。テントの中から、ディアナも顔を出した。

 

「意味は『恩寵の天雫』だったかしら。あなたが嫌いな雨って意味になっちゃうけど……綺麗だし、良いんじゃないかしら?」

 

「何の会議かと思えば、オレも正直気になってた話題じゃないか。うん、エルヴァータ医師って毎回呼ぶのも、正直億劫でな。オレも良いか?」

 

 あくまでも“ジャンク”とは呼びたくない。ポプリとディアナに至っては、許可を取るまでもなく名前以外の言葉で彼を呼んでいた。この展開にジャンクはかなり戸惑っていたのだが、落ち着いたのだろう。彼は静かに口元に当てていた左手を下ろし、重い口を開いた。

 

「綺麗だからこそ、僕には勿体無いような気がし気がしますが……君達がそれで良いのなら、構いませんよ。ただ、追求はしないんだな……この名を名乗る、理由を」

 

 そんな彼に、エリックは見えていないと分かっていながらも口元を綻ばせてみせた。

 

「誰にだって、触れて欲しくないことくらいある。誤って触れてしまうことはあるかもしれないが、その話題に踏み込むほど、僕は腐ってはいないつもりだ」

 

 どちらかというと、名前の理由よりも頑なに目を閉ざしている訳を知りたいとエリックは思った。彼が目を開けていれば、もう少し感情が読み取りやすかったのに、と。マルーシャやディアナのような露骨な分かりやすさを望むわけではないが、対応に困るのは事実だった。

 

「……」

 

 ジャンクは静かに、眼鏡のブリッジを押し上げる。しかし、別に眼鏡が下がっていたわけではなかったため、完全に無意味な行為である。こほん、と咳払いした後、彼は本当に小さな声で呟いた。

 

「何と言えば良いのか……その、ありがとう」

 

 対応に困る、と考えはしたが、ジャンクはうっかり口を滑らせることも多いし、表情というよりは仕草に感情が現れやすいようだ。眼鏡のブリッジを上げたのは照れ隠しだったのだと気付くのは、そう難しいことでは無かった。

 

(……なんだ、案外大丈夫かもな)

 

 ジャンクの分かりやすさが巧妙に仕組まれた演技では無いことを祈りつつ、エリックは彼が腰に巻いた黒い、黒衣の龍を思わせる刺繍入りの布を見つめていた。

 

 

 

 

 支度をして、アルディスとディアナに別れを告げて野営場所を発ってから、十時間は経過しただろう。途中、異常繁殖した魔物の群れや魔物に寄って荒らされ、通れなくなった道のせいでかなりの遠回りを強いられることにはなったが、それでも距離がそこまで離れていない事が幸いしたらしい。何とか日が落ちるまでに、エリック達はルネリアルの街に足を踏み入れることができていた。

 

 

「おい、顔色悪いぞ。大丈夫か、ポプリ?」

 

「心配はいらないわ。ちょっと魔力切れ起こしてるのよ、魔術師ってそういうものよ」

 

「ジャンは貧血? 大丈夫……?」

 

「はは……生憎、僕はそこまで頑丈にできてないんだ。肉弾戦ができるのは、全て精霊達のおかげだよ」

 

 気がかりなのは、ここまでの道のりで遭遇した魔物との戦闘を全てポプリとジャンクに押し付けてしまったことだ。二人だけで自分達を守りながらの戦闘はかなり厳しいものがあったらしく、そこら辺の木の棒を投げ付けようかと思ったほどに危うい場面も多々あった。

 魔力切れを起こしかけているポプリと、負った傷のせいで少しふらついているジャンクを気遣い、エリックとマルーシャは見慣れた街並みを歩きながら声を掛ける。

 

「……お前、細いしな」

 

「エリックと比べないでください……お前が寝てる間に裸眼で姿を見たが、純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)だったんだな。しかも、あれだ。女には一生困らなさそうな風貌ですね」

 

「!? お、お前! マルーシャがいるのに何て話を……!」

 

 顔を真っ赤にするエリックに対し、ジャンクは「ははは」と笑って誤魔化してみせる。事実、王子であることもあってエリックに言い寄ってくる女性の数は凄まじいものだ。

 

「むう……エリックはそんなことしないもん。ジャンとは違うもん、多分」

 

「いや、そこは信じてくれよ、マルーシャ……」

 

「僕をケダモノみたいに言うのもやめてくれませんかね?」

 

 マルーシャは頬を膨らましてジャンクの横へと歩み寄っていく。殴るか蹴るかするんじゃないかと不安になったが、彼女は治癒術を発動させただけであった。何だかんだ言いつつ、ふらふらしている彼が心配だったのだろう。

 昨夜、彼から話を聞いていたエリックからしてみれば、マルーシャの治癒術使用は不安要素でしかなかったのだが、ジャンクは何も言わない。使い過ぎにだけ注意していれば良い、ということなのだろう。

 その様子を見ていたポプリは「嫌な会話ねぇ」と苦笑して前方に見えてきたラドクリフ城を見上げ、口を開いた。

 

「正直、あたしは先生を前衛に出すの、ちょっと抵抗あるわ。体質が違うにしたって、実際はあたしの方が頑丈だもの」

 

「僕が前に出たいだけなんだ、その辺は気にしないで下さい。君は後ろにいてくれ」

 

「先生は過保護なのよ……まあ、あたしに前衛は無理なんだけどね?」

 

 種族的にはポプリが龍王族(ヴィーゲニア)で、ジャンクが鳳凰族(キルヒェニア)である。二人とも容姿に特徴が顕著に現れているが、能力自体もそれは同じだったらしい。体質から考えれば本来、ポプリは前衛向きで、ジャンクは後衛向きなのだ。

 ただ、どちらも万能にこなすジャンクに対し、ポプリはどう考えても後衛の立ち位置にしかいられないのだろう――走ることのできない、まともに動かせないらしい彼女の左足をチラリと見て、エリックは目を細める。そんなエリックの視線に気付いたのだろう。ポプリはクスクスと笑って口を開いた。

 

「昔ね、事故があって。左足、上手く動かせなくなっちゃったの」

 

「!? 悪い……」

 

「あたしが勝手に話してるの。謝らなくて良いわ……それにね」

 

 何かを言いかけたようだが、言うべきではないと判断したのだろう。ポプリはゆるゆると首を横に振るい、「何でもない」と微笑んでみせた。誤魔化し行為だ。何かを隠しているのは、明白だった。

 

「そんなことより、そろそろ目的地ね。ルネリアルの中心商店街……エリック君達はこの辺りに住んでいるの?」

 

「……」

 

 ポプリは右の人差し指を前に突き出し、エリックの視線を商店街に向けようとする。商店街を指定したのだ。彼女は、恐らくジャンクもエリック達が商人の子どもか何かだと思っていることだろう――それが、無性に申し訳なく、感じられた。このまま、分かれてしまうのは嫌だと思った。

 

「エリック君?」

 

「そのことなんだが……ポプリ、ジャン。ちょっと、こっちに来てくれ。マルーシャも」

 

 

 エリックは存在を把握していた狭く薄暗い路地裏へと二人を引き込み、少しだけ悩みつつも右手の白手袋に手を掛けた。

 

「どうしたの? こんな場所で……」

 

「その……黙って、いたんだが。この際だから、教えておこうと思って」

 

 手袋を外し、手の甲をポプリとジャンクに向ける。そこに刻まれた紋章を見て、ポプリは目を大きく見開いた。

 

「え、エリック!」

 

「!? 嘘っ! 確かに、同じ名前だとは思ってたけど……で、でもまさか……!」

 

「ポプリ……?」

 

 声を裏返らせるポプリの様子を不審に思ったジャンクが、どこか怪訝そうに呟く。そう言えば、とエリックは思った。今の彼には、自分の姿が見えていないのだと。つまり、紋章も見えないのだ。

 

「ああ、ジャンにはこれだけじゃ分からないんだっけ……」

 

「そういうことだ、悪い」

 

 突然の身分暴露に驚いているマルーシャの頭をぽんと叩くと、エリックは自身の胸に手を当て、躊躇うことなくその場に跪いてみせた。

 

「――改めまして。私はエリック=アベル=ラドクリフと申します。あなた方には最初の名のみしか告げませんでしたが……これでも、ラドクリフ第二十八代目国王となる予定の者です」

 

「ッ!?」

 

「アベル、という名の方は聞いたことがあるかと……その、憶測、ですが」

 

 当然知っている! とポプリとジャンクは声を揃えて叫ぶ。ポプリは、完全に引きつった顔でマルーシャを見た。

 

「ということは、マルーシャちゃん……ま、まさか……」

 

「えへへ、黙っててごめんなさい? イリスって名乗ったら分かり易いかなって思うけどわたしはマルーシャ=イリス=ウィルナビス。えっと、アベル殿下の許嫁です」

 

 ポプリもジャンクも空いた口が塞がらない、といった様子である。エリックは立ち上がると、そんな二人を見て軽く咳払いした。

 

「その……確実にそうなると思ったから、名乗らなかったんだよ……」

 

「口調の変化が激しすぎるわ……」

 

「そりゃ、最低限の礼儀だ。普段はこんなだが“アベル王子”の時はちゃんとしてるよ……」

 

「言っとくけど、わたしだって! わたしだってやろうと思えばできるんだからね!!」

 

 エリックもマルーシャも何とか場をなだめようとするが、それでも二人の動転は収まらない。聞いているのかどうかも怪しかった。

 

「わわ、あたし、イリスお嬢様と同じテントで寝てたのね……」

 

「僕なんて、アベル王子と混浴ですよ。上流階級の人間ってもんじゃない相手だぞ……」

 

 そもそもまともな敬語使ってない、とポプリとジャンクは頭を抱える。冷静に考えれば、特にエリックへの対応は本当に失礼極まりない行為であったと。しかも、これが前国王を相手にしてやった行為であれば間違いなく断首物だ。

 

「無理を言うなって言われかねないが……頼むから、そういうのやめてくれ」

 

「うん、今まで通りで良いよ? 気にしなくていいから!」

 

 とは言っても、エリックとマルーシャが王子とその許嫁であると知って豹変しなかったのはアルディスとディアナくらいだろう。

 ただ、アルディスには事情があったし、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であるディアナは本来ラドクリフ王国の人間でない可能性――ラドクリフ王国を恨んでいるであろう、フェルリオ帝国出身である可能性が高い。彼らはあくまでも例外だ。

 それに対し、ポプリとジャンクは恐らくラドクリフ王国民だ。彼女らの反応はある意味、当然のものなのだ。エリックは軽くため息を付いてから、赤い瞳を細めて口を開く。

 

「王子とはいえ、僕は普通の人間だ。少なくとも今は、僕の身体に流れる血も、僕自身の立場も、関係ないと思いたい……気にして、欲しくはないんだ」

 

 それは紛れもなく本心である。ポプリとジャンクには、態度を変えて欲しくはない。しかし、どういう訳だろう。その言葉を聞いて、ポプリが涙ぐんでしまった。

 

「ポプリ?」

 

 微妙ではあるが、身長はエリックの方が高い。少しだけ屈んでポプリと視線を合わせれば、彼女はぷいと目を逸らし、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。

 

「ごめんなさい……ッ」

 

 突然泣き出してしまったポプリに、誰しもが目を丸くする。違うの、とポプリは首を横に振るった。

 

「思い、出しちゃって……“彼”と、同じこと言うから……」

 

「彼……?」

 

「ずっと……ずっとね、探してるの。あたしが、あたしが傷付けたから……」

 

 ポプリが傷付けてしまったという“彼”。それは考えるまでもなく、恐らくはアルディスのことだろう――結局知ることは叶わなかったのだが、一体彼女らの間に何があったというのか。

 思わず考え込んでしまったエリックの前で、ポプリは止まることなく流れる涙を拭おうと、かなり乱暴に目を擦っている。それに気付き、エリックは考えるのをやめてポプリに手を伸ばした。

 

「やめとけ、赤くなるぞ」

 

 ポプリの手を掴み、エリックは持っていたハンカチを半ば強引に彼女に握らせた。驚いたのか、ポプリは涙を流しながらも琥珀色の瞳を丸くしてエリックを見ている。

 とりあえず落ち着こうと考えたんだろう。彼女は軽く深呼吸し、渡されたハンカチで目元を拭いた。

 

「……ありがと、随分と紳士的ね。許嫁ちゃんが妬いちゃうわよ?」

 

「!?」

 

 そう言ってポプリが笑えば、マルーシャは顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。エリックも少しだけ狼狽えてしまったのか、軽く顔を叩いている。しっかりしろ、と。

 

「大丈夫か?」

 

「……うん」

 

 態度を変えて欲しくない、と言ったということは、ポプリの言う“彼”は貴族出身の者だったのだろうか。そうなるとアルディスと結び付けるのは難しくなってくるが、可能性が全くない訳ではない。

 現在、庶民的な生活を送っているとはいえ、アルディスが元々は貴族出身であるという可能性も残っているのだから。

 

(それでなくともアイツ、ノア王子と同じ名前だしな……帰ったら兄上の残した資料に目、通してみるか……)

 

 戦争で没落した貴族、特にフェルリオの貴族であれば、当時父の補佐をしていた兄ゾディートとその執事であるダークネスが敵国の資料として残している可能性が高い。アルディスの特徴的な容姿を思えば、ある程度特定することもできるだろう。

 ただ、罪の意識を感じてしまうのも事実だった。勝手に、友人のことを調べるのは如何なものかと。

 

 

「この話はおしまい。じゃあ、家まで送っていくわ……ええと、お城?」

 

「いや、ここまでで良いよ。面倒なことになっちゃうよ?」

 

 何しろ、今回は脱走してからそれなりに日が開いているのだ。たまたま見つからなかったが、流石にもう捜索隊が出回っている頃であろう。正直、今後は再び脱走出来るかどうかも怪しい。

 

「誘拐犯だとか思われるのも嫌ですしね。甘えようか、ポプリ」

 

「お前がそれを言うのか……」

 

 治療のためだったとはいえども、彼がアルディスを非常に斬新なやり取りを交わしながら誘拐していったあの衝撃を、エリックは忘れてはいなかった。

 

「冗談ですよ、本当に大丈夫か?」

 

「うん、良く脱走してるから、道とか知ってるもん」

 

「それ、すっごく有名よ?」

 

 本当に? とエリックとマルーシャが問えば、ポプリとジャンクはクスクスと笑いながら肯定した――ちょっと、やり過ぎたかもしれない。無理だろうとは思いつつ、今後は控えようとエリックとマルーシャは胸に誓った。

 

 

「と、とりあえず……本当に、感謝してる。ありがとう」

 

「一時は、本当にどうなるかと思ってたから……」

 

 唯一の頼みの綱であったアルディスが動けなくなってしまっただけに、二人の存在は本当に心強いものであった。新しく出来た、年上の友人二人を前に、エリックとマルーシャはお礼の言葉とともに微笑んだ。

 そんな二人の姿を前にジャンクは左手を口元に持っていき、口を開く。

 

「何故だか分かりませんが、お前らとは再び巡り会うような、そんな気がするんだ……さよならではなく、『また会おう』と言っておこうか」

 

「それは無いわよ……と、言いたいところだけど、先生の勘って結構当たるのよね」

 

「はは、そうなったら嬉しいけど……それは驚きだな」

 

 何しろ、住む世界が違い過ぎる。旅をしている二人と、さらにはディアナと再開することはもう二度と無いだろう。そうは思っていたのだが、不思議と別れを悲しくは思わなかった。今日の朝、ディアナとあっさり別れることができたのは、そういう理由もあったのだろう。

 本当に不思議な感覚だった――その感覚を胸に、エリックとマルーシャは二人に背を向ける。

 

 

「じゃあ、さよなら……本当にありがとう!」

 

「エリック君、マルーシャちゃん。元気でね」

 

「ジャンの言葉を信じようか……さよなら、『また会おう』!」

 

 

 

―――― To be continued.

 


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