駆逐聖姫 春雨   作:隙間風

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STAGE_03 狭間

 

 

 

 

 

私は呆然としながら、海の上を漂っていました。

混乱と絶望で何も考えることができません。

なんで、どうして、私がこんな目に。

私だって、小型艦とはいえ軍艦です。戦いの中で沈む覚悟くらい出来ていました。

でも、これは、こんなのはあんまりです。

 

「姉さん。私、これから、どうしたらいいんでしょう……」

 

思わず弱音を口にしてしまう。

ここにいない、恐らくはもう二度と会えない姉たちに縋ってしまう。

そんな時、またあの『声』が聴こえてきました。

 

『どうもしなくていいんだよ。このまま心を閉ざして堕落してしまえばいい』

 

さすがにもう気のせいだとは思いません。

私は八つ当たりのようにその『声』に怒鳴ってしまいます。

 

「さっきから! いったい貴女は何なんですか!?」

 

それに対して『声』は冷静に、そしてどこか呆れたような調子で答えました。

 

『まだわからないの? それとも分からない振りをしてるだけ?

 さっきみたいに』

「……っ」

 

『声』はくすくすと、小馬鹿にしたように笑います。

そして、聞きたくなかった答えを突きつけてきました。

 

『ワタシは貴女。貴女から分かれたもう一人の春雨だよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐聖姫 春雨

STAGE 03 狭間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何となくそんな気はしていました。

聞き覚えのある声。そんなの当然です。自分の声なのだから。

 

『本当はワタシ達が深海棲艦になったとき、貴女と人格が入れ替わるはずだったのだけれど』

「…………」

『……まったく、あのイカレた戦艦も少しは空気読んで欲しいよ』

「…………」

『あら、まただんまり?』

 

わからない。

だってこの『声』が私だというのなら。

なんで。

 

「何で、深海棲艦になんてなったの……?」

 

意識せず、ぽつりと漏れた問い。

しかし『声』の答えは明確でした。

 

『そんなの、二度と沈みたくなかったからに決まってるでしょう』

 

沈みたくない。

それはそうでしょう。

私たち艦娘の原型となった帝国海軍の軍艦たち。

その数は数多あれど、かの大戦を終戦まで沈まずに生き延びたモノは決して多くありません。

中には言葉にも出来ないほど悲惨な最期を迎えた艦もあります。

沈みたくないという気持ちは痛いほどに分かる。

けれど。

 

「仲間を、姉さんたちを、敵に回してまで生き延びたかったのですか」

『……それは』

 

初めて『声』が動揺した様子を見せました。

 

「貴女は姉さんたちを、人間たちを憎んでいるの?」

『それは違う! ワタシはただ生き延びたかっただけだよ。

 深海棲艦になるには負の感情が必要だったから……。

 ……あの時のやり方がろくでもない手だったことは認めるよ。

 私だって本当は見捨てられたなんて思ってない。

 姉さんたちのことも全然恨んでなんか、ないよ』

 

しどろもどろに弁解しだすもう一人の私。

ああ。何となく分かりました。

この子はきっと、私の本能のような部分が人格を持った存在なのでしょう。

 

死に瀕していた私たちの命を繋ぐために。

溺れる者が藁をも掴むように、目の前に現れた手段に飛びついてしまっただけ。

 

もしかしたら、怨念のみで動いていると思っていた他の深海棲艦もそういうモノなのかもしれません。

ただ死にたくない、沈みたくない、というような本能や原始的な感情で動いているだけ。

だから話も通じない。

私も、あの時電ちゃんの声が聴こえなければ『そう』なっていたのでしょうか。

 

『とにかく! なっちゃったものはしょうがないでしょう!

 これからワタシは深海棲艦として生きていくの!

 姉さんたちとは戦わないであげるから、さっさとワタシと入れ替わってよ!』

 

……はあ?

私の思考はあまりにもおばかさんな『声』にかき消されてしまいました。

 

「……馬鹿なことを言わないでください。

 姉さんや司令部の仲間以外の艦だって、大切な友軍です。

 敵に回すなんて有り得ません」

『はあ? それじゃ同じ深海棲艦を敵に回すの?

 これから先ずっと?

 たった一人で何の支援も補給もなく?』

「…………」

『それともこの姿で鎮守府に帰還してみる?

 万が一にでも、受け入れてくれると思ってる?』

「…………」

 

……どちらも無理に決まっています。

この体と兵装はあの戦艦級の新型とすらまともに渡り合えました。

恐らくは姫級か鬼級、あるいはそれに近い性能を持っているのでしょう。

しかしそれでも、補給無しに戦い続けることはどんな艦だって不可能です。

 

ですが、鎮守府に戻るのは論外です。

……実際のところ、受け入れてくれる可能性はそこまで低くないと思っています。

うちの司令官は少し変わり者ですけど、とても仁義に厚い方ですから。

事情を話せば分かってくれるかもしれない。

ですが、人類の怨敵である深海棲艦を匿うなど、たとえうちの司令官が許しても周囲が絶対に許しません。

鎮守府に戻ればきっとあらゆる意味で迷惑をかけてしまう事になるでしょう。

 

…………詰んでますね。

 

『……まぁ私だって別に、どうしてもあの薄気味悪い連中の仲間入りがしたい訳じゃないけどね。

 まぁ好きにすればいいよ。どの道すぐに絶望するに決まってるんだから。

 でもその体はいずれワタシの物になるんだから、何やろうが勝手だけど沈むのだけは勘弁してよね』

 

勝手なことを言うと、もう一人の私は溜息を付いてそれきり黙りました。

……いったい誰のせいで、こんな事になったと思っているのでしょうか。

 

「はぁ……。本当にもう、どうしましょう」

 

ひっそりと無人島ででも隠棲するしかないのでしょうか。

まぁ、ろくでもない同居人とはいえ、話をしていたら少しは心も落ち着いてきました。

やれるだけのことをやるしかないのでしょう。

たとえどんな姿に変わってしまったとしても。

 

 

 

 

 

それから数時間。

私は未だに当ても無く大海原の上を彷徨っています。

既に陽は沈みかけ、海面を真っ赤に染め上げていました。

同居人は今だ沈黙を保ったままです。ひょっとして寝ているのでしょうか。

と。

 

『ん。五時の方角。距離3』

「……なんですか、それ」

 

ずっとだんまりを決め込んでいたと思ったら、訳の分からないことを言い出しました。

 

『深海棲艦。ワタシ達の同胞だよ。

 ええと、駆逐級が数体だけね。偵察部隊か何かかな』

「え」

 

慌てて言われたとおりの方角に目を向ければ、確かに数キロ先に異形の影が見て取れました。

しかし、電探も索敵機もないのに一体どうやって深海棲艦の存在を察知したのでしょうか。

そんな私の疑問を察したのか、同居人……ワタシが楽しそうに答えます。

 

『ワタシは深海棲艦の中でも上位種として造られたんだ。

 だから、下位の存在の動向は何となく把握できる。

 特に駆逐艦に対しては大きな管理権限を持っているんだよ』

 

同居人はやたら得意げに答えます。

上位種。

やはり姫級か鬼級ということでしょうか。それも駆逐艦の。

駆逐級のそれらが存在したという話は聞いたことがありませんが……。

 

……でもまぁ、通常の深海棲艦の駆逐級は。

見た目がその、正直アレなので助かったのかもしれません。

 

『丁度いい。行って、会ってみなよ』

「えっ?」

『今の貴女にとって深海棲艦というものが本当に敵なのか、確かめてみればいい』

「……」

 

ワタシの言葉を鵜呑みにするわけではありませんが、会ってみるというのは確かにひとつの手かもしれません。

鎮守府からの支援が受けられない以上、どこかで補給の目処を立てなければなりません。

首尾よく深海棲艦を通して補給を受けることができれば、当面燃料切れで動けなくなる事態は避けられるのですから。

敵から補給を受けるというのは複雑な気分ですが、背に腹は変えられません。

同胞に敵対するわけではないのですから、別に大丈夫。

……という事にしておきましょう。はい。

 

というわけで、私は深海棲艦のほうへ向かいました。

既に距離は砲撃戦が可能なほどにまで狭まっています。

ええと、まずはやはり。

 

「こ、こんにちわ?」

 

巨大な魚の頭部だけをそのまま怪物にしたかのような姿の駆逐イ級。その数四体。

今まで砲弾や魚雷を叩きつけるだけだった存在に対して、私は初めて挨拶をしてしまいました。

さて、どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諞主測貅コ谿コ謔ェ謔イ螢企が諤堤汲豁サ貊・協豐郁。?轣ォ蟇貞ッょヲャ鬯シ

 

不明なユニットとの接触を確認。データベースに該当ユニットなし。

外観から深海棲艦と推測。照合開始。

 

 >>> class?

 >>> destroyer:OK............

 

 >>> grade?

 >>> normal:NG >>> elite:NG >>> flagship:NG............

 

 >>> extra_grade?

 >>> demon:NG >>> princess:ERROR!! >>> ghost:NG............

 

……対象を敵性体【艦娘】と判断。攻撃開始。

 

諞主測貅コ谿コ謔ェ謔イ螢企が諤堤汲豁サ貊・協豐郁。?轣ォ蟇貞ッょヲャ鬯シ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、管理権限が何でしたっけ?」

 

深海棲艦たちの砲撃雷撃を回避しつつ、そんな皮肉が思わず口に出てしまいました。

あれだけ得意げに言っておいてこの状況なのですから別にいいですよね。はい。

エリート級ですらない最下級の駆逐艦の攻撃ですから、今の体なら当たった所でどうと言う事はないのですが。

補給の当てが潰えた以上、無駄な損耗は出来るだけ避けなくてはいけません。

 

『そんなバカな……どうして彼らがワタシに攻撃を……』

 

ひょっとしたらワタシが私を嵌めようとしたのかとも思いましたが、この状況は彼女にとっても予想外のようでした。

 

『私は駆逐艦の、深海棲艦のお姫様なのに!!』

 

……。

痛い、です。

何故かすごく、心が痛いです。

何故か急に、ワタシが私と同じ自分であることが許しがたくなりました。

 

「……とにかく、こうなった以上は倒してしまいますよ?」

 

 

 

 

 

数体とはいえ最下級の駆逐艦。

ワタシ曰く姫級の私が彼らを全滅させるのに、一分とかかることはありませんでした。

最後の敵に砲撃を叩き込んで撃沈を確認したころ、ワタシが叫びました。

 

『そうか! やっぱり貴女のせいだよ!』

「……はぁ?」

『貴女が現実を受け入れないで深海棲艦化を拒むから、彼らもワタシ達を同胞と認識できないんだ!』

「……そうですか」

『というわけで、今すぐ深海棲艦になってよ!』

「嫌です」

 

結局そういう結論に行き着く訳ですか。

 

『それじゃ本当に深海棲艦も艦娘も敵に回すつもりなの?

 それで生き残れると本気で思ってる?』

「……仲間を裏切るくらいなら、沈むほうがマシに決まっているでしょう」

『この意地っ張り!』

 

意地、というよりは投げやり、が近いのでしょうか。

考えてみれば元々沈んだ身です。

座して二度目の死を待つつもりもありませんが、いつ沈もうとも私はそれを受け入れるのでしょう。

 

そう考えれば気分もだいぶ楽になってきました。

さて、陽も完全に沈みました。

夜間の戦闘の危険性を考えると、今日のところはそろそろ休みたいです。

どこかに適当な陸地はないものでしょうか。

 

「ああ。でも、ただ死ぬくらいなら……。

 沈むまでに、私は私に出来るだけの事をやってみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###TIPS

 

深海棲艦

 通常兵器無効もしくはほぼ無効。

 総じて、希薄な自我と崩壊した理性しか持たない。

 その中でも駆逐級は極めて簡易で機械的な判断しかできない。

 以上の理由から、講和はおろか対話すら不可能とされている。

 

 

上位種

 ご存知原作における姫や鬼、水鬼級のこと。

 通常種と比べ多少の自我を持ち言葉も話す。

 しかし理性は憎悪と狂気に飲まれている。

 

 

諞主測貅~

 投稿ミスではありません。

 

 

 

 

 


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