テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.10 謎の医者

 

「ど、どこに行ったんだ……アイツは大丈夫なんだろうか……」

 

「……。未成年相手に変なことはしないと思うんだ」

 

「そうね、しかも男の子なら大丈夫だと思うわ……うん……」

 

「それって成人女性だと危ないってこと!? 何それ、中途半端に信頼がない辺り、すっごく怖いんだけど……」

 

 ガサガサと草木をかき分け、溜め息混じりにエリック達は謎の青年ジャンクとアルディスを捜していた。気が付けばすっかり日は昇り、鳥達が高らかにさえずりを響かせている。

 結果として夜通し歩き回ることとなってしまい、城暮らし屋敷暮らしでそんなことに慣れているはずもないエリックとマルーシャには、かなりの負担がかかっていることだろう。

 

「エリック、マルーシャ、ポプリ。休憩も兼ねて、ここで待っていてくれないか? あとはオレとチャッピーに任せてくれ」

 

「きゅうぅ!」

 

 そのことに気付いたディアナは、チャッピーと共に二人を探しに行くと言い始めた。彼はエリックとマルーシャのみならず、ずっと足を引きずり続けているポプリのことも気にしているようである。彼の言葉に対し、すぐさま「とんでもない」という返事が返される。

 

「あたしは大丈夫よ。確かに見た目は心配されるような状態だけれど、夜通し歩き回るのは結構慣れっこなの」

 

「僕は大して疲れてない。まだ大丈夫だ。むしろ、お前を休憩させたいくらいだ」

 

「だが……」

 

「! ね、ねえ、あれ!」

 

 そんなこと言わずに休め、とでも言いたげなディアナの言葉を遮り、叫んだのはマルーシャだった。彼女が指差す先に、木々の間から覗く大きめのテントが見える。

 

「先生のテントだわ!」

 

 叫び、駆け出したのはポプリだった。詳しい話は聞いていないが、テントだけを見て持ち主を判断できる程度には親しい間柄なのだろうとエリックは判断し、その後を追う。

 

 問題の人物はテントの前に転がった丸太の上に座り、ぼんやりと空を見上げていた。しかし、こちらに気付いたのだろう。彼は特に驚いた様子も見せずにゆっくりと首を動かし、軽く小首を傾げて微笑んでみせた。

 

 

「お、来たか」

 

「……」

 

 目を閉ざしたまま、彼は「遅いですよ」とさも当たり前のようにエリック達に話しかけてくる。

 逃げたのはお前じゃないか、そもそもそんなことを言われる意味が分からない、と様々な感情が入り混じったエリックの口から漏れたのは「ははは」という乾いた笑い声であった。もう、何を言っていいのやら。

 

「ポプリに……ええと、ディアナ、だったか? あとの“一人”は……」

 

 目を閉じているがゆえに不都合が生じているのか、何故か一人だけカウントされていない。

 ポプリとディアナの名前が出ている時点でエリックかマルーシャのどちらかであることは間違いないが、一体どういうことなのだろうか。

 それをエリックが問おうとしたのを遮り、わなわなと震えていたポプリが叫んだ。

 

「もうっ! 先生が崖から落っこちた時は本当に心配したんだから! なのに、あたしが目を離した隙に誘拐なんて物騒なこと……!!」

 

「うーん、すみません。僕は大丈夫だよ。で、誘拐してきた奴は酷い怪我をしていたのですが、手当をしようにも暴れるからとりあえず睡眠薬打って連れてきた。相変わらず、ポプリの作る薬はよく効きますね」

 

「あたしの作った薬を犯罪行為に使うのはやめてちょうだい!」

 

 エリック達のことなどそっちのけで、ポプリはジャンクに対して怒りを露わにしている。

 事情はよく分からないが、ジャンクがかなり厄介な性格をしているということだけは理解できた。

 

 

「そ、それは置いといて……お前が誘拐してきた奴はどこだ? 何もしてないよな?」

 

 このまま二人のやり取りを放置することも考えたが、話が全く進まずに終わる予感しかしなかった。エリックはひとまず、今一番確認しておきたい事項をジャンクに問い掛ける。

 だが、返ってきたのは予想外の反応だった。青年は「え?」とどこか不安げな声を上げ、辺りを見回し始めたのである。

 

「ポプリとディアナの他に髪の長い少女がいるのは、分かるのですが、ええと……ああ、分かった、“その辺り”か。ですが……」

 

「ああ、分かった。無かったことにされたのは僕の方か」

 

 どうやらジャンクには、エリックの姿が見えていなかったようだ――そもそも、彼が目を閉ざした状態で他の三人の存在を把握できる方が妙なことなのだが。

 

「声質的に若い男、だよな? 拒絶系能力……それも、ポプリの秩序封印(ヴァルデマール・フレイヤ)よりも強い能力者なのか? ここまで見えないのは初めてのことで、その……」

 

「……」

 

 明らかに困惑している。怯えられているのだと考えても良いだろう。これは下手に話し掛けない方が良いかもしれない、とエリックは瞬時に察した。しかし、エリックは未覚醒である。自分自身の能力も何も分からないし、拒絶系能力なのかと問われても意味が分からない。ジャンク自身の反応のこともあり、何も言えなくなってしまった。

 

 

「……。すみません、失礼しました。アルでしたら、テントの中だ。ただ、あれはしばらく安静にさせた方が良い……それと、立ち話もアレだ。丸太しかないが、適当に座ってください」

 

 そんなエリックの心境を察してか否か。ジャンクは最初にエリックが問い掛けた話を持ち出してきた。

 アル、と名を読んだということは、二人は少なくとも名乗る程度の会話はしているらしい。つまり、アルディスは生きているし、会話はできる状態だということだ。エリックはジャンクと向かい合う位置に転がった丸太に座りながら、彼の話に耳を傾けた。

 

「傷自体もなかなか酷かったが、そっちは何とかなったよ。どちらかというと問題なのは出血量だな。酷い貧血を起こしている。投薬で対処しますが、しばらくは満足に歩けないと思います」

 

「そう、か……」

 

「現状、命に関わるほどではない。ただ、これ以上の無理をさせることは、医者として止めさせて頂きます……あいつの身体にあったのは、魔物に襲われてできた傷だけではなかった。無理に無理を重ねた結果がこれなんだ、分かってくれ」

 

 敬語なのか敬語でないのか分からない独特の口調でジャンクはそう言い切り、エリックの動きを待った。互いに様子を探り合うような状態となってしまっている。どうしたものかとエリックが頭を悩ませていると、隣に座ったマルーシャが若干声を震わせて言葉を紡いだ。

 

「わたしの力じゃ、やっぱり駄目だったんだね……」

 

 アルディスに無理をさせることとなった発端は、ゾディートに負わされた傷にある。それをろくに治すことができないままアルディスを戦わせていたことが問題だったのだ。

 落ち込むマルーシャを見て、ジャンクは「天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)か」と興味深そうに呟く。何故それに気付いたかは置いておいて、天恵治癒(エルフリーデ・イヴ)能力の希少性を考えれば当然の反応だろう。閉ざされた瞳を覆う睫毛が微かに揺れた。

 

「まあ、否定は出来ないですね」

 

「……」

 

「だが、出血が致死量に至らなかったのは身近に治癒術を使える者がいたからだ。応急処置ができているかどうかは大事なことなんです。君が傍にいなければ、アルはもっと深刻な事態になっていただろうな……ディアナ、君もだ。よく頑張りましたね」

 

 それは、決して嘘ではない。厳しいことだけを告げることなく、しっかりとマルーシャをフォローしてみせたジャンクの言葉にマルーシャと、彼女同様にアルディスの治療に関わっていたディアナは少しだけ嬉しそうにしていた。

 

 何故ディアナが関わったことを知っているのだろうとエリックは少々不気味に感じたものの、ジャンクは透視干渉(クラレンス・ラティマー)能力者なのだろうという結論にいたることで考えを落ち着かせることができた。彼は恐らく、特殊能力を使うことで、目を閉じたまま様々なことを知ることができるのだろう……何故、彼がそのような面倒なことをしているのかは引っかかったが。

 

 

「ねえ、先生」

 

 そんなことをエリックが考え込んでいると、少しだけ落ち着いた様子のポプリがジャンクの傍に移動し、おずおずと話しかけている姿が視界に入った。

 

「中にいる子に、会わせて欲しいの」

 

「!」

 

 アルディスと、ポプリを会わせてはならない――それは、エリック達が口裏を合わせていたこと。しかし、そのようなことをジャンクが知るはずがない。

 何とかして止めなければ、とエリックが動こうとしたその時。ジャンクはゆるゆると首を横に振るい、真っ直ぐにポプリを見据えて口を開いた。

 

「駄目です」

 

「え……」

 

「今は、下手に刺激を与えてはならない状況だと判断しています……分かりますね、君が彼にとって、何らかの刺激を与えてしまう存在だということは」

 

 ジャンクは、一体どこまでアルディスのことを知っているのだろうか。それとも、ポプリのことを詳しく理解しているのか。それを今のエリックが知る術はなかったが、彼の発言に感謝したいと思ったのはエリックだけではなかっただろう。

 ポプリは食い下がろうと琥珀色の瞳をジャンクに向けていたが、彼の意見が変わることは無いと判断したのだろう。彼女は静かに目を伏せ「分かったわ」と弱々しく呟いた。

 

 

「ええと……そうだ。今更ですし、聞いている可能性もありますけれど、一応名乗っておくよ。僕はジャンク。ジャンク=エルヴァータという。よろしく頼む」

 

 何となく気不味い空気が漂ってしまったのを気にしたのか、ジャンクはエリックとマルーシャがいる方を見て名を名乗った。

 

「わたし、マルーシャ。見えてないみたいだけど、わたしの横にいるのはエリックだよ」

 

「存在自体は把握しておいてもらえると助かる」

 

「はは……分かりました。まあ、近くに来ていただけると、そこに『いる』ことくらいは分かるようだ。急に背後に現れたりはしないでくれるとありがたいな」

 

「……善処する」

 

 どうして自分だけそんなことを言われなくてはならないのか、と言いたくはなったが、今はそういうことを言うべき場面ではないだろうとエリックは言葉を飲み込んだ。

 ジャンクはマルーシャと、座り込んだチャッピーに腰掛けているディアナを交互に見ながら、何かを考え込むように口元に手を当てている。そのことに、ディアナが気付いた。

 

「エルヴァータ医師?」

 

「そうですね、二人とも処置しておきましょうか……救済系能力者は魔力欠乏を起こしやすいんだ。視力をやられる可能性もある。気をつけた方が良い」

 

 ちりん、とジャンクの服から垂れ下がる紐の先端で鈴が鳴った。刹那、彼の真下に赤い魔法陣が浮かび上がる。彼の周囲に、赤色の光を放つ下位精霊が集まってきていた。

 

「精霊よ、彼の者に輝かしき火の力を――メルジーネ・プラッツェン」

 

 魔法陣から浮かび上がた赤い光が、次々とディアナの身体に入っていく。エリックやマルーシャは初めてそれを見たのだが、効果を知っているらしいディアナとポプリがそれに驚くことはない。

 

「助かる」

 

「いえいえ。お礼を言うなら精霊達に……で、そのままマルーシャの方もいきます」

 

「え?」

 

 続いて浮かび上がったのは、緑色の魔法陣。先ほどと同じように下位精霊が周りに集まってきている。今度は、緑色の光を放つ下位精霊ばかりであったが。

 

「精霊よ、彼の者に悠々たる風の力を――メルジーネ・ヴィント」

 

 今度はマルーシャの身体に、緑色の光が溶け込んでいく。マルーシャは何が起こるか分からない恐怖心から若干顔をこわばらせていたが、すぐに異常をもたらすものではないことを理解したらしい。彼女は「わあ」と小さく感嘆の声を上げていた。

 

「すごい、身体が楽になったよ……ありがとう! でも、何なの? これ……」

 

「簡単に言うと、魔力の補充だ。当然だが、魔術を使えば使うほどに魔力は減る。魔力が減れば、身体に影響が出る……少し、顔色が悪かったからな。あまり無理をしない方が良いですよ」

 

 そう言って笑うジャンクの頭飾りについた青いレーツェルが軽く揺れる。そんな時、ふと、アルディスの言葉を思い出したエリックはあることを探る目的でジャンクに問い掛けた。

 

「ジャンク、お前は水属性……だよな?」

 

 確か、レーツェルは持ち主の属性の色に染まる筈。しかし、先ほどの術は水属性ではなく、火属性と風属性であった。もしかすると、他の属性の素養があるのかもしれないとエリックは考えたのだ。

 脳裏をよぎるのは、ジャンクと同じ精霊術師(フェアトラーカー)で、空色の髪を持つ長身の男ダークネス。同一人物である可能性を捨ててはならないだろう。

 

「天性は水ですが、僕は精霊術師(フェアトラーカー)。精霊の力を借りれば、他属性の力も使えます……が、それとは別で複合属性です。鳳凰の血の方が濃いせいか、何種類か出てきたみたいだ」

 

「そうなのか……ついでに、馬鹿みたいな質問をさせてもらう。レーツェルの色が、天性属性以外の色になることはあるのか?」

 

 ダークネスは左襟にブローチに加工されたレーツェルを付けているのだがその色は青は青でも、透き通った淡い色――つまり、彼は氷属性だ。

 二人と顔を合わせているディアナが何も言わないこともあり、ジャンクはたまたまダークネスと同じ髪色で、同じ力を持っているだけなのだろう。だが念には念を入れてエリックはジャンクに問い掛けた。

 

「そうですね、僕が知る限りはありませんよ。ディアナには思い当たることがありますか?」

 

「いや、無いな。レーツェルの色は天性属性一択だ」

 

「そうか……ありがとう。あまり、属性だとかそういうのに馴染みがなくてな」

 

 がしがしと頭を掻きつつ、エリックは再び乾いた笑い声を上げる。いらない心配をしていたらしい。それでも、エリックが属性にあまり馴染みがないのは事実である。ここは良い勉強になったと考えるべき場面だろう。

 エリックの「馴染みがない」という言葉を聞いたためだろう。ジャンクは口元に握り締めた手を当てて少し考えた後、語り始めた。

 

「特殊能力と一緒で、属性も基本的には遺伝なんです。親族の属性によっては天性属性以外の属性を扱う力を持つこともあります。そういうのを総称して複合属性っていうんだ。まあ、大体は魔力の扱いに長けた鳳凰族(キルヒェニア)に出るんだが。ほら、ディアナが良い例だ」

 

「そう、なのか?」

 

「ああ。オレは一応、光属性も使える。まあ、やはり火属性魔術の方が調子良く使えるがな。訓練を重ねれば、複合属性の魔術を発動することもできるらしい……オレにはまだ無理だ」

 

 複合属性の魔術。聞いただけで取得が難しい術だと理解できるそれはどのようなものなのだろうか。何とか使えるようになりたい、訓練しないといけないな、と苦笑しながらチャッピーの頭を撫でるディアナをエリックが眺めていると、ふいにジャンクの「ところで」という声が耳に入ってきた。

 

 

「皆、気付いていますか? 何か、近付いてきている。魔物でしょうか?」

 

「えっ!?」

 

 しれっとジャンクはそう言い、おもむろに立ち上がった。ポプリも、それに続いて立ち上がる。

 

「音も無いし、気付かなかったわ……先生の感覚、凄いわね。あと先生、折角だから強化掛けてくれない? さっさと終わらせちゃいましょ?」

 

「相変わらず好戦的だな……」

 

「! 来るぞ!」

 

 ディアナは胸元の十字架からレーツェルから剣を取り出し、それを構える。それと同時と言ったところだろうか、茂みから十体近い数の巨大な蜂が次々と現れた。

 

「か、数が多いわ……!」

 

「キラービーですね。成程、この辺に巣があったのでしょう。僕は彼らの縄張りにテントを立ててしまったようだ」

 

「テントは周囲をちゃんと調べてから立ててっていつも言ってるじゃない!」

 

 魔物に対してほぼ無知であるエリックとマルーシャ的にはありがたいことなのだが、状況的には全くありがたくない。ジャンクの推測通りらしく、蜂は茂みから次々と出てくる。そんな状況下ではあったが、いつの間にかエリック達を庇うように前に出た三人はどこか落ち着いた様子であった。

 

「ディアナ、少しの間だけで良い。耐えれるか?」

 

「これくらい問題ない」

 

「分かりました、では頼みます!」

 

 ディアナと簡易的なやり取りをし終えると、ジャンクは鈴を鳴らし、意識を高め始めた。足元には、紫色の魔法陣が浮かんでいる。どうやら闇属性の術らしい。ポプリも顔の前に長いリボンのついた短い杖を構え、集中していた。

 耐えれるか、というのはディアナ一人で蜂の大群を抑えこめるかということだったのだろう。ディアナはジャンクとポプリの前に飛び出すと低空飛行で蜂達を交わし、群れの後ろを取った。そして一気に上昇し、剣を構え直す。

 

「――翔連華(しょうれんか)ッ!」

 

 上から押さえ込むように、ディアナは刃を振るう。赤い炎を纏った幾多の斬撃が蜂達の身体を刻み、羽根を切られたものは地に落ちた。

 

「――精霊よ、彼の者に聡明たる闇の力を」

 

 ジャンクとポプリが意識を高め始めたのはほぼ同時だったのだが、ジャンクの方が早い。展開している魔法陣の大きさからして、ポプリの方はかなり強力な術なのだろう。

 

「メルジーネ・トイフェル!」

 

 ジャンクが発動させたのは、先程ディアナとマルーシャに使った術と同系統のものであった。淡く光る紫の光が、魔法陣から浮き出て空を舞う。

 

「――朽ちたる刃は飢餓の証。汝の血にて満たさせよ」

 

 その光を受け取りながら、ポプリの詠唱も始まった。ひらひらとスカートの裾がなびく。ジャンクは頭のレーツェルに触れ、二本のトンファーを取り出した。

 

「ディアナ、手伝います」

 

「分かった。折角だから、ポプリに一掃してもらうか」

 

 何しろ数が多い。キラービーは猛毒を持つ魔物であるし、地道に一体ずつ倒していくのは危険だろう。ディアナはジャンクと入れ替わるようにひらりと後ろに下がり、上空で手を組んだ。

 

「汝が慧眼を開け! ――アスティオン!」

 

 純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であるためなのか、二人に比べて明らかに詠唱完了までが早い。眩い光が、ポプリに吸収されていく。蜂達は、詠唱を妨害しようと一斉にポプリに迫る。

 

「!」

 

「気にせず続けろ!」

 

 響いたのは、ジャンクの声だった。アルディスほどではないが、彼もかなり素早い。ある程度まで蜂達と距離を縮めた後、彼は強く地を蹴り、大きく飛躍した。

 

飛燕連脚(ひえんれんきゃく)ッ!」

 

 身体を捻るように大きく足を回して周囲にいたキラービー達を捉え、地面に叩きつける。だが、それでは終わらない。二回、三回と、彼の回し蹴りは続いていく。上半身に迫る蜂は、トンファーが叩き落とす。蜂達の毒素を含んだ体液が周囲に散った。

 

「集いて爆ぜよ! 紅蓮の連弾! ――ファイアボール!」

 

 さらに上空からディアナが複数の火炎弾を放ち、追撃する。数体は消えたものの、蜂の数はなかなか減らない。

 

「行くわよ……これで決めるわ!」

 

 詠唱を終えたポプリがワンドを掲げたのは、そんな時だった。

 

「グリーディサイズ!」

 

 ごう、と風が吹き抜ける。それが、ポプリの術によって具現化された巨大な鎌が薙いだがゆえに起こされたものだと理解するのは、そう難しいことではなかった。

 死神の持つ大鎌を思わせるそれは、辺りにいた蜂達を捉え、切り裂いていった。その威力は、いずれの蜂達も一撃で魔力に分解されているという事実だけで、十分に証明出来るだろう。蜂達の体液を被りながらも、ポプリは楽しげにクスクスと笑っていたーーそれを見たマルーシャは、カタカタと小さく身体を震わせながら口を開く。

 

「ねえ、エリック……やだ、怖い……」

 

「言うな……言うんじゃない……僕だってあれは怖い……!」

 

 ポプリは他の属性と比べると少々おぞましさが際立っていることで有名な、闇属性の魔術師である。

 それは分かっていたのだが、あの可愛らしい可憐な笑みからは微塵も想像出来ないような魔術の発動だ。いくらなんでも衝撃が大きすぎる。

 

「ありがと、二人共。お蔭で調子良く使えたわ」

 

 もはや恐怖しか感じられなかった大鎌が消え、ポプリはふんわりとした髪を風に流し、微笑んだ。何故だろう、もう、それすら怖い。

 そう思ったのはエリック達だけではなかったようで、お礼を言われているディアナは顔面蒼白になった上、少し涙目になってこちらを見ていた。

 彼も、戦闘慣れしている彼ですら、アレは怖かったのだ。

 

「しかし、派手に汚れましたね。温泉でも入りますか?」

 

 しかし慣れているのか、ジャンクはその辺はお構いなしに体液を浴びた身体の方を気にしている。

 確かに、戦闘をしていた三人の身体は酷いことになっていた。数が多かっただけに、当然の結果だ。加えて、エリックとマルーシャも全く汚れていないわけではない。

 

「あら、良いの? お願いしちゃおうかしら」

 

「構わんさ、流石にこれは気持ち悪い。ちょっと準備してきますね」

 

 温泉を準備するなどという意味不明なやり取りを交わし、ジャンクはひらひらと手を振って森の中に入っていく。エリックはある推測にいたり、ポプリに話しかけた。

 

「ポプリ、温泉は……人工的に作るものだったか?」

 

 そうでなければ、さっきの会話はないだろう。そんなエリックの問いに、ポプリはにこりと笑ってみせた。

 

「ああ、先生って水に関係することは結構万能にこなせるのよ? 凄いわよね。そうだ、折角だからエリック君達も汗、流すと良いわ」

 

 石鹸とかタオルは貸してあげるから、とポプリはスカートのスリットの間から色々と取り出している――あの中身は、一体どうなっているんだ?

 

(もう良い、もう、何も考えたくない……)

 

 考えることに疲れたエリックは、隣で狼狽えているマルーシャを無視して空を仰いだ。

 

 

 

―――― To be continued.

 


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