「これで……終わりです!」
艦載機による爆撃を潜り抜けて敵空母に肉薄すると、私は喪った腕の代わりに括り付けられた連装砲を至近距離から叩き込みます。
私たちからはヲ級と呼ばれるほぼ人の姿をしたその空母級の個体は、巨大な頭部ユニットを吹き飛ばされながら沈んでいきました。
今ではもうお馴染みとなった、武装の貧弱な駆逐艦が効率的に火力を叩き込むための肉薄戦法。
私の錬度では姫級が持つこのスペックだからこそできる荒業なのですが、これを正真正銘ただの駆逐艦の身で何度も繰り返していた夕立姉さんはいったい何者なのでしょうか。
ともあれ、空母を潰したことで敵の制空権は無効化しました。
後に残るのは駆逐級と軽巡級、そして今回の私の目当てである輸送艦だけ。
ほどなくして私は敵輸送部隊を壊滅させました。
駆逐聖姫 春雨
STAGE 04 覚醒
あれからおよそ半月後。
私はサーモン海域を離れ、ここ南西諸島海域に移動しました。
ここはその中でも東部オリョール海と呼ばれる海域です。
別名資材の宝庫とも言われるここには様々な資源が今も手付かずで眠っています。
南西諸島海域はだいぶ前に各鎮守府の活躍により開放されましたが、完全に安全な海に戻った訳ではありません。
深海棲艦にとってもここの資源は魅力的なのでしょうか。
影響力こそ以前に比べ激減しましたが、今でも深海棲艦によるゲリラ的な襲撃があります。
そのため資源は豊富であっても非武装の輸送船による大規模な輸送は困難なのです。
……という訳で「見つけた資材は自分のもの」という取り決めが鎮守府の間には存在します。
要するに、資源が欲しければ自分たちで戦って適宜持ち運べ、ということです。
今回は私もそれが目当てでここにやってきたのです。
といっても私の狙いは資源そのものではありませんが。
私は先ほど撃破した敵輸送艦が沈む前に、輸送ユニットだけを切り離して回収しました。
そして中身を改めます。
「よっ、と。うん、今回は大漁ですね。
これだけあればしばらくは燃料と弾薬の心配はなさそうです。はい」
これこそが私の本当の目的です。
まぁ、つまり。
自分でちまちま燃料を掘り出すより、敵の輸送部隊が集めたものを丸ごといただくほうが効率的ということです。
『……えげつなー』
「うるさいです」
正直私もちょっと心が痛みますけど、鎮守府にいた頃はこういった海賊まがいの作戦が頻繁に行われていたじゃないですか。
……あ、底のほうに修復剤まであります。これは助かりますね。
『ああ、そういえばよくうちの潜水艦隊がゲス顔で敵の輸送ユニットを担いで持って帰ってきてたっけ』
「別に、そんな顔はしてなかったと思いますが……」
『しかもそれが効果的だと知られてからは各鎮守府が一斉に強奪部隊を送り込んで……』
「大本営から正式な作戦任務として認可されて、しまいには輸送艦に付いたあだ名が『オリョールの泳ぐ宝箱』
……本当に、何で深海棲艦はここから引き上げようとしないのでしょうか」
完全に利敵行為しかなってない気がするのですが。
まぁ、現状それに助けられている私が気にすることでもありませんか。
と。
「――っ」
眩暈がして意識が一瞬落ちかけました。
最近はろくに寝ていませんでしたから疲労がたまっているのかもしれません。
戦闘時の細かなダメージも少しずつ蓄積されてますし、今日のところは早めに休みましょう。
私は輸送ユニットを担ぎつつ、当座の野営場所としている小島に帰投しました。
……その上空を一機の偵察機が巡回していたことに、このときの私は気付くことが出来ませんでした。
「これは……新型の輸送艦、でちかね?」
偵察機からの視界とリンクした潜水空母型の艦娘、伊58は海中で首を傾げた。
視界には一体の深海棲艦が、輸送ユニットを担いで何処かへと向かっていく様子が映し出されている。
基本は人型だが、脚部が太腿の半ばから切除され、替わりにホバーユニットらしきものを装着していた。
今までに見たことのないタイプだった。
「うーん、それとも撃沈された輸送艦の物資だけを回収しにきた巡洋艦?」
軽巡か雷巡あたりであった場合、強力な対潜攻撃能力を持っている可能性が高い。
うかつにちょっかいをかければ手痛いしっぺ返しを喰らう危険性もあったが……。
ちなみに駆逐艦という可能性は、深海棲艦のなかで人型の駆逐艦というものが一度も確認されていないため、最初に除外していた。
「ま、何にせよ相手は一体だけでち。全員で一気に沈めてしまえば関係ないでちね。
今日は稼ぎも少なかったことでち、本日最後にもうひと稼ぎするでちか。
……潜水艦隊、これより攻撃を仕掛けるでち。準備はいいでちか?」
「168、了解」
「19、了解したのー」
「8っちゃん、了解したよ」
伊58と同じく海中のどこかに潜んでいる僚艦、伊号潜水艦たちの声。
それを聞いた伊58はひとつ頷くと、幼い容貌には不似合いな、獰猛な笑みを浮かべた。
「OK、それでは狩りの時間でち」
既視感を覚える浮遊感と衝撃。
突如、何処からかやってきた雷撃の直撃を受けた私は、輸送ユニットを担いだまま、爆風で数メートルほど吹き飛ばされました。
派手に飛沫を立てながらホバーを制御し、何とか体勢を立て直したところで、ワタシの焦りを滲ませた警告が聞こえます。
『ソナーに感! 更に魚雷が接近してる!』
「くっ!?」
視認できる範囲に艦影は見えません。
潜水艦か、遠距離雷撃が可能な重雷装艦か。ソナーに表示された魚雷の水深を考えると、潜水艦ですか。
この海域に潜水艦型の深海棲艦が出たという話は聞いたことがありません。
ついでに言えば、およそどこの司令部であれ、このオリョール海でもっとも戦果を挙げているのが潜水艦部隊です。
恐らく相手は、艦娘。
「となると、爆雷は使えませんか……」
『ちょっと、本気!? オリョールの潜水艦隊の恐ろしさを知らないわけじゃないでしょ!?』
「だからこそです! この雷撃をしのいだら全速力で逃げますよ!」
オリョール・クルーザー。
オリョール海を中心とした南西諸島海域での資材の収集、略奪を主な任務とする潜水艦隊。
それが存在する艦隊であれば、どこであってもまず最精鋭であり、資材運用の大部分を支える艦隊の大黒柱。
そのキ○○イじみた錬度と戦闘経験は、今の私にすら全く気取らせることなく奇襲を成功させたことからも伺えます。
たとえこの姫級の身であっても、まともに相手取るのは分が悪い相手です。
まぁ、そうでなくとも元同胞に攻撃なんて絶対にしませんけど。
「……バカな。直撃でちよ!?」
百戦錬磨の伊58が思わず動揺した。
直撃すれば戦艦のエリート級すら軽くて中破に追い込む、伊58自慢の、おりこうさん魚雷による必殺の雷撃。
その直撃を受けたにも関わらず、標的の深海棲艦は大きな荷物を手放すことすらせずにあっさり体勢を立て直し、続く僚艦の雷撃もたやすく回避してみせた。
さすがに無傷というわけではないようだが、衣装に綻びは殆ど無く艤装も健在。良くて小破といったところだろう。
恐るべき耐久力だった。
「……まさか、上位種?」
ふと僚艦の誰かが口にした。
上位種。
姫級や鬼級と司令部が名付けた深海棲艦の上位種は、通常の深海棲艦よりも遥かに高い火力や装甲を持つ。
そこまで考えて、伊58はゾッとした。
もし奴が軽巡や雷巡の上位種だとして、あの攻撃力で対潜攻撃が行われたりしたら……。
耐久力に乏しい潜水艦では一撃で轟沈もあり得る。
百戦錬磨であり、自分の役割を正しく理解していたからこそ、伊58は引くべき時というものを良くわきまえていた。
「……っ、撤退でち! 各艦全速でこの海域から離脱するでちー!!」
こうして双方戦闘の回避を選択したことにより、両者共にこれ以上の損害が出ることは避けられた。
そしてこの日。
この略奪任務中の潜水艦隊の報告により、南西諸島海域において初めて深海棲艦の上位種の姿が確認されたのであった。
「…………ふぅぅ」
『はぁぁぁ……』
ソナーからの感が消えてもしばらく警戒していましたが、どうやら危険は去ったようです。
先の奇襲は恐らく艦載機による索敵を受けたのでしょう。
空も見渡しますが、艦載機の影もありません。
そこでようやく私たちは大きく息を吐いたのでした。
「やはり相手はオリョール・クルーザーでしたか」
彼女たちは精鋭ですが、手こずる相手には拘泥しません。
元より敵の撃破を目的とする部隊ではないからです。
一撃離脱を繰り返し、倒せる敵だけを片っ端から倒して、物資を収集、強奪していくプロフェッショナル。
逃げに徹すれば追ってはこないと踏みましたが、うまくいったようです。はい。
「でも報告はされたでしょうね……。」
『多分ね。ここも今まではいい狩場だったけど、これからはリスクも大きくなるんじゃない?』
「はい……本当に、どうしま……しょ、う……?」
気が緩んだせいか、眩暈が私を襲いました。
先ほどの魚雷の一撃も軽微とはいえ、無傷ではありません。
ここまで碌な補給も取らなかったこともあって疲労が限界に近づいていました。
本当に、そろそろ、休息を取らないと……。
ですが、こんな時に限って、状況は悪い方向に転がります。
『ちょっとちょっと、大丈夫……って、敵だよっ!』
「……っ」
先ほど奇襲を受けたばかりだというのに……!
自分の間抜けさに毒づきながらも周囲に意識を集中させれば、確かに深海棲艦の気配を感じ取れました。
まっすぐこちらに向かって来ているところから、どうやら狙いは私のようです。
「今度の相手は深海棲艦のようですね……。編成は、わかりますか?」
『ええっと、ちょっと待って……』
以前にもワタシが言っていましたが、同じ深海棲艦であれば、姫級であるワタシは大体の動向を把握できます。
最近は私も電探無しで気配を感じるくらいは出来るようになってきました。
これは、私が深海棲艦に近づいてしまった証なのでしょうか……と、今はそれどころではありません。
そこで索敵していたワタシから、最悪の報告が聞こえてきました。
『……まずい。戦艦に空母、重巡……主力艦隊だ!』
……意外と、二度目の終わりは早く訪れそうでした。
『……まぁ、ここまでよく保ったほうか』
戦艦級に締め上げられ気を失った春雨=駆逐棲姫の体を意識の内側から見下ろし、もう一人の春雨は呆れたように溜息を付いた。
実際春雨は善戦した。
戦艦二体、空母一体、重巡二体、軽巡一体。
姫級とはいえ単独。
しかも疲労の溜まりきった身体で、これだけの敵の猛攻を耐え抜き、軽巡と戦艦の片方を沈めてみせたのだ。
だがそこまでだった。
捨て身の突撃で一体の戦艦を沈めた次の瞬間もう一体の戦艦に殴り飛ばされ、ついに春雨は力尽き意識を失った。
『だから無理だと言ったんだ。
……仕方ない、こんな所で沈まれても困る。手を貸してあげるよ』
『……』
ヒトからは戦艦ル級と称されるその深海棲艦は、自分の腕を掴む深海棲艦の姿をした艦娘から不意に力が抜けてゆくのを感じた。
どうやら力尽きたらしい。
奇妙な敵だった。自分たち深海棲艦と同系の艤装を纏い、恐るべき性能を持つ艦娘。
どうやら戦う前からダメージが蓄積されていたようで、想定よりもだいぶ楽に無力化できた。
しかし万全の状態だったならばどれだけの損害を出していたことか。否、損害どころか全滅も有り得たかもしれない。
いったい何者だったのかと希薄な自我で考える。
しかし彼女に許された自我では、そこまでの疑問を抱くことはできても、それ以上思考を発展させることは出来なかった。
『……』
一瞬の疑問を消して、敵の首を捻じ切らんと力を込めようとしたその時。
ごきり、と。
力尽きたはずの艦娘の握力が復活、更に急激に跳ね上がり、ほぼ一瞬でル級の腕をへし折っていた。
『……!?』
眼前の敵から、深海棲艦しか持ち合わせない筈の蒼い焔がうっすらと立ち上る。
拘束から開放された敵が、ゆっくりと顔を上げた。
「…………イタイ……ジャナイ……カ……!」
正体不明の艦娘の瞳が、蒼く輝くのを見た。
それが、戦艦ル級と呼ばれる深海棲艦の、最期の記憶だった。
身体が重い、頭が痛い、眠気がひどい、気持ち悪い。
『あの私(バカ)、ここまで疲労を溜めていたのか……!』
正直いつ身体が限界を迎えて力尽きてもおかしくない。
主導権を得たことで本来の性能にだいぶ近付いたはずなのに、ろくに言うことをきかない身体に、彼女は毒づいた。
砕けた腕を掴んだままの零距離砲撃で頭を吹き飛ばされたル級を無造作に投げ捨てると、さすがに多少は動揺したのか、わずかに思考停止していた他の深海棲艦どもに向き直る。
未だこちらが味方だという認識は無いようだった。
『ちっ、今の状態でもまだワタシを深海棲艦と認識出来ないのか。
やっぱり『私』を何とかしなきゃダメなのかな……』
そこで駆逐棲姫は首を振った。締め上げられた痛みに顔をしかめる。
スペックは跳ね上がったがあまり余裕はないな、と彼女は判断した。
「悪イケド……手加減ナンテ出来ナイヨ!」
そう言い捨て、駆逐艦の姫は敵艦隊に突撃した。
気が付くと、そこは私が仮の拠点としている小島の砂浜でした。
横には深海棲艦から奪取した輸送ユニットと、空になった燃料缶や修復剤などが転がっています。
それらを使ったのか、燃料や弾薬は補給され、傷も癒えていました。
「私、は、いったい……」
そこで先ほどの状況を思い出しました。
どう考えても、絶望的な状況だったはずです。
いったい何故私は無事なのでしょうか……。
そこでワタシの声が聞こえてきました。
『ようやく起きたの。この寝ぼすけ』
「……いったい何が、あったんですか?」
悪態を無視してワタシに尋ねます。
『さっきの連中ならワタシが片付けたよ。
全然大したことなかったじゃないか。
あんなのにやられるなんて、同じワタシとして情けないったら』
「……貴女、が?」
『……何で意外そうなのよ。
ワタシは貴女みたいな半端者とは違う、本当の深海棲艦の姫なんだから。
ワタシが主導権を握れればあんな連中、物の数じゃないんだよ』
「…………」
深海棲艦の、姫。
今でも十分オーバースペックだと思ってたのに、本来の性能はもっと上だというのですか。
それはともかく。
「ありがとうございます。おかげで命拾いしました」
『……別に、貴女のためにやったんじゃないよ。
勝手に沈まれたら困るって言ったじゃない』
お礼を言う私に、ワタシはふてくされたように言いました。
『それはともかく、本当にしばらくは休息を取ってよ。
こうなった以上、いざという時は私も戦ってあげる。
でももうあんなガッタガタの状態で戦うなんて御免だからね』
そこでワタシの声ににやりと意地悪な調子が混ざります。
『でも気を付けるんだね。
ワタシの力に頼れば頼るほど、貴女も深海棲艦に近付いてゆく』
「……!」
『ふふっ。貴女がいつ堕ちるのか、楽しみにしているよ……』
「……」
それは。
確かに、無視しがたい重大なリスクです。
それはそうなのですが。
「……何で、そんなリスクをわざわざ教えてくれるんですか?」
『…………』
「…………」
『ついだよ!』
そう言い捨てると、意識の奥に引っ込んだらしく、声は聴こえなくなりました。
(……私、こんなに残念なところあったかなぁ)
それはともかく。
確かに、燃料と弾薬を補給し修復剤で傷を癒したとしても、疲労だけは休まなければどうしようもありません。
「……そうですね、はい。
私一人の身体ではないのですし、ここら辺で少しゆっくりしましょうか」
私はホバーユニットを解除して砂浜にあお向けに倒れこみます。
「綺麗な月……」
夜空では大きな月が海と地上を見下ろしていました。
『キ、ヒヒヒ、ヒヒヒ』
ようやくだ、ようやくだ。
『ヒャハハ、ハハハ』
傷は治った。尻尾も新しく生えた。
『ヤット、ヤット、コロセル、コロセル』
やっと、やっと、探しにいける。
###TIPS
敵の輸送ユニット
敵艦から強引に剥ぎ取った生体パーツであり、見た目はかなりグロい。
潜水艦が血塗れになってこれを持ち帰ってきた所を、
新入りの駆逐艦などが見て腰を抜かすことがたまにある。
オリョール・クルーザー
伊58の報告後、警戒と調査のため全司令部のオリョクル隊にそこそこ長期の休暇が与えられた。
ブラックとまでは言わないが激務には違いないため、みんな大歓喜。
ワタシの力に頼れば頼るほど~
いわゆるリミッター解除。使い過ぎるとバッドエンド。
潜水艦隊のボスは何故か伊58というイメージ