テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.9 ヴァイスハイト

 

「う……ッ」

 

 ぼんやりとした意識の中、アルディスはうっすらと重い瞼を開けた。家とは違う、テント特有の薄い天井が視界に入ってきた。

 意識は段々とはっきりしてきたが、身体が随分と重い。あれだけ血を流したのだから当然か、などと思いつつ、アルディスはゆっくりと身体を起こした。

 

(……。手当て、されてる……)

 

 患部がどうなっているのかは確認できないが、それでも消毒され、止血されているのは確かだろう。身体のいたるところに巻かれた白い包帯からは、ほのかに薬品の臭いがした。

 視界の片隅に、着ていたローブと左の手袋とアームカバーが丁寧に畳まれているのが見える。そしてその横に座り込み、目を閉じたまま本を読んでいた青年の存在にアルディスは気付いた。

 

「!?」

 

「お、良かった。目が覚めたのですね」

 

 もう朝ですよ、と青年は軽く首を傾げて微笑んでみせた後、すぐに視線を本に戻した。一体何の本を読んでいるのかは知らないが、かなり失礼な態度である。しかも青年は両目を閉ざしたままだ。意味が分からない。

 

(ッ! そ、そうだ……! 俺は……!!)

 

 そしてアルディスはここでようやく、自分に何が起こったのかを思い出した――青年に注射器で正体不明の薬を打たれ、無理矢理眠らされたのだということを!

 

「あ、あなた……! 俺に何をしたのですか!?」

 

「即効性の睡眠薬を打たせていただきました」

 

「そうじゃない! そうじゃなくてですね……っ!!」

 

 アルディスは拒絶の意思を示していた。むしろ、拒絶の意思しか示していなかった。それにも関わらず、青年は強硬手段に出たのだ。誘拐だ、と言われても否定はできないだろう。

 第一、アルディスには彼自身の意思とは無関係に連行されるだけの理由がある。左手を背に回しながら、アルディスは未だ本に目線を落としたままの青年を睨みつけた。

 それに対し、青年は口元に手を当てて「うーん」と唸っていた。何を言うべきか、悩んでいるらしい。しかし、その悩みはすぐに解決したようだ。

 青年は読んでいた本を閉じ、アルディスの方へと顔を向けておもむろに口を開いた。

 

「心配するな。お前が純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)だろうが……隣国の皇子様だろうが、僕にはあまり関係ない。むしろ、親近感を感じたくらいです」

 

「く……っ」

 

 フードに隠されていない、アルディスの耳――純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)特有の長い尖り耳が、ピクリと揺れる。

 もう隠しても無駄なことだと判断したアルディスは深い溜め息を吐き、隠していた左手を前に出すと、それを自身の足の上にだらりと力なく垂らした。その左手の甲には、フェルリオ帝国の紋章が刻まれていた。

 

「ノア皇子……フルネームはアルディス=ノア=フェルリオ、だったか? こちら側に来ている、という話は聞いていたが、本当だったとはな。しかも、生きているとは……ああ、すみません。敬語で喋るべき、ですよね?」

 

「いえ、あまり、お気になさらず……礼儀を気にされるのならば、せめて名乗って頂けませんか?」

 

 俺も必要以上にはかしこまらないようにしますから、とアルディスは一応青年を気遣って話した。しかし、またしても少しだけ悩んでから口を開いた青年の返答はアルディスが全く予想していなかったものであった。

 

「ここは、とりあえず……ジャンク、と名乗っておきます」

 

「!」

 

 名乗られたのは、明らかな偽名。僅かながらに残っていた皇子としての自尊心を傷付けられ、アルディスは舌打ちし、眉を吊り上げて叫んだ。

 

「ッ、この場面で偽名ですか! 俺を馬鹿にしないでください!」

 

 叫んだ際に身体が動いてしまったのか、傷がじくじくと痛む。その痛みに顔を歪ませるアルディスに対し、青年――ジャンクは困ったように笑ってみせた。

 

「悪い、“今は”こちらの方が良いと判断した。どちらにせよ……今の僕にとっては“ジャンク”も大切な名前なんだ。許してくれ」

 

 そう言って、ジャンクはカップに黒い液体を注いだ。その独特の煎った豆の香りからして、液体の正体はコーヒーだろう。

 

「とりあえず……落ち着いてくれ。飲むか?」

 

「……」

 

 閉ざされたままの、ジャンクの目を覆う長い睫毛が微かに揺れる。明らかに胡散臭い存在なのだが、その表情にはどこか憂いの色があるように感じられた。

 アルディスはコーヒーを受け取りつつ、先ほどは――そう表すには不釣合いなほど、随分と時間が経過してしまったようだが――あまりよくは見えなかった青年の姿をまじまじと見つめた。

 目を閉じていることもあるのだろうが、長い睫毛が特徴的な青年だった。仕草も含めてどこか中性的な印象を与えてくる上、若干幼さを感じる顔立ちをしている。独特の浮世離れした雰囲気は明るい場所でも健在であった。

 見栄えを気にする方なのか、少しだけ改造された洒落っ気のある白衣と緑色のシャツの襟の間から覗く白い首には長い紅色のループタイが巻かれている。種族柄色白なアルディスやディアナよりは褐色であるが、それでも世間一般的な人間と比べると随分と白い。混血といえども、かなり鳳凰の血が濃いのだろう。

 じっとこちらを見たまま何も喋らず、受け取ったコーヒーに口を付けることもないアルディスの姿を見て思うことがあったのだろう。ジャンクは軽く小首を傾げ、困ったように笑ってみせた。

 

「気持ちは分からなくもないが、そう警戒しないでください。初めて、同族に出会えたんだ……正直、嬉しくてたまらないんだ」

 

「え……?」

 

 いきなり同族、嬉しい、と言われても何が何だか分からない。アルディスが眉をひそめると、ジャンクはアルディスの眼帯で覆われた右目を指差し、口を開く。

 

「僕は“ヴァイスハイト”なんです……お前は隻眼のようだが、それでも……同族なのは、変わらないだろう?」

 

「!?」

 

 ヴァイスハイト――突然変異の金色の右目と全七属性の素養を持つ、生まれながらの魔術の天才。

 天文学的な確率で誕生する彼らは恵まれた存在だといえばそうなのだが、実際はそうではない部分が大きい。彼らはその桁違いの能力からラドクリフ王国では純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)同様に命を狙われることが多く、能力を潰す手段として目を抉られることもあるためだ。流石にフェルリオ帝国ではそこまでのことにはならないが、それでもあまり良い顔はされない異端の存在である。

 アルディスは眼帯の上から右目を押さえ、ジャンクから目をそらすことなく口を開いた。

 

「確かに俺は、ヴァイスハイトです。片目を失った今では、闇属性の素養を始め多くの力が消し飛びましたがね」

 

「……そう、ですか。まあ、僕も色々あった関係で微妙なところがあるのですが」

 

「でも、その様子だと両目揃いですよね? あなたがヴァイスハイトである、という話が嘘でないのなら」

 

 ジャンクは同族に会えて嬉しい、と言っていた。恐らく彼は、ヴァイスハイトであるがゆえにろくな経験をしてこなかったのだろう。それならば、同じ存在に出会えて喜ぶのも理解できる。

 しかし、嘘偽りを述べてアルディスを油断させようとしている可能性も十分にあるのだ。素性を知られていることもあり、アルディスはジャンクを警戒せずにはいられない。

 

「信じて、くれないのか?」

 

「……。純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)は、人間の魔力の質を感じ取ることができるのですが、俺にはあなたがヴァイスハイトであるということが分からない……何故ですか?」

 

「そりゃ、さくさく見抜かれたんじゃ危ないだろ? だから“あるお方”に術式で誤魔化して頂いたのです」

 

「……ッ」

 

「あー……、信用できない、か……そうだ、こうすれば話は早いよな」

 

 アルディスが奥歯を噛み締めたまま黙り込んでいると、ジャンクはおもむろに、閉ざしていた目を開く――長い睫毛の下から現れたのは、銀色の左目と金色の右目だった。

 

「!」

 

「ほら、嘘ではなかったでしょう? うーん、裸眼で人を見るのはいつ以来だろう……」

 

 金と銀のアシンメトリーの瞳を細め、ジャンクはくすくすと笑った。間違いなく、彼はヴァイスハイトだ。しかも、何でもないように「裸眼で人を見るのはいつ以来だろう」などと口にしているが、とんでもない話である。目を閉じたままで生活をするなど、常人の成せる技ではない。

 

「ふ、普段は、透視干渉(クラレンス・ラティマー)で生活を……?」

 

「はい。幸いにも魔力は豊富ですので、ずっと頼りきっています。色までは見えなかったり、ぼやけたりと地味に厄介なことも多いんだが、日常生活は何とか送れているから問題ない」

 

「そんな面倒な真似をされなくとも、右目だけ隠せば良いのでは……?」

 

「ふふ、色々ありましてね。左目がほとんど見えないのです。弱視、とでも言えば良いのか? この左目は、ほんの微かな光を捉えることが辛うじてできるくらいの、そんな微々たる視力しかありません。だから結局、力を使うことになる……それならいっそ、両方隠してしまった方が良いだろ?」

 

 驚きのあまり思わず質問を投げかけてしまったが、ジャンクは特に困る様子もなくそれに答えてくれている。よほど、同族と話せることが嬉しいのだろう。

 敵意は感じられないが、弱みの一つや二つは握っていた方が良いに違いない。どうにかして彼の素性を探って先手を打たなければ、などと物騒なことを考えていたアルディスの顔をじっと眺めながら、ジャンクはふと、思い出したかのように口を開いた。

 

 

「……そうだ、夜空のような藍色の髪をした純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)には会いましたか? 小柄で、大きな目をした子です」

 

「! ディ、ディアナのことですか……!?」

 

「藍色の髪は珍しいですし、まあ、間違いないだろうな……ディアナ、と付けてもらったのか。名無しは卒業できたんだな、良かった……少々、面白いことになってはいるようですが」

 

 ディアナに会ったか否か。それだけを確認すると、ジャンクはアルディスから目を逸らし、「本当に面白いなぁ」と言って再びくすくすと笑い出した。

 変な話の切り方をされてしまったせいで、アルディス的には非常に気になる状況である。

 アルディスが不機嫌そうな顔をしていたのに気づいたのだろう。ジャンクは再びアルディスに向き直り、口を開いた。

 

「ああ、悪いな。アイツ――ディアナは、ずっとお前を探していたらしい。だから、会うことができて、本当に良かったと思う。だが多分、何を犠牲にしてでもお前を守ろうとするだろう……そういうことは、させないでやって欲しい」

 

「え……?」

 

「言い方は悪いが、ものすごく“哀れな子”なんです。お前に何かがあれば、必要以上に傷付くだろう。だが、アイツはそれを防ぐために自分から傷付きに行くだろう……かといって、お前に出会うことができなければ。それはそれで、恐らくアイツは壊れていただろう」

 

「……」

 

 アルディスは黙って、ジャンクの話を聞いていた。何か言おうかとも思ったが、あまりにも真剣にこちらを見据えているジャンクの姿に、何も言えなくなってしまったのだ――だが、

 

「どうやら『性別気にしなくて良いか』と思うくらいにはディアナに惚れ込んでいるようなので、言わせて頂きました……好きな子くらい守ってやれ、男だろ」

 

「!?」

 

 

 この瞬間、何も言わなかったことを、アルディスは本気で後悔していた。

 

 

「あ、あ、あ、あなた……!! 何を……!! というか、俺の心を……!!」

 

「許せ、読む気は無かったんだ。ですが、そこまで熱烈な感情浮かべていれば、もう勝手に視えてしまいますって……ああでも、お前の心配のうちの一つは杞憂だ。良かったですね」

 

「ふざけないでください!! 何も良くないです!!」

 

「――ッ!?」

 

 怒りを露わにするアルディスに対し、ジャンクは何故か酷く目を泳がせ、顔色を悪くして胸を押さえてしまった。呼吸も、若干乱れている。別に、アルディスに怯えたわけではないだろう。

 

「え……?」

 

「い、今のは……ッ、僕が、悪かったです……謝ります。すみません……」

 

「あ、あの……」

 

 様子がおかしい。一体どうしたのかと、怒りを忘れてアルディスはジャンクに話しかける。ジャンクは静かに頭を振るい、取り繕ったような笑みを浮かべてみせた。

 

「……今、お前の感情が高ぶったことが原因でしょう。共解現象(レゾナンストローク)が暴走した……気を付けた方が良い。僕に、必要以上に心を視られたくないなら、な……だが、今のは本当に僕が悪い。自業自得、ですね……」

 

 全てではないにしろ、アルディスの“何か”を見てしまったらしい。見られたことに関する抵抗感はあったが、それよりもジャンクの異変が気がかりだった。

 

「れ、共解現象(レゾナンストローク)って、あれ……ですよね。同系統能力者同士が近くにいると、お互いの能力を、高め合うっていう……ああ、能力を高め過ぎたのですね」

 

「だな……僕も、気を付けます。これは、逆も発生しかねない……」

 

 余程、嫌なものでも見たのだろう。ジャンクはアルディスから完全に目を逸らすと、奥歯を噛み締めて左手で額を押さえた。彼はそのまま両目を閉ざし、呼吸を落ち着かせるためか何度も深呼吸を繰り返している。その様子を、アルディスは黙って眺めていた。

 

(一体この人、何を視たんだろう……)

 

 本来、共解現象(レゾナンストローク)とは対象者に有益な効果をもたらすものだ。例えば、救済系能力者同士のマルーシャとディアナであれば、互いの治癒術の効果を向上させることができるだろうし、彼女らほど分かりやすい形では現れないだろうが、共に精神系能力に分類される意志支配(アーノルド・カミーユ)透視干渉(クラレンス・ラティマー)の能力を持つアルディスとジャンクの場合もそれは当てはまる。

 しかし、アルディスとジャンクの場合は例外もあるらしい。恐らく、双方の持つ力が強すぎるためだろう。視えなくて良いものが、視えてしまったようだ。

 

 

「なるほど、ポプリとも会ったのですね。上手く、僕が動くよ。顔を合わせなくて、すむように」

 

「……」

 

「逃げ回っている理由までは視えていません。安心しろ……とりあえず、今、お前が名乗ってる名前を聞いて良いか?」

 

 そのうち、問題の人間がここに来るだろうから、とジャンクは持っていた本を床に置き、静かに立ち上がった。

 事実、純血鳳凰(クラル・キルヒェニア)であるアルディスの耳には、聞き慣れたエリックとマルーシャにディアナ、そしてポプリの声が届いていた。

 

「クロード姓を、名乗っています。アルディス=クロード」

 

「……。ポプリの姓と同じなのは、ただの偶然ではないよな」

 

 あまり触れて欲しくはない話題だった。アルディスが黙り込んでいると、ジャンクはアルディスの頭をぽんぽんと撫で、アルディスの目の前に何かを差し出してきた。

 

「分かったよ、聞きません……では、僕は何も知らないフリをして、ポプリ達が来るのを外で待ちます。中を覗かれる可能性が無いわけじゃないから、今のうちに色々と隠しておきなさい」

 

 差し出されたのは、アルディスがいつも身に付けているフード付きのローブ、それから左のアームカバーと手袋だった。破れていた箇所は、簡易的ではあったが繕われている。ジャンクが直してくれたのだろう。それらをアルディスが受け取るのを見届けた後、彼は踵を返し、口を開いた。

 

 

「……大丈夫ですよ、アル。お前は、ちゃんと愛されてるよ。お前は、もう見捨てられたりしない」

 

「!」

 

 その言葉に、アルディスはジャンクが“何を”見たのかを察した。それと共に、行き場の無い苛立ちが込み上げてくるのを感じた。ギリ、と奥歯を噛み締め、彼はジャンクを睨み付ける。

 

 

「あなたに、“偽物”でしかない俺の何が分かるって言うんだ……! 本当に、本当の意味で、”精霊に愛された”、あなたなんかに……ッ!」

 

「……」

 

 こんなの、ただの失礼極まりない八つ当たりじゃないか、とアルディスは思った。ジャンクを怒らせてしまったかもしれない。

 しかし、振り返ったジャンクの表情からはそのような感情は感じられず――むしろ、深い悲しみが感じ取れた。

 

「そうですね……きっと、僕には分からない。偉そうなことを言ってしまったな、すみません」

 

 振り返った彼は、今にも泣き出してしまいそうで。それでも彼は、それを必死に押さえ込んで笑っていた。

 

 何かを言わなければ、とアルディスは口を動かすが、上手く言葉にできない。そうこうしているうちに、ジャンクは腰を落としテントの簡易な扉に手を掛けていた。

 

「行ってきます」

 

 

ーー最低、だ。

 

 

 理由はよく分からないが、酷く傷付けてしまった。怪しいと言えども相手は、ジャンクは、命の恩人だというのに……。

 

 その場にただひとり残されたアルディスの心には、己の発言に対する後悔しか残らなかった。

 

 

―――― To be continued.


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